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古事記概要

 古事記が編纂されたのは712年、奈良時代にあたり、まもなく編纂から千三百年となります。この古事記に登場する神話の舞台は、この出雲の地が3分の1を占めます。まさに、この出雲は、原日本の心のふるさとといえます。
 以下は、この古事記に記載されている出雲系神話の概略を記したうえで、その舞台を訪ね歩いた記録です。その魅力の一旦にでも触れていただければ幸いです。
 
                                   仲佐


 イザナキ・イザナミの国産み・神産み

 イザナキ・イザナミは地上に降り、結婚して日本列島を形成する島々を次々と生み出していった。さらに、さまざまな神々を生み出していった。しかし、火の神カグツチを出産した際にイザナミはカグツチの火によって火傷を負い、死んでしまった。その遺体は、出雲と伯耆の境の比婆の山に埋葬された。
 イザナキは大いに悲しみ、イザナミをさがしに黄泉(よみ)の国へと赴いた。しかし、黄泉(よみ)の国のイザナミは既に変わり果てた姿になっていた。これにおののいたイザナキは逃げだし、地上との境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)までたどりついた。
 そこで、イザナミが「お前の国の人間を1日千人殺してやる」というと、「それならば私は、1日千五百の産屋を建てよう」とイザナキは言い返し、2人は別れた。こうしたわけで、1日に必ず千人の人が死ぬ一方、1日に必ず千五百人の人が生まれるのである。




 岩坂陵墓ーイザナミの陵墓と伝えられるー




 黄泉比良坂(島根県八束郡東出雲町)


 スサノヲ登場

 高天原を追放されたイザナキの子スサノヲは、出雲国の肥河(斐伊川)の上流の鳥髪(とりかみ、現奥出雲町鳥上)に降り立った。川上から箸が流れてきたので、川上に人がいると思って川を上ってみると、美しい娘を間にして老夫婦が泣いていた。その夫婦はオオヤマツミの子のアシナヅチとテナヅチであり、娘はクシナダヒメ(櫛名田比売、奇稲田姫)といった。夫婦には8人の娘がいたが、毎年、古志からヤマタノオロチがやって来て娘を食べてしまった。今年もオロチのやって来る時期が近づき、このままでは最後に残った末娘のクシナダヒメも食べられてしまうので泣いているのであった。
 スサノヲは、クシナダヒメを妻としてもらいうけることを条件に、ヤマタノオロチ退治を請け負った。まず、スサノオはクシナダヒメを隠すため、彼女を櫛に変えて自分の髪に挿した。そして、アシナヅチ・テナヅチに、八塩折之酒(やしおおりのさけ)を醸し、垣を作って8つの門を作り、それぞれに醸した酒を満たした酒桶を置くようにいった。準備をして待っているとヤマタノオロチがやって来た。オロチは8つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み出した。オロチが酔ってその場で寝てしまうと、スサノヲは十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いてオロチを切り刻んだ。
 尾を切り刻んだとき剣の刃が欠けた。剣で尾を裂いてみると大刀が出てきた。これは不思議なものだと思い、アマテラスにこの大刀を献上した。これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)のちの草薙剣(くさなぎのつるぎ)である。
 ヤマタノオロチを退治したスサノヲは、櫛として髪に挿していたクシナダヒメを娘の姿に戻し、彼女と暮らす場所を求めて出雲の須賀の地へ行き、「吾此地に来て、我が御心すがすがし」と言ってそこに宮を作った。ここで、スサノヲが次の歌を詠んだ。これが日本最初の和歌とされる。

 「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」




 船通山(島根県仁多郡奥出雲町鳥上)




 須我神社(島根県雲南市)

 須佐神社ースサノヲゆかりの社ー(島根県出雲市佐田町)

 オオクニヌシの国づくり

オオクニヌシは、スサノヲとクシナダヒメの直系の子孫とされる。オオクニヌシには、多くの腹違いの兄弟神がおり、その兄弟神から迫害を受け、命の危険にさらされた。オオクニヌシの母神は、この現状を憂え、オオクニヌシをスサノヲが支配する根の国に向かわせた。
 根の国で、オオクニヌシはスサノヲから試練を与えられながらも見事に克服し、スサノヲの娘、スセリビメを妻とし、太刀と弓矢を持って地上へと戻った。オオクニヌシは、その太刀と弓矢でもって、兄弟神を追い退けていき、国づくりを始められた。




 大土地神楽ー八千矛ー

 国譲り

 アマテラスの命によってタケミカヅチ・アメノトリフネの2神が地上に派遣された。両神は出雲の伊那佐之小浜(いなさのこはま)に天降り、剣の刃先に座って地上の国を治めていたオオクニヌシに国譲りを迫った。これに対してオオクニヌシは美保ヶ崎で漁をしている息子のコトシロヌシが答えると言った。そこで、アメノトリフネが美保ヶ崎に遣いし、コトシロヌシを呼び寄せ、意向をうかがった。
 コトシロヌシは、「承知した」と答え、船を踏み傾け、手を逆さに打って青柴垣に変えて、その中に隠れてしまった。別の子であるタケミナカタもタケミカヅチに服従し、オオクニヌシも国譲りに同意した。タケミカヅチは、オオクニヌシに対し、その代償として立派な宮殿を建てた。それが出雲大社の由来である。


  稲佐の浜(島根県出雲市)


  諸手船神事(島根県松江市「美保神社」)

 
   出雲大社(島根県出雲市)

 

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