小説:焔 凉華の五つの約束
プロローグ 出会いが最悪でもいいじゃない
「んー、今日も一日終わったなー」
全授業の終わるチャイムが鳴り響く中、恭平は座っていて凝ってしまった体をほぐすために背を伸ばす。
「しのりんお疲れー。で、俺は寝るー」
体を伸ばす恭平とは対照的に、一樹は体を机に突っ伏して睡眠をとろうとしていた。
「おいおい。一応、このあと掃除があるんだろうが。お前、教室掃除の当番だろ?」
「うん黒板ー」
「一番上はお前しか届かないんだから、きちんと自分の仕事こなせって」
「……はーい」
渋々と言った様子ではあるが、一樹は机に突っ伏していた体を起こして教室の前、つまりは黒板へと向かう。
ちなみに、一樹は体が大きいこともあって教室での席は一番後ろだ。しかもど真ん中の。そして恭平はその真隣。良いような悪いような位置だ。
「さて、俺も行くか。確か、今週は体育館裏だった気が……」
蓮美高校では、週変わりで掃除の持ち場がめぐってくる。学年、クラス関係なくだ。
『学年同士の交流を生み出し、活気溢れる上下関係を目指す』と言う校訓による所から、この措置が取られているのだが、恭平はこの措置に反対のなかだろうか意見を投じている。
その理由は、上級生が下級生を使い走りにする現象が必然的に起こるからだ。
掃除の場所決めは基本的にくじ引き。希望があればお互いの同意の上に掃除場所を交換できる。そのようなルールがあれば、下級生一人に対し上級生多数、といった構図が出来上がるのも必然だろう。
まぁ、自分のクラスは自分達でしか掃除できないので、自らのクラスを希望すれば良いのだが。
――必然、競争率が高くなる。
「……めんどくせーなー。ま、基本1人で気楽にやれるわけだし、あいつらが来なければちゃちゃっと終わせて帰るか」
目的地に向かって一人悲しくとぼとぼと歩く恭平は、ブツブツとそんなことを呟く。
授業が終われば掃除。特に教師からの言いつけがなければそのまま下校、または部活時間になるのが蓮美高校の特色である。親がほとんど家にいない篠弥家で、主夫のようなものになってしまっている恭平にとってはありがたい特色だった。
一階まで降りて一旦外へ。少し長めの渡り廊下を歩いて、恭平は体育館の裏手へと回る。
「うっし。ちゃちゃっと片付けるか。あいつらもいないし……」
体育館の裏と言う、日陰になった暗がりの中で恭平は体を伸ばしながら辺りをキョロキョロと見渡す。恭平は確認しているのだ。動物達に囲まれないかどうかを。
例え敷地内だといっても、建物の中ではない。昼食時の中庭でもそうだった様に、恭平が一旦外に出れば動物がうじゃうじゃと寄ってくる。事実、一度動物に囲まれすぎて掃除にならなかったこともあるのだ。しかも、他にも生徒が数人いる掃除中に。
今回、と言うより今週はほぼ一人の掃除なので恭平としては身が楽だった。自分のせいで誰かに迷惑をかけたくない性分なのだ、彼は。
「そういや、俺ともう一人いたはずなんだよなー、ここの掃除当番。誰が一緒かとか、ほとんど見てなかったから覚えてないんだけど」
毎週廊下に張り出されている掃除の当番表を見る際、恭平は自分の名前と掃除場所しか見ないようにしている。
普通、誰か知り合いと一緒じゃないかと気になるものだが、恭平はそれを一切気にしない。と言うより、知り合いと一緒なのが嫌なのだ。
霧香と一緒の場合は、べたべた引っ付いてくる体を引き剥がすのに必死になるし、夏蓮と一緒の場合は、一瞬の隙にパンチやらキックが飛んでくる。一樹は与えられた掃除箇所はやるので楽だと言えば楽なのだが、終わった後に眠られて起こすのが面倒なのと、体が大きいのもあって眠ってしまうと非常に邪魔。一番まともそうな青羽は、掃除ができないと言う唯一にして最大の欠点があるために役立たずである。
そんな知り合いたちと、誰が好んで掃除を一緒にするだろうか。周囲の人間も、恭平が一緒にいる場合はその処理を押し付ける為に、恭平の心労が重なることになるのだ。
「ふぅ……やるとは言ったが、ここはあんまり汚れとかないんだよな。落ち葉が落ちてる季節でもないし」
手にした箒をふらふらと振りながら、恭平はそんな事を呟く。
この蓮美高校には、ドラマやらなんやらで出てくるような不良などはいないし、それにあこがれてたむろする連中もいない。
上手い具合にイベントごとが重なり、そんな事にうつつを抜かしている体力も気力も時間もないのだ。
そのために、恭平が掃除している体育館裏などは本当に過疎化しているし、ごみが落ちる事もない。ただ、掃除の度に出るごみを捨てるごみ置き場があると言うだけで、掃除場所が割り当てられているだけなのである。
「わんっ!」
「お?」
ふらふらと振っていた箒を止め、まるで体の支えにでもするかのように、持ち手の先に顎を置いて箒に寄りかかっていた恭平は、建物に反響して大きくなった一つの鳴き声に声を上げた。
その鳴き声の正体は、真っ白な毛並みの少し小さな体の犬。その姿を認めた恭平は、箒を地面において犬に声をかける。
「おお、しろんこじゃん。元気にしてたか?」
「わんっ」
走り寄ってきた一匹の犬を抱きかかえながら、恭平はその犬の名前を呼ぶ。
抱きかかえられた犬は嬉しそうに尻尾を振り、丁度いいサイズとでも言うかのように恭平の腕の中で丸まっていた。
「なんだー、腹でも減ったのか? 残念だが、今の俺にはそんな備蓄はないぞー」
えこひいきとでも言うべきなのだろうか。
恭平は、普段から異常な量の動物に好かれている。そのためか、その動物たちに名前を付けることは、まずない。ただ、犬とか猫とかの種別名で呼ぶだけなのだ。酷い時には鷲や燕、雀などをまとめて『鳥』と呼ぶこともある始末である。
そんな中、恭平はその種別の中でも一匹づつだけ名前を付けて呼んでいるものがいるのだ。
「おっと、だからポケットとかにもないって。あ、こら。そんな所に入ってたら俺の体が四次元ポケットになっちまうじゃねーか」
恭平の体を隅々まで調べるように、頭を恭平の体のいろんな所に突っ込ませる犬。恭平がしろんこと名付けている、真っ白なコーギーだ。
ちなみに、一樹などはこのネーミングに不満を持っており、何かにつけて名前の変更を迫るのだが、恭平は「お前のネーミングセンスだと、絶対に変になるから嫌だ」の一言で断っている。――その両方の友人である青羽は、どっちもどっちだと言う言葉を、優しさで飲み込んでいたりいなかったり。
「つか、しろんこ。お前っていつも放課後にしか来ないけど、午前中はどうしてんだ? まさか、ぐーたらな生活送ってるんじゃないだろうな。羨ましい……」
何も食べ物を持っていないことを確かめ終わったのか、しろんこはおとなしく恭平の腕の中にすっぽりと納まる。そして、そのまま寝息を立て始めてしまう。
それに恭平は悪態をつくでも、引き剥がすことをするでもなく、ただゆっくりとその頭を撫で始める。
「……霧香姉さんも、これ位に落ち着いててくれれば言う事なしなんだが……」
しろんこの頭を撫でてほっこりした気分の所為か、恭平は自らが犯した過ちに気づかなかった。
――自分で自分の首を絞める一言を呟いてしまった事に。
「呼ーんだ?」
地面からしろんこを引き上げ、体をまさぐられていた恭平は、必然的に地面に座り込んでしまっている。そして、その腕の中には小さいとは言っても、決して軽くはないしろんこ。まるで子供をあやしているかのような格好である。
それを覗き込むようにして突然現れた霧香に、恭平は文字通り体ごと飛び上がりながら声を上げた。
「うわぁ! き、霧香姉さん、なんでここにいるんだよ!」
「恭平がお姉ちゃんの事を呼んだからに決まってるでしょう。全国のお姉ちゃんはいつでも弟の味方なのですよ!」
「いや、絶対にその理屈はおかしい。と言うか、全国のお姉さんに謝れ。なんで全国代表みたいになってるんだよ、いつのまにか!」
「でも実際私はその通りだと思うよ。だって、弟が姉を愛し、姉が弟を愛しているのだから!」
えっへん。
そんなでかでかとした擬音が霧香の背中に見えるほど、霧香は豊かな胸を際立たせて胸を張る。この姉、弟関連で威張らせる事では世界一だろう。
「実際その通りかもしんないけど、真顔でそんなこと言うなよな。周りには誰もいないし、構わねーけど」
「ええー。恭平の方が真顔と言うか、素でいっぱいやってるくせにー」
頬を膨らませて詰め寄る霧香に対し、逆に恭平は頬を引き攣らせる。
「な、なんのことだよ」
「だって、私が熱っぽいって言ったらおでこぴったりつけて熱かどうか診てくれるしー。関節キスとかぜんっぜん気にしないしー。毎朝迎えに来てくれる幼馴染ちゃんとは、ちょーーーっといい関係だしー。なんだかんだ言って優しすぎるしー。道場の子には懐かれすぎて鬱陶しいしー。購買ではなんかフラグ立てちゃってるしー……」
指を折りこむようにしながら、恭平の行為の数々を罪を数えるかのようにゆっくりと口にしていく霧香。少し私怨が混じっている気もするが、それを恭平は指摘しない。説教が長くなると分かっているからだ。
「……ちょっと待て。購買って何のことだ」
だが、恭平は口を挟んだ。
熱をうんぬんと言うのは別に恭平にとってはどうでも良いことではある。しかし、購買うんぬんと言うのは、恭平にとっては初めての事だった。
「購買で女の子の手を間違えて取ってたでしょ! まったく、油断も隙もあったもんじゃない」
ぷいっと顔を逸らしながら、霧香は「怒ってるんだよお姉ちゃんは」という拗ねて怒った時お決まりのポーズをとる。
こうなってしまった霧香はとにかく長い。家に帰って料理を食べても、お風呂に入ってもこのまんま。本当に長い時は次の日にまで持ち越されるのだ。
恭平としてはおとなしくしてくれるのだから、嬉しい事ではある。だが、いつまでも機嫌の悪い親類を見ていたくはない。そのために、話題転換を試みた。
「あー、そんな事もあったな。って、その事を知ってるってことはあの時あの場所にいたのか?」
「そーだよー。だって、遙ちゃんが私に用があるからって購買の隣の食堂に呼び出してたんだもん」
一切目線を合わせないままではあるが、霧香は恭平の言葉に反応する。その事に安堵を覚えながら、恭平は次なる手段に出た。
「遙さんが? それなら今も探してるんじゃないのか?」
「それはないよー。だって、きちんと掃除は終わらせてきたんだよ? 恭平の声が聞こえてから光速でマッハで音速で超速で」
「最後が一番遅くなってる気がするのは俺だけなのかな?」
「気にしない気にしなーい」
恭平の策が効いているのか、ポーズは変わらないが、声は拗ねる前のように弾んできている。だが、拗ねてます怒ってますポーズが解除されない限りは霧香の機嫌は斜め方向一直線だ。グラフの地面を突き破る勢いで。
最後の策はどうしようかと頭を捻る恭平の目に、とある人影が目に入る。それを恭平は最大限利用させてもらう事にした。
「あ、遙さん。いやー、毎度毎度うちの愚姉がすいませんねー」
そっぽを向いている霧香とは逆の方を向いて、先ほどまでの話に上がっていた人物の名前を呼ぶ。
「は、遙ちゃん!?」
恭平の予想通り、霧香はものすごい勢いで恭平が呼びかけた方向に体を反転させる。
「だ、誰もいないじゃん! 恭平の嘘つき!」
誰もいないと言う言葉通り、あるのはごみを集めておくごみ箱のみ。大声と体が浮き上がる衝撃で逃げてしまったしろんこすらいない。まさに人気がない状態だ。
だが、それこそが恭平の狙いだった。
「いつも苦労させられてるけど、楽しいから別に許すわ。恭平君には夕飯をごちそうになってる仲だしね」
ガシッ。
霧香の両肩を、明らかに女性のものと分かる細い手が掴む。
その有無を言わさぬ威圧感のある掴み方と、それに見合っていない言葉の優しさに、霧香は見覚えがあった。それはもう、本能に刻まれるレベルで。
「別に構いませんよ。好きでやっていると言うか、お礼ですし」
「そう? あなたの料理はおいしいから好きよ。料理部にでも入ればいいのに」
「分かってるとは思いますけど、家事で忙しいんで」
「それもそうね」
「うにゃーー!! 私を挟んでそんな会話しないでーー!!」
両肩の手を振り解くように、霧香は体を振るわせて抗議する。だが、両肩の手を外れない。
「そんな訳にはいかないわよ。勝手に掃除を終わらせて、散らかせてどっかに行った子を、私はお仕置きしないといけないもの」
「うぐ……!」
やれやれと言ったように頭を振りながら、霧香の両肩を掴んでいた手を離す女性。
「やっぱりですか。超速で掃除を終わらせたとか言ってましたよ」
ここぞとばかりに、恭平はその女性を一緒になって霧香を攻撃する。
「まったくこの子は。超速で終わらせたんじゃなくて、超速でごみをひっくり返したんでしょうが」
「うーうー。弟と親友が冷たいよー。この世の終わりだよー……」
「なにが終わりよ、なにが」
「うにゃっ!」
霧香の頭に、女性の手刀が炸裂し、霧香は尻尾を踏まれた猫のような声を上げる。
渡部 遙(わたりべ はるか)。霧香とは無二の親友のような関係であり、よく暴走する霧香のストッパーでもある人物。
スポーティー、姉御肌、ショートカット美人などなど、色々な形容詞がつけられるだけあって、その学園内の人気は凄まじいの一言でファンクラブまでもあるらしい。だが、恭平にとっては自宅以外での姉の管理?を任せきれる人物の1人と言った所である。
「痛いじゃんか遙ちゃん……。私の事探すより、生徒会の仕事はいいの? 副会長なのに」
「あなたをきちんと掃除場所に戻して掃除を終わらせるのが、今日の生徒会の仕事よ。と言うより、私はもう生徒会委員じゃないわ。って、そんな事はどうでも良いの。ほら、戻るわよ」
両肩から離されていた手が、今度は霧香の首根っこに移って、問答無用で引きずり始める。
「あー、恭平との一時を邪魔しないでー……」
「うるさい。家に帰ったら存分に甘えなさいな。そういう訳で恭平君、霧香を借りていくわね」
「ええ、存分に借りて行ってこき使ってやってください」
「恭平の裏切者ー!!」
ずるずると引きずられていく姉の姿を見送りながら、恭平は一切悪びれた様子もなくひらひらと手を振る。
体育館の角を曲がってその姿が見えなくなると、恭平は一つため息を吐いた。
「はぁ……折角の癒しタイムが無くなった。まあ、霧香姉さんの事は遙さんに頼んだし、家に帰って来るまでにはおとなしくなるだろ」
まるで自分の中で全ての事を自己完結させるように、うんうんと頷きながら恭平は地面に落ちていた箒を拾う。だが、霧香が来る前、しろんこを撫でまくっていたその前の段階で掃除は完ぺきに終わってしまっている事に気づき、恭平は少し固まる。
その恭平の目の前に、図ったかのような絶妙なタイミングでとある一団が現れた。
わんわんにゃーぴーがー。
犬、猫、鳥は雀やカラスが、恭平のいる体育館裏に集まって、恭平に向かって突貫を仕掛けてきていたのだ。
「うわっ。またいつものか……って、今はしろんこにもあげなかったように食べれるもんはないんだよ……どわぁ!」
ポケットの中身を一瞬探った後、恭平は動物の一団に押し倒される。いくら恭平の方が体が大きくても、数で押されると支えきれないのだ。
そのために、恭平はいつも動物たちの気を逸らすために餌となる食べ物を携帯しているのだが、今は運悪く持っていない。あると言っても、教室に置いてきた自分のカバンの中だ。押し倒されてしまった今となっては、もう遅い。
「くそっ、どけって、おい!」
わんわんにゃーぴーがー。
押し倒されて舐められまくる体を起こそうともがくが、そう簡単に動くわけでもなし。それに加え、言葉も通じない。そんな状態からの脱出は困難を極めていた。
「……いつものことながら、俺って色々と難儀だよな。この体質って」
やや脱出することを諦めたような口ぶりながら、恭平は体を動かすのを止めない。とにかく、両手を塞がれることだけは阻止しなければならない。塞がれては、安全に起き上がることもままならないのだ。
わんわんにゃーぴーがーこーん。
「こーん……っ、なんで今になって狐まで下りて来るんだよ! これ以上増えたら俺、動けなくなる!」
恭平のハーメルンの能力は、動物であれば何でも引き寄せてしまう。猪や熊と言った危険すぎる動物でないだけましだが、今の恭平にとって、数が増えるのだけは避けたかった。自らにかかる荷重が増えるに等しいからだ。
動物たちにとってはじゃれている行為でも、恭平にとってはかなりの攻撃になる。
「くそっ。って言うか、誰かが来てくれて助けてくれるって言う上手い話は……ないよな……」
夢見ておきながら、一瞬でその夢を切り捨てる恭平。
助けてくれると言っても、数十匹の動物に囲まれた恭平を助けられる人物など、普通はいない。
そのことが分かり切っている恭平は、いつものように、動物たちが餌がないことを認識して帰ってくれることを祈りながら、体をもみくちゃにされていた。
そんな時間が数分続いた後、決して大きくはないが、きっちりと聞こえる恭平の耳に届いた。
「……あんた、私の愛玩動物になれ!」
自分を助ける言葉でもなく、誰かを呼びに行くようでもない声。
ただ、自分の欲望を満たすためだけの言葉に、恭平の意識は一瞬真っ白になった。
そして、その言葉が頭の芯にまで浸みこんで、意味がようやくはっきりと分かった恭平は、その言葉にこう返す。
「却下。と言うより助けろって」
これが、2人の出会い。
約束によって繋がれた2人の、物語の始まりだった。
4/6
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