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小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)

二章 遥かなる旅

「ひっ! こ、こないで!」
「んぁ? んだこのガキ?」
「何ですかあなた。幼女趣味でもあったんですか?」
「違ぇよクソ野郎!!」
 割れた窓ガラスの破片を踏み鳴らしながら、二人組の男がコロナに近づく。
 コロナは突如として現れた男たちに腰を抜かして、わなわなと震えることしかできなかった。
「ったくよぉ、なーんで俺様がこんな事しなくちゃいけねぇんだよ」
「黙りなさい。待機もまともに出来ない猪のくせに喋らないで下さい」
「んだとコラァ!!」
 他人の家の物を壊して不法侵入しておきながら、この二人の男たちは完全にいがみ合っていた。
 一人は完全に喧嘩腰の、ポケットに手を突っ込んだままもう一人の男を睨む、斑模様の黄色の髪をした長身の男。
 もう一人は、眼鏡に手を当てたまま冷静にツッコミをかます、右側の茶色の髪の毛が異常に長い痩身の男。
 その二人の男たちは、今にも殴り合いを始めそうな雰囲気のまま言葉を交わしていく。
「その通りの事を言っているんですよ。あの方に迷惑をかけないでください、この無能」
「こ、の……言わせておけばぁ!」
 チャキッ。
 痩身の男の言葉に完全にキレてしまったのか、懐から小さな短剣を取り出してその刃先を向ける長身の男。
 向けられた刃を冷やかな目で見つめながら、痩身の男はぼそりとこう言った。
「はぁ……向ける相手は他にいるでしょう? ねぇ? ビルスティアのお嬢さん?」
「姫! ご無事ですか!?」
 痩身の男が顎で指し示した先には、息を切らせながら走ってきたメアの姿が。
 男たちには目もくれず、床にへたり込んでいるコロナをその両手で抱きしめた。
「姫……よかった……」
「……メ……ア……うわあぁぁん!」
 見知った者の顔が見れたせいか、その両手の中で声を上げて泣き出すコロナ。
 やはり、この小さな体には大きすぎる衝撃だったようだ。
「けっ。泣かせてくれるじゃないの?」
「無視されましたね……いやはや嘆かわしい」
 だが、その動きは男たちの癇に障る行為だったようだ。
 静かに怒気を滲ませながらメアたちに迫っていく。
「……まぁ、なんだ。お前ら鬱陶しいから死んでくれや」
 長身の男は、そう言って手に持っていた短剣を閃かせる。
 流れるように繰り出された剣閃は、そのまま真っ直ぐメアの後姿を捉えた。
 ガキン!
 しかし、その剣閃の間にシオンのカテドラルの刃が割り込んだ。
「なっ! てめぇ! 何しやがる!!」
「それはこっちの台詞さ! 君達はいったい何者なんだ!?」
 突如として弾かれた刃を見ながら、長身の男はシオンに対して怒鳴り声を上げる。
 シオンもその怒鳴り声に負けないよう、声を張り上げて問いただす。
「急に人に剣を向けたりして、一体どういう了見なんだ!?」
「はっ! てめぇみたいなガキには関係ねぇよ! 邪魔すんならてめぇから……」
「待ちなさいこの猪」
 問いただすシオンに長身の男がキレかかるが、それを痩身の男の冷やかな声が止めた。
「ああ!? なんでだよ!」
「……ターゲットです。彼が」
「え?」
 急に向けられた指に、シオンはただ困惑する。
 その困惑の表情を好機と見たのか、長身の男が口を釣り上げながらシオンへと迫っていく。
「……へぇー……てめぇがねぇ……。ま、悪く思わないこった。呪うなら運命って奴を呪ってみるんだな」
「なにバカな事を言ってるんだ! 君たちは罪を犯している。しかるべき所でしかるべき罰を受けるんだ!」
「しかるべき罰……ですか。笑わせてくれますね。私たちは、生きていることそのものが罰だというのに……」
「なにを言って……!」
「仕方ありません。今回は御挨拶ということにしておきましょうか。後ろのお嬢さん方にもね」
「……いつから気づいていたの?」
「気配は隠せていたはずなのに……」
 ゆっくりと頭を振るように周りを指し示した痩身の男。
 その声に反応するように、部屋の影からユフィーとリィナがそれぞれ愚痴りながら出てきた。
「……ほとんど最初から、と言ったら驚きます? ま、今回は御挨拶です。私は『ヒーナス』と名乗っております」
「俺様は『エルブレイア』だ! 覚えておきな!」
 名乗られた男たちの名前の異様さに、シオンとユフィーの顔が引きつる。
 ヒーナスといえば、ユフィーの友人、ミーナの命を奪った魔物の名前なのだから。
「どういう事です? なぜ名前が魔物の名前なんかに……」
 その事を知らないリィナが、皆を代表するかのように男たちに話しかける。
「あなた方は知らなくてもよいことですよ。では、私たちはこれにて…」
「……待ちなさい……」
 そう言って踵を返してこの場から離れようとする男たち。
 だが、静かに重く響き渡ったメアの声がその動きを止めた。
「……姫に手を出して、生きて帰れると思っているんですか……?」
「あ? 何言ってんだてめぇ? そこのガキは勝手に驚いてこけただけだろうが」
「……姫に手を出す者は……私が殺す……!」
「は?」
 ギャリィィン。
「ちっ!」
 メアがふらりと動いたかと思うと、次の瞬間には『エルブレイア』の男の腹を薙いでいた。
 だが、男はそれに反応して、隠し持っていた短剣でそれを受け止めた。
「……行きましょう、『風燐華(ふうりんか)』」
 手元に意識を集中し、愛剣の名前を呼ぶ。
 薄緑色の光に包まれたメアの両手から現れたのは、抜き身の『刀』と呼ばれる長剣。
 薄く、美しい輝きを放つその長剣は、メアの両手に収まると同時に柔らかい風を発した。
「なに!? 魔剣だと!?」
「……これは分が悪いですね……。格好はつきませんが、逃げさせていただくことにしましょう」
「逃しません!!」
「逃してくださいよ。こいつを置いていきますから」
 パチン!
 そう言った『ヒーナス』の男は、空に向かって指を鳴らす。不気味に響き渡ったその音は、男の思惑どおりあるものを呼び出した。
「ギャァァォォ!!!」
「「「「っ!!」」」」
「……グリム、ワイバーン……!」
 響き渡った魔物の盛大な鳴き声は、耳を塞がなければ意識を飛ばしそうなものだった。だが、メアだけは例外で、現れた魔物の名前をゆっくりと呼んでいた。
 上空に出現した大きな巨躯。人が勝負を挑んでいいはずがない、その神々しさ。深緑色の巨大な体躯に、鋭利に尖った牙と爪。波打つ鱗に、しなやかな尻尾。魔物の中でも最強の部類に入る、ワイバーンの眷属だ。
「あなた方の相手はこの子が努めますので、どうかお手柔らかにお願いしますね。では、また会いましょう。……時の少年……」
「え? 今、何て……」
「シオン! 今はそんな事気にしてる場合じゃないでしょう!?」
「あ! そうだね、ごめん」
 律儀に呼び出した者が離脱するのを待っていたのか、グリムワイバーンは現れたときの対空状態で留まっていた。だが、それも一瞬。すぐに攻撃に転じた。
 ゴアァァァ!!
 大きく開けられた口から繰り出されたのは、暗い紫色の火炎。
 広い範囲に拡散する竜の吐息は、確実に五人をとらえていた。
「はぁ!!」
「氷結の氷よ。我らに迫る脅威を破る盾となれ! 『結晶氷陣(クリシミナル)』!」
 迫りくる火炎を、メアは風燐華を振ることで暴風を生み出して回避し、ユフィーは巨大な氷の盾を出現させて防御した。
「くっ! こんな火炎、見たことも聞いたこともないわよ!?」
「止めるんだユフィー! 受け流す方がいいから、力を入れないで!」
「え? なんで……」
 ボゴォォン!
 氷は熱せられれば溶ける。そして溶けた氷は水となり、急激に熱せられた水は気化し爆発する。
 いくら魔法によって森羅万象の力を得たといっても、万物の法則には勝てないのだ。
 それを予見したシオンがユフィーに警告を送るが時既に遅し。十分に熱せられた氷の盾は、一気に爆発した。
「ちっ。ならもう一個作るだけよ!」
 スターレインの宝玉が輝き、無詠唱で同じ巨大な氷の壁が出現する。
 その氷の壁は飛び散る氷の破片からシオンたちを守り、消滅した。
「くそっ。空に上がられたまんまじゃ、僕等は手が出せない……。ユフィーの魔法も、あの火炎とは相性が悪いし……どうする?」
「関係ありません。姫の前に現れる敵はすべて私が殺します。それが私の決意。それが私の生きる意味」
 そう言いながら、メアは風燐華を上段に構えてグリムワイバーンに向かっていく。
 そして、そのまま風燐華を振り下ろした。
 ビシュン!
 薄緑色の風の砲弾が、空気を切り裂きながらグリムワイバーンに直撃した。
「ガァァァ!!」
 翼部分に当たったらしく、グリムワイバーンは軽い悲鳴を上げながら落ちていく。
「よし! これなら僕らの攻撃だって当たる!」
「はい! 行きましょう、シオンさん!」
 落下してくるグリムワイバーンの巨躯を冷静に見つめながら、シオンとリィナの前衛組みが吶喊を仕掛ける。
 しかし、さすがは魔物の中でも最強の部類に入るワイバーンの眷属。
 地面へと落下する前にその強靭な尻尾を屋敷の壁へと叩きつけ、屋敷を破壊する。
「なっ!」
「キャア!」
 その屋敷の崩落に巻き込まれ、シオンとリィナは、瓦礫と共に地面へと落ちていく。
「シオン! リィナ! くっ、あたしも降りるしか……メアとか言ったわね! あんたはそこの子を安全な所まで退避させなさい! あたしはシオン達を追うわ!」
「分かりました! 姫、こちらです!」
「…………」
 終始無言だが、コロナはメアの声に従い屋敷の奥へと逃げていく。
 それを確認したユフィーは、シオンたちの下へと急ぐ為に駆けていった。
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