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2012年5月 アーカイブ

2012年5月7日 10時35分37秒 (Mon)

中村久子さんに学ぶ

 中村久子さんという方を、ご存知ですか。
以前、日本テレビ系列の番組「知ってるつもり?」で放送されたこともあり、知っておられる方も多いと思います。

明治、大正、昭和の激動の時代を、
特発性脱疽により両手、両足の切断というハンデ、
そのうえ家族は7歳の時に父が死亡、10歳で弟も死亡、
その後母と再婚した継父に身売りされ
「だるま娘」の名で見世物小屋で生活-----。 
といった人生を誰にも頼らずに、自立して生きぬいた方です。

 その中村久子さんにヘレン.ケラーが言った言葉です。
「私より不幸な人、私より偉大な人」
           
 そんな彼女が残した言葉です。
 「人の命とはつくづく不思議なもの。
 確かなことは自分で生きているのではない。
 生かされているのだと言うことです。
 どんなところにも必ず生かされていく道がある。
 すなわち人生に絶望なし。
 いかなる人生にも決して絶望はないのだ。」

 中村久子さんの家庭運は、健康運は、社会運は、尋ねるまでもないでしょう。

しかし彼女は晩年講演活動などでも、自分の身体に対して恨む言葉もなく、
むしろ障害のおかげで強く生きられる機会を貰ったとして、
「『無手無足』は仏より賜った身体、生かされている喜びと尊さ(を感じる)」
と感謝の意を述べ、
「人間は肉体のみで生きるのではなく、心で生きるのだ」と語っています。


 人の幸、不幸は命(メイ)を正しく理解し、その命を大切に大切に生きることで決まるのではないでしょうか。

2012年5月3日 16時55分53秒 (Thu)

念ずれば花ひらく

念ずれば  花ひらく  苦しいとき  母がいつも口にしていた  このことばを  わたしもいつのころからか  となえるようになった  そうしてそのたび  わたしの花がふしぎと  ひとつひとつ  ひらいていった       坂村真民(仏教詩人) 

 

 img_20110730-220202.jpg

 

          


2012年5月3日 15時52分32秒 (Thu)

幸、不幸について一言

 ゴルデンウィークの真っ最中。
誰もが家族や友達、恋人との楽しい時を過ごしたいと思う時。

 しかし皆が等しく笑顔で過ごせる訳では、ありません。

不安と苦悩、そして中には絶望の中で
今日の一日を過ごす人もいるのが事実です。

 病気、事故、経済問題、家庭内の不和など原因は様々ですが、
心から「私は幸せ」と自信を持って、言える人のほうが少ないのが、
現状かと思います。

 人の幸、不幸の違いはどこから生じるのでしょうか。

四柱推命を永く学ぶと、感ずることがあります。

 それは命(メイ)に幸、不幸は関係ないということです。
そう言いますと、多くの人は
「そんな筈はない。いい運勢、悪い運勢と言うではないか」
と反論することと思います。

 批判があることを承知で、あえて言いますが、
命(メイ)に幸せな命、不幸な命はありません。
全てがその如くです。
あるがままです。

 ただその命(メイ)の如く人生を生きているか、否かが問題です。
自分らしく(自分の命らしく)がポイントです。

人生の幸、不幸は命の良し悪しでなく、個人の感じ方、つまり私感の違いです。

 同じ状態、事態でも、幸せと感じる方もいれば、
自分こそ世界で一番不幸な人間と考え、自殺までする人もいます。

 したがって人生の生き方、自身の私感に頼り、
その幸せをひたすら追い求める生き方は極めて危険といえます。

 あくまでも自分らしい人生、かけがいのない、唯一の人生を
極めるべきです。

 ”no.one”でなく、”only one”の人生が大切です。


 次回は、どのようにしたら不幸と思える人生を、幸福と感じられるかを
考えてみましょう。



プロフィール

自己紹介
 大越六然
 20年以上の鑑定歴。
 お一人お一人、懇切、丁寧に鑑定、ご相談にお応えいたします。

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