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心の持ち方

2026年4月26日 21時03分10秒 (Sun)

エイジングパラドクス(加齢の逆説)について

横浜運勢鑑定所通信11月号(2025年11月号 第147号)
【エイジングパラドクス(加齢の逆説)について】  
 先日、朝のTV番組で『エイジングパラドックス』と云う言葉に出会いました。とても興味深い内容なので推命学からは少し離れますがご紹介します。以下は和田秀樹氏(精神科医)の記事からの抜粋、引用です。
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人生の幸福度は「82歳以上」が最も高い?
 ~高齢者ほど幸せな「エイジングパラドックス」が起きるワケ~
  肉体的な衰え、経済的な不安、大切な人の死……。老後のことを考えると、こうしたネガティブなイメージばかりが頭に浮かんできます。 しかし最新の研究で、「年をとればとるほど幸福度は高まる」ことがわかってきました。著書『70代から「いいこと」ばかり起きる人』(朝日新書)を上梓した、精神科医で老年医学の専門家でもある和田秀樹氏が、この「エイジングパラドックス」と呼ばれる現象について解説した内容を抜粋、ご紹介いたします。

 幸福度が最高値に達するのは「82歳以上」
 
「年をとると頭も足腰も衰え、家に閉じこもりがちになる」
 「病気がちになり、少ない年金でつつましく暮らすことになる」
  こうしたネガティブなイメージばかり頭に浮かび、幸せな高齢者像を思い描けない人は多いと思います。それをくつがえすような事実が、米ダートマス大学の経済学者、デービッド・ブランチフラワー教授の研究で明らかになりました。
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  この研究は世界132か国を対象に、人生の幸福度と年齢の関係を調べたもの。結果は明らかでした。人生の幸福度が最高値に達するのは、82歳以上だということが判明したのです。要するに年をとればとるほど幸せになる、ということです。

 この現象は「幸福のUカーブ」と呼ばれています。人の幸福度は18歳から下がり始め、47~48歳で不幸のピークに達したのち、ふたたび上がり始める。その軌跡がアルファベットの「U」を描くことからつけられた名称です。興味深いのは、この「幸福のUカーブ」は先進国でも発展途上国でも、欧米でもアジアでも変わらず、世界共通であることです。社会の状況や人種とは無関係に見られる現象なのです。もちろん、日本も例外ではありません。幸福度がもっとも低いのは49歳、もっとも高いのは82歳以上という結果が出ています。

  年をとれば誰でも自然と幸せになれる
 全米で話題になったという『ハピネス・カーブ』(日本版:CCCメディアハウス)の著者、ジョナサン・ラウシュ氏は、年をとるほど幸せになる理由について、次のように述べています。 「(年をとると)ハピネス・カーブ(=幸福のUカーブ)が上昇するのは、自分の価値観が変化し、満足感を得ることがらが変化し、自分という人間のありようが変わるからである。

 自分が変わることで、老年期になってからも思いがけない充足感を得ることができるようになったり、自分の抱える弱さや、病気まで受け入れられるようになったりするのである。」
  実際、老年医学の現場に携わっていると、どこか飄々としている高齢者にお会いすることがよくあります。若いときには、きっといろんな苦労もあったでしょう。なのに、どうしてこのような空気感を醸し出すことができるのか、不思議だなと思っていました。
  しかし、この説明を読んで、ストンと腑に落ちました。人はもともと、年をとるほど幸せになるようにできているのです。そういう生きものだ、と思っておけばよいでしょう。 幸せの青い鳥がどこかにいると思って、あくせくしなくても、年をとれば自然と幸せになれるのですから、老後のことをあれこれ気に病んで、ネガティブになる必要はありません。

「人生はこれからもっとよくなる!」
 そう信じて、いまこの瞬間を楽しんでください。
 世界で研究が進む「エイジングパラドックス」
  このように、年をとればとるほど幸福感が高まることを、心理学の世界では「エイジングパラドックス」(加齢の逆説)と呼んでいます。年をとれば、身体的な衰えや、大切な人の死などを経験するにもかかわらず、幸福感は高まっていく。この「パラドックス」を科学的に解明するために、世界中で研究が行われています。
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  エイジングパラドックスが起こる理由として、現在もっとも広く受け入れられているのは、米スタンフォード大学の心理学者、ローラ・カーステンセン氏の「社会情動的選択性理論」です。同氏は、18歳から94歳までの被験者を10年にわたり追跡調査し、この結論にたどり着いたといいます。

  ごく簡単にまとめると、人は人生の時間に限りがあると知ったとき、残された時間で満足できるよう、喜びや安心といったポジティブな感情を高める行動を自然に選択するようになる、という考え方です。
  カーステンセン氏の分析によれば、若いうちは、人生は永遠に続くものだと思いがちです。だからこそ、あらゆる情報を吸収しようとし、さまざまなリスクをとったりします。もしかしたら楽しいのでは、学べることがあるのではと期待して、好きでもない人と、一緒に時間を過ごそうとすらします。うまくいかなければ、明日があるさ、と思えるからです。

 しかし年をとると、自分は永遠に生きられるわけではないと認識します。すべてのことをしている時間はないとわかり、優先順位がはっきりします。細かいことはどうでもよくなり、より人生を味わいつくそうとします。自分が大切だと思えることに、残されたリソースを使おうとします。

 結果として、年をとると毎日の暮らしが楽しくなり、より幸せになる――。それが、カーステンセン氏が提唱する「社会情動的選択性理論」です。
 
  補足する意味で「老年的超越」についてご紹介します。 老点的超越とは、スウェーデンの社会老年学者トレンスタムが1989年に提唱した概念です。「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世界観への変化」と定義しています。少し内容を少し掘り下げてみますと、トロンスタムは、「宇宙的意識」、「自己意識」、「社会」との関係という3つの領域に分けて説明しています。
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●宇宙意識の領域---死後の世界(霊界)に関心を持つこと
  時間や空間に対する合理的な考え方が変化し,最終的には宇宙という大いなる存在に繋がっているという認識を持つこと、死と生の区別をする認識も弱くなり、死の恐怖も消えて行くこと、などを指摘しています。日本では、宇宙といってもなかなかピンと来ないかもしれません。同様の研究は日本人対象でも行われています。日本人は、時間・空間に関する非合理的な感覚は直接的には表現されずに、先祖や未来の子孫とのつながりを強く感じるようになるという形で現れるようです(日本老年医学会雑誌; 53(3):210-214.2016)。
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●自己意識の領域---自己中心的な人生観からの脱却
 自分の欲求を成し遂げて行くという自己中心的傾向が弱まること、自分へのこだわり、これまで培ってきた自分の人格や身体的な健康に対するこだわりが低下し,他者を重んじる利他性が高まる、とされています。 日本人は、自己中心性の低下は利他性の増大のみならず、あるがままを受け入れる、自然の流れに任せるという形で現れます(日本老年医学会雑誌; 53(3):210-214.2016)。

●社会との関係の領域---価値観の変化(物中心から心中心へ)
 過去に持っていた社会的な役割や地位に対するこだわりがなくなること、対人関係が急激に狭くなっても,その中で深い関係を結ぶようになること、経済面・道徳面での社会一般的な価値観を重視しなくなること、などの特徴があります。日本人は、他者への依存を肯定するという非活動理論的な志向性が示されます(日本老年医学会雑誌; 53(3):210-214.2016)。
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まとめますと、老年的超越は以下のような状態を指します。
・先祖や将来の子孫との結びつきを強く感じるようになる。
・自己中心的な考えが薄れ、他者を尊重する利他性が高まる。
・過去の社会的な役割や地位にこだわらず、他者への依存を受け入れるようになる。


【まとめ】
 老年的超越により、孤独感が軽減され、身体的な不調や制約にも落ち込まず、後悔もしなくなります。また、死の恐怖も薄れる傾向があります。社会的な価値観に左右されず、穏やかな幸福感と自己肯定感に満たされると言われています。老年的超越に至る年齢の明確な基準はありませんが、個人差があり、85歳前後と言われています。老年的超越を目指して、今を大切に生きることが大切ではないでしょう。そして私たちは、年をとることに対して、もっとポジティブになってもよいと私は考えます。

  例えば加齢に応じて認知が進むことで過去の恨み、妬み、嫉妬から解放され、穏やかな人格になり、笑顔が戻ってくるなどの事例は介護の現場では多く報告されているそうです。

2024年12月16日 17時26分38秒 (Mon)

共振と共鳴の違いを知って、魂の成長を加速させよう

横浜運勢鑑定所通信9月号(2024年9月号、第133号)
【特集】共振と共鳴の違いを知って、魂の成長を加速させよう!
☐共振と共鳴の理解が魂の成長の鍵
 私たちは日常生活の中で、「共振」や「共鳴」という言葉をよく耳にします。例えば、音楽を聴いているときに、自分の感情が音楽に同調して高揚感を覚えたり、友人と話していて、相手の感情に思わず引き込まれたりすることがあります。これらは、共振や共鳴の一種と言えるでしょう。
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  しかし、共振と共鳴の違いを正確に理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。一見似たような現象に見えますが、実はその本質は大きく異なります。運勢学の観点から見ると、共振と共鳴の違いを知ることは、自分自身の魂の成長を加速させるための重要な鍵となります。なぜなら、共振と共鳴は、私たちのエネルギーの在り方に直接的に影響を与えるからです。私たちは、日々様々なエネルギーに囲まれて生活しています。人や物、環境から発せられるエネルギーは、私たちの感情や思考、さらには行動までをも左右します。共振と共鳴の法則を理解し、うまく活用することで、私たちは自分自身のエネルギーをコントロールし、望む方向へと導くことができるのです。
 今回は共振と共鳴の違いについて詳しく解説し、それぞれが精神の成長にどのように関わってくるのかを探っていきます。また、日常生活の中で共振と共鳴を活用する具体的な方法についてもご紹介します。共振と共鳴の法則を味方につけることで、あなたの魂の成長は大きく加速するはずです。

■共振とは何か?
 共振とは、物理学の用語で、二つ以上の振動体が同じ振動数で振動することで、振幅が大きくなる現象のことを指します。例えば、音叉を二つ用意し、一方の音叉を叩いて振動させると、もう一方の音叉も同じ振動数で振動し始めます。これが共振現象です。スピリチュアルな文脈では、共振は「エネルギーの同調」と解釈されます。私たちの感情や思考、行動はすべてエネルギーの一種であり、そのエネルギーは特定の振動数を持っています。怒りや不安といったネガティブな感情は低い振動数を持ち、愛や喜びといったポジティブな感情は高い振動数を持つと言われています。

  ここで重要なのは、同じ振動数のエネルギーを持つ者同士は引き合うということです。これを「共振の法則」と呼びます。つまり、私たちが怒りや不安といったネガティブな感情を発していれば、同じように低い振動数のエネルギーを持つ人や環境を引き寄せてしまうのです。逆に、愛や感謝といったポジティブな感情を発していれば、同じように高い振動数のエネルギーを持つ人や環境を引き寄せることができます。
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  共振の法則を理解し、自分の望むエネルギーと同調することで、私たちは自分自身の内なるパワーを引き出し、魂の成長を加速させることができます。例えば、祈祷、瞑想やヨガ、気功などのスピリチュアルな実践は、私たちのエネルギーの振動数を高め、ポジティブなエネルギーとの共振を促進します。また、感謝の気持ちを持って日々を過ごすことも、高い振動数のエネルギーを引き寄せる上で効果的です。

  反対に、ネガティブな感情や思考に囚われ続けていると、私たちのエネルギーの振動数は低下し、ネガティブなエネルギーとの共振を引き起こしてしまいます。これは、私たちの魂の成長を阻害する大きな要因となります。
  したがって、共振の法則を味方につけるためには、自分自身のエネルギーの在り方に常に意識を向ける必要があるのです。自分の感情や思考を客観的に観察し、ネガティブなエネルギーに気づいたら、すぐに手放すようにしましょう。そして、ポジティブなエネルギーを意図的に取り入れることで、自分自身の振動数を高く保つことができます。

  共振の法則を理解し、うまく活用することは、スピリチュアルな成長においてとても重要です。自分自身のエネルギーをコントロールし、高い振動数のエネルギーと同調することで、私たちの内なる力は大きく引き出されるはずです。共振の法則を味方につけ、魂の成長を加速させていきましょう。

■共鳴とは何か?
 共鳴は、物理学の用語で、ある振動体が外部からの振動に呼応して、同じ振動数で振動することを指します。例えば、ギターの弦を弾くと、その振動が楽器全体に伝わり、他の弦も同じ振動数で振動し始めます。これが共鳴現象です。
  スピリチュアルな文脈では、共鳴は「他者の感情や思考、エネルギーに呼応して同じ状態になること」を意味します。つまり、共鳴は自分と他者の間で起こる現象であり、相手の感情や思考に共感し、同じ状態になることを指します。

  例えば、友人が喜びに満ちた表情で自分の成功体験を語っているとき、自分も心から喜びを感じ、まるで自分自身の経験のように感じられることがあります。これは、友人の発するポジティブなエネルギーに自分が共鳴し、同じ感情を味わっている状態だと言えます。また、悲しみに暮れる友人を見て、自分も胸が締め付けられるような悲しみを感じることがあります。これも、友人の発するネガティブなエネルギーに自分が共鳴している証拠です。
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  このように、私たちは日常的に他者と共鳴し合っています。家族や友人、同僚など、身近な人々との関係性は、常に共鳴の上に成り立っているのです。スピリチュアルな観点から見ると、共鳴は「つながり」や「一体感」を象徴します。私たちは他者と共鳴することで、自分が孤独な存在ではなく、すべてのものとつながっていることを実感できます。また、共鳴は私たちの共感力を高め、他者への理解を深めることにもつながります。

  しかし、共鳴には注意すべき点もあります。ネガティブなエネルギーを持つ人と共鳴してしまうと、自分自身のエネルギーもネガティブになってしまう可能性があるのです。例えば、怒りに満ちた人と長時間一緒にいると、知らず知らずのうちに自分も怒りっぽくなってしまったという経験をした人もいるでしょう。これは、相手のネガティブなエネルギーに自分が共鳴してしまった結果です。したがって、共鳴の対象を選ぶことが重要になります。ポジティブなエネルギーを持つ人々と積極的に共鳴することが、スピリチュアルな成長には欠かせません。逆に、ネガティブなエネルギーを持つ人とは適度な距離を保ち、自分のエネルギーを守ることが大切です。

  また、自分自身のエネルギーを高く保つことも重要です。自分のエネルギーが高ければ、たとえネガティブなエネルギーに囲まれていても、それに引きずられることなく、自分の振動数を維持することができます。祈祷、瞑想やヨガ、気功などのスピリチュアルな実践は、自分のエネルギーを高める上で非常に効果的です。

■共振と共鳴の違いを理解する
 ]共振と共鳴は、どちらもエネルギーの伝達や増幅に関わる現象ですが、その本質には大きな違いがあります。
  共振が自分自身のエネルギーの増幅を意味するのに対し、共鳴は他者とのエネルギーの交流を意味します。つまり、共振は自分一人で起こせる現象ですが、共鳴は自分と他者の間で起こる現象なのです。
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 また共振は自分自身の内面に働きかける現象であるのに対し、共鳴は自分と外界とのつながりに関わる現象だと言えます。共振が自分自身の力を引き出すことに重点を置くのに対し、共鳴は他者との調和やつながりを重視します。例えば、祈祷をしているとき、自分自身のエネルギーが高まり、内なる平和や喜びを感じることがあります。これは、祈祷によって自分自身のエネルギーが増幅された結果であり、共振の一種と言えます。

 一方、友人と心が通い合うような深い対話をしているとき、自分と相手のエネルギーが交流し、一体感や共感を覚えることがあります。これは、自分と相手の間で起こっている共鳴現象です。 また、音叉の例で言えば、一方の音叉が振動すると、もう一方の音叉も同じ振動数で振動し始めます。これは、二つの音叉の間で起こる共振現象です。しかし、もし片方の音叉が振動していなければ、もう片方の音叉は振動しません。つまり、共振は自分一人でも起こせる現象なのです。 一方、ギターの弦を弾いたときに、他の弦も振動し始めるのは共鳴現象です。この場合、弦と弦の間でエネルギーの交流が起こっているのです。つまり、共鳴は複数の主体の間で起こる現象だと言えます。スピリチュアルな成長において、共振と共鳴はどちらも重要な役割を果たします。共振を通じて自分自身のパワーを引き出し、共鳴を通じて他者とのつながりを深めることで、私たちは調和のとれた豊かな人生を送ることができるのです。
 
 そのためには、まず自分自身のエネルギーを高く保つことが大切です。瞑想やヨガ、気功などのスピリチュアルな実践を通じて、自分自身のエネルギーを浄化し、高い振動数に保ちましょう。そして、ポジティブなエネルギーを発する人々と積極的に共鳴することで、自分自身のエネルギーをさらに高めていくことができます。
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 また他者との共鳴を通じて、自分自身の共感力や思いやりの心を育むことも大切です。他者の感情や思考を共感的に理解することで、私たちは自分自身の視野を広げ、より深い人間性を獲得することができるのです。
  共振と共鳴の違いを理解し、それぞれの特性を活かすことが、スピリチュアルな成長には欠かせません。自分自身のエネルギーを高め、他者とのつながりを深めることで、あなたの魂は大きく成長するはずです。共振と共鳴の法則を味方につけ、あなたの人生をより豊かで意味のあるものにしていきましょう。

☐日常生活での共振の活用法
 共振の法則を日常生活で活用するためには、まず自分自身のエネルギーを高く保つことが重要です。そのためには、以下のような具体的な方法があります。

■祈祷、瞑想やヨガ、気功などのスピリチュアルな実践 これらの実践は、自分自身の内なるエネルギーに意識を向け、それを浄化し、高めることに役立ちます。毎日少しずつでも時間を取って、祈祷、瞑想やヨガ、気功に取り組むことで、自分自身のエネルギーの振動数を高く保つことができます。

■ポジティブな感情を意図的に引き出す 感謝、愛、喜び、平和など、ポジティブな感情を意図的に引き出すことも、自分自身のエネルギーを高める上で効果的です。毎日の生活の中で、感謝の気持ちを持つことを心がけたり、自分や他者への愛を意識的に発したりすることで、高い振動数のエネルギーを引き出すことができます。

■自然の中で過ごす 自然の中には、私たちのエネルギーを浄化し、高めてくれる力があります。森林浴をしたり、海や山に出かけたりすることで、自然のエネルギーに触れ、自分自身のエネルギーを高めることができます。

■インスピレーションを与えてくれるものに触れる 美しい音楽、感動的な芸術作品、心に響く言葉など、インスピレーションを与えてくれるものに触れることも、自分自身のエネルギーを高める上で効果的です。自分の心を高揚させてくれるものを意図的に取り入れることで、高い振動数のエネルギーを引き出すことができます。 これらの方法を日常的に実践することで、自分自身のエネルギーの振動数を高く保ち、共振の法則を味方につけることができます。そして、高い振動数のエネルギーを発することで、同じように高い振動数のエネルギーを持つ人や環境を引き寄せ、自分自身の人生をより豊かで意味のあるものにしていくことができるのです。

☐日常生活での共鳴の活用法
  共鳴の法則を日常生活で活用するためには、以下のような具体的な方法があります。
■自分の感情や思考に意識を向ける 自分の感情や思考に意識を向け、それらを客観的に観察することが重要です。自分の内面で何が起こっているのかに気づくことで、自分の感情や思考をコントロールしやすくなります。そして、ポジティブな感情や思考を意図的に引き出すことで、他者とのポジティブな共鳴を生み出すことができます。

■他者の感情や思考を共感的に理解する 他者の感情や思考を共感的に理解することも、共鳴を活用する上で重要です。相手の立場に立って考え、その人の気持ちを想像してみましょう。そうすることで、相手との共鳴が深まり、より良い関係性を築くことができます。

■積極的に耳を傾け、対話する 他者との共鳴を深めるためには、積極的に耳を傾け、対話することが大切です。相手の話に耳を傾け、共感的に理解しようとすることで、相手との一体感や信頼関係が生まれます。また、自分の思いや考えを率直に伝えることで、相手との相互理解が深まり、共鳴が生まれやすくなります。

■協力してものごとに取り組む 他者と協力してものごとに取り組むことも、共鳴を活用する上で効果的です。共通の目的に向かって力を合わせることで、お互いのエネルギーが同調し、大きな成果を生み出すことができます。また、協力することで、他者との一体感や連帯感が生まれ、共鳴が深まります。
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■謝の気持ちを伝える 日常生活の中で、感謝の気持ちを伝えることも、共鳴を生み出す上で効果的です。家族や友人、同僚など、身近な人々に感謝の気持ちを伝えることで、ポジティブなエネルギーが循環し、お互いの共鳴が深まります。また、感謝の気持ちを持つことで、自分自身のエネルギーも高まり、より多くの人々とポジティブな共鳴を生み出すことができます。これらの方法を日常的に実践することで、他者とのポジティブな共鳴を生み出し、より豊かで調和のとれた人間関係を築くことができます。そして他者との共鳴を通じて、自分自身の共感力や思いやりの心を育み、スピリチュアルな成長を遂げることができるのです。

☐スピリチュアルな実践における共振と共鳴
 スピリチュアルな実践において共振と共鳴はとても重要な役割を果たします。以下のような具体例を見てみましょう。
■グループ瞑想: グループ瞑想では、参加者全員のエネルギーが共振し、個人の瞑想よりも強力な効果を生み出すことがあります。一人一人のエネルギーが同調し、増幅されることで、深い瞑想状態に入りやすくなり、スピリチュアルな気づきを得やすくなります。また、参加者同士の共鳴が生まれ、一体感や連帯感が生まれることもあります。

■スピリチュアルな仲間との学びと実践: スピリチュアルな仲間と共に学び、実践することも、共振と共鳴を活用する上で非常に重要です。同じ志を持つ仲間と切磋琢磨することで、お互いのエネルギーが共鳴し、スピリチュアルな成長が加速されます。また、仲間との対話や共同作業を通じて、新たな気づきや学びが得られることもあります。

■スピリチュアルな指導者や教えとの共鳴 尊敬するスピリチュアルな指導者や教えに触れることも、共振と共鳴を活用する上で重要です。指導者の持つ高い意識や叡智に触れることで、自分自身のエネルギーも高まり、スピリチュアルな成長が促進されます。また教えの真理や叡智に共鳴することで、自分自身の人生の目的や方向性が明確になることもあります。

■セレモニーや儀式での共振と共鳴 様々なスピリチュアルなセレモニーや儀式においても、共振と共鳴が重要な役割を果たします。参加者全員で一つの意図を持ち、エネルギーを集中させることで、強力な共振が生まれ、セレモニーの効果が増幅されます。また、参加者同士の共鳴が生まれ、一体感や神聖な空間が生み出されることもあります。

■マントラや祈りの共唱 マントラや祈りを複数の人で共唱することも、共振と共鳴を生み出す上で効果的です。声のエネルギーが同調し、増幅されることで、個人で唱えるよりも強力な効果が得られます。また、共唱することで参加者同士の共鳴が生まれ、一体感や祈りの力が増幅されます。このように、スピリチュアルな実践において共振と共鳴を活用することで、自分自身のエネルギーを高め、仲間とのつながりを深め、スピリチュアルな成長を加速させることができるのです。

☐共振と共鳴を活用し、自分自身と世界の調和を目指して
 共振と共鳴の違いを理解し、日常生活やスピリチュアルな実践の中で活用することは、私たちの魂の成長を加速させる上で非常に重要です。
  共振の法則を活用することで、自分自身のエネルギーを高め、内なる力を引き出すことができます。瞑想やヨガ、自然との触れ合いなどを通じて、自分自身のエネルギーを意識的に高めていきましょう。また、ポジティブで創造的なエネルギーに満ちた人々や環境と積極的に関わることで、自分自身のエネルギーをさらに高めていくことができます。
 
 一方、共鳴の法則を活用することで、他者とのつながりを深め、より豊かで調和のとれた人間関係を築くことができます。他者の気持ちを共感的に理解し、感謝と愛の心を持って接することで、ポジティブな共鳴を生み出していきましょう。また、スピリチュアルな仲間と共に学び、実践することで、お互いの成長を助け合い、共に高め合うことができます。 
  私たちは皆、この宇宙の一部であり、すべてのものとつながっています。共振と共鳴の法則を理解し、活用することで、自分自身だけでなく、周りの人々や環境とも調和し、共に成長していくことができるのです。今日から意識的に共振と共鳴を活用し、自分自身のエネルギーを高め、他者とのつながりを深めていきましょう。
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  そして、スピリチュアルな成長の道を歩み、自分自身の人生をより豊かで意味のあるものにしていきましょう。私たちの魂の成長は、私たち自身の幸せだけでなく、周りの人々や社会全体の幸せにもつながっています。共振と共鳴の輪を広げ、より多くの人々が幸せと調和に満ちた人生を送れるよう、自分自身の成長を通じて貢献していきましょう。共振と共鳴の法則を味方につけ、あなたの無限の可能性を開花させてください。あなたの魂の成長が、この世界をより良い場所に変えていくことを信じています。

2024年9月16日 18時23分21秒 (Mon)

中村天風師の心身統一法と開運

横浜運勢鑑定所通信7月号(2024年7月号、第131号)
【特集】中村天風師の心身統一法と開運  
 昨年に続き今シーズンも大谷選手の驚異的な活躍は留まるところを知りません。婚約を公表し、ドジャースに移籍してもすぐに新たな環境に慣れ、チームメイトとの関係も非常に良いようです。公私共に全てに絶好調、 「大谷選手は特別に運勢が良い人なんだ」と考える方も多いかと思いますが、四柱推命で見る限り特別によい運勢とは言えません。しかし非常な努力家であり人格者である事はよく知られています。
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 また少年時代から曼荼羅シートを作成し、プロ野球選手として成功するためという目的に徹し日々の生活を怠らなったことは有名な話です。私はこの話を聞いて本当に素晴らしい「誰しもこの位に徹して一つの事に打ち込めれば、何事も成就するだろう」と思ったものです。但し最も肝心なことはそのように計画立てたとしても、最後まで実行し続けることが可能かと云うことです。夢を夢で終わらせず実現することは決して簡単な事ではありません。毎日の生活で「三日坊主」になってしまうことはざらです。そこで今回は大谷選手の精神的支柱とされている中村天風師の教えの中から『心身統一法』についてご紹介します。

☐成功と繁栄に役立つ、中村天風師の言葉と解説
成功と繁栄に役立つ天風メソッド1
 『人間は誰でも、大した経験や学問をしなくても、完全な人間生活、いわゆる心身を統一できる人間であれば、男でも、女でも、だれでも、ひとかどの成功ができるようになっているのである』 (中村天風『運命を拓く』より)
 
人間はだれしも、自分の人生を素晴らしいものにしたいと願っています。そして、中村天風は「だれでも成功できる」と断言します。人生の夢・目標は人それぞれでしょうが、全ての人が自分に与えられた「偉大な力」を発揮できれば、夢・目標を実現できるのです。それでは、その「偉大な力」はどうすれば発揮できるのでしょうか。
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成功と繁栄に役立つ天風メソッド2
 『人生の一切合財のすべてが、この積極精神というもので決定されるのです』(中村天風『成功の実現』より)
「積極的な心、これが人に与えられた偉大な力を発揮するための鍵である」と中村天風師は説いています。
 
あなたの思い方・考え方が積極的であれば、あなたの力は100%以上に発揮され、すばらしい人生を歩むことができます。逆に思い方・考え方が消極的であれば、あなたに与えられた偉大な力は委縮してしまいます。つまり、心のもち方一つで、人生の運命が決定づけられるのです。 『潜在意識を毎日毎晩書き換え、クンバハカ(呼吸法)を信念をもって継続することで、人生の三大不幸である病、貧乏、煩悩から抜け出すことが出来る』と説いています。 ※クンバハカ呼吸法とはヨガの秘伝です。具体的には、平常心を失うような衝撃や感覚の刺激を受けた場合、まず第一に肛門を締め、同時に肩の力を抜いて下腹部に力を充実させるというもの息を吸って、止めて、息を吐くという呼吸法です。 息吸い上げて止めているとき、横隔膜に力が入り、お尻の穴をキュッと締めていきます。 お尻の穴を締めることで、骨盤が下から支えられます。
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☐成功と繁栄に役立つ、中村天風師のメソッドの紹介
 人生において積極的な心(いわゆるポジティブマインド)が重要なことは、数多くの成功哲学が語っています。ただ、そのことをわかってはいても、いざ自分となると、いつも積極的な心をキープできるでしょうか。自分の心でありながら自分の心が思うようにならない、ということは果たして無いでしょうか。
  これに対して、中村天風師は「積極的な心をつくることは誰にでもできる」とはっきりと述べます。そして、だれもが積極的な心をつくれる具体的な方法を示しています。それが、中村天風師が、自らの人生体験と科学・医学・哲学の探究を通じて、今から100年前に発案した「心身統一法」と呼ばれるものです。
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 「心身統一法」は、心と体の両面の多岐にわたる方法からなるモノですが、その一部をご紹介します。 「思い方・考え方のもととなる潜在意識を浄化する方法」「積極的な思考への訓練方法」「寝がけの心得(中村天 風師の教え)」これら3項目についてご紹介いたします。関心ある方は「盛大な人生」「成功の実現」「心に成功の炎を」の三部作をお読みください。以下はこれら三部作からの抜粋と要約です。

■「思い方・考え方のもととなる潜在意識を浄化する方法」  
 天風師は、夜の寝る前が、大切だと言われます。睡眠に就く前の数秒間は、自分の潜在意識か最も暗示を受け易い状態になっており、この状態を利用して潜在意識に溜まったネガティブな情念を掃除してしまうという内容です。
  この掃除に成功すると、顕在意識で考えた前向きな思考は、潜在意識にバイブレーションされ(響いてと言っても良いのかもしれません。)この顕在意識で意識した思いが、潜在意識を通じて実現して現実の世界に現れることとなります。いわゆる思考が現実となるとか、引き寄せの法則という原理です。 これらの原理を実践したつもりでも成果が出ないのは、潜在意識にネガティブな情念が詰まったまま顕在意識だけで、前向きな考え方を無理に貫こうとするからだと云います。
 むしろ潜在意識には、ネガティブな情念が詰まったままなので、嫌なことが次々に現実の世界で起きてきます。想いのレベルでは、前向きに考えられる人なのに、結果が残念な人は、ここに原因があるというわけです。それではどのような要因で我々の潜在意識の中にネガティブな情念が溜まってしまうのでしょうか?

 それは他者からのネガティブな言動や日々のニュースを通じて常に無意識に溜まっていきます。この情念は、日々現代社会に生きる以上不可避的に溜まってしまうので、潜在意識を浄化する方法を知ってかつ実践できるかどうかが、重要となります。天風さんの言葉を借りれば、「観念要素の更改」と呼ばれるものです。(中村天風著 「成功の実現」 日本経営合理化協会編)
  夜の寝る際のわずかな時間に、「今日も一日有難う御座います。」「これから休ませて頂きます」という呪文を唱えるだけでよいのです。

 一日を振り返っては、なりません。潜在意識の中にその日に起きた嫌なことを描かせることになるからです。無念夢想の状態で寝入ってしまうのが、潜在意識を浄化する最も理想的な状態だそうです。しかし無念夢想だなんて、荒修行した僧侶でもないかぎり、その境地に入ることはできません。だから「今日も一日有難う御座います。」「これから休ませて頂きます。」と呪文を唱えるだけで無念夢想の境地に近い境地になれると天風師は教えています。これを毎晩寝る前に繰り返していくと、消極的観念要素(消極的な考えの元になるもの)が、浄化されていきます。すると顕在意識でイメージした前向きで、ポジティブなイメージが、そのまま潜在意識に届くようになります。そしてこのポジティブなイメージが、信念にまで高められると潜在意識にイメージされた世界が、そのまま引き寄せられて、そのまま現実となります。

■「積極的な思考への訓練の方法」
 天風師によれば 、人の心の中には無意識に溜まったネガティブな情念が、詰まっており、心の表面でポジティブなことをどれほどイメージしたとしても、心の奥底に詰まったネガティブな情念が精神全体にはびこってポジティブな思考は思考として、なかなか宇宙全体に届かず、現実化しないものです。 天風師の説く信念の作り方は以下の通りです。
・なりたい自分を映像としてイメージすること
・鏡を使った自己暗示にかけること。
・あるべき状態を口に出して言うこと。
・映像・音としてイメージすることがポイントです。

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 中村天風師の説明と引き寄せの法則は原理的に多くの共通項があります。それは地球を含んだ宇宙全体を一つの生命体として捉えていることです。天風師の言葉を、お借りすれば、宇宙意識と呼ばれる意識主体のことです。宗教かと思われるかもしれませんが決して宗教ではありません。天風師の言う宇宙意識は、むしろ自然の摂理(宇宙の気)に近いものです。

 想いとか思考は、自分以外のなにかに届き、自分以外の力も作用して、地球上で現実となるというものです。自分の心のなかで、何かの怒りとか、恐怖、焦りを感情として抱くことは、あたかも後から、この地球上でそのようなオ―ダ―に基づいた料理を、自分の口に入れるようなものです。ただ、そうはいっても怒りとか、恐怖とか不安は、聖人君子でもない私たちの、心の中には、自然と沸き上がってしまうものです。この消極的な考えは、その元となる芽が、心の中に既に存在てしまっているため生じるものです。それが前に述べた「消極的な観念」なのです。

  師の説明によると我々の進化の過程で、まだ原始的な動物だったころには、自分の身の安全を守るため、このような恐怖、不安は必要不可欠でした。恐怖心があるからこそ、外敵の気配を感じると、その餌食にされる前に逃げ切ることが、できたのです。このような動物としての本能から生じる心を、天風師は本能心と呼んでいます。 さらに、我々の祖先が、狩猟民族を経験した際に、獲物と弓矢との間の距離を計算したり、獲物の走行する速さを考たりする力を身につけました。このような心を理性心と天風師は呼んでいます。
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  この2種類の心の作用は、生まれた時から、肉体を維持するために、先天的に我々の心の中に、内蔵されているのです。昔植木等さんの「スーダラ節」という歌の中でお酒が、体にいいわけないと『わかっちゃいるけど(理性心)やめられない(酒が飲みたい=が死への不安)=動物心』』というセリフがありました。 同じ様な話はいくらでもあります!たばこが体に悪いとわかっているけど、やめるとストレスが、溜まるのでやめられないとかです。 この2つの心は肉体を維持するためのツールとして我々の精神作用に組み込められています。しかし本来、共に必要な作用であるにも関わらず、我々はこの二つの心を正しく制御できなくなってしまいました。その結果、心(本能心)が暴走してしまうのをストップできないのです。お酒も体に悪いのなら止めるべきなのに、止められない。最後には諦めてしまい、止めようともしなくなるのです。

  心が暴走するままに、消極的な感情である不安・怒り・妬み・嫉み・が次から次に浮かんでは沈んでいきます。この感情の蓄積がその人の考え方の元となるのです。これが消極的観念といわれる用語の中身です。このような消極的な考え方の元となる要素が、心の中に詰まっている以上ポジティブシンキングをいくら試みたところで、根の部分では、消極的な考え方が、自然と湧いてきますので、全体としてネガティブシンキングになってしまうのです。この消極的な観念が潜在意識に溜まった際に、消し去る方法が先に述べた観念要素の更改なのです。

■寝がけの心得(中村天風師の教え)
人間は、余程心が修養されていない限り、床に入るととかく消極的なことを考える自然傾向を持っています。 人間が寝るときは、体を横にする。頭も横になっている。大脳も横になる。人間の思考作用は脳髄で行われるが、脊髄の上に大脳が安定している状態の思考作用が一番健康的だと云われています。それが横になって考える思考作用は良くないと云われる所以です。
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 寝床の中は、肉体と精神の疲れを休める場所、ただそれだけではありません。「疲れたから寝よう」と、軽く考えてはいけません。もっともっと深い目的…それは「生命の立て直し」であると云われています。昼間クタクタに疲れた体も、夜ぐっすり眠ると自然の作用で疲れも治り、消耗された力も復活するありがたい働きがあります。だから寝床の中というのは、とても神聖で尊いものなのです。

  寝床の中では無念無想、何も考えないのが一番良いといわれます。しかしこれは、修養しなければなかなかできないことです。もし、ものを考えずにいられないのなら、考えれば考えるほど楽しく、思えば思うほどうれしいことだけを考えたり思ったりすれば良いです。寝つくまでは、心して垢や汚れはつけないように…!  寝がけに何の用意もなく寝るだけでもいけないのに、いわんや垢に垢をつけるようなことをやって寝たのでは、それは毒薬を飲みながら寝てしまうのと同じことです。だから寝がけは、どんなことがあろうとも消極的な考えを持ち込まない心がけを、実行に移すことが大切なのです。

 もう一つ大事なことは、寝ぎわに鏡を応用することです。鏡に向かって自分に暗示をかけると、自然とその暗示通りに心がつくり変えられていくという効果があります。最初はうそでもいいから、例えば「こんなことは気にならない。気になるもんか。今までは気になったが、もう気にしない」と暗示をかける。簡単明瞭なことだけれども、自分でも驚くほど意思の力が強くなってきます。簡単な事なので実践してみてはいかがでしょうか。  自己暗示法は最も誰でも簡単にできる開運法です。スポーツ選手が試合前に用いる手法としても有名ですね。

■心身統一法と開運
 中村天風師の「心身統一法」は推命学の観点からも非情に理にかなったものです。 「大宇宙、自然を司る根本真理の力を身体に取り込むことで、人生の全ての問題を解決し所願成就、幸福の人生を送ることが出来る」と説きます。

 そのためには自然宇宙の力(万能力=天の気)と一体化する事。---消極的な潜在意識を取り除き、積極精神を養成することです。これは推命学が説く「自己の「命(メイ)」を天命として正しく知り、絶対的確信をもって生きることに通じます。それで初めて天と自分の命が一つになることが可能になります。 ※自然界(動植物)は人間のように迷うことなど無く、一心不乱、一途に、一心に、ひたすら生を全うしようとします。そのような精神を中村天風師は積極(せきぎょく)精神と呼びました。
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 次に問題解決のためには頭で知るだけでは不十分で、実行に移す体力と胆力、精神力(判断力、断行力)、能力を養うことが必要となります。このためには日々の訓練が必要と云われます。就寝前と朝起床時、そして常に呼吸を整えるといったものです。心(積極精神)で体をコントロールすることが重要です。それには日々の訓練、修練が大切です。
  ※中村天風師の鏡暗示法---寝る前に「お前、信念強くなる」、起床後「今日は信念強いぞ!」と毎晩毎朝唱える。  ご関心のある方は是非、チャレンジしてみることをお勧めします。不肖、私もこのような心身統一法を取り入れた修養、修行を日々行いながら鑑定を行っております。特に毎晩毎朝の自己暗示法と早朝散歩はお勧めです。

2023年12月17日 13時18分29秒 (Sun)

変えられない運命(宿命)どう向き合うか?

【特集】変えられない運命(宿命)どう向き合うか?
 生年月日から導き出す四柱推命の「命式」は当然、どんなにあがいても変えられないものです。先天運(自分の中にある、生まれ持った運気)を観るのが四柱推命なのですから変えられないのは当然なのです。但しその「命」を知ってどのように活かすかは本人次第です。(天命→宿命→立命→使命=運命)そこで私たちは変えられない運命(宿命)と常にどのように折り合いをつけていくかが大切になってきます。 しかしそのことがうまくできない場合、自身の運命に絶望して自ら命を絶ってしまうようなケースもあり得ることになります。

☐運命に勝つ(負ける)とは
 運命論者というと、いまでは人気がないかもしれませんが、わたしはある意味、運命論者かもしれません。その意味は運命(絶対的存在)という存在を認める立場ということです。そしておそらく多数派だと思われる反運命論者は、運命という存在を認めない立場の人かと思います。 しかしそれは同時に絶対的なものの存在を認めない立場の人と言い換えることができるかと思います。よく聞く「運命に勝つ(負ける)」という表現を例に考えてみたいと思います。
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  カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《人生の諸段階》
「運命に勝つ」とか言う人は、運命を自分にとっての対象物と捉えているように思います。つまり自分が自分の運命を、距離をとって客観的に見たり、それをコントロールしてそれの方向や動きを変えられるものとして見ているということです。しかしこれは大きな誤りです。
「私の運命」は、私の対象物ではなく、それは「私そのもの(私の本体)」です。決して私から見られるものではなく、むしろ「意識としての私(自己意識)」は、「私の運命(私の本体)」と一体のものです。 もう一つは純粋に外的な出来事、それこそ天災が降りかかるといったようなその人の人生を左右するような影響力のある出来事はまさに運命的出来事と言っていいでしょう。自分自身の感情や衝動と外部から私に起こる出来事も合わせてその全体が「私の運命」であり、「私の本体」だと私は考えます。
 その人の人生を左右したことだけを、運命的という傾向がありますが、実際には、きょうの晩御飯は、焼き肉ではなく焼き魚だったという小さなことでも、それもまたれっきとしたその人のその日の運命に違いないのです。たとえ髪の毛一本が抜けるのもそこには「私の運命」が統率していると考えます。

「運命としての私(命)」と「運命を受け入れる者としての私(自己意識)」
 「私」という存在は「運命としての私」と「運命を受け入れる者としての私(自己意識)」の2つが相即的に構成しあいながら、ひとつの「私」として実際に存在しています。(※)
(※)「私の運命」と「自己(意識)」のどちらかが優先して存在しているということではなく、運命があれば、自己(意識)があり、自己(意識)があれば、私の運命がある、という仕方で両者が相伴いながらひとつのものとして存在していることを「相即的」という言葉で言い表しました。
  そして「私の本体」すなわち「運命としての私」を自分ではコントロールできない、侵せないものとして、受け入れることこそ、まさに「私が私自身であること」(私が私自身と一つになること)になります。私自身も自己実現というときはいつも自分自身と一つになることを念頭に置いています。

「運命を切りひらく」という表現があります。もしこのような状態があるとすれば私は次のように解釈します。
「運命を切りひらく」とは、自分に起こる出来事を私の運命として無条件に受け入れて、その運命(によって与えられた境遇)を、何かのために「生かす」ことであると考えます。
したがって「運命に勝つ(負ける)」と云った言葉は非常にナンセンスと、私は思います。運命と戦うという状態がもしあるとすれば、それは「運命を受け入れる者としての私」と、「運命を受け入れられない私」との戦いなのであって、運命そのものを対象化してそれと戦うという話ではないのです。この意味で運命に勝つという表現は非常にナンセンスなのではないかと私は思っています。
 次にとても参考になる吉田孝二氏による経営の神様と称される松下幸之助氏のエピソードを紹介します。

☐「自分に与えられた運命を積極的に受け入れる(「学歴がなかったおかげ」松下幸之助物語 吉田孝二著)
 人は、逆境に立つと、必ず次のように言う。「どうして私ばかりこんな目に遭わなければならないのか」と。それは、自分に与えられた運命や境遇を受け入れられないことの表れである。
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 松下幸之助は、「嘆いて状況が好転するものであれば、嘆けばいい」と云います しかし、「嘆いても嘆いても、どうにもならないことは、嘆いてはならない」と教えます。大不況がきたとき、「どうしてこんなことになったのか。いつになったら好転するのか」と嘆いてみても、事態は何も変わりません。それどころか、嘆いている間に、ますます事態は悪化する。「困難よろしいな」、「不景気よろしいな」、「不景気のおかげで」、「不景気だからこそ」と考えることの大事さを、松下幸之助は教えました。生きる名人の秘伝ではないでしょうか。

 前向きの発想、生きる名人になるための発想、そして秘伝を一言で表すならば、「それもまた良し、ホトトギス」。かつて松下政経塾で、塾生が質問したことがあります。「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス。鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。この三つの江戸時代の狂歌、塾長はどれですか」と。そのときの答えが、「鳴かぬなら、それもまた良しホトトギスやな」。私は、まさに名人の発想法を教えられた気がしましたと。

 鳴かないホトトギスは、自分にとっての逆境と思えばいい。普通は、殺してしまいたいし、何とかしたいものです。しかし、松下幸之助は、「鳴かないホトトギス、いいじゃないか受け入れてやれ」と云います。そのように考えると、どうやら、生き方名人は、自らにふりかかってくる境遇を、「それもまた良し」と受け入れる心を持った人ではないかと思います。 すべての運命を積極的に受け入れることが、生きる名人の秘伝であるとすれば、人生に無駄な経験など何もないことになります。「父さん、それもまた良しホトトギス。倒産したおかげで、初めて自分の甘さを知ることができた」となります。「落選、それもまた良しホトトギス。落選したおかげで、初めて日陰に立つ苦しみを知った」。すべての経験を生かす力、それが、生きる名人の力なのです。

 「商売に浮き沈みはない」。そんな言葉を松下幸之助から教えられたことがあります。「商売というものは、本来、永遠に発展するものである。それを人は浮き沈みがあると言う。浮き沈みがあると考えたら、浮き沈みする。浮き沈みするのは商売ではない。人間の心である。 商売は、永遠に発展する。否、それだけではない。「商売が永遠に発展するのは、万物を生かそうと働いている宇宙根源の力によるものである。その力に素直に従えば、商売は永遠に発展する。発展するのは、宇宙の根源であると。」

☐「運命を受け入れる」のと「諦める」のは違う
・受け入れる=肯定する
「受け入れる」というのは、「存在を肯定する」「存在を認める」ことです。運命を肯定し、受け入れることで人生に希望が持てるようになる。「そんなもの存在しない!」とか「そんなものが存在するなんて認めない!」とか「つまんない!」「やっちゃダメ!」「嫌い」とか言われると、人の心の扉は閉じ、一気に希望が失われてしまいます。「運命を受け入れる」というのは、決して「諦める」とか「何もしない」ということではなく、逆で「運命を受け入れながら、より頑張る」というとらえ方が重要だと思います。

「自分の意志でどうにもならない大きなもの=運命」が、私の意志に反するような動きをしてくることも、確かにあります。その時は、それに歯向かうのでなく、それに道をゆずり、委ねて自分に出来る事を精一杯やること。「どちらにせよ、そこまで悪いことにはならないぞ」と気楽に構えて前向きに生きる。こうすると機嫌が良くなるし、冷静にもなるし、視野も広がるものです。

(補足)運命を受け入れるのを困難にさせるもの
 それは、自己意識の持っている「価値(善悪)判断」の能力のことです。 人はある物事を、善いものと判断すれば、それを受け入れることができますが、悪いものと判断したら、それを受け入れることはできないでしょう。 身近な例では、人はその商品が価値ある善いものだと判断するから、それを買うのであって、その商品を粗悪品と判断していたら、それを決して買うことはないでしょう。この場合、買うという行為の前提にあるのが、その商品を善いものとして判断しているということです。ある物事を善いことと判断すること、それがその物事を「肯定する」ということであり、悪いことと判断することは、それを「拒否する」ということです。
 更に言うと、肯定するとは、その物事が「あって(存在して)いい」と判断することであり、拒否するとは、その物事が「あって(存在して)はならない」と判断することなのです。 したがって、拒否する場合は、その物事を受け入れることは当然ありません。価値判断が自分に起きたこと(運命)に対しても適用されるとき、そして悪いこととして判断されるとき、人はそのことを受け入れることが出来なくなります。

誰かにむかついてしまう自分を受け入れられない理由
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 ある人が、誰のことも大切にやさしくしたいと思っているとします。しかし、実際には、生活の人間関係の中で、むかつく人が出てきて、それを苦にしています。ここでの「生身の私」の出来事とは、何でしょう。それは、ある人にむかついてしまっている事、このことです。
  しかしこの「むかつく」という出来事が、その人にとって、誰のことも大切にやさしくしたいという理想・信条からは外れてしまうことだとすれば、その出来事は悪だと価値判断されてしまうので、そういう感情をいだいている私自身(生身の私)を受け入れられないという事態が起きるわけです。そこに苦が生まれます。 「自分の理想(あるべき自分)」と、「生身の自分」とのかい離が自己葛藤、人の苦の大元にあることなのです。

■人生を左右する出来事を受け入れられないことの本当の苦悩とは
 運命的出来事を例にすると、ある人が火災事故に巻き込まれて自宅を焼かれてしまったとします。最初は、その人はその事故そのもの、あるいはその原因を悪しきものとするでしょう。しかし最終的その人にとって悪しきものとは、なんの非もないのに自分の財産や家族を失ってしまった、その「理不尽さ」であり、その理不尽さに巻き込まれてしまった自分の人生そのものなのです。そんな自分はあってはならないということです。そこに最も大きな苦悩があるのではないでしょうか。

  生身の私であれ、外的出来事であれ、それを悪と価値判断することによって、それは受け入れ難いもの、受け入れたくないものとなります。そして上で述べたように運命的出来事の拒否も最終的には、自己拒否へと落ちて行ってしまうのです。自己拒否とは、自分があって(存在しては)はならないということであり、精神的葛藤(苦)の根にあるものです。したがって、本当は生きていく上で一番あってはならないものとは、自己拒否なのです。※
 ※「自己拒否」と「自己否定」の違いを正しく区別することが大切です。 「自己否定」とは自身の本然の良心的な心を再起するために自己中心的な思いを否定することですが、「自己拒否」は自身の存在そのものを認めないという厭世主義(絶対悲観主義)に近いものです。ここでは全く正反対の意味の言葉として用いています。

 しかし意外と私たちは自分自身の何かをあってはならないものとして、拒否している場合があるのではないでしょうか。100%私が好きと云える自己肯定感が高い人が運命を完全に受け入れた人です。

☐運命を味方につける考え方
 最初に古代ローマ皇帝であり、ストア学派哲学者マルクス・アウレリウス(121-180)の言葉を紹介します。 「自分に起こることのみ、運命の糸が自分に織りなしてくれることのみを愛せよ。それよりも君にふさわしいことがありえよか。」(『自省録』)
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 哲学者マルクス・アウレリウスは自分に起こる出来事をどう受け取るべきかついての、驚くべき賢い思考方法を提示してくれているように思われます。なぜならあなたに起こる出来事こそ、あなたにふさわしいのだから。

  例えば、慢性の病気にかかってしまい、一生病院に通わなくてはならないとしましょう。その時、症状に苦しめられること、そして、今後通院を余儀なくされること、薬を飲み続けなければならないこと、食事制限がかかることなどが自分にふりかかる出来事としてあげられるかもしれません。
 また、病気に対する不安・恐怖、病院に通い続けなければならないという面倒くささ、薬に対する嫌悪感、食事制限がかかることに対する不満なども、その人の内面で起こる出来事として考えられるかもしれません。 マルクス・アウレリウスは、これら全ての自分に起きる出来事を、運命があなたのために授けたものとして、あなたにふさわしいものとして受け取りなさいというのです。

 マルクス・アウレリウスが自分に起きる出来事を愛せよというのは、人はそれができないと、心の一番の安らかな状態(自分を受け入れている状態)から離れていってしまう、というのを十分に理解していたからだと思います。(その離れた状態がいわゆる葛藤状態であり、これがストレス、神経症の根です)
 
病気にかかった自分は嫌だ、病院にずっと通わなくてはならない自分なんか嫌だ、病気を恐れている自分も臆病者みたいで嫌だし、好きなものを好きなだけ食べられない自分なんてつまらなくて嫌だ、といったように、自分に起こった出来事を受け入れないと、どんどん自分自身に対しても否定的になっていき、葛藤状態が強くなってしまうのです。

~ありのままの自分を受け入れ、肯定していく思考方法~
 自分に起こる出来事を受け入れず否定することが、ひいては自分自身をも否定する原因になっているのだとすれば、自分に起きる全ての出来事を運命が自分に授けてくれたまさに自分にふさわしいものとしてみる見方は、ありのままの自分を受け入れ肯定していくための大きなヒントです。
 四柱推命鑑定で自身の運命(「命」)を知っただけでは、すぐに開運にはつながりません。次にその命をそのまま受け入れること=自己肯定が大切です。そして自分の運勢を可愛がってあげる事(愛すること)がとても重要になります。近年いじめが社会問題になっています。いじめとは様々な暴力的な言動によって、相手の身体(からだ)や感情・気持ちを傷つける行為ですが、実は自分の運勢を受け入れないことは自分自身を拒否、否定しいじめる事となっていることに気づいている人は稀です。自分を自分がいじめることです。
 自分を好きになることで自己肯定感が上がり、人生に希望を持つことが可能になるのだと私は考えます。

2023年8月7日 18時00分05秒 (Mon)

「幸せ(成功)の原点」 ~感謝できる人になるには~

横浜運勢鑑定所通信6月号(2023年6月号、第118号)
【特集】「幸せ(成功)の原点」 ~感謝できる人になるには~
 『感謝の気持ちが強い人は運も強くなる。感謝の足らない人は、心も生活も考えも貧しくなる』占い師、ゲッターズ飯田氏の言葉です。彼ばかりでなく多くの心理学者、思想家、宗教家が皆、異口同音に“幸せ(成功)になるには「感謝」することが重要である“と説いています。
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  また潜在能力研究家の故・小林正観氏はインタビューの中でこのようにも語っています。『ありがとうは水の組成を変える働きがあります。「ありがとう」という言葉やチベット密教のお経等を水に聞かせると、美しい結晶をつくることが実証されています。私たちの体は70%が水です。でもその水は年を重ねるごとに減って、体は小さくなります。更年期障害の最大の症状は、喉の渇きを司る中枢が麻痺すること。それが老化の始まりです。ですから1日最低2リットル飲むと決める。そして、飲む時に「正常な細胞にしてくださってありがとう」と言葉をかけると体は良いほうに変わります。

  私も49歳の時に自分で人体実験をしてみました。「若返らせてくれてありがとう」と飲み始めたら、髪の毛の半分が白髪だったのが1か月で真っ黒になりました。「……してくださってありがとう」と完了形で感謝すると、体の水分が変わるみたいです。反対に腹を立てたり、イライラしたりした感情が水に伝わると水の組成は壊れてしまうんです。ありがとうを唱え続けていると人生のステージが変わります。
  年齢×1万回のありがとうを唱えることで自分がこうなってほしいと思うことが実現することがあります。 2万回を超えると、妙な現象が降ってきて、なんでこんな現象が起きるのだろうと思っていたら、家族や友人がそう願っていてくれていたことが分かる。これが第二ステージです。 3万回を超えて第3ステージになると、自分も考えたことがないおもしろいことが、いきなり降ってくるようになります。』
  確かにひたすら「ありがとう」と唱えることも目的実現(成功)の一つの方法ですが、さらに真に感謝する人になるにはどのようにしたらよいのでしょうか。

☐人生を心豊かに ~感謝とは、“する”ものではない!?~
  よく、「成功者する人は、感謝が出きる人」という言葉を耳にすると思います。確かに感謝無しの成功は語れません。大きな成功は、多くの方を幸せにし、感謝のもとにもたらされるものです。
  ところで成功には、無意識レベルのステップが存在することをご存じでしょうか。最初の段階は“一人で頑張って”達成できるライン(規模、内容)。そしてその次の段階は、“周囲の方々の『感謝のエネルギー』により、ステージが押し上げられ拡大が持続する”と云った段階です。感謝の感染力はすさまじいものがあります。例えば一つ商品の販売にしても宣伝より口コミの方が断然、効果があるのは感謝の力が働いているからです。
  さて実は「感謝」とは“する”ものではないことをご存じでしょうか。本来は「意識(心の在り方)の状態」を示すものなのです。そしてそのコツがわかると簡単に、感謝状態に在ることが出来るようになるといいます。  そんな【感謝状態の正体】を紹介してみたいと思います。
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☐感謝とは“状態”である
  さて、感謝はするものではないって!?_どういう事?と感じておられる方、いらっしゃると思います。まず、私たちはなぜ、感謝は「するもの」と捉えているのでしょうか。 なぜなら、私たちは幼いころから、往々にして「感謝しろ」「感謝が足りない」などと言われるシーンを経験しながら成長してきている、という背景があるからです。そのため【感謝はするもの】というのはまず、「思い込まされ」という事を、頭の片隅にとどめて頂けたらと思います。もちろん、そうでなかった方もいらっしゃると思いますが、「感謝したほうが人生良くなるらしい」という感覚は、ほとんどの方がお持ちではないでしょうか。では、 【感謝が状態である】とは、どういった感覚なのでしょうか。感謝状態とは、例えば「赤ちゃんが生まれた時の」じわーっとした感動!。
  最近で言えば、コロナで出来なかったことが出来るようになったときの喜び、会いたかったひとに『やっと会えた!!』そんな感覚、というと分かりやすいかと思います。そんな時、『ありがとう!!』 『ありがたい!!』と“じわーっ”と自然に感じていると思います.


  つまり、感謝とは【内側に湧き上がる感動から、発せられる周波数の事であり、その状態】を言います。この感覚が伴った言葉は、人の心に届きます。ですから口先だけの感謝の言葉は、口先だけだという事も伝わります。感謝の状態から生まれる“ありがとう”は、心から伝わりますし、強力な感染力を持ちます。“言えば良いんでしょ”、や“とりあえず感謝しておこう”といった、口先の言葉には感染力はあまりありません。

☐“感謝して生きる”とは
 ここまでお伝えした通り、“感謝=状態”で、“感動をキャッチ”している状態、そして感動できる人は、すべてに対し「素直な心で在る人」です。【感謝して生きる】=【感動できるみずみずしい心(魂)で生きる】という事です。そんな毎日を想像してみてください。毎日が感動に溢れて来ます。
・家族が健康でいてくれて、毎日が支えられている。ありがとう!
・社員さんが入れてくれたお茶が、今日もおいしい。ありがとう!
・部下が、成長した姿が見られた。ありがたい!
・今日も、健康で仕事が出来ている。ありがたい!等々いかがでしょうか。

   “人のことまで、あたたかく受け止め、一緒に喜び、感動を分かち合う”この様な人と、一緒に仕事をできたら気持ちが良いはずです。先にも書いたようにこういった方は、周りからも感謝され応援され、豊かに成功していきます。成功者とは、『感謝の周波数を発信し、受け取る循環にある人』です。皆様、とても謙虚で「普通の人達」です。素直で感動できる心を持っていると、誰にでも、豊かで幸せに人生の成功者になることができる可能性があるのです。特別な才能があったり、特別扱いされる人、また、特別であろうと頑張る人、が成功するのではありません。そうはいっても、日常で感動って、なかなか難しいところもありますし、「素直ってどうしたらいいの?」と感じられる方もおられるかと思います。そこで、無理に感謝状態を持続する必要なく、少し簡単に社会において、感謝の循環に入る「貢献」という視点から、話します。
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☐思考を使って発想を転換~感謝の循環に入ることが可能
 「貢献」という言葉は、響きがとても良いですよね。自らの利益を考えるのではなく、「全体の中の個(社会全体の中の会社)」として、とらえる広い視点です。
【わたし“が”成功することよりも、社会全体にどうお役に立てるか】と云った思考をベースに置くことで【自分の存在(才能)が役に立ったり、感動を与えたりする】ことに気づくことが出来ます。

  この様な視点で、捉え、行動をしていくと自然と全体に貢献している自分に自信が持てるようになり、生きがいと価値を見出せるようになります。自分の価値を認め必要としている社会に感謝するようになるので、感謝の循環に入ることができるということです。人で言えば、才能を見つけ、褒めて伸ばしたり、人と人のご縁をつないだり、自ら出来ることに気がついて、全体に貢献できる人は、周囲からも感謝されるはずです。
「私は何者でもない」との謙虚な心と、「全ておかげ様」や「与えられている」=存在させて頂いているという意識下にあると、【貢献】の視点を捉えることが簡単に出来るようになります。【感謝の状態】と同じ視点です。

☐感謝し、感謝される豊かな循環
  私たちは、心にゆとりがなくなると、どうしても【全体の中の個】という視点よりも、【私が】という視点に立ってしまいます。実際、毎日様々なことが起きますし、『人の事なんて考えるゆとりはない』かもしれませんが、【意識を向ければ心のゆとりを創造することは可能】です。思考というものは不思議で、「ありがとう」「おかげ様」を【意識】するようになると、自然と感謝が湧いてきて、心にゆとりができるのです。

  ※以前に書きましたように、感情は素粒子として存在します。素粒子は、意識を向けるとその性質の強い集合体を形成します。感謝するのもされるのも、『無料』!なので、どんどん感謝を循環させて、心豊かに経済を循環させてまいりましょう。幸せは自分の心がきめるとは、こういった仕組みです
 平和な世界は軍事や政治ではなく、感謝(ありがとう)の感染力で創られるのだと思います。

プロフィール

自己紹介
 大越六然
 20年以上の鑑定歴。
 お一人お一人、懇切、丁寧に鑑定、ご相談にお応えいたします。

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