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小説:フェデルフィア国物語

3章 過去の亡霊。


「ほっぺが痛い……」

なぜか少し赤くなった頬を抑えながら、レヴィンはそんな風に呟いた。

極端に片側の一点だけが赤くなっているその頬に、なんか石でも踏みながら寝たのかなとか途方もない1人問答を続けているが、そうした張本人は明後日の方を向きながら自らの失敗を思い出していた。

「(あ、危ない……。あの後ずっと触ってたなんて死んでも言えないわよ……。おかげでほとんど寝れてないし……)ふわぁぁ……」

傍らで歩みを続ける少年には見えないよう、首の柔軟性をフルに生かして欠伸をかますエイリア。

何もそこまでしなくてもいいとは思うが、複雑な乙女心は自分でもよく分からない事を平気でやってのけるものなのだ。そして、その乙女心を男が永遠に理解することはない。自分でもよく分からないものを他人に押し付けても仕方がないのだ。

それなのに――

「どうした、寒いのか? 体プルプル震えてるけど」

「……寒くない! 眠いだけ!」

「そ、そうか……」

とばっちりを受けるのは必ず男である。

まあ、今の場合であればレヴィンがデリカシーのない発言をしたと言ってしまえばそれまでの状況ではあるのだが、顔を真っ赤にさせて怒られては萎縮するしかない。

首を竦めた後、レヴィンは歩いている場所――比較的舗装のなされた山道を見つめながら呟いた。

「……結構歩いた気がするんだけどなー。頂上がまだ見えない……」

額に浮かんだ汗をぬぐいながら、レヴィンは少し恨めしそうに続いている道を睨む。

勾配の所為なのか、見つめる先はぷっつりと切れたように見えておりそれが頂上だとは容易に予想できる。だが、そのぷっつりと切れた先になかなかつかないのだ。

やる気も体力も削がれていくと言うものだ。ゴールが見えているのに届かないと言うのは。

「もう少しのはずよ。でも、こんなに道が綺麗だとは思わなかったわ。明らかにここを拠点に何かを始めようとしてるしか……きゃっ!」

「口閉じろ。息殺せ。……何かがいる」

顎に手を添えながら考え始めたエイリアを、レヴィンはその体ごと思いっきり引っ張る。

声が漏れないように手で口を覆いながら、山道らしく存在していたけもの道の茂みの中に身を顰めた。

「ふむ! ふふんふむっふ!?」

「……喋るなよ。くすぐったいだろ」

「ふふ! ふふむんふぇ!」

「ん? ああ、離せばいいのか」

「ぷはっ!!」

口を覆っていた手を離すと、今の今まで息が出来ていなかったためか思いっきり深呼吸をするエイリア。

顔が赤いのは彼女のいつもの癖か、はたまた息が出来なかった酸欠のためか。

「(ちょっちょっちょっ!!! あ、アタシ、キスした! 手のひらに! れ、れれれれレヴィンの手のひらにキスした!!!)」

どうやら、前者の発展型であるようだ。

だが、そんな心の声を露も知らないレヴィンはエイリアの方など見てはおらず、隠れたけもの道の茂みの中から油断なくとある一点を見つめていた。

レヴィンが見つめている点、それは彼らが目指していた場所でもあった。

「……あの鎧……ライル国の親衛隊か? なんでこんな所に国王直属の親衛隊が?」

大きく肩の部分が迫り出した、眩しく光る銀の鎧。その鎧に所々走った赤と青のライン。一見重装備に見えるが、それを感じさせない風格。明らかに訓練を受けている者達であることは明白だった。

そんな恰好をした人物が3人。兜をかぶっているために顔は見えないが、親衛隊と言う職業から男性だろう。

「あれは……小屋か? こんな所になんで……」

「あ、あれよ! あの小屋! あの小屋に住んでるはず!」

親衛隊の奥にあったさびれた小屋。それを見つけたレヴィンは盛大に疑問符を浮かべたが、エイリアは対照的にうれしそうな声を上げる。

ただし小声で。

「……小声で大声って器用だよな……」

「うるさい!」

押し問答を繰り広げながら、レヴィンとエイリアは小屋を中心に事を見つめる。

叩かれる扉。返事はない。

叩かれる扉。返事はない。

叩かれる扉。返事はある。

3回目にして現れた小屋の住人。その住人の姿を見てレヴィンは驚いて目を見開いた。

さびれて黒くなってしまった小屋とは対照的な、銀色と言ってもいい光沢感のある純白の髪。怯えきった瞳は左右で色が違っており、右が紫色で左が赤紫色に染まっている。

青を基調とした、どこか民族的なゆったりとした布1枚で構成されたような服装。上半身はそれだけで、下半身も申し訳程度にその布が伸びているだけ。その下に見える素足には、何も纏われてはいなかった。

一見すると寝起きのような格好ではあるが、体をがたがたと震わせる少女の様子を見れば、その予想は間違いだと言う事がすぐに分かる。

「シルベル・ヴェイスティックだな。……要件は分かっているだろうな?」

一歩進みでる形で、親衛隊の男が少女に向かって話しかける。

その一歩分下がるように動きながら、シルベルと呼ばれた少女はおどおどとした雰囲気で言った。

「要件って、もしかしてあの件ですか……?」

「そうだ。フェデルフィアの技術協力を貴様に打診したい。再三断っているそうだが、いい加減に受けてくれないのであれば、こちらも強硬手段に出る」

「そんな……! だって、前来た時にはそんなことしないって……」

「それだけ逼迫しているのだ。それに、貴様たちを取り立ててやっているのは国王だ。その恩を忘れたわけではあるまいな?」

「取り立ててって……。ぼ、僕たちがそうなっているのはあなたたちの所為で……」

「猶予だけはくれてやる。明日、またここに来る。その際までには答えを出しておけ」

「あ、ちょっと……」

言いたいことはすべて言ったようで、男は残る2人の男の元に戻ってしまう。

その有無を言わせない動きに、シルベルは何も言えずに立ちすくむだけ。と言うより、言葉を発する勇気がないようである。

両手を胸の前に持ってきながら、どこか諦めたような瞳で去っていく男たちの方をちらりと一瞥した後、小屋の中へと戻って行った。

「……あいつが? すごく頼りなさそうだったけど」

「そのはずよ。銀に近い白髪の鍛冶屋。どこかで聞いたことあると思ったの。それに、さっきの親衛隊の奴らが言ってたフェデルフィアって……」

「しっ。来るぞ」

一連の流れを見ていたレヴィンは、小屋の中に消えて行ったシルベルについて首をひねる。

レヴィンが探していたのは魔法具を作ることが専門の武器職人だ。武器職人と言うだけで力のいる仕事であるし繊細な作業ではあるが、女性がその仕事についていることはまずない。なぜなら、材料を自らで手に入れなければならないからだ。

もちろん、依頼者が自分で持ってくることもあるがそれは稀。大抵は自分で調達した材料で武具を作り、その出来を見て買っていくのだ。品定めをするための品がないのでは、その者がどんな質の物を作るのかが分からない。当然である。

そして、さらに引っ掛かっているのは親衛隊の言った言葉。エイリアも注目しているフェデルフィアと言う言葉だ。レヴィンにとっては一番親しみがありながら、心を縛り付ける鎖のような言葉に頭の中では考えがぐるぐると巡っていた。

だが、そんな考えも今の状況では放棄せざるを得なかった。

レヴィン達が隠れているけもの道にある茂み。そこからほとんど隣と言ってもいい距離を、親衛隊の男三人が通り過ぎて行こうとしているのだ。

見つかっては後々面倒な事になる。

そう思ったレヴィンは着てきている灰色の外套――エイリアに開けられた穴は補修済み――を翻し、2人の体を隠すようにして被った。

「ちょっ、これじゃ見えないじゃない」

「我慢しろ。しないよりましだろ?」

「まあ、そうだけど……」

抗議してきたエイリアを黙らせ、息を殺す。渋々と言った様子でエイリアもそれに習い、レヴィンと一緒に歩みを進める男たちを眺めた。

着々と近づく距離、何事も無ければ気づくわけはない。そんな場所にレヴィンとエイリアはいるのだ。誰も好き好んで少し薄暗くなった茂みを見ようとはしないだろう。まあ、見なければならない理由があれば別だが。

パキッ

「「あ」」

圧し折られ、音の鳴る小枝。意図せぬ音源の出現に、レヴィンとエイリアはしまったと言う表情で顔を見合わせた。と言っても、見合わせただけ。あまりの出来事に頭が完全に混乱しているようだ。体など動きもしない。

「っ! そこに誰かいるのか!?」

自らがたてるがしゃがしゃと煩い鎧の金属音の中で、どうやったらそんな些細な音が聞き取れるのだろうか。

目ざといと言うより、耳ざといと言った方が正しいであろう親衛隊の男たちは、小枝の鳴る音を聞きつけて真っ直ぐにその場所へと向かう。レヴィンとエイリアが隠れる茂みの元へと。

近づかれては見つかる。いくら外套で体を覆い隠していると言っても、その色は灰色。近づいた状態で見られては茂みの暗い緑色とは同化しない。

真っ直ぐ迫りくる親衛隊の男たちに、その危険性が分かっていたレヴィンは舌打ちしながらも行動を開始した。

「ちっ。とりあえず動くぞ。ここにいても仕方がない」

「動くってどうするのよ! こんな茂みの中じゃ満足に動くことも出来ないわよ?」

「裏技があるんだよ。裏技が……って、さっきの音はこいつらか」

悪戯を思いついた子供のように喋るレヴィンの言葉が途中で切られ、先ほどまでどこか弾んでいた声がどこか納得したような低い声に変わる。

その声音の変化にエイリアは少し首を捻るが、直ぐに感じた気配に体を強張らせた。

「ウェアウルフ……。こいつらがさっきの音の正体って訳?」

エイリアが見つめる先にいるもの。一見すると大型の犬と遜色ない大きさだが、爪や牙、獲物を捕食するための武器となりえるものは鋭利に尖っている。そして体を覆う紺色の毛は固く、木々の間から漏れる陽光を反射して光っていた。

「そうみたいだな。囲まれてるし、丁度群れのど真ん中って所か。……あ、ちなみに、こいつらの肉はうまいぞ? 内臓関連は食えたもんじゃないけどな」

突然思い出したかのように言うレヴィン。一別しただけで五体はいそうな群れに囲まれている状況で言うセリフではない。その証拠に、エイリアは思いっきりレヴィンの言葉に噛みついた。

「なんでこんな時にそんな情報持ってくるのよ! なんか色々とやりにくいじゃない! 色々と!」

「いやー、旅をしてる時に一番お世話になったからさー。群れで襲ってくるから、意外と食料になるんだよ。それに、結構頑張ってあぶにくパンを作ったんだぜ? こいつらの肉で」

「ああ、あのグルティスの特産品ね。でも、あれは中に入れるソースが決め手……って、こんな話してる場合じゃないわよ! 早く逃げるかやっつけるかしないと!」

「分かってるよ。ま、やっつけるは無しだな。めんどくさいし、あんまり戦うって好きじゃないから。目的と理由があればやるけど」

見事にノリ突込みを決めてくれたエイリアに、レヴィンは若干めんどくさそうに、しかしきっちりと自らの役目を果たすために動く。

「だから今は逃げるって言う選択をするしかないよな!」

右の手のひらを真っ直ぐに突き出し、目の前にある空気を押し出すようにしながらレヴィンはそう叫ぶ。そして、反対の手のひらはエイリアの腰に回されていた。

「へ? え、え、え? ちょっ、いきなり何を! ってかこんな所で!?」

突然回された手のひらに、エイリアは顔を真っ赤にさせながらじたばたと暴れる。だが、2人の身長差と回される左手が持つ場所により、その抵抗はかなり虚しく終わっていた。

「黙って口閉じてしがみ付いてろ。舌噛むぞ」

「ふぇ?」

回していた手に力を籠め、抱きしめるようにしてエイリアの体を引き寄せる。丁度木の幹に捕まるような形になったエイリアにレヴィンは小さく忠告すると、突き出していた右の手のひらを地面に向かって振り下ろした。

「はぁっ!」

気合一閃。振り下ろされた手のひらに、レヴィンが込めた魔力が集まり発光する。

魔法の発動を知らせるその光に、レヴィンにしがみ付いているエイリアは目を見開く。それはレヴィンが魔法を放ったことに対する驚き。街を出る前にメルティアと同じ魔法使いだと言ったその言葉。半信半疑だったものが確信に変わる瞬間であった。

だが――

ドウッ

その驚きと確信はレヴィンの放った魔法による風によって、直ぐにかき消された。

暴風と言ってもいいほどの強さの強風。普通ではありえない、圧倒的な上昇気流により持ち上げられる体。どんなに強い自然の竜巻でも、これほどの物はないだろうと錯覚するほどの強風にあおられ、レヴィンとエイリアは上へと吹っ飛んだ。

「きゃぁぁぁ!!!」

「口閉じろって言ったろ! 舌噛むって!」

「いやぁぁぁ!!!」

空中で錐揉みするように吹っ飛んでいく2人。1人は思いっきり相手の体にしがみ付きながら悲鳴を上げ続け、しがみ付かれているもう一人は、いたって冷静に悲鳴を上げ続ける1人をなだめていた。

「ああもう! 仕方ないな!」

悪態をつくようにレヴィンは荒々しい声を上げた後、完璧にしがみ付かれているために自由になった左手を使って再度魔法を放った。

左手の手のひらから放射されるように現れる魔法の風。バランスと言うものがあってないような状況で真っ直ぐ上に吹っ飛んでいた二人の体が、レヴィンの左手から現れた風で安定を保ちだす。

加えて、右手の手のひらからも同じように風が放たれ、空中で右と左両方から糸でつるされたように釣り合う体。ゆっくりと落ちていってはいるが、安定した体の動きにエイリアは叫ぶのを止めた。

「……あれ?」

「ったく、騒ぐなよな。せっかく逃げてきたんだから。ほれ」

両手を真横に突き出しているためにレヴィンは顎しか使うことが出来ずにいるが、その顎で先ほどまでいた地面を指し示した。

目を固く瞑ってレヴィンにしがみ付いていたエイリアは、その顎の先を恐る恐ると言った様子で見つめる。

「くっ、散開しろ! 各個撃破で倒すんだ!」

「はっ!」

「……擦り付けてきちゃったのね」

「構わないだろ。本来、あれが仕事なんだろうし」

下に見えるのは新鋭たちの男たちとウェアウルフが戦闘を始めている姿。

目の前に獲物と認識していたレヴィン達がいなくなったウェアウルフ。音の正体を確かめに、そのレヴィン達の所にやってきた親衛隊の男たち。両者が戦うのはある意味で当然の結果だ。

完璧に擦り付けと言える行為に、エイリアは少し申し訳なさそうな表情を浮かべるが、それを行った張本人であるレヴィンはしれっと当然のようにそんな事を言い放つ。

だが、そんな薄情とも取れる台詞を言っているレヴィンの額には、なぜか冷や汗がありありと浮かんでいた。

「……? どうしたのよ、レヴィン。なんでそんなに汗かいてるの?」

「え? いや、なに……何もないっちゃ何もないし、何かあるっちゃあるんだが……」

冷や汗を隠そうと顔を背けながら、覗き込んでくるエイリアを避けるレヴィン。

しかし、密着状態で顔を背けようとしている本人は両手を突っ張るようにして体を安定させている真っ最中だ。旨く体が動くはずもなかった。

「どっちよ。ってかこっち見なさいよ。なんか隠してるんでしょ」

「あー、なんと言うかな。怒らないでくれたら嬉しいんだが……」

「ものによるわ」

「だよなー」

段々と速度を増しながら下がっていく高度の中、レヴィンは一度空を見上げて長く細い息を吐く。どこか諦めたような雰囲気を醸し出すそのため息を出した後、意を決したように言う。

「……このまま落ちるわ。アレの上に」

「アレ?」

またも顎で指示されたのは地面、と言うより下に見えるもの。ウェアウルフたちのいる場所でもなく、親衛隊の男たちのいる場所でもない。

――どこからどう見ても池だった。

「……びしょ濡れだな。うん、びっしょびしょ」

「なんで池の上なんかに移動してるのよ! ってか、アンタの魔法で動けないわけ!? さっきみたいに飛び上がる的な!」

「魔法は意志の力なんだ。俺は跳ぶって思ったから跳んだんだ、風の力を使ってな。でも、今は安定させるって言う方に集中してるから、落ちないって言うのは無理だ」

「こんな時にそんな情報いらないわよ! ってかアタシにはどうしようもないってことじゃないの!」

なぜかとてもいい笑顔で、そんな魔法の説明を言い放つレヴィン。

平時であれば、その笑顔にエイリアは顔を赤くしていただろうが、今は緊急時である。と言うより、その笑顔をエイリアは見てすらいなかった。ただ、力いっぱいレヴィンの体に抱き着きながら叫ぶだけ。

「ま、仲良く落ちようぜ。底なしじゃない事を祈りながら」

「そんなこと祈る暇があるなら助けなさいよぉぉーー!!」

ばっしゃーん

少年は冷静に、少女は必死に。

全く対極の反応のまま、2人は盛大な水しぶきを上げながら池の中に呑まれていった。
9/11