楽天市場
[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]

小説:アクレニア戦記2 ~叶えた夢の終わり~

プロローグ それぞれの3年間



――時は、フォーゲルノート帝国の王位が変わってから3年。戴冠式のあの日から、それだけの月日が流れていた――。


「シオン様ー。どちらにいらっしゃいますかー?」

 フォーゲルノート帝国、その王家が住む王宮の中で人を探す声が響く。

 その声の主は女性。垂れ下がった犬の耳。少し短めのふわふわとした尻尾。この世界で一般的に『ビルスティア』と呼ばれる種族の特徴である。

 そんな女性が探しているのは支えるべき主の姿。この帝国の王の姿だ。

「全く、あの方は。これから会議だということを忘れているんじゃ……」

「あれ? リサーナさん、こんなところでどうしたのさ」

 探し求めていた人物のあまりにもお気楽とした声音に、リサーナと呼ばれたビルスティアの女性は軽くキレた。

「……どうしたもこうしたも、あなたを探していたんです! シオン・セナ・ファルカス帝国王!!」

 その言葉の内容だけを拾い上げてみるのなら、そんな言葉を簡単にかけられる相手ではない。だが、この二人の昔からの関係を知っているのならば、別にどうと言うことはないのだが。

「ちょっ、あんまり大きな声出さないでよ。ここ、結構響くんだから……」

 怒られた相手は、片手で耳を塞ぎながら今いる場所の天井を示す。

 石造りで造られた、いかにも豪華な広い廊下の天井。声の主の言う通り、充分過ぎるほどに声は響くであろう。

 しかし、その言葉はリサーナが求めていた言葉ではない。

「シオン様……。そう言うことでは……」

「分かってるって。今日の軍義はきちんと出るよ。まあ、軍義と言っても、国境警備のローテーションの確認とエスカレルニア王国との定期連絡でしょ? 特に問題はないさ」

「なら、いいのですが」

 青年の言葉に、リサーナは渋々といった調子で頷く。

「武団長のリサーナさんに聞くこともないだろうし、出来る人たちがたくさんいると、僕の出る出番はないもの」

 自嘲気味に笑う青年。

 一国の主である男の言う台詞ではないとは思うが、それがこの王の美徳でもあった。

 シオン・セナ・ファルカス。18の誕生日である戴冠式の日に、まだ記憶に新しい帝都崩落を経験しており、そこからの旅や人々との触れあいで成長し、帝国王になった青年だ。

 3年前から変わったことと言えば、月日の経過による精悍さぐらいだろうか。幼く見えていた風貌も、今はきちんとした大人の雰囲気に変わっている。

 だが、それ以外は一切変わっていない。

 水色の髪を右側に流した髪型も変わりはなく、その優しく甘い性格も変わることはない。まあ、変わってしまっていれば美徳にもならないだろうが。

「何をバカなことを……。皆、あなただからこそついて行っているのです。人の上に立つ器は、人を引き付ける力そのもの。シオン様は、それを持っておられます」

「あまり過大評価しないでね?」

「しませんとも。素直な評価です。それに……あの方のように、あなたに惹かれた方がいるでしょう?」

「え?」

 リサーナが言葉を途切らせてまで指し示した先、そこにいたのはシオンたちに向かってまっすぐに向かってくる女性の姿だった。

 光る金の髪に鮮やかな翡翠色の瞳。シオンが初めて彼女に出会った頃から変わらない、見る者を惹きつける魅力だ。

 その女性は、手に握った紙の束を眺めたあと、シオンに声をかけた。

「シオン、これの内容なんだけど……って、リサーナがいるじゃない。なに、仕事中だった?」

 シオンの隣にいるメイド服のリサーナの姿を認めた女性は、自らの話しかけた内容を押し止める。優先順位ぐらいは分かっているからだ。

「いえ、ただの世間話ですよシーファス魔法師団長。それと、敬語。忘れてますよ」

「いいよ別に。僕たちしかいないし、ユフィーに敬語なんか使われたら、なんかむず痒くって仕方ないよ」

 咎めるリサーナに、シオンは軽く手をあげながらそれを制す。

 彼女がこの帝国王家に仕えだしてから、幾度となく繰り返されてきた会話である。

「だそうよ?」

「一応です。シオン様が認めているとはいえ、関係は雇われなのですから」

「分かってるわよ……」

 普段は強気な彼女も、メイド長であるリサーナにはあまり強く出られない。なぜなら、怒らせると怖いから。

 ちなみに、怒らせてしまった場合、懐に収められている短剣が無数に飛んでくることになる。

「それなら結構。ではシオン様、私は仕事がありますので。会議には出てくださいよ?」

「ちゃんと出るって。……あの服は着ないかもしれないけど……」

「着てください。では、これで」

 シオンが呟いた小さな声にきちんと反応しながら、リサーナは一礼してその場を離れる。

 愚痴を聞かれてしまったシオンは罰の悪そうな顔になりながら、代わりに隣に立った金髪の女性に話しかけた。

「あの服、着なきゃダメかな?」

「あたしに聞かないでよ……。まぁ、あんたの性格からしてあんな権力丸出しの服は着たくないとは思うけど?」

「権力丸出し、か。さすがにユフィーはバッサリ言うね」

 ユフィー。本名はユフェルニカと言う、金髪の女性の愛称を呼びながら、シオンは肩をがっくりと落とす。

 憂鬱としか言い様のないその表情の理由は、シオンが公の場所に出る際に着なければならない服装のダサさにある。

 無駄に豪華なこしらえのコート。フォーゲルノートの国色である蒼を基調とした、この世界ではごくごく一般的な男子の身長のシオンでは必ず裾が地面を擦ってしまうようなロングコートだ。

 シオンが戴冠式の際に着ていたものよりはまだマシなデザインだが、それでも充分ダサい。無駄すぎる生地の量が、みすぼらしく感じてしまうのである。

「あんたがそう頼んできたんじゃない」

「まぁね。君には、対等な関係でいてほしかったから。あの旅を一緒にしたもの同士ね」

「そ」

 そっぽを向きながら歩き出すユフィー。

 その行く先は王の間。会議などもそうだが、その他雑多な庶務もそこで行っている。

「でも、ユフィーも慣れたよね。ここでの仕事ぶりにさ。最初の頃はどこに何があるのか分からなくてオロオロしてたのに」

 歩き出したユフィーのあとをついていきながら、シオンはこの三年間のことを話し出す。

「それに、ユフィーが僕の所に来て働かせてくれって言ってきたときは驚いたよ」

「……古い話を蒸し返してくるのね」

 苦虫を噛み潰したような表情ながらだが、その声はどことなく嬉しそうなユフィー。

 彼女なりに、シオンをどうにかして支えることはできないかと考えた結果だ。――ただでさえ、身分違いのなんとやらの真っ最中なのだから。彼女は――。

「でも、その髪型は最近になってからだよね? どういう心境の変化なのさ、髪を下ろしたりなんかして」

 ユフィーの金の髪を指差しながら、シオンはそんなことを口にする。

 昔、出会った頃の彼女は金髪の長い髪を左右に分けて纏めていたのだ。だが、最近の彼女は髪を下ろし、その長い髪を惜しげもなくなびかせている。

「まぁ……ちょっとね。いい加減、変わらなきゃって思ったからかしら」

 下ろした髪の先を指で弄りながらそう呟くユフィー。

 少しだけ寂しさを感じさせるその雰囲気を知ってか知らずか、シオンは一言。

「まぁ、前のも似合ってたし、今のも大人っぽくて僕は好きだよ?」

「っ! き、急に何を///!」

「誉めただけだけど?」

「いちいち誉めないでよ!」

 本心を言ったまでのシオンなのだが、ユフィーにとってシオンのその言葉は爆弾にも等しいものになる。

 その証拠に、ユフィーの頬はほんのりと赤く染まっていた。

「そんなに怒らなくても……」

「怒ってる訳じゃなくて! ……ああもう、あたしは先に行くからね!」

「え? ちょ――」

 3年経ったと言っても、彼らはまだ若い。

 鈍感な者と素直になれない者の二人では、すれ違うばかりだ。

 その証拠にユフィーは、捨て台詞のようなものを吐きながらスタスタと歩き去ってしまうし、シオンにしてもその行動の早さに置いていかれてしまう。

「行っちゃったよ……。ま、僕も行かなきゃいけないし、いっか」

 自分で自分を納得させるかのように呟いたあと、シオンはユフィーの後を追うように歩き出す。

 その歩みは、かなりゆっくりとではあるが。


1/4