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小説:焔 凉華の五つの約束

プロローグ 出会いが最悪でもいいじゃない



「おーい、我が愛する弟よー。朝食はまだかー」

「もう少しで出来るから待ってろ! あと、きちんと着替えてから座れ!」

 蓮美(れんび)市。美しい蓮の花が見られることから名付けられた街にある住宅街。

 その中にある篠弥(しのや)家。その家の中で、二つの若い声が響いていた。

「えー、まだ学校まで時間あるしー。お姉ちゃん眠いしー」

 片や、グータラな台詞を吐きながら食卓に突っ伏する、つきにつきまくった寝癖すら直せていない少女。

「だからってな、お前みたいな格好で飯を食う気にはなれんがな!」

 片や、ブレザータイプの制服の上にシンプルな黒色のエプロンをつけ、軽快にフライパンを振るう少年。

 ごくごく一般的な朝食の風景には見えはするのだが、少年の方はずいぶんと忙しそうで、さらに額に薄く青筋が見えるほどに苛立ってもいた。

「そ・れ・に! 遅刻ギリギリに起きてきたんだからさっさと着替えろ!」

「……何で制服なんて着なきゃなんないんだろうねー……」

 なにか哲学のようなものを机に突っ伏しながら呟く少女に、少年は少女を揺り起こすようにしながら急かす。

「なに意味わかんないこと言ってんだ。ほら、早くしろってか動け愚姉」

「むー、恭平(きょうへい)がおんぶして部屋まで連れていってよー」

 頬を軽く膨らませて、少女は少年の名前であろう名を呼びながら両手を広げる。ただし、その顔の大部分を机に引っ付けたままで。

 そんなだらしない姿の姉を見て、弟である恭平は大きくため息をついた。

「はぁぁーー……。いい加減にしろよ、霧香(きりか)姉さん。何で俺がわざわざ二階までおんぶしていかなきゃならないんだよ」

「私の愛する弟だから?」

「重いわ! 文字通り重いわ!」

「ぶーぶー、女の子に重いなんて言っちゃダメなんだぞー。それに、私は平均より軽い!何て言ったって食べても太らないから!」

「姉さんの最後の言葉の方がある意味禁句だと思うけど!?」

「恭平には言っても問題ないでしょ?」

「まーそーだねー俺も似たようなもんだしー」

 さらっと鋭利な言葉の矛先を向けてきた霧香に、恭平は全身全霊の棒読みでその矛先を避わす。

「あ、スルーするんだ。よっぽど幼なじみちゃんに言われた台詞がきつかったと見えるね」

「……何であいつが出てくるんだよ。言ったこともなければ、言われたこともないのに。って、こんな話してる場合じゃない! ほら、早く食って支度しろ! 遅刻はマズイ!」

「なんとかなるってー」

「なるか!」

 特に慌ただしさも感じられない動きで、霧香は恭平が用意した朝食を平らげていく。ちなみに、メニューは洋食。スクランブルエッグとトーストである。

「あーもう! 何で毎回毎回、俺は姉の世話をしてから学校に行かなきゃならないんだ!」

 バタバタと家の中を行ったり来たりしながら、恭平は家事をこなしていく。口は動いていても手は動いている。慣れたものだ。

「あんまり叫んでると血圧上がるよー」

「誰のせいだと思って――」

 ピンポーン。

 さらに荒げようとした恭平の声は、突然の呼び鈴に遮られた。

「噂をすれば幼なじみちゃんじゃないのー?」

「こんな時間に訪ねてくるやつなんてあいつしかいねーよ……。はーい」

 少し疲れた声音で霧香に言葉を返しながら、恭平は玄関の扉を開ける。

「あ、おはよう恭平くん。一緒に学校いこ?」

 扉を開けた先にいたのは、腰にまでまっすぐ伸ばされた艶のある黒髪が髪が目を惹く、小さな女の子。先程まで霧香が言っていた幼なじみちゃんその人であり、姉弟共通の幼なじみ。ここ篠弥家の斜向かいに住む女の子だ。

 その幼なじみの姿を認めた瞬間、恭平はつけたままだったエプロンを剥ぎ取るように外しながら、台詞を一息で言い切る。

「おう行くすぐ行く今すぐ行く行かせていただきますともええ」

 まるで、用意されていた台本を早口で言い切るような恭平の言葉に、小さな女の子、七山 青羽(ななやま あおば)は少しだけ後ずさる。

「え、ちょっ。恭平くん? なんか怖いよ……」

「あ、すまん。ちょっと朝から姉の世話に疲れてな」

「そうなんだ。……ご苦労様?」

「わざわざ労ってくれてありがとな。さ、準備はできてるし、行こうぜ」

 玄関口に無造作に置いてあった鞄を手に取りながら、恭平は青羽にそう告げる。

「じゃ、俺は先に行くからなー。食ったあとの皿は台所に置いておくこと。後、遅刻しないこと!」

「え、恭平。ちょっと待ってくれても――」

「待つかこの愚姉」

 ピシャン。

 言いたいことだけ全て言い、無慈悲にも玄関を閉める。やりきった感溢れるとてもいい笑顔で、恭平は青羽の方を向いた。

 その姿を見て、青羽はほんの少しだけ哀れみのこもった視線で恭平を見つめる。

「清々しすぎでしょ。恭平くん」

「まーなー。さ、さっさと行こうぜ。姉さんが追いかけてこないうちに」

 手を前にヒラヒラと振りながら、恭平は青羽に歩くことを促す。その間、霧香の『恭平のあほー!』や『せめて服着替えるの手伝ってから行ってよー!』などの、怒号や悲壮の声が聞こえているのだが、恭平はいっさい気にしない。

 ――気にしたら、負けなのだ。

 背後からの声を無視しながら、恭平と青羽は通学路を揃って歩き出す。

 二人と霧香が通うのは私立蓮美高校。蓮美市にある唯一の高校であり、総生徒数約千人というかなり大きな高校だ。

 この春から恭平と青羽は蓮美高校の二年生になり、霧香は三年生。恭平や青羽の立場としては、ようやく後輩ができて楽になってきたと言ったところであろう。

 まぁ、中間の学年ということで、面倒事が起こるのは明白なのだが。

「あ、恭平くん。いきなりで言いにくいんだけどさ……」

 二人が隣り合って歩いている中、青羽が少し俯き気味にそう切り出した。

「どうした? 改まって」

「……まぁ、いつものことだと言えばそれまでなんだけど……」

「宿題見せろとかじゃないだろうな?」

 言うべきなのか迷っているとでも言うように、言葉を選びながら喋る青羽に、恭平はいつもの調子で切り返す。

「違うよ! まったく……前、見て?」

「前? 見てるけど……」

 後ろと言われるのなら分かる。

 先程放置してきた霧香が、鬼の形相で走って追いかけている。そんなことならば。

 しかし、青羽が指差したのは前。学校に向かう通学路の先だ。変なものなどあるはずがない。

 あるはずがないのだが――。

「……ああ、なるほど」

「ね? いるでしょ?」

「いるけどさ。青羽、あれくらいなら別に伝えなきゃならんことでもないだろ」

 心底呆れたような、疲れはてたような声で、恭平は青羽をたしなめる。だが、そんな声音で言われてもなにも響かない。

 気を落とす恭平に、青羽は恭平の学校内での通り名を口にした。

「今日も、『ハーメルン』だね」

「登校中は嬉しくねーよ……」

 がっくりとうなだれた、恭平の目の前にいたもの。

 それは犬だ。それもたくさん。犬種も様々。首輪もついていたりいなかったり。

 そんな犬の行列とも言うべきものが、恭平たちの目の前に現れていた。

「何でなんだろうな。なんでこんなに俺は動物に好かれているんだろうな」

 空を仰ぐようにしながら、恭平は誰に聞かせることもなく呟く。

 ハーメルン。この五文字の言葉は、恭平が幼い頃から背負っている通り名だ。

 例えどこにいようとも、様々な動物が寄ってくる。犬やら猫やらは普通。鳩や燕などの鳥類も寄ってくるし、一度は狸や狐と言った動物も引き付けたことがある。

 そのことから、つけられたあだ名がハーメルン恭平。ハーメルンの笛吹のような様子に相応しいほど動物を引き付けるから、と言う簡単な命名だ。

「でも、可愛いよねー。どこから来たのか分からないのばっかだけど」

 青羽はその場にしゃがみこみ、恭平に寄ってきていた犬の一匹を撫で回す。好きな人間にとっては至福。嫌いな人間にとっては絶望の風景である。

「撫でるのはいいけど、早く行かないと遅刻するぞ。さすがに、もう言い訳としては使えないからな」

「犬や猫に絡まれて遅刻しましたって」

「そうだ。ほら、行くぞ。どうせ、こいつらは勝手についてきて勝手にいなくなるんだから」

「勝手にって言うか、恭平くんが建物に入ったらだよね」

「それもそうだな。まぁ、なんにせよ行こう。せっかく愚姉を振り切ってきたんだ。余裕で学校には着いておきたい」

「はーい」

 元気よく答える女の子と、犬の行列を引き連れて、恭平は学校に向かって歩きだした。

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