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小説:焔 凉華の五つの約束

1章 出会いの約束は一つだけ



「きょーへーい。お腹空いたー」

「だー、分かったからだらしない格好で家の中を歩き回るな!」

「えー、私と恭平しかいないんだからいいじゃんかー」

「慎みを覚えろ慎みを!」

 自宅に戻った恭平は、これまた怒鳴り声を上げながらフライパンを振るっていた。

 なぜそんな事をしているのかは、言わずもがな。夕食の準備である。

「慎みねー。私、外では結構しっかりしてるつもりだよ?」

「遙さんに、その話はよーく聞いてるからしってるよ」

 あいも変わらず話をしながら、テキパキと作業をこなしていく恭平。そんな恭平を見ながら、霧香ははだけさせたシャツのまま、テーブルに突っ伏して豊満な胸を押しつぶしている。

「……そーだよねー。遙ちゃんとは仲良いもんねー。恭平はー」

「仲が良いって……。主に手のかかる愛玩動物の世話仲間ってだけ――」

 そこまで言葉を口にして、恭平はぴたりと動きを止める。炒め物の最中だというのに、だ。

 その原因は明白。自分自身が口にした愛玩動物と言う単語。そして、恭平の脳内で再生される「……あんた、私の愛玩動物になれ!」と言う台詞。言われ慣れない言葉と、その後の少女の反応が、恭平は忘れられないでいた。

「(そういや、結局最後までなんて言ったか教えてくれなかったな……。焔だっけ?)」

 一応、涼華の言った最後の台詞は、恭平の耳に届いていた。だが、消え入りそうな声だったのと、その後に返した自分の間抜けな声の所為で記憶があいまいなのだ。残念な事に。

 ものすごく恥ずかしかった。と言う事だけは覚えているので、もやもやとした気持ちを、恭平は処理できないでいたのだ。

「(まぁ、明日も学校あるし、その時に聞けばいいか。確か、窓際の席だって言ってた気が……)」

「きょうへーい。なんか台所から真っ黒い煙と、焦げ臭いにおいが漂ってくるんだけどー」

 考え事をしていただろうか。恭平の振るっていたフライパンからは、霧香の言う通り真っ黒い煙と臭いが漂ってきていた。

「うわぁ!!」

 慌てて火を消し、焦げ焦げになった、元の食材がなんだったのかも分からない炭をフライパンから取り出す恭平。

 その様子に興味でもそそられたのか、今までテーブルに突っ伏していただけの霧香が恭平のいる台所にやってきた。

「ちくしょー……。めちゃくちゃ久しぶりに大失敗だ。どうやって捨てるかなー」

「うわー、見事に炭になってるね。触った先からボロボロ崩れてくよ。でも、私がやってもここまではならないかなー」

「霧香姉さんがやったら、絶対に配合間違えたとしか思えない、紫とか緑とかのおどろおどろしいものが出て来るんじゃないか」

「あれー、そうだっけ? あはははー」

 突けば突くほど、ボロボロと崩れ去っていく元食材の炭を見ながら、恭平の切り替えしに苦笑いを浮かべる霧香。

 霧香の料理は、恭平の言うようになぜかおどろおどろしいものに変化する。切っていないままの野菜や、火が通り切っていない肉などざら。そこに何故か刺激臭のするソースと、ジュレ状になっているお米。炊飯器を使うのだから、そこまで残念なことになるわけがないのだが。

 一度だけ霧香の料理を食べた事のある者達は、口を揃えて霧香の料理をこう言う。兵器と。

「って言うかさ。これ、なに作ろうとしてたの?」

 ほんの好奇心で聞いたのだろう。完全に炭の形もなくなって灰になってしまった黒いものを指差して霧香が訪ねる。

「……出し巻き卵」

「……マジ?」

「……マジだよ。大マジだ。くそー、卵が無駄になった」

 元は卵だった灰を見て、心底悔しそうにする恭平。だが、その隣にはもっと悔しそうにしている者がいた。

「えーーー!!! 恭平の出し巻き卵食べれないのーー!!? あのふわっとしてとろっとしてゲキ甘々の!!」

「ゲキ甘々ってなんだよ。聞いたことねーぞそんな単語」

「今から買ってきたら作ってくれる? そうだそうしたらいいよ、お姉ちゃんと一緒にスーパー行って卵買って一緒に作ろう!」

「一緒には作らねーよ!? あんな兵器、もう二度と口にするもんか! って言うか落ち着け、今から行ってもスーパーの特売終わってるし!」

「じゃーどーするのさー! 恭平の出し巻き卵食べたいよー! ふわっととろっとゲキ甘々の!」

「だからゲキ甘々ってなんなんだよ! 人の話聞いたのか?」

 ピンポーン。

 ギャーギャーと喚く霧香に突っ込みを入れる恭平だったが、唐突に鳴らされたチャイムに現実に引き戻される。

「はーい。あー、もう喚くの止めろ! お客さんなんだから」

 喚き続ける霧香をどうにか鎮めると、恭平は玄関のドアをゆっくりとあける。その先にいたのは、見慣れた幼馴染だった。

「あ、恭平くん。お母さんがお裾分け分けて来いって、はいこれ」

 体の前で手に持っていた大きな包みを恭平に手渡す青羽。その包みを恭平は受け取った後、驚きの声を上げる。

「お、いつもありがとな。って、これはおばさんに言わないと……って、出し巻き卵じゃん! これで霧香姉さんのご機嫌が――」

「出し巻き卵だと!!?」

「――取れ……いきなり人の手からもの奪ってんじゃねえこの愚姉!」

「ふっふー、取られるぐらいにぼーっとしてるのが悪いんだよー。いっただきまーす」

 大口を開けて、包みの中に入っていたタッパの中の出し巻き卵をを口に運ぶ霧香。しかし、恭平はそれを許さなかった。

「手を洗ってから食えって、毎回毎回言ってんだろ! ほら洗面所、ダッシュ!」

「うぐぐ……。ねー、恭平がいじめて来るんだけど、幼馴染ちゃんはどう思う?」

「へ? わ、私ですか?」

 よもや話を振られるとは思っていなかったのだろう。霧香の言葉に、青羽は完全についていけていない。

「可愛い可愛い姉がいるんだよー? 弟としては、こんな姉を溺愛して甘やかすべきだよねー?」

 だが、霧香はそんなことお構いなしに、青羽に向かってほとんど自分の願望、欲望まみれの言葉を口にしていく。

 そんな霧香に、恭平は1つ大きなため息を吐いた後、思い切って天誅を下した。

「自分で可愛い可愛いとか言ってんじゃねー、この愚姉。いいから洗面所ダッシュ」

 言葉と共に拳を振り下ろし、自分の肩ほどの所にある霧香の頭を殴る。

「痛いよ恭平ー……。もういいもん。手を洗ったら出し巻き卵全部食べてやるんだから。恭平ほどじゃないけど、幼馴染ちゃんのおばさんの出し巻き卵、美味しいし」

 なかなかに、その本人が聞いていれば失礼極まりない言葉を口にしながら、霧香は恭平の言葉を聞いて洗面所へと消えていく。

 霧香のそんな姿を見送った恭平は、ほとんど放置気味だった青羽の方を向いた。

「悪かったな、騒々しくて」

「ううん。別にいつもの事だし、見ていて気持ちいいよ。仲がいいなーって、ほんとに思うし」

「仲がいいって言うのは、まあ嘘じゃないからな。うちは両親共働きで、あんまり家には帰ってこないし」

「だから、仲がいいのは良い事なんだよ」

「ふーん……」

 妙に説得力のある青羽の言葉に、恭平はこれ以上何も言えずに、それを聞き流すような反応しかできなかった。

「あ、そうそう恭平くん。今日、掃除の時間に変な事なかった?」

 少し頷くようにして青羽の言葉を恭平が噛み締めていると、青羽がそんな事を口にした。

「変な事? まあ、いつも通り犬やら猫やらに絡まれて脱出不可能に近かったぐらいか?」

 なぜ青羽がそんな事を言ったのか、それに疑問を覚えながらも恭平は起こった事を口にする。

「……いつも通りだね」

「うっせ。あ、人には会ったぜ。確か、焔とか言ったか。すげー変な事言われて、そのままなし崩し的に別れたけど」

 恭平の言葉に苦笑いを返す青羽に、照れ隠しかのように悪態をつく恭平。

「焔さんに? なんで……」

「知らねーよ。って、知り合いなのか?」

「知ってる様な知らない様な……だけど」

「なんだそれ。……ってことはあいつ、転校生とかだったりするの? 俺、言っちゃなんだけど、あいつのこと知らなかったんだよ。同じクラスだって言うのにさ」

 ありえねーよな、と恭平は笑いをこぼす。普通に考えれば、自分と同じクラスにいる者の事は覚えているのものだ。覚えていないと言おうが、顔または名前を。

 なんといっても、初日に必ず顔を合わせて言葉を交わすのが普通だからだ。例えそれが、自分とではなくても。

「ある意味仕方ないかも。あの子、ある意味で有名だから」

「うっそ。あー、俺、もう少し周りに気を配らないとダメかなー。と言うより、興味を持つべきなのかな」

「いや、恭平くんがいくら鈍感でニブチンだって言っても、あの子は特別なんだよ」

「……おい。今さっき、物凄く貶されなかったか、俺」

「そんなわけないよー。空耳じゃないのー」

 まるで、レーズンパンを食べている時のような至福の笑みで、恭平の疑いの言葉を返す青羽。どこか有無を言わせない、そんな雰囲気の青羽の笑みに、恭平は少しだけ眉を顰めるばかり。

 青羽の言った通り、鈍感でニブチンな恭平は気づかないのだ。その笑みの中に含まれた、嫉妬や羨望の気持ちは。

「……まあいいや。で、焔はなんで有名なんだ?」

 話を進めるため、恭平は青羽に渋々ながら聞く。本当に渋々とした、物凄く微妙な表情で。

「――あの子、友達が1人もいないんだよ。入学して一年以上経つのに」

 どこか影のある暗い雰囲気で、青羽はそんな衝撃の事実を呟いた。


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