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命について考える

2022年9月12日 19時08分15秒 (Mon)

「命」を知ってよく生きるとは

横浜運勢鑑定所通信8月号(2022年8月号、第108号)
【特集】推命学考「命を知ってよく生きるとは」
 以前に四柱推命で自分の「命」を知る目的は、「本当の自分を知ることで、自分の価値を知り、自分を好きになることで自信を持ち、隠れた才能を引き出すこと」と紹介いたしました。(鑑定所通信第103号【特集】「個の時代」を生きる ~四柱推命で本当の自分を知る~)そして“自分らしく人生を生きること”と書きました。
 読者の反応は様々で「理屈は分かるが、実際は自分の人生(運勢)は悪く苦労ばかりで自信、希望は持てそうもない」「隠れた才能なんて到底あるとは思えない」「もうずいぶん年を取ってしまい、今更と思う」「四柱推命で運命は変えられないのか?」など、ありがたくも多くのご指摘をお受けしました。
 そこで今回はさらにもう一歩、内容を深め進めて「四柱推命を知ってどうするのか?」究極、本質的なお話をいたします。
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☐吉凶のとらえ方で運勢は変わる
 東洋推命学では天地人の関係で五行の気(生命エネルギー)のバランスを図り、人生の吉凶を推察します。天とは太陽エネルギー、地とは地球(地熱エネルギー)のことで、人間が地上に出生し最初に呼吸し体内に取り入れた瞬間の気を計り、その後の人生に係る気の有り様を推察して様々な事象を予測判断します。

 基本的には東洋思想ですから霊界や先祖、魂(霊人体)の存在は考慮しません。そこは推命学の限界ともいえる部分なのですが、逆に占いとは違い哲学、学問として理論研究できる理由でもあるのです。(個人の思惟が入り込む余地がありません)
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 四柱推命で観る吉凶は同じ生年月日であれば誰でもほぼ同じ性格、事象として現れます。それは双子の兄弟がよく似た人生を生きる事でも明らかです。それが他人であっても同じ生年月日であれば基本的には似た人生行路を生きることになります。しかし実際成人してからの両者を比べてみると不思議なことに一方が社長で他方は貧者なんてことは間々あることに驚きます。いったいどうしてこのようなことが起こるのでしょうか。いったい何が違うのでしょうか。

 結論を先に言いますと、「生き方」が違うのです。そこが四柱推命だけでは完全に推命しきれない難しい部分です。誰でも運勢に波があり吉凶が交互に訪れます。その吉凶に人生を振り回されてしまうのか、教訓として学び、糧とするかで結果は大きく異なります。『成功しても傲慢にならず謙虚に感謝し、失敗した場合は責任転嫁せず素直に反省し学ぶ』このようにすべての事象を我が身成長のための天からのプレゼントととらえることが大切です。すべてを「魂の成長の為」ととらえることがポイントです。思想、宗教、倫理、道徳の目的もそこにあると考えます。

  運の吉凶は本当の意味では単純にわけられるものではありません。四柱推命の命運は、自分自身が克服しなければいけない課題であり、魂を成長させるためのメッセージです。苦難を受け入れ乗り越えるのか、それとも逃げ続けるのか、放棄してしまうのか、どのように対応するのかで、次に向かうステージはがらりと変わってしまいます。人生の最悪期をどのようにとらえ、人生を選択すべきかを教えてくれるのが四柱推命です。


☐稲盛和夫氏の講演『心を清め、魂を磨く』より抜粋
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~私たちが生きている意味、人生の目的はどこにあり、素晴らしい人生をおくるにはどうすればよいのでしょうか。私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。
 私は「心を高める」こと、「魂を磨く」ことにあると思います。欲に迷うのが人間のさがです。私たちは財産や地位を欲しがり、快楽に溺れかねない存在です。

 しかし、そういういうものは、いくらたくさん溜め込んだとしても、あの世へ持っていくことはできません。この世のことは、いったん清算しなくてはならないのです。だから「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は「生まれたときより、少しでもましな人間になる。わずかなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだ」と答えます。
 様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながら、息耐絶えるその日まで、うまず、弛まず一生懸命に生きていく。その日々を磨き砂として、人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも、少しでも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。私はこのことよりほかに、人間が生きる目的はないと思うのです。

 昨日より、ましな今日、今日より、よき明日であろうと、日々誠実に努め続ける。そのたゆまぬ営みにこそ、私たちが生きる目的や価値が存在しているのではないでしょうか。生きていくということは、苦しいことのほうが多いものです。ときに、なぜ自分だけがこんな苦労をするのかと、神や仏を恨みたくなることもあるでしょう。

  しかし、そのような苦しき人生だからこそ、その苦は「魂」を磨くための試練だと考える必要があるのです。 人生における苦労とは、己の人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです。試練を、そのように絶好の成長の機会としてとらえることができる人。さらには、人生とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場であると考えられる人。そういう人こそが、限りある人生を、豊かで実り多いものとし、周囲にも素晴らしい幸福をもたらすことができるのです。

 素晴らしい人生を送るためには「心に抱く思いによって人生が決まる」という真理に気づくことが大切です。 心に善き思いを持ったとき、それは善き力となって出ていく。幸福で満ち足りた人生を望むならば、善き思いをベースとして生きなければならない。「そんな思いやりに満ちた心などと言っていて、厳しいこの社会をわたっていけるのか」と、疑問に思われることもあるでしょう。
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 そうではありません。善き心こそが、強大なパワーを持っているのです。純粋で気高い思いには、素晴らしいパワーが秘められています。「与えよ、さらば与えられん」と、愛が持つ偉大な力が古今東西で説かれているように、あなたが差し出した愛は、必ずあなたに返ってきて、あなた自身を幸福にしてくれるのです。 心に抱く「思い」が純粋で善き思いであるように努めて、誰にも負けない努力を重ねれば、人生は必ず豊かで実りの多い、素晴らしいものとなることが約束されているのです。

 ~ (稲盛和夫:1932年生まれ、実業家。京セラ・KDDI創業者、稲盛財団理事長として国際賞「京都賞」を創設し人類社会の進歩発展に功績のあった人を顕彰、日本航空を再建し取締役名誉会長、若い経営者が集まる経営塾「盛和塾」塾長)

2020年2月27日 21時55分54秒 (Thu)

知命から立命へ

横浜運勢鑑定所通信10月号復刻版201810月、第62号)
特集】「知命」から「立命」へ 
□四柱推命で何を観るか
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運命は変えられるのですか?」と聞かれることが多々あります。
皆様はどう思いますか?
答えは、「運命は変えられる」です。なぜ変えられるのかということを解説していくと膨大な量になってしまいますので、できるだけわかりやすく簡単に説明したいと思います。
 例えば四柱推命と云う占術は運命を観るのに非常に適しています。四柱推命は、一般的に占いの一種と考えられていると思うのですが、単に当たる、当たらないといったことを調べる道具としてではなく、運命を変えるためのツールであり、人のあるべき姿を教えてくれる学問なのです。
 四柱推命で鑑定をすると自分自身の考え方、価値観、性格長所・短所、得意分野、不得意分野、体質、心グセ、親との縁やその関係、子供との縁やその関係、配偶者との縁やその関係、財産や資産、人との出会いや対人関係、困難や障害となる出来事との遭遇頻度など細かく上げればキリがないほど人の運命について教えてくれます。
 その為、占ってもらった経験のある人は当たる、当たらないに意識が取られ、
時に自分の運命が定められているかのように錯覚することがあります。しかし、本来あるべき四柱推命を含めた運命学というものは、自己が天より与えられた
「命(めい)」の素材、ベースを知り、そこからどう自身の人生を創造・発展させていくかを知るための学問なのです。
 ですから、単に当たったというのではなく運命を天からみて正しい方向で進化創造するよう自分を育て、発展させていくための精進が当然必要となってきます。そうすることで運命が「立命(りつめい)」となります。もっと簡単な言葉で表現するならば四柱推命は、自分自身がこの世に生まれた「修行の課題」を知るツールだと考えてください。
「女 手を広げる ...」の画像検索結果
四柱推命を学問だと知らない人や、四柱推命を用いた当たる、当たらないの占いしか受けたことがない人の多くは四柱推命に対する誤解や認識違いがあると思いますが、元々は国を治めるために用いた正統な学問でした。書店やネットでは、当たる当たらないを基準とした情報のものが多く出回り、それから立命するには?ということについての情報があまりにも少ない様に思います。
 私は鑑定を受けていただいた方には極力、「こういうところは直してください。こういうところは、気をつけてください。」と、最低でも1~2つはお話しするようにしています。ほとんどが心グセのことだったり、もう1歩具体的に話した方には、配偶者やお子さん、家族に対する言葉や態度だったりするのですが、それは単に、短所や至らないところを指摘して注意を促しているのではなく、立命の1歩をあなたに踏み出して欲しいからの指摘です。
 ちょっとした心グセを直すことができなくては立命もありません。心グセを直すということは、些細なこと、小さいことかも知れませんが、意外と人というものはそれがなかなかできないのです。しかし、些細な心グセを直せるということは自分の心を管理できるという強い精神力・管理力が自然と身につきます。そうやって1歩成長することで、見える世界や心持ちが変わってくることは言うまでもありません。同時に、立命への扉が開かれて行き豊かな心を得るだけでなくそれ以上の人生を味わうことができるようになります。
ちなみに、運命は変えられますが宿命は変えられません。
 
□運気に左右されないで生きる方法
運気に左右されずに生きる方法というのは「あるといえば、あるのですが、ないといえばない・・」と言わざる得ません。なぜなら、悪い運気を良くするというのは真冬を真夏に変えるほど限りなく困難ことなのです。寒いのが嫌だといって真夏に変えられる人がいますか?そんな人は存在しないはずです。大難を小難に小難を無難にすることは可能ですが、まるっきり運気を変えてしまうことは不可能だといえます。
 しかし真冬の運気であっても心持ちや努力によって真冬だと感じずに生きる方法はあります。それは、自分の心を自然や天に沿った心に変えることです。その為には、まず我や執着から離れなければなりませんし、当然、心や魂を磨くことは必須条件です。また、それと同時に「天の意思」を理解しなければなりません。心や魂を磨くだけでも大変な上に天の意思まで理解するには、相当な勉強が必要になりますからそう簡単には行かないと思うのです。
このようなことから、大難を小難に、小難を無難にすることは可能ですが、真冬を真夏に変えることはできないので、運気に左右されずに生きる方法は?と問われると答え難いのです。ただ、あまりにも悪い運気を避けることばりを考えるのは良くないと言えます。しかし少しくらいは悪いこと(試練)があったほうが膿だしになって良いともいえるのです。
「マリア様 空」の画像検索結果
人間は、夏の暑さをしのぎ快適に暮らすため扇風機やエアコンを開発しました。しかし、今そのエアコンが原因で夏の暑さを感じていた時代には考えられなかった問題が浮上してきました。そうやって人間本
位の暮らしをする中で、地球環境に支障をきたすことに直面するのです。要するに、悪い運気の時期、良い運気の時期は自然界の法則、天の法則から来ているためそれに逆らうとどこかにシワ寄せが来て後々の人生にひずみが生じることもあり得ます。(無理な方位どりや風水による開運手当て)
私は第一に心や魂を磨くことやご神仏様、ご先祖様天や自然界からバックアップを受けられる自分を創ること、そして次に困難や問題に直面した時の考え方や心持ちなどを正しく理解する事を鑑定を通してご紹介し、その上で具体的にその人それぞれの立場や環境、条件にあった対処法をご説明してきました。

2013年2月21日 18時21分15秒 (Thu)

男は志操、女は貞操

男は志操、女は貞操 最近、家系の調査で幕末の長州藩を詳しく調べる機会がありました。
長州といえば、皆さんご存知の通り、吉田松陰が開いた「松下村塾」で有名です。
そこから多くの人材を輩出いたしました。
久坂玄端、高杉晋作、伊藤博文、桂小五郎など、そうそうたる名前が並びます。

 吉田松陰が残した言葉があります。
「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつまでも生くるべし」
  ~「五稜郭を落とした男」 秋山香乃著より 抜粋~

ただ生きるだけならば、誰でも生きれる平和な時代。しかし志を持って生きるとなると困難な時代が現代と言えます。

 男子はますます弱くなり、男子としての存在価値を示すのが難しい時代です。
生活に男子を必要とする力仕事はほとんど無し。家族を養うことは、以前は男性の使命と言われてきましたが、今では男女平等の時代、女性にもその役割分担が-----。

 すると男子の為すべきことは?

 私は「男子は志操」の言葉に強く惹かれます。

 明治維新の青年たちも多くは身分の低い武士、百姓たちでありましたが、志を持つことで人生を大きく転換させていきます。 そこで多くの人と交わり、経験を重ね人格を築いていくようになります。


 推命学的に言うならば、「命」を開いて、生かしていくようになるわけです。
「命」は志を立ててこそ、花ひらくのではないでしょうか。

 ちなみに明治時代の青年たちが、「命」が良く、現代の青年たちが弱いということは当然、全くありません。 


2012年5月3日 15時52分32秒 (Thu)

幸、不幸について一言

 ゴルデンウィークの真っ最中。
誰もが家族や友達、恋人との楽しい時を過ごしたいと思う時。

 しかし皆が等しく笑顔で過ごせる訳では、ありません。

不安と苦悩、そして中には絶望の中で
今日の一日を過ごす人もいるのが事実です。

 病気、事故、経済問題、家庭内の不和など原因は様々ですが、
心から「私は幸せ」と自信を持って、言える人のほうが少ないのが、
現状かと思います。

 人の幸、不幸の違いはどこから生じるのでしょうか。

四柱推命を永く学ぶと、感ずることがあります。

 それは命(メイ)に幸、不幸は関係ないということです。
そう言いますと、多くの人は
「そんな筈はない。いい運勢、悪い運勢と言うではないか」
と反論することと思います。

 批判があることを承知で、あえて言いますが、
命(メイ)に幸せな命、不幸な命はありません。
全てがその如くです。
あるがままです。

 ただその命(メイ)の如く人生を生きているか、否かが問題です。
自分らしく(自分の命らしく)がポイントです。

人生の幸、不幸は命の良し悪しでなく、個人の感じ方、つまり私感の違いです。

 同じ状態、事態でも、幸せと感じる方もいれば、
自分こそ世界で一番不幸な人間と考え、自殺までする人もいます。

 したがって人生の生き方、自身の私感に頼り、
その幸せをひたすら追い求める生き方は極めて危険といえます。

 あくまでも自分らしい人生、かけがいのない、唯一の人生を
極めるべきです。

 ”no.one”でなく、”only one”の人生が大切です。


 次回は、どのようにしたら不幸と思える人生を、幸福と感じられるかを
考えてみましょう。



2012年4月23日 22時49分10秒 (Mon)

同じ命(メイ)はない。

 世の中に同じ人はいない。
十人十色などと、よく言われますが。
四柱推命を学ぶと、本当にそのことを、実感いたします。


世界に一つだけの命(メイ)と思い、大切に大切に、接することが大事ですね。

そして命(メイ)は生きていると、感じることがよくあります。
紙に書かれた言葉や文字で決まった形で固定したものでなく、時間とともに刻々と変化し自由に展開する可能性を秘めているからでしょう。

そこに四柱推命の魅力があるのかもしれませんね。

命(メイ)の全てにそれぞれの人生、ドラマがあります。

 一つの命(メイ)から一篇の小説が書けたらいいと、いつも感じます。
(実際は時間の余裕がなく、実現していませんが。)

 そのような唯一無二の命(メイ)、
まずは自分の命(メイ)をよく知り、そして大切にしてあげたいものですね。

 四柱推命で自分の命(メイ)を好きになることが、人生成功の第一歩と強く強く思います。
 
 

プロフィール

自己紹介
 大越六然
 20年以上の鑑定歴。
 お一人お一人、懇切、丁寧に鑑定、ご相談にお応えいたします。

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