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小説:フェデルフィア国物語

3章 過去の亡霊。


「冷たい……寒い……靴の中までびちょびちょ……恨むわよ……」

「そう睨むなって。可愛い顔が台無しだぜ? ま、それにここには用があったんだ。なんかシャワーでも借りようぜ」

コンコンコン……

「ごめんくださーい」

「……随分と軽くない? さっきまでの様子見てたでしょ? 出てこないわよ」

「出てくるさ。きっと」

魔法を使ったことによりウェアウルフから逃げ切り、親衛隊の男たちと出会うことも防いだ二人はお目当ての小屋の前に立っていた。

そして、今はその小屋の扉を叩いて中の住人を呼び出している最中である。

「……へっくち」

「風邪か?」

堪えに堪えられたような小さなくしゃみに、レヴィンは目ざとく反応する。

「寒いの! 見た目通り池に突っ込んでずぶ濡れだから!」

「水も滴るいい女、だな」

「君もずぶ濡れでしょ!? そんなこと言ってる暇あるの!? ってか、何でわざわざ池の真上に落ちる必要があるのよ!?」

今にも飛びかかりそうな剣幕で、エイリアはレヴィンを責め立てる。

「……仕方ないだろう。そこに飛んじゃったんだから」

視線をしれっと反らしながらだが、レヴィンはあまり悪びれた様子もない。

そんな自分と同じように全身水浸しの少年の姿に、エイリアは毒気を抜かれてしまう。

と言うより、濡れて湿り気を帯びた前髪が額に張り付いた様子や、濡れた服が体にぴったりと張り付いている様子に、エイリアはあまりレヴィン自体を見れていないのだが。

「……///」

顔を赤くしながらチラチラと横目で盗むようにレヴィンを見る様子は、中々に初で可愛らしい。しかし、これだけは言えるだろう。

――普通、その態度は逆だ。

男が女のそんな姿を見て興奮するのは、ある意味で当然だ。そうでもなければ種族の繁栄などあり得ない。

だが、レヴィンは全くと言っていいほどエイリアの体に反応していなかった。

それはなぜか。

簡単に言ってしまえば、無いのだ。母性の象徴が。

「……ふむ。無いな」

「? 何が?」

その母性の象徴があるべき場所。膨らんでいるであろう場所に目をやりながら、レヴィンはそう呟いた。

エイリアの体もレヴィンと同じように濡れている。それはもうビショビショだ。

そんな状態でありながら、エイリアはレヴィンの言葉が分からずに首をかしげてしまう。

「いや、無いなって思って。胸」

ビキッ

レヴィンの放った直球。それは、エイリアの額に青筋を立てるのに充分すぎるものだった。

「……今、なんて?」

「ん?」

プルプルと体を震わせながら、今までの恥ずかしさとは違う顔の赤さでエイリアは言葉を絞り出す。

「誰が胸が無いって――」

「……あの……」

「ぎにゃあ!」

突然声をかけられたことより、エイリアはいつの間にか目の前に立っていた人影に、尻尾を踏まれた猫のような声をあげる。

ただでさえ額にぶっとい青筋が立っていたのだ。溜まっていた怒りのエネルギーが、驚きと共に話を見事に折られてそんな声を出させたに違いない。

「す、すいませんすいません! 急に話しかけたりしてすいません!」

そして、エイリアにそんな声をあげさせた張本人は驚きながら、頭を腰より低く下げてしまう。

声音もどこか震えており、先程の親衛隊との一件で余裕を無くしてしまっているようだ。

「いや、そんなに謝らなくてもいいさ。別にアンタが何かをしたって訳じゃないんだし」

「そうそう。悪いのはずぶ濡れにしてくれたレヴィンだから」

「いや、ずぶ濡れは仕方ないだろ? あーするしかなかったんだから。……で、なんかタオルとかシャワーとか借りれられると嬉しいんだけど……いいかな?」

噛みつくように言い放つエイリアに、これ以上はその話題に触れてほしくないのか、レヴィンは明後日の方向を見ながら言う。

「……レヴィン……?」

レヴィンからの不躾と言っても言い提案に驚いているのか、はたまた別の何かか。銀色に近い白の長い髪の毛をポニーテールにまとめた少女はそう呟く。

その呟きに含まれた微量の期待に、レヴィンもエイリアも気づきはしなかった。

「ん? ああ、自己紹介もしてなかったな。俺はレヴィン、レヴィン――」

「――フェデルフィア――」

「――っ!」

自己紹介の間に放り込まれた言葉。

その言葉の重みに、レヴィンの心は氷のように冷えて固まった。

「フェデルフィア? 何でそんな名前を君が……? そう言えば、親衛隊の奴等も言ってたような……」

自らの隣で息を呑むレヴィンに、エイリアは顎に手を添えながら記憶を確かめる。

『――そうだ。フェデルフィアの技術協力を貴様に打診したい。再三断っているそうだが、いい加減に受けてくれないのであれば、こちらも強硬手段に出る――』。

確かに親衛隊の男たちはそう言っていた。

だが、エイリアが知る限りの知識の中で、意味嫌われるフェデルフィアの名を持つ者はこの世界でたった4人。

その4人も、3年前の戦争で死んでいるはずなのである。フェデルフィアの名が出ることは、あり得ないはずだった。

「……レヴィン・フェデルフィア様……。生きて、いたんですね」

「っ! ……俺は……!」

ジルベル・ヴェイスティック。

目の前に立つ少女の、左右の色が違うその瞳の輝きに、レヴィンは目を反らせなかった。

「……その髪、瞳、声。ボクは忘れてません。レヴィン様……」

今にも泣き出しそうな雰囲気で、ジルベルはレヴィンに抱き付いた。

もう二度と、離れないと言うように。


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