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小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)

五章 すべての終わり

 ガラガラ……。
「いっつ!」
 落下したシオンは、少し捻ってしまった右腕を支える。
 少しばかり痛みを訴えていた右腕を、自己判断だが、出来る程度で治療していくと大分痛みが引いた。
「……結構……落とされたのかな……」
 自らが落ちてきた場所と、そのぽっかりと開いた穴を交互に見つめ、少し気を落とすシオン。
 周りには仲間はおらず、あるのは少しだけしか辺りを照らさない蝋燭の灯。まるで牢獄のような雰囲気の通路に、シオンは落とされていた。
「……こうやっていても仕方ない。歩こうか……」
 もう一度自分の体の確認をした後、シオンはゆっくりと歩き出す。
 ヒュゥゥ……。
「……風が……。ならこっちだね」
 薄暗い通路に吹いた頬を撫でる風を頼りに、その風が流れてきた方向へと少しだけ足を速めた。その歩く最中に、蝋燭を全くの暗闇にならない程度に集めていき、風の通りを見つめる。
 すると、その手に持った蝋燭の一瞬強くなった風によって火が消え、シオンの目の前には光が溢れた。
「光が……。でも、一切登ってもないし……」
 警戒は解かず、その光が溢れる場所へと慎重に歩いていくシオン。
「……これは……金属が反射しているのか? でも、何だってこんな所に……」
 薄暗かった通路から一変、煌びやかな部屋はシオンの目を光の反射で迎え入れた。
 そして、その部屋の中央から声が響く。
「……墓場だ。……綺麗だろう?」
 深緑色の翼を生やした黒髪の女性が、シオンの目の前に現れる。
 その妖艶な微笑みは、シオンが目にしてきた女性の中で最も美しく、それでいて危険だった。
「……墓場? どういう意味だ」
 カテドラルを女性に向けて構え、精一杯の気概を込めて女性を威嚇するシオン。
「そのままさ。……『時の契約者』よ。今ここで、私と戦え」
 殺気を滲ませながら、シオンを見つめて笑っていた顔の表情を消す女性。
「……どうしても……なのか?」
 有無を言わせぬ雰囲気に、シオンは一縷の望みを捨てずに聞く。
 出来れば、誰とも戦いたくはないのだ。戦えば、人は傷つく。それが己だけではなく、相手も。そして、その相手を想っている者でさえも。
 それが分かっているから。今この場で繰り広げられようとしている戦いは、殺し合いだと言うことを。
 だが、女性はそんなシオンの想いなど露知らず、自らの背中に生やした翼をはためかせる。
「……我が忌み名『グリムワイバーン』。この名を捨てる為に、私は戦う。貴様の力、我らの悲願のために使わせてもらう!」
 翼を使って飛び上がった『グリムワイバーン』は、その翼で生み出した風を置き去りにして、シオンに肉薄した。
・・・
・・
・
「……完全に分断させられたわね」
 薄暗い通路をユフィーは静かに歩く。
 魔力の回復のために深く息を吸いながら、警戒は怠らずに周囲を油断なく見渡す。
 そうしていると、彼女の所にも風が吹いた。
「……ふぅん。ここが出口……いえ、罠かもしれないわね」
 その風を肌に感じながら、ユフィーは分断されてしまった仲間のことを思う。
「……そう簡単には死なないでしょう。シオンは時の魔法を使わなければいいだけだし……。『死なない』って、約束したし」
 どこか頼りなさそうな少年の、だが頼れる笑顔を思い出して、ユフィーは新たに足を進める。
 そして、進んだ先の部屋は同じく薄暗かったが、違う所があった。
「……紅い……趣味悪いわね……」
「これは心外ですねぇ。喜んでいただけるとばかり思っていましたよ」
「っ! 『ヒーナス』!」
 憎々しげにその名前を呼ぶユフィー。
 所々が紅く不気味に染まった部屋に現れた『ヒーナス』は、出会った時とは全く違う格好だが、眼鏡のずれを直すために眼鏡に手をかける様は全く変わっていなかった。
 右目に大きくかかる長い茶色の髪を掻き揚げると、『ヒーナス』は笑う。
 その笑いに応えるかのように、ユフィーはスターレインを構え、油断なく『ヒーナス』を睨む。
「おっと。やはり怖いですね。女性は笑顔が一番だと言うのに……」
「……あんたに言われても、嬉しくはないわ」
「まあいいです。ここで私とあなたが戦うことは、避けられないようですし」
「ふん。凍らせてあげるわ」
 スターレインが輝き、飄々と立つ『ヒーナス』に向かって氷の刃が飛来する。
 その挨拶代わりの刃を、同じ氷の刃で迎え撃つ『ヒーナス』。
「なっ!」
「すいませんね、隠していて。私が魔剣『クリスフリーズ』の所持者です。さぁ、氷を司る者同士、仲良く戦いましょう」
「お断り、よ!」
『ヒーナス』の手に握られた美しすぎる両刃剣と、スターレインから放たれたまったく同じ量の氷の槍は、お互いを打ち落とし合い、音を立てて地面へと落ちていく。
「我が忌み名『ヒーナス』。この名を捨てる為に、私は戦わせていただきます。踊りましょう? 氷の演舞を」
・・・
・・
・
「いたたた……」
 強かに打ちつけたお尻を擦りながら、リィナは少し涙の溜まった目を真っ直ぐ向ける。
 薄暗い通路は蝋燭の頼りない灯に照らされ、異様な雰囲気を醸し出していた。
「うぅ……痣になったらどうしてくれるんですかぁ……」
 今ここで服を脱いでも確認することが出来ないので、リィナはとりあえず祈っていた。
 ――青くなっているのが残ることだけは勘弁と。
 そんな事を思いながらリィナが歩いていると、急に視界が晴れた。大音量の音と、目も眩むような光と共に。
「ちっ。だから嫌なんだ。こうやって自分から行けばすむ話じゃねぇか、ったく」
 小言をグチグチと言いながら現れたのは『エルブレイア』。
 斑模様の黄色の髪を今は完全に逆立てて、リィナを睨む。
 その視線をリィナはしっかりと受け止めると、風燐華を引き抜いて構えた。
「あなたは……メアさんとコロナさんの所に来た人ですね」
「あん? だったら何だってんだ?」
「倒します!」
 風燐華を振り、生み出したのは大きな風の砲弾。
 竜巻をその中に宿したかのような力を感じる砲弾は、真っ直ぐに『エルブレイア』へと向かって飛んでいく。だが、その砲弾を軽く身を捻っただけで裂ける『エルブレイア』。
「っぶねーな。いきなりがこれかよ……。まったく、先が思いやられるぜ……」
「まだまだ行きますよ!」
「っ! 休ませろよな! 流れよ、雷。その神にも迫る速さで、我が体を運べ! 『神ノ雷速(シュード・ライナ)』!」
 青白い光を纏った『エルブレイア』は、その呪文の言葉の通りの雷速で、リィナが放った風の砲弾をすべて避ける。
 そして、その雷速でリィナに迫ると、その指でリィナの頭を突いた。まるで、相手を小馬鹿にするかのように。
「うぅ……バカにしないでください!」
「がはっ!」
 油断が過ぎたのだろうか。
 リィナの体を中心に巻き起こった旋風が『エルブレイア』を捉え、その体を吹き飛ばす。
「…………」
 追撃はせず、出方を伺うように油断なく風燐華を構え直すリィナ。
 吹き飛ばされた『エルブレイア』は、口から溜まった血を吐き捨てながら、叫ぶ。
「おもしれぇな、やっぱりよ! 我が忌み名『エルブレイア』。この名を捨てる為に、俺は戦う! 覚悟しな!!」
 再び青白い光を纏った『エルブレイア』は、リィナに怒涛の勢いで迫っていった。
・・・
・・
・
「あたたたた……」
 落下した際に打ち付けた体を擦りながら歩くカナ。
 幸い、レストーションを振るうことに関しては何の問題もないのだが、他に問題があった。
「もー、また服が千切れたよー。せっかくユリに縫ってもらったのにー」
 服の傷が入った所を弄りながら、そう小言を漏らすカナ。
 その千切れた部分を弄っていてはさらに千切れた所が広がるだけなのだが、カナは弄るのを止めなかった。
「ま、いいか。なーんかお宝がありそうな雰囲気のある所に落ちてきたしねー」
 目を輝かせながら、薄暗い通路を隅々まで隈なく見渡す。
 一応、少しは値が張るかもしれない燭台を手に握っているが、カナはそれでは満足しないようだ。
 そして、辺りを見渡していたカナの目が、ある物を見つけたことにより一層輝いた。
「ん? おお……おおぉぉぉ!! これはメルイト鉱石じゃん! これ高く売れるんだよねー! あ、こっちにもある! こっちにも! うわー、大漁だよ大漁!!」
 床に転がっていた、淡い銀色の輝きを放つ塊を手に取ったカナは、通路に響き渡る喜びの声をあげる。
 カナが喜ぶのも無理はない。メルイト鉱石は、鍛冶屋の中では一般的に一番の良質な鉱石として重宝がられているのだ。
 それはつまり、鍛冶屋が一番欲している鉱石ということ。
 それはつまり、高値で売り買いが出来るということ。
 その事に、カナは戦いのことなど忘れ、鉱石集めに霧中になってしまっていた。
「……ネコババしてんじゃねーよ。それは俺様たちの貴重な収入源なんだからな」
「うひゃぅっ!」
 そんなカナに、呆れた声を出す『コーガディーガ』が現れた。
 その唐突な声に、やましい事をしているつもりがあるカナは萎縮して飛び上がってしまう。
 まるで、尻尾を踏まれた猫のように。
 だが、カナはそこから直ぐに怒ったりはしない。まあ、怒られる理由はあっても怒る理由がないからだ。
「……まあいい。お前はここで死ぬんだとさ。俺様に殺されてなぁ」
 手に持っていたソルトレスターを振り被り、カナへと一直線に振り下ろす。
 その攻撃を後ろに飛びすさることで辛うじて避けたカナは、お返しとばかりにレストーションを下がりながらではあるが、突き出して相手の振り下ろされた剣を狙う。
 ガキィィン……。
「うわ、固いっ!」
「はっ! そこら辺の武器と一緒にすんじゃねーよ!」
 完全に明後日の方向に弾かれた穂先を見ながら、カナはそんな驚きの声をあげる。
 それを隙と見た『コーガディーガ』は、すかさずカナに近づき、そのガラ空きの腹に蹴りを決め込んだ。
「がはっ!」
 その蹴りをまともに喰らったカナは、肺の空気を全て絞り出したような声を上げ、吹き飛ぶ。
 前回の戦い同様、この絞り出されたような肉のない体のどこにそんな力があるのか分からないぐらいの威力である。
「ちっ、ハズレ引いちまったか? 魔法も使えねぇ、魔剣も使えねぇ、こんな奴と戦うなんざ、俺様の趣味じゃねぇっての」
「っく……。……いい、じゃんか。……私、頑張るから、さ!」
 起き上がったカナは、蹴られた脇腹を抑えながら『コーガディーガ』の愚痴に答える。
 そして、繰り出したのは突きの弾幕。毎度お馴染みのカナの戦法だが、この速度には普通の人間はついてこられない。
 ──そう。普通の人間ならば。
「はぁ……。……我が忌み名『コーガディーガ』。俺様は、この名を捨てるため戦う」
 その突きの弾幕を見た『コーガディーガ』はため息を一つ吐いた後、自らの忌むべき体を晒す。
 そして、その身体能力を持ってして掴んだ。カナの高速で繰り出される突きを。
「うわっ!」
「さぁて、楽しもうか。……『魔の無き者』よ」
・・・
・・
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