2018年4月 アーカイブ
2018年4月28日 13時24分03秒 (Sat)
阿吽の呼吸
阿吽の呼吸
阿吽(あうん)の呼吸
最近は「不倫」のニュースが多く、いやな気分になります。
夫婦はやはり、「夫唱婦随」「あうんの呼吸」が理想ですね。
それにしても、「あうんの呼吸」とは、とても良い言葉です。
あうんは「阿吽」と書きます。
インド古語のサンスクリット語の「a」と「hum」の音に漢字を当てたもので、口を
開いて出す音(開声)と閉じて出す音(合声)の組み合わせにより、呼気と吸
気という意味も持つのだそうです。
また日本語の五十音表に似たサンスクリット語の悉曇では、それぞれ最初の
音と最後の音でもあります。

神社の狛犬・獅子や寺の仁王像のコンビは、一方は口を開けた阿(像)で、
もう一方は口を閉じた吽(像)となっています。
これは阿と吽で万物の始まりから終わりまでを象徴したもの。
つまり「あうんの呼吸」と言えば、最初から最後まで全てにおいて呼吸の合う、
心の通じ合った関係というわけでです。

「阿吽」の推命学的解説
(1)「阿」(あ)というのは、「あ」という声であり、口をできるだけ大きく開いて、口を
どこもゆがめたり曲げずに積極的に声を出しますと「あ-」という声になりま
す。
これは、エネルギーを外に発散して積極的に何か行動しようとする「陽」の働
きの声であります。
わたしたちが笑うにしても、いろいろな笑いがありますが、「アハハハハハ」とい
う笑いが一番素直で明るい笑いになり、そのような何の邪念もない明るい陽
の声が「あ」という響きになります。
(2) 「吽」(うん)というのは、「う」という声であり、「う-」という声、あるいは響き
というものは、口をまったく開かなくてもしぜんに出るところの内に含む声であ
り、これはエネルギーを内にためてそこから何かを生み出そうとする、あるいは
外に現われようとする声で、「陰」の声であり、女性の働きでもあります。
わたしたちがトイレに行って「ウーム」と力む声であり、女性がお産の時に、
エネルギーを内にためて赤ん坊を生もうとする瞬間の「ウーム」といきむ声でも
あります。
そして「いきみ」が頂点に達して「オギァ-」と赤ちゃんが生まれたら、「アー、や
れやれ」となって「あ-」の声になります。
これが「陰極きわまって陽転する」ともいいます。
人間は気合いを入れるときは、「あ」の声ではエネルギーは充填できません。
気合いを入れるときはかならず「ウー」という声なき声でエネルギーを腹にため
ていると思います。
(3) そして、一切の事物は、この陽(あ)と陰(う)が交わることによって、生じた
とされており、日本語のことばである「イロハホヘト・・・・」という発音も口の形
で言いますと、すべて「あ」と「う」の変形した形で生じています。
このようにすべてのことばは、「あ」と「う」の交接した一点におさめられており、
その「あ」と「う」が活動することによって、すべての言葉が生み出されて、一切
の事物が生じてくるというのが形而上の見方であります。
~「四柱推命の神髄が楽しく学べるネット教室」より抜粋~

まさに「阿」と「吽」にすべてのものが収まっているというわけです。
局と局、極まって一つになる。まるで干合の働きのようですね。
干合といえば夫婦(男女)の関係、そして神社の狛犬、仁王像は魔からご神体を守るのが
使命とか。
すると「阿」と「吽」が一つになっていないところに「魔」が入るようです。
あー怖い怖い。
夫婦はやはり、「夫唱婦随」「あうんの呼吸」が理想ですね。
それにしても、「あうんの呼吸」とは、とても良い言葉です。
あうんは「阿吽」と書きます。
インド古語のサンスクリット語の「a」と「hum」の音に漢字を当てたもので、口を
開いて出す音(開声)と閉じて出す音(合声)の組み合わせにより、呼気と吸
気という意味も持つのだそうです。
また日本語の五十音表に似たサンスクリット語の悉曇では、それぞれ最初の
音と最後の音でもあります。

神社の狛犬・獅子や寺の仁王像のコンビは、一方は口を開けた阿(像)で、
もう一方は口を閉じた吽(像)となっています。
これは阿と吽で万物の始まりから終わりまでを象徴したもの。
つまり「あうんの呼吸」と言えば、最初から最後まで全てにおいて呼吸の合う、
心の通じ合った関係というわけでです。

「阿吽」の推命学的解説
(1)「阿」(あ)というのは、「あ」という声であり、口をできるだけ大きく開いて、口を
どこもゆがめたり曲げずに積極的に声を出しますと「あ-」という声になりま
す。
これは、エネルギーを外に発散して積極的に何か行動しようとする「陽」の働
きの声であります。
わたしたちが笑うにしても、いろいろな笑いがありますが、「アハハハハハ」とい
う笑いが一番素直で明るい笑いになり、そのような何の邪念もない明るい陽
の声が「あ」という響きになります。
(2) 「吽」(うん)というのは、「う」という声であり、「う-」という声、あるいは響き
というものは、口をまったく開かなくてもしぜんに出るところの内に含む声であ
り、これはエネルギーを内にためてそこから何かを生み出そうとする、あるいは
外に現われようとする声で、「陰」の声であり、女性の働きでもあります。
わたしたちがトイレに行って「ウーム」と力む声であり、女性がお産の時に、
エネルギーを内にためて赤ん坊を生もうとする瞬間の「ウーム」といきむ声でも
あります。
そして「いきみ」が頂点に達して「オギァ-」と赤ちゃんが生まれたら、「アー、や
れやれ」となって「あ-」の声になります。
これが「陰極きわまって陽転する」ともいいます。
人間は気合いを入れるときは、「あ」の声ではエネルギーは充填できません。
気合いを入れるときはかならず「ウー」という声なき声でエネルギーを腹にため
ていると思います。
(3) そして、一切の事物は、この陽(あ)と陰(う)が交わることによって、生じた
とされており、日本語のことばである「イロハホヘト・・・・」という発音も口の形
で言いますと、すべて「あ」と「う」の変形した形で生じています。
このようにすべてのことばは、「あ」と「う」の交接した一点におさめられており、
その「あ」と「う」が活動することによって、すべての言葉が生み出されて、一切
の事物が生じてくるというのが形而上の見方であります。
~「四柱推命の神髄が楽しく学べるネット教室」より抜粋~

まさに「阿」と「吽」にすべてのものが収まっているというわけです。
局と局、極まって一つになる。まるで干合の働きのようですね。
干合といえば夫婦(男女)の関係、そして神社の狛犬、仁王像は魔からご神体を守るのが
使命とか。
すると「阿」と「吽」が一つになっていないところに「魔」が入るようです。
あー怖い怖い。
2018年4月26日 19時56分32秒 (Thu)
先祖供養について(真の先祖供養)
特集 先祖供養について(本当の先祖供養)
最近では少子化や核家族化、住宅、お墓の事情などから先祖供養の必要性については分かっていても、日常生活に追われてなかなか思うようにできない方も多いのではないでしょうか。
今回は「本当の先祖供養」について取り上げます。
普通、先祖供養といえば「お墓参り」、「法要」等を云いますが、果たしてそうなのでしょうか。私は多くの方々の家系図作成を通してご先祖の供養や解放に取り組んできました。その経験から、これだと思うのは、「私たちが幸せになる事が1番の先祖供養」ということです。
このことは自分のことに当てはめて考えてみるとはっきりいたします。
もし突然、死に直面した場合、「自分は全て生き切った。思い残す事はない。満足!」と云える人は少ないのではないでしょうか。
大抵は後悔と反省、そして人生に対する「未練」でいっぱいと云ったところが、正直なところです。
人生は失敗と後悔の連続です。「ああすればよかった」「こうすればよかった」と皆が思うのではないでしょうか。
最近、ネットでこのようなニュースを見つけました。
死ぬ時の後悔ナンバーワンは、
「もっと自分の声に従って生きればよかった」
ほとんどの人は自分の思いではなく、何か別の事情に囚われて生きるべき道を全うできず、中途挫折、途中下車してしまうことが多いものです。死の直前にそのことに気付いても遅いのです。
だから後悔の想いを持って、それを後孫に託すようになります。
「自分と同じ間違いを犯さないでほしい。そして自分が成せなかったことを代わりに成して幸せになってほしい」先祖はそのようにして後孫たちを見守るのです。
それで先祖の果たせなかった課題を、後孫が受け継ぐ(背負う)ことになります。それがカルマ(業---ごう)と云うものです。
先祖が残した思いは様々ですが、代表的なものは、
·家族がもっと仲良くすれば良かった
·我慢せずにもっとやりたいことをすれば良かった
·勇気を持って良心に従い、自分の意見を主張すれば良かった
ですから、私たちは先祖のためにも、自分のためにも、
自分の人生、後悔を残さず幸せにならないといけません。
ご先祖様は私たちがどのようにして試練、苦労を乗り越えて幸せを掴んでいくかを、「頑張れ!頑張れ!」と応援しながら見守って下さっているのです。その期待に応えて自分の才能、素質を十二分に発揮して幸せを掴むことが何よりの先祖の願いであり、先祖供養にもなります。先祖の方々が喜んでくださいます。
また日常生活において私がプレイヤー(主役)で、先祖の方々が観客(応援団)とも言えるでしょう。常に観客の声援を受けて頑張ってこそ、大きな力も発揮できるというものです。
つまり「本当の先祖供養」とは特別なものではなく、いつもご先祖様の想いを感じながら、一生懸命に幸せを掴むために努力、邁進する生活と云えます。お供物を供えたり、お経を唱えたりする事もとても尊いことですが、一番の供え物は満足した日々の生活の報告と云えます。
「御墓参り」「法要」にはたくさんの良い供え物(報告)が出来ることが望ましいですね。あまりお願いばかりしていると、ご先祖様は「心配」してしまうかもしれませんね。
~先祖供養の一口メモ~
【先祖を祀ると供養する事の違い】
先祖を祀るというのは、お寺、神社が神様や仏様を祀るところであるのと同じように、先祖を祀るところ、あるいはそのための施設を作る事です。つまりお墓や慰霊塔を建てたり、仏壇を安置したりすることを云います。
一方、供養するということは先祖の霊に対して、様々なお供物を捧げ、お経、お祈りを上げることを云います。
人によっては広くて立派なお墓を立てたから、もう十分に先祖供養をしたと云って安心している場合がありますが、これは先祖を祀った(供養のための施設を作った)だけであって、年忌やお盆、彼岸のお墓参りは勿論、毎朝のように仏壇に手を合わせ、花を飾り、線香や燈明をあげ先祖の冥福を祈ることをしなければ本当に先祖供養をしたことになりません。

さらに常に先祖の安泰を念じ、頂き物をした時などは真っ先にお供えし、喜びや悲しみに会うたびごとに仏前に手を合わせ、先祖にその苦楽を報告して、先祖と共にその苦楽を乗り越えようとする日常の心構えが先祖供養の根本です。
立派なお墓や仏壇が無くても、先祖供養は誰にでも出来るのです。
【分骨について】
分骨とは、遺骨を2か所以上の場所に分けて納めることを云います。
「お骨をバラバラにしてしまうと、供養できない」「遺骨を離れさせてしまうと故人がかわいそう」などと云って、分骨は縁起が悪いという人がいますが、そんなことはありません。なぜならお釈迦様ご自身が弟子たちに分骨したからです。
この分骨された8つが八大霊塔に祀られ、寺院の起源になったとも伝えられています。ですから分骨したら成仏出来ないというのは全くの迷信です。
分骨したい理由に多いのが、
·他のお墓にも納骨したいケース
·お墓が遠いので、近くのお墓にも納骨したいケース
·嫁いだ娘の遺骨を、実家のお墓にも納骨したいというケース
·お骨の一部を散骨したいケース
すでに埋葬してある場合は、埋葬してある墓地の使用権所有者に分骨の旨を伝え、了承を得ます。その次に墓地の管理者に分骨証明書を発行してもらい進めることになります。そして証明書は分骨先の墓地の管理者に提出します。
ご先祖様を弔う気持ちが大切です。家族、親族の対立、争いはご先祖様が最も悲しまれることです。絶対に揉めないようにいたしましょう。
最近では少子化や核家族化、住宅、お墓の事情などから先祖供養の必要性については分かっていても、日常生活に追われてなかなか思うようにできない方も多いのではないでしょうか。
今回は「本当の先祖供養」について取り上げます。
普通、先祖供養といえば「お墓参り」、「法要」等を云いますが、果たしてそうなのでしょうか。私は多くの方々の家系図作成を通してご先祖の供養や解放に取り組んできました。その経験から、これだと思うのは、「私たちが幸せになる事が1番の先祖供養」ということです。
このことは自分のことに当てはめて考えてみるとはっきりいたします。
もし突然、死に直面した場合、「自分は全て生き切った。思い残す事はない。満足!」と云える人は少ないのではないでしょうか。
大抵は後悔と反省、そして人生に対する「未練」でいっぱいと云ったところが、正直なところです。
人生は失敗と後悔の連続です。「ああすればよかった」「こうすればよかった」と皆が思うのではないでしょうか。
最近、ネットでこのようなニュースを見つけました。
死ぬ時の後悔ナンバーワンは、
「もっと自分の声に従って生きればよかった」
ほとんどの人は自分の思いではなく、何か別の事情に囚われて生きるべき道を全うできず、中途挫折、途中下車してしまうことが多いものです。死の直前にそのことに気付いても遅いのです。
だから後悔の想いを持って、それを後孫に託すようになります。
「自分と同じ間違いを犯さないでほしい。そして自分が成せなかったことを代わりに成して幸せになってほしい」先祖はそのようにして後孫たちを見守るのです。
それで先祖の果たせなかった課題を、後孫が受け継ぐ(背負う)ことになります。それがカルマ(業---ごう)と云うものです。
先祖が残した思いは様々ですが、代表的なものは、
·家族がもっと仲良くすれば良かった
·我慢せずにもっとやりたいことをすれば良かった
·勇気を持って良心に従い、自分の意見を主張すれば良かった
ですから、私たちは先祖のためにも、自分のためにも、
自分の人生、後悔を残さず幸せにならないといけません。
ご先祖様は私たちがどのようにして試練、苦労を乗り越えて幸せを掴んでいくかを、「頑張れ!頑張れ!」と応援しながら見守って下さっているのです。その期待に応えて自分の才能、素質を十二分に発揮して幸せを掴むことが何よりの先祖の願いであり、先祖供養にもなります。先祖の方々が喜んでくださいます。
また日常生活において私がプレイヤー(主役)で、先祖の方々が観客(応援団)とも言えるでしょう。常に観客の声援を受けて頑張ってこそ、大きな力も発揮できるというものです。
つまり「本当の先祖供養」とは特別なものではなく、いつもご先祖様の想いを感じながら、一生懸命に幸せを掴むために努力、邁進する生活と云えます。お供物を供えたり、お経を唱えたりする事もとても尊いことですが、一番の供え物は満足した日々の生活の報告と云えます。
「御墓参り」「法要」にはたくさんの良い供え物(報告)が出来ることが望ましいですね。あまりお願いばかりしていると、ご先祖様は「心配」してしまうかもしれませんね。
~先祖供養の一口メモ~
【先祖を祀ると供養する事の違い】
先祖を祀るというのは、お寺、神社が神様や仏様を祀るところであるのと同じように、先祖を祀るところ、あるいはそのための施設を作る事です。つまりお墓や慰霊塔を建てたり、仏壇を安置したりすることを云います。
一方、供養するということは先祖の霊に対して、様々なお供物を捧げ、お経、お祈りを上げることを云います。
人によっては広くて立派なお墓を立てたから、もう十分に先祖供養をしたと云って安心している場合がありますが、これは先祖を祀った(供養のための施設を作った)だけであって、年忌やお盆、彼岸のお墓参りは勿論、毎朝のように仏壇に手を合わせ、花を飾り、線香や燈明をあげ先祖の冥福を祈ることをしなければ本当に先祖供養をしたことになりません。
さらに常に先祖の安泰を念じ、頂き物をした時などは真っ先にお供えし、喜びや悲しみに会うたびごとに仏前に手を合わせ、先祖にその苦楽を報告して、先祖と共にその苦楽を乗り越えようとする日常の心構えが先祖供養の根本です。
立派なお墓や仏壇が無くても、先祖供養は誰にでも出来るのです。
【分骨について】
分骨とは、遺骨を2か所以上の場所に分けて納めることを云います。
「お骨をバラバラにしてしまうと、供養できない」「遺骨を離れさせてしまうと故人がかわいそう」などと云って、分骨は縁起が悪いという人がいますが、そんなことはありません。なぜならお釈迦様ご自身が弟子たちに分骨したからです。
この分骨された8つが八大霊塔に祀られ、寺院の起源になったとも伝えられています。ですから分骨したら成仏出来ないというのは全くの迷信です。
分骨したい理由に多いのが、
·他のお墓にも納骨したいケース
·お墓が遠いので、近くのお墓にも納骨したいケース
·嫁いだ娘の遺骨を、実家のお墓にも納骨したいというケース
·お骨の一部を散骨したいケース
すでに埋葬してある場合は、埋葬してある墓地の使用権所有者に分骨の旨を伝え、了承を得ます。その次に墓地の管理者に分骨証明書を発行してもらい進めることになります。そして証明書は分骨先の墓地の管理者に提出します。
ご先祖様を弔う気持ちが大切です。家族、親族の対立、争いはご先祖様が最も悲しまれることです。絶対に揉めないようにいたしましょう。
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