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小説:アクレニア戦記 ~二つの決意~ (完結)

二章 遥かなる旅

 ぐぎゅるるるる……。
「はうぅ……」
 盛大な腹の音が、森の中に響く。
 小刻みに鳴る腹の音に、その腹の持ち主はお腹を押さえながらフラフラと歩いていた。
「……お腹空きましたぁ……」
 お腹を押さえながら嘆く声の発信源は少女。
 白銀の髪を頭の後ろで一つに纏めた、真剣さと真面目さがうかがえる、青く澄んだ瞳を持った少女である。
 そして、その腰には少々不釣り合いな長剣が吊るされており、軽装だが造りがしっかりしてある鎧にあたって、ガシャガシャと音を立てていた。
 そんな少女が、羞恥に顔を赤く染めながら森の中を彷徨い歩く。
「……うぅー……ここはどこなんですかー……」
 さらには、完全な迷子になってしまっているようである。
 決して暗くはないが、人里離れた雰囲気の森の中に少女が一人。かなり危ない状況である。
 だが、この少女はそんなことが微塵も頭の中に無いのか、ただ悲壮感漂う歩き方で森の中を歩いていた。
「……ん? これは……クン、クンクン……」
 しかしこの少女、運は持っているようだ。
 突如として香ってきたおいしそうな肉の匂いに、鼻をヒクつかせながらその出所を探す。
 そして、その匂いが出ている所に向かって、だらしなく開けた口から涎を垂らし続けたまま、フラフラとした足取りで向かって行った。
・・・
・・
・
「いやー、ちゃんと燃やせる枝が見つかって良かったねー」
「……それはあたしに対する嫌味と取っていいのかしら?」
 パチパチパチパチ……。
 炎がそんな音を出しながら燃えていく。その炎を囲むようにして、シオンとユフィーは少しばかり大きな切り株の上に座っていた。
 シオンは手に持った木の棒で、炎の調節のために燃えている枝を突いている。
 その間、ユフィーはクローウルフを解体して、調理できる大きさに小分けしており、役割分担が行われていた。
「そういえばさ、このままこういう役割がつきそうだよね。僕が火とかの雑用管理で、ユフィーが調理役みたいな」
「……あたしは最初から何となくこんな感じがしてたけどね。王子様が料理なんかできる訳ないもの」
「確かにそうなんだよねー。結構僕は何でもやらせて貰えたんだけど、調理場だけは入れてくれなかったからね」
「面目が立たなくなるからじゃないの?」
 そんな話をしながら、ユフィーは作っておいた台座に肉の塊を乗せ始める。串のようにした肉がついた棒も、一緒に炎の周りに突き刺していく。
 後はこれを焦げないように放っておくだけだ。
「あ、いい匂いしてきたねー」
「そうですよ! あー、早く食べたいです!」
「うん。僕ってこう言うお肉の形って食べたこと無いから、楽しみだよ」
「私もですよー!」
「ワイルド料理って言うんだよね? あれ、男の料理だっけ?」
「多分両方あってると思いますよ! ってか、早く食べたいです!」
「ん?」
 そこまで喋って初めて、シオンは首を傾げる。
 自分はいったい、誰と喋っているのだろうかと。
「……あんた……誰?」
 そして、ユフィーのかなり不機嫌な声が響く。
 その不機嫌な声を聞いたシオンと、もう一人の声の主はお互いを見つめあった。
「うわぁ!」
「キャァ!」
 叫び声を上げ、二人共その場から飛び去ってしまう。どうでもいいがこの二人。かなり身体能力が高い。
 飛び去ったシオンは尻餅をつきながら、その侵入者に向かって指を指した。
「だ、誰!?」
「すいませんすいません! いい匂いがしたものでして決してやましい思いがあったからではなくお腹も空いていて迷子にもなっていて人がいるという事に感動を覚えてしまっただけなんです! あ、私はリィナ・ハーキュリーって言います。以後お見知りおきをお願いします」
 凄まじい勢いと、ほとんど一息で言っているような言葉と、突然の自己紹介に二人はあっけに取られ、後退りしながら地面に減り込む勢いで土下座する、リィナと名乗った少女の姿に苦笑いしか出てこなかった。
「え、えーっと……とりあえず頭を上げてくれると……」
「何でそんなに申し訳なさそうなのよ、あんたは」
「なんとなくだよ、なんとなく」
「……まあいいけど」
 シオンの下手に出た対応に、ユフィーは不満を漏らすが、土下座し続けるリィナに話しかける事を了承する。
「すいません……。私、色々と混乱して……」
 ぐぎゅるるるる……。
「……はぅー///」
 自分では制御する事のできない腹の虫の叫び声に、リィナは顔を真っ赤にさせてしまう。
 そんなリィナを哀れに思ったのか、シオンはタイミング良く焼けていた肉の刺さった串をリィナに差し出した。
「……食べる? 量はあるから」
「……いただきます」
 顔が真っ赤な事をごまかすかのように、リィナは一気に肉にかじりついた。
 モグモグムシャムシャ。
「あ、君だけ名乗らせちゃってごめんね。僕はシオン。シオン・セン・ファルカス。シオンって呼んで?」
「……ユフェルニカよ」
「あ、こえふぁごえいえいにほうも」
「うん。口の中のものを飲み込んでから喋ってくれると嬉しいかな?」
 口いっぱいに肉を詰め込んだまま喋るリィナに、シオンは詰問するような形で言葉を口にする。こうでも言わなければ、自分の後ろに立っている魔導師様がいつキレるか分かったものではないからだ。
「むぐむぐ……ごくん。ご丁寧にありがとうございます。私の名前は……言いましたよね? リィナって呼んで下さい」
「じゃあリィナ。さっそく質問なんだけど、なんでこんな所でお腹を空かせて歩いてたの? しかも一人で」
「もしや家出とかじゃないでしょうね? 親に怒られて、帰るに帰れなくて悩んでるとか」
「うぐっ」
「……何よその反応。まさか、図星とかじゃないでしょうね」
「……あははは……」
 ユフィーが言った推測が見事に当たってしまったようで、リィナはそんな乾いた笑いを出すことしかできない。
「はぁ……。変な拾い物しちゃったわ」
 顔に手をやりながら、ユフィーは心底呆れかえった声を出してしまう。
「こらこら、ユフィー。そんなこと言っちゃダメだろ」
「だって、ねぇ……。王国に向かう途中で初めてあった人間が、家出少女って。悲しすぎやしない?」
「まぁ、一理あるけどさ」
「あのー……。お二人は、王国に向かっているんですか?」
 シオンとユフィーの、リィナを庇っているのか庇っていないのかよく分からない会話の中に、リィナがおずおずと言った様子で言葉を挟む。
「ええ。ここはフォーゲルノート帝国の首都、シンセミアの近くの森よ。あたしたちはそのシンセミアから出てきたの」
 珍しく親切なユフィーの言葉を聞いた途端、リィナは数瞬固まった後、唐突に叫び声を上げた。
「……へ? ここって、帝国……? ……えぇーーーー!!!」
「「っ!」」
 突然の大音量の叫び声に、シオンとユフィーは二人揃って耳を押さえる。
 リィナはそんな事が目に入らないのか、急に立ち上がると辺りを忙しなく見渡しだした。
「な、何で私帝国に来てるんですか!? 私は王国にいたはず……っていうか、初めて来ましたよ帝国なんて!!」
「ちょっ、ちょっと! 落ち着きなよ!」
「……凍らせましょうか?」
「って、ユフィー! 物騒な事言わなくていいから! そりゃ額に青筋立てたくなるのは分かるけど!」
 騒ぎ出したリィナを止めようとしたシオンだったが、スターレインを構えて魔力を練るユフィーにそれ所ではなくなってしまう。
 ユフィーとしてはイライラを発散させたかっただけなのだが、そのやり方が悪い。
 それに加え、ユフィーは気に入らない人間──初対面も含まれるが──にはかなり冷たいのだ。それが分かっているシオンは、何とかユフィーを宥めようとする。
「……うるさい奴には死刑よ。勝手に騒ぎ立てる奴にもね」
「何その物騒な判決! それに、両方一緒みたいなものじゃないか! もう、初対面の人にばっかこんな事してると、いつか刺されるよ?」
「ふん。やれるもんならやってみなさい」
「いやいやいや、女王様なんかにならなくていいから」
 軽くふんぞり返ってしまったユフィーに、シオンは完全に呆れ返ってしまう。
 だが、何とか意識を逸らすことには成功したようで、スターレインを構えている事は無くなった。
 それを認めたシオンは、次にリィナの状況を確認するために声を上げる。
「……で、落ち着いた?」
「はい。とても落ち着きました」
「そう? ならいいけど……。……でさ。リィナ、これからどうするの? と言うか、どうやってここに来たか分からないの?」
「うーん。無我夢中でここまで走って来たので、あんまり経過はよく覚えていないんですよ」
 むむむと言った風に首を捻って考え込んでしまうリィナ。
「無我夢中? 家出でどうやったらそこまで……」
「いや、家出じゃないですよ? いや、傍から見れば私の状況って家出になるんですか?」
 首をかしげてそう聞くリィナに、シオンは呆れてものも言えなくなってしまう。
「私、剣士になるって言う夢があるんですけど、家柄と言うか、女だから剣士にはなれないって親に言われて大喧嘩しちゃったんですよ。それで家を飛び出して走ってたら、この森に迷い込んじゃって……」
「――食料がなくて腹を空かせていた所に、あたしたちが居合わせたってわけね」
「そうなんです」
 何も言わなくなったシオンに代わり、ユフィーがリィナの言葉に答える。
 だが、何も言わなくなったシオンは、急速に頭を回転させていた。
 それもそのはず。リィナが叫んでいた通りに、本当に王国に住んでいるのなら、走って来たという言葉はまったくもっておかしい。
 シオンたちが目指している場でもあるが、北と南の大陸の間には、元は一つの大きな大陸間に亀裂が走ったような海溝、レミアルナ海溝が存在しているのだ。帆船を使った上で、一日以上かけなければ乗り越えることのできない大きな海溝を、とても走ってきたという言葉では言い表わせないのである。
「……ほんとに走ってきたの? 帆船には乗らなかったの?」
 そこまで考えたシオンは、リィナに疑問をぶつける。
「帆船? あ、やっぱり帝国には情報が行き渡っていないんですね……。今、王国側から帆船は出ていませんよ?」
「え? どういうこと?」
 リィナから突然知らされた知らせに、シオンはかなり驚いてしまう。
 その発言もユフィーはもちろん聞いており、なぜか問い詰めるような形でリィナに質問する。
「あたしも聞きたいわ。あたしたちは王国に向かってる。それに、帝国側からの帆船は出ているはずよね? ならなぜ王国側は帆船が出ていないのかしら?」
 なぜかリィナの襟首を掴みながら、凄むように質問していくユフィー。もはや質問と言うより、詰問である。
 しかし、端から見ているシオンとしては、小柄なユフィーがごくごく一般的な身長のリィナの襟首を掴む姿は、なんというか滑稽だった。
 だが、そんな事は睨まれているリィナには関係ない。
「な、何か怖いんですけど……。えっとですね、今王国では魔物の襲撃が頻発しているんです」
 リィナの口から発せられた言葉は、奇しくも二人の報告すべき事柄と一緒だった。
「魔物の襲撃……」
「はい。そのせいで騎士団が出ずっぱりで、定期連絡も行えない状況なんです。それに王国では、帆船や出国の手続きが騎士団任せなので……言いたくないんですが、後回しになってるんです」
 リィナの口から伝えられた単語に、ユフィーの記憶が蘇っていく。
 ユフィーが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、代わりにシオンが喋り出した。
「……僕等も昨日、魔物に襲われたんだ。帝都シンセミアはほぼ壊滅状態。みんな『帝都崩落』って言う名前をつけて呼んでる」
「そうだったんですか……。でも、王国も帝国も魔物の襲撃に悩んでる。……どういうことなんですかね?」
「どうもこうもないわ。ただ、襲われている人々を救えばいいのでしょう? やってやるわよ」
「……そう簡単に事が運べばいいんだけどね」
「どういうことよ。魔物を滅する。もう二度と、同じ思いをする人を無くすために……」
 罪を許すための、許されるために自分に科した贖罪の決意を露にするユフィー。
 だが、シオンはそんなユフィーの決意に危うい物を感じていた。
 ユフィーの覚悟が、どこか死に急ぐような危険な物に思えたからだ。
「……よく分からないんですけど、王国に向かうんですよね?」
「ああ、うん。そうだよ」
「……なら、私もついて行っていいですか? 絶対と言っていいほど道が分からないですし、それに自分で言うのは何なんですけど、私は一人で出歩けないんです」
「うん、いいよ。仲間が増えるのは大歓迎……」
 申し訳なさそうに報告するリィナだったが、それをシオンは快く了承する。
「はぁ? 何言ってるのあんた。どこかの箱入り娘なの?」
 だが、そんな二人にユフィーの氷の言葉が突き刺さった。
「いえ、あの、ほんとにすいません」
 その言葉の冷たさに負け、もう一度地面に減り込みながら土下座を開始してしまうリィナ。
 そのかなり哀れな姿にユフィーはかなり満足しているようだが、シオンはかなり焦っていた。
「こらこらこら。ユフィー、何してるのさ!」
「なに? 変な事口走ったからでしょ? 一人で出歩けないんですってなに?」
「そんな事したらダメだって! 思い出したんだけど、ハーキュリーって言えば王国の客員剣士の家系なの! 箱入りのお嬢さんでもおかしくないから!」
「あら、そうなの? でも、平民のあたしには関係ないわね」
 土下座しているリィナを眺めながら、何とも言えないような、恍惚の表情になっているユフィー。
 未だに土下座を続けるリィナは、シオンの言葉に数回微妙に反応しただけで、まったく動かなかった。
「ああもう! ほら、リィナもいつまでもそんな事に付き合ってないで、顔を上げてよ!」
 業を煮やしたのか、土下座しているリィナの肩を持って思い切り立たせるシオン。
「……それに、僕だってあんまり知らないことは多いんだよ? リィナと一緒じゃないか」
「え? 私と一緒……?」
「そうだよ? と言うか『ファルカス』って聞いたこと無い? 自己紹介の時にも言ったと思うんだけど」
 そう。シオンは最初の自己紹介のときに、偽名を使わない状態で名乗ってしまっていた。普通、シオンはこう言う場で名乗りを上げるときは偽名を使う。その方が混乱無く話を進められるからだ。
 だが、その時にリィナは何の反応も示さなかったので、シオンは内心安堵していたし、少しばかり落胆もしていた。
 しかし、それがリィナの天然によってかわされたと言う事を、シオンは嫌でも知ることになる。
「……ファルカス……んん? ……どこかで聞いたことが……ああ。帝国王家の姓名ですね。でも、なんで……ええぇぇーーーー!!! し、シオンさんって王子様なんですか!!?」
 再びの絶叫。
 だが、今回は息を吸い込む姿が見られたため、二人共耳を塞ぐことができていた。
 耳を塞ぎ態々しゃがみ込んでまで、絶叫という名の凶器を回避すると、ユフィーのイライラが爆発した。
「……あんたはぁ! うるさいのよ! 『氷刃練武(アイシクル・レゾン)』!」
「ちょっ、ユフィー!」
 比較的軽い魔法をリィナに向かって放つユフィー。
 その様を見たシオンは、慌ててその間に入ろうとするが時既に遅し。
 飛来する氷の刃は、リィナに確実に届いていた。
 フワッ……。
「「「な!?」」」
 突然吹いたリィナを中心とした小さな竜巻に、氷の刃はすべてすくわれ落下する。
 その事に驚きを隠せない二人だったが、その竜巻の中心となったリィナ自身も驚いていた。
 薄緑色に輝く風は、リィナの周りをくるくると回ると、突然消えてしまう。
 その一連の不可解な事に、三人は驚きで声もでなかった。
「……リィナって魔法が使えたの?」
 その沈黙を破ったのはシオンだった。
 明らかに自然の風ではない薄緑色の風。それが魔法によるものだと言う事は、魔法に関してあまり詳しくないシオンでも、簡単に推察できる事柄だった。
 神妙な面持ちでリィナの言葉を待つシオン。だが、当の本人であるリィナはかなり困惑していた。
「え? え? え? わ、私が魔法を? い、嫌ですねー、そ、そんな訳ないじゃないですかーあははははは……」
「……壊れたわね」
「……うん、確かに」
 壊れたというより、信じられない物を目にしたというような、現実逃避の笑い声を上げるリィナ。
 だが、いつまでもこうする訳にもいかない。今この瞬間も、時間は刻一刻と進んでいるのだ。
「……ちょっと、いい加減目を覚ましなさい」
 ボカッ。
「あいたっ」
 スターレインを使って、リィナの頭を軽く殴るユフィー。
 現実の痛みに引き戻されたリィナは、一度辺りを見渡した後にこう言った。
「……今日もいい天気ですねー」
 軽くで引き戻せなかったのなら、強くすればいい。今度はスターレインではなく、自らの手でユフィーはリィナの頭を殴った。
「……目ぇ覚ませぇ!」
 ドガッ。
「あいたー!!」
 殴られる音とリィナの叫び声が、朝露の光る森の中に響く。
「ユフィー。そんなに強く殴らなくてもいいんじゃ……」
「自業自得なのはこいつよ。飴と鞭よ」
「鞭しかない気がするんだけどね」
「うきゅぅぅ……」
 頭のてっぺんに大きなたんこぶを作りながら倒れるリィナを、シオンとユフィーはただ見つめるだけ。
 シオンも自業自得だと言うユフィーの意見には賛成なようで、助ける事はしなかった。
「でも、こいつの頭結構固いわね。殴ったあたしの手の方が痛いわ」
「いや、頭を殴っただけであんな音が出るんだから、そりゃ痛いはずだよ」
「……うー、痛いですー」
「あ、起きた。はい、リィナ」
 頭のてっぺんに出来た大きなたんこぶを擦りながら起き上がろうとするリィナ。
 そのリィナにシオンは手を貸しながら、忠告の言葉を口にする。
「気を付けてね? と言うより、そんなに感情を表に出してたら魔物が寄って来るしさ」
「あ、そうですね……。すいません」
 服や鎧についた木くずを払いながら、リィナはシオンの言葉に顔を赤らめながら自分の行動を恥じた。
 ユフィーと違って、かなり素直な子である。
「シオン、リィナ。別にそのまんまでもいいんだけど、少しは周りを見てくれない?」
 そんな二人に、ユフィーの少しだけ焦った声が届いた。その声に従うように辺りを見渡した後、二人は息を呑む。
 食事の後始末を終えないままに、ワイワイと騒ぎ立ててしまっていたため、シオンたちはいつの間にか魔物に囲まれてしまっていたのだ。
「クローウルフね。さっきの奴の敵討ちかしら? それとも、さっきのシオンの言葉を真に受けて乗ってくれたとか?」
「うぐ……そんなわけないとは思いたいけど。と言うより、多分焼けた肉の匂いに誘われたんだと思う。くそっ、先に火の始末だけでもやっておくべきだった」
 悪態をつきながら、シオンはカテドラルを腰から抜いて手に装着し、ユフィーはスターレインを体の前に押し出すようにして構える。
 しかし、一匹だけなら先ほどシオンがやったように二人の技量なら簡単なものなのだが、今は違う。
 十にも届こうかと言うクローウルフの群れに囲まれているのだ。正直言って、簡単に切り抜けられるわけがない。
「――私がやります」
 油断なく武器を構えていた二人に、先ほどまで黙ったままだったリィナの、澄んだ声が届く。
「やるって言ったって、数が多いよ。一人でやらせるなんて出来ない」
「そうよ。ここは協力でもした方が早いわ。一応、あたしの魔法は初心者なんだから」
 ユフィーの言葉通り、帝都でもやったような広域の魔法を、こんな視界が悪い森の中でやるわけにはいかない。協力しての各個撃破の方がいいのは当たり前である。
 だが、リィナは二人の言葉を受けても一人でやる姿勢は崩さなかった。
「先ほどの食事のお礼です。それに、私は騎士団所属なのでこれ位は楽勝です」
 腰につるしてあった愛剣、セントクルセイダーズを引き抜き、中段に油断なく構えるリィナ。
 それを見たシオンは、やれやれと肩を竦めながら、構えていたカテドラルをおろした。
「……分かった。思う存分やってくれていいよ。まあでも、危ないと思ったらすぐに加勢するから」
「はい、ありがとうございます」
「いいの? あんなこと言って。皆でやるって言ったのはあんたが最初よ?」
 シオンの揚げ足を取りながら、ユフィーはあっさりとリィナに魔物の討伐を任せてしまったシオンを咎める。
「……剣を抜いた瞬間に、あの子の周りの空気が変わったんだ。かなり高度な訓練を長年繰り返してでしか出ない、熟練者のような空気にね」
「ふうん……。あたしには分かんないけど、あんたがそう言うんならそうなんでしょ」
 シオンのその言葉に、対して興味がなさそうではあるが、ユフィーは構えていたスターレインを背中に戻す。
 その行為が合図だったかのように、クローウルフたちがほぼ同時にリィナに向かって飛びかかる。
「――っ!」
 リィナは小さく息を吸い込み、中段に構えていたセントクルセイダーズを真上に振り上げる。そして、銀色の剣閃を残しながら振り下ろした。
 ザンッ!
 リィナの体に一番近づいていたクローウルフの体が、そんな音と共に真っ二つに引き裂かれる。その切られたクローウルフの死骸を確認する事なく、リィナは次の標的に狙いを変えた。
「……すごいわね。あれは素人のあたしでも分かるわ」
「うん。普通、両刃の剣だったら切れ味はそんなに良くはないもの。それを、綺麗に骨ごと肉を断ち切ってるんだ。切れ味が相当いいか、剣を振る速度が異常に早いんだよ」
 二匹目、三匹目と切り伏せていくリィナの剣技を見ながら、シオンとユフィーはそんな言葉を口にする。
 シオンの言う通り、剣は切る事より断ち切ることを前提に作られていることが多い。だからこその両刃であるし、剣の刃を太く作ることで槍などからの攻撃を受け止めることも可能になるのだ。
 だからこそ、剣と言うものは重くなるし大きくなる。それを、さも簡単そうに振り回し、エスカレルニア王国の極東の地方に口伝でしか伝わらない『刀』のように扱う事は驚嘆に値する事なのである。
「ハッ!」
 最後の一匹を、セントクルセイダーズを横に薙ぐようにして屠ったリィナは、刃についた血糊を綺麗に払ってから腰につるし直す。
 そして一度深呼吸した後、待っていたシオンとユフィーに向かって走り出した。
「お二人ともー、終わりましたよー」
「あ、そこは木の根が多いから気を付け――」
 ズベシャッ。
「うぎゅぅっ!」
「――なさいって、言うまでもなかったわね」
 地面に張り出していた木の根っこに、両足が器用に同時に絡まって大きな音を立てながらこけるリィナ。
 警告しようとしていたユフィーの言葉を遮るようにしてこけたために、ユフィーは額に手を当てて呆れかえるしかなかった。
「……戦闘で怪我は負わなかったのに、こんな所で怪我しそうになるなんてね」
 シオンまでもが、リィナのその突飛な行為に呆れかえってしまう。
「まったくよ」
「……だってー、あんな所に木の根っこがあるなんて思わなかったんですもん」
 ぷくーと言う擬音が聞こえてきそうなほどに頬を膨らませて拗ねるリィナ。だが、そんな可愛らしい仕草をしてもユフィーは一切容赦しない。
「それでもあたしは言ったはずよ? 『気をつけなさい』って」
「うー……。それはそうですけど……」
 リィナを苛めるように、ユフィーが言葉を紡いでいく。
 その言葉の冷たさに、リィナがどんどんと小さくなっていく中、シオンが仲裁に入る。
「まあまあ、もういいじゃんか。次はそんな失敗しないって」
「……あたしは別にそういう意味で言ってるんじゃないの。怪我でもされたら困るじゃない。この傷薬も何もない状況で」
 そっぽを向きながら、素直になれない思いを口にするユフィー。
 そんなユフィーに対し、シオンは薄く含みのある笑いを向けると、小さくなってしまったリィナを助けるために手を差し出す。
「ほら。早く立たないと、置いてっちゃうよ?」
「そ、それは嫌ですシオン様!」
「様は無し。言ったと思うけどね」
「で、ですが……」
「旅の仲間なんだから、そんな堅苦しいことは無しだって。それに、年も近いでしょ? 仲良くいこうよ」
「シオン様……いえ、シオンさん!」
 シオンの言葉に感激したのか、なぜかシオンに抱きつくリィナ。
 その突然の出来事にシオンはひどく焦り、ユフィーは目を丸くする。
「シオンさんなら、絶対良い王様になります! 頑張ってください!」
「う、うん。分かった、分かったから離して……」
「はっ! すいませんすいません! いきなりこんな事して……」
「いや、いいんだけどさ……いたたたたっ」
 ギュウウ……。
「ゆ、ユフィー! 何するのさ! 腕をつねらないで!」
「……知らないっ」
 頬を膨らませてそっぽを向いてしまうユフィー。
 その目尻にはなぜか涙が溜まっていたが、シオンにはそれを追求する事ができなかった。
「(……シオンのバカ……なによ、あたしには何もないのにさ……)」
「そ、それはそれとしてさ。あそこに見える煙。多分村なんだろうけど、あそこで一泊しようか?」
「んー。私は何も分からないのでついていきますよ?」
「あ、あたしもそれで」
「よし。決まりだね。なら、行こう」
 シオンの掛け声とともに、三人は再び歩き出した。
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