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小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)

五章 すべての終わり

「ここにいるはず。俺達の服が置いてある所だから」
「え? 他にも持ってるの?」
「寝る所と、着替える所と、食事をする所……えーっと……」
「持ちすぎよ……」
 指を折りながら数えるカイに、ユフィーの呆れた突込みが刺さる。
 シオンは素直にその事に驚いたようで、自分の所とどちらが多いかなと持つ者の考えでそれを聞いていた。
 そして、カイが案内した小屋の扉に手をかけ、ゆっくりとその中身を見せるとシオンとユフィーは見事に固まった。
 ――三人の、あまりにも場所はずれな服装に。
「あ、ユフィーちゃんにシオン君だ。やっほー」
「うぅ……」
「あ、カイ! ねね、今回の似合う?」
 固まってしまったユフィーとシオンに構わず、カナが元気に手をあげながら手招きする。その隣にいたリィナは、やはり短い裾を手で隠しながら恥ずかしがっていた。
 ユリなどは、もう一切カイ以外が目に入っていないようで、所構わずカイに抱きついている。
「あ、そうだ。ユフィーちゃんも一緒に着ようよ! 可愛い服見つけたんだー!」
「え? え? え? ちょ、ちょっと、カナ!?」
「おっ着替えだー!!」
 そう楽しそうにカナは叫びながら、未だ困惑から抜けきっていないユフィーを連れ、衣装部屋の奥へと引っ込んでしまう二人。
 それを呆然と眺めながら、シオンはようやく声を絞り出すことが出来た。
「……なに……これ……?」
「ユリの趣味。暇な時にこうやって服を作ってる」
「うん! でさでさ、似合ってる?」
「ああ。凄く似合ってる。でも、少し幼い感じがする」
「おお! さすがカイは分かってるね!」
 そんな双子の兄妹を見ながら、シオンは本日何度目になるか分からないため息を吐く。
 だが、そんなシオンにかなりの無理難題が降りかかってきた。
「あの……シオンさん……」
「ん? あ、リィナ。何か凄いことになってるね。あんまり見た事のない格好だし」
「はい……エスカレルニアでも珍しい地方の服装ですし。まあ、可愛いのは可愛いんですけど、自分で着るとなるとちょっと……」
 服の裾を指で弄りながら、語尾がどんどんと小さくなっていくリィナに、シオンは思っていることを素直に言う。
「何言ってるのさ。似合ってるよ。十分過ぎるぐらいに可愛い」
「か、かわっ!」
 ボンッ。
 今度はリィナがそんな音を立てて、顔を真っ赤にさせて固まってしまう。。
 自らの方を見つめたまま、目がぐるぐると回ってしまっているリィナに、シオンがどうしようかと悩んでいるとユフィーとカナが消えていった奥から声が聞こえてきた。
「だーかーらー、可愛いんだからいいじゃん! 足も綺麗なんだし、ばばーんと見せとかないとさ!」
「だからって短すぎるわよ! ほとんど見えてるじゃない!」
「見えない見えない。だって、こういう時には見える物も見えなくなる光の加減って奴があって……」
「どういう事よそれ! って、見えなくなることは必然じゃないの!?」
「もう、だーいじょうぶだって! シオン君とかも喜んでくれると思うよ?」
「なっ!」
「しめた!」
「キャァァァ!!」
「何してるのさ……」
 聞こえて来ていたそんな声に、シオンは頭を抱えて一人沈む。
 話の状況から察しても、これからの反応次第では、全身氷漬けになってしまうこともありえるからだ。
 だが、腹は括らなければならない。たとえどんな結果になっても。
「……ど、どう///?」
 少しだけ決意を固めていたシオンの前に現れたのは、頬を桃色に染めながら、そんな魅惑的な言葉を口にするユフィーだった。
 おそらくカナにやられたのであろうが、大胆に開けられた太股のスリット。ユフィーの生み出す氷の魔法に合わせたのだろうか、淡い水色の色を基調とした体にぴったりとしたドレス。そのドレスの端々には金色の刺繍が施されており、それがアクセントとなっていた。
「…………」
「な、なによ。何とか言いなさいよ……///」
 終始剥き出しになった太股を気にしているようだが、逆にその姿がシオンに大ダメージを与えている事を彼女は知らない。
 髪はいつものツインテールだが、その根元は微妙に小さく団子状に巻かれており、それを留めておくために白色のくしゃくしゃとした布が巻かれている。そのせいか、いつもより垂れた髪の束は短い。そして腕には星が形どられたブレスレットが巻かれており、その存在をささやかに主張していた。
「……に、似合ってる……すごく……ほんと、可愛い……」
 声を絞り出すかのように、シオンは何とかユフィーへの服装の感想を口にする。どこか無表情に近いのは、顔が真っ赤になるのを防いでるのだろうか。
「っ!」
 だが、ユフィーは喜色の笑みを浮かべながら、くるぶし付近までしか覆う所の無い少しだけ踵が高い白い靴を鳴らしながらシオンに迫る。
「ほ、ほんと!? 本当の本当に!?」
「……うん。う、嘘言う必要なんか……無い……じゃないか……」
「?」
 シオンは焦っていた。
 ただでさえユフィーは、ぴったりとしたラインの浮き出るドレスを着ているのだ。
 普段の服ではよく分からないが、ユフィーの女性としての体型は魅力的だ。出ている所は出ているし、出ない所は出ていない、理想の体系であることは確かである。
 そして、その体がシオンの体に触れている今、シオンはどうしていいか分からなかった。
「あのさ……ユフィー。……その……近いんだけど」
「っ!!」
 絞り出したシオンに言われて、ようやく気づいたのだろう。
 耳の先まで真っ赤にしながら、かなりの速度で後ろに飛びすさるユフィー。
 そして、そのままリィナと同じようになるかと思われたユフィーだったが、カナの笑い声によってそれは無くなった。
「あははは! ユフィーちゃん可愛いー! 顔真っ赤だよー!」
「っ///! うる、さい!!」
 ガィン!
「いぎゃっ!」
 カナの頭を殴り、それ以上の発言を封じるユフィー。
 だが、それでもカナのニヤけた顔は無くならなかった。
「よっぽど死にたいようね……」
「こわっ! ユフィーちゃんこわっ!」
 ユフィーの手を中心に、小規模の氷嵐が巻き起こる。先の戦闘で魔力切れし、今もほとんど回復していないと言うのに、キレているときはそのリミッターが簡単に外れるらしい。
 そのままカナに放たれようとしていた氷嵐だったが、それをみすみす見逃すシオンでは無かった。
「待った待った待った! 今はそんな事より、聞いておかなくちゃいけないことがあるんだから!」
「……ふん……」
「ぷふぅー……。た、助かったー」
 シオンの訴えを聞き入れたユフィーがその氷嵐を解除すると、カナが止めていた息を吐き出して人心地つく。
「そうだな。俺たちにも、提案がある」
 なぜか背中にユリを乗っけているカイが、そんな真面目な声音でシオンの台詞に答える。背中にもたれ掛るようにして居座っているユリは、何とも言えない蕩けた顔をしているために締まらないが。
「俺たちには、お前たちに伝えたい、伝えてほしいことがある」
「僕たちには、君たちに聞かなきゃいけないこと、聞いてほしいことがあるから」
 二人はほぼ同時に、同じようで同じではない台詞をゆっくりと噛み締めるように言った。
「そうか……。なら、少し落ち着いて話でもしよう。すまないが、そこにある布を取ってくれないか。俺はこの通り動けないから」
「あ、まあ、そうだよね。ええと、この立てかけてる奴でいいのかな?」
「頼む」
 良い言葉で締めくくったのはいいが、ユリに抱き着かれて動けないカイが言った台詞に、シオンは呆気に取られながらも従う。
 そして生まれたのは沈黙。
 六人全員が床に敷かれた布の上に座り、黙っている。
 さらに、この場にいる男以外はかなり奇っ怪な格好をしているので、なかなかに締まらない異質な雰囲気が流れていた。
「本題。行こうか」
 そんな雰囲気の中、特にためらいもせずにカイがそう一番に切り出した。
「うん。じゃあ、どっちから行く?」
「もちろん、こっちから。ユリ」
「うにゃあ?」
 シオンの提案にカイは答え、話を始める際にユリに声をかける。
 だが、その当人は抱きついていたことで眠くなったのか、ほとんど寝ていた。
 寝起きの変な声を出しながら、カイの言葉に答えて話に参加するユリ。
「こっちからの伝えたいことは、聖霊の事について。伝えてほしいことは、今の話をありのままこの国の王に。そして、先刻の騎士団襲撃、誠にすまなかったと」
「伝えてほしいことについては分かった。きちんと伝えておくよ。で、聖霊のことだけど……」
「ユリ」
「はいはーい。フレイヤは熱い奴で、アクティアはずっと笑ってる。アイシーとウィンディアは会ってるから分かるよね? ロイスは堅物。サンディアは早口。ブリネスアとダルネスアはユリたちと同じで双子だね。エヴィデンスは古い。ってか古風」
 そんな事をいきなり早口でまくし立てるユリ。
 指を折り込みながら思い出すように、聖霊の性格を的確に一言で言っていった。
「ユリ。性格じゃない」
「え? じゃあ何?」
「……やっぱりお前たちが先の方がよかった」
「ははは……」
 妹のその天然っぷりに、兄は辟易しながら過ちに気づく。
 その呆れた雰囲気を全面に押し出すカイに対し、シオンは乾いた笑いしか出なかった。
「じゃあ、僕等の方を言わせてもらうね? まあ、質問みたいだから答えやすいだろうけど」
「分かった」
「まずは聖霊の事について。僕等は代行者と選定者っていう事は聞いたけど、他には何かあるの?」
「ない」
 シオンの質問に、かなりの早さでカイが即答する。
 その事にシオンが少し面食らっていると、代わりにリィナが答えた。
「え? ないんですか?」
「ないものはない。聖霊と人間の関係なんてそんなもの。選定者って言っても、ほとんど聖霊たちの気まぐれ」
「……気まぐれで選ばれたあたしたちはどうなるのよ」
「心配ない。お前たち三人はきちんと好かれている。それに、お前については最初から決まっていたこと」
「え? 僕が?」
 指を指されたシオンが少し驚いていると、カイのその言葉をユリがついだ。
「ここからはユリが話すよ。『時』は魔法の中でも異質なの。他の例えば『氷』や『風』。これらは必ず相克の関係があるでしょ? あまり知られてないけど、考えてみればすぐにわかる奴が」
 炎なら水。土なら風。氷なら雷。闇なら光。
 ユリ言う通り、魔法は森羅万象を崩すものといっても、やはり自然の物。
 メアとの共闘の際でも、シオンはその事に気づき風に氷をのせて巨大な吹雪を作っている。だからこそ、ユリの言葉はシオンたちにはすんなりと伝わっているのだが。
「うん。それは分かる。さっきの戦闘でもそうだった」
 土の棘を、風化させたように。まるで、時を早め、寿命を縮めたかのように──。
 自分で魔法を放っておきながらそう思うシオンだが、実際はなぜそうなのか、自分でも知りたがっていた。
「時はすべての事象を早め、戻す力がある。だからこそ、時はすべての魔法の『上位』にあたるの。炎は燃え尽きさせちゃえばいいし、氷は戻して水にしてさらにはその存在すらもなくなるから」
 そこでようやくカナとリィナは気づいたようだ。
 すべての物事を早め、戻すことのできる時にかかっては、どんな魔法も無意味だということに。
 ──最強だということに。
「ま、その分ヤバいんだけどねー。下手したら死ぬし」
 だが、その軽い感じで発せられたユリの言葉は、そう思っていたカナとリィナの声をあげさせた。
「え? じゃあシオン君死んじゃうの?」
「それは嫌です!」
「こらこらこら。下手したらって言ったじゃん。時の魔法はその魔法を大きくすればするほど、影響が大きくなる。そしてそれは、使用者の魂を削るの」
 魂を削る。
 口にすれば簡単だし、理解も出来そうな言葉ではある。
 だが、シオンとユフィーはその事に戦慄を覚えていた。
「じゃあ、下手したら死ぬって言うことは……」
「多用すれば命が無いって事なのね……」
 元より、魔力は人の生命力が源だ。簡潔に言えば、それは体力に似ているもの。使えばなくなるし、休めば多少は回復する。
 聖霊はその魔力、聖霊の間では『器』と呼ばれるものを見極め、魔法を扱ってもいい人物か、魔力を体外に流しても壊れないかを見極めているのだ。
 そして、その『器』と呼ばれる魔力を使用して聖霊と共に発動するのが魔法であり、聖霊の住む魔剣に触れるために必要不可欠な鍵であり、防護膜なのである。
 だが、時は違う。
 発動の際に消費するのは、使用者の『器』自信。変換された魔力単体ではなく、魔力を生み出す生命力そのもの。それはつまり、生命力を、人の命を使っていることに等しいのだ。
「そういうこと。だから気をつけてね? あと、大きな力を使う時はしっかりと意識を保つこと。意識を失った瞬間にぽっくりいっちゃうからね」
 何とも明るい調子で言っているが、その内容はかなりとんでもないものだ。
 まあ、はっきりと死ぬと言っているようなものなのだから、当然と言えば当然のことなのだが。
「分かった。善処しておくよ。で、次の質問なんだけど、君たちは彼らの事を知ってるの?」
 先ほどの戦闘を思い出し、少しだけ悲しそうな顔をするシオン。
 その反応に、カイは対照的に淡々と答えた。
「知らない。クロストティアも、噂だけしか知らない」
「そっか……」
「あ、そうそう。体の中に『時の証(エヴィデンス・クロック)』とエヴィデンスがいるんでしょ?」
 ユリが急に何かを思い出した様で、手をポンと叩きながらシオンへと語りかける。
「うん。君のお兄さんにそう言われた。でも、慣れれば取り出すこともできるって……」
「無理だよ」
「え? 無理って……」
「ユリは光の巫女だもん。聖霊とお話ぐらいはできるよ? それで、エヴィデンスが言ってる。『今の君の体に心臓はまだない。取り出すのは、まだ先』だってさ」
 声マネでもしているのだろうか。
 その言葉の部分だけ、ユリの少しだけ高めの声が高く幼い声になっている。
 だが、その言葉に驚いたシオンは自らの胸に手を当て、心音を聞く。
 聞こえるはずのない心音を──。
「え? でもでも、シオン君は生きてるよ? なんで……」
「時の聖霊が生かしてるの。この子は死んじゃいけない。だって、あのクロストティアたちを止められるのはこの子しかいないから。時の魔法って言うのは、本当に特別なの」
「……うわぁ……いきなり世界の命運みたいな事とか背負っちゃったよ」
 カナがそう反応するのも無理はない。
 今目の前にいる男の子が、そんな命運を背負わされていることなど知らなかったのだから。
 だが、当のシオンは聞こえない心音を聞いてもある程度平然としていた。
「分かっていたんだ。でも、どこか信じられなかった。……だから、僕は戦うよ」
 そして急に語り出す。
 今まで旅してきた仲間に向かって。最後の戦いへの誘いのために。
「体の事何かどうなってもいい。僕は助けたいんだ。分かってほしいんだ。彼らに、世界は絶望するだけじゃないことを」
 手を握り締め、『コーガディーガ』や『ヒーナス』が言った言葉を思い出すシオン。
 気づいてほしいのだ。手を差し伸べてくれる者がいることに。すべてを憎むのは筋違いだということに。
 ――希望があるということに。
「だから僕は、彼らに会いにいく。戦いになるかもしれない。殺し合いになるかもしれない。けど……僕は行かなきゃ。……未来を背負う者として、ね」
 そのシオンの決意に、一番初めに声をあげたのはやはりと言うかユフィーだった。
「そうね……。あたしはあんたに元々ついていくつもりよ。仇もいるみたいだし。大丈夫、殺しはしないわ」
「私もですよ。乗りかかった船です。最後までいかないと気持ち悪いじゃないですか」
「私はそんな大層な事もできないし、大層な事も思っていない。でも、ついていくよ。楽しそうだし」
 頼もしい仲間の、友達の合意を聞いて、シオンは真っ直ぐに双子を見た。
 聖霊の代行者たる双子を。すべてを教えてくれた、恩人を。
「僕等は戦う。そして、終わらせる。憎しみなんて心、人はいつまでも抱えてちゃいけないんだ」
 シオンたちの決意を聞き、その瞳を見つめながらも、カイはあえて厳しい言葉を投げかける。
「……御託はいい。どうやってそれを相手に認めさせる? どうやって、あいつらに会うんだ?」
「それなら手立てがあるんだ。調べてきてもらったルナニスクルメアの組織拠点……それが書かれた地図がここに、ね?」
 少し含みのある笑みを浮かべながら、シオンはクーから貰った地図を広げる。胸に穴を開けられたシオンだったが、復活した際にボロボロだった服も戻っていたため、無事だったのだ。
 残る五人はその地図を見つめ、その場所を確認する。
 約一名、人の背中に乗ってだらしない顔をしている者は除くが。
 そして、その拠点の場所を見つけたユフィーが、不敵に笑った。
「なによこれ。結構な王道って感じじゃない?」
「なんだっけ。馬鹿と何とかは高い所が好き、だっけ」
「アホ、じゃなかったですか?」
「……煙」
 その場所に気づいたカナとリィナが、エスカレルニア王国に伝わる言葉を使ってその状況を説明しようとする。だが、結局は間違っていたようで、カイが少し呆れながら短く正解を言った。
「うん。まあ何とも分かりやすいというか、何というか……」
 シオンは半ば呆れぎみに地図に書かれた場所を指差す。
 その指が指し示した場所は、山。正確には、その山に築かれた砦だった。
 周囲に何もない、閑散とした場所に立つ砦。そこは明らかに、魔物を隠し研究するためにはもってこいの場所に見える。
「ま、問題はそこにどうやっていくか、かしらね」
 ユフィーが口元に手をやって、拠点に向かうまでの道のりを考え始める。
 山の上に築かれた砦が拠点ということは、そこに至るまでの道はほぼ一歩通行の山道だ。
 それはつまり、熱烈な歓迎が待っているということである。
「強行突破って訳にも行かないし……んー……」
 何も案が浮かばないようで、シオンは頭を抱えてしまう。
 だが、そのシオンを見ながらカイが思いがけないことを口にする。
「そこの風に頼めばいい。風を使って浮かべばいい」
 リィナをゆっくりと指差し、ある意味でそんな爆弾発言を投下するカイ。
「へ? そ、そんな事が出来るんですか?」
「あ、そうか。リィナが帝国に来た時もそんな感じの話をしてたね。だから帆船も無しに海峡を渡れたんだよ」
 驚くリィナに、シオンの納得した声が上がる。
「う? あ、いや、話がよく分かんないんですけど……」
 驚き、狼狽するリィナを尻目に、カイが風の使い方を伝え始める。
「大丈夫だ。制御に関しては俺が教える。……風を足に集中させて、そのまま維持。で、その範囲を広げる。その密度をあげる」
「足に風を……」
 いつの間にか始まっていたカイの魔法の制御についての講義に、リィナは少し遅れながらもカイの言葉に耳を傾ける。そのおかげと言ってはなんだが、他の面々は蚊帳の外になってしまった。
「……あたしも頑張れば帆船無しに大陸を渡れるかしら?」
「ユフィー? 急に何を言い出すんだい?」
 風邪を使って海峡を渡れるのであれば、自分の氷を使って海峡を渡ることも可能なのではないか。
 そんな悪戯心満載の好意を思いつき、まじめにその行為について思案しだすユフィーに、シオンが珍しく半眼になりながらユフィーを見つめる。
「海を一面……いいえ、あたしの周りぐらいだけでも凍らせれば、問題ないのかしらね?」
「……さすがに無理だと思うよ……」
「えー、でも出来たらかっこいいじゃん」
「カナ……そう言う問題じゃないんだよ」
「……次の機会があれば試してみようかしら? でも、波が厄介ね……。凍らせ続ければ何とか……」
「ユフィー……君は何と張り合ってるんだい?」
「あたしよ。あたしはあたしと戦ってる」
「──いい心がけだね」
 風邪を使って海峡を渡れるのであれば、自分の氷を使って海峡を渡ることも可能なのではないか。
 そんな悪戯心満載の好意を思いつき、まじめにその行為について思案しだすユフィーに、シオンが珍しく半眼になりながらユフィーを見つめる。
 そんな会話に、一瞬だけ話に混じったカナだったが、今はリィナの周りで渦巻く風に興味津々の様子だ。
 それを見ているシオンとユフィーは、地図を改めて見直した。
「どうする? もし仮に空からいけたとして、どういう突入をするか……」
「周りにある崖を使えばいいんじゃない? ここから、ここ。そして、ここ」
 地図にある山の周囲にあった崖を指差し、そこを基点に出発するようにユフィーの指が地図を撫でる。
 そして最後に指差したのは、砦の南門。つまりは裏門だった。
「なるほど。浮いていけるんなら、最初からそうやって行く方が得策か……」
「ええ。何かが飛んでくるのならあたしが潰すし」
「リィナには制御をお願いしないといけないしね」
「確かにそうだね。先陣はカナにお願いするとしても、槍一本だから」
「……だから守るわ。あんたもカナも、リィナも」
「ありがとう。でも、僕だって守るよ? 絶対にね」
「ダメよ。あんたは万が一の事があったら死んじゃうじゃない」
「死なない。確約のできなさそうな約束だけど、僕は絶対死なない」
 皮肉を込めた笑みを浮かべるユフィーに、シオンは真っ直ぐに語る。
「……確約ぐらいしなさいよ。絶対なんでしょ?」
 間が開いた後に、ユフィーが声を震わせながら言う。
「……ごめん。何か言いたいことがバラバラだけど。でも、僕は自分が犠牲になってまでみんなを助けるなんてつもり、もうないから」
「今までは思ってたの?」
「うん。死にかけるまではね。でも、死にかけて分かったよ。僕が死んだら、結局は泣く人がいる。笑顔に出来てないってね」
 薄く笑いながらシオンは語る。
 感じたことを、ありのままに。
 それにユフィーも合わせた。
「あたしも最近は変わってきてると思うわ。もちろん、ミーナを殺した奴は許せない。でも、それは相手が魔物。いくら操っているんだといってもね」
「そうだね。いくらユフィーでも、魔物を駆逐するなんてできっこないだろうし」
「試してみる?」
「やめてください」
「ふふ……。でも、シリアナ王に会って分かったの。あたしの生きる意味は、そんなものじゃないんだって。もっと大きな所があるんだって」
 ユフィーはシオンの目を見ながら、今までの気持ちを打ち明けていく。
 その視線を、シオンも真っ向から受け止める。逃げることは出来ないと、分かっているから。
「うん。僕も変わった。帝都崩落の頃からだけどね。でも、僕の決意が、誰かを守りたいと思ったのは、最初からユフィーとミーナのおかげさ」
 シオンが出会った頃を思い出す。
 あの頃は、シオンは極力王子であるという事を隠しながら旅をしていた。だが、一人で、しかも子供が簡単に生きていけるほど世界は甘くない。
 そんな時に、シオンはユフィーの村に辿り着いたのだ。王子ということがバレた状態で。その理由は、その見つけた人物が帝都にも出入りする人物で、帝都でのシオンの人気ぶりと顔を覚えていた人物だったからと言う、ある意味自業自得なものであるが。
 そこでシオンは村の人々の暖かさに触れ、ユフィーとミーナに出会った。
 印象はあまり無かったが、仲のいい女の子たちだと思っていた。平穏を満喫する、民と認識していた。
 しかし、そんな平穏は崩れた。魔物によって。
「あの時は、僕は本当に何も出来なかった。無力だったんだ。だから、誰かを守れる力が欲しいと、そう強く思ったんだ」
 燃える家。泣く人々。
 その凄惨な光景を見たシオンは、思わず立ちすくんでしまった。
 たとえどんな稽古は受けていても、その頃のシオンは実戦などしたこともない。魔物ですらも、殺したことが無い。
 そんな若い少年が、その光景を見て動けるはずが無かった。
「あの時は騎士団の到着も早くて、奇跡的に死んだ人はいなかったけど。でも、それでも僕を変えるには十分だった」
 固く手を握り締め、その時の光景の歯痒さに自らを責めるシオン。
 だが、今その手には優しく、そして暖かな人の手が重ねられていた
「……なにも、あんた一人で背負わなくていい。あれは、仕方のないこと。だって、誰も死んでないんだから。形ある物はまた作ればいいんだから」
「けれど僕は自分を責めた。いずれ、あの国を背負っていく者として」
 手を振り解こうとはせず、ただ、握り返す。
 そうしていないと、どうなるか分からなかったから。
「……なら、あたしたちにも背負わせて? だって、仲間なんでしょう?」
「……うん、分かった。でも、きちんとする所はきちんとさせてほしいかな?」
「分かったわ」
 少しだけ迷ったように間を開けたシオンだったが、最後には優しく笑いながらユフィーの手を握る。
 今度は、危なっかしい雰囲気は無く、ただ、信頼するように。
 仲間がいる暖かさを、確かめるように。
 その握ってきた手を、ユフィーはただ優しく握り返した。
「今日はもう遅いわ。明日にしましょう? 全てね」
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