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2011年6月 アーカイブ

2011年6月29日 21時03分07秒 (Wed)

英語版

英訳された『ハーモニー』を読んでいる。
出てくる表現自体はそこまで難しくはないのだけれど、そうは言っても英語。
きつい、すごくきつい。

だけれど一つ、発見もあった。

物語の性質上、ヨコモジのほうが日本語よりも向いていということだ。

ディック賞の講評を見たわけではないけれど、外国で受けたのにはそういう面あるのではないかと思った。

2011年6月27日 2時00分38秒 (Mon)

フィクション、あるいは想像するチカラ

SFマガジン8月号の表紙は初音ミクであった。ボーカロイドに造詣が深いわけではないので少し戸惑う。でもたしかに、アレも一つの想像力なのだな。神林長平さんの短篇を読んで、いまはボンヤリとそう思う。


『いま集合的無意識を、』それが掲載された物語のタイトルだ。

「さえずり」(twitterを「さえずり」とする皮肉がたまらない)上で出会った伊藤計劃を名乗る何者かとの対話を通して、人間の未来を想像してゆく過程を描いた物語。伊藤計劃を知っていることが前提だから、偉大な神林長平という作家に「共犯関係」じみたものを感じて、読みながらうれしくなった。

「フィクションの力を信じよ!」
『ハーモニー』を遺して逝った作家と、ぼくたち3.11.の世代への力強いメッセージが心を打つ。リアルに対抗しうる武器は、ただ、唯一、ぼくらの頭の中にあるのだ。

評論・批評の類として読むならば、きっとSF専業作家を30年もやってきた人だからこそ書けるもの。単純な「伊藤計劃論」ではなくて、「SF的想像力論」なのだろうと思った。

2011年6月24日 9時00分28秒 (Fri)

どちらが、先?

Newton七月号購入。今回取り上げられている「分子標的治療薬」が興味深いと感じたからだ。

ぼくが最近読んだ作品、伊藤計劃さんの『虐殺器官』。近未来世界における文学的な軍人の戦いの顛末を扱うお話なんだけれども、登場するガジェットが恰好良くて、それだけでも一読の価値がある。「フライングシーウィード」や突入用のポッド、人工筋肉のポーターなどなど。倫理の話にも繋がっていて、さすが!と思わされた。主人公、文学的な軍人だから。倫理的なことも考えてしまうわけです。

その軍周りの技術も面白かったのだけれど、特にぼくの興味を惹いたのは、医療周り。医療用ナノマシンの存在であった。それは、身体のあらゆる機能の代替をやってのける。まさに身体機能のアウトソーシングといって間違いない技術だ。

伊藤計劃さんの作品は人体という、どうしようもなく抗いがたい、人間の限界たる自然を扱っている印象がある。『虐殺器官』でも『ハーモニー』でも、身体を起点として発生する意識という現象を扱っていた。そして、それを越えようと人間は挑戦するのだ。

なんだか、「分子標的治療薬」と似ていると思う。「身体を、デザインする」という発想。

Newtonの「分子標的治療薬」の記事にはこんな見出しがあった。

発見される薬から、意図的に設計する薬へ

こういう発想はSFで初めになされて、現実を覆うのだろうか。それとも、お医者さんや薬学の学者さんが先なのかな。


悪いことではないのかもしれないけれど、人間はそこまでやってもよいのかな。なんて伊藤計劃さんを読むと思ってしまうわけです。

ぼくたちは目を逸らしているだけではないのか。是非の議論が必要なのではないか。全ての人が考えるべき問題ではないのか。

先とか後とかじゃなくて、文学にはそういう問題意識の拡散効果があるということは分かった。

2011年6月22日 10時58分09秒 (Wed)

腐得山

ふえる、やま

JR御茶ノ水駅を中心に半径3キロほど。それがぼくの行動範囲。

しかし、そのなかには神保町をも内包する。つまり、世界の一であり全でもあるのだ。






古書店街。神保町には127のそういうお店があるとか。127っていうのはすごく曖昧な記憶とぼくの多少なり偏屈かもしれない音と言葉の感覚に基づいているから、事実と虚構との合いの子である。少なくとも、ぼくにとっては。ひゃくにじゅうなな、いい響きだ。うっとぉり、してしまう。ひゃくにじゅうなな、えろい。

古書店というものは、普く、遍く、つまり普遍的に、薄暗い。普遍的に薄暗いからといって、普遍的にえろいかと問われたら、否、と答えるしかない。思春期男子にはそれだけは理解しておいて頂きたい。図書館でえろいことがおきるのはワニマガとコアマガとアゲサゲの中だけである。あれは虚構だ!!

普遍の薄暗さを誇る神保町は世界を内包する。普く時代の、遍く世界の、つまり普遍的な書物たちの集積。個々ではいつかの、どこかの、だれかの見た一つの景色なのだけれど、なにせ127の古本の山の集合体だ、総体として、普遍的な世界を体現しているといっても過言ではない。童話があり、専門書があり、純文学があり、SFがあり、ヌード写真集がある。それも普く、遍く。昔のロシアのポルノらしき写真集のえろさは異常である。

山は世界の歴史とともに膨張を続ける。国内書籍の集積所、国会図書館は蔵書にハコが追いつかなくなりつつある。と以前TOKYO FMのアヴァンティのポッドキャストで誰かが語っていたから間違いない。いはんや世界の山をや、である。


ぼくはね、腐ってしまわないか、不安なんです。


増え続けていく、人々の言葉の山。ほんとうにきちんと残っていくのかな。いつか、誰かが読んであげられるのかな。言葉や価値観は変わっていく。すでに解釈が喪われてしまった物語もある。それに冷蔵庫で大切に保管したって、賞味期限には限度があるじゃない。

ふえるやまは、増える山で、腐り得る山だ。なんて、あまりの暑さに脳髄が腐りそうになりながら駄文を弄してみるのである。

この文は、明日には腐り落ちるだろうな。せめて、苔か藻か何かの栄養になってくれたら本望である。

今日、休みだけど平日だからな。暇なんだ。

2011年6月20日 0時17分22秒 (Mon)

SFということでオゥケィ? そのに

どこからどこまでが、SFか。


古参のファンの人たちの中には確固たる「SF像」みたいなものがあるのかもしれない。でなければ共通認識でもって語り合うことが出来ないだろうし。
SF誌を読んでみると、みなさん違うことを仰っているような気がして、人それぞれなのだろう、と思うわけなのだけれど。


そうすると、とりあえず、ぼくも自分の中で「SF像」作っていかなきゃいかんのう。と思うわけです。

そこで、ぼくが、その線引きのために叩き台にあげたいのは(勝手に上げてごめんなさい、TYPE-MOONさん、いつも応援してます! 『Fate/EXTRA』というRPGだ。

この作品、名前の通り言わずと知れたTYPE-MOONのカルト的人気?ゲー『Fate/stay night』のスピンオフなのだけれど、本家とはかなり毛色が異なる。ステイナイト・ホロウアタラクシア(・ゼロ)と続く正史『Fate』が一貫して魔術のある世界の物語(新伝綺・ファンタジー)であるのに対して、外伝『Fate』たるエクストラは疑似的な魔術・科学に基づく魔術の代替物の世界の物語なのです。

ここで大切なのは、『魔術の代替物としての科学』であること。そして、それがぼくの頭を悩ませる要因なのです。というのもこの世界がなかなか曲者で、魔術が初めから無かった世界(あくまで科学で説明をつけた世界)ではなく、魔力が失われてしまった世界であるというのだ。

電脳世界SE.RA.PH.で再現される冬木の聖杯戦争。令呪もサーヴァントも宝具も登場する。ただ其れが、超巨大な地球観測機ムーンセルオートマトンの計算能力で作りだされた、デジタルなものであるという点で科学で説明されているわけで、でもあくまでも魔術時代の聖杯戦争を継承している点で非科学を否定しない世界観なのです。

第一、魔術だって、想定で科学的(論理的?)に体系づけてしまえば、それはそれでSFになってしまう気もする。円城塔さんの『烏有此譚』で仕入れた情報だけど、チオチモリンとかアイス・ナインがアリなら、奈須きのこの魔術理論もアリじゃね?という気分になってくるわけです。以前読んだロジャー・ゼラズニィの『光の王』なんて、もはや説明なしで超絶科学技術使いまくってたけど、SFだし。ブラックボックス化した超科学と論理的な魔術理論はどっちがSFだ。

話逸れた、、、軌道修正しよう。

根っこがファンタジーで幹や枝葉がSFな場合、どう判断すればよいのかな。

これは、SFか、否か。まだ答えは出せそうにない。



まぁ、面白ければ何でもよいっていうのも、一理ある。

さて、今日は徹夜でシュタゲ祭りである。

プロフィール

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ニックネーム
プロト
性別
青年
血液型
AB型(公称)
生年月日
1106
現住所
そこそこに広い部屋
所在地
御茶ノ水界隈。
職業
gakusei
自己紹介
すきなことしていきてたい。

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