初心者のための日本刀講座
日本刀は管理が難しい物、値段が高い物と
思っていませんか?
素人の私が素人的に説明させて頂ますので、
ごゆっくりして行ってください。
まず最初に
基本中の基本、
日本刀の各部の名称
を織り込みながら
刀の手入れの方法を
説明したいと思います。
1. 目釘(めくぎ)を抜く
目釘抜き(めくぎぬき)を使い
柄(え)に傷をつけないように
目釘を抜く。






2. 鞘(さや)を払う
刃を上にして刀をゆっくりと
一息に抜く
◎柄が先に抜けることもある。


3.柄(え)を外す
左手で柄(え)の下方を強く握り
親指の付け根を右手のこぶしで
叩き柄を外す。
◎刃は上にしておく。


4.鎺(はばき)を抜く
茎(なかご・・中心と書くこともある)に
傷をつけないようにゆっくりと鎺(はばき)
を抜く。



5. 古い油を拭き取る
刀を左手で持ち拭い紙(ぬぐいかみ)
もしくは純綿で棟(むね)の方
(刃のついていない方)
から拭き取る。
◎2~3回行う


6. 打粉(うちこ)を打つ
打粉で刀身を軽くポンポンと打ち
先の拭い紙とは別の拭い紙で
その白い粉を拭う。
この操作を2~3回繰り返し
油のくもりを完全に取り去る。


7. 刀を鑑賞する。
波紋を見る時は刀を斜めにし
電球の光線で透かして見る。
地鉄(じがね)を見る時は
自分の背後から光線を当てると
見やすい。
◎刀剣に手が触れると
そこから錆が出てくるので
注意して下さい。

8. 刀剣油を塗る
手入れ、鑑賞が終わると新たに
刀剣油を塗る。(棟方から)
茎(なかご)は乾いた綿布で
十分に拭い、ごく薄い油を塗る。


9. 鎺(はばき)・柄(え)を
入れ目釘を挿す
鎺(はばき)は抜く時と同様に
茎(なかご)に傷を付けないように
ゆっくりと入れる。

10. 刀を鞘に納め刀袋に入れ
保管する
刃を上にしてゆっくりと
一息に鞘に納める。
◎時代劇のように
カチャと音をたてない。
刀袋に入れ保管する。

この刀の銘は
「羽州米沢住龍泉子義英」
長運斎綱俊の高弟です。
師の代作をしていたため
作品が少なく
貴重なものです。

陸奥守吉行

明治時代に北海道で行われた
坂本家による坂本龍馬遺品展
の時の写真です。
上の鞘が近江屋での切り込みが
あるものの写真でしょう。
下の刀が陸奥守吉行と思われます。

刃長2尺2寸


五字銘吉行です。

鎺元(刃区)より17㎝の所に争いで付いた刃こぼれが

刃こぼれの拡大写真です


刃紋の様子です
思っていませんか?
素人の私が素人的に説明させて頂ますので、
ごゆっくりして行ってください。
まず最初に
基本中の基本、
日本刀の各部の名称
を織り込みながら
刀の手入れの方法を
説明したいと思います。
1. 目釘(めくぎ)を抜く
目釘抜き(めくぎぬき)を使い
柄(え)に傷をつけないように
目釘を抜く。






2. 鞘(さや)を払う
刃を上にして刀をゆっくりと
一息に抜く
◎柄が先に抜けることもある。


3.柄(え)を外す
左手で柄(え)の下方を強く握り
親指の付け根を右手のこぶしで
叩き柄を外す。
◎刃は上にしておく。


4.鎺(はばき)を抜く
茎(なかご・・中心と書くこともある)に
傷をつけないようにゆっくりと鎺(はばき)
を抜く。



5. 古い油を拭き取る
刀を左手で持ち拭い紙(ぬぐいかみ)
もしくは純綿で棟(むね)の方
(刃のついていない方)
から拭き取る。
◎2~3回行う


6. 打粉(うちこ)を打つ
打粉で刀身を軽くポンポンと打ち
先の拭い紙とは別の拭い紙で
その白い粉を拭う。
この操作を2~3回繰り返し
油のくもりを完全に取り去る。


7. 刀を鑑賞する。
波紋を見る時は刀を斜めにし
電球の光線で透かして見る。
地鉄(じがね)を見る時は
自分の背後から光線を当てると
見やすい。
◎刀剣に手が触れると
そこから錆が出てくるので
注意して下さい。

8. 刀剣油を塗る
手入れ、鑑賞が終わると新たに
刀剣油を塗る。(棟方から)
茎(なかご)は乾いた綿布で
十分に拭い、ごく薄い油を塗る。


9. 鎺(はばき)・柄(え)を
入れ目釘を挿す
鎺(はばき)は抜く時と同様に
茎(なかご)に傷を付けないように
ゆっくりと入れる。

10. 刀を鞘に納め刀袋に入れ
保管する
刃を上にしてゆっくりと
一息に鞘に納める。
◎時代劇のように
カチャと音をたてない。
刀袋に入れ保管する。

この刀の銘は
「羽州米沢住龍泉子義英」
長運斎綱俊の高弟です。
師の代作をしていたため
作品が少なく
貴重なものです。

陸奥守吉行

明治時代に北海道で行われた
坂本家による坂本龍馬遺品展
の時の写真です。
上の鞘が近江屋での切り込みが
あるものの写真でしょう。
下の刀が陸奥守吉行と思われます。
龍馬は慶応2年12月、先祖のものを持って
死に臨みたいと手紙を書いて、
この刀を兄権平(ごんぺい)に頼んで
ゆずりうけることになりました。
慶応3年2月15日権平は山内容堂と
会うため初めて土佐を訪れた
西郷隆盛にこの刀をことずけました。
西郷は鹿児島に帰り、中岡慎太郎らに
頼んで慶応3年3月20日龍馬のもとに
届けました。
龍馬はその喜びを慶応3年6月24日、
兄・権平宛ての手紙でも「京都の
刀剣家が褒めてくれる」と伝えています。
常に持っていたこの刀は暗殺された時、
床の間にあり龍馬はそれを取って応戦。
さやをはらう間もなく相手の刀を
うけましたが、さやに食い込みました。
敵の刀の先が龍馬の額を切り、
龍馬は先祖の刀をもって
息絶えました。
吉行はのち、長姉・千鶴の息子・
高松太郎改め小野淳輔、
改め坂本直に伝わり、
直の弟・直寛の長女・直意の婿と
なった弥太郎(浜武弥平の次男)に
伝わりました。
弥太郎は明治38年に釧路で
坂本商会を創業します。
大正2年12月に釧路で
大火事が起こり、ここで竜馬の
遺品を焼失しています。
この時「陸奥守吉行」も焼けて
しまいますが再刃され、
昭和6年に京都国立博物館に
寄贈されました。

登録証です

刃長2尺2寸


五字銘吉行です。

鎺元(刃区)より17㎝の所に争いで付いた刃こぼれが

刃こぼれの拡大写真です


刃紋の様子です
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