小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)
一章 変化の予兆
「……わー……」
シオンは、自らの姿が写った鏡を見て自分の意識が飛びそうになるのを我慢していた。
「…似合ってます、よ? ええ、似合ってます似合ってます!」
その後ろに控えているリサーナも、シオンの様子を悟ったのか、必死に励ましの言葉をかける。
だが、シオンの半眼に開かれた両目が普通に戻ることは無かった。
「……派手っていうか……モサモサしてるっていうか……重いっていうか……なんなの、これ」
シオンが今着ている服装は、戴冠式用に誂えられた服装だ。
肩元にはありえないほど盛られた白色のファー。天空に浮かぶ月をなぞらえた紅と蒼が混ざった色合いの重めのコート。そして、胸の中央部分には大きくあしらわれた帝国王家の紋章。
はっきり言って、シオンが着たくなかった理由がよく分かる。
ダサすぎなのである。
「いえいえいえ、これが戴冠式には必要なのです。本当ですよ?」
焦った様子で、シオンのかなり盛り下がってしまった気分を戻そうと、リサーナが必死に取り繕う。
だが、リサーナの必死の励ましも虚しく、シオンはかなり沈んだ気分のまま戴冠式を向かえる事となる。
・・・
「あーあー、聞こえてますかー? では……これより、戴冠式、並びに王位継承式を執り行いたいと思います!」
わあぁぁーー!!
街のあちこちに付けられた使用者の声を拡散させる魔法具から、若い男の宣言が飛び出す。その声を聞いた民衆たちは、雄叫びのような声を一斉にあげた。
民衆達から上がった声は、明らかに度を越した大声ではあったが、この際誰も気にしていないようである。
それは、会場の端の方でその一部始終を眺めていた少女達も例外では無かった。
「わーーー! ねね、ユフィー。始まるってさ!」
「聞こえてるわよ。あまり騒がないで」
「えー、いいじゃんか。私達がど突き漫才してたから、真ん中の方に陣取れなかったのは事実だけどさー」
「ほとんどあんたの所為でしょうが」
「たはは……返す言葉もございませーん」
「……はぁ」
全くと言っていいほど悪びれる様子の無いミーナに、ユフィーはため息を吐いた。
だが、すぐにその憂鬱な気分は打ち消されることになる。
なぜなら──。
「おお! シオン殿下が出てきたぞ!」
「キャー! シオン様ー!」
「王子様ー! 王様になっても、ウチの店に来てくれよー!」
フォーゲルノート帝国第一王子、シオン・セナ・ファルカス。今回の戴冠式の主役その人が現れたからだ。
先ほどまで、嫌そうな顔で自らが写った鏡を見ていたシオンだったが、今この場ではそんな事を微塵も感じさせない姿を、堂々と大衆の前に姿を見せている。
少々、歩く時に不便そうではあるが。
それでもシオンは、かけられる言葉の一つ一つに手を振ったりして答えながら、王宮の門の前に作られた台座へと向かって行った。
「ほえー……。さすがは人気の王子様だねー。全部好意的な声しか上がってないよー」
「ま、それもそうでしょうね。わざわざ辺境にあるあたし達の村まで来るような奴だし……」
ユフィーとミーナの感心する言葉通り、シオンは今までに例を見ないような人気ぶりを誇る王子だった。
シオンは王宮の外、つまりは民衆の暮らしに深く興味を持っていたため、頻繁に王宮の外を出歩いている。
その行為に、王宮にいる忠臣たちは頭を痛めていたのだが、シオンに『王になるんだったら、民衆の気持ちをよく分かっていなければいけない』と言われ、ぐぅの音もでなかった。
そして、その行為が幸いしてか、帝国に住まう者たちの中では知らない者はいないと呼ばれる存在となっていたのである。
「うんうん。あの時はビックリしたよねー。ただの男の子かと思ったけど、実はびっくり王子様って、普通じゃないよねー」
「ええ。それに、最初の言葉が『泊めてくれ』だものね。その時は呆れて物も言えなかったわ」
「確かにねー。でもその後に、な・ぜ・か・私の所に来たよねー?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ユフィーに近寄るミーナ。
だが、ユフィーは冷静に対処していた。
「あのねぇ、あれはあたしの家に泊まることになったから、仕方なくあんたの家に行っただけでしょう?」
「うわ、冷静に返されたよ……」
呆れたように言うユフィーに、ミーナは面白く無さそうに呟いた後、シオンの向かう台座へと目を移した。
何の変哲もない、ただ他の台からは高く作られた装飾の施された台座。そこには、早くも戴冠式の準備のために立っている忠臣の姿があった。
「シオン様。今回はぁ私が進行役をやらせて頂く事になりましたんでぇ、どうぞ、よろしくお願いいたしますねぇ」
「あ、そうなんだ。じゃあよろしく頼むよ、ピラーさん。あ、でも、喋り方は普通にしてね?」
かなり喧嘩を売っているような喋り方だが、これがこの男の普通の喋り方である。
ブレイク・ピラー。主に帝国の執政を任され、参謀長とまで呼ばれているほどの男。見た目的には、緑色の髪を逆立て基本的にいつでも喧嘩腰と、かなり素行の悪そうに見える男なのだが。
だが、シオンはブレイクのそんな態度には慣れっこなので、あまり気にせずに言葉を返した。
その言葉を受けたブレイクは一度苦笑すると、大きく息を吸い込んで宣言する。
「ははは……それを言われちゃ仕方ありませんねぇ……。……では、これより、戴冠式を執り行う! 皆の者、静まれい!!」
大音量で発せられた言葉に、先ほどまでの興奮は嘘だったかのように会場は静まり返る。
そして、ブレイクは式の進行のために声をあげていく。
それは主に、ほとんどが式の意味や執り行い方、その他諸々の雑務処理であったため、シオンの緊張は言葉を聞く度に高まっていった。
「──である! では、これより我らが国王、クルト・シン・ファルカス様が御登場なされる! 皆の者、控えよ!」
ブレイクの威厳のこもった言葉に、民衆たちは頭を垂れていく。
それはブレイクたち忠臣も例外ではなかったが、唯一シオンだけがそのまま立っていた。
そして、そこに現れたのは豪勢なローブを着込み、シオンよりも暗めの黒い髪を伸ばした無精髭の男。
威厳が溢れる出るような佇まいで、ゆっくりとシオンのいる台座へと、残る忠臣たちを後ろに連れたまま近づいていく。
シオンは、近づいてくる父親の姿を認めながら、緊張のピークを迎えていた。
はっきり言って、シオンは父の事が苦手なのだ。
絶大な権力を持ち、この帝国の行く先を牛耳る帝国王。これだけなら、ただの王となんら変わらない。だが、父の自分に対する態度が苦手だった。
一歩後ろに下がった状態で息子の調子を窺う父。全ての台詞が作られたものに感じ、今まで一度も腹を割って話した事は無い。
それがシオンとクルトの関係だった。
だが、今だけは違うと、シオンはなぜかその時確信していた。
この戴冠式が終われば、シオンは父親と同じ位に、父親を押しのけた形で王となるのだ。そうすれば、父の気持ちが分かるかもしれないと思ったからである。
「……シオンよ。よくぞここまで成長したな」
「父上……。まあ、年月が経てばそうなりますよ。それに、僕が何をしてもあまり興味を示さなかった父上のおかげでもありますけど」
「そうか……。やはり、母は強いという事か――」
「え? 母上がどうかしたんですか?」
シオンには母親がいない。シオンが生まれて数年後に死んだと、父から聞かされていた。
そのため、シオンには母親の記憶という物がほとんど無い。
だからこそ、いきなりこの様な場でクルトがそんな話を持ち出したのか分からなかった。
「お前の母、エレインに言われていたのだ。『この子は賢しい子です。だから、この子が興味を持ったこと、なそうとしている事があった時には、暖かく見守っていてください。それが、この帝国王家に光を灯すことになるでしょうから』とな」
遠くを見つめ、その時の言葉を思い出しているのだろう。
クルトは、王としては絶対に見せることのない、家族を思う父親の顔をしていた。
「……そう、ですか……。母上がそんな事を……。……なら、僕は父上と母上、両方に感謝しないといけませんね」
その顔を見たシオンは少し驚いていたが、すぐに自らの顔を引き締め、クルトへと話し出す。
「母上の言葉があったから、僕は自由に行動する事ができた。父上の存在があったから、僕は不自由無く暮らすことができた。……僕にも、そんな家族が作れるでしょうか?」
シオンの決意に、クルトは一瞬呆気にとられた後、苦笑しながらこう言った。
「……馬鹿者。家族の前に、お前には重大な役割がある」
「はい、分かってます。……立派な王になる、ですよね?」
「そうだ。では、始めるとするか。いつまでも民や忠臣たちの頭を下げさせている訳にもいかんしな」
「あ、そうですね。分かりました」
「……ブレイク、始めてくれ」
王に戻ったクルトの声が、頭を垂れていたブレイクを動かす。
弾かれたように立ち上がったブレイクは、止まっていた式を進行させるために声を張り上げた。
「……これより、戴冠の儀を行う! 皆の者、頭をあげて礼を行え!」
ブレイクの言葉により、民衆は一斉に頭を上げ、手を前に差し出して組んで礼を取る。
そして、後ろに控えていた忠臣たちの中から、大きな王冠と、王位継承の証の指輪が運ばれてきた。
その二つを手に取ったクルトは、シオンに向かってこう言った。
「……シオンよ。これらを身に着けた時、お前はこの国の王としての証を得る。……お前に、その覚悟があるか?」
静かだが重みのこめられた言葉に、シオンは一泊置いてから自らの決意を口にした。
「……はい。僕は、僕にはその覚悟が──」
「ギャアァァ!!!」
「っ!」
だが、その言葉は途中でかき消されてしまう。巨大な魔物の、鳴き声によって。
「うわあぁぁ!!」
「きゃあぁぁ!!」
混乱。
先ほどまでの静けさとは打って変わり、戴冠式の会場は混乱の渦に飲み込まれた。
それは当たり前だろう。
普段は誰も聞く事が無い魔物の鳴き声と、その大きな巨躯を目の前にしてしまっては。
山のような巨躯に、天に向かってまっすぐに伸びた三本の角。四本足で立つ朱色の魔物と、それに従うように動く黒色の異形の烏に、皆が恐怖を覚えていた。
「くっ、『エルブレイア』と『ヒーナス』だとぉ! 守衛の騎士団は何をしていたぁ!!」
ブレイクの焦りの声が響く。
帝国の参謀長と呼ばれる彼であっても、この出来事は当然のように想定外の出来事であった。そのためか、いつもは喧嘩腰で飄々とした雰囲気で命令を下すブレイクの姿はどこにも無い。
しかし、この場には王が、クルトがいた。
「静まれ! 騒いでいるだけでは大局は見えん! 民たちの避難と、騎士団の集結を急がせろ! ブレイク、お前はここにいる忠臣たちを連れて魔物の討伐を急げ!」
「しかし、それでは王が……!」
「くどいぞ! 私の命よりも、民の命だ! それが分かればさっさと行け!」
「はっ!」
クルトの命令に、一時は食い下がったブレイクだったが、すぐに忠臣たちを引き連れて魔物の方へと向かう。
それを見届けたクルトは次の指示を飛ばすと、シオンへと向き直った。
「ふぅ……。いきなりこの様な事になるとはな……。せっかくの晴れ舞台が台無しだ」
「いえ、それより、早く逃げないと!」
「お前は逃げろ。民たちを置いて、私だけ先に逃げる訳にはいかん」
「そんな! 父上も一緒に!」
「お前はまだ王子の身だ! このフォーゲルノートの次代を治める資格があるのは、お前だけなのだ!」
シオンの悲痛の叫びに、クルトは怒鳴り声をあげる。
その声に、シオンは軽く体を強張らせる。だが、シオンにも引けない理由があった。本来なら、戴冠式の際に言っていたはずの決意。それが、シオンを駆り立てていた。
「そんな事言ったって、僕にはまだ、父上から学ばなければいけないことが、たくさんあるんです! だから、僕も戦う!」
目の前で誰かが戦っている。そして、自分はそれを見ていることしかできない。
シオンは、もう守られる関係は嫌だった。どこに行っても『ファルカス』の名前が付き纏う。
なら、自分が誰かを守れる存在になりたい。誰かのために、自分の存在を活かしたい。それが、辺境の村で出会った少女との出会いによって芽生えた、シオンの決意だった。
「……そうか。お前も、見つけたのだな。自分の信念を、覚悟を、それに見合う決意を……」
自分を見つめる息子の姿に、クルトはそう呟く。
子供はいつの間にか成長する。それこそ、親などすぐに飛び越えて。
その事を、クルトはこのような状況だというのに、シオンの目を見て確信していた。
「……なら、お前も戦え。己の決意のために。守りたいものを、守ってみせよ」
心配する父親の顔ではあったが、クルトはシオンにそう言った。
せっかくの晴れ舞台。こんな事になってしまったが、シオンの意見は優先してやろう。
そんな思いで、クルトはシオンに言葉を投げかけたのだ。
「はい!」
そんな思いに気づいているのかいないのか、シオンは元気よく、そして嬉しそうに答える。
その息子の声を聞いたクルトは、周囲の者に向かって呼びかけた。
「誰かある! 『リーンブル』と『カテドラル』をここに!」
「はっ!」
クルトの声に答えたのは、メイド服の肩の辺りに鎧のようにも見える鋼板を取り付けたリサーナ。
そしてその手には、左右の大きさが違う翼のついた変則式のボウガンと、綺麗な装飾がなされ、手甲の部分に大きな窪みのある双爪が握られていた。
リサーナは、その二つの武器をクルトへと掲げ、跪いている。
「よし。シオン、行くぞ」
リーンブルを手に取ったクルトは、そのボウガンに矢を込めながらシオンを急かす。
だが、シオンは自らの武器であるカテドラルを取ろうとはしなかった。
それよりも気になることがあったからだ。
「リサーナさん? 何でここに……って言うか、どうしてリサーナさんが僕と父上の武器を?」
頭に?マークを浮かべて疑問を呈するシオンだったが、すぐにクルトとリサーナの言葉によりその疑問は解消された。
「何を言っているのだ。リサーナはメイド長であり、武器の管理を任せている者だ。ビルスティアの身体能力の高さはお前も知っているだろう?」
「そうですよ、シオン様。さすがに魔法は扱えませんが、戦力にはなります」
そう自身たっぷりに言うと、リサーナは自らの獲物を引き抜いた。
『ナーヴィメア』。先がかなり鋭利に尖っており、その先を見ることはかなり難しいほど細くなっている短剣である。
不敵に笑うリサーナに、シオンは半ば諦めた形で自らの武器を取った。
チャリ……。
爪同士を触れ合わせ、金属同士の不協和音を奏でると、シオンは真っ直ぐに前を向く。
その目の前に移るのは、シンセミアの街に近づくエルブレイアの巨躯と、もう既に街に入り込んでいるヒーナスの姿。
生まれ故郷が蹂躙されようとしている姿に、シオンは唇を噛み締めた。
そんなシオンの強張った肩に、クルトの手が置かれる。
「なにも案ずることはない。お前の武芸、見せてもらうぞ」
「なら、私はお零れを貰いますので、思う存分暴れてきてください」
言葉は違うがクルトとリサーナの信頼と激励の言葉に、シオンは笑いながらこう言った。
「はい。いってきます!」
これから始まる、自らの決意を示す戦いに、彼は一歩を踏み出したのだ。
・・・
・・
・
シオンは、自らの姿が写った鏡を見て自分の意識が飛びそうになるのを我慢していた。
「…似合ってます、よ? ええ、似合ってます似合ってます!」
その後ろに控えているリサーナも、シオンの様子を悟ったのか、必死に励ましの言葉をかける。
だが、シオンの半眼に開かれた両目が普通に戻ることは無かった。
「……派手っていうか……モサモサしてるっていうか……重いっていうか……なんなの、これ」
シオンが今着ている服装は、戴冠式用に誂えられた服装だ。
肩元にはありえないほど盛られた白色のファー。天空に浮かぶ月をなぞらえた紅と蒼が混ざった色合いの重めのコート。そして、胸の中央部分には大きくあしらわれた帝国王家の紋章。
はっきり言って、シオンが着たくなかった理由がよく分かる。
ダサすぎなのである。
「いえいえいえ、これが戴冠式には必要なのです。本当ですよ?」
焦った様子で、シオンのかなり盛り下がってしまった気分を戻そうと、リサーナが必死に取り繕う。
だが、リサーナの必死の励ましも虚しく、シオンはかなり沈んだ気分のまま戴冠式を向かえる事となる。
・・・
「あーあー、聞こえてますかー? では……これより、戴冠式、並びに王位継承式を執り行いたいと思います!」
わあぁぁーー!!
街のあちこちに付けられた使用者の声を拡散させる魔法具から、若い男の宣言が飛び出す。その声を聞いた民衆たちは、雄叫びのような声を一斉にあげた。
民衆達から上がった声は、明らかに度を越した大声ではあったが、この際誰も気にしていないようである。
それは、会場の端の方でその一部始終を眺めていた少女達も例外では無かった。
「わーーー! ねね、ユフィー。始まるってさ!」
「聞こえてるわよ。あまり騒がないで」
「えー、いいじゃんか。私達がど突き漫才してたから、真ん中の方に陣取れなかったのは事実だけどさー」
「ほとんどあんたの所為でしょうが」
「たはは……返す言葉もございませーん」
「……はぁ」
全くと言っていいほど悪びれる様子の無いミーナに、ユフィーはため息を吐いた。
だが、すぐにその憂鬱な気分は打ち消されることになる。
なぜなら──。
「おお! シオン殿下が出てきたぞ!」
「キャー! シオン様ー!」
「王子様ー! 王様になっても、ウチの店に来てくれよー!」
フォーゲルノート帝国第一王子、シオン・セナ・ファルカス。今回の戴冠式の主役その人が現れたからだ。
先ほどまで、嫌そうな顔で自らが写った鏡を見ていたシオンだったが、今この場ではそんな事を微塵も感じさせない姿を、堂々と大衆の前に姿を見せている。
少々、歩く時に不便そうではあるが。
それでもシオンは、かけられる言葉の一つ一つに手を振ったりして答えながら、王宮の門の前に作られた台座へと向かって行った。
「ほえー……。さすがは人気の王子様だねー。全部好意的な声しか上がってないよー」
「ま、それもそうでしょうね。わざわざ辺境にあるあたし達の村まで来るような奴だし……」
ユフィーとミーナの感心する言葉通り、シオンは今までに例を見ないような人気ぶりを誇る王子だった。
シオンは王宮の外、つまりは民衆の暮らしに深く興味を持っていたため、頻繁に王宮の外を出歩いている。
その行為に、王宮にいる忠臣たちは頭を痛めていたのだが、シオンに『王になるんだったら、民衆の気持ちをよく分かっていなければいけない』と言われ、ぐぅの音もでなかった。
そして、その行為が幸いしてか、帝国に住まう者たちの中では知らない者はいないと呼ばれる存在となっていたのである。
「うんうん。あの時はビックリしたよねー。ただの男の子かと思ったけど、実はびっくり王子様って、普通じゃないよねー」
「ええ。それに、最初の言葉が『泊めてくれ』だものね。その時は呆れて物も言えなかったわ」
「確かにねー。でもその後に、な・ぜ・か・私の所に来たよねー?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ユフィーに近寄るミーナ。
だが、ユフィーは冷静に対処していた。
「あのねぇ、あれはあたしの家に泊まることになったから、仕方なくあんたの家に行っただけでしょう?」
「うわ、冷静に返されたよ……」
呆れたように言うユフィーに、ミーナは面白く無さそうに呟いた後、シオンの向かう台座へと目を移した。
何の変哲もない、ただ他の台からは高く作られた装飾の施された台座。そこには、早くも戴冠式の準備のために立っている忠臣の姿があった。
「シオン様。今回はぁ私が進行役をやらせて頂く事になりましたんでぇ、どうぞ、よろしくお願いいたしますねぇ」
「あ、そうなんだ。じゃあよろしく頼むよ、ピラーさん。あ、でも、喋り方は普通にしてね?」
かなり喧嘩を売っているような喋り方だが、これがこの男の普通の喋り方である。
ブレイク・ピラー。主に帝国の執政を任され、参謀長とまで呼ばれているほどの男。見た目的には、緑色の髪を逆立て基本的にいつでも喧嘩腰と、かなり素行の悪そうに見える男なのだが。
だが、シオンはブレイクのそんな態度には慣れっこなので、あまり気にせずに言葉を返した。
その言葉を受けたブレイクは一度苦笑すると、大きく息を吸い込んで宣言する。
「ははは……それを言われちゃ仕方ありませんねぇ……。……では、これより、戴冠式を執り行う! 皆の者、静まれい!!」
大音量で発せられた言葉に、先ほどまでの興奮は嘘だったかのように会場は静まり返る。
そして、ブレイクは式の進行のために声をあげていく。
それは主に、ほとんどが式の意味や執り行い方、その他諸々の雑務処理であったため、シオンの緊張は言葉を聞く度に高まっていった。
「──である! では、これより我らが国王、クルト・シン・ファルカス様が御登場なされる! 皆の者、控えよ!」
ブレイクの威厳のこもった言葉に、民衆たちは頭を垂れていく。
それはブレイクたち忠臣も例外ではなかったが、唯一シオンだけがそのまま立っていた。
そして、そこに現れたのは豪勢なローブを着込み、シオンよりも暗めの黒い髪を伸ばした無精髭の男。
威厳が溢れる出るような佇まいで、ゆっくりとシオンのいる台座へと、残る忠臣たちを後ろに連れたまま近づいていく。
シオンは、近づいてくる父親の姿を認めながら、緊張のピークを迎えていた。
はっきり言って、シオンは父の事が苦手なのだ。
絶大な権力を持ち、この帝国の行く先を牛耳る帝国王。これだけなら、ただの王となんら変わらない。だが、父の自分に対する態度が苦手だった。
一歩後ろに下がった状態で息子の調子を窺う父。全ての台詞が作られたものに感じ、今まで一度も腹を割って話した事は無い。
それがシオンとクルトの関係だった。
だが、今だけは違うと、シオンはなぜかその時確信していた。
この戴冠式が終われば、シオンは父親と同じ位に、父親を押しのけた形で王となるのだ。そうすれば、父の気持ちが分かるかもしれないと思ったからである。
「……シオンよ。よくぞここまで成長したな」
「父上……。まあ、年月が経てばそうなりますよ。それに、僕が何をしてもあまり興味を示さなかった父上のおかげでもありますけど」
「そうか……。やはり、母は強いという事か――」
「え? 母上がどうかしたんですか?」
シオンには母親がいない。シオンが生まれて数年後に死んだと、父から聞かされていた。
そのため、シオンには母親の記憶という物がほとんど無い。
だからこそ、いきなりこの様な場でクルトがそんな話を持ち出したのか分からなかった。
「お前の母、エレインに言われていたのだ。『この子は賢しい子です。だから、この子が興味を持ったこと、なそうとしている事があった時には、暖かく見守っていてください。それが、この帝国王家に光を灯すことになるでしょうから』とな」
遠くを見つめ、その時の言葉を思い出しているのだろう。
クルトは、王としては絶対に見せることのない、家族を思う父親の顔をしていた。
「……そう、ですか……。母上がそんな事を……。……なら、僕は父上と母上、両方に感謝しないといけませんね」
その顔を見たシオンは少し驚いていたが、すぐに自らの顔を引き締め、クルトへと話し出す。
「母上の言葉があったから、僕は自由に行動する事ができた。父上の存在があったから、僕は不自由無く暮らすことができた。……僕にも、そんな家族が作れるでしょうか?」
シオンの決意に、クルトは一瞬呆気にとられた後、苦笑しながらこう言った。
「……馬鹿者。家族の前に、お前には重大な役割がある」
「はい、分かってます。……立派な王になる、ですよね?」
「そうだ。では、始めるとするか。いつまでも民や忠臣たちの頭を下げさせている訳にもいかんしな」
「あ、そうですね。分かりました」
「……ブレイク、始めてくれ」
王に戻ったクルトの声が、頭を垂れていたブレイクを動かす。
弾かれたように立ち上がったブレイクは、止まっていた式を進行させるために声を張り上げた。
「……これより、戴冠の儀を行う! 皆の者、頭をあげて礼を行え!」
ブレイクの言葉により、民衆は一斉に頭を上げ、手を前に差し出して組んで礼を取る。
そして、後ろに控えていた忠臣たちの中から、大きな王冠と、王位継承の証の指輪が運ばれてきた。
その二つを手に取ったクルトは、シオンに向かってこう言った。
「……シオンよ。これらを身に着けた時、お前はこの国の王としての証を得る。……お前に、その覚悟があるか?」
静かだが重みのこめられた言葉に、シオンは一泊置いてから自らの決意を口にした。
「……はい。僕は、僕にはその覚悟が──」
「ギャアァァ!!!」
「っ!」
だが、その言葉は途中でかき消されてしまう。巨大な魔物の、鳴き声によって。
「うわあぁぁ!!」
「きゃあぁぁ!!」
混乱。
先ほどまでの静けさとは打って変わり、戴冠式の会場は混乱の渦に飲み込まれた。
それは当たり前だろう。
普段は誰も聞く事が無い魔物の鳴き声と、その大きな巨躯を目の前にしてしまっては。
山のような巨躯に、天に向かってまっすぐに伸びた三本の角。四本足で立つ朱色の魔物と、それに従うように動く黒色の異形の烏に、皆が恐怖を覚えていた。
「くっ、『エルブレイア』と『ヒーナス』だとぉ! 守衛の騎士団は何をしていたぁ!!」
ブレイクの焦りの声が響く。
帝国の参謀長と呼ばれる彼であっても、この出来事は当然のように想定外の出来事であった。そのためか、いつもは喧嘩腰で飄々とした雰囲気で命令を下すブレイクの姿はどこにも無い。
しかし、この場には王が、クルトがいた。
「静まれ! 騒いでいるだけでは大局は見えん! 民たちの避難と、騎士団の集結を急がせろ! ブレイク、お前はここにいる忠臣たちを連れて魔物の討伐を急げ!」
「しかし、それでは王が……!」
「くどいぞ! 私の命よりも、民の命だ! それが分かればさっさと行け!」
「はっ!」
クルトの命令に、一時は食い下がったブレイクだったが、すぐに忠臣たちを引き連れて魔物の方へと向かう。
それを見届けたクルトは次の指示を飛ばすと、シオンへと向き直った。
「ふぅ……。いきなりこの様な事になるとはな……。せっかくの晴れ舞台が台無しだ」
「いえ、それより、早く逃げないと!」
「お前は逃げろ。民たちを置いて、私だけ先に逃げる訳にはいかん」
「そんな! 父上も一緒に!」
「お前はまだ王子の身だ! このフォーゲルノートの次代を治める資格があるのは、お前だけなのだ!」
シオンの悲痛の叫びに、クルトは怒鳴り声をあげる。
その声に、シオンは軽く体を強張らせる。だが、シオンにも引けない理由があった。本来なら、戴冠式の際に言っていたはずの決意。それが、シオンを駆り立てていた。
「そんな事言ったって、僕にはまだ、父上から学ばなければいけないことが、たくさんあるんです! だから、僕も戦う!」
目の前で誰かが戦っている。そして、自分はそれを見ていることしかできない。
シオンは、もう守られる関係は嫌だった。どこに行っても『ファルカス』の名前が付き纏う。
なら、自分が誰かを守れる存在になりたい。誰かのために、自分の存在を活かしたい。それが、辺境の村で出会った少女との出会いによって芽生えた、シオンの決意だった。
「……そうか。お前も、見つけたのだな。自分の信念を、覚悟を、それに見合う決意を……」
自分を見つめる息子の姿に、クルトはそう呟く。
子供はいつの間にか成長する。それこそ、親などすぐに飛び越えて。
その事を、クルトはこのような状況だというのに、シオンの目を見て確信していた。
「……なら、お前も戦え。己の決意のために。守りたいものを、守ってみせよ」
心配する父親の顔ではあったが、クルトはシオンにそう言った。
せっかくの晴れ舞台。こんな事になってしまったが、シオンの意見は優先してやろう。
そんな思いで、クルトはシオンに言葉を投げかけたのだ。
「はい!」
そんな思いに気づいているのかいないのか、シオンは元気よく、そして嬉しそうに答える。
その息子の声を聞いたクルトは、周囲の者に向かって呼びかけた。
「誰かある! 『リーンブル』と『カテドラル』をここに!」
「はっ!」
クルトの声に答えたのは、メイド服の肩の辺りに鎧のようにも見える鋼板を取り付けたリサーナ。
そしてその手には、左右の大きさが違う翼のついた変則式のボウガンと、綺麗な装飾がなされ、手甲の部分に大きな窪みのある双爪が握られていた。
リサーナは、その二つの武器をクルトへと掲げ、跪いている。
「よし。シオン、行くぞ」
リーンブルを手に取ったクルトは、そのボウガンに矢を込めながらシオンを急かす。
だが、シオンは自らの武器であるカテドラルを取ろうとはしなかった。
それよりも気になることがあったからだ。
「リサーナさん? 何でここに……って言うか、どうしてリサーナさんが僕と父上の武器を?」
頭に?マークを浮かべて疑問を呈するシオンだったが、すぐにクルトとリサーナの言葉によりその疑問は解消された。
「何を言っているのだ。リサーナはメイド長であり、武器の管理を任せている者だ。ビルスティアの身体能力の高さはお前も知っているだろう?」
「そうですよ、シオン様。さすがに魔法は扱えませんが、戦力にはなります」
そう自身たっぷりに言うと、リサーナは自らの獲物を引き抜いた。
『ナーヴィメア』。先がかなり鋭利に尖っており、その先を見ることはかなり難しいほど細くなっている短剣である。
不敵に笑うリサーナに、シオンは半ば諦めた形で自らの武器を取った。
チャリ……。
爪同士を触れ合わせ、金属同士の不協和音を奏でると、シオンは真っ直ぐに前を向く。
その目の前に移るのは、シンセミアの街に近づくエルブレイアの巨躯と、もう既に街に入り込んでいるヒーナスの姿。
生まれ故郷が蹂躙されようとしている姿に、シオンは唇を噛み締めた。
そんなシオンの強張った肩に、クルトの手が置かれる。
「なにも案ずることはない。お前の武芸、見せてもらうぞ」
「なら、私はお零れを貰いますので、思う存分暴れてきてください」
言葉は違うがクルトとリサーナの信頼と激励の言葉に、シオンは笑いながらこう言った。
「はい。いってきます!」
これから始まる、自らの決意を示す戦いに、彼は一歩を踏み出したのだ。
・・・
・・
・
4/40
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