小説:守護霊は神様!?
3章 神様ヒーローズ
そして時は進み、舞台は稲羽たちが住む柳瀬(やなせ)市から最も近い柳瀬海岸。5人に圧し掛かられて稲羽が悲鳴を上げた後から始まる。
「稲君! スイカはこれでいいのか? きちんと冷やしてきたぞ!」
「お、結構大きいスイカだね。じゃああそこらへんに置いておいて」
「分かったぞ」
大きなスイカを頭に乗せるような形で現れた澪は、その見事なプロポーションを余すことなく見せつけている黒色のビキニを着て稲羽に質問する。
その質問に、稲羽はスイカの奥場所を指定する。後でスイカ割りをするためだ。
「稲羽、これはなんじゃ? 新種の武器か?」
そうしていると、今度は咲耶が稲羽に質問を投げかける。
ビーチパラソルを片手で担ぎながら、青色を基調としたスポーツタイプの水着を着こなす咲耶は中々に様になっていた。
「いや、それはただのビーチパラソル。砂浜に刺しておいて、ぶすって」
「ほう。ぶすっと」
ぶすっ
「あんぎゃぁぁぁ!!!」
稲羽に言われた通り、その場に勢いをつけてビーチパラソルを突き刺すと、砂浜の中から憲太郎が飛び出してくる。
どこに刺さったのかは分からないが、叫び声をあげているために嫌な所に突き刺さったのだろう。
「うわっ! け、憲君、なんで砂浜の中から現れるのさ! ついに人間やめたの?」
「姉ちゃんに埋められたんだよ! 姉ちゃんだけなら許せるが…大和! お前に刺されるのは我慢できん!」
「落ちつけ憲太郎。誰も人間が地中に埋まったままでいるとは予想できんじゃろ」
「…まあ、それはそうだけど…」
「稲羽君♪ さっきこいつに言った『え、なに? 人間やめたの? ついに? ははっ』をもっと蔑むようにクロに言って!」
ぞくぞくした表情でクロが待ちきれないと言ったように稲羽に提案を持ちかける。着ている水着は露出の低いパレオを巻いた緑色の水着だが、その表情がすべてを危険な色香に変えていた。
脳内再生でも行われたのだろうが、稲羽の顔で『え、なに? 人間やめたの? ついに? ははっ』とか言うのは想像できない。
「…言わないから。絶対言わないから」
「何でよー。クロは稲羽君の一言があれば頑張れるのにー」
「おいマゾ神。お主の居場所はこっちじゃ」
「あれ? 咲耶ちゃん、なんでパラソルなんか手に持ってるの? そして、なんでその先をこっちに向けてるのかな?」
「お主が一番気持ちよくなることをしてやるのじゃ! 感謝せい!」
「そ・れ・は! 死んじゃうの!」
きゃいきゃいとじゃれ合っている神様二人を放置し、稲羽は荷物の移動を任せていた妹たちに声をかけた。
「二人とも、そっちは終わった?」
肩に担いでいた荷物を置き、羽月と稲陽は兄の指令を終えたことを示す。
「こっちは終わったよお兄ちゃん、羽月は何をすればいいの?」
「クラーボックスは言われた通りに運んだ」
2人は水着を買う暇がなかったのか、学校指定のスクール水着。だが、あえてそのチョイスはありと思われる。
「ありがとう二人とも。あと、クラーじゃなくてクーラーだからね、陽ちゃん」
「クーラー?」
「そう。クーラーボックス」
「クラーボックス」
「? いや、クーラー」
「クーラー」
「ボックス」
「ボックス」
「クーラーボックス」
「クラーボックス」
妹の言い間違いの連続に、稲羽はとうとう頭を抱えて諦めてしまった。
この双子、ほとんどの趣味嗜好が同じなのだが、決定的な違いが一つある。姉である羽月はひらがなに弱く、妹である稲陽はカタカナに弱いのだ。
そのため、先ほどのような押し問答は日常茶飯事であり、稲羽も兄として強制はしようと思ったのだが、中々に強固なために諦めてしまったのである。
「…態々すまんな滝宮兄」
「あ、秋穂先生。別にいいですよ、人が多い方が楽しいですし」
「そうか。…あと、聞いておきたいんだが…」
「はい?」
咲耶と同じような赤色のスポーティービキニをまとった秋穂は、とある場所を指さした。
その場所には、ビーチパラソル片手に追いかけっこを演じる咲耶と、それから必死に逃げるクロの姿。
「…あの二人が神様って話、本当なのか?」
「…ああ、本当みたいです。疑っても仕方ありませんし」
「なるほどな。校長がいきなりどこの馬の骨とも分からん2人をそう簡単に転入させ、同じクラスにさせることなどできんからな」
「あはは…そういう事ですか」
秋穂のごもっともな指摘に、稲羽は苦笑いを返すことしかできない。
どこをどうやったのかは知らないが、2人ともが同じ行動でなにかをしたことは容易に想像できる。
澪との勝負の際に咲耶が言っていたからだ。『神通力』と。
「便利な力だよねー…」
「おお、稲羽! どうにかしてこのマゾを止めてくれ!」
「稲羽君にならどれだけ殴られても許せる! って言うか殴って♪」
「絶対、嫌! ほら二人とも、スイカ割りやるんだから暴れない!」
土煙を巻き上げる勢いで走ってくる神様二人に、稲羽は制止の声をかける。
その隣では、澪がおそらくスイカ割り用に持って来たであろう木刀を担いで仁王立ちしていた。
「そうだぞー、そこの女どもー。稲君の言う事はきちんと聞けー」
まるでどこぞの体育教師のようだが、やはりそこは澪なので言葉選びが根本的な所から間違っていた。
まあ、服装の所為もあると言うのがあるのだが。
「お兄ちゃーん。こっち終わったよー」
「あとは、ぶっ叩いて割るだけだよー」
「よーし、なら始めようか。スイカ割り!」
妹たちからかかった声で、稲羽はそう宣言した。
そして、その宣言に呼応するように手が上がる。
「はいはいはい! 俺俺、俺がやる!」
片手では物足りないのか、両手を上げながら一番がいいと主張する憲太郎。
だが―――
「やはりここは稲羽じゃろう」
「稲羽君だよね♪ あ、あとクロあそこに並んでいい? あわよくばあの木刀で殴ってもらって…///」
「一番は稲君に譲るのが当たり前だろう」
「「お兄ちゃん頑張れー」」
「お前に一番槍の荷は重い、止めておけ」
女性陣全てから安易に嫌だと言うか、止めておけと言うか、憲太郎の事など眼中に入っていないとも取れる発言が繰り広げられる。
その容赦の欠片もない集中砲火を喰らいまくった憲太郎は、がっくりと砂浜に手をつきながら項垂れた。
「…ああ…どうせ俺なんて噛ませ犬でしかないんだよ…畜生…俺なんて…一生モブで暮らすんだ…」
なにかいけない事を言っているが、誰一人としてフォローに向かおうとしない。
立場と言うか、状況的には稲羽がフォローに入るのだが女性陣にあれやこれやとスイカ割りの用意を強制されてフォローを入れる暇がなかったりする。
「ちょっ、みんな! 離れてよ! 動けないじゃん」
「ああ、なんか目隠しした稲羽君っていいなぁー…いやいや、クロはこの逆の立場を所望するわけで…ってか稲羽君がやるんだったらクロはスイカの隣に並んでおかないと…!」
「させぬぞ? 指示を出してやるものがおらんでどうするのじゃ?」
「…お前、稲君にぎゅーぎゅーして…なんなんだお前は!」
目隠しのために布を巻かれる際にクロに体を擦り付けられ、それを引き剥がそうとする咲耶と澪の体が目隠しされた状態の稲羽の体をもみくちゃに。
―――新手のどこかのプレイだろうかと思うほどの密着度だ。
「はいお兄ちゃん、多分ここから真っ直ぐ五十歩ほど行った所にスイカがあるよ?」
「あくまでも真っ直ぐだからね。ちなみに、稲陽の歩幅でやったから足りないかも」
「いやいや二人とも。そんな言い方で分かるほど僕は器用じゃないよ?」
妹二人は稲羽に木刀を渡し、かなりざっくりとした言葉をかけた後、稲羽の元から去った。
恐らく、開始の合図でもするのだろう。
「ああ、滝宮。うちの愚弟は気にするな。思いっきりぶっ叩いて私たちにスイカを食べさせてくれ」
「……了解です」
目隠しをされたまま、稲羽は手に握った木刀の感触を確かめるように2~3回木刀を握り直した後、さながら剣道のように正眼に構えた。
「じゃあ、行くよお兄ちゃん…」
「スイカ割り…
「「スタート!」」
羽月と稲陽の双子らしいぴったりと合わさった開始の合図に、稲羽は覚束ない足取りながらも前へと進んだ。
そして、口々に叫ばれる指示の声。
「真っ直ぐじゃ! まだまだ真っ直ぐ!」
「ああ! そこは左に! 行き過ぎ行き過ぎ!」
「稲君! 3歩ほど跳ぶんだ! その先がスイカだ!」
「お兄ちゃん! 後20歩だよ!」
「と言っても稲陽の歩幅だけど!」
嘘を言うと言うより、全員が全員信じきることが出来ない指示の仕方である。
澪に至っては自らの身体能力基準で言っているため、それを再現できるのはここにいる咲耶とクロぐらいだろう。だが、それも神通力と呼ばれる便利チートを使っているからだが。
「(かなり好き勝手言ってくれてるよね…おかげで分かんないや…)」
内心稲羽はこう思いながらも、一応外からの指示はすべて聞いていた。
そして、それは結果的に正解であり諦めて振り下ろした木刀は、見事にスイカを叩いた。
ぼこっ
「あれ?」
だが、割れない。
単純に稲羽の力が弱いのだろうが、それでもスイカには傷一つつかなかった。
「それっ」
ボコッ
割れない。
「むぅ…それそれそれそれそれ!!」
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ…
割れない。
「…ああ///。ああやってクロも稲羽君にぼこぼこにされたい…///」
もはや目隠しなどせずに連続でスイカをぶっ叩き続けている稲羽だが、中々割れない事に苛立ちが募る。
そして、それを見ている真正のマゾであるクロは表情を恍惚に歪めて行った。
「…これなら、どうだ!」
ボコッ!
「はふぅん♪」
思いっきり振り下ろされた木刀が、ようやくスイカの表面にひびを入れる。
「ていっ!」
どこっ
「はぁぁん♪」
少し木刀が減り込んだ。
「…最後だ。これで!」
ザクッ
「あっはぁぁぁん♪ 稲羽君…最高…!」
殴るではなく、スイカに木刀を突き刺すことを最後に選択した稲羽はようやくスイカを割ることに成功した。
さらに、一人の少女を危ない世界にも偶発的に連れて行ってしまった。
恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らしながら荒い息を漏らすクロ。どう見ても危ない人である。
そんな事を露も知らない稲羽は、割れたスイカを抱えて用意していた机の上にスイカを広げた。
「はい、割れたよー。ちょっと時間がかかっちゃったけど、それでも食べれるから問題ないよね。塩が欲しい人は言ってね、出すから」
突き刺して割ったために、大小様々、さらにはボロボロすぎるスイカの割れ具合だが、こういう場所に来てまでそういう事を言うのは野暮と言うものである。
誰もそのような事は言わず、目についたスイカの欠片から食事を開始していった。
「お、上手いなやっぱり。この時期はスイカだぜ!」
「稲君が割ったとなると格別だな。お持ち帰りしてもいいが、スイカだからな…」
「ラップぐらいならあると思うが? 探してこようか?」
「ならあたしも行くぞ。このまま、出来るだけ新鮮なうちにラップにくるんでクーラーボックスに入れるのだ!」
「あ、姉ちゃんが行くなら俺も…」
「「埋まってろ」」
ぴったりと息の合ったパイルドライバーで、憲太郎は胸の辺りまで頭から砂浜に突き刺さる。
そして、そのまま彫刻のように動かなくなった憲太郎を放置し、秋穂と澪はラップを探しに海の家の物色を開始した。
「ねえねえ稲陽、埋めてみない? 憲太郎先輩」
「ええ!? 良いの、羽月? 怒られないかな」
「憲太郎先輩、意外と頑丈だから! ほらいこ!」
「あ、待ってよー!」
いたずら心で思いついたのか、砂浜に突き刺さったままの憲太郎を掘り起こすのではなく、新たにさらに埋めてしまおうとする双子。
スコップなどは持っていないが、犬のようにばっさばっさと砂をかけていく様を見れば、直ぐに全身が埋まるだろう。
「…何やってるのさ2人とも…。ちゃんと引っこ抜いてあげないと…」
「いや、稲羽。お主の言っていることも中々えぐいぞ? あそこまで埋まれば、引っこ抜くのは至難の技じゃろうて」
「いーなー…クロも稲羽君に嬲られたいな~…」
「…願望垂れ流しだね、クロちゃん」
「それがこやつなのじゃ。諦めてくれ。…おお、今この状況は丁度良いな。稲羽よ、お主に話しておくことがある」
何かを思い出したように手を叩きながら咲耶がそんな事を口にする。
「ちょうどいい? なにが?」
「余とこやつが神界から降り、人間界にいる理由じゃ」
「あー、なるほど。と言うか、あんまり二人とも神様してなかったから忘れてたけど、そんな事があって二人は来たんだよね」
「神様すると言うのはなかなか難しい言葉じゃが…まあいいじゃろ。余の理由については話したじゃろ?」
「うん。守護霊、だっけ? 守ってもらってる実感ないけど。普通、なんか化け物が現れて僕の命を狙ってるからどうのこうの、だから僕を守るとかなんとかかんとかだよね?」
サラサラと言葉を口にしていく稲羽。その言葉を聞きながら顔を百面相させていく咲耶に気づかないまま。
「でも、それだと咲耶ちゃんの登場に仕方が違うよね…。僕が化け物に追いかけられている時に助けるっていうイメージがあるんだけど…」
「あー、稲羽よ。お主はどこまで夢物語を見ておるのじゃ? それに、余の話を聞いてくれんと進まぬ」
色々と妄想が突っ走りそうだった稲羽を止めるために、咲耶がこめかみに手を当てながら制止の声を出す。
それに気づいた稲羽は謝るついでに話を元に戻した。
「あ、ごめんね咲耶ちゃん。で、理由だっけ?」
「ああ、理由じゃ。まあ、余の理由は守護霊としてお主に憑りつくこと。まあ、近くにいるための口実じゃが。基本的な守ろうとする行為は、こやつの毒牙からお主を守る事とバランスを保つことじゃ」
「バランス? ああ、前にも言ってたねそんな事。…女難の相が出てるだっけ?」
思い出した言葉を口にしながら、稲羽は半眼になって咲耶を睨む。
「根に持っておるのかお主は。バランスと言うものはこの世で一番重要なものじゃ。崩れれば世は乱れ、色々とよくない事が起こる。500年も前になれば戦争やらなんやらが起こっておったのじゃが、今この現代においては不況だなんだと言う方になっておるな」
「ふむふむ」
「で、お主の周りのバランスはちと女に傾いておるのじゃ。昔の事かもしれんがな。今海に来ている時であっても男が2に対して女が6もおるじゃろ?」
「…そのうち2は君たちだよね?」
「まあ、そうじゃな。このような比率じゃからこそ女難の相が出ておるのじゃよ。それを少しでも解消してやろうと言う余の粋な計らいと、こやつの監視のために余はお主の前にいるのじゃ」
そう言い切った後、咲耶は稲羽の隣でかき氷を食べていたクロを指さす。
「…きーん…つめたー♪ ん?」
かき氷を喰らい、頭に例のアレが襲っていたクロは突然振られたことに頭に?マークを浮かべる。
「クロちゃんの監視? …まさか…」
「こやつの奇行を見ておるから分かるじゃろ。…こやつは神界からお主を見た時に一目惚れをしたと言って暴れおってな。性癖上、お主に会わすどころか人間界に降ろすことすらも躊躇われたのじゃ」
「だけど、降りてきちゃったと」
「そうじゃ。なるべくお主の姿が神界からは見えんように工夫はしたのじゃがな。人間界に来られては隠しようがない」
「…整理してもいい? なんか頭痛くなってきた」
「構わんぞ?」
頭を抱えた稲羽に、咲耶は優しげな声音でそう口を動かす。
今までの話を統合し、合わせてみるとつまりはこうなる。
稲羽は女難の相が出ており、稲羽の身の回りの男女比率を整えるために咲耶が現れた。そのためには守護霊として近くにいる必要があり、だからこそ稲羽の家に上がりこんでいた。だが、その真意はクロの監視で、稲羽に一目惚れをしたと言うクロの暴走を止めるためにいるのだそうだ。
「…うん。納得って言うか、理解しろって言う方が無理な話だよね」
うんうんと頷きながら稲羽は無理やり納得するように自分を言い聞かせる。
「相関図的に言うと、お主から余とこやつに伸びる矢印はさしずめ『神様? 人間にしか見えないし…』とでも言った所か。余から延びる矢印は『守護対象。可愛いのは認めるが』。こやつから延びる矢印は『一目惚れ! クロの性癖を満たしてほしい♪』とでも言った方がいいじゃろうな」
「…うん。なんでそんな風になったんだろうね」
分かりやすい人には分かりやすい、そんなマイナーな例え方をした後、咲耶は喉が渇いたのかペットボトルを掴み、その中に入っているお茶を飲みほした。
その姿を見ながら、稲羽は腕を組みながら悩む。どうあっても理解できないし、誰に話しても理解を得られない内容だからだ。
別に信じてほしいとは思わないが、それでも稲羽は一緒に遊びに来ている全員には話すべきだと思っていた。
―――澪には特に。
「…それに、大変言いにくいのじゃが余もこやつも黙って神界を出てきたため、色々と面倒な事が起こっているのじゃ」
なにかとても重要な事をさらっと言われた気がする。
「え? え? え? 黙ってって…クロちゃんならわかるけど、なんで咲耶ちゃんまで?」
「まあ…こやつと同じ理由じゃ。…恥ずかしながらな///」
完全に頭の中がこんがらがってしまっている稲羽をよそに、咲耶は頬を赤く染めながら言葉を続けた。
「いやぁ…こやつほどではないのじゃが…余もお主の事を神界から見ておってな? いや、最初はお主の女難の相がどれほどのものなのかの確認だったのじゃ。たったそれだけじゃぞ?」
「でも、神界にある人間界が見れる鏡の間にずっといたの誰だっけー?」
今までかき氷を食べていたクロが、初めてここで咲耶の事を茶化す。
「う、うるさい! まあ、別に確率の問題ゆえな、神界からでも余の力を使えばお主の女難の相を取り除くことは可能だったのじゃが…どうしても気になってな…」
茶化されたことに顔を赤くしながら声を荒げ、咲耶はクロの口を塞ぐために手を出しながら口を動かす。
その器用な光景を目にしながら、ようやく頭の中が落ち着いてきた稲羽は恐る恐る尋ねた。
「……えっと。…なにが気になったの?」
「…お主の隣にいる女どもの事じゃ!」
よっぽど恥ずかしい事なのだろうか。咲耶は顔を逸らしながらそう叫んだ。
その叫ばれた内容に、稲羽は再び頭の回転が追い付かず無言になってしまう。
「…つまり、嫉妬だよねー。クロが神界で言った時には擁護してくれたのに、咲耶ちゃん先に人間界に言ってるんだもん。驚いちゃったよ」
稲羽が無言になったことで起きた沈黙を、クロが皮肉を込めた物言いで破る。
「し、仕方なかろう! 気になることを見に行かんで、うずうずしたまま過ごすことなど出来はせんわ!」
「それ、クロにも言えるんだけどなー。神と言う身でありながら、人と言う身に興味を持つ。許されぬ禁忌だからねー」
どこか黄昏るように、クロは咲耶の言葉を受け流す。
完全に立場が逆転しているように見えなくもないが、それでも二人の神様が現れた理由は分かった。
どちらも稲羽個人に興味と言うより好意を持って稲羽の前に現れたのだ。
「じゃが、余たちは禁忌など関係ない。勝手に人間界に降り、あまつさえ神通力まで使っておるのじゃ。そろそろばれるであろうな」
「そだねー。って言うか、案外近くに来ていたりして」
『ほぅ。よく分かったな、クロスヴェールよ』
「「「っ!!」」」
そんな野太い声が聞こえたかと思うと、稲羽たちはクロが現れた時のような青い時の止まった世界の中にいた。
前回は屋上で他に誰もいなかったから分からなかったが、本当にこの世界では稲羽たちだけしか動いていない。
動き続ける波も、それに乗っているサーファーも、食事を片手に談笑する男女の姿も、綺麗に止まっていた。
「…フラグ立てちゃったねー…。と言うより、回収早すぎでしょ。最上級神様」
クロの時と同じようにどこから聞こえるともしれない野太い声に、クロは苦笑しながらも言葉を口にする。
『お前たちの行く先など分かっていたのでな、少し様子を見させてもらった。少し、と言っても、もう二週間ほどは見ているが』
「覗きじゃな」
「覗きだね」
『お前たちにはもっとも言われたくない単語であるぞ』
とても慣れたように掛け合いを始める神様たち。やはり、お互いがお互い同じようなものなので慣れているのだろう。
だからこそ、この中で稲羽は浮きまくっていた。
「…あのー…」
『おお、お前がこのたびの一件の中心人物か。確か、滝宮 稲羽と言ったな』
「あ、はい」
『訳あってお前の前にわしの姿とわしの名前を教える事は出来ん。最上級神とでも呼んでくれるといい』
「えっと、最上級神さん…でいいのかな?」
『構わん。まあ、予想はついているだろうが、わしはこやつらのお前たちの世界で言う所の上司みたいなものだ』
「会社ですか」
自分から最上級神と呼べと言っている野太い声だが、その内容はとてもフランクでとても神様とは思えない。
まあ、稲羽の隣に立つ二人の神様も神様らしくないのだが。
『神様と言うのも楽ではないのだ。意外と縦社会でな。目上のもの、自らより年齢が上のものには必ず敬意を表さねばならん』
どこか疲れたように言う最上級神。神様の世界にもいろいろあるのだと、稲羽が初めて理解した瞬間だった。
「…ちなみに、年齢っていくつですか?」
「この人は一番古株だからね。ものすっごい年寄りだったと思うよ?」
「確か…世界創世の頃からじゃなかったかのぅ」
『わしも良く覚えておらん。大和御神が言った頃だと言うのは覚えているが』
「いや、野暮な事聞いてすみませんでした」
世界創世の頃から生きていると言われては、生まれてこの方17年目である稲羽にとっては想像もつかない話。
早々にこの話題を切り上げ他の話題を展開させた。
「…なんだか大変なんですね。神様って」
『まあ、大変だな。わしらはお前たち人間に与える事はあっても人間から与えられることはない。お供え物などは置いてくれているが、わしらがそれをいちいち取りに行っては迷惑だろう。それに気づいた時には腐っていることが多いしな』
神様の苦悩の一面を、また垣間見た気がする。
声だけではわかりにくいが、もしここに肉体があり表情があるのであれば恐らくため息を吐いていただろう。
「…で? 世間話なんかしに来たわけじゃないじゃろう? さっさと本題に入らぬか」
「そうそう。ま、なにを言うかなんて分かりきっているけどね♪」
咲耶とクロが呆れ顔を作りながら言葉を口にする。
彼女たちには声の主が見えているようで、まっすぐに前を見据えたままだ。
『…わしはお前たちを連れ戻しに来た。抵抗するなら戦う事になるぞ。人間と神、全くの根幹から違う者同士が今この場で同じ空気を吸っていることがおかしいのだ』
「…言ってくれるのぅ…」
「…宣戦布告だね…」
咲耶は楽しそうな笑みを、クロはゾクゾクとした笑みを声を聞いた瞬間浮かべた。
どこかタガが外れたような二人の様子だったが、稲羽はあまりの展開に全くついていけなかった。
「え? ちょっ、待ってよ! それってどういう意味? 戦うって?」
『言葉の通りだ、少年よ。わしはこの者達を神界に連れ帰るためなら何の犠牲もいとわん。それ相応の覚悟がある』
決意とも取れるような強い意志を持った声は、全てが止まった青の世界の中で嫌に響き渡った。
「それなら余たちにもあるのじゃ。自らの気持ちなど、他人に言われるまでもなく自覚しているからの」
「と言うか、クロは神界から出てくるときに啖呵切ってきたからね。そんなこと言われてビビるわけないよ最上級神様?」
しかし、この2人の神様は全く動じず、逆に挑発のようなものを声に向かって投げかけた。
『そうか。…なら、少し荒々しくさせてもらうぞ!』
少しの呆れと明らかな怒気をはらんだ声が聞こえた時、稲羽たちの体は浮きあがった。
全方位から吹いた風が、まるで上昇気流のように稲羽たちの体を巻き上げたのだ。そして、その巻き上げると言う行為は砂浜の上で行われているため、普通の一般人である稲羽は初めてあるものを見た。
「うわっ。まさかこれって…砂嵐じゃあ…」
「掴まれ稲羽! お主がここにいては危険じゃ!」
浮き上がった体。それは今、砂浜の砂を巻き上げながら生成される砂嵐の中心にいた。嵐の中心点は気圧が低く、ほぼ無風であるはずなのだが稲羽は体全体に風を感じている。
やはり、これは声の言っていた攻撃、神通力とやらで成せる業なのだろう。
そんな事を思っていた稲羽の手に、咲耶の手が伸ばされる。一緒に浮き上がっている状態なので中々バランスが取れず手を握り合えないが、まるで泳ぐように咲耶は空中をかき分けて進む。
稲羽も稲羽で体を捩じったり伸ばしたりしながら差し出される手を目指す。苦労しながらも、二人の手は繋がった。
「咲耶ちゃん。どうする気? 砂嵐なんてどうやって治めるのさ」
「なに、これが奴の神通力によるものであることは百も承知。奴が張った神結界の中でもあるし、存分にやれると言うものじゃ」
「神結界? って言うか、他の人たちって大丈夫なの? 何か当たったら大丈夫じゃなくなるよね。それに、月ちゃんとか陽ちゃんは? 他のみんなも」
「ああ、それについては心配せんでよい。この神結界と呼ばれる神様が独自に創りだした結界の中では、任意の者にしか影響を与える事は出来ん。奴がこちら3人を認識しているためにな。他のものは背景みたいなものじゃ。何があっても何も変わらん」
「……都合がいいんだね」
「…それは言わない約束じゃ。ま、そんな事より…クロスヴェール!」
「分かってるよ咲耶ちゃん♪ …砂嵐なんて乙女の柔肌の天敵、呼ぶんじゃないわよー!」
咲耶が上を向きながら叫ぶと、そこには両手を上に掲げたまま待っていたクロの姿が。
声をかけられたことにより、クロは下を向きながら舌を出して可愛さをアピールする。だが、それは誰も見ていなかった。
そして、そのまま掲げていた両手を真っ直ぐ振り下ろす。すると、光が―――
「つっぶれろー♪」
「いやいやいやいや! なんで光ってるものが落ちて来るの!? しかも頭上だし! 咲耶ちゃん、ぼさっとしないで逃げないと!」
「大丈夫じゃ。心の清い者なら何の害もない。少し花火の中心にいるぐらいの衝撃じゃ」
「それでも十分すぎる被害ですから!!」
漫才のようなことを浮き上がってふわふわする状態で行う稲羽と咲耶。
だが、現実逃避のような時間はすぐに終わりを迎えた。
「ぎゃあああぁぁぁ………って、あれ?」
叫び声をあげ、目の前が真っ白になって目が明けられなくなった稲羽は目を瞑る。
だが、いつまでも咲耶の言った衝撃が来ない事にゆっくると目を開けた。その目に映るのは相変わらずの青色の止まった時の世界だけ。砂嵐など一切見えなかった。
「だから言ったじゃろう、害はないと。そんなにビクビクとせんでもよい」
「え、いやでも花火の中心にいる衝撃って…あれ? 地面に足がついてる」
咲耶の言ったことを全く感じていない事に、稲羽は疑問の声を上げながらとある変化に気づく。
足に残る感触。砂浜であることを認識した瞬間にようやく地面に降りたことを稲羽は理解した。
「ねぇねぇ! 見た見た見た見た? 稲羽君見た? 褒めて褒めてそして罵って! 『喜びすぎだよこのバーカ。あれぐらい出来て当然だろ、この雌犬』とか言って!!」
「どさくさに紛れてなんという注文をしとるのじゃお主は!」
同じように地面をに降り立っていたクロが、いつも通りのテンションで稲羽にSっ気を求める。
だが、それは咲耶が見事に許さずにクロの頭を掴んで稲羽への接近を防いでいた。
『ふむ。この程度であれば余裕か。なら、お次はこれだ!』
そんな威勢のいい声と共に次に現れたのは、濁流。
稲羽たち3人を飲み込もうと、濁流はそのスピードをぐんぐん上げながら迫る。
「って、砂嵐の次は濁流!? ほんとなんでもありじゃん!」
「稲羽君! 跳ぶよ!」
「え、クロちゃん。跳ぶってどうやってぇぇぇ!!!」
今度はクロが稲羽の手を掴み、グイッと引っ張る。
そして、稲羽は横向きに抱え上げられたままクロに支えられて跳んだ。あくまでも跳んだなので『飛んだ』ではなく跳躍。だが、その飛距離が信じられなかった。
かなり高い。棒高跳びの世界新記録なんかを棒を使わずに記録できてしまうぐらいの高さよりもさらに高いのだ。
「咲耶ちゃん、今度はお願いね♪」
「ちょっとクロちゃん。これって普通逆だよね。絶対逆だよね?」
「稲羽君は可愛いから問題なし♪」
俗にいうお姫様抱っこをしながら、クロは良い笑顔で下に残した咲耶にウインクする。
稲羽としては、男の自分が女であるクロにお姫様抱っこされている状況が少し不服そうであるが。
そして、下に残された咲耶が何をしていたかと言うと。
「………」
自らに向かって怒涛の勢いで迫る濁流を見ながら、特に何をするでもなく平然と立っていた。
「って、咲耶ちゃん逃げて!」
そんな咲耶の様子に、稲羽は叫ぶ。お姫様抱っこされながら。
「大丈夫。って言うか、逆に驚かないでほしい事があるんだよねー」
「へ?」
近くから聞こえるクロの声に、稲羽は間抜けな声を出してしまう。
だが、絶対的な信頼を寄せるように、なにも臆することはないと言うような視線で咲耶を見つめるクロに、稲羽はそれ以上何も喋れなかった。
そして、濁流が咲耶の体を飲み込もうとした時、ようやく咲耶が動き出す。
左手を腰に、右手を頭の辺りに。上にある右手を左手に持っていき―――
「…切り開け聖剣…エクス…カ○バァァーー!!!」
「絶対言っちゃダメだよねその名前!!」
とある王様が使っていそうな最強の武器の名前を口にしながら、咲耶は腰に持って行っていた右手を頭上に振り抜いた形で固まっていた。
そして、驚くことに濁流は咲耶のいる場所を避けるように真っ二つに裂けている。
内心咲耶が無事な事に胸を撫で下ろしながらも、稲羽はとりあえず突っ込んだ。
「うん、もう1回言うけど簡単に言っちゃダメだよねその名前! いろいろな所で使われている物の名前なんてなんで出すのさ! 確かに強いけれども!」
跳躍が終わったため、地面に降り立った稲羽はクロのお姫様抱っこから解放された後、咲耶に詰め寄った。
だが、詰め寄られている咲耶は対して悪びれた風もなくこう言った。
「大丈夫じゃ。余が言ったのはエクスカ○バーでありながらエ○スカリバーではないものじゃ。なに、あのような時はそう言った方がかっこいいじゃろう?」
「かっこいいとかの問題じゃない! 危ないでしょ色々と!」
「でもクロもかっこいいと思うよ? あの砂嵐を消し飛ばしたのだって、クロは元気○をイメージてやったし」
「え、あれってまさか七つの球を集める物語をぱくったの? と言うかイメージ? イメージでどうにかなるものなの!?」
「神通力とはそんなものじゃ。なら稲羽、今から目から高圧のビームと指先から紫色のレーザーが出るようにもできるぞ?」
「クロの場合はねー、ものすっごく大きな槍とか? 心臓を狙ってドーン♪」
「そこまで真似しちゃったらどこかから怒られるよ…」
ハチャメチャな提案に、稲羽はがっくりと肩を落とす。
決して信頼度が下がったわけではなく、ただ単に脱力しただけ。まあ、脱力する気持ちも分からなくもないが、今の状況は全くそれには適していなかった。
『…全く、これだけやっても何も変わらないとは、かなり骨が折れそうだな』
「いくらでも折ってよいぞ? その隙に余らは逃げるゆえな」
「愛の逃避行! 良い感じだね!」
「何がどうなっていい感じになるの!?」
『だが、そうそう簡単に行かすわけにはいかんな。こちらとしても、守らなければならないメンツがある!』
「最上級神さん! あなたがメンツとか言ったらまずいでしょ! それに、こんなこと止めましょうよ! 態々戦うなんて! 同じ場所で暮らす仲間なんでしょ!?」
聞こえた言葉に稲羽は出来る限り必死に突っ込む。
だが、この神様たちは稲羽一人が突っ込むのには荷が重すぎる。ただ単に重いのだ、キャラが。
『む…。少年の言う事にも一理あるな。態々わしが人間界に来てまで戦う理由はない』
「じゃろうな。ならば帰るとよい。余らは余らで楽しい生活を送るゆえな」
「うんうん♪ 稲羽君になじられながら送る生活…。考えただけでも身震いできるよ!」
「…なんでこんなに温度差があるのさ。ちょっとだけ必死になった僕がバカみたいじゃないか…」
稲羽が再びがっくりと肩を落としていると、一瞬考えるような声を漏らした後、最上級神はある提案を出した。
『……なら、猶予を与えるとするか。その楽しい生活をそれまで楽しむといい』
提案と言うよりも、それはほぼ確定している未来の事。
そうとでも言わんばかりの内容と声の威圧感に、3人は全く反応できていなかった。
「猶予は…そうだな。少年の地域にある夏祭り、あれが行われている場であればわしも人間界に降りられる。その時までが猶予だ。精々楽しむと言い」
言いたいことを言うだけ言うと、声の気配が完全にかき消える。それと同時に、青い時間の止まった世界も終わりを迎えた。
「稲君! スイカはこれでいいのか? きちんと冷やしてきたぞ!」
「お、結構大きいスイカだね。じゃああそこらへんに置いておいて」
「分かったぞ」
大きなスイカを頭に乗せるような形で現れた澪は、その見事なプロポーションを余すことなく見せつけている黒色のビキニを着て稲羽に質問する。
その質問に、稲羽はスイカの奥場所を指定する。後でスイカ割りをするためだ。
「稲羽、これはなんじゃ? 新種の武器か?」
そうしていると、今度は咲耶が稲羽に質問を投げかける。
ビーチパラソルを片手で担ぎながら、青色を基調としたスポーツタイプの水着を着こなす咲耶は中々に様になっていた。
「いや、それはただのビーチパラソル。砂浜に刺しておいて、ぶすって」
「ほう。ぶすっと」
ぶすっ
「あんぎゃぁぁぁ!!!」
稲羽に言われた通り、その場に勢いをつけてビーチパラソルを突き刺すと、砂浜の中から憲太郎が飛び出してくる。
どこに刺さったのかは分からないが、叫び声をあげているために嫌な所に突き刺さったのだろう。
「うわっ! け、憲君、なんで砂浜の中から現れるのさ! ついに人間やめたの?」
「姉ちゃんに埋められたんだよ! 姉ちゃんだけなら許せるが…大和! お前に刺されるのは我慢できん!」
「落ちつけ憲太郎。誰も人間が地中に埋まったままでいるとは予想できんじゃろ」
「…まあ、それはそうだけど…」
「稲羽君♪ さっきこいつに言った『え、なに? 人間やめたの? ついに? ははっ』をもっと蔑むようにクロに言って!」
ぞくぞくした表情でクロが待ちきれないと言ったように稲羽に提案を持ちかける。着ている水着は露出の低いパレオを巻いた緑色の水着だが、その表情がすべてを危険な色香に変えていた。
脳内再生でも行われたのだろうが、稲羽の顔で『え、なに? 人間やめたの? ついに? ははっ』とか言うのは想像できない。
「…言わないから。絶対言わないから」
「何でよー。クロは稲羽君の一言があれば頑張れるのにー」
「おいマゾ神。お主の居場所はこっちじゃ」
「あれ? 咲耶ちゃん、なんでパラソルなんか手に持ってるの? そして、なんでその先をこっちに向けてるのかな?」
「お主が一番気持ちよくなることをしてやるのじゃ! 感謝せい!」
「そ・れ・は! 死んじゃうの!」
きゃいきゃいとじゃれ合っている神様二人を放置し、稲羽は荷物の移動を任せていた妹たちに声をかけた。
「二人とも、そっちは終わった?」
肩に担いでいた荷物を置き、羽月と稲陽は兄の指令を終えたことを示す。
「こっちは終わったよお兄ちゃん、羽月は何をすればいいの?」
「クラーボックスは言われた通りに運んだ」
2人は水着を買う暇がなかったのか、学校指定のスクール水着。だが、あえてそのチョイスはありと思われる。
「ありがとう二人とも。あと、クラーじゃなくてクーラーだからね、陽ちゃん」
「クーラー?」
「そう。クーラーボックス」
「クラーボックス」
「? いや、クーラー」
「クーラー」
「ボックス」
「ボックス」
「クーラーボックス」
「クラーボックス」
妹の言い間違いの連続に、稲羽はとうとう頭を抱えて諦めてしまった。
この双子、ほとんどの趣味嗜好が同じなのだが、決定的な違いが一つある。姉である羽月はひらがなに弱く、妹である稲陽はカタカナに弱いのだ。
そのため、先ほどのような押し問答は日常茶飯事であり、稲羽も兄として強制はしようと思ったのだが、中々に強固なために諦めてしまったのである。
「…態々すまんな滝宮兄」
「あ、秋穂先生。別にいいですよ、人が多い方が楽しいですし」
「そうか。…あと、聞いておきたいんだが…」
「はい?」
咲耶と同じような赤色のスポーティービキニをまとった秋穂は、とある場所を指さした。
その場所には、ビーチパラソル片手に追いかけっこを演じる咲耶と、それから必死に逃げるクロの姿。
「…あの二人が神様って話、本当なのか?」
「…ああ、本当みたいです。疑っても仕方ありませんし」
「なるほどな。校長がいきなりどこの馬の骨とも分からん2人をそう簡単に転入させ、同じクラスにさせることなどできんからな」
「あはは…そういう事ですか」
秋穂のごもっともな指摘に、稲羽は苦笑いを返すことしかできない。
どこをどうやったのかは知らないが、2人ともが同じ行動でなにかをしたことは容易に想像できる。
澪との勝負の際に咲耶が言っていたからだ。『神通力』と。
「便利な力だよねー…」
「おお、稲羽! どうにかしてこのマゾを止めてくれ!」
「稲羽君にならどれだけ殴られても許せる! って言うか殴って♪」
「絶対、嫌! ほら二人とも、スイカ割りやるんだから暴れない!」
土煙を巻き上げる勢いで走ってくる神様二人に、稲羽は制止の声をかける。
その隣では、澪がおそらくスイカ割り用に持って来たであろう木刀を担いで仁王立ちしていた。
「そうだぞー、そこの女どもー。稲君の言う事はきちんと聞けー」
まるでどこぞの体育教師のようだが、やはりそこは澪なので言葉選びが根本的な所から間違っていた。
まあ、服装の所為もあると言うのがあるのだが。
「お兄ちゃーん。こっち終わったよー」
「あとは、ぶっ叩いて割るだけだよー」
「よーし、なら始めようか。スイカ割り!」
妹たちからかかった声で、稲羽はそう宣言した。
そして、その宣言に呼応するように手が上がる。
「はいはいはい! 俺俺、俺がやる!」
片手では物足りないのか、両手を上げながら一番がいいと主張する憲太郎。
だが―――
「やはりここは稲羽じゃろう」
「稲羽君だよね♪ あ、あとクロあそこに並んでいい? あわよくばあの木刀で殴ってもらって…///」
「一番は稲君に譲るのが当たり前だろう」
「「お兄ちゃん頑張れー」」
「お前に一番槍の荷は重い、止めておけ」
女性陣全てから安易に嫌だと言うか、止めておけと言うか、憲太郎の事など眼中に入っていないとも取れる発言が繰り広げられる。
その容赦の欠片もない集中砲火を喰らいまくった憲太郎は、がっくりと砂浜に手をつきながら項垂れた。
「…ああ…どうせ俺なんて噛ませ犬でしかないんだよ…畜生…俺なんて…一生モブで暮らすんだ…」
なにかいけない事を言っているが、誰一人としてフォローに向かおうとしない。
立場と言うか、状況的には稲羽がフォローに入るのだが女性陣にあれやこれやとスイカ割りの用意を強制されてフォローを入れる暇がなかったりする。
「ちょっ、みんな! 離れてよ! 動けないじゃん」
「ああ、なんか目隠しした稲羽君っていいなぁー…いやいや、クロはこの逆の立場を所望するわけで…ってか稲羽君がやるんだったらクロはスイカの隣に並んでおかないと…!」
「させぬぞ? 指示を出してやるものがおらんでどうするのじゃ?」
「…お前、稲君にぎゅーぎゅーして…なんなんだお前は!」
目隠しのために布を巻かれる際にクロに体を擦り付けられ、それを引き剥がそうとする咲耶と澪の体が目隠しされた状態の稲羽の体をもみくちゃに。
―――新手のどこかのプレイだろうかと思うほどの密着度だ。
「はいお兄ちゃん、多分ここから真っ直ぐ五十歩ほど行った所にスイカがあるよ?」
「あくまでも真っ直ぐだからね。ちなみに、稲陽の歩幅でやったから足りないかも」
「いやいや二人とも。そんな言い方で分かるほど僕は器用じゃないよ?」
妹二人は稲羽に木刀を渡し、かなりざっくりとした言葉をかけた後、稲羽の元から去った。
恐らく、開始の合図でもするのだろう。
「ああ、滝宮。うちの愚弟は気にするな。思いっきりぶっ叩いて私たちにスイカを食べさせてくれ」
「……了解です」
目隠しをされたまま、稲羽は手に握った木刀の感触を確かめるように2~3回木刀を握り直した後、さながら剣道のように正眼に構えた。
「じゃあ、行くよお兄ちゃん…」
「スイカ割り…
「「スタート!」」
羽月と稲陽の双子らしいぴったりと合わさった開始の合図に、稲羽は覚束ない足取りながらも前へと進んだ。
そして、口々に叫ばれる指示の声。
「真っ直ぐじゃ! まだまだ真っ直ぐ!」
「ああ! そこは左に! 行き過ぎ行き過ぎ!」
「稲君! 3歩ほど跳ぶんだ! その先がスイカだ!」
「お兄ちゃん! 後20歩だよ!」
「と言っても稲陽の歩幅だけど!」
嘘を言うと言うより、全員が全員信じきることが出来ない指示の仕方である。
澪に至っては自らの身体能力基準で言っているため、それを再現できるのはここにいる咲耶とクロぐらいだろう。だが、それも神通力と呼ばれる便利チートを使っているからだが。
「(かなり好き勝手言ってくれてるよね…おかげで分かんないや…)」
内心稲羽はこう思いながらも、一応外からの指示はすべて聞いていた。
そして、それは結果的に正解であり諦めて振り下ろした木刀は、見事にスイカを叩いた。
ぼこっ
「あれ?」
だが、割れない。
単純に稲羽の力が弱いのだろうが、それでもスイカには傷一つつかなかった。
「それっ」
ボコッ
割れない。
「むぅ…それそれそれそれそれ!!」
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ…
割れない。
「…ああ///。ああやってクロも稲羽君にぼこぼこにされたい…///」
もはや目隠しなどせずに連続でスイカをぶっ叩き続けている稲羽だが、中々割れない事に苛立ちが募る。
そして、それを見ている真正のマゾであるクロは表情を恍惚に歪めて行った。
「…これなら、どうだ!」
ボコッ!
「はふぅん♪」
思いっきり振り下ろされた木刀が、ようやくスイカの表面にひびを入れる。
「ていっ!」
どこっ
「はぁぁん♪」
少し木刀が減り込んだ。
「…最後だ。これで!」
ザクッ
「あっはぁぁぁん♪ 稲羽君…最高…!」
殴るではなく、スイカに木刀を突き刺すことを最後に選択した稲羽はようやくスイカを割ることに成功した。
さらに、一人の少女を危ない世界にも偶発的に連れて行ってしまった。
恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らしながら荒い息を漏らすクロ。どう見ても危ない人である。
そんな事を露も知らない稲羽は、割れたスイカを抱えて用意していた机の上にスイカを広げた。
「はい、割れたよー。ちょっと時間がかかっちゃったけど、それでも食べれるから問題ないよね。塩が欲しい人は言ってね、出すから」
突き刺して割ったために、大小様々、さらにはボロボロすぎるスイカの割れ具合だが、こういう場所に来てまでそういう事を言うのは野暮と言うものである。
誰もそのような事は言わず、目についたスイカの欠片から食事を開始していった。
「お、上手いなやっぱり。この時期はスイカだぜ!」
「稲君が割ったとなると格別だな。お持ち帰りしてもいいが、スイカだからな…」
「ラップぐらいならあると思うが? 探してこようか?」
「ならあたしも行くぞ。このまま、出来るだけ新鮮なうちにラップにくるんでクーラーボックスに入れるのだ!」
「あ、姉ちゃんが行くなら俺も…」
「「埋まってろ」」
ぴったりと息の合ったパイルドライバーで、憲太郎は胸の辺りまで頭から砂浜に突き刺さる。
そして、そのまま彫刻のように動かなくなった憲太郎を放置し、秋穂と澪はラップを探しに海の家の物色を開始した。
「ねえねえ稲陽、埋めてみない? 憲太郎先輩」
「ええ!? 良いの、羽月? 怒られないかな」
「憲太郎先輩、意外と頑丈だから! ほらいこ!」
「あ、待ってよー!」
いたずら心で思いついたのか、砂浜に突き刺さったままの憲太郎を掘り起こすのではなく、新たにさらに埋めてしまおうとする双子。
スコップなどは持っていないが、犬のようにばっさばっさと砂をかけていく様を見れば、直ぐに全身が埋まるだろう。
「…何やってるのさ2人とも…。ちゃんと引っこ抜いてあげないと…」
「いや、稲羽。お主の言っていることも中々えぐいぞ? あそこまで埋まれば、引っこ抜くのは至難の技じゃろうて」
「いーなー…クロも稲羽君に嬲られたいな~…」
「…願望垂れ流しだね、クロちゃん」
「それがこやつなのじゃ。諦めてくれ。…おお、今この状況は丁度良いな。稲羽よ、お主に話しておくことがある」
何かを思い出したように手を叩きながら咲耶がそんな事を口にする。
「ちょうどいい? なにが?」
「余とこやつが神界から降り、人間界にいる理由じゃ」
「あー、なるほど。と言うか、あんまり二人とも神様してなかったから忘れてたけど、そんな事があって二人は来たんだよね」
「神様すると言うのはなかなか難しい言葉じゃが…まあいいじゃろ。余の理由については話したじゃろ?」
「うん。守護霊、だっけ? 守ってもらってる実感ないけど。普通、なんか化け物が現れて僕の命を狙ってるからどうのこうの、だから僕を守るとかなんとかかんとかだよね?」
サラサラと言葉を口にしていく稲羽。その言葉を聞きながら顔を百面相させていく咲耶に気づかないまま。
「でも、それだと咲耶ちゃんの登場に仕方が違うよね…。僕が化け物に追いかけられている時に助けるっていうイメージがあるんだけど…」
「あー、稲羽よ。お主はどこまで夢物語を見ておるのじゃ? それに、余の話を聞いてくれんと進まぬ」
色々と妄想が突っ走りそうだった稲羽を止めるために、咲耶がこめかみに手を当てながら制止の声を出す。
それに気づいた稲羽は謝るついでに話を元に戻した。
「あ、ごめんね咲耶ちゃん。で、理由だっけ?」
「ああ、理由じゃ。まあ、余の理由は守護霊としてお主に憑りつくこと。まあ、近くにいるための口実じゃが。基本的な守ろうとする行為は、こやつの毒牙からお主を守る事とバランスを保つことじゃ」
「バランス? ああ、前にも言ってたねそんな事。…女難の相が出てるだっけ?」
思い出した言葉を口にしながら、稲羽は半眼になって咲耶を睨む。
「根に持っておるのかお主は。バランスと言うものはこの世で一番重要なものじゃ。崩れれば世は乱れ、色々とよくない事が起こる。500年も前になれば戦争やらなんやらが起こっておったのじゃが、今この現代においては不況だなんだと言う方になっておるな」
「ふむふむ」
「で、お主の周りのバランスはちと女に傾いておるのじゃ。昔の事かもしれんがな。今海に来ている時であっても男が2に対して女が6もおるじゃろ?」
「…そのうち2は君たちだよね?」
「まあ、そうじゃな。このような比率じゃからこそ女難の相が出ておるのじゃよ。それを少しでも解消してやろうと言う余の粋な計らいと、こやつの監視のために余はお主の前にいるのじゃ」
そう言い切った後、咲耶は稲羽の隣でかき氷を食べていたクロを指さす。
「…きーん…つめたー♪ ん?」
かき氷を喰らい、頭に例のアレが襲っていたクロは突然振られたことに頭に?マークを浮かべる。
「クロちゃんの監視? …まさか…」
「こやつの奇行を見ておるから分かるじゃろ。…こやつは神界からお主を見た時に一目惚れをしたと言って暴れおってな。性癖上、お主に会わすどころか人間界に降ろすことすらも躊躇われたのじゃ」
「だけど、降りてきちゃったと」
「そうじゃ。なるべくお主の姿が神界からは見えんように工夫はしたのじゃがな。人間界に来られては隠しようがない」
「…整理してもいい? なんか頭痛くなってきた」
「構わんぞ?」
頭を抱えた稲羽に、咲耶は優しげな声音でそう口を動かす。
今までの話を統合し、合わせてみるとつまりはこうなる。
稲羽は女難の相が出ており、稲羽の身の回りの男女比率を整えるために咲耶が現れた。そのためには守護霊として近くにいる必要があり、だからこそ稲羽の家に上がりこんでいた。だが、その真意はクロの監視で、稲羽に一目惚れをしたと言うクロの暴走を止めるためにいるのだそうだ。
「…うん。納得って言うか、理解しろって言う方が無理な話だよね」
うんうんと頷きながら稲羽は無理やり納得するように自分を言い聞かせる。
「相関図的に言うと、お主から余とこやつに伸びる矢印はさしずめ『神様? 人間にしか見えないし…』とでも言った所か。余から延びる矢印は『守護対象。可愛いのは認めるが』。こやつから延びる矢印は『一目惚れ! クロの性癖を満たしてほしい♪』とでも言った方がいいじゃろうな」
「…うん。なんでそんな風になったんだろうね」
分かりやすい人には分かりやすい、そんなマイナーな例え方をした後、咲耶は喉が渇いたのかペットボトルを掴み、その中に入っているお茶を飲みほした。
その姿を見ながら、稲羽は腕を組みながら悩む。どうあっても理解できないし、誰に話しても理解を得られない内容だからだ。
別に信じてほしいとは思わないが、それでも稲羽は一緒に遊びに来ている全員には話すべきだと思っていた。
―――澪には特に。
「…それに、大変言いにくいのじゃが余もこやつも黙って神界を出てきたため、色々と面倒な事が起こっているのじゃ」
なにかとても重要な事をさらっと言われた気がする。
「え? え? え? 黙ってって…クロちゃんならわかるけど、なんで咲耶ちゃんまで?」
「まあ…こやつと同じ理由じゃ。…恥ずかしながらな///」
完全に頭の中がこんがらがってしまっている稲羽をよそに、咲耶は頬を赤く染めながら言葉を続けた。
「いやぁ…こやつほどではないのじゃが…余もお主の事を神界から見ておってな? いや、最初はお主の女難の相がどれほどのものなのかの確認だったのじゃ。たったそれだけじゃぞ?」
「でも、神界にある人間界が見れる鏡の間にずっといたの誰だっけー?」
今までかき氷を食べていたクロが、初めてここで咲耶の事を茶化す。
「う、うるさい! まあ、別に確率の問題ゆえな、神界からでも余の力を使えばお主の女難の相を取り除くことは可能だったのじゃが…どうしても気になってな…」
茶化されたことに顔を赤くしながら声を荒げ、咲耶はクロの口を塞ぐために手を出しながら口を動かす。
その器用な光景を目にしながら、ようやく頭の中が落ち着いてきた稲羽は恐る恐る尋ねた。
「……えっと。…なにが気になったの?」
「…お主の隣にいる女どもの事じゃ!」
よっぽど恥ずかしい事なのだろうか。咲耶は顔を逸らしながらそう叫んだ。
その叫ばれた内容に、稲羽は再び頭の回転が追い付かず無言になってしまう。
「…つまり、嫉妬だよねー。クロが神界で言った時には擁護してくれたのに、咲耶ちゃん先に人間界に言ってるんだもん。驚いちゃったよ」
稲羽が無言になったことで起きた沈黙を、クロが皮肉を込めた物言いで破る。
「し、仕方なかろう! 気になることを見に行かんで、うずうずしたまま過ごすことなど出来はせんわ!」
「それ、クロにも言えるんだけどなー。神と言う身でありながら、人と言う身に興味を持つ。許されぬ禁忌だからねー」
どこか黄昏るように、クロは咲耶の言葉を受け流す。
完全に立場が逆転しているように見えなくもないが、それでも二人の神様が現れた理由は分かった。
どちらも稲羽個人に興味と言うより好意を持って稲羽の前に現れたのだ。
「じゃが、余たちは禁忌など関係ない。勝手に人間界に降り、あまつさえ神通力まで使っておるのじゃ。そろそろばれるであろうな」
「そだねー。って言うか、案外近くに来ていたりして」
『ほぅ。よく分かったな、クロスヴェールよ』
「「「っ!!」」」
そんな野太い声が聞こえたかと思うと、稲羽たちはクロが現れた時のような青い時の止まった世界の中にいた。
前回は屋上で他に誰もいなかったから分からなかったが、本当にこの世界では稲羽たちだけしか動いていない。
動き続ける波も、それに乗っているサーファーも、食事を片手に談笑する男女の姿も、綺麗に止まっていた。
「…フラグ立てちゃったねー…。と言うより、回収早すぎでしょ。最上級神様」
クロの時と同じようにどこから聞こえるともしれない野太い声に、クロは苦笑しながらも言葉を口にする。
『お前たちの行く先など分かっていたのでな、少し様子を見させてもらった。少し、と言っても、もう二週間ほどは見ているが』
「覗きじゃな」
「覗きだね」
『お前たちにはもっとも言われたくない単語であるぞ』
とても慣れたように掛け合いを始める神様たち。やはり、お互いがお互い同じようなものなので慣れているのだろう。
だからこそ、この中で稲羽は浮きまくっていた。
「…あのー…」
『おお、お前がこのたびの一件の中心人物か。確か、滝宮 稲羽と言ったな』
「あ、はい」
『訳あってお前の前にわしの姿とわしの名前を教える事は出来ん。最上級神とでも呼んでくれるといい』
「えっと、最上級神さん…でいいのかな?」
『構わん。まあ、予想はついているだろうが、わしはこやつらのお前たちの世界で言う所の上司みたいなものだ』
「会社ですか」
自分から最上級神と呼べと言っている野太い声だが、その内容はとてもフランクでとても神様とは思えない。
まあ、稲羽の隣に立つ二人の神様も神様らしくないのだが。
『神様と言うのも楽ではないのだ。意外と縦社会でな。目上のもの、自らより年齢が上のものには必ず敬意を表さねばならん』
どこか疲れたように言う最上級神。神様の世界にもいろいろあるのだと、稲羽が初めて理解した瞬間だった。
「…ちなみに、年齢っていくつですか?」
「この人は一番古株だからね。ものすっごい年寄りだったと思うよ?」
「確か…世界創世の頃からじゃなかったかのぅ」
『わしも良く覚えておらん。大和御神が言った頃だと言うのは覚えているが』
「いや、野暮な事聞いてすみませんでした」
世界創世の頃から生きていると言われては、生まれてこの方17年目である稲羽にとっては想像もつかない話。
早々にこの話題を切り上げ他の話題を展開させた。
「…なんだか大変なんですね。神様って」
『まあ、大変だな。わしらはお前たち人間に与える事はあっても人間から与えられることはない。お供え物などは置いてくれているが、わしらがそれをいちいち取りに行っては迷惑だろう。それに気づいた時には腐っていることが多いしな』
神様の苦悩の一面を、また垣間見た気がする。
声だけではわかりにくいが、もしここに肉体があり表情があるのであれば恐らくため息を吐いていただろう。
「…で? 世間話なんかしに来たわけじゃないじゃろう? さっさと本題に入らぬか」
「そうそう。ま、なにを言うかなんて分かりきっているけどね♪」
咲耶とクロが呆れ顔を作りながら言葉を口にする。
彼女たちには声の主が見えているようで、まっすぐに前を見据えたままだ。
『…わしはお前たちを連れ戻しに来た。抵抗するなら戦う事になるぞ。人間と神、全くの根幹から違う者同士が今この場で同じ空気を吸っていることがおかしいのだ』
「…言ってくれるのぅ…」
「…宣戦布告だね…」
咲耶は楽しそうな笑みを、クロはゾクゾクとした笑みを声を聞いた瞬間浮かべた。
どこかタガが外れたような二人の様子だったが、稲羽はあまりの展開に全くついていけなかった。
「え? ちょっ、待ってよ! それってどういう意味? 戦うって?」
『言葉の通りだ、少年よ。わしはこの者達を神界に連れ帰るためなら何の犠牲もいとわん。それ相応の覚悟がある』
決意とも取れるような強い意志を持った声は、全てが止まった青の世界の中で嫌に響き渡った。
「それなら余たちにもあるのじゃ。自らの気持ちなど、他人に言われるまでもなく自覚しているからの」
「と言うか、クロは神界から出てくるときに啖呵切ってきたからね。そんなこと言われてビビるわけないよ最上級神様?」
しかし、この2人の神様は全く動じず、逆に挑発のようなものを声に向かって投げかけた。
『そうか。…なら、少し荒々しくさせてもらうぞ!』
少しの呆れと明らかな怒気をはらんだ声が聞こえた時、稲羽たちの体は浮きあがった。
全方位から吹いた風が、まるで上昇気流のように稲羽たちの体を巻き上げたのだ。そして、その巻き上げると言う行為は砂浜の上で行われているため、普通の一般人である稲羽は初めてあるものを見た。
「うわっ。まさかこれって…砂嵐じゃあ…」
「掴まれ稲羽! お主がここにいては危険じゃ!」
浮き上がった体。それは今、砂浜の砂を巻き上げながら生成される砂嵐の中心にいた。嵐の中心点は気圧が低く、ほぼ無風であるはずなのだが稲羽は体全体に風を感じている。
やはり、これは声の言っていた攻撃、神通力とやらで成せる業なのだろう。
そんな事を思っていた稲羽の手に、咲耶の手が伸ばされる。一緒に浮き上がっている状態なので中々バランスが取れず手を握り合えないが、まるで泳ぐように咲耶は空中をかき分けて進む。
稲羽も稲羽で体を捩じったり伸ばしたりしながら差し出される手を目指す。苦労しながらも、二人の手は繋がった。
「咲耶ちゃん。どうする気? 砂嵐なんてどうやって治めるのさ」
「なに、これが奴の神通力によるものであることは百も承知。奴が張った神結界の中でもあるし、存分にやれると言うものじゃ」
「神結界? って言うか、他の人たちって大丈夫なの? 何か当たったら大丈夫じゃなくなるよね。それに、月ちゃんとか陽ちゃんは? 他のみんなも」
「ああ、それについては心配せんでよい。この神結界と呼ばれる神様が独自に創りだした結界の中では、任意の者にしか影響を与える事は出来ん。奴がこちら3人を認識しているためにな。他のものは背景みたいなものじゃ。何があっても何も変わらん」
「……都合がいいんだね」
「…それは言わない約束じゃ。ま、そんな事より…クロスヴェール!」
「分かってるよ咲耶ちゃん♪ …砂嵐なんて乙女の柔肌の天敵、呼ぶんじゃないわよー!」
咲耶が上を向きながら叫ぶと、そこには両手を上に掲げたまま待っていたクロの姿が。
声をかけられたことにより、クロは下を向きながら舌を出して可愛さをアピールする。だが、それは誰も見ていなかった。
そして、そのまま掲げていた両手を真っ直ぐ振り下ろす。すると、光が―――
「つっぶれろー♪」
「いやいやいやいや! なんで光ってるものが落ちて来るの!? しかも頭上だし! 咲耶ちゃん、ぼさっとしないで逃げないと!」
「大丈夫じゃ。心の清い者なら何の害もない。少し花火の中心にいるぐらいの衝撃じゃ」
「それでも十分すぎる被害ですから!!」
漫才のようなことを浮き上がってふわふわする状態で行う稲羽と咲耶。
だが、現実逃避のような時間はすぐに終わりを迎えた。
「ぎゃあああぁぁぁ………って、あれ?」
叫び声をあげ、目の前が真っ白になって目が明けられなくなった稲羽は目を瞑る。
だが、いつまでも咲耶の言った衝撃が来ない事にゆっくると目を開けた。その目に映るのは相変わらずの青色の止まった時の世界だけ。砂嵐など一切見えなかった。
「だから言ったじゃろう、害はないと。そんなにビクビクとせんでもよい」
「え、いやでも花火の中心にいる衝撃って…あれ? 地面に足がついてる」
咲耶の言ったことを全く感じていない事に、稲羽は疑問の声を上げながらとある変化に気づく。
足に残る感触。砂浜であることを認識した瞬間にようやく地面に降りたことを稲羽は理解した。
「ねぇねぇ! 見た見た見た見た? 稲羽君見た? 褒めて褒めてそして罵って! 『喜びすぎだよこのバーカ。あれぐらい出来て当然だろ、この雌犬』とか言って!!」
「どさくさに紛れてなんという注文をしとるのじゃお主は!」
同じように地面をに降り立っていたクロが、いつも通りのテンションで稲羽にSっ気を求める。
だが、それは咲耶が見事に許さずにクロの頭を掴んで稲羽への接近を防いでいた。
『ふむ。この程度であれば余裕か。なら、お次はこれだ!』
そんな威勢のいい声と共に次に現れたのは、濁流。
稲羽たち3人を飲み込もうと、濁流はそのスピードをぐんぐん上げながら迫る。
「って、砂嵐の次は濁流!? ほんとなんでもありじゃん!」
「稲羽君! 跳ぶよ!」
「え、クロちゃん。跳ぶってどうやってぇぇぇ!!!」
今度はクロが稲羽の手を掴み、グイッと引っ張る。
そして、稲羽は横向きに抱え上げられたままクロに支えられて跳んだ。あくまでも跳んだなので『飛んだ』ではなく跳躍。だが、その飛距離が信じられなかった。
かなり高い。棒高跳びの世界新記録なんかを棒を使わずに記録できてしまうぐらいの高さよりもさらに高いのだ。
「咲耶ちゃん、今度はお願いね♪」
「ちょっとクロちゃん。これって普通逆だよね。絶対逆だよね?」
「稲羽君は可愛いから問題なし♪」
俗にいうお姫様抱っこをしながら、クロは良い笑顔で下に残した咲耶にウインクする。
稲羽としては、男の自分が女であるクロにお姫様抱っこされている状況が少し不服そうであるが。
そして、下に残された咲耶が何をしていたかと言うと。
「………」
自らに向かって怒涛の勢いで迫る濁流を見ながら、特に何をするでもなく平然と立っていた。
「って、咲耶ちゃん逃げて!」
そんな咲耶の様子に、稲羽は叫ぶ。お姫様抱っこされながら。
「大丈夫。って言うか、逆に驚かないでほしい事があるんだよねー」
「へ?」
近くから聞こえるクロの声に、稲羽は間抜けな声を出してしまう。
だが、絶対的な信頼を寄せるように、なにも臆することはないと言うような視線で咲耶を見つめるクロに、稲羽はそれ以上何も喋れなかった。
そして、濁流が咲耶の体を飲み込もうとした時、ようやく咲耶が動き出す。
左手を腰に、右手を頭の辺りに。上にある右手を左手に持っていき―――
「…切り開け聖剣…エクス…カ○バァァーー!!!」
「絶対言っちゃダメだよねその名前!!」
とある王様が使っていそうな最強の武器の名前を口にしながら、咲耶は腰に持って行っていた右手を頭上に振り抜いた形で固まっていた。
そして、驚くことに濁流は咲耶のいる場所を避けるように真っ二つに裂けている。
内心咲耶が無事な事に胸を撫で下ろしながらも、稲羽はとりあえず突っ込んだ。
「うん、もう1回言うけど簡単に言っちゃダメだよねその名前! いろいろな所で使われている物の名前なんてなんで出すのさ! 確かに強いけれども!」
跳躍が終わったため、地面に降り立った稲羽はクロのお姫様抱っこから解放された後、咲耶に詰め寄った。
だが、詰め寄られている咲耶は対して悪びれた風もなくこう言った。
「大丈夫じゃ。余が言ったのはエクスカ○バーでありながらエ○スカリバーではないものじゃ。なに、あのような時はそう言った方がかっこいいじゃろう?」
「かっこいいとかの問題じゃない! 危ないでしょ色々と!」
「でもクロもかっこいいと思うよ? あの砂嵐を消し飛ばしたのだって、クロは元気○をイメージてやったし」
「え、あれってまさか七つの球を集める物語をぱくったの? と言うかイメージ? イメージでどうにかなるものなの!?」
「神通力とはそんなものじゃ。なら稲羽、今から目から高圧のビームと指先から紫色のレーザーが出るようにもできるぞ?」
「クロの場合はねー、ものすっごく大きな槍とか? 心臓を狙ってドーン♪」
「そこまで真似しちゃったらどこかから怒られるよ…」
ハチャメチャな提案に、稲羽はがっくりと肩を落とす。
決して信頼度が下がったわけではなく、ただ単に脱力しただけ。まあ、脱力する気持ちも分からなくもないが、今の状況は全くそれには適していなかった。
『…全く、これだけやっても何も変わらないとは、かなり骨が折れそうだな』
「いくらでも折ってよいぞ? その隙に余らは逃げるゆえな」
「愛の逃避行! 良い感じだね!」
「何がどうなっていい感じになるの!?」
『だが、そうそう簡単に行かすわけにはいかんな。こちらとしても、守らなければならないメンツがある!』
「最上級神さん! あなたがメンツとか言ったらまずいでしょ! それに、こんなこと止めましょうよ! 態々戦うなんて! 同じ場所で暮らす仲間なんでしょ!?」
聞こえた言葉に稲羽は出来る限り必死に突っ込む。
だが、この神様たちは稲羽一人が突っ込むのには荷が重すぎる。ただ単に重いのだ、キャラが。
『む…。少年の言う事にも一理あるな。態々わしが人間界に来てまで戦う理由はない』
「じゃろうな。ならば帰るとよい。余らは余らで楽しい生活を送るゆえな」
「うんうん♪ 稲羽君になじられながら送る生活…。考えただけでも身震いできるよ!」
「…なんでこんなに温度差があるのさ。ちょっとだけ必死になった僕がバカみたいじゃないか…」
稲羽が再びがっくりと肩を落としていると、一瞬考えるような声を漏らした後、最上級神はある提案を出した。
『……なら、猶予を与えるとするか。その楽しい生活をそれまで楽しむといい』
提案と言うよりも、それはほぼ確定している未来の事。
そうとでも言わんばかりの内容と声の威圧感に、3人は全く反応できていなかった。
「猶予は…そうだな。少年の地域にある夏祭り、あれが行われている場であればわしも人間界に降りられる。その時までが猶予だ。精々楽しむと言い」
言いたいことを言うだけ言うと、声の気配が完全にかき消える。それと同時に、青い時間の止まった世界も終わりを迎えた。
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