小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)
三章 真実の一端
パキィン。
「ちっ。もう保たないわね」
ユフィーの目の前にあった氷の盾が綺麗な音を立てて崩れていく。
その様を舌打ちしながら見つめ、次の一手を打つためにスターレインを構えるユフィー。
だが、スターレインの宝玉の輝きは既に失われ、ユフィー自身も細かい息を吐いていた。
「限界が、近いわね……。くそっ、一人だとこんなものなの?」
悪態をつきながら自らの体の状況を確認していくユフィー。
怪我こそおっていないが、自らの魔力、体力はかなり限界に来ていたのだ。
この状況で怪我でも負おうものなら、そこからの巻き返しは不可能だろうと思うくらいに。
そんな時だ。聞きたい台詞が一番会いにくい相手の声で発せられたのは。
「ユフェルニカちゃん! 無事!?」
「っ! カナ・コルセルニア!?」
「何で態々全部言ったの? まぁいいけど…。加勢に来たよ!」
「なんであんたが……シオンとリィナはどうしたの?」
「リィナちゃんは港側に行った。シオン君もそこにいるんじゃないかな?」
「港側? あの子一人で行かせたの?」
「聞かないで。あの呪詛の念には耐えられないから」
「???」
突然のカナのそんな発言に、ユフィーはただ首を傾げることしか出来ない。
だが、すぐに素直になれないユフィーの性格が出てしまった。
「あの子に着いていけばよかったじゃないの。あたしはそこからでも追いかけていくから」
だが、カナは予想外にもその言葉をほぼスルーした。
「またまたー。そんな事言ってもダメだよー。さすがにこの量を一人でやるのは間違いでしょ。はんぶんこしようよ」
「ダメ。嫌だ」
「えー、ケチー」
素直に拒否の言葉を出したユフィーだったが、カナはそれに被せるように口を尖らせてユフィーを非難する。
そんなカナの態度に痺れを切らしたユフィーは、怒気を放ちながらカナに詰め寄った。
「……あんたねぇ、いい加減にしなさいよ。あたしは一人でもいいって言ってるの。ほっといてよ」
「嫌だよ。だって、ユフェルニカちゃん……消えそうだもん」
「え?」
先ほどまでの態度から一転。悲しそうな顔をしながらそう言ったカナ。
急に変えられた態度に、ユフィーは素に戻って声を上げた。
「私は君たちの事ほとんど知らないけどさ。それでも仲良くしたいの。だって、人の出会いは一生の宝物でしょ? それが例えどんな人でも」
どこか影のあるような物言いに、ユフィーは気圧されてしまう。
だが、カナはすぐに表情を戻して空を見上げた。
「ま、今はとりあえずこいつらを片付けないとね!」
高度を落としてきていたヒーナスを、カナはレストーションのリーチの長さを活かして刺し貫く。
空に向かって伸ばしたレストーションを戻し、肩に担ぐことで次の体勢に移行する。
タメを作るように体を捻り、何かを待つ。そして、貫いて落ちてきていたヒーナスの死体を、思いっきり打った。
「とりゃぁぁ!!」
掛け声と共に繰り出された砲弾は、数瞬前まで同族だったものを同じ肉塊に変えていく。
そのありえない芸当に、ユフィーは目を丸くしていた。
「ね? こいつらいたんじゃ、何も話も出来ないからさ。ささっとやっちゃおうよ」
両肩にレストーションを担ぎ、首を傾げながらユフィーに提案するカナ。
その言葉を聞いたユフィーは、薄く笑いながらその言葉に答えるために魔力を練り始める。
「そうね……。……ふふ、悩んでいた自分がバカみたい……」
「え? 何か悩み事あったの? 私で良ければ相談に乗るよー」
突っ込んでくるヒーナスの群れを迎撃しながら、悠々と答えるカナ。
その今まで悩んでいた元凶からの、分かっているようで分かっていない言葉に、ユフィーの堪忍袋の緒が切れた。
ブチィッ……。
「へ?」
そんな音が周囲に響き、背中に走る猛烈な悪寒と肌をザラつかせる殺気に、カナの動きが固まってしまう。
それは無論、本能で動いている魔物達も例外ではなく、この場にいるほとんどの生き物が行動を停止していた。
その殺気を放つ、ただ一人を除いて。
「……ふふふ……こんなに怒っているのはいつ以来かしらねぇ……。……ミーナがいた時でもここまで怒ることなんか無かったのに……」
最大級の真っ黒い笑みで場を支配するユフィー。
ギギギと、関節の錆びた人形のように首を回しユフィーの状況を認めたカナは、戦慄が奔ったように身を縮めた。
「ユ、ユフェルニカちゃん……あのー……」
「……あんたは後であたしがゆーーっくりとお仕置きしてあげるから……いまは避けきりなさい……」
「へ? ちょっ、お仕置きって何!?」
「目覚めよ、無慈悲なる氷の女王。愛する者すら凍らせる、その妖艶なる吐息で全てを氷に染めよ…。……冷やかな、眼差しを持って。……『凍テツク死都(デグバ・フローズン)』」
呪文を言った瞬間、ユフィーの周囲が一瞬で白に染まる。
煌めく雪原に変わり行く町を見たカナは目を輝かせていたが、次の瞬間その輝きは失われる事になった。
「っ! いや、ま、ちょっ、あのエリアに入ったら凍っちゃうの!!?」
見てしまったのだ。
一匹のヒーナスが変わりゆく氷の世界に入った瞬間、綺麗な氷の彫刻へと成り果てた姿を。
それを見て恐怖したカナは、何とかその範囲から離脱しようと試みる。
だが、それはヒーナスも同じようだったようで、人と魔物、二つの存在がこの時ばかりは気持ちを同じにしていた。
氷の女王。それを目の前で体現するユフィーから逃げなければならないと言う事に。
「……往生際が悪いわね……」
「ひぅっ!!」
「……大丈夫よ……人間は凍らないから……」
そう呟いたユフィーは、怯えて逃げ腰になっているカナの肩をゆっくりと掴む。
その周囲では綺麗で奇怪なオブジェが着々と出来つつあり、二人の周りは美術館のようになっていった。
「どどどどどど、どーしてなのかなー。人間が凍らないってー」
「……それはね? ……あたしがあんたにお仕置きするため……」
かなり吃りながら質問をするカナに、ユフィーは艶かしい手つきでカナの頬を持った。
「……さっきまで魔力も限界だったのに、ブチ切れてみたらかなり楽じゃない? だから、あんな魔法が出来たのはあんたのおかげ……」
「じじじじ、じゃあ、許してくれたりしないのかなー……ってか何で怒ってるのかなーー……?」
ユフィーに頬や首を撫でられながらも、カナは努めて明るい声で質問を続ける。
だが、ユフィーはその手つきを止めることはなく、カナの耳元へと口を持っていった。
「……あたしの知り合いはね……こうやってすると面白かったんだけど……。あんたはどうなのかしらね……」
「っ///!!!」
目の笑っていない笑顔で、カナの耳元で囁きつづけるユフィー。
その行為に顔を真っ赤にしながらカナが耐えていると、ユフィーの口がカナの耳を甘噛みした。
「っっっっ!!!!!」
「……クスクスクス……こんなものでは終わらせないわよ……。……もっといい声で鳴いてちょうだい……」
声にならない叫び声を上げ、身悶えするカナ。
だが、その声を聞いたユフィーは満足そうな笑みを浮かべながらも止める気は無い。
そしてこの後、シオンとリィナが合流するまでユフィーのお仕置きはカナに続いたのだった。
・・・
・・
・
ゴウッ!
ヒーナスを切り刻んでいたシオンは、唐突に聞こえた風を引き千切る音に驚く。
その音がする方角に目を向けると、ヒーナスの群れに向かって風の砲弾が次々に飛来していた。
「あれは……」
「シオンさーーーん!!!」
「……やっぱりリィナだ」
シオンの予想通り、感動の叫び声を上げながらリィナがシオンの元へとやってきた。
「やったやった、会えましたよ会えましたよー!! アレからは迷子に何かなってないですから、大丈夫です!」
「アレから? ま、いいや。一人でここまで来れたんだ、すごいじゃないか」
「えへへー」
褒められたことが嬉しいのか、素直に照れるリィナ。
だが、すぐにシオンの様子を見てその表情は引き締まった。
「し、シオンさん! ボロボロじゃ無いですか!」
「ん? ああ、怪我は無いんだけど、結構服がね……」
自らの状況を再確認するシオン。
着ていたローブの裾は千切れ、至る所にヒーナスの嘴によって裂かれた傷。そして、かなりの量の返り血。
さすがに誰がどう見ても満身創痍と思うだろう。
だが、シオンは何事も無いかのようにローブを脱ぎ捨て、ヒーナスの群れを見つめ直した。
「……そう言えばリィナ。風燐華を出してるみたいだけど、きちんと使えるようになった?」
「はい。特に今はこんな状況なので、あまり制御に力を入れなくていいからですけど……」
「それでもいいさ。魔法なら、この真っ黒な空も簡単に青に戻せるでしょ?」
笑いながら未だに無くなる気配の無いヒーナスの群れを指差すシオン。
その仕草を見て、リィナは大きく頷いてこう返した。
「そうですね……。……なら、片付けちゃいましょうか」
「うん。よろしく」
「……螺旋よ。風の流れに乗り、回れ。轟け。そして、嵐となれ! 『轟ノ風(ロアー・ウィンド)』!」
リィナが呪文を唱え終わった後、風燐華を基点に莫大な風が集まる。
そこにあるだけでも小規模の台風のような感覚をもたらすが、今この状況ではその言葉でも生易しい。
圧縮された風の塊が唸り、轟く。
その風を、リィナは風燐華を横薙に振るうことで手放した。
「やぁっ!」
小さな気合と共に、風が風燐華から離れる。
風燐華という鎖を失った風は、その範囲を爆増させて進む。
天災が起こったかのような嵐が、空にあるヒーナスの群れを飲み込んだ。
バシッ。
「っとと。結構飛んでくるね」
ザンッ。
「えいっ。……そうですね」
嵐に煽られほとんどのヒーナスは空へと舞い上がるが、あの世への切符を取れなかった者がシオンたちに向かって飛んでくる。
急激な気圧の変化で絶命してしまっている死体を、シオンはカテドラルで弾き返し、リィナは風燐華で切り伏せていた。
「……ふぅ……。……ありがとう、リィナ。正直、一人じゃどうしようもなかったからね。助かったよ」
「いえいえいえ。私は特には何もして無いですよ。だって、頑張ったのはシオンさんですから」
嵐が去り、シオンがカテドラルについた血を拭き取りながらリィナに礼を言う。
礼を言われたリィナは、顔を照れで赤く染めながら風燐華を一度露払いしてから鞘に収めた。
「そうかな? ま、なんにせよ終わったんだ。被害も少ないみたいだし、良かったよ」
「そうですね。やっぱり港ですから、人が少なかったですし」
「……いや、本来この襲撃は無かったはずなんだ」
「え? どういうことなんですか?」
「『ヒーナス』……。あいつが現れて言ったんだ。『復讐のため』って」
吐き捨てるようにその時のことを話すシオン。
彼にとって、過去に縛られることはもう止めたことだ。
過去にどんなことがあっても、それを後悔した所で未来には繋がらない。
それが、ユフィーと出会った村で学んだことだからだ。
「復讐……。……何があの人を駆り立てるんですかね」
「分からない。ある程度のことは聞いたから、王様に会ったときに聞いてみることにするよ」
「あ、それなら王国騎士団の方が来ているので、それに混じってクルメニアまで向かいましょう。それの方が早いですし」
「分かった。じゃあ、ユフィーとカナを探しに行こうか。あっちも探してるかもしれないし」
「はい!」
「……とは言っても、見つけやすいんだけどね。ユフィーが戦った後は」
「え? なんでですか?」
「ユフィーは氷の魔導師だから。周囲が凍ってたら、確実にそこにユフィーがいる」
「あ、なるほど」
シオンの確信をもった台詞に、リィナが手を叩きながら納得する。そして、シオンの言葉通りユフィーが戦っていたであろう場所に、二人は辿り着く。
白銀に変わってしまった世界を見つけ、シオンとリィナはそこにユフィーがいることに安堵したのだが、見つけたときの状況が良くなかった。
そこにカナがいることにも、二人は少しばかり驚きを覚えたのだが、それよりも不可解な事があったのだ。
二人の体勢である。
ユフィーがカナを組み敷いている。そこまでは分かるのだが、その雰囲気がとてもヤバい物になっていた。
「……何してるの?」
ユフィーとカナに二人と無事合流できたというのに、その状況を見てしまったシオンの口から出てきた言葉はそんな言葉だった。
「……お仕置き?」
「シオン君助けて! このままだと私、何か大切なものを失う気がするから!!」
珍しくキョトンとした表情のユフィーに対し、組み敷かれているカナは必死の形相でシオンに助けを求める。
そして、その場所にいて本来助けるべき側であるリィナに声がかからなかったのは、とある理由があった。
「…………///」
顔を真っ赤にして顔を隠したまま、蹲っているリィナ。
だが、その隠された指の隙間からきちんと二人の事は見ていた。
恥ずかしい事は恥ずかしいが、興味はきちんとあるらしい。
「……はぁ……どうしてこうなったのやら……。ま、とにかくユフィーはカナからどく。で、リィナはきちんと立つ」
「え? 止めちゃうんですか? もったいないです……」
先ほどまで真っ赤になっていたくせに、シオンの一言で離れた二人に口を尖らせるリィナ。
「どの口が言うかどの口が」
「いひゃい。いひゃいでしゅ、かにゃひゃん」
だが、ユフィーの束縛から逃れたカナが恨みを込めてその頬をこねくり回したために、変な声が出てしまっていた。
その様を見て、シオンは今日何度目かになるため息をしっかりと吐いた。
「……はぁぁ……。とにかく三人とも、これからの事を連絡したいんだけど、いいかな?」
「構わないわ」
「私もいいよー」
「は、はなひてくだひゃーい……」
「……カナ? いい加減離してあげて」
「おっと」
未だにリィナの頬をこねくり回していたカナを咎めるシオン。
注意されたカナは、なぜか体を仰け反らせながらリィナの頬から手を離した。
「……話の腰を折られたけど、とりあえず言うね。僕等の元々の目的である王都には王国騎士団と共に向かうことにした。ユフィーとリィナはそれでいいね?」
「ええ」
「はい。ナリアさんならきっと分かってくれます」
シオンの提案に、二人して納得する。
そして次にシオンはカナに対してこう言った。
カナに関しては王国に来てから出会った人間だ。出会って間もない人間が、そうそう簡単に自らの意見に賛同してくれる訳が無い。
そうシオンは思っていた。それに、わざわざ素性を隠しておく必要がないとも。
だが、その不安はいい意味で裏切られることになる。
「カナ。僕とユフィーは帝国の人間なんだ。そして、僕の本当の名はシオン・セナ・ファルカス。帝国の第一王子だ」
「……へ?」
自分の話すことに集中してしまっているシオンに、カナのその間の抜けた声は届かなかった。
「僕等は帝国で起こった事件を王国に伝え、そして打開策を模索するためにここに来たんだ。それで──カナ?」
そこでシオンはようやく気づく。
肩をプルプルと振るわせ、俯いて何かを我慢しているようなカナの態度に。
その態度をどう解釈したのか、シオンは少し慌てながらカナに再度声をかける。
「え、えっと、カナ? どうし──」
「かっこいいいいーーーーーーーーー!!! なにそれなにそれなにそれなにそれーー!! 王子様が仲間を引き連れて旅ですか? かっこいいなー、凄いなー。それに失礼だけど何か楽しそう!! 私もついて行って良い?」
リィナの魔剣の時のような凄まじいテンションで捲し立てるカナ。
前回はここでユフィーがキレたのだが、ユフィーは対処法を学んだようでいち早く耳を手で塞いでいた。
だが、その予見が出来ていなかった二人は、耳を違う意味で塞いで頭すらも抱えてしまっている。
「……カナ……声が、おっきい……ってか、痛い?」
「……うぅー……この前よりも威力が上がってる気がしますよー」
耳を抑えながら蹲る二人。リィナに至っては目に涙を溜めている。
「……ごめんなさい。声がおっきくなるのは分かるんだけど、なーんか知らず知らずのうちにおっきくなっちゃうんだよねー」
「まぁいいけど……。で、さっき言ってた言葉だけど……」
耳を塞いでいても聞こえる大音量だったために、シオンは聞き逃してはいなかった。
カナの『ついて行って良い?』と言う言葉を。
「うん。だって楽しそうじゃん。楽しいことに目が無いのがカナちゃんなんだよー?」
「目が無いって、あんた分かって言ってるの? さっきみたいに、魔物に襲われること何かざらにあるのに……」
ストン!
軽い感じで受け答えをしているカナを咎めようと、ユフィーが話に割り込む。
だが、その答えと言わんばかりにユフィーの体の横を、突き出されたカナの槍が通り過ぎる。
軽快な音を立て、地殻の瓦礫に突き刺さった槍。その先には、魔物の姿があった。
「……まだ残っていたのね」
「残って、っていうより生き返っちゃった方かな?」
カナの言う通り、よく見るとその体には水滴が付着しており、ユフィーの氷から出てきたことがよく分かる。
おもむろに刺さった槍を引き抜き、肩に担ぎ直して本来言うべき言葉を言うカナ。
「ねー大丈夫でしょー」
「……棒読みで言われてもね……」
「……確かにね……」
にんまりとしたカナの笑顔を見て、シオンとユフィーはほぼ同時に呆れる。
だが、リィナだけはカナの旅の仲間入りを喜んでいた。
「わー! じゃあカナさんもこれで仲間ですね! じゃあ、私はナリアさんに伝えてきますね?」
「ちょ、方向音痴のリィナちゃん一人じゃ絶対に無理!」
喜びのあまり一人で走り出してしまったリィナを、慌てたカナが追いかける。
そして、二人その場に残されたシオンとユフィーは、お互い顔を見合わせて笑いあった。
・・・
・・
・
「ちっ。もう保たないわね」
ユフィーの目の前にあった氷の盾が綺麗な音を立てて崩れていく。
その様を舌打ちしながら見つめ、次の一手を打つためにスターレインを構えるユフィー。
だが、スターレインの宝玉の輝きは既に失われ、ユフィー自身も細かい息を吐いていた。
「限界が、近いわね……。くそっ、一人だとこんなものなの?」
悪態をつきながら自らの体の状況を確認していくユフィー。
怪我こそおっていないが、自らの魔力、体力はかなり限界に来ていたのだ。
この状況で怪我でも負おうものなら、そこからの巻き返しは不可能だろうと思うくらいに。
そんな時だ。聞きたい台詞が一番会いにくい相手の声で発せられたのは。
「ユフェルニカちゃん! 無事!?」
「っ! カナ・コルセルニア!?」
「何で態々全部言ったの? まぁいいけど…。加勢に来たよ!」
「なんであんたが……シオンとリィナはどうしたの?」
「リィナちゃんは港側に行った。シオン君もそこにいるんじゃないかな?」
「港側? あの子一人で行かせたの?」
「聞かないで。あの呪詛の念には耐えられないから」
「???」
突然のカナのそんな発言に、ユフィーはただ首を傾げることしか出来ない。
だが、すぐに素直になれないユフィーの性格が出てしまった。
「あの子に着いていけばよかったじゃないの。あたしはそこからでも追いかけていくから」
だが、カナは予想外にもその言葉をほぼスルーした。
「またまたー。そんな事言ってもダメだよー。さすがにこの量を一人でやるのは間違いでしょ。はんぶんこしようよ」
「ダメ。嫌だ」
「えー、ケチー」
素直に拒否の言葉を出したユフィーだったが、カナはそれに被せるように口を尖らせてユフィーを非難する。
そんなカナの態度に痺れを切らしたユフィーは、怒気を放ちながらカナに詰め寄った。
「……あんたねぇ、いい加減にしなさいよ。あたしは一人でもいいって言ってるの。ほっといてよ」
「嫌だよ。だって、ユフェルニカちゃん……消えそうだもん」
「え?」
先ほどまでの態度から一転。悲しそうな顔をしながらそう言ったカナ。
急に変えられた態度に、ユフィーは素に戻って声を上げた。
「私は君たちの事ほとんど知らないけどさ。それでも仲良くしたいの。だって、人の出会いは一生の宝物でしょ? それが例えどんな人でも」
どこか影のあるような物言いに、ユフィーは気圧されてしまう。
だが、カナはすぐに表情を戻して空を見上げた。
「ま、今はとりあえずこいつらを片付けないとね!」
高度を落としてきていたヒーナスを、カナはレストーションのリーチの長さを活かして刺し貫く。
空に向かって伸ばしたレストーションを戻し、肩に担ぐことで次の体勢に移行する。
タメを作るように体を捻り、何かを待つ。そして、貫いて落ちてきていたヒーナスの死体を、思いっきり打った。
「とりゃぁぁ!!」
掛け声と共に繰り出された砲弾は、数瞬前まで同族だったものを同じ肉塊に変えていく。
そのありえない芸当に、ユフィーは目を丸くしていた。
「ね? こいつらいたんじゃ、何も話も出来ないからさ。ささっとやっちゃおうよ」
両肩にレストーションを担ぎ、首を傾げながらユフィーに提案するカナ。
その言葉を聞いたユフィーは、薄く笑いながらその言葉に答えるために魔力を練り始める。
「そうね……。……ふふ、悩んでいた自分がバカみたい……」
「え? 何か悩み事あったの? 私で良ければ相談に乗るよー」
突っ込んでくるヒーナスの群れを迎撃しながら、悠々と答えるカナ。
その今まで悩んでいた元凶からの、分かっているようで分かっていない言葉に、ユフィーの堪忍袋の緒が切れた。
ブチィッ……。
「へ?」
そんな音が周囲に響き、背中に走る猛烈な悪寒と肌をザラつかせる殺気に、カナの動きが固まってしまう。
それは無論、本能で動いている魔物達も例外ではなく、この場にいるほとんどの生き物が行動を停止していた。
その殺気を放つ、ただ一人を除いて。
「……ふふふ……こんなに怒っているのはいつ以来かしらねぇ……。……ミーナがいた時でもここまで怒ることなんか無かったのに……」
最大級の真っ黒い笑みで場を支配するユフィー。
ギギギと、関節の錆びた人形のように首を回しユフィーの状況を認めたカナは、戦慄が奔ったように身を縮めた。
「ユ、ユフェルニカちゃん……あのー……」
「……あんたは後であたしがゆーーっくりとお仕置きしてあげるから……いまは避けきりなさい……」
「へ? ちょっ、お仕置きって何!?」
「目覚めよ、無慈悲なる氷の女王。愛する者すら凍らせる、その妖艶なる吐息で全てを氷に染めよ…。……冷やかな、眼差しを持って。……『凍テツク死都(デグバ・フローズン)』」
呪文を言った瞬間、ユフィーの周囲が一瞬で白に染まる。
煌めく雪原に変わり行く町を見たカナは目を輝かせていたが、次の瞬間その輝きは失われる事になった。
「っ! いや、ま、ちょっ、あのエリアに入ったら凍っちゃうの!!?」
見てしまったのだ。
一匹のヒーナスが変わりゆく氷の世界に入った瞬間、綺麗な氷の彫刻へと成り果てた姿を。
それを見て恐怖したカナは、何とかその範囲から離脱しようと試みる。
だが、それはヒーナスも同じようだったようで、人と魔物、二つの存在がこの時ばかりは気持ちを同じにしていた。
氷の女王。それを目の前で体現するユフィーから逃げなければならないと言う事に。
「……往生際が悪いわね……」
「ひぅっ!!」
「……大丈夫よ……人間は凍らないから……」
そう呟いたユフィーは、怯えて逃げ腰になっているカナの肩をゆっくりと掴む。
その周囲では綺麗で奇怪なオブジェが着々と出来つつあり、二人の周りは美術館のようになっていった。
「どどどどどど、どーしてなのかなー。人間が凍らないってー」
「……それはね? ……あたしがあんたにお仕置きするため……」
かなり吃りながら質問をするカナに、ユフィーは艶かしい手つきでカナの頬を持った。
「……さっきまで魔力も限界だったのに、ブチ切れてみたらかなり楽じゃない? だから、あんな魔法が出来たのはあんたのおかげ……」
「じじじじ、じゃあ、許してくれたりしないのかなー……ってか何で怒ってるのかなーー……?」
ユフィーに頬や首を撫でられながらも、カナは努めて明るい声で質問を続ける。
だが、ユフィーはその手つきを止めることはなく、カナの耳元へと口を持っていった。
「……あたしの知り合いはね……こうやってすると面白かったんだけど……。あんたはどうなのかしらね……」
「っ///!!!」
目の笑っていない笑顔で、カナの耳元で囁きつづけるユフィー。
その行為に顔を真っ赤にしながらカナが耐えていると、ユフィーの口がカナの耳を甘噛みした。
「っっっっ!!!!!」
「……クスクスクス……こんなものでは終わらせないわよ……。……もっといい声で鳴いてちょうだい……」
声にならない叫び声を上げ、身悶えするカナ。
だが、その声を聞いたユフィーは満足そうな笑みを浮かべながらも止める気は無い。
そしてこの後、シオンとリィナが合流するまでユフィーのお仕置きはカナに続いたのだった。
・・・
・・
・
ゴウッ!
ヒーナスを切り刻んでいたシオンは、唐突に聞こえた風を引き千切る音に驚く。
その音がする方角に目を向けると、ヒーナスの群れに向かって風の砲弾が次々に飛来していた。
「あれは……」
「シオンさーーーん!!!」
「……やっぱりリィナだ」
シオンの予想通り、感動の叫び声を上げながらリィナがシオンの元へとやってきた。
「やったやった、会えましたよ会えましたよー!! アレからは迷子に何かなってないですから、大丈夫です!」
「アレから? ま、いいや。一人でここまで来れたんだ、すごいじゃないか」
「えへへー」
褒められたことが嬉しいのか、素直に照れるリィナ。
だが、すぐにシオンの様子を見てその表情は引き締まった。
「し、シオンさん! ボロボロじゃ無いですか!」
「ん? ああ、怪我は無いんだけど、結構服がね……」
自らの状況を再確認するシオン。
着ていたローブの裾は千切れ、至る所にヒーナスの嘴によって裂かれた傷。そして、かなりの量の返り血。
さすがに誰がどう見ても満身創痍と思うだろう。
だが、シオンは何事も無いかのようにローブを脱ぎ捨て、ヒーナスの群れを見つめ直した。
「……そう言えばリィナ。風燐華を出してるみたいだけど、きちんと使えるようになった?」
「はい。特に今はこんな状況なので、あまり制御に力を入れなくていいからですけど……」
「それでもいいさ。魔法なら、この真っ黒な空も簡単に青に戻せるでしょ?」
笑いながら未だに無くなる気配の無いヒーナスの群れを指差すシオン。
その仕草を見て、リィナは大きく頷いてこう返した。
「そうですね……。……なら、片付けちゃいましょうか」
「うん。よろしく」
「……螺旋よ。風の流れに乗り、回れ。轟け。そして、嵐となれ! 『轟ノ風(ロアー・ウィンド)』!」
リィナが呪文を唱え終わった後、風燐華を基点に莫大な風が集まる。
そこにあるだけでも小規模の台風のような感覚をもたらすが、今この状況ではその言葉でも生易しい。
圧縮された風の塊が唸り、轟く。
その風を、リィナは風燐華を横薙に振るうことで手放した。
「やぁっ!」
小さな気合と共に、風が風燐華から離れる。
風燐華という鎖を失った風は、その範囲を爆増させて進む。
天災が起こったかのような嵐が、空にあるヒーナスの群れを飲み込んだ。
バシッ。
「っとと。結構飛んでくるね」
ザンッ。
「えいっ。……そうですね」
嵐に煽られほとんどのヒーナスは空へと舞い上がるが、あの世への切符を取れなかった者がシオンたちに向かって飛んでくる。
急激な気圧の変化で絶命してしまっている死体を、シオンはカテドラルで弾き返し、リィナは風燐華で切り伏せていた。
「……ふぅ……。……ありがとう、リィナ。正直、一人じゃどうしようもなかったからね。助かったよ」
「いえいえいえ。私は特には何もして無いですよ。だって、頑張ったのはシオンさんですから」
嵐が去り、シオンがカテドラルについた血を拭き取りながらリィナに礼を言う。
礼を言われたリィナは、顔を照れで赤く染めながら風燐華を一度露払いしてから鞘に収めた。
「そうかな? ま、なんにせよ終わったんだ。被害も少ないみたいだし、良かったよ」
「そうですね。やっぱり港ですから、人が少なかったですし」
「……いや、本来この襲撃は無かったはずなんだ」
「え? どういうことなんですか?」
「『ヒーナス』……。あいつが現れて言ったんだ。『復讐のため』って」
吐き捨てるようにその時のことを話すシオン。
彼にとって、過去に縛られることはもう止めたことだ。
過去にどんなことがあっても、それを後悔した所で未来には繋がらない。
それが、ユフィーと出会った村で学んだことだからだ。
「復讐……。……何があの人を駆り立てるんですかね」
「分からない。ある程度のことは聞いたから、王様に会ったときに聞いてみることにするよ」
「あ、それなら王国騎士団の方が来ているので、それに混じってクルメニアまで向かいましょう。それの方が早いですし」
「分かった。じゃあ、ユフィーとカナを探しに行こうか。あっちも探してるかもしれないし」
「はい!」
「……とは言っても、見つけやすいんだけどね。ユフィーが戦った後は」
「え? なんでですか?」
「ユフィーは氷の魔導師だから。周囲が凍ってたら、確実にそこにユフィーがいる」
「あ、なるほど」
シオンの確信をもった台詞に、リィナが手を叩きながら納得する。そして、シオンの言葉通りユフィーが戦っていたであろう場所に、二人は辿り着く。
白銀に変わってしまった世界を見つけ、シオンとリィナはそこにユフィーがいることに安堵したのだが、見つけたときの状況が良くなかった。
そこにカナがいることにも、二人は少しばかり驚きを覚えたのだが、それよりも不可解な事があったのだ。
二人の体勢である。
ユフィーがカナを組み敷いている。そこまでは分かるのだが、その雰囲気がとてもヤバい物になっていた。
「……何してるの?」
ユフィーとカナに二人と無事合流できたというのに、その状況を見てしまったシオンの口から出てきた言葉はそんな言葉だった。
「……お仕置き?」
「シオン君助けて! このままだと私、何か大切なものを失う気がするから!!」
珍しくキョトンとした表情のユフィーに対し、組み敷かれているカナは必死の形相でシオンに助けを求める。
そして、その場所にいて本来助けるべき側であるリィナに声がかからなかったのは、とある理由があった。
「…………///」
顔を真っ赤にして顔を隠したまま、蹲っているリィナ。
だが、その隠された指の隙間からきちんと二人の事は見ていた。
恥ずかしい事は恥ずかしいが、興味はきちんとあるらしい。
「……はぁ……どうしてこうなったのやら……。ま、とにかくユフィーはカナからどく。で、リィナはきちんと立つ」
「え? 止めちゃうんですか? もったいないです……」
先ほどまで真っ赤になっていたくせに、シオンの一言で離れた二人に口を尖らせるリィナ。
「どの口が言うかどの口が」
「いひゃい。いひゃいでしゅ、かにゃひゃん」
だが、ユフィーの束縛から逃れたカナが恨みを込めてその頬をこねくり回したために、変な声が出てしまっていた。
その様を見て、シオンは今日何度目かになるため息をしっかりと吐いた。
「……はぁぁ……。とにかく三人とも、これからの事を連絡したいんだけど、いいかな?」
「構わないわ」
「私もいいよー」
「は、はなひてくだひゃーい……」
「……カナ? いい加減離してあげて」
「おっと」
未だにリィナの頬をこねくり回していたカナを咎めるシオン。
注意されたカナは、なぜか体を仰け反らせながらリィナの頬から手を離した。
「……話の腰を折られたけど、とりあえず言うね。僕等の元々の目的である王都には王国騎士団と共に向かうことにした。ユフィーとリィナはそれでいいね?」
「ええ」
「はい。ナリアさんならきっと分かってくれます」
シオンの提案に、二人して納得する。
そして次にシオンはカナに対してこう言った。
カナに関しては王国に来てから出会った人間だ。出会って間もない人間が、そうそう簡単に自らの意見に賛同してくれる訳が無い。
そうシオンは思っていた。それに、わざわざ素性を隠しておく必要がないとも。
だが、その不安はいい意味で裏切られることになる。
「カナ。僕とユフィーは帝国の人間なんだ。そして、僕の本当の名はシオン・セナ・ファルカス。帝国の第一王子だ」
「……へ?」
自分の話すことに集中してしまっているシオンに、カナのその間の抜けた声は届かなかった。
「僕等は帝国で起こった事件を王国に伝え、そして打開策を模索するためにここに来たんだ。それで──カナ?」
そこでシオンはようやく気づく。
肩をプルプルと振るわせ、俯いて何かを我慢しているようなカナの態度に。
その態度をどう解釈したのか、シオンは少し慌てながらカナに再度声をかける。
「え、えっと、カナ? どうし──」
「かっこいいいいーーーーーーーーー!!! なにそれなにそれなにそれなにそれーー!! 王子様が仲間を引き連れて旅ですか? かっこいいなー、凄いなー。それに失礼だけど何か楽しそう!! 私もついて行って良い?」
リィナの魔剣の時のような凄まじいテンションで捲し立てるカナ。
前回はここでユフィーがキレたのだが、ユフィーは対処法を学んだようでいち早く耳を手で塞いでいた。
だが、その予見が出来ていなかった二人は、耳を違う意味で塞いで頭すらも抱えてしまっている。
「……カナ……声が、おっきい……ってか、痛い?」
「……うぅー……この前よりも威力が上がってる気がしますよー」
耳を抑えながら蹲る二人。リィナに至っては目に涙を溜めている。
「……ごめんなさい。声がおっきくなるのは分かるんだけど、なーんか知らず知らずのうちにおっきくなっちゃうんだよねー」
「まぁいいけど……。で、さっき言ってた言葉だけど……」
耳を塞いでいても聞こえる大音量だったために、シオンは聞き逃してはいなかった。
カナの『ついて行って良い?』と言う言葉を。
「うん。だって楽しそうじゃん。楽しいことに目が無いのがカナちゃんなんだよー?」
「目が無いって、あんた分かって言ってるの? さっきみたいに、魔物に襲われること何かざらにあるのに……」
ストン!
軽い感じで受け答えをしているカナを咎めようと、ユフィーが話に割り込む。
だが、その答えと言わんばかりにユフィーの体の横を、突き出されたカナの槍が通り過ぎる。
軽快な音を立て、地殻の瓦礫に突き刺さった槍。その先には、魔物の姿があった。
「……まだ残っていたのね」
「残って、っていうより生き返っちゃった方かな?」
カナの言う通り、よく見るとその体には水滴が付着しており、ユフィーの氷から出てきたことがよく分かる。
おもむろに刺さった槍を引き抜き、肩に担ぎ直して本来言うべき言葉を言うカナ。
「ねー大丈夫でしょー」
「……棒読みで言われてもね……」
「……確かにね……」
にんまりとしたカナの笑顔を見て、シオンとユフィーはほぼ同時に呆れる。
だが、リィナだけはカナの旅の仲間入りを喜んでいた。
「わー! じゃあカナさんもこれで仲間ですね! じゃあ、私はナリアさんに伝えてきますね?」
「ちょ、方向音痴のリィナちゃん一人じゃ絶対に無理!」
喜びのあまり一人で走り出してしまったリィナを、慌てたカナが追いかける。
そして、二人その場に残されたシオンとユフィーは、お互い顔を見合わせて笑いあった。
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・・
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