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小説:アクレニア戦記2 ~叶えた夢の終わり~

プロローグ それぞれの3年間


「ふわぁ……」

「大きいあくびね。まさかとは思うけど、寝てなかったりしないでしょうね?」

 軍議が終わった後、シオンとユフィーは王宮にある小さな池が付いた庭園にきていた。

 2人が一番気兼ねなく話を進められる場所であり、軍議の後にリィナと会う約束をしていた場所でもある。

「きちんと寝てるよ。軍議やら何やらの後は異常に眠くなるんだよね、なぜか」

「その間に寝ないだけマシって言いたいの?」

「まぁ……そうかも」

「ふん。まぁ、アンタの場合は寝てるって言ってもあたしからすれば寝てない方が多いんだから、無理はしないでよ?」

「無理はしないし、してもいないさ。ただ、皆が頑張ってるのに僕だけ何もしないのは耐えられないからね。とは言っても、書類仕事だけだけどね」

 握った拳を上下に振って、いつも行っている承認の判子押しの作業を見せるシオン。無論、その作業が楽だとは言わないが、ユフィーやリサーナ達の仕事に比べれば幾分かはマシだ。

「そ。で、いい加減あの子は来ない訳?」

「あの子? ああ、リィナの事か。多分、そろそろ来ると思うんだけど」

 軍議もとっくに終わり、シオンに関しては軍議の後片付けなどなく、ユフィーに関してもリサーナとトラヴァスに今後の確認をしてからこの庭園に来ている。普通に考えて、王国からの客人であるリィナがそんなに長く王の間に留まっているわけはないし、むしろ、王の間に長く留まれるわけがないのだ。にもかかわらず、未だにこの場に現れていない。それはなぜか。

 ――リィナには、超の付く方向音痴と言う欠点があるからだ。

「ったく、また迷子になってるんじゃないでしょうね。ナリアがついているって言うのに……」

「まあまあ。リィナの方向音痴は今に始まった事じゃないし、気長に待とうよ。今日はもう仕事ないんでしょ?」

 イライラし始めているのか、厚底のブーツの底で地面を小さく踏み始めるユフィー。このままでは爪でも噛み始めてもおかしくないだろう。

 そんなユフィーの様子を見かねて、シオンは話を他の所に持って行こうと声を上げる。

「それに、夜には小さいけど宴もあるし、こんな所でイラついてたら意味ないよ」

「意味があるとかないとかの問題じゃないでしょう? あたしはあの子の方向音痴にイラついてるんじゃないのよ」

「じゃあ、なににイラついてるのさ」

「っ……!」

 首をかしげながら、見当もつかないと言うような表情で見つめてくるシオンの視線を、ユフィーは首を折れてしまうのではないかと思うほどの速さで動かすことで回避する。そして、視線から解放されたことで気が緩んだのだろう。小さな声でこう呟いた。

「……2人っきりの時間が、いつまで続くか分からない事にイラついてるのよ。あたしは……」

 頬をほんのりと桜色に染めながら、いつもは心の奥に仕舞いこんでいる気持ちを吐露するユフィー。何とも可愛らしい情景ではあるが、その気持ちの相手であるシオンはその言葉を聞き入れていない。

「ん? なんだって?」

「……なんでもない……!」

 ユフィーが見るのをあきらめた表情のままそう聞いてくるシオンに、ユフィーは少し呆れた声を出しながら答える。

 自業自得と言えばそれまでのような気もするが、それでも気づいてほしいのだ。恋する女の子としては。

「? まあ、なんでもないならそれでいいけど。あ、そうそう。さっき持って行ったバスケットの中身、ここで開けちゃわない?」

 庭園に据え付けられている唯一のベンチに向かいながら、シオンはそんな事を口にする。

「リサーナに没収されたんじゃないの?」

「没収はされてないよ。ただ、数個取られたけどね。シアの実を甘く煮込んだあとに凍らせたアイスと、キャンディー」

 ガサガサとバスケットの中身を探りながら、シオンは没収と言うよりあげたと言った方が正しいお菓子の名前を口にする。

 シアの実と言うのは、帝国領土でも比較的南の地域にしか原生していない実の事だ。比較的高価ではあるが、帝国に住んでいるものならば誰もが口にした事のある果物である。

 もちろんシオンもシアの実が好きだが、大好物と豪語するリサーナにあげたのは賄賂のような意味合いだろう。これあげるから没収するのは止めて、と言った風な。

「はぁ……。どうせ取っていったキャンディーもシアの実風味の奴なんでしょうね。あいつ、大好物だから」

「うん、ちょっと笑ってたよ。えーっと……はい。ユフィーはちょっと苦いチョコが好きだったよね、確か」

「……ありがと///」

 シオンが自らの好物を覚えていてくれたことに嬉しくなりながらも、努めて平静を装いながら手渡されたチョコを受け取るユフィー。丸く形作られた一口大のチョコを手渡した後、シオンも手に握っていた自分のためのお菓子を口にする。

 シオンが口にしたのはクッキー。作る過程で生地に果物のエキスを練り込んだ少し手の込んだものだ。しかし、何の果物のエキスが練り込まれたのかは分からない、いわゆるロシアンルーレット的なクッキーでもあるのだ。

「あむ……。そう言えば、カナについてはまだ何も分かってないの?」

 チョコを頬張りながら、ユフィーは3年前の旅で一緒に過ごした最後の1人の名前を口にする。トレジャーハンターを生業とする、カナ・コルセルニアと言う名の女性の事を。

 3年前、シオンの戴冠式をユフィーやリィナと一緒に見届けた後、音信不通に。風の噂で、まだトレジャーハンターをしていることしか分かっていない。

 職業柄、仕方のないことかもしれないが、それでも一切の連絡がつかないと言うのは、二人にとって悲しい現実だった。

「うん。僕の方でもきちんと探してはいるんだけど、宿もとらずに野宿してるみたいでね。全然情報が入ってこないんだ」

「……野宿ばかりって。女捨ててるんじゃないかしら、あの子は」

「捨てたくても捨てられるもんじゃないでしょ? それって」

「そういう直接的な意味じゃないの。あたしが言いたいのは」

 チョコを包んでいた包み紙を空になったバスケットの中に捨てながら、ユフィーは勘違いしているシオンをとがめる。

「ただ、久しぶりに会ったら臭いそうだなって思って。泡だらけの風呂に突っ込んでやるんだから」

「ああ、なるほど。ユフィーってばお風呂好きだからね。王宮のお風呂も改造しちゃってさ」

「だって、ただ広いだけの風呂なんてつまらないじゃない」

 少し頬を膨らませながら、そんなことを口にするユフィー。

 旅をしている間では必要がなかったため分からなかったが、ユフィーは大の風呂好きなのだ。それも、一度に入っている時間が異常に長いのである。

 さらに、入っている間に作業などをこなすため、ユフィーは湯船などにかなりのこだわりを持つ。そのため、王宮の浴室を改造するなどと言う普通では考えられない行為を行っているのだ。

「まぁ、それには僕も賛成だったから許したんだけどね。リサーナさんが言ってたよ? よくのぼせないものだって」

「たまに魔法を使って温度を下げてるから。結構難しいけど、うまくやってるわ」

 魔法を長風呂するためだけに使うのは、世界のどこを探してもユフィーだけだろう。

「ユフィーらしいね。まぁ、せっかくリィナもいるんだし、カナにも会いたいな。なかなか集まれる機会なんてないだろうしね」

「そうね」

 シオンとユフィーはいつでも会える。同じ場所に住んでいるようなものだからだ。しかし、リィナは王国の騎士団に所属し、今回のようなことがなければ帝国に来ることは出来ない。カナに関しては所在も分からない放浪者なのだ。簡単には集まれないだろう。

 だからこそシオンは会いたいと思っていた。一緒に旅をし、共に戦った仲間と。

「――ーん……」

 しかし、そんなシオンの思いとは裏腹に、その願いはいとも簡単に叶ってしまうのだ。

「ん? リィナが来たのかな? 声がしたけど」

 耳に届いた、自分の名前を呼んでいるような懐かしい声にシオンは声をあげる。

「いいえ、まだよ。あの子、いつまで迷子になってるのかしら……。それに、声なんかあたしには聞こえないけど?」

「そうかな……」

 キョロキョロと辺りを見渡しながら、シオンは自分の耳に届いた声を信じてその声の主を探す。

 だが、彼の目に写るのはユフィーの姿と綺麗に整えられた庭園の存在、そしてお菓子をくるんでいたゴミだけの内容になってしまったバスケットだけだ。

「――くーん」

「やっぱり聞こえる。聞き間違いじゃないよ」

「……まさか、リィナが王宮の中から叫んでるんじゃないでしょうね」

 シオンの再度の言葉に、ユフィーは考えたくもなかった可能性を口にする。

 いくら友好的な隣国とはいえ、その国の王の名前を大声で呼びつけているのだ。しかも、敬称もつけずに。

 大問題になってもおかしくはない。

「いや、それはないよ。だって、リィナは僕のこと君づけで呼ばないもの」

「そう言う意味じゃなく……って、大声で君づけ? あんた、そうやってあんたのこと呼ぶやつなんて――」

「シオ――」

 ドバーーン!

 声の主を突き止め、その事を伝えようとしたユフィーの言葉は、庭園の池から突如噴き出した水に、文字通り流された。

 ――当然ではあるが、シオンとユフィーはその噴き出した水を、思いっきり頭から被ってしまっている。

「……うわぁ、びっしゃびしゃだよ」

「…………」

 水浸しになってしまった体を見ながら、シオンは怒っているような呆れているような声をあげる。その隣にいるユフィーは、完全にキレているようだが。

 その証拠に、濡れているはずの彼女の体は、凍り始めていた。

「リサーナさんに怒られるな、これは。何て言い訳したものか……」

「言い訳なんかしなくていいわ。全て池の底で溺れかけてる奴に説明させればいいんだから」

「池の底? 溺れかけてるって?」

 濡れてしまった服から水分を搾り出しながら、シオンはユフィーの言葉にしたがって、すっかり水位が下がってしまった池を覗き込む。

 ユフィーの『奴』と言う言葉通り、その池の中には人が沈んでいた。

 池の底の土が舞い上がり、少し見辛くなってしまってはいるが、水位の下がった今の状況ならその人影の詳細がよく分かる。

 黒く艶のある長い髪で特徴的な輪っかを、やや頭の後ろ側で二つ結っている。そして少し露出が強い、暗めの色が基調の服装をまとったその人影を、シオンはよく知っていた。

「……カナ?」

「ガボガボガボ……」

「って、溺れてるじゃん!?」

 ちょうどうつ伏せになっていた体から立ち上る気泡を見つけ、シオンは水の中に飛び込む。

 力なく浮いている肩に手をかけ、まるで刺さった杭を引き抜くかのように勢いよく力をかける。

 バシャゴキゴキッ!

 異様な音の響きにシオンは一瞬だけ首をかしげる。だがすぐに忘れ去り、引き起こしたカナに声をかけた。

「おーいカナ、生きてる!?」

「……痛い……」

「痛い? 頭でも打った? まぁ、あんな盛大に落ちてきたら頭のひとつでも打つと思うけど……」

「違う……か、体がぁ……こ、腰ぃ……」

「体? 腰? 誰か呼んできた方がいいの?」

 明らかに痛みに苦しむような表情をしながら、カナは助けてもらったシオンに、さらなる助けを求める声をあげる。

 だが、カナの助けがシオンに聞き入れられる前に、ユフィーの助け船が到着した。

「誰かを呼ぶ呼ばないの前にシオン、今の自分達の体勢を冷静になって今一度しっかりと考えなさい?」

 助け船と言うにはあまりにも投げやりなものだが、シオンにその言葉はしっかりと届いた。

「あ」

 短く声をあげた後、シオンはカナの肩にかけていた手を離す。

 そうすると必然、二人の体勢上起こることがある。

 バシャン!

「ガボガボガボ……」

 カナは再び水の中に逆戻り。それはなぜか。

 シオンはカナの体を、海老反りの形で引き起こしていたのだ。

 そりゃあバシャゴキゴキッ、って言う異様な響きの音も響き渡るよ、とシオンは心の中で思っていた。

 ――あくまでも、心の中だけでだが。口にはもちろん決して出すことはない。

「ああもう。ほら、さっさと起きなさい」

 体全体が濡れてしまったからか、ユフィーは明らかにイライラしている声で水の中のカナを引き上げる。優しさは皆無の、首をつかんで引き上げると言う形で。

 そして、池の外に引き上げた後にユフィーが行ったのは、人工呼吸などではなく往復ビンタ。

 もう一度言う。優しさなど、皆無である。

「いひゃい……」

「ふん、ずぶ濡れにしてくれたお礼よ」

 両の頬が真っ赤に腫れ上がるまでビンタすることを、お礼とは言わない。

「へもいひゃいもにょひゃいひゃいにょ!」

 でも痛いものは痛いの!

 こう言うつもりだったのだろうが、ふにふにと赤くなった頬をいじりながらでは、聞き取れるものも聞き取れないが。

「え、なんだって?」

「頬が腫れて喋れないんでしょう。仕方ないわね、冷やしてあげるわ」

「ちょっ、ちょっと待った! ユフィーのそれは全部凍っちゃうから!」

 とてもいい笑みで、自らの右手の中に拳大の氷の結晶を作り上げたユフィーを、シオンは全力で止める。

 キレている間のユフィーは、完全にリミッターが外れるのだ。何をしでかすか分かったものではない。

「ちっ」

「今舌打ちしたよね? 絶対したよね!?」

「分かったわよ。きちんとしたものを渡すから。……はい、カナ」

 わーわーと喚くシオンを一蹴しながら、ユフィーは右手に作り上げていた氷の結晶に、さらに力を込める。

 ただ魔力を込めただけの芸のない氷だが、溶けることのない魔法の氷。それをカナに手渡し、腫れ上がった頬を冷やすように促す。

「ありゅひゃとね、ゆふぃーにゃん。おーひゅゆひゅにゃー……」

 締まらない。全くもって締まらない礼の台詞だった。

「シオンさーん!」

 氷の冷たさに若干うっとりとしているカナを尻目に、最後の一人が庭園へとやって来た。

「あ、リィナだ。遅いよ」

「すいませんー、頑張って一人で来ようとしてたら案の定迷ってしまって……」

「だと思ったわ。あんた、ほんとに直らないのね、その癖」

「自分でも直そうと思ってますよー。でも、よく分からないうちに迷っちゃってるんですぅ……」

 両手の人差し指を突き合わせるようにしながらうつ向くリィナに、ユフィーは容赦なく言葉を続ける。

「でも、ねぇ……。いっそのこと、全部魔法で移動したらいいんじゃないかしら。あんたの魔法の属性は風。うまく制御すれば空を飛べるんでしょ?」

「ああ、それもそうだね。前の旅でも似たようなことやってたし」

 ユフィーの言葉に、シオンはポンと手を叩く。

 前の旅では崖の上から飛び降りる際、衝撃を殺すためにリィナの魔法で風の足場を作ったことも、あることにはあるのだ。その事をシオンは思い出したのだが、リィナはシオンの言葉を申し訳なさそうに否定する。

「……確かにあのときはできましたけど、私一人でできるとは思いませんよ。だって、シオンさんの助言がなかったらできてませんし」

「そうかな?」

「そうですよ」

「まぁ、なんにせよこうして揃ったんだし、今はそんな話はいいじゃないの」

 少ししんみりとしかけた空気を、ユフィーが手を叩きながら制する。

 普段ならシオンの役所であるのだが、それをユフィーがしたのには理由があった。制裁だ。

「それに、あたしたち三人はずぶ濡れなんだから着替えたいわ。ついでにお風呂も。……あんたのせいでね」

 気づかぬうちにやったとはいえ、シオンが海老ぞりの刑に処し、ユフィー自身は往復ビンタを行っている。

 しかし、彼女にとっては足りないらしい。

 池の水を頭からかぶり、シオンとの話の腰をきれいに折ってくれた仕返しは。

 その証拠に、濡れてしまった服の端をつまむユフィーの絶対零度の視線は、氷のお陰で腫れがすっかり引いたカナに注がれていた。

 そしてカナは一応悪をあがく。

 穏便にすませられるとは思っていない。ただ、カナの頭の中にあるのはこれだけ。

 ――一発だけがいいなぁー。

 そんな淡い思いを抱きながら、カナは笑った。

「えへへ……てはっ♪」

「…………」

 ゴゴン!

 無言のままに二撃。ユフィーの拳とその後に降ってきた拳大の氷。

 頭を冷やせとでも言いたいのだろうか。

 カナの淡い期待は見事に裏切られ、クリーンヒットした氷の制裁に意識を手放した。

タ
4/4