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小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)

四章 目覚める、時

「……ん……?」
 近づいてくる人の気配に、カイはゆっくりとだがその瞼を開けた。
 その数は三。闇の聖霊の力を借りることのできる彼だからこそ、その気配が掴めたのだ。
 闇は光に紛れて生きる。闇は光の影なのだから。
 だからこそ気配を読み、最高の場所に位置しつづけることができるのだ。
 その気配から少しでも遠ざかるために起き上がろうとしたとき、胸の中で幸せそうに眠る妹の姿が目に入った。
「……んみゃ……カイぃ……」
「おーきーろー、ユリー」
 兄の名前を寝言で呼びながら眠る妹の頬を、いろいろな方向に引っ張りながら起こそうとする。
 すると、普通は簡単には起きそうにはないこの行為で、ユリの目はパチリと覚めた。
「おはよーカイー」
「おはよ。早速で悪いが、お仕事」
「お仕事? あー、誰か来たの?」
「ああ。来たというか、来そう」
「じゃあいいじゃん。イチャイチャしてよーよー」
「駄々をこねない」
「ちぇー。……我、光の契約者なり。光よ、その身に宿りし清浄なる力で我らを癒せ。『聖光療(セント・トルイト)』」
 ユリから放たれた光の魔法は淡い白い光となり、二人を包み込んでいく。
 全ての傷という傷が癒され、体の汚れが浄化される。
「……もう。傷なんか無いくせに、毎回毎回何で頼むのかなー?」
「これがあると頑張れる。ユリの匂いがするし」
 頬をぷっくりと可愛く膨らませながら言葉を紡ぐユリに、カイはあえて臭い台詞を吐き、ユリの機嫌を図る。
「……う、上手いこと言ったつもり?」
「上手いこと言ったつもり」
 赤く染まったユリの頬にキスし、にっこりと微笑みかけるカイ。
 カイにとって、ユリは光だ。
 闇のある所に光は生まれない。だが、光があるから闇が生まれる。なら、その闇は自分だ。ユリという光を穢さないために生まれた闇。
 純粋な光にも、必ず闇はある。その闇を、カイは全て受け止めたのだ。
 最愛の妹を、闇という名の穢れに染めたくないがために。
 自らの幸福と妹の幸福、ただそれだけの些細な願いのために。
 唯一の肉親と、愛する者と一緒に、いつまでも連れ添って歩くために。
 そのために、カイは生きているのだ。
・・・
・・
・
 血生臭い。
 それが歩き始めた四人の共通の思いだった。
 歩けば歩くほどに強くなる血の臭い。そして、強まる異様な気配。
 その異質な雰囲気を発する元凶の下へ、シオンたち四人は確実に近づいていた。
「……この臭い……」
「……ええ。血の臭いね……」
「……うぅ。鼻が痛いです……」
「……魔物……じゃないね……この臭いは……」
 四人ともがほぼ同じ感想を漏らしながら歩く。周囲には最大限の注意を払いながら。
 だが、その所為で伝わってくるものがあった。シオンとユフィーは帝都で経験し、リィナとカナは初めての感覚。
 戦場の気配が。人が死んでいる気配が。血の気配が。この先に広がっている物を見るためには、それ相応の覚悟が必要だということを。
「……こんな……」
 シオン以外は、目の前に広がった光景に言葉が全く出なかった。
 真紅に染まる世界。ユフィーの魔法によって作られる世界が白銀だとしたら、今の光景は真紅だ。
 所々に飛び散った鮮血。土に染み込み、かなりのドス黒い色に変化している鮮血。
 そして、言葉を失う光景はもう一つあった。
「ほら、やっぱり来た」
「キャハハ。そうだねー、カイの言うことは正しいもん」
 真っ赤な血の海に浮かぶように、そこだけがまったく汚れていない木陰に、二人の若者がいた。
 一人は少しだるそうにした線の細い黒髪の少年。もう一人は、少年と全く同じ顔をしながらも楽しそうに笑う、髪の一部分が青く染まった少女。
 二人共スピリティア特有の尖った耳を持っており、瞳の色は全く同じ色の金色に染まっていた。
「……君たちは……?」
 その二人の異質な雰囲気に飲まれそうになるが、シオンはどうにか気を持ち直して質問する。
「……カイシア・クーリッヒ」
「ユリシア・クーリッヒだよー」
 少年はだるそうに、少女は明るく答える。
「僕はシオン・セナ・ファルカス。で、君たちはここで何をしてるの?」
「……寝てた?」
「うん。寝てたよ?」
 息のあった質問返しに、シオンたちは軽く脱力してしまう。
「っ、いや、そうじゃなくて。……君たちは、どうしてこんな所で、どうしてこんな事をしているの?」
「『てめぇらいい顔してるから来いよ』って気持ち悪い事言われたから。んで、話すのも嫌だったから無視してたら肩を掴まれた。そしたらユリが切れてそいつの首を跳ねたんだよ」
「……だって、ユリ以外の奴がカイの体に触れるなんて許せないもん」
「駄々をこねない。で、あっちも切れたから仕方なく殺した。弱かったからね」
 頬を膨らませて小言を発するユリに、カイは軽くユリの頭を小突くことでその小言を黙らせる。
 正直な所、ユリの小言は可愛いものなのだが、状況を想像してしまったシオンたちは苦笑いしかでなかった。それに加え、ユリはカイの腕に恋人を離さないかのようにしっかりと抱きついているのだ。
 その状況があまりにも異様で可笑しくて、シオンたちは普通の反応が出来なかった。
「ま、ほとんどユリだけどな」
「えー、ちゃんとカイも手伝ったじゃん」
 そう言って話す双子の仲は本当に良く見え、だからこそ、今この状況下で平然としていること自体ががおかしかった。
 だからこそシオンは声を出した。確認のために。そして、真意を問う為に。
「……君たちは……人を殺して平気なの……?」
「別に平気じゃない。俺等より、彼らが弱かった。だから死んだ。それに、俺たちはこれしか知らない。他に知っていることなんて、何もない」
 淡々とした口調で、そう呟いていくカイ。
 そのカイの言葉に、ユリも続く。
「それに、ユリにはカイがいればいい。それ以外は何もいらないの」
 カイに抱きつく力を強めながら、ユリはそう告白する。
 その思いを聞いたシオンは、次にこう質問した。
「……それはお互いがお互いを守る決意の表れって取っていいのかな?」
 随分と曲解した答えかも知れないけど。と、シオンは心の内で思うだけで口にはしない。なぜなら、自らの願う想いに、大切な人を守りたいという決意のために、そう質問したからだ。
 決意の答えが見つかるかもしれないと。
 だが、返ってきた答えは思いがけないものだった。
「……なんでもいい。俺はユリの闇で」
「ユリはカイの光だから」
 まったく同じ表情で、まったく同じ声音でそう言った双子の兄妹。
 そこには、表裏一体の切り離せない歪んだ絆があった。
「光であり闇である……表裏一体の存在……それがあんたたちなのね……」
「そうだ。俺の存在意義は闇の中で光を守ること」
「ユリの存在意義は光の中で闇を守ることだよ」
 ユフィーが確認のために発した言葉に被せるように、双子はそんなことを言う。
 光がある所に闇がある。闇がある所に光がある。そんな真理を、この二人は淡々と話したのだ。
 何の気概もなく、さも当然かのように。
「でも、そうなんだったら良い関係ですよね」
 そんな感心の言葉をリィナは告げる。
「だって、お互いがお互いのことを見て、それでいて助け合ったり守り合ったりしてる。とっても良い事じゃないですか」
 自らの意見を伝えようと、身振り手振りを交えながら話すリィナ。
 だが、そのリィナの率直な感想を双子は否定した。いや、兄が一旦否定したものを、妹が肯定したというべきか。
「そうじゃない、だって──」
「そうそう。そんな難しいこと考えないよ? ただ、ユリはカイが大好きだからこうしてるの」
 そう嬉しそうに言うと、ユリはカイに擦りつき始める。
「ユリにはカイがいれば良い。だって、愛してるもん。それ以外に理由なんて、理屈なんていらないもん」
 自分で言っておきながら、顔を真っ赤に染めていくユリ。
 しかし、それとは正反対にカイの表情はまったく変わらなかった。強いて言えば、言葉を被せられたことに少し目を細めた程度であろう。
「いい関係だねー。……あ。ねね、そういえば強いんだよね? ちょっと言い方は変だけど、これだけのことをやってのけてるんだもん」
 そんな二人を見つめていたカナが、唐突にそんな事を言い出す。
 普段の無邪気な元気一杯の笑顔ではなく、少しだけ目を細めた獲物を見つけた時のような目つきで、双子を見ていた。
 だが、その視線を向けられている双子は何も感じてはいないようで、ただ単にイチャついている。
 ──傍から見れば、ユリが一方的にカイの体にまとわりついているだけなのだが──。
「カナ? 一体何考えて──」
「勝負しよう!」
「──るのってえええ!!!」
 シオンの訝しむ声の間に、カナがそんな爆弾発言を投下する。
 クーに話を聞いていた時には、カナは戦いたい素振りは見せていたが、それでもカナの興味は『狂乱の狂双子』と言うものに向けられていたはず。
 リィナが勝負を吹っ掛けるのなら分かるのだが、カナが勝負を吹っ掛けたことにシオンは驚いたのだ。だが、カナはそんな事はお構いなしに背負っていた愛槍、レストーションを構えて双子を見つめる。
 その行為を、武器を構えたカナを見返す双子。だが、その目は何とも言えない雰囲気を帯びていた。
「カナ! 何言ってるんだよ! 僕等はそんな事しにきたわけじゃ無いんだよ!?」
「いいよー。じゃあユリが相手ね?」
「って、こっちもこっちで簡単に認めるねまったく!」
 目つきをカナと同じ獰猛な物に変え、未だカイに抱きついたままだがそう答えるユリ。
 そして、シオンの制止の言葉、ツッコミの言葉も意に介さずカナとユリは二人、歩き出した。
「ああもう! 何でこんなことに……」
「いいじゃないの、放っておけば。ああでもしないと気が収まらないんじゃない?」
「……うー。カナさんの戦いぶり、前はあんまり見れなかったので今回はじっくり見ます……」
 シオンの焦りの声に、ユフィーはどうでも良さげな声を返し、リィナは少し唸りながら前を見据える。
「……仕方ない。ユリだから」
「うわぁ! い、いつの間に!」
 突然隣で聞こえたぼそりとした声音に、シオンは体ごと驚く。
 だが、その声の主であるカイはそんな事を気にせずに会話を始めた。
「で? 何しにきた? わざわざこんな場所にくるなんて、どうかしてる」
 カイの言う通り、シオンたちが聞いた森はどんな交易の道にもあてはまらない、地図上の空白地点だった。
 それが分かっているカイは質問したのだ。目的は何だと。
「……僕等は君たちに会いにきたんだ。『聖霊の代行者』である君たちに」
「……それをどこで? いや、この国の王からか」
 シオンの言葉に、カイの眉が初めてピクリと動く。だが、思い立ったことがあったのか、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。
 そして、話はそこからユフィーに変わる。
「そうよ。そしてあたしたちはあんたたちに聞きたいことがあるの。魔法が使える者としてね」
「知ってる。氷で、風だろう? そして……まあいいか」
 ユフィーを指差し、次に身を乗り出しながら戦いが始まろうとする瞬間をまじまじと見ているリィナを指差す。
 そして最後に、シオンを指差した後にカイは珍しく少しだけ表情を動かすと、話すのを止めた。
「え? いやいやいや、止められると気になるじゃないか」
「うるさい。始まるから見てる」
「まぁ、見るけどさ……」
 少し怒りの色を浮かべたカイの雰囲気に黙り、 渋々と言った様子で、少しだけ口元を尖らせながらシオンは二人の様子を見つめる。
「武器は何使うの? 私は当然、これだよ!」
 頭の上でレストーションを一回転させると、足を大股に開いた状態でどっしりと槍を構えるカナ。
 その構えを見て、ユリは数瞬悩んだ後ゆっくりと口を開いた。
「……本気でいっていいんだよねー?」
「もちろん! ってか、本気できてくれないと悲しい」
「じゃあいくね♪ ……おいで? 『ライトディボルス』」
 淡く光る白色の異質な光がユリを包み込む。
 それを振り払うようにユリが大きく手を振った瞬間、その光は消え、ユリの左手には淡く光る白色の剣が握られていた。
 ユリは、その剣を地面に突き立てるように下に向けて構え、カナを見つめる。
 その瞳には、完全に挑発の念が込められていた。
「…………」
 だが、カナは黙っている。
 戦闘に入るために、かなり集中しきっているのであろう。あの時のようなことは、大音量の声量で巻き起こすものは起こらない、と見ているシオンたちは思っていた。
 そう、思っていた。
「……んじゃ、いっくねー」
 そんな事を知らないユリは、先手のために動き出す。
 動き始めた足を止めることは困難だ。普通に考えれば。
 だが、その動き出した足を、今の今まで黙っていたカナは簡単に止めた。
 ──その声によって。
「すっっっっっっごーーーーーーい!!!! 魔剣だよ魔剣! 私の人生の中で二本目の魔剣! ってか、最近すごいことありすぎーーーー!!!」
「「っ!!」」
「「「…………」」」
 完全に予期できなかった双子は、その大音量の声に驚いて耳を抑える。
 だが、残る三人は、ユリが動き出した瞬間にプルプルと震えていたカナの姿を見られたために、最初から耳を抑えることに成功していた。
 ユフィーだけは顔をしかめているが。
「すごいすごいすごい! じゃあ戦おう。ほんとにすごいもん!」
「うっ……。頭がクラクラするよー」
 頭に手を当てながら少し体をフラつかせているユリ。
 だが、すぐにユリの持つその凶刃はカナに迫った。
 ガギン。
 鈍い音をたてながら、カナのレストーションとユリのライトディボルスが交差する。
 飛ぶようにして移動したユリが、空中に浮いたまま体ごと跳んだエネルギーを乗せて斬りかかったのだ。
 その斬撃を、カナは鉄槍であるレストーションを活かし、槍全体に生まれるしなりで受け止める。
 そしてそのまま槍を回転させて、ユリの体を上方に突き飛ばした。
「あっぶなー……。早すぎでしょ、その動き」
「そんなことないよー。だって、ユリよりカイの方が強いもん」
 危なげなく地面に着地したユリは、油断なく槍を構え直したカナを睨む。
 しかし、不意にユリはカイの方を向き、笑いかけて手を振る。まるで、カイがユリの事を見ているのを確認するかのように。
「こっち向いてるわよ、あの子」
「そうだね。と言うより、二人共すごい……」
「ほんとにすごいです……。あんな動きが出来るなんて、ほんとにすごいです……」
「……どっちも頑張れ」
 外野の四人が口々に一連の行動に言葉を漏らす。
 ギィン……。
 感想の言葉を交わしている間にも、カナとユリの戦闘は続く。
 それを見たユフィーは、カイに質問を投げかけた。
「そう言えば、あんたたちは何であたしとリィナの魔法が使えることが分かったの? 見たところ、何も特別な事はしていないようだったけど……」
「簡単。魔力を見ただけ。それにあれもあったから」
「あれ? ああ、風燐華ね」
 カイがリィナの腰にある刀を指差し、その原因を語る。
「あんなもの、簡単にぶら下げてたら誰でも分かる。それに、お前たちが言ったように俺たちは聖霊の代行者。分からないはずが無い」
「……それなんだけど、聖霊の代行者っていうのは何なの? あいつらは自分の事を選定者と言っていたけど」
「それであってる。そして、それが魔法を扱う要。鍵だ。聖霊に気に入られる。これが重要」
「確かにそんな事を言っていたけど――」
 ドゴォォォン!!!
 すさまじい爆音が鳴り響き、ユフィーの言葉を途中で遮ってしまう。
 その音が鳴った方向を見ると、カナとユリの戦っている所の真ん中に、大きな穴がぽっかりと開いていた。
 ちょうど切り結んだ後だったために直撃を免れたのであろう。その開いた大きな穴をみつめ、二人は呆然としている。
 ガラガラガラ……。
 穴の周りにできた土くれが音を立てて崩れ、その中からある物が現れた。
「グルルルル……」
 唸り声と共に現れたのは、巨大な体躯を持った漆黒の毛並みを持つ異形の獣。鋭く光る牙を剥き出しにし、ありえない方向に飛び出る無数の爪。その一つ一つが、命を刈り取る光を放っていた。
 赤く滾った目は真っ直ぐに、ある者を捉えて離さない。
 カイと話していたユフィーを。ただ真っ直ぐに、他の者には目もくれず。
「あたし?」
「ユフィー!」
 今までの魔物に関しての流れとして、自分が狙われると思っていたシオンは身構えていたが、それこそが慢心だった。相手は魔物。シオンの言う通り、精神操作でもされているのなら襲う対象を変える事は可能なのだ。
 そして、何の身構えもない、さらに言えば後衛であるユフィーに、疾駆する巨体を避ける術は無かった。
 その事にシオンが叫び声を上げ、助けに入るために体を動かす。だが、届かない。
 魔物の俊敏な動きに、普通の人間が勝てる訳が無いのだ。
「ガァァァ!!」
「うるさいな。まったく」
 今まさに飛びかかろうとしていた獣を、ユフィーのほぼ隣にいたカイが気だるそうな声と共に両手を掲げる。素手ではとても止める事の出来ないと思われた重量の突進を、カイは掲げた両手でしっかりと、そして難なく受け止めていた。
 その手の先に、闇色の光を携えながら。
「『コーガディーガ』か……。何でこいつがこんな所に」
 カイは魔物の名前を呟きながら、必死にカイを噛み千切ろうとするその牙を弾いて距離をとる。
 そして、始めて表情を変えた。
 ユリやカナが浮かべたものよりも、さらに凶悪で獰猛な笑みに。楽しそうでいて、嬉しそうでいて、悦んでいるような笑みに。
「……だが、俺の前に出たからには殺す。……行くぞ『ダークディボルス』」
 薄く光る闇色の異質な光がカイを包み込む。
 それを振り払うようにカイが大きく手を振った瞬間、その光は消え、カイの右手には鈍く光る闇色の剣が握られていた。
 ユリとまったく同じ形をした、しかし色と雰囲気のまったく違う魔剣が。
 その剣を掲げ、カイは叫ぶ。魔法の呪文を。
「……引きずり込め、闇の引力の力を持って。敵を地面へ縫い付けろ、闇の引力! 『重力の鉄槌(グラヴィティ・ミョルニル)』!」
 一瞬だけ瞬いた黒色の光は、何事もなかったかのように剣に飲み込まれる。
 だが、その魔法は標的に届いていた。
 ズズン……!
 コーガディーガの巨躯が、盛大な音と共に地面に縫い付けられる。
 体中の骨という骨が悲鳴を上げ、体の上から少しずつ圧力がかかっていく。この力こそが、闇の魔法。重力と影を操る、暗き魔法だ。カイがコーガディーガの巨躯を難なく受け止めたように見えたのも、相手の重力を制御し、その力を霧散させたからである。
 だが、その圧力を持ってしてもコーガディーガは動くのを止めなかった。
「グガァァァ!!」
「うるさいんだよ」
 いつの間に移動したのか。
 コーガディーガの丸い鼻を蹴り飛ばし、自慢の牙を踏み潰す勢いで踏みつけるカイ。
 ただでさえ自らのかけた魔法で、コーガディーガの体は押しつぶされているのだ。まるで熟れた果実のように、その牙は見事に砕けた。
 そして、そこからは、蹂躙が始まる。
「ククク……なぁ、もっと強いんじゃないの?」
 剣を振る。
「ハハハハ……もっと動けよ。俺の前に出てきたんだから」
 裂傷が刻まれ、鮮血が飛び散る。
「あっはっはっは! もっと鳴けよ! もっと、もっと、もっとさぁ!!」
 何が彼の気に触れたのだろうか。それすら分からぬユフィーやシオン。まだ彼らより遠くにいるリィナやカナも、驚愕に目を見開いていた。素っ気ない態度ながらも、どこか雰囲気の柔らかかった少年のその変貌ぶりに。
 返り血を体に盛大に浴びながら、コーガディーガの体を切り刻んでいくカイ。
 その手に持つ闇色の魔剣は、そのカイの笑い声と血を浴びながら、その色を更に濃くしていった。
 その間も、カイの笑い声と蹂躙は止まない。
 相手が絶命していると分かっていても。
「……止めてよカイ……。戻ってよ……お兄ちゃん……!!」
 その狂っていく兄を、ユリが腰に抱きついて止める。
 涙で顔を濡らしながらカイをみつめ、その腰に抱きつく力を強めるユリ。
 すると、カイの笑い声が止み、いつもの無表情でユリの頭を撫でた。
「……悪いな。いつも」
「ううん……。ユリは、カイが戻ってきてくれると信じてたから」
 その双子の奇妙な一面を垣間見た四人は、まったく声が出なかった。

「ちっ、面白くねぇなぁ……。しっかし、あんな弱ぇもん送ってくんなってんだ。ま、俺様がちょっかい出してやるかねぇ。『目覚めよ、時ぃ』ってなぁ。クハハハハ……キヒヒヒヒ!!!」

 ドスッ。
「え?」
 シオンは急に生まれた自らの胸への衝撃に声をあげた。
 軽く殴られたぐらいの、何ともない衝撃。普通なら見逃しそうな衝撃だったが、その後に感じた熱さにシオンは声をあげたのだ。
「……な……んだ……これ……」
 胸に開いた穴に手を運び、その体を貫通した穴を塞ぐように手を重ねてみる。だが、そんなものは全く役に立たない。穴から飛び出した鮮血を見て、シオンは口からも血を吐きながら膝を折った。
 周囲の紅を、自らの紅で更に染めながら。
 その光景を目に止めた後、抗い続けていたシオンの意識は、プッツリと闇に呑まれた。
 ドシャッ。
「シオン!」
「シオンさん!」
「シオン君!」
 シオンが倒れたことに、三人が声をあげる。
 一番近くにいたユフィーは真っ先に駆け寄り、止血のために自らの服を千切ってシオンの体に開いた大穴に宛がう。
 だが、そんなものは所詮気休めにもならない。シオンの胸に開いた穴から流れつづける血を止めることは到底出来なかった。
 ユフィーは魔法を扱えても、回復させることなど出来はしない。彼女ができるのは、凍らせることしかできないのだ。
「どいて。ユリがやったげる」
 必死に止血を試みるユフィーの元に、ユリがそんな言葉と共に現れる。
 その自信のこもった言葉と有無を言わせない雰囲気を感じ取ったのか、ユフィーはシオンの隣から動く。
 しかし、シオンの体を一通り見聞したユリは驚くべき行動に出る。
「……光よ。その暖かなる力で、如何なる災厄からも守り、癒せ。『暖カキ巡リ(ヒネマ・アライト)』」
 ザンッ。
「がっ!」
 ライトディボルスを片手に呪文を唱えると、その光り輝く剣をシオンの胸に開いた穴に刺した。
 突然の衝撃に、意識の無いはずのシオンが声を上げ、その体を大きく跳ねさせる。
「ちょっとあんた! いきなり何してるのよ!!」
「何って、治療だよ? だってこの子、心臓が無いんだもん。って言うか、普通に考えて分かるでしょ。胸に拳がすっぽり収まるほどの大穴があいてるんだから」
「は?」
 ユリがライトディボルスの刺さったシオンの穴を指差す。
 だが、人の死体などろくに見たこともなければ、人に穴が開いている状態などに経験もないユフィーに、ユリの言う事が分かるはずが無かった。
「だから、ユリの魔剣で心臓の代わりをしてるの。これ以外の対処法なんて見つからないし。……この子だけは、死なせてはいけないって、私たちは知ってるから……」
「そんな……」
 ユリの最後の言葉の呟きは、シオンの容態の深刻さに下を向いてしまっているユフィーの耳には入らなかった。
「それより今は、他にやることがあるんだよ。だって、ほら」
 ザンッ。
 ドスッ。
 ゴシャッ。
 沈むユフィーがユリに促されて見たのは、仲間たちとカイが戦っている姿。
 一体目のコーガディーガを倒した後、更に現れたコーガディーガが群れを成して襲いかかってきていたのだ。
 まるで、シオンが倒れたことを境にしたように。
 リィナは飛びかかってくる一体を切り捨て、カナは自らの間合いの一番遠い場所から刺突の雨を振らせ、カイは魔剣から生み出した闇色の球体を放っている。
「ユリも行きたいんだけど、魔剣の制御はユリじゃないとできないし。それが分かっていて、カイも戦ってくれてるから。……だから、頑張って……?」
 少しだけ悲しそうな顔をしながら、ユリはユフィーに話しかける。
 そのいつもの明るい顔からは想像も出来ない悲しみの色に、ユフィーは少しだけ口をつむぐ。
 だが、すぐに仲間が戦う元へと走り出した。
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