小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)
三章 真実の一端
「「…………」」
荘厳な雰囲気の城の存在感に、ユフィーとカナは呆然と立ち竦んでいる。
対して、シオンとリィナの二人は何も感じていないようにその場に立っていた。
それもそのはずだろう。この二人に関しては王族と王国お抱えの客員剣士の家系に生まれているのだ。慣れていないという方がおかしいだろう。
一般庶民であるカナや、ただでさえ王国に来たことが無いユフィーにとっては、少々刺激が強すぎるのかもしれない。
「こちらになります」
ナリアの案内により城の中へと招かれる四人。
終始城の中身を面白そうに眺めていたカナ以外は無言で。
「うわ! ねぇねぇシオン君、メイドさんがいるよ! やっぱりシオン君の所にもいたの?」
「……カナ? 静かにね」
そんな軽い騒ぎを起こしながら四人が向かったのは、玉座。
謁見の場でもあり、この城の中心でもある。
「はっはっはっはっ! よく来てくれたな! 心から歓迎するぞ、王子よ!」
その玉座に座っていたのは長身で骨太の男。
『武王』とも呼ばれる、ここエスカレルニア王国の王だ。
シオンの父、クルトよりも若い印象を受けるその体からは、一種の威圧感を感じる。
右目に大きくかかる紫色の髪を揺らしながら、シリアナ・リース・フィールダーその人はシオンに手を差し出した。
「こちらこそ。突然押しかけてすみません。あと、王子っていう呼び方はちょっと……」
「む、そうか? なら殿下で良いか?」
「シオンでいいですよ」
「ふむ。なら俺もシリアナで良いぞ。堅苦しいのは俺には似合わない」
「ははは。でしょうね」
手を握り合いながらそんな会話をしている国王と王子。
話している内容としてはかなり軽いのだが。
その様を見ているユフィーとカナは、かなりの異次元な場所に自分たちがいることを理解し、若干身を引いていた。
「ん? おお、そなたはハーキュリーの所の娘ではないか。シオンと共に来たのか?」
直立不動で立っていたリィナの姿を、シリアナが見つけ手を差し出してくる。
「は! とある偶然により帝国に出向いておりまして、そこで出会いました。そこからは旅を共にさせていただいております」
リィナの口から飛び出たかなりの固い発言に、残る三人は驚き、シリアナは苦笑いした。
「やはりそなたは固いな。いや、あの男が柔らかすぎるだけか」
「兄様でしょうか? その男というのは」
「ああ。あの男と話すのは気が楽だ。後、心配しておったぞ? 急に王国から消えたこと、家出してきたことを」
「う……。あ、あれは……」
「まあいい。大筋は知ってはいるからな。そこで俺からの言葉だ。あまり気にしなくても良い。『そなたのしたいことをしろ。さすれば、必ず道が見える』」
「したいことをする……」
シリアナの口から発せられた威厳のこもったその声に、リィナはシオンの言葉を思い出す。
『それに、そういうのは贅沢な悩みって言うんだ。分からないなら、お兄さんがリィナの事をどう思っているのかを知りたいなら、全力でぶつかってみなよ。きっと、いい経験になると思う』。
その言葉がリィナの脳裏に流れ、決意を濃くしていく。
「……王。兄様が今どちらにいるかご存知ですか?」
「……ふむ。……あ奴なら確か、騎士団の団長であろう? 団舎にいけば分かると思うが?」
「分かりました。ありがとうございます。失礼致します!」
面白い物を見たというような目でリィナを見つめた後、シリアナはリィナに情報を与える。
その情報を聞いたリィナは、すぐに玉座から飛び出して行ってしまった。
「……これでよいな。若者の旅路を見るのは良い物だ」
「……そんなものですか」
「ああ。で、案件を聞こうか。かなり逸れてしまったがな」
「あ、はい。これです。僕達がここに来た理由です」
「……むぅ……」
シオンが取り出したのはクルトが認めた文。
その文の中身を読んだシリアナは唸り、シオンにその目を向けた。
「……帝都崩落……そうか。王国でも帝国でも同じようなことが起きている。先だって、そなたらも魔物の襲撃を港で撃退したとか」
「はい。その知らせを届ける事が、僕等の使命です」
「……なら、この文字はどうなるのだ?」
読んでいた文をシオンへと向け、そこに書かれていた文字を見せるシリアナ。
そこに書かれていた五文字の言葉に、シオンは驚きを隠せなかった。『息子を頼む』。この五文字の言葉に。
「……ははは。さすが父上だ……」
乾いた笑いをこぼし、その言葉の真意を受け止めるシオン。
シリアナの性格は豪胆。そして雑だ。ならばこの言葉の取る意味とは──。
「シオンよ。そなたの好きにしていいようだぞ?」
やはり、悪く言えば投げやりな方だった。
「……分かりました。なら、僕の思いを伝えます。そして、港での襲撃で起こったこと、分かったことを」
「……ほう?」
一度唾を飲み込み、滅多にしたことが無い経験にシオンの体が強張る。
だが、意を決し、言った。
「連合を組んでもらいたいのです。王国と帝国、二つの国が力を合わせるんです」
シオンが言った港での一部始終の状況、そしてその思いに、場は静まり返っていた。
その報告を受けたシリアナは、聞いたことも見た事もない言葉に首をかしげながらも、その状況を打開するために必要な人物の名前を口にする。
「……ルナニスクルメア……。聞いたこともないな。……クーよ、いるか!!」
「はいにゃ、王様!!」
突然天井から降ってきた影は、シリアナの目の前で臣下の礼を取る。
その現れたビルスティアの少女に、三人は驚いて声もでなかった。
「『ルナニスクルメア』、『魔物の名前を名乗る男たち』。この二つを中心に何か出てこないか探してきてくれ」
「分かったのにゃ!!」
頭に生えた猫耳と尻尾を揺らしながら、クーと呼ばれた少女は天井へと飛び上がった。
その処理しきれない行動の数々に耐えかねたシオンは、シリアナに質問を投げかけた。
「王……先ほどの者は……」
「ああ、あ奴か。あ奴の名はクー。王国の隠密部隊の隊長をやっている者だ。とは言っても、一人しかいないのだがな」
「そんなものがあったんだ……」
「まぁ気にせんでくれ。それで連合の話だが、そなたの話の通りであるのであれば、早急に事を進めねばならん」
「はい。復讐なんて馬鹿げてる……」
唇を噛み締め、悔しさや苛立ちの入り混じった感情を露にするシオン。
だが、そのシオンに対しシリアナが投げかけた言葉は意外なものだった。
「よいではないか、復讐など。それで晴れるというのなら」
鼻で笑いながら、シオンの口上を無下にするシリアナ。
「……過去に縛られたまま生きて、どうなるっていうんですか」
「人は過去に縛られて生きるものだ。誰でもな。過去があって、今がある。今があるから未来があるのだ」
そこでシリアナは一度言葉を区切ると、シオンに向かって諭すように言葉を紡いだ。
「未来はただそこにあるものではない。掴み取るものだ。過去の過ちを、過去の思いを引きずりながらでも、それは掴み取れる。未来を、過去より良くしようとする者の手ならな」
「……それでも、復讐は間違ってる。それで悲しむ者が増えたら、それはただの自己満足だ」
「それが分かっているのがそなただ。ただ、頭ごなしに否定するのではない。すべてを受け入れ、そこから意見を出せ。それが上に立つ者の責務だ」
「上に立つ者の責務……」
「そう俺は思っている。まぁ、人の考えなどそれぞれだ。各々の最善の考えを示せ。そしてそれを信じろ。さすれば、必ず良い未来が掴めるはずだ」
玉座に座り直しながら、シリアナはシオンに自らの思いを語る。王としての先輩からの意見として。一人の男としての意見として。
それが、シリアナが出した『息子を頼む』と一人息子を託した隣国の王に対する、言葉の答えだった。
「さて、他の者にも聞いておこうか。その二人の少女にもな。敬語はいらん。話してくれ」
手を差し出しながら、ユフィーとカナの意見を聞こうと促すシリアナ。
「……あたしは復讐でもいいと思ってるわ。実際、相手は魔物だけど復讐に似たようなものを誓っているし」
「ほう? 友か? 家族か? 失った者があるのだな」
「友よ。大切な、ね」
遠い目をしながらシリアナの質問に答えるユフィー。
その目には、ミーナの姿が映っているのだろうか。
「……ならそなたはどう思っている? その復讐を果たせたときの未来が、そなたには描けているのか?」
「え?」
「復讐とは、自分を殺してさえも憎き相手を討つ行為だ。それだけが原動力になっている事も多い。それが無くなった時、そなたは未来を生きれるのか?」
静かな目でユフィーを見つめるシリアナ。
「それは……生きれるわ。必ず。あたしは他にも、生きる意味があるから。それに、私が求めてるのは復讐じゃないわ」
チラッとシオンを横目で見た後、ユフィーは自信満々に答える。
その時に見える、無意識の内に放たれた氷の空気に、シリアナは満足そうに頷いた。
「良い覚悟。良い思いだ。さて、そなたはどうだ? シオンとこの少女、ハーキュリー家の者の話を聞いてどう思う?」
今度はカナに手を向け、話を促すシリアナ。
萎縮した様子のカナだったが、その促しの言葉に合わせて語りだした。
「……私は正直、そんな気持ちなんて、思いなんて持ってない。トレジャーハンターの仕事だって、気がついた時にはなってたし……」
明確な答えは無いようで、他の三人のような思いが無いことを申し訳なさそうに答えるカナ。
だが、シリアナはそれを簡単に認めた。
「よい。悩みが無いことはすばらしい。だが、それでは生きている事にハリが無いだろう?」
「いやでも、元気に生きようとか、明るくしてようとか思ったことはあるよ? だって、自分から楽しくしてないと、楽しくならないでしょ?」
「それが分かっているのならいい。そこからそなたの思いを見つけよ」
「そんな簡単に言われてもなー……」
「ふ……。簡単に言ってしまって悪かったかな? そなたの思いは、先ほどの言葉の中にある。これが俺から言える、最初で最後のヒントだ」
「???」
薄く笑ったシリアナの表情と言葉の意図が分からず、首を傾げてしまうカナ。
そんなカナを見てシリアナはもう一度薄く笑った後、三人に切り出した。
「さて、俺がこんな話をした理由を言っておこうか。正直、良く分かっていない状態で答えていただろう?」
玉座の肘掛に体を預けながら、シリアナは語りだす。
エスカレルニア王国、国王としての言葉を。
「たったこれだけに人数でも、思いが被ることはない。人はそれぞれ生きているのだから。だからこそ、このような事件が起きると俺は思っている。人が人として生きる限りはな」
今度は立ち上がり、シオンに向かって歩み始めながら独白を続けるシリアナ。
「だが、その考えは間違っている。それではすべての事件を容認していることと同じだからな。そう思うであろう?」
シオンの前で立ち止まり、確認とも取れる声音で語るシリアナ。
その声に、シオンは自らの意見を被せた。
「はい。でも、王の考えの下ではそれが正しいと思ってらっしゃるんですよね?」
「ああ。人が人である限りその行為はなくならない、そう思っている。忠臣達には怒られてはいるがな」
シリアナは次にユフィーの下へと歩き出す。
「そなた達の思いは、そなた達自身の思い。彼らの思いは彼らの思い。その思いが交錯するからこそ、人の思いは面白いのだよ」
「……でも、それでは理解は無理ではなくて? だって、認め合ってしまえば、考えをぶつけることは、思いを語り合うことは出来ないわ」
もっともの意見をユフィーがぶつける。
結局、シリアナが言いたい事とは『分かり合う事』だ。
人が人として生きるためにぶつかり合うのなら、お互いがお互いを認める必要がある。
ならば、『分かり合う事』こそが重要なことではないのか。それをシリアナは言っているのだ。
だが、それではその諍いが必ず起こる。分かり合わないために。
「それはもっともだ。重々承知している。だが、だからこそ大切なのだ。人と人が理解しあう。共通の目的のためにやれることが」
そこまで言って、シリアナは最後にカナを向いた。
「この少女が言った、『楽しく生きる事』。これが重要だと俺は思っている。誰もが楽しく生きられる、なら、不満も起きまい」
「え? え? 私が良い事言ったの?」
カナはあまり分かっていないようで、軽く狼狽してしまっているが。
だが、それを意に介さずシリアナは言葉を続けた。
「ま、何が言いたいかというと、簡単にまとまってしまうのだが……。……『連合結成の条件は、人が楽しく生きられる世界を目指す事』だ」
本当に簡単に纏めてしまったシリアナは、その言葉を言った後、再び玉座へと戻ってしまった。
「……じゃあ、大丈夫なんですね? 連合のことも、ルナニスクルメアの事を止めることも」
「ああ。だが、今は情報が無い。クーが戻るまでには時間もかかるだろう。ゆっくりとしていくがいい」
「はい。お言葉に甘えて、ゆっくりとさせて頂きます。あ、リィナに関してはどうしましょうか。出て行ってしまいましたけど……」
「それは騎士団のものが連れて来るだろう。無論、そなたら四人で続けるのであろう? 真実を確かめる為に」
「はい。僕が必要とされている理由、僕の『力』が何なのか。それに僕が動けば奴らも来るでしょうから」
「あたしは最初からそのつもりよ。あたしの生きる意味も、したいことも、全部ここにあるのだから」
「楽しそうだからね。友達と一緒に行くのは、当然のことだよ!」
その三人の言葉を聞き、シリアナは満足そうに頷く。
そして、三人を代表するようにシオンがこう言った。
「僕らは、旅を続けますよ。だって、知らなきゃいけないことができたから。まだ、やらなくちゃいけない事がありますから」
荘厳な雰囲気の城の存在感に、ユフィーとカナは呆然と立ち竦んでいる。
対して、シオンとリィナの二人は何も感じていないようにその場に立っていた。
それもそのはずだろう。この二人に関しては王族と王国お抱えの客員剣士の家系に生まれているのだ。慣れていないという方がおかしいだろう。
一般庶民であるカナや、ただでさえ王国に来たことが無いユフィーにとっては、少々刺激が強すぎるのかもしれない。
「こちらになります」
ナリアの案内により城の中へと招かれる四人。
終始城の中身を面白そうに眺めていたカナ以外は無言で。
「うわ! ねぇねぇシオン君、メイドさんがいるよ! やっぱりシオン君の所にもいたの?」
「……カナ? 静かにね」
そんな軽い騒ぎを起こしながら四人が向かったのは、玉座。
謁見の場でもあり、この城の中心でもある。
「はっはっはっはっ! よく来てくれたな! 心から歓迎するぞ、王子よ!」
その玉座に座っていたのは長身で骨太の男。
『武王』とも呼ばれる、ここエスカレルニア王国の王だ。
シオンの父、クルトよりも若い印象を受けるその体からは、一種の威圧感を感じる。
右目に大きくかかる紫色の髪を揺らしながら、シリアナ・リース・フィールダーその人はシオンに手を差し出した。
「こちらこそ。突然押しかけてすみません。あと、王子っていう呼び方はちょっと……」
「む、そうか? なら殿下で良いか?」
「シオンでいいですよ」
「ふむ。なら俺もシリアナで良いぞ。堅苦しいのは俺には似合わない」
「ははは。でしょうね」
手を握り合いながらそんな会話をしている国王と王子。
話している内容としてはかなり軽いのだが。
その様を見ているユフィーとカナは、かなりの異次元な場所に自分たちがいることを理解し、若干身を引いていた。
「ん? おお、そなたはハーキュリーの所の娘ではないか。シオンと共に来たのか?」
直立不動で立っていたリィナの姿を、シリアナが見つけ手を差し出してくる。
「は! とある偶然により帝国に出向いておりまして、そこで出会いました。そこからは旅を共にさせていただいております」
リィナの口から飛び出たかなりの固い発言に、残る三人は驚き、シリアナは苦笑いした。
「やはりそなたは固いな。いや、あの男が柔らかすぎるだけか」
「兄様でしょうか? その男というのは」
「ああ。あの男と話すのは気が楽だ。後、心配しておったぞ? 急に王国から消えたこと、家出してきたことを」
「う……。あ、あれは……」
「まあいい。大筋は知ってはいるからな。そこで俺からの言葉だ。あまり気にしなくても良い。『そなたのしたいことをしろ。さすれば、必ず道が見える』」
「したいことをする……」
シリアナの口から発せられた威厳のこもったその声に、リィナはシオンの言葉を思い出す。
『それに、そういうのは贅沢な悩みって言うんだ。分からないなら、お兄さんがリィナの事をどう思っているのかを知りたいなら、全力でぶつかってみなよ。きっと、いい経験になると思う』。
その言葉がリィナの脳裏に流れ、決意を濃くしていく。
「……王。兄様が今どちらにいるかご存知ですか?」
「……ふむ。……あ奴なら確か、騎士団の団長であろう? 団舎にいけば分かると思うが?」
「分かりました。ありがとうございます。失礼致します!」
面白い物を見たというような目でリィナを見つめた後、シリアナはリィナに情報を与える。
その情報を聞いたリィナは、すぐに玉座から飛び出して行ってしまった。
「……これでよいな。若者の旅路を見るのは良い物だ」
「……そんなものですか」
「ああ。で、案件を聞こうか。かなり逸れてしまったがな」
「あ、はい。これです。僕達がここに来た理由です」
「……むぅ……」
シオンが取り出したのはクルトが認めた文。
その文の中身を読んだシリアナは唸り、シオンにその目を向けた。
「……帝都崩落……そうか。王国でも帝国でも同じようなことが起きている。先だって、そなたらも魔物の襲撃を港で撃退したとか」
「はい。その知らせを届ける事が、僕等の使命です」
「……なら、この文字はどうなるのだ?」
読んでいた文をシオンへと向け、そこに書かれていた文字を見せるシリアナ。
そこに書かれていた五文字の言葉に、シオンは驚きを隠せなかった。『息子を頼む』。この五文字の言葉に。
「……ははは。さすが父上だ……」
乾いた笑いをこぼし、その言葉の真意を受け止めるシオン。
シリアナの性格は豪胆。そして雑だ。ならばこの言葉の取る意味とは──。
「シオンよ。そなたの好きにしていいようだぞ?」
やはり、悪く言えば投げやりな方だった。
「……分かりました。なら、僕の思いを伝えます。そして、港での襲撃で起こったこと、分かったことを」
「……ほう?」
一度唾を飲み込み、滅多にしたことが無い経験にシオンの体が強張る。
だが、意を決し、言った。
「連合を組んでもらいたいのです。王国と帝国、二つの国が力を合わせるんです」
シオンが言った港での一部始終の状況、そしてその思いに、場は静まり返っていた。
その報告を受けたシリアナは、聞いたことも見た事もない言葉に首をかしげながらも、その状況を打開するために必要な人物の名前を口にする。
「……ルナニスクルメア……。聞いたこともないな。……クーよ、いるか!!」
「はいにゃ、王様!!」
突然天井から降ってきた影は、シリアナの目の前で臣下の礼を取る。
その現れたビルスティアの少女に、三人は驚いて声もでなかった。
「『ルナニスクルメア』、『魔物の名前を名乗る男たち』。この二つを中心に何か出てこないか探してきてくれ」
「分かったのにゃ!!」
頭に生えた猫耳と尻尾を揺らしながら、クーと呼ばれた少女は天井へと飛び上がった。
その処理しきれない行動の数々に耐えかねたシオンは、シリアナに質問を投げかけた。
「王……先ほどの者は……」
「ああ、あ奴か。あ奴の名はクー。王国の隠密部隊の隊長をやっている者だ。とは言っても、一人しかいないのだがな」
「そんなものがあったんだ……」
「まぁ気にせんでくれ。それで連合の話だが、そなたの話の通りであるのであれば、早急に事を進めねばならん」
「はい。復讐なんて馬鹿げてる……」
唇を噛み締め、悔しさや苛立ちの入り混じった感情を露にするシオン。
だが、そのシオンに対しシリアナが投げかけた言葉は意外なものだった。
「よいではないか、復讐など。それで晴れるというのなら」
鼻で笑いながら、シオンの口上を無下にするシリアナ。
「……過去に縛られたまま生きて、どうなるっていうんですか」
「人は過去に縛られて生きるものだ。誰でもな。過去があって、今がある。今があるから未来があるのだ」
そこでシリアナは一度言葉を区切ると、シオンに向かって諭すように言葉を紡いだ。
「未来はただそこにあるものではない。掴み取るものだ。過去の過ちを、過去の思いを引きずりながらでも、それは掴み取れる。未来を、過去より良くしようとする者の手ならな」
「……それでも、復讐は間違ってる。それで悲しむ者が増えたら、それはただの自己満足だ」
「それが分かっているのがそなただ。ただ、頭ごなしに否定するのではない。すべてを受け入れ、そこから意見を出せ。それが上に立つ者の責務だ」
「上に立つ者の責務……」
「そう俺は思っている。まぁ、人の考えなどそれぞれだ。各々の最善の考えを示せ。そしてそれを信じろ。さすれば、必ず良い未来が掴めるはずだ」
玉座に座り直しながら、シリアナはシオンに自らの思いを語る。王としての先輩からの意見として。一人の男としての意見として。
それが、シリアナが出した『息子を頼む』と一人息子を託した隣国の王に対する、言葉の答えだった。
「さて、他の者にも聞いておこうか。その二人の少女にもな。敬語はいらん。話してくれ」
手を差し出しながら、ユフィーとカナの意見を聞こうと促すシリアナ。
「……あたしは復讐でもいいと思ってるわ。実際、相手は魔物だけど復讐に似たようなものを誓っているし」
「ほう? 友か? 家族か? 失った者があるのだな」
「友よ。大切な、ね」
遠い目をしながらシリアナの質問に答えるユフィー。
その目には、ミーナの姿が映っているのだろうか。
「……ならそなたはどう思っている? その復讐を果たせたときの未来が、そなたには描けているのか?」
「え?」
「復讐とは、自分を殺してさえも憎き相手を討つ行為だ。それだけが原動力になっている事も多い。それが無くなった時、そなたは未来を生きれるのか?」
静かな目でユフィーを見つめるシリアナ。
「それは……生きれるわ。必ず。あたしは他にも、生きる意味があるから。それに、私が求めてるのは復讐じゃないわ」
チラッとシオンを横目で見た後、ユフィーは自信満々に答える。
その時に見える、無意識の内に放たれた氷の空気に、シリアナは満足そうに頷いた。
「良い覚悟。良い思いだ。さて、そなたはどうだ? シオンとこの少女、ハーキュリー家の者の話を聞いてどう思う?」
今度はカナに手を向け、話を促すシリアナ。
萎縮した様子のカナだったが、その促しの言葉に合わせて語りだした。
「……私は正直、そんな気持ちなんて、思いなんて持ってない。トレジャーハンターの仕事だって、気がついた時にはなってたし……」
明確な答えは無いようで、他の三人のような思いが無いことを申し訳なさそうに答えるカナ。
だが、シリアナはそれを簡単に認めた。
「よい。悩みが無いことはすばらしい。だが、それでは生きている事にハリが無いだろう?」
「いやでも、元気に生きようとか、明るくしてようとか思ったことはあるよ? だって、自分から楽しくしてないと、楽しくならないでしょ?」
「それが分かっているのならいい。そこからそなたの思いを見つけよ」
「そんな簡単に言われてもなー……」
「ふ……。簡単に言ってしまって悪かったかな? そなたの思いは、先ほどの言葉の中にある。これが俺から言える、最初で最後のヒントだ」
「???」
薄く笑ったシリアナの表情と言葉の意図が分からず、首を傾げてしまうカナ。
そんなカナを見てシリアナはもう一度薄く笑った後、三人に切り出した。
「さて、俺がこんな話をした理由を言っておこうか。正直、良く分かっていない状態で答えていただろう?」
玉座の肘掛に体を預けながら、シリアナは語りだす。
エスカレルニア王国、国王としての言葉を。
「たったこれだけに人数でも、思いが被ることはない。人はそれぞれ生きているのだから。だからこそ、このような事件が起きると俺は思っている。人が人として生きる限りはな」
今度は立ち上がり、シオンに向かって歩み始めながら独白を続けるシリアナ。
「だが、その考えは間違っている。それではすべての事件を容認していることと同じだからな。そう思うであろう?」
シオンの前で立ち止まり、確認とも取れる声音で語るシリアナ。
その声に、シオンは自らの意見を被せた。
「はい。でも、王の考えの下ではそれが正しいと思ってらっしゃるんですよね?」
「ああ。人が人である限りその行為はなくならない、そう思っている。忠臣達には怒られてはいるがな」
シリアナは次にユフィーの下へと歩き出す。
「そなた達の思いは、そなた達自身の思い。彼らの思いは彼らの思い。その思いが交錯するからこそ、人の思いは面白いのだよ」
「……でも、それでは理解は無理ではなくて? だって、認め合ってしまえば、考えをぶつけることは、思いを語り合うことは出来ないわ」
もっともの意見をユフィーがぶつける。
結局、シリアナが言いたい事とは『分かり合う事』だ。
人が人として生きるためにぶつかり合うのなら、お互いがお互いを認める必要がある。
ならば、『分かり合う事』こそが重要なことではないのか。それをシリアナは言っているのだ。
だが、それではその諍いが必ず起こる。分かり合わないために。
「それはもっともだ。重々承知している。だが、だからこそ大切なのだ。人と人が理解しあう。共通の目的のためにやれることが」
そこまで言って、シリアナは最後にカナを向いた。
「この少女が言った、『楽しく生きる事』。これが重要だと俺は思っている。誰もが楽しく生きられる、なら、不満も起きまい」
「え? え? 私が良い事言ったの?」
カナはあまり分かっていないようで、軽く狼狽してしまっているが。
だが、それを意に介さずシリアナは言葉を続けた。
「ま、何が言いたいかというと、簡単にまとまってしまうのだが……。……『連合結成の条件は、人が楽しく生きられる世界を目指す事』だ」
本当に簡単に纏めてしまったシリアナは、その言葉を言った後、再び玉座へと戻ってしまった。
「……じゃあ、大丈夫なんですね? 連合のことも、ルナニスクルメアの事を止めることも」
「ああ。だが、今は情報が無い。クーが戻るまでには時間もかかるだろう。ゆっくりとしていくがいい」
「はい。お言葉に甘えて、ゆっくりとさせて頂きます。あ、リィナに関してはどうしましょうか。出て行ってしまいましたけど……」
「それは騎士団のものが連れて来るだろう。無論、そなたら四人で続けるのであろう? 真実を確かめる為に」
「はい。僕が必要とされている理由、僕の『力』が何なのか。それに僕が動けば奴らも来るでしょうから」
「あたしは最初からそのつもりよ。あたしの生きる意味も、したいことも、全部ここにあるのだから」
「楽しそうだからね。友達と一緒に行くのは、当然のことだよ!」
その三人の言葉を聞き、シリアナは満足そうに頷く。
そして、三人を代表するようにシオンがこう言った。
「僕らは、旅を続けますよ。だって、知らなきゃいけないことができたから。まだ、やらなくちゃいけない事がありますから」
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