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家系と先祖

2021年9月2日 19時40分57秒 (Thu)

先祖の恨みと赦しの心

横浜運勢鑑定所通信7月号(2020年7月号、第83号)
【特集】先祖の恨みと赦しの心
私たちは因縁、先祖からの影響を実生活の中で無視することは出来ません。それは必ず親からの影響が血筋(血統)と家庭を通じて現れるからです。親子で体質が遺伝するように、心の面でも先祖から代々受け継いでいるものが多くあり、当然良いもの、悪いものの両方があることになります。そこで悪い内容を少しでも消去(清算)し、豊かに幸せな生活を実現するために必要なのが先祖供養です。

□先祖供養の前に必要なこと(先祖を赦しましょう)
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 家系図作成のご依頼を受ける中で、「先祖が悪いため自分の運勢が悪く、不運が続いている!」「先祖のせいで自分たち家族は本当に苦労ばかりだ!」などの言葉を聞くことがあります。実際に先祖が原因で困難な状態が起きていることが多いのですが、中には“先祖が加害者で自分たちは被害者”と考えていて先祖を恨んでいる方も意外と多いものです。そのような方は立派なお墓を作っても、先祖に対して無関心で、お墓参りや法要などはきちんとせず、親の命日も覚えていない場合が殆どです。 「お墓は立派でも、心がこもっていない」「家は立派でも、そこに住む家庭に愛が無い」のと同じです。お金を使って先祖供養をしても実際に解放されない場合のほとんどがこのようなケースです。 私たちのたくさんの先祖の中には、いろいろな方がいます。中には決して善しとは言えないような人生を送ってしまった先祖達もいます。そのような先祖がいる場合はまず、“先祖を赦す”心を持たなければいけません。実は実際の供養よりもこの心を持つことが意外と難しいのです。

□日本文化の特徴
 日本の文化では、「赦し」よりも「忘却(水に流す)」の方が強く意識されているように感じます。「時が経てば、いずれ忘れる」というのが、日本人の一般的な解決法ではないでしょうか。ところがその方法は、毒性のある産業廃棄物を土の中に埋めて処理するようなもので、やがて土壌汚染というより深刻な問題につながります。埋められた痛みは、私たちの情緒に悪影響を与え、人生にさまざまな障害をもたらします。それは人生観をゆがめ、人間関係を破壊してしまいます。結局は何の解決にもならないのです。 最近は先祖の事は何も知らないという方が多いように思われます。核家族化が進み現在では、祖父母の名前さえ知らない青年たちが増えているのだそうです。親が先祖のことを子供たちに語ってこなかったためです。(実は隠してきたからです。)これはすこぶる深刻な問題と云わなければなりません。

□“許し”と“赦し”
 
「クリスチャン.トウデイ」(2017.10.4のコラム)からの抜粋です。
  ~「許し」と「赦(ゆる)し」。読み方は同じですが、中身やニュアンスが少し違います。「許し」は、「許可する」というような意味合いがあり、行為や行動の前段階でのことです。「赦し」は、すでに起こってしまった出来事や過ちに対して、「恩赦」をしたり、裁かずに受け入れることを指します。~
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 赦すこととはどういうことかとの質問に答える最も良い教材がユーゴー作「レ・ミゼラブル(銀の燭台)」であると思います。 主人公ジャンは、長年の苛烈な投獄生活で、身も心も、ぼろぼろになっていました。しかし、出獄して、ミリエル司教と出会うことにより、人生が変わりました。銀食器を盗んだジャンが警官に捕まったとき、ミリエル司教は、警官に対して、わたしが銀食器をあげたと語り、さらにジャンに対して、この銀の燭台も持っていくがよいと差し出しました。 つまりミリエル司教はジャンの犯した盗みの行為そのものを否定したのです。
 もし仮にミリエル司祭がジャンに対して盗みは悪い事、しかし反省したら許してあげるとしたならたとえ刑罰から逃れることが出来ても、後の“ジャンの回心”は起こらなかったでしょう。ジャンは、一生涯、ミリエル司教からもらった燭台を手放すことはありませんでした。小説によれば、ジャンが最後の息を引き取る場面も、この燭台の光がジャンを照らしていました。燭台の光は神の愛の象徴として書かれています。つまり“赦し”とは相手の非を見ずに無条件に受け入れることなのです。

  私の尊敬する方の言葉に『犠牲となり、赦しながらより大きな価値の為に生きること』と云うのがあります。「私個人としては赦せないが、家庭のことを考えると、親族全体のことを考えると、国のことを考えると、世界のことを考えるというように意識をより大きく展開することで個人的な恨み(私怨)は昇華される」と云うことです。赦すことで人は大きく成長し、愛を育むのです。
 また赦し難い内容が大きければ大きいほど、それを赦したときは大きな恩恵と人格の成長が自然ともたらされることは間違いありません。  子孫にそのような愛で赦された先祖はどれだけ喜び、感謝するでしょうか。それが先祖供養の恩恵として現れることになります。生前に多くの問題のあった先祖ほど、ジャンのように心に恨みを抱え、後悔しているのです。

 □先祖の供養の仕方
 ■先祖の気持ちを理解する(病気や事故で亡くなった先祖は、子孫にその苦しみを分かって欲しいと頼ってきます)  
 img_20210902-110238.jpg 
 同じような病気や事故に遭うのは、分かって欲しいがために追い込んでしまう場合があります。子孫を苦しめたいわけではないのに、結果そうなってしまうのですから、念入りな先祖供養をして差し上げることで災いから逃れることができます。
 家系図を作成しご先祖の中に大変な病や事故で亡くなった方がいないかを調べ、その方に対しては特に優しい言葉をかけてあげてください。生きている人間も同じですが、大変な目に遭っているのに気づかなかったり、無視したりすれば寂しく悲しい気持ちになるものです。あの世で苦しい思いをしているご先祖様も同じです。先祖の因縁による災いは、先祖のせいでこうなっているとは思わずに、「大変辛い思いをなさったんですね」という優しい気持ちで供養することで、自分のせいで悪い因縁を断ち切ることができるのです。その為には先祖を赦し慈しむ気持ちが絶対的に必要です。その気持ちが一番のお供物です。

 ■功徳を積む(陰徳積善)
 先祖の中に他人に恨みを買うような行いをした人がいる場合、その相手の怨念で災いが起こることがあります。時代劇などで「末代まで呪ってやる」というセリフもありますが、恨みをもったまま亡くなった方は成仏できずにこの世を彷徨いながら、相手の子孫に悪影響を及ぼしてくるのです。 この場合は、その行いをした先祖の代わりに子孫が功徳を積むことで災いから逃れることが出来ます。功徳を積むというのは、利他的な心を持つということ。自分が生かされているということに感謝し、人のためになる行いをしましょう。 奉仕、ボランティア活動などは非常に効果的です。

 ■先祖の代わりに謝罪の気持ちをもって供養する
 良いことをすれば良いことが返ってくる、因果応報は宇宙の法則ですが、これは個人だけではなく家族や家系にも言えることです。先祖から受け継がれた血があなたの中に流れているというのは事実です。 先祖がひどい目に遭わせた相手がどんな方だったのかわかるのであれば、先祖の代わりに謝罪の気持ちを込めて供養することも重要です。

 ■自分自身が向上する(先祖が果たせなかった願いを果たす)
 私たちがこの世に生まれるとき、生まれる家、両親を選んでくると言われています。それは魂の使命や目的、学びのためにその家に生まれるという意味があるからです。そうであるならば、先祖の因縁も魂は知っていると言うことです。それを良き方向に導くために、自分自身が向上しなければならないということではないでしょうか。

  物事は表裏一体。現実をどこから見るか、どのような考え方で捉えるかによって違ってきます。代々受け継がれてきた悪しきことを変えるのであれば、自分自身が変わるしかありません。それによって、現実も変わるのです。 太古の昔から、改革は誰かの手によって成されていました。その人の思考と行動が現実を変えたのです。先人達のおかげさまで、私たちは今生きています。その感謝の気持ちを忘れずに、愛ある行動につなげて行くことができる自分にならなければなりません。
  災いは先祖のせいだと思う前に、自分自身の向上を目指していきましょう。

2020年7月14日 19時02分31秒 (Tue)

先祖の恨みと赦しの心

横浜運勢鑑定所通信7月号(2020年7月号、第83号)
【特集】先祖の恨みと赦しの心
私たちは因縁、先祖からの影響を実生活の中で無視することは出来ません。それは必ず親からの影響が血筋(血統)と家庭を通じて現れるからです。親子で体質が遺伝するように、心の面でも先祖から代々受け継いでいるものが多くあり、当然良いもの、悪いものの両方があることになります。そこで悪い内容を少しでも消去(清算)し、豊かに幸せな生活を実現するために必要なのが先祖供養です。
 
□先祖供養の前に必要なこと(先祖を赦しましょう)
 img_20200714-101438.jpg
家系図作成のご依頼を受ける中で、「先祖が悪いため自分の運勢が悪く、不運が続いている!」「先祖のせいで自分たち家族は本当に苦労ばかりだ!」などの言葉を聞くことがあります。実際に先祖が原因で困難な状態が起きていることが多いのですが、中には“先祖が加害者で自分たちは被害者”と考えていて先祖を恨んでいる方も意外と多いものです。そのような方は立派なお墓を作っても、先祖に対して無関心で、お墓参りや法要などはきちんとせず、親の命日も覚えていない場合が殆どです。
「お墓は立派でも、心がこもっていない」「家は立派でも、そこに住む家庭に愛が無い」のと同じです。お金を使って先祖供養をしても実際に解放されない場合のほとんどがこのようなケースです。
私たちのたくさんの先祖の中には、いろいろな方がいます。中には決して善しとは言えないような人生を送ってしまった先祖達もいます。そのような先祖がいる場合はまず、“先祖を赦す”心を持たなければいけません。実は実際の供養よりもこの心を持つことが意外と難しいのです。
 
□日本文化の特徴
日本の文化では、「赦し」よりも「忘却(水に流す)」の方が強く意識されているように感じます。「時が経てば、いずれ忘れる」というのが、日本人の一般的な解決法ではないでしょうか。ところがその方法は、毒性のある産業廃棄物を土の中に埋めて処理するようなもので、やがて土壌汚染というより深刻な問題につながります。埋められた痛みは、私たちの情緒に悪影響を与え、人生にさまざまな障害をもたらします。それは人生観をゆがめ、人間関係を破壊してしまいます。結局は何の解決にもならないのです。
最近は先祖の事は何も知らないという方が多いように思われます。核家族化が進み現在では、祖父母の名前さえ知らない青年たちが増えているのだそうです。親が先祖のことを子供たちに語ってこなかったためです。(実は隠してきたからです。)これはすこぶる深刻な問題と云わなければなりません。
 
□“許し”と“赦し”
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「クリスチャン.トウデイ」(2017.10.4のコラム)からの抜粋です。
~「許し」と「赦(ゆる)し」。読み方は同じですが、中身やニュアンスが少し違います。「許し」は、「許可する」というような意味合いがあり、行為や行動の前段階でのことです。「赦し」は、すでに起こってしまった出来事や過ちに対して、「恩赦」をしたり、裁かずに受け入れることを指します。~
 
 
赦すこととはどういうことかとの質問に答える最も良い教材がユーゴー作「レ・ミゼラブル(銀の燭台)」であると思います。
主人公ジャンは、長年の苛烈な投獄生活で、身も心も、ぼろぼろになっていました。しかし、出獄して、ミリエル司教と出会うことにより、人生が変わりました。銀食器を盗んだジャンが警官に捕まったとき、ミリエル司教は、警官に対して、わたしが銀食器をあげたと語り、さらにジャンに対して、この銀の燭台も持っていくがよいと差し出しました。
つまりミリエル司教はジャンの犯した盗みの行為そのものを否定したのです。もし仮にミリエル司祭がジャンに対して盗みは悪い事、しかし反省したら許してあげるとしたならたとえ刑罰から逃れることが出来ても、後の“ジャンの回心”は起こらなかったでしょう。ジャンは、一生涯、ミリエル司教からもらった燭台を手放すことはありませんでした。小説によれば、ジャンが最後の息を引き取る場面も、この燭台の光がジャンを照らしていました。燭台の光は神の愛の象徴として書かれています。つまり“赦し”とは相手の非を見ずに無条件に受け入れることなのです。
私の尊敬する方の言葉に『犠牲となり、赦しながらより大きな価値の為に生きること』と云うのがあります。「私個人としては赦せないが、家庭のことを考えると、親族全体のことを考えると、国のことを考えると、世界のことを考えるというように意識をより大きく展開することで個人的な恨み(私怨)は昇華される」と云うことです。赦すことで人は大きく成長し、愛を育むのです。
 また赦し難い内容が大きければ大きいほど、それを赦したときは大きな恩恵と人格の成長が自然ともたらされることは間違いありません。
 子孫にそのような愛で赦された先祖はどれだけ喜び、感謝するでしょうか。それが先祖供養の恩恵として現れることになります。生前に多くの問題のあった先祖ほど、ジャンのように心に恨みを抱え、後悔しているのです。
 
 □先祖の供養の仕方
 ■先祖の気持ちを理解する(病気や事故で亡くなったご先祖様は、子孫にその苦しみを分かって欲しいと頼ってきます)
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同じような病気や事故に遭うのは、分かって欲しいがために追い込んでしまう場合があります。子孫を苦しめたいわけではないのに、結果そうなってしまうのですから、念入りな先祖供養をして差し上げることで災いから逃れることができます。
家系図を作成しご先祖の中に大変な病や事故で亡くなった方がいないかを調べ、その方に対しては特に優しい言葉をかけてあげてください。生きている人間も同じですが、大変な目に遭っているのに気づかなかったり、無視したりすれば寂しく悲しい気持ちになるものです。あの世で苦しい思いをしているご先祖様も同じです。先祖の因縁による災いは、先祖のせいでこうなっているとは思わずに、「大変辛い思いをなさったんですね」という優しい気持ちで供養することで、自分のせいで悪い因縁を断ち切ることができるのです。その為には先祖を赦し慈しむ気持ちが絶対的に必要です。その気持ちが一番のお供物です。
 
 ■功徳を積む(陰徳積善)
先祖の中に他人に恨みを買うような行いをした人がいる場合、その相手の怨念で災いが起こることがあります。時代劇などで「末代まで呪ってやる」というセリフもありますが、恨みをもったまま亡くなった方は成仏できずにこの世を彷徨いながら、相手の子孫に悪影響を及ぼしてくるのです。
この場合は、その行いをした先祖の代わりに子孫が功徳を積むことで災いから逃れることが出来ます。功徳を積むというのは、利他的な心を持つということ。自分が生かされているということに感謝し、人のためになる行いをしましょう。
奉仕、ボランティア活動などは非常に効果的です。
 
■先祖の代わりに謝罪の気持ちをもって供養する
良いことをすれば良いことが返ってくる、因果応報は宇宙の法則ですが、これは個人だけではなく家族や家系にも言えることです。先祖から受け継がれた血があなたの中に流れているというのは事実です。
先祖がひどい目に遭わせた相手がどんな方だったのかわかるのであれば、先祖の代わりに謝罪の気持ちを込めて供養することも重要です。
 
■自分自身が向上する(先祖が果たせなかった願いを果たす)
私たちがこの世に生まれるとき、生まれる家、両親を選んでくると言われています。それは魂の使命や目的、学びのためにその家に生まれるという意味があるからです。そうであるならば、先祖の因縁も魂は知っていると言うことです。それを良き方向に導くために、自分自身が向上しなければならないということではないでしょうか。
物事は表裏一体。現実をどこから見るか、どのような考え方で捉えるかによって違ってきます。代々受け継がれてきた悪しきことを変えるのであれば、自分自身が変わるしかありません。それによって、現実も変わるのです。
太古の昔から、改革は誰かの手によって成されていました。その人の思考と行動が現実を変えたのです。先人達のおかげさまで、私たちは今生きています。その感謝の気持ちを忘れずに、愛ある行動につなげて行くことができる自分にならなければなりません。
災いは先祖のせいだと思う前に、自分自身の向上を目指していきましょう。
 

2020年5月28日 16時12分45秒 (Thu)

ご先祖様と運勢

横浜運勢鑑定所通信5月号復刻版(2019年5月 第69号)
 【特集】ご先祖様と運勢
  1. ご先祖様と運勢の関係
 ご先祖様が子孫の運勢に及ぼす影響は非常に大きく、鑑定する場合でも決して無視することはできません。四柱推命で観る「命」は人それぞれですが、ご先祖様はその「命」の土台、基礎を成すものと云えるでしょう。ご先祖様と運勢のかかわりについて、わかりやすく紹介している記事がありましたのでご紹介します。
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『運不運の原因はほとんどが先祖の因縁にある−−−ということは、運を良くしようと思えば、その因縁を良い方向へもっていけばいいわけです。理屈だけ考えると非常に簡単ですが、一口に先祖といっても、私から出発して父母、その父母、さらにその父母というふうに家系を遡って十代前まで数えると全部で1024人にもなります。
 自分の直系だけ辿ってもこれだけの祖先が関係しているのです。私たちの先祖はそれこそ無数にいるといっていいでしょう。ですから、先祖の因縁も気が遠くなるような数に上るはずです。
 ただ、ある家系研究によれば、先祖の因縁は3代前、7代前、12代前のものが特に強く現れるといいます。遠い先祖から子孫へ連なる歴史の中に、私たちは生きているのです。
 先祖のすべてが徳を積んだ善人であるとは限りません。なかには極悪人がいたかもしれません。ふつうの悪人ならたくさんいたことでしょう。そういう先祖の霊は、霊界の敷居をまたぐことを許されず、迷い、苦しんでいるのです。苦しさから逃れるために「助けてほしい」と子孫にすがりついてくる霊も中にはいるでしょう。浮かばれない霊に取りつかれたら幸福はどんどん逃げていってしまいます。
 ではどうしたらいいのでしょうか。それは、悪いことをした先祖に代わって功徳を積んであげ、供養をしてあげる。そうすることによって浮かばれない不浄霊、下級霊は昇華し、自分の代にまで及んでいる因縁を断ち切ることができるのです。
 仏教ではこれを追善供養といっていますが、善霊も悪霊もたくさんいる先祖霊の「総合評価」が子孫の運の善し悪しとして現れるわけです。言葉を換えていえば、運の善し悪しは、先祖の徳の成績、愛の成績となります。
 ですから、同じ時代に生きていても、先祖の「成績」が良い子孫もいれば、悪い子孫もいるわけです。たとえば、先祖の「成績」が100点満点で20点であれば、その人は20点の運や縁や出会いをつかむことになるでしょう。
 中には、それが90点という人も世の中にはいます。「幸運の星の下に生まれた」といわれる人です。反対に、マイナス30点という人は、「不運の星の下に生まれた」ことになるでしょう。
 自分がどのような星の下に生まれているのかを知ることは、人生においてとても重要です。私がここで先祖の因縁について論じているのは、自分は幸運の星の下に生まれたからと自己満足したり、不運の星の下に生まれたから努力してもだめだと卑屈にさせるためではありません。自分にはいったいどんな生き方が一番ふさわしいのかを知って幸福をつかむために必要だからなのです。先祖の「成績」が良いからといって慢心していると足をすくわれるのは必定でしょう。
 逆に、先祖の「成績」が悪い人にも幸運をつかむ道はあるのです。先祖に代わって功徳を積み、浮かばれない霊を引き上げてあげるのです。そうすれば必ず運勢は向上し、しあわせをつかむ道が開かれてきます。』
 
2.ご先祖様を苦しみから解放し、運勢を上げる方法
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ご先祖様を解放して差し上げるには、まずご先祖様の立場で考え、その気持ちを正しく、深く理解して差し上げることが必須条件です。そのためにはご先祖様の事をよく知らなくてはいけません。特に名前を知って、呼びかけてあげることが非常に効果的であることが知られています。運勢の良い人ほど家系に関心があり、ご先祖様の様々な事をよくご存じです。そしてご先祖様の事が大好きです。
“ご先祖様の事が好きになればなるほど自然と供養するようになり、ご先祖様との関係が改善、運勢が上昇し始めます。”
 
3.先祖供養は名前を知り、呼びかけてあげる事から
 思わず納得の記事を紹介いたします。
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『愛することは為に生きて幸福にしてあげることです。
先祖を愛するというのは、先祖の為に生きて幸福にしてあげることです。先祖への最初の愛の実践は、名前を知ってあげることです。誰でも自分の名前を忘れられれば、寂しい思いを抱きます。名前を忘れることは、愛を忘れることです。子孫から名前を忘れられて、この世に生まれなかった人のように無視されるのは、先祖にとって悲しいことなのです。
先祖の名前を呼んであげれば、先祖は慰霊されます。先祖が亡くなった事情を知ってあげることも
大切です。戦場で戦死した先祖もいます。家族を残して異国の地で亡くなった先祖もいます。結婚
を夢見ながら未婚で亡くなった先祖もいれば、志半ばで無念な思いをもってこの世を去った先祖もいます。先祖の事情、心情に思いをはせてあげるだけで慰霊されるのです。
また先祖にとって重要な日があります。それが命日です。命日はこの世との別れの日であり、霊界
に出発した日でもあります。日本では彼岸や盆等、先祖を愛する伝統があります。季節の変わり目に、先祖が子孫を訪ねてくるので、真心を込めて、お供えをしてあげるのです。
ところで前述したように、先祖はすべて霊界にいるわけではありません。霊界に行けず、人体に居ついている先祖もいます。大半の先祖が苦痛を背負って生きているのです。』

2020年4月15日 10時00分55秒 (Wed)

仏典に見る因縁清算の方法(三施の功徳)

横浜運勢鑑定所通信復刻版11月号(2019年11月 第75号)
【特集】仏典に見る因縁清算の方法(三施の功徳)
 以前に鑑定したお客様で次のような方がおられました。その方の家は非常に由緒のある家系で先祖伝来の「系図」には鎌倉時代前からの歴史(約1000年以上前)が記されていました。しかし家系は没落、事業も最近あまりうまくいかないし、親族が次々と突然の事故、病気で急死する。「きっと何かに呪われている!祟られている!」「先祖が過去に多くの過ち、罪を犯してきたに違いないのでそれらを清算、解決する方法を教えてほしい」という相談でした。
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 さて仏教の教えでは「人は皆、多くの煩悩を抱えているので幸せになれない。その煩悩を打ち消す修行が布施(三施)、それを修めた者だけが解放されて菩薩になれる」と説きます。それで今回は布施(三施)とはどのようなことなのかご紹介いたします。
 
□お布施(三施)とは何か?
「布施」とは現代風に云えば、「愛を与えること」、「善い行いをすること」です。具体的には三施と云って法施、身施、財施の3種類に分けることが出来ます。
「法施」---仏陀の教えを学び、伝える事
「無畏施」---人々の恐れを取り除いてあげる事
「財施」---財物、衣類、食物を与える事
その中でも最大、最強、最高の布施が法施とされています。
 
□法施とは何か?
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宗教的に考えると、布施とは「愛を与えることである」と先に述べましたが、最大の愛を与えている存在は他ならぬ神仏です。そして天運の中心も太極(神仏)であることは云うまでもありません。つまり法(真理知識)を学ぶことは神仏に近づくためであり、実践することは当に神仏の代わりに愛の教え(天の法則)を実現することに他なりません。
 一般的には「法施」というとお経をあげたり、写経したり、参禅することをイメージしますが、あまり狭くとらえずに真理価値あるものに触れ交わる事。
 「秋は文化、芸術の秋、読書(学び)の秋」とも云われます。是非「法施」の観点で何か学びを始めてみるのも開運には良いかと思われます。
 
□財施について
 財施について忘れてはいけない「無財の七施」と云う言葉があります。
~無財の七施~ (無罪でも出来る財施)
  1. 眼施(慈眼施)---慈しみの眼。優しい目つきで全てに接する。
  2. 和顔施(和顔悦色施)---いつも和やか。穏やかな顔つきで人に対する。
  3. 愛語施(言辞施)---もの優しい言葉を使う事。愛情のこもった言葉。
  4. 身施(捨身施)---自分の体で奉仕、模範的な生活。人の嫌がる事を喜んで気持ちよく実行する
  5. 心施(心慮施)---自分以外のものの為に心を配り、心底から共に喜んであげる。共に楽しむことが出来る。他人が受けた心の傷を、自分の痛みとして感じとる。
  6. 壮座施---わかり易く云えば座席を譲ってあげる事。自分の地位を相手に悔いなく譲ってあげる事。
  7. 房舎施---雨や風をしのぐ所を与える事。例えば自分がずぶ濡れになりなが
□因縁清算とお布施の関係
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 先祖が犯してしまった過ちが原因で、子孫がその報いを受けることを因縁と云います。したがってその清算の為には当然、犯した過ちの償いとの意味が含まれて来ることになります。どこまでもお布施は謙虚な気持ちで、『させていただく』との姿勢が一番重要になります。『やってやる!』と云った傲慢な気持ちでは償いの意味を成しませんから、いくらやっても因縁清算にはなりません。
 布施は決して「自己満足」の為にするものではありません。
 
□法施と因縁
 先祖が「法」に触れるような過ちを犯してしまった内容を償うのが法施です。ここで注意しなくてはならないのは「法」の意味です。勿論、法律の意味も含まれるが、それよりもっと重要なのが「人として生きるべき道」の意味での「法」です。実際に行動に移さなくても「心の中で犯した過ち、罪」と云った内容も含まれてしまうのです。「怒り、恨み、憎しみ、嫉妬、妬み、不信、不和等」全て本来、天(神仏)が願わなかったものですから「法」に背いた過ちになります。
 それに怖いのは先祖のその思いが、血統を通じて自動的に子孫に受け継がれてしまうことです。それが家系の因縁の癖として出るようになります。
 代々、「嫁姑問題でいつも女性が苦労する」「遺産争いなどお金に関わるトラブルが絶えない」「離婚再婚等の夫婦縁障害が続く」などはその一例です。
 
 そこで「法施」とは「人として本来、生きるべき道」(真理)を学び、先祖からの因縁の力に負けない強い意志と実践力をもって生きることが本来の「法施」です。「法」に背かないように生きる為には「道」(真理)をしっかりと学び、自己研鑽、修練が必要です。
その目的は上記の様な悪因縁の力に負けないためです。そのように生きることが因縁を清算し、人格涵養、幸せになる一番の近道と云えます。
最初に書いた名門家系の方ですが、今はしっかり立ち直り、事業経営も立ち直り幸せな家庭を築いておられます。

2018年4月26日 19時56分32秒 (Thu)

先祖供養について(真の先祖供養)

特集 先祖供養について(本当の先祖供養)
 最近では少子化や核家族化、住宅、お墓の事情などから先祖供養の必要性については分かっていても、日常生活に追われてなかなか思うようにできない方も多いのではないでしょうか。
 
 今回は「本当の先祖供養」について取り上げます。
 普通、先祖供養といえば「お墓参り」、「法要」等を云いますが、果たしてそうなのでしょうか。私は多くの方々の家系図作成を通してご先祖の供養や解放に取り組んできました。その経験から、これだと思うのは、「私たちが幸せになる事が1番の先祖供養」ということです。
  ã�Œå…ˆç\–供養ã�ã®ç”»åƒæ¤œç´¢çµæžœ                 
 このことは自分のことに当てはめて考えてみるとはっきりいたします。
もし突然、死に直面した場合、「自分は全て生き切った。思い残す事はない。満足!」と云える人は少ないのではないでしょうか。
大抵は後悔と反省、そして人生に対する「未練」でいっぱいと云ったところが、正直なところです。
 人生は失敗と後悔の連続です。「ああすればよかった」「こうすればよかった」と皆が思うのではないでしょうか。
 最近、ネットでこのようなニュースを見つけました。
死ぬ時の後悔ナンバーワンは、
「もっと自分の声に従って生きればよかった」
 ほとんどの人は自分の思いではなく、何か別の事情に囚われて生きるべき道を全うできず、中途挫折、途中下車してしまうことが多いものです。死の直前にそのことに気付いても遅いのです。
 だから後悔の想いを持って、それを後孫に託すようになります。
「自分と同じ間違いを犯さないでほしい。そして自分が成せなかったことを代わりに成して幸せになってほしい」先祖はそのようにして後孫たちを見守るのです。
 それで先祖の果たせなかった課題を、後孫が受け継ぐ(背負う)ことになります。それがカルマ(業---ごう)と云うものです。

 先祖が残した思いは様々ですが、代表的なものは、
·家族がもっと仲良くすれば良かった
·我慢せずにもっとやりたいことをすれば良かった
·勇気を持って良心に従い、自分の意見を主張すれば良かった
ですから、私たちは先祖のためにも、自分のためにも、
 自分の人生、後悔を残さず幸せにならないといけません。

ご先祖様は私たちがどのようにして試練、苦労を乗り越えて幸せを掴んでいくかを、「頑張れ!頑張れ!」と応援しながら見守って下さっているのです。その期待に応えて自分の才能、素質を十二分に発揮して幸せを掴むことが何よりの先祖の願いであり、先祖供養にもなります。先祖の方々が喜んでくださいます。
 ã�Œå£°æ´ イラストã�ã®ç”»åƒæ¤œç´¢çµæžœ                
また日常生活において私がプレイヤー(主役)で、先祖の方々が観客(応援団)とも言えるでしょう。常に観客の声援を受けて頑張ってこそ、大きな力も発揮できるというものです。
つまり「本当の先祖供養」とは特別なものではなく、いつもご先祖様の想いを感じながら、一生懸命に幸せを掴むために努力、邁進する生活と云えます。お供物を供えたり、お経を唱えたりする事もとても尊いことですが、一番の供え物は満足した日々の生活の報告と云えます。
「御墓参り」「法要」にはたくさんの良い供え物(報告)が出来ることが望ましいですね。あまりお願いばかりしていると、ご先祖様は「心配」してしまうかもしれませんね。

~先祖供養の一口メモ~
【先祖を祀ると供養する事の違い】
 先祖を祀るというのは、お寺、神社が神様や仏様を祀るところであるのと同じように、先祖を祀るところ、あるいはそのための施設を作る事です。つまりお墓や慰霊塔を建てたり、仏壇を安置したりすることを云います。
 一方、供養するということは先祖の霊に対して、様々なお供物を捧げ、お経、お祈りを上げることを云います。
 人によっては広くて立派なお墓を立てたから、もう十分に先祖供養をしたと云って安心している場合がありますが、これは先祖を祀った(供養のための施設を作った)だけであって、年忌やお盆、彼岸のお墓参りは勿論、毎朝のように仏壇に手を合わせ、花を飾り、線香や燈明をあげ先祖の冥福を祈ることをしなければ本当に先祖供養をしたことになりません。
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 さらに常に先祖の安泰を念じ、頂き物をした時などは真っ先にお供えし、喜びや悲しみに会うたびごとに仏前に手を合わせ、先祖にその苦楽を報告して、先祖と共にその苦楽を乗り越えようとする日常の心構えが先祖供養の根本です。
 立派なお墓や仏壇が無くても、先祖供養は誰にでも出来るのです。
 
【分骨について】
分骨とは、遺骨を2か所以上の場所に分けて納めることを云います。
「お骨をバラバラにしてしまうと、供養できない」「遺骨を離れさせてしまうと故人がかわいそう」などと云って、分骨は縁起が悪いという人がいますが、そんなことはありません。なぜならお釈迦様ご自身が弟子たちに分骨したからです。
この分骨された8つが八大霊塔に祀られ、寺院の起源になったとも伝えられています。ですから分骨したら成仏出来ないというのは全くの迷信です。
 分骨したい理由に多いのが、
 ·他のお墓にも納骨したいケース
 ·お墓が遠いので、近くのお墓にも納骨したいケース
 ·嫁いだ娘の遺骨を、実家のお墓にも納骨したいというケース
 ·お骨の一部を散骨したいケース
 すでに埋葬してある場合は、埋葬してある墓地の使用権所有者に分骨の旨を伝え、了承を得ます。その次に墓地の管理者に分骨証明書を発行してもらい進めることになります。そして証明書は分骨先の墓地の管理者に提出します。
 ご先祖様を弔う気持ちが大切です。家族、親族の対立、争いはご先祖様が最も悲しまれることです。絶対に揉めないようにいたしましょう。
 

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 大越六然
 20年以上の鑑定歴。
 お一人お一人、懇切、丁寧に鑑定、ご相談にお応えいたします。

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