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小説:アクレニア戦記2 ~叶えた夢の終わり~

プロローグ それぞれの3年間


 カチャカチャ……

「~~♪ ~♪ ~~~♪」

 軽快な鼻唄が、音を奏でて揺れる金属の鎧と被り、独特のメロディーを奏でる。

 その音の主は若く、女性だ。今いる場所が、フォーゲルノート帝国の王宮の中だと言うことを考えると、少々不釣り合いな年齢ではある。

 しかし、腰には見事なこしらえの剣が差し込まれており、その立ち居振舞いもどこかしっかりとしているため、別段どうと言うことはない。――今は少し、と言うより、かなり心の中は浮かれているだろうが。

 国一番の警備が厳重な場所で、鼻唄を無意識にでも唄うのは浮かれている証拠だろう。

「ご機嫌ですね、リィナ様」

 その女性の斜め後ろに控えるように歩いていた、空に向かってピンと立った狐の耳が特徴のビルスティアの女性が、少し呆れたように声をかけた。

「そうですか?」

「そうです。さきほどからずっと、鼻唄混じりに歩いているではありませんか」

「ふぇぇ!? 鼻唄!?」

 自分の失態を苦笑混じりに指摘され、リィナと呼ばれた女性は何故か鼻を摘まんで後ずさる。

 失言ではないために口を押さえていないのだろうが、年頃の女性が自らの髪の乱れを気にせずに鼻を摘まむ姿は、なんとも言いがたい。

「ええ」

 だが、そんな姿には慣れっこなのか、ビルスティアの女性はさらっと肯定の言葉を述べてしまう。

「恥ずかしい……。でもやっぱり、久しぶりに会えるとなると嬉しくもなりますよ!」

「開き直られると、注意したこちらが悲しくなりますね……」

「でも、ナリアさんも嬉しいですよね!?」

 自らの過ちを帳消しにしたいがために、リィナは軽く強引に同意を求める。

「まぁ、私はフォーゲルノートには来たことがありませんので、新鮮ですね。嬉しいと言うよりは」

「ですよねですよね!」

「団長にお守りと言う名の任務を任されたときは、なんとも言えませんでしたが」

「……へ?」

 ナリアの言葉に、リィナの動きが完璧に止まる。

 団長。エスカレルニア王国、騎士団団長。二人の上司にしてリィナの兄。レイソル・ハーキュリーの名前を出されては、固まるしかない。

「副団長のお守りなんて、どんな大役なんでしょうかね?」

 ここぞとばかりに愚痴を飛ばすナリア。狐と言うだけあって、少しねちっこい。

「ああ、方向音痴の副団長のお守りですもんね。きちんと全うしなくては」

 身長差はたいして無いはずなのに、ナリアのほうがリィナより大きく見える。怒っているものと怒られているものの縮図だ。

「うぅ……。わ、私だって好きで迷子になってませんよぅ……」

 両手の指と指を突き合わせながらいじけるリィナ。

 頭の後ろで一つにまとめられた白銀の髪が、その心を示すように垂れて見える。

 部下にいじられる上司と言うのも、仲が良い証拠だ。

「はぁ……。ここでぐだくだしていても始まりません。まずは王の間に着きませんと」

 そんな副団長の姿を見て、ナリアはため息を吐きながら進むことを促した。

「そうですよね……。今は王国からの使者って立場なんですから、頑張らないと」

 沈んだ心を奮い立たせるように、胸の前で小さく拳を握りしめるリィナ。

 リィナたちが、この場にいる理由はフォーゲルノートとの国境警備に関する進言のためだ。

 どんなに頑張ったとしても、この世界にいる魔物と呼ばれる存在からの脅威は取り除けない。だからこそ、この世界に存在する大国の二つが協力しあう必要がある。

 その確認のために、遥々大陸を二分する海峡を越え、リィナたちはやって来たのだ。

「副団長に就任してからの初仕事ですものね。応援していますよ」

 お守りとは言っているが、リィナを幼い頃から知っているナリアは、まさに姉のような心境で見守ってもいた。

 親しい者の成長は嬉しいものだ。例え誰であろうとも。

「さて! そうと決まれば行きましょう! いざ、王の間へ!」

 進行方向を指差しながら、リィナは颯爽と歩き出す。

 しかし――

「リィナ様。そちらは来た道です。帰ろうとしてどうするんですか」

「……な、ならこっち!」

「そちらは庭園です」

「さ、三度めの……正直……!」

「二階に王の間はありませんよ?」

「うぅ……なんで……なんでなんですかぁー」

 蒼い瞳にいっぱいの涙を溜めながら、くるくると回り出すリィナ。どの方向が正解なのか、全く分からなくなってしまっている。

 しかも、涙で前が見えなくなっているため、今にも壁にぶつかりそうだ。

 だが、そんなリィナにも救世主は現れた。

「あら? リィナじゃない。久しぶり」

 リィナの会いたい人物その一が、現れたのだ。

「ユフィーさーん! 迷子なんですよー!」

「は? 迷子ってあんた、隣に人が……って、くっつかないでよ! 泣くな!」

「会いたかったですよー!」

「は・な・れ・ろ!」

 ガツン!

「うきゅっ!」

 顔を胸に擦り付けるようにして抱きついてくるリィナに、ユフィーは鉄拳制裁を加える。

 脳天に向かってまっすぐ入った一撃に、剣士として多少は耐久力に自信のあるリィナでも悶絶した。

「あんた……鎧着たまんまで抱きついてくるんじゃないわよ! こっちは普通の服なんだからね!」

「すいませーん……。嬉しかったんで、つい……」

「つい、で服を破られたらこっちはたまんないわよ」

「ひどい……」

 殴られた頭を押さえてうずくまりながら、リィナはユフィーに恨みがましい視線を送る。

 そこらの男には破壊力抜群であろう涙目の上目使いも、彼女の氷は溶かせない。

「で? なんであんたは迷子だって叫んでたのよ」

 さらには容赦なく話を続けていくユフィー。

「ナリアさんがいじめるんです」

「いじめてはいませんよ? ただ、リィナ様の方向音痴が治らないかと試していたんです」

「試さなくて良いです!」

 さらっと答えられたことにリィナは突っ込む。

 その様子を見て、ユフィーはため息混じりにナリアの肩に手を置いた。

「苦労してるのね」

「ええ、とても」

「二人ともひどいです……」

 今度は床にのの字を書き出してしまうリィナ。

 リィナ一人に対し、この二人の組み合わせは非常にまずい。

 リィナの天然に、突っ込むやらフォローやらするのではなく、軽く責めるのだから。

「いいんです。私なんて方向音痴の馬鹿野郎で……。だから未だに、兄様に付き人なんかつけられるんです……」

 まるで呪いの言葉のように、ぶつぶつと呟き続けるリィナ。暗い雰囲気丸出しである。

 兄のレイソルとしてはリィナが正式に騎士団に入ったあと、過保護になると思って初めは何もしなかった。だが、ことごとくリィナが研修先や任務先で迷子になったため付き人をつけることにしたのだ。

 しかし、リィナは『風燐華(ふうりんか)』と言う風の魔剣を持っており、なまじ力があるため大抵の付き人はリィナが迷子になるのを止められない。

 そのため、力は及ばずとも旧知の仲であるナリアが選ばれたのだ。

「ちょっと、いつまでもいじけてないで行くわよ。遅れたらリサーナに変な目で見られるんだから」

 ユフィーはそんなことを知らないし、知っていたとしても気にすることはない。

 のの字を書くリィナに声をかけるだけかけ、自分はさっさと歩き出している。ちなみに、ナリアは無言でユフィーの隣についていた。

 その方が扱いやすいと知っているのだ。方向音痴には、先に歩かせてはいけないと。

「へ? ま、待ってくださいよー!」

「待たないわよ。さっきも言ったでしょう? 早く行かないと狼に睨まれるって」

 すたすたと歩きながら、リィナの方向すら見ずに答えるユフィー。

 答えてあげるだけずいぶん律儀な気もするが、歩くスピードが変わらない時点で優しくはない。

「そこまでは言ってなかった気がするんですけど……って、本当に置いていかないで下さいよ!」

 少し首をかしげながら、ユフィーが先ほど言った言葉を思い出していたリィナだが、すぐに駆け出してユフィーに追い付く。

「……うるさい。早く行くわよ、着いてきなさい」

「あ、はい。しっかり着いていきます!」

「ったく……」

 犬のように自らの後ろにピタリとつけたリィナを確認したユフィーは、ため息混じりに悪態をこぼす。

 リィナからは見えないその表情は、言葉とは裏腹にそこまで嫌な雰囲気にはなっていないが。

「あ、伝えておくのを忘れていました、シーファス様」

 今まで一言も発さず、ユフィーとリィナの掛け合いを見物していたナリアが、唐突に口を開く。

「ん? なにをよ。と言うか、なによその『様』って」

「私より身分は上でございますので。伝えておくと言うのは、我が王、シリアナ王からの言葉です」

「ふーん、で?」

 図太いと言うか胆が据わっていると言うか。隣国の王様からの直々の言葉だと言うのに、ユフィーは一切態度を変えずにナリアからの言葉を待つ。

 まぁ、彼女の知る中での王族と言うのは、シオンとその父クルト。その他には、以前の旅で敬語もなしに語り合った仲のシリアナなのだ。いろんな意味で、王族らしくはない3人に、彼女が始め持っていた常識は崩れ去った。無論、いい意味でだが。

 クルトとの初対面では緊張しまくっていたのが懐かしく思えてしまう成長っぷりである。

「私個人としては伝えるべきかどうか迷うのですが……。結果が見えてますし」

「ご託は良いからさっさと言ってちょうだい。もう王の間よ?」

 ユフィーの身長の二倍はありそうな大きな扉の前に立ち、口ごもるナリアにそう言葉をかけるユフィー。

 少し眉間にしわがよっているのは、それほどまでに時間が押しているのだろう。

 そんなユフィーを見て、ナリアは考えるのを止めて口を開く。自分自身が思っていた言葉が返ってくるだろうと信じて。

「……我が王、シリアナ王からの言葉はこう。『俺の元で働く気はないか?』だそうです」

「ないわね」

 ナリアの少しの懸念も何のその。ユフィーはすぐさまそう返した。

「あたしには『ここ』にいる理由がある。『そっち』にいるための理由はないわ。まぁ、魔法師団がらみの相談であれば乗ってあげる。そちらに使者でも送りましょうか?」

 彼女がよくする微笑。大人になってより妖艶さが増したその笑みと言葉に、ナリアは納得した。まぁ、ナリアとしてはその答えが返ってくると、ほぼ確信していたようなものだが。

「いえ……。では、王にはそのように伝えておきます」

「そうしてちょうだい。さ、早いとこ入りましょう? 会議が始められないわ」

「ええ、そうですね。ではリィナ様、つつがなくお願いいたします」

「は、はははい!」

 ナリアに話を振られ、完全に萎縮しきった様子で呂律が回っていないリィナ。

 そんな今さら感溢れるリィナの様子を見て、ユフィーは少し吹き出した。

「ぷっ。そんなに緊張しなくてもいいんじゃない? ちょっと滑稽な道化に見えるわよ」

「だって……」

「まぁ、その気持ちが分からなくもないけど。この先にいる人たちはいい人ばっかりよ。それに、一番上に座る人はあいつなのよ? 気にしたって無駄」

「あ、シオンさんがいるんですよね。それなら安心です」

 ユフィーの少しあきれた声での説明に、リィナは先ほどまでガチガチだった体から、少しだけ力を抜く。

 だが、その後にユフィーが放った言葉が、彼女をまた固くした。

「でも、懐かしいからって抱きついたりしちゃダメよ? 衛兵に刺されると思うし。それに、もしそんなことがあったら、あたしが綺麗にきっちりと凍らせてあげるから安心なさい」

「はいもの凄くよく分かりました絶対しません誓います」

 笑顔だが、決して笑っているとは言わない威圧感たっぷりのユフィーの笑みに、リィナは軽く顔を青ざめながら一息に言葉を口にする。

「分かればよろしい。じゃ、行きましょうか」

 深く頷いた後、ユフィーは王の間に至る大きな扉を開く。

 重たさなど微塵も感じられない扉の動きに驚きもせず、3人は王の間へと足を踏み入れた。

「シーファス師団長、王国からの客をお連れしました」

「あ、エスカレルニア王国騎士団副団長、リィナ・ハーキュリーです。本日は我が王、シリアナ王の命により馳せ参じました。何卒よろしくお願いします」

 今までの友好的な雰囲気は一切出さず、形式ばった応答を繰り出す二人。

 当然と言えば当然である。ここはフォーゲルノートの中心、国のすべてが決まるといっても過言ではない場所。人の上に立つ、王の部屋なのだから。

 だが、そんな場所だとしても気にしない輩は当然いる。

「遅かったじゃないですか師団長。油でも売ってやがったんですか?」

「そんなわけないでしょう? ここに来る途中で会ったから案内しただけ。この人、王国では有名な方向音痴らしいの」

 嫌われているとしか思えないような男の声にユフィーは全く動じず、リィナに対しての皮肉まで込めた言葉を口にする。

 そんな反論の余地のない切り返しに、言葉を発した男は愉快に笑った。

「くははっ! さすがは『氷金姫(ひょうきんき)』様だこと。冷たいねぇ」

「……ブレイク。あんまりその名前で呼ばないでくれる?」

「おっと」

 一瞬にして下がった部屋の温度に、挑発めいた態度をとっていた男は飄々と言葉を返しながらもきちんと口を閉じる。

 ブレイク・ピラー。先王、クルトの代から帝国の参謀長を勤める口の悪い男だ。シオンが王になってからは、よりいっそう口が悪くなっていると評判になってはいるが。

 濃い緑色の髪の毛は刈り込まれ逆立っている。一見すれば、この男が参謀長とは誰も思わないだろう。しかし、頭のキレでいけば帝国随一の男なのだ。

「……全く。陛下がいないこの状況で問題など起こさないでください。いいですね? 参謀、氷金姫」

「ちょっとリサーナ、あんたもその呼び方は止めなさい」

 悪かった空気をよくするためにリサーナが言った台詞も、ユフィーにしては充分、勘に触る一言だった。

「なぜです? カッコいいじゃないですか。陛下から賜った言葉ではありませんが」

「例えそうだったとしても、こんな二つ名恥ずかしいじゃない」

 ユフィーが嫌がる二つ名、『氷金姫』とは彼女が魔法師団を作り上げた頃に呼ばれ始めた名前だ。その由来としては至極単純で、彼女自信が氷の魔法を使うこと。そして、その艶やかな金色の髪を揺らしながら戦うことからつけられた名前である。

 その名前をユフィーは嫌っている。そもそも、彼女自信が敬称で呼ぶこと、呼ばれることを嫌っているのだ。親がつけてくれた名前を相手に呼ばさず、仮初めの名で呼ばせることを。

 随分と偏っているように感じる考え方ではあるが、自らが認めた相手にしか愛称である『ユフィー』の名を呼ばせない彼女らしい言い分である。

「恥ずかしいだなどと……。まぁ、基本的に名前などはその者の体裁を表すもの。本質を表すものです。素直に受け取ればいいではありませんか」

「そんな簡単に素直になんかなれないわよ。と言うより、いい加減あたしを弄るのはやめてくれないかしら。早く会議を始めましょう?」

 元から悪かった旗色を引っくり返す為に、ユフィーは王の間の奥、玉座を指し示しながら言う。

「……それもそうですねぇ。ならばお呼びしましょうか、我が王を」

 ブレイクがユフィーの意見に乗っかり、会議を始める為に手を上げた。その手の動きに呼応するように、玉座近くに造られていた扉が控えていた者たちの手で開いていく。

 ゆっくりと開けられたその扉の先にいるのはもちろん、シオン・セナ・ファルカスだ。

「やあ、皆。今日も元気そうで何よりだね」

 そんな言葉と共に現れたシオンの手には、大きなバスケットが握られている。

 遠目から見ても分かる、バスケットの中に入った色取り取りの袋たち。その中身は、つい先ほどシオンがユフィーと別れた後に呟いていたものだった。

「……陛下。一応聞きたいのですが……」

「ん? なにかな、リサーナさん」

「そのバスケットの中身はなんです?」

「お菓子だよ。皆で食べようと思ってさ」

 隣国からの客人も来ていると言うのに、そんなことを一切悪びれもせずに言い放つシオン。元々垂れ下がっているリサーナの犬耳が、さらに垂れ下がるように見えたのは、決して錯覚ではないだろう。

 だが、そのお菓子の山といっても言いものに反応してしまう女の子もこの場にはいた。

「わー、シオンさん! いっぱいあるじゃないですか!」

「うん、意外と集めたら王宮の中にあってね。リィナ、甘いもの好きだったでしょ?」

 先ほどまでのカッコよく決めていた雰囲気はどこへやら。一人の甘い物好きな女の子としてシオンに近づいていくリィナ。まだ飛びついていかないだけ、ユフィーの言葉が聞いているのかもしれないが。

 シオンもシオンで陛下と呼ばれていないのを全く気にしてもいない。この場がどう言う所で、自分の身分と相手の身分を知っているのにもかかわらずだ。

 ――そんな2人には当然、雷は落ちる。

「シオン様! ここが軍議の場だと言うことを忘れないでください!」

「リィナ様、いい加減にしないと団長に報告しますよ?」

 ビルスティアの1人は烈火のごとく怒り、もう1人のビルスティアは冷たく氷のように怒る。

 そんな昔なじみの教育係の言葉に、はしゃいでいた2人は固まった。

「わ、分かったよリサーナさん……」

「そ、それだけはやめてくださいナリアさん。そんなことしたら私が死んじゃいます……」

 借りてきた猫のように、急に大人しくなる2人。さすがにこの2人に怒られて止まらないことはないようである。それほどまでに、昔からの恩と言うのは忘れがたいものなのだ。

「はぁ……全くこの人は昔から変わりません……。では、軍議を始めます。いいですね?」

 盛大にため息と悪態を付いた後、リサーナはだらけた空気を持ち直すかのように一旦シオンに開始の合図を求める。

「うん、始めて」

 短くもしっかりとした声でリサーナに答え、自らの定位置である玉座に座るシオン。偉そうにふんぞり返るわけではないが、それでも充分に威厳が感じられるその姿に、集まっていたものたちは一斉に立ち上がって頭を垂れた。

 そして、その中で1人だけ、リサーナだけが頭を上げる。

「これより合同軍議を始める! 意見のあるものは挙手し、その旨を述べること。では、まず始めに帝国騎士団からの報告!」

 武団長、正式にはフォーゲルノート帝国武闘演舞団の団長であるリサーナが進行の議事を読み上げる。団長といっても、構成員はリサーナたった一人なのだが。

「はっ」

 リサーナが読み上げた議事に反応したのは、真っ赤な髪を腰まで伸ばした中性的な青年。シオンと対して年齢が変わらないであろうその青年はシオンの前に立つと、仰々しく跪いてから報告を始めた。

「騎士団からの報告は、国境周辺および帝都の魔物に対する警備報告になります。こちらに関しては、3年前から若干の衰退はありますが大きな変化はありません。このままで問題ないかと」

「そっか、ありがとうトラヴァス。報告も板についてきたね」

「あなたも大分、王様が似合ってきたじゃありませんか」

 最高権力者、生まれ育った国の王様に褒められたのにもかかわらず、そんな皮肉めいた言葉を返す青年。この青年もリサーナと同じく、シオンと昔なじみの1人だ。まあ、こちらはリサーナと違って同い年だが。

「サーヴィー副団長、問題ないとは言っても、こちらは被害を受けてるんでしょう? こっちにはその旨の報告は来ているんですがねぇ」

 リサーナが言っていた通りに手を上げてまで発言したのはブレイク。帝国の参謀長として、彼はすべての報告にちょっかいをかける役を兼ねている。シオンが人の言うことを信じすぎるためだ。

 そんなブレイクの詰問の言葉に、トラヴァスは冷静に答える。

「確かに被害はあります。ですが、それは新人研修の際の救急手当てだったはず。落ち度があるのなら騎士団です。これ以上、闇雲に戦力を増やしても意味がない」

 トラヴァスの言う通り、帝国や王国が建国される前からあった魔物の脅威に対抗するのは必須事項だ。しかし、その根源である魔物を駆逐することはまず不可能であり、やってはいけないことである。いくら脅威だと言っても、魔物も生きて、この世界『アクレニア』にいるからだ。もし魔物がいなくなったとしても、魔物の代わりになるものなどはいくらでも生まれてくる。それが世界の成り立ち、バランスと言うものなのだから。

「それならいいんですがねぇ。まあ、私が心配しているのは先王と共に暮らしている、例の奴らの件なんですがねぇ……。そこんとこどうなんですかぁ、我が王よ」

「例の奴ら……。『クロストティア』たちのことかい?」

「ええ。何でも、帝都崩落は彼らが起こしたとか。それならそれで然るべき罰を与えなきゃならないのに、あなたはそいつらを生かしてる。こんな所で言うことじゃないとは思うんですが、それでも私としては引っかかるんですよぉ」

 シオンとブレイクが言う例の奴らとは、魔物の体を持って生まれる、ヒューマティアでもビルスティアでも、ましてやスピリティアでもない、忌み嫌われる者達のことだ。その者達の考えによって一度はシオンも苦い思いを味わわされている。

 だが、シオンは彼らを赦し、辺境の村で細々と住むことを条件に生かしていた。

「……前にも言ったと思うけど、彼らには彼らなりの正義があったんだ。それを頭ごなしに否定して、間違っていると決め付けるのはよくないことなんだよ。ブレイクさんが参謀長で、みんなの考えを纏め上げた判断を下さなきゃならない立場だって事は分かってるけどね」

 クロストティアたちに、シオンは自らが作る世界を見て欲しいと願っていた。彼らがその思いを抱かずに済んだような、誰もが笑っていられる世界を。

 そのために、彼らの世話を隠居した先王である父に任せ、自らは尽力したのだ。世界をいい方向に導く、ただそれだけのために。

「まあ、それだけの覚悟があるってことなんですか。先王にも言われてますから『頼む』って」

「それは助かるよ、ブレイクさん」

 手をひらひらと振りながら、シオンの真っ直ぐなその言葉に折れるブレイク。幾度となく繰り返された会話ではあるが、最後にはブレイクが折れる。確認したいだけなのだ、彼は。

「んんっ。この件についてはこれで終わりでよろしいですか?」

 ブレイクが下がったことを確認したリサーナは、議事を進めるために辺りを見渡し確認する。

「……誰も手が上がらないようなので次を。武器貯蔵の件についてですが、兵達の数もありますので現状維持、または削減を考えています。どうでしょうか、陛下」

「削減って言うのはどれぐらいを目標に?」

「1割から2割程度でしょうか」

「分かった。現状維持って言うのもいいけど、削減できるのなら削減して。でも、管理の方はきっちりとね」

「了解しました」

 頭を垂れ、王に言われた責務を了承するリサーナ。

「武団長。そう言えば削減なんかできるんですかい? 普通に考えて、多めに持っていたほうがいいでしょう。武器なんてもんは」

「そろそろ入れ替えないといけないんですよ。劣化してきてますしね。まあ、そのための削減です」

「なるほど」

 例のごとく話に割り込んできたブレイクに、リサーナは冷静に切り返す。先王の時代から武器管理を任されてきた彼女にとって、これぐらいのことは造作もない。

「では次に行きましょう。と言うより、最後ですね。魔法師団長、今回の主題であるエスカレルニアとの連携について報告をお願いします」

「分かったわ」

 最後になったユフィーだが、疲れた様子も見せずにリサーナの言葉に答えてシオンの前へと歩いていく。その後ろにはリィナも一緒に。

「王よ。今回の王国との連携、王国側への魔法師団の確立に話を通していただきありがとうございます。帝国側では問題もなく、より一層のの精進に励んでおります」

「ああ、うん。まあ、あちらにも学ぶこともあったし、貸し借りがあるのは嫌だったからさ。で、王国のほうは何かあるの?」

 未だにユフィーの畏まった口調になれないのか、少し緊張しながらシオンは答える。

 だが、話を振った相手のほうが緊張していた。

「は、ははははい! お、王国では魔法を扱える者が少ないために難航していましたが、精鋭を集めることで形にはなりまじだっ! ……ひたかみまひた……」

 盛大に舌を噛み、涙目になりながらすごすごと下がるリィナ。大失態ものではあるが、シオンが相手ではこれぐらいのことで処罰はされないだろう。

「ははっ。誰か医務室に案内してあげて、一応検査はしないと。じゃあ、変わってナリアさん。シリアナ王からはなにかあるかな?」

 舌を噛んだ事で喋れなくなってしまったリィナの変わりに、シオンはその従者であるナリアに声をかけた。

「いえ。直接はありませんでしたが一つだけ。『今度酒でも一緒にどうだ?』だそうです」

「あの人らしいね。考えておくって伝えておいて」

 シリアナからの言葉を受け取り、少し驚いたような顔をした後シオンは笑って言葉を返す。公で酒が飲めるような年になってからと言うもの、シリアナからのこのような誘いは増えていた。曰く、一番の交流だと言ってはいるが、自分が騒ぎたいだけなのだろう。

「これで軍議を終了する。この会で決まったことはすぐさま実行するように。以上、解散!」

 それが合図だったかのようにリサーナが声を上げ、軍議は終了を継げた。


タ
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