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小説:焔 凉華の五つの約束

1章 出会いの約束は一つだけ





 わんわんにゃーぴーがーこーん。

 相変わらず恭平の体には、動物たちが群がっていた。

「…………」

「…………」

 そして、話しかけてきた声もそれ以上喋ることもなく、助けを求めた恭平も、なにも言葉を発しない。

 無言の空間に支配されたかのように、体育館裏の2人は綺麗に固まってしまっていた。

「……おい」

「…………」

「助けてくれねーのかよー……」

 だが、それもいつまでも続かない。沈黙に耐えかねた恭平が、蚊の鳴くような声で再度助けを求めたのだ。

「…………羨ましいな」

 最初に聞こえた声より、さらに小さな消え入りそうな声が発せられるが、動物に囲まれている恭平にその声は届かない。

「は? あー、もう。お前らいい加減どっかいけ……ってか、俺の上からどいてくれ」

 唯一自由になる首を動かしながら、恭平は脱出の糸口を探そうともがく。近くにいるだろう声の主に助けてもらうと言う手は、恭平の頭からは完全に抜けていた。

「……おいでー」

「ん?」

 首を動かしている中で、恭平が視界の端にとらえた光景。

 声の主であろう少女が、しゃがみ込んだ状態で猫じゃらしを振っている。少し、体を緊張で振るわせながら。

 その光景に、少女に助けを求める選択肢を頭から排除していた恭平は、神の助けとばかりに声を上げる。

「……よし。猫たちよ! あの猫じゃらしに飛びつけ!」

 にゃーー。

 恭平の号令に、体にまとわりついていた猫たちが一斉に少女の持つ猫じゃらしへと向かっていく。

「へ? ちょっ、待って待ってタンマタンマ!!」

 突然の号令と、自分に向かって飛びかかるように突貫してくる猫たちに、少女は見事に慌てる。

 その慌てている中で、手に持つ猫じゃらしが、いい感じに猫の本能をくすぐるように揺れていることを知らずに。

 にゃーー。

「へきゃーーー!!」

「うし。これで半分近くの荷重が無くなったから……ほっ!」

 少女の悲鳴を尻目に、腹やら腕やら足に乗っかかって丸くなっていた猫の荷重が無くなった恭平は気合一声、犬や狐を押しのけて立ち上がる。

 体中につきまくった動物の毛を払いながら、恭平は自分の自由のために犠牲になった少女の方を向いた。

「へっ、みにゃっ、こっち来ないでよー!」

「……顔と言動が、一切一致してない状況って初めて見た」

 だらしなくゆるんだ口元。下がりまくって、慈愛の瞳とも呼べないほど優しくなってしまった目元。うっすらと赤く染まった頬。誰がどう見ても悦んでいると言う表情の少女は、手に持った猫じゃらしをかなりの速度で振りながら、口では来るなと連呼しているのだ。

 恭平の言う通り、表情と言動が、一切一致していない。

 だが、このままで放置するわけにもいかず、恭平は慌てている少女を助けると言う気持ちで話しかけた。

「おーい、大丈夫か? そこの猫に囲まれてデレッデレの表情を浮かべている人ー」

「誰がデレッデレか誰が!!」

「おっと」

 どうやら一言多かったようだ。

 デレデレの表情のまま、凄まじい勢いで突っ込みが帰って来るとは思わなかった恭平は、少し肩を竦める。

「悪かったよ。で、大丈夫か?」

「え? ああ、うん……」

 盛大に突込みをかましたおかげで、少女の周りに群がっていた猫たちはいつの間にか消えている。キョロキョロと辺りを見渡した後、少女は俯き気味にそう答えた。

「どうしたんだよ、いきなり元気無くしてさ。助かったんだからいいだろ? お互いにな」

 急に覇気の無くなった少女に疑問を覚えながらも、恭平は少女の身を案じるかのように歩み寄る。

 しかし――。

 ササッ。

 恭平が進んだ分、少女は恭平から離れる。

 まるで、つかず離れずの距離を保つかのように距離を置く少女に、恭平はため息を吐きながら疑問を口にする。

「……はぁ、俺なんで避けられてんの? いや、悪い事はしたかもしれないけどさ」

「ち、違うの……」

 小さく頭を振りながら、まるで振り絞ったかのように小さい声で、少女は言葉を紡ぐ。

「私……ひ、人見知りだから……。あんまり近づかれることに慣れてなくてって言うか男の人に話しかけたの今日が初めてだしもちろん学校限定の話だけどそれでも十分緊張してるしあんな情けない顔を見られたって言うので恥ずかしさがクライマックスだし――」

「って、ちょっと待ったストップストップ! 急にいろいろ言われてもわかんねーって!」

「……そう?」

「そうそう。それに俺、お前の名前知らないし。自己紹介ぐらい、いいだろ?」

 恭平のその言葉を聞いた瞬間、口をへの字に曲げて、不快感をあらわにする少女。

「……焔 涼華(ほむら りょうか)。一応、あんたと同じクラスなんだけど」

「え、マジで!?」

「私の席は前から二番目の窓際。……って、クラスメイトの名前と顔くらい覚えててよ」

「わりぃ。俺、意外と顔覚えられない性質でさ。あ、なら俺の名前は知ってるんだよな?」

「……篠弥 恭平。ハーメルン、だっけ」

「うぐ。そのあだ名はよしてくれ。まあ、今の今までその状況だったんだが……」

 頭をガシガシと掻きながら少し照れたように言う恭平。そんな様子の恭平を見ながら、涼華と名乗った少女はさらに後ずさった。

「……なんでまた下がるんだよ」

「……さっき言ったように人見知りだから?」

「いや、疑問形な理由もよく分かんないし。人見知りがこんなに喋んないから。それに、俺が絡まれてた時に言ってた台詞、何なんだよ。愛玩動物になれだなんて言われたの、生まれて初めてだぞ」

「あ……いやー、それはそのー……」

 目をキョロキョロと泳がせながら、冷や汗を流し始める涼華。

 まるで絵にかいたような狼狽っぷりに、恭平の悪戯心が目覚めてしまう。いつもは姉にしか行わないような、相手の好意が分かっているからこその、言葉の悪戯が。

「なんだよ。俺もお前も動物だけど、愛玩ってことは俺を四六時中眺めて、ずーーっと撫で繰り回すってことだぜ? それでもいいのか?」

「い、いや、よくはないけど……」

「俺としては撫でるより膝枕とかでいいんだけどなー。そんでそのまま寝ていたい」

 中々に図々しいお願いを言葉にしている恭平だが、彼としては姉に対していつも言っているようなセリフのため、対して恥ずかしさを感じていない。

「ひ、膝枕って……///」

 恭平のその言葉を真に受けて、涼華は頬を赤らめて恥らってしまう。

「あー、なんかそんな自堕落な生活を約束してくれるんだったらそれでもいいなー」

 そんな涼華の様子など気にも留めず、恭平はスラスラと言葉を口にしていく。

 だが、涼華の放った一言で、恭平の思考は完ぺきに停止した。

「……あなたの動物に囲まれてる姿が、可愛くて幸せそうで羨ましかったなんて言えないじゃない……」

「……へ?」
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