小説:守護霊は神様!?
4章 神様、人に頭を下げる
「…これがジャパニーズキモノですか…美しいですわ…」
「馬子にも衣装って奴だな。ま、姉ちゃんには敵わないけど!」
「馬鹿にしていますの!?」
「してないしてない。十分に可愛いよ、ティアちゃんは。やっぱり素材が違うと映えるもんだねー。ま、着物って言うより浴衣だけどね」
いやほんとと相槌を打ちながら唸るように、稲羽は頬を赤くしながら喚くホワイティアをなだめる。
そんなホワイティアの隣には、かなりラフな格好をした憲太郎の姿が。Tシャツ一枚にジーパンのみ。これ以上にないラフな格好だ。
対して、稲羽は甚平のような物を着ており、憲太郎のようなラフな格好では全くない。
そして、そんな二人の間に挟まれておとなしくなっているホワイティアの格好は浴衣。彼女の銀髪が生えるような暗めの紺色の布地。その布地にあしらわれたのは大きな向日葵の絵。
かなり高級そうな着物にホワイティアはかなり喜んでいるようで、時折生地の感触を確かめるように着物を撫でていた。
「と言うかロッテンベルグ。お前がこんなのに来るとは俺は思ってなかったぜ」
「何を言っているんです? わたくしは交換留学生としてこの日本の文化を学ぶために祖国ドイツから赴いているのです。このような風物詩があるのでは、行かないと言う案は最初からなくってよ?」
「あ…そう…」
話を振っておいてなんだが、憲太郎はホワイティアの返答がそこまで気に入らなかったようだ。
ただ、ため息を吐くように灯篭の漏れ出る光に向かって呟いた。
「…姉ちゃん、今日は仕事があるから来れないんだってさ…」
「まあ、前の海水浴の時に来てくれたこと自体、すごいと思うんだけどね。月ちゃんも陽ちゃんも部活の合宿で来れないって言ってたし」
「だー! せっかくの夏祭りに姉ちゃんの艶姿が見れねーとか意味ねーー!!」
頭を抱えたまま、憲太郎はぶんぶんとその頭を振る。
付き合いの長い稲羽ならその悲しみは知ってしかるべきものだが、いまだ憲太郎と言う人間を理解しきれていないホワイティアは首をかしげていた。
まあ、自らの姉の艶姿が見れないから夏祭りなど意味がないと言っている少年の事など、理解したくもないとは思うが。
そんな3人の元に、残る夏祭りの同行者が到着した。
「稲羽よ、ここにおったのか」
「見て視て稲羽君、似合う?」
「あたしの着物姿の方が似合っているな!?」
咲耶にクロ、澪が思い思いの着物姿で現れた。
咲耶は赤色を基調とした浴衣。鮮やかな赤色の布地には金の刺繍が施され、全体が動く波のように描かれている。髪の毛は結わず、いつも通りの髪形で、こめかみの辺りには羽飾りが光っていた。
クロは自身のお団子ツインテールを結い直し、お団子を亡くしたストレートのツインテールにしている。着ている浴衣の色は全体的に青く、咲耶の着物と同じように金の刺繍が施されているがそれは決定的に違う。咲耶が波であればクロは動物。活き活きとした線の刺繍だ。
澪は淡い緑色の浴衣を唯一着崩しており、腕の部分をまくっていたり膝が見えるまで裾を折りこんでいたりとやりたい放題である。だが、澪の茶髪のポニーテールと澪自身が持つ雰囲気には、一番それが似合っていると言わせるような雰囲気があった。
「あ、みんな」
「かーっ! さすが我が簗高が誇る美少女達! 映えるねー! ま、姉ちゃんには敵わねえけどながぁ!」
再度自らの姉と女性陣を比べる憲太郎。
だが、そのような事をして喜ぶ女性などいるはずもない。
それに加え、この三人に関しては憲太郎の事など眼中にないのだ。当然のように、代表として振るわれた澪の拳が憲太郎のそのにやけ顔に突き刺さった。
「…容赦ないですわね…」
「ふん! あたしは稲君に聞いてるんだ! お前なんかに聞いていない!」
吹っ飛んで行った憲太郎に、まるで汚い汚物を見るような視線を送りながら澪は稲羽の手を握る。
稲羽は握られた手を握り返しはしないが、澪の言った台詞に突っ込みを開始した。
「いや、澪ちゃん。さすがにそれはまずいでしょ」
「まずくなんかない! 視聴者の皆様もきっとそう思ってるはずだぞ!」
「いや、視聴者の皆様って誰さ! 明らかにいろいろまずい発言だよねそれ!」
「気にするな気にするな。さて、稲君。何食べに行こうか。やはり祭りと言えば綿菓子だろう!」
「こら澪、そうやって稲羽を連れていくでない。余ら3人で決めたではないか」
稲羽の手を握ったまま連れて行こうとする澪に、咲耶の待ったの声がかかる。
「そうだよ澪ちゃん。クロたち3人、稲羽君を愛する者同士で決めた『協定』の事、忘れちゃったの?」
「わ、忘れてなんかいないぞ? ただ、ちょっと稲君が可愛すぎて独占したくて手を握って連れ回したくて一緒に綿飴ペロペロしたかっただけだ!」
「「「「「………」」」」」
澪の願望炸裂な台詞に、その場にいた全員が固まる。
「な、なんだ! あ、あたしは別に変な事言ったつもりはないぞ?」
その冷え切ってしまった空気に、さすがの澪も慌てるが弁解の言葉すらもまともに出てこない。
根本的に何が悪かったのかを分かっていないのだ。弁解も何もあったものではないだろう。
「いやー…まさかクロよりもこんなにきつい子がいるなんてね…。世界って広いなー…」
「お主も似たようなものじゃ」
「うん、似たようなものだよね」
「似てるも何も同じだろ」
「…もう、わたくしには誰が普通なのか分からなくなってきましたわ…」
「ちょっとみんなひどくない!? 絶対にひどいと思う!」
クロの漏らした呆れの言葉に、澪以外の全員が口々に突っ込む。
その場を一気に冷え切らせた澪のその言葉より、全員が反応できるレベルの言葉を投下したクロの方が、よっぽど悲惨な光景になってしまっている。
いつの間にか復活していた憲太郎を加えた全員からの非難の声を浴び、あまつさえその中に自らの想い人がいる。恋する乙女的な思考回路では、まずもってアウトだ。
「じゃが、今の今まで2人ともが『協定』を破らなかった。それだけは褒められることじゃろうて」
よよよと泣き崩れていくクロを尻目に、咲耶がそんな事を口にする。
その内容を知っている者は一切その言葉に反応しなかったが、全く知らないものは当然のように反応した。
「『協定』? なんですのそれは? 何か行事の名前ですの?」
「ロッテンベルグ、こいつら3人が結ぶ協定なんざ、分かりきってることじゃねーか」
「お三方が結ぶ協定…? 協定と言えば、結んだ者同士に関係する共通の約束事と言う意味でしたわね…」
憲太郎からのほぼ答えと言ってもいい言葉を受け、ホワイティアは悩みだす。
そして、その答えを言うように咲耶が言葉を口にした。
「簡単な事じゃ。決めた事の内容は『この夏休みが終わるまで、稲羽に対して直接的な行動は一切しない事』。まあ、言ってしまえば肉体関係を持ち、既成事実を作らない事じゃな」
「そうなんだよー。クロとしては全く飲みたくなかった条件なんだけどねー。せっかく一つ屋根の下にいる訳だし?」
「それではあたしが不利じゃないか! ただでさえ色々な所でリードを許す可能性があると言うのに」
「それを言ったらお主は余らが会うまでの時間があろう。結局落とし所としてこの案が通ったのではないか。稲羽自身も認めておる」
「いや、半ば強制的じゃないか! まあ、あの時にあんなこと言った僕が悪いんだけどさ……」
稲羽が言った事。それは海水浴での三人からの告白を受けた後に言った台詞だ。
「僕は誰かと付き合うつもりはない。だって、まだ学生だし結婚なんて考えられないしまだまだ経済力的にも子供なんだからせめてきちんと自立してから出ないとそういう事は受けられない」
かなり早口でまくしたてられた稲羽の本心。
簡単に訳するのであれば、僕たちはまだ子供だから、そういう話は大人になってお互いを養えるようになってからと言う事。付き合えば結婚である。
何とも古風と言うか、凝り固まった考え方と言う気がしないでもないが、これが滝宮稲羽と言う個人の考え方なのだから、告白をした3人はそれに従うしかなかった。
無理を通してもいいが、それでも好きな男の子の意見は通したい。
中々に萌えさせる考えである。
「……つまり、滝宮さんはお三方の告白に対してまだ返事を出していないと言う事でよろしいんですわね?」
「うん。恥ずかしながらそういう事になるね。こう言うのって逃げだとは思うんだけど、やっぱりしっかりと考えておきたいから。例え誰が傷ついても、きちんと次の恋愛に前向きになれるように」
「かーっ! 稲羽よぉ! お前ってやっぱいい奴だな! まあ、俺は姉ちゃん一筋だからとやかく言うつもりはねえ! お前はお前で頑張れ!」
「………うん。憲君も、頑張ってね…?」
「おうよ!」
どこをどう勘違いしたのか、憲太郎はただただ嬉しそうに稲羽の肩を叩きながら自らの欲望を吐露する。
正直そんな事はどうでもよく、叶わぬ願いだと分かっている稲羽としては生返事を返すことしかできない。
ただ、どこからともなくチョークが飛んでこない事を祈りながら。
「さて、どこをどう回るか決めようではないか! 今日はせっかくの夏祭りなんだ、遊ぶぞ、稲君!」
澪がそう言いながら稲羽の手を強奪するように手に取る。
その動きの激しさに稲羽は少しよろめき、すぐ隣にいた憲太郎は弾き飛ばされた。
「どわっ!」
「うわっ! れ、澪ちゃん落ち着いて! 屋台は逃げないから!」
「そうだぞ澪。余らを置いて行く気か?」
「あ、クロねクロね? 稲羽君にチョコバナナ食べさせてもらいたい、罵られながら!」
澪に連れて行かれそうになっていた稲羽の、澪が握っている反対側の手を咲耶とクロの二人が掴む。
その際に放たれたクロのいつも通り過ぎる注文の台詞に、稲羽は呆れと驚きが入り混じった声を出す。
「チョコバナナでどうやって罵るのさ。どう考えても甘い図にしかならないんだけど、僕の頭は」
「わたくしもですわ」
稲羽の言葉の次に、ホワイティアの言葉も続く。
「えー、そうなの? だって、『良いから咥えろって言ってんだろ? 俺の黒光りする大きなもの、お前が大好きなものなんじゃないのか? 好きなんだったら大口開けて頬張ってみろよ。ほら』ぐらいの台詞は出てくると思うんだけど……」
「普通でないよ!! 何その言葉、おかしいよね色んな方向で! 絶対ピーって言う規制音入るよね!?」
「入らないよー。だって、クロの……///」
稲羽の抗議を流すために言葉を発したクロだったが、自らの妄想がそれより先に行ってしまったために顔を真っ赤にして固まってしまう。
そんな学友の姿に、ホワイティアはどうしたらいいのか分からずオロオロするばかり。
見かねた咲耶は、拳をクロの上に落した。
「こら。いい加減にせんか。とりあえず回るのじゃろう? それなら変な事を考えてないで歩くのじゃ」
「うー……咲耶ちゃんの愛が痛いよー」
「これが会いになるのはお主だけじゃ。さて、行くとするかの稲羽」
「あ、ちょっと待ってよ咲耶ちゃん!」
クロに制裁の拳を落とした後、咲耶はそう言い残してすたすたと歩いて行ってしまう。
それを追いかけるように稲羽は歩き出す。ホワイティアも憲太郎もその後をついて行くように追いかけていく。当然のごとく、澪は真っ先に稲羽を追いかけている。
なら、そこに残ったのは1人。頭を叩かれて痛がっているクロ1人のみだ。
「って、みんなひどいって! なんでクロを1人にして置いてっちゃうのー!」
取り残されたクロの悲痛な叫びが、夏祭りの中の喧騒の中に溶けて行った。
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