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2022年2月 アーカイブ

2022年2月14日 20時19分05秒 (Mon)

スピリチュアルと推命学 ~古典読書の価値~

横浜運勢鑑定所通信8月号(2021年8月号、第96号)
【特集】 スピリチュアルと推命学 ~古典読書の価値~
□第三の目の開眼
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 最近、スピリチュアルカウンセラーの仕事が大流行だそうです。私も「先生は霊視、透視はしないのですか?」「ご先祖様と話をしたいのですが、」等の質問を受けることが多くあります。そのたびに「私の専門分野ではありませんので、」と云ってお断りしています。 そもそも『霊視したり、霊と交信したりする力』は普通に誰もが持っているものです。ただ普通は眠っているのです。眠っているものを目覚めさせるには、能力の開発が必要ですが、それは後でもよいことです。

 まず「意識を磨くこと、心のあり方を見つめること」が重要で、それなくしては本当の能力は完成しないと考えています。 なぜかと云うと、
・意識が純粋であればあるほど、より多くのものが得られる。
・そもそも自分の”気づき”以上のものは与えられない。
・「エゴ・我」があれば、そこから「歪み」が生れる。
・意識に曇りがあると、必ず個人の「フィルター」がかかってしまう。
・考え方に「片寄り」があれば、そこから間違った情報を得て、判断を誤る。
 スピリチュアルな世界を日常生活に生かすとなると、霊的な能力を磨くことが先決ではなく、まずは「自分を磨くこと、意識を磨く」ことが必要になります。 そうしないと反って逆効果で人生を誤ってしまう危険性が大いにあります。
 鑑定、カウンセリング(スピリチュアルなものも含めて)は、「人のためになる」ことをするのは、決して、人様のためでだけではなく、結局は「すべては自分のため」になるのです。
 鑑定する(癒す)人も、鑑定を受ける(癒される)人も「同じ」、何かを学んで、共に成長していきます。だから「○○○させていただく」という謙虚な姿勢、言葉が使われなければいけません

★「第三の目」は眉間に位置し、エネルギーをビジョン化するところです。
 第三の目を通して、意識の世界を垣間見ることができ、多くの意識界との交流も可能になります。ここが開くと、透視や霊視などの力が出できます。霊的能力の開発に関わるところです。 しかし、ここを強制的に開くと、その弊害も大きく、幽霊、悪霊など、見たくもないものが、四六時中、見えたりします。そのため、後になって後悔する人もいます。また精神に異常をもたらす人もいて、結論として「第三の目」の開発は、決して都合のよいことだけではありません。
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  昔から、「行者の早死に」という言葉があります。 「行者(ぎょうじゃ)」とは、山伏や修行者、修験者のことですが、山に入って修行し、滝に打たれて修行し、厳しい命がけの修行を行うことで、一定の自己修練を行った上で「加持祈祷」などを行う人達です。では、どうして「行者の早死に」等の言葉が生まれたのでしょうか?

 以前、女性の方からこのような相談を受けたことがあります。 かなり「念」の強い人で、時として、母や兄と口論になったりすると、翌日、 母や兄は体調を悪くして、寝込んだりすると言います。以前、友人と言い争いになり、それで頭にきて、瞬間的に「死んじまえ!」と思ったら、翌日その友人は自動車事故に会い、怪我をしたそうです。似たような事が何度もあったそうです。
 人は何かを強く意識すると、エネルギーが放出されます。何かに対して怒れば、「怒りのエネルギー」が放出されます。何かを考えたり、イメージをすれば、そこにエネルギーが集まり、状況(形)を形成していきます。これが『意識の力』というものです。 日常生活で考えていることが意識できるうちは良いですが、人間には「無意識」「我知らず」というのがあります。実はこれが大きな問題なのです。人は無意識の内に何かを思い、その事を気づいていない場合が意外と多いのです。 そして、意識的であれ無意識であれ、「ちくしょう、死んじまえ!・・・」 などと思ってしまうと、そこに自分の負のエネルギーが流れてしまいます。思考は、意識的であれ無意識的であれ、感情と考えに膨大なエネルギーを消費します。 無意識の内に思ってしまったことに、自分のエネルギーが流れ出てしまい、 そこにエネルギーがどんどん流れ出たら、どうなるでしょうか??
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 例えば、電池をそのまま使っていると、だんだん電池がなくなり、最後には寿命が尽きてしまう。減少したエネルギーはどこかで補充しなければなりません。人間も同じです。 加持祈祷・・・災厄消除、病気平癒、家内安全、心願成就・・・・ そこにエネルギーを費やせば、費やすほど、自分の中のエネルギーは減少して くる。念が強い人は、なおさらの事です。そして、減少したエネルギーはどこかで補充しなければなりません。それができないと体が弱り、最悪の結果を迎えることになる。それが「行者の早死に」という言葉になります。

 例えば、ガソリンが満タンに入った自動車。 一端スイッチが入ってしまうと、ガソリンが無くなるまで、エンジンはかかった ままです。それに気づいて、スイッチを切らない限り、ガソリンが無くなる までエンジンは動き続け、最後には止まってしまいます。 一端、第三の目にスイッチが入ってしまうと、同じような事が起こります。自分の意識をコントロールできないと、たとえ無意識であっても、何かを思っていれば、そこにエネルギーがどんどんと流れ出でしまいます。 そしてエネルギーが尽きて、最後は滅死です。一般的に霊能者が短命な原因です。
 第三の目が開眼すれば、意識の世界を垣間見ることができ、多くの意識界との と交流も可能です。透視や霊視などができるようになります。しかし、自分の 思考を制御できないうちに、第三の目が開くと、無意識の内に思ったことで あっても、そこに膨大なエネルギーが費やされる。この危険性が常に付きまとうことを理解しなければいけません。 そのためむやみに第三の目を開く今のカウンセリングの風潮に私は多くの疑問と危惧を持っています。自分の心、意識をしっかりコントロールできるようになることが大切で、そうしたことが出来るようになれば、自然に第三の目も開けて来るようになります。まずは「意識を磨くこと、心のあり方を見つめること」です。※因みに人が一日に思考を働かせている回数は、およそ5万~6万回と言われます。
 しかし、自分で何を考えていたか、そのほとんどは自分で覚えていないのが普通で、その大部分は無意識での思考なのです。

□古典読書の価値(意識を磨き、心を見つめる為に)
 私は最適な開運法として『古典読書』をお勧めします。その理由は長い年月とあらゆる人々の批判に耐えてきた、人類の宝とも言うべき「古典」には多くの知恵と示唆に満ち溢れているからです。現在の自分の悩みは人類歴史上、既に皆が悩んできた内容で、その克服、解決のヒントは大抵古典に隠されています。(読書により追体験が可能です)
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 次に『古典読書』により縦的(歴史、時代を通じて)、横的(民族、人種を越えて)思考に触れることで、非常に柔軟な創造性、幅広い視野を身に着けることも可能になります。そのことで問題解決能力が高まり、いかなる困難にも悠然と向かっていく精神と智恵を得ることが出来るのです。
 四柱推命で自身を正しく知り、『古典読書』により課題解決に必要な智恵を学び、人格を涵養することが“第三の目”を開くことよりも重要なことと考えます。  ※ビスマルク『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』 『温故知新』『覧古考新』(古いものを参考にして新しいものを考察すること)

プロフィール

自己紹介
 大越六然
 20年以上の鑑定歴。
 お一人お一人、懇切、丁寧に鑑定、ご相談にお応えいたします。

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