小説:あの虹の麓で
序章 引っ越し
波乱の自己紹介
春。
それは、出会いの季節。
そして、別れの季節。
山奥にある町、日雨虹町(ひゅうこうちょう)でも、それは当たり前にあった。
ある者は卒業し、大人になっていく。
またある者は入学し、学生生活を謳歌する。
そんな、当たり前の事。
だが、今回は違った。
都会からの転校生、志鎌 陽(しかま はる)。
その少年を中心に、物語は動き出す。
欠けていたピースがはまり、綺麗なパズルが完成するように。
無くなっていた歯車がはまって、機械が動き出すかのように、物語は、静かに動き出した。
これは、少年の想いと、少女達の恋の物語。
少年は誰を選び、少女達は何を思うのか。
さぁ、物語のページをめくろう。
───恋と、憧れと、愛の物語の───
ブロロロロ…
細い山道を危なっかしく走る車の中で、俺は地図とにらめっこをしていた。
助手席に座る俺の後ろには、荷物が満載。今にも崩れそう。
時折ガタガタとその車体を揺らしながら、俺ともう一人を乗せて車は走っていた。
「母さん、この道で本当にあってるのか?」
地図を持ってナビゲートしている俺が言うのも何だが、そう聞かざるをえなかった。
だって、隣では鼻歌が聞こえるんだぜ?
この険しい山道を登っているというのに。
「あってるはずよー?」
「何で疑問形なんだよ…。さっきからカーナビも機能してないし」
「だって機械だもの。頼りに何かならないわよ」
「…母さんの機械ぎらいには困ったものです…」
隣でこの車のハンドルを握るのは、我が母、志鎌 優羽菜(しかま ゆうな)。
車が揺れる度にずれる眼鏡を必死に直しているが、学校でも教鞭をとれる教師だ。
一応、偉い。
教師をしている時の理知的な雰囲気とその容姿から、生徒からは人気がある。
だが、その息子である俺は知っている。極度の機械ぎらいと、ぐーたらな性格を。
そんな事を思いながら、俺は手元にあるペットボトルのお茶を飲んだ。
「あ、ねぇねぇ陽(はる)ちゃん。あそこ、看板に書いてある文字、読める?」
「ん? あー…書いてあるけど…日、雨、虹? 何て読むんだ?」
「日雨虹町(ひゅうこうちょう)! やっと着いたわよー!?」
「母さん、喜びすぎ」
一応ハンドルは握っているが、念のために注意を促しておく。
死にたくはないからな。
看板に書かれてある矢印の通りに進み、車は開けた場所に出た。
俺の目の前には、俺が今まで暮らしてきた所ではありえないような自然、緑が広がっていた。
「…すげぇな。綺麗だ…」
「でしょー? お母さんが昔住んでた所よ? 自慢の町なんだから」
「なんにもなさそうだけどな」
「陽ちゃん、それは言わない約束よ?」
それもそうでした。
俺、志鎌 陽(しかま はる)がここ日雨虹町に引っ越してきた理由は大きく二つある。
一つは、俺自身のとある問題。
もう一つは、母さんのとある問題。
母さんの方は仕事の都合ということなのだが、それは建前で俺の問題に付き合ってこの街に引っ越して来たのだ。
「………」
「陽ちゃん、元気出さないと。せっかくこんな所まで来たんだから」
「…ああ、それもそうだな」
車外の景色をボケーッと眺めていたら、母さんがそんな風に話しかけてきた。
一応、心配はしてくれているのだろう。
あしらうようにではあるが、軽く右手を振って大丈夫とアピールしておく。
そんな事をして車に揺られていると、目の前に豪邸が現れた。
豪邸。うん、豪邸。すっげーでかい。
そんな家が、俺の目の前にある。
一応聞いておきたくて、母さんに聞いてみた。
「なぁ…あの家って、町長さんとかの家?」
「違うわよー。お母さん達の家」
「は? え、ま、ちょっ! でかくねぇ!?」
「宝くじが当たったのよー。それで、土地も安かったから大きいの作っちゃった」
おおーーい…。そんな話一ミリも聞いてねー…。
さすがは我が母、突拍子も無いことをやってのけるぜ。
そう思いながら、車は門扉をくぐりこれまたでかい駐車スペースに車が止まる。
あと三台は行けんじゃないのか?
車から降り、我が家であろう豪邸に入る。
まあ、なんと言うか広いよ? あと、二人で住むべき広さじゃないよ?
「じゃ、荷降ろしやっちゃおうか。終わったらご飯ねー」
「りょーかい」
少々広い部屋に憂鬱間を覚えながら、俺は荷物を運んでいった。
俺は夜空を眺めていた。
ほとんど日課になりつつある、俺の趣味だ。
星空を眺めていると、なんだか心が落ち着く。都会では見れないような満天の夜空。
その星空に手を伸ばそうとして、止めた。
「…俺には、地面がお似合いだよ」
見るだけでいい。夢見てるだけでいい。
それが、俺の思ったこと。俺には、掴むべきものなんて無いのだ。
悲しいとか、面白くないとか言われるかもしれない。
それでも、俺は掴めない。俺には、掴む資格が無いのだ。
「…寝るか…明日も早いし…」
窓を閉め、カーテンも閉める。
田舎特有の虫の鳴き声を聞きながら、俺は眠りについていった。
『ねぇ、大きくなったら私をお嫁さんにしてくれる?』
そんな、幼い時の何気ない言葉。
『大きくなったらって、どのくらい?』
分からないから聞いた。
子供だから、何も知らなかったから。
『んーとねー…ばいんばいんのないすすれんだーになった時!』
『ばいんばいん?』
幼いからこそ、憧れる。
どんなものにも、自らに無いものを、純粋に。
『とにかく! 私が大きくなったらお嫁さんにしてよね!』
子供ならではの、無邪気すぎる約束。
時が経てば、忘れてしまうかもしれないと思うことなんか無い。
ただ、信じていたから。
『んー、じゃあ僕が君をお嫁さんにしたら、何してくれるの?』
何をするにも代償は必要。
小さくともそれぐらいは分かる。
ただ、聞く。その答を。
『こーしてあげる!』
ちゅっ
『キスって言うんだよ? 大好きな人にする、愛って言うのが詰まった物なんだってー』
ただ、無邪気に。
あの頃は、何も考えずにいられた。
それが、続くと思っていた。
『じゃあ、僕もする。だって、好きだもん』
そんな台詞も返せた。
時が止まったように、幼い二人の影は重なった。
だが、それでも別れはやってくる。
『ごめんね…わたしのせいで…えぐっ…あしが…!』
『…泣かないでよ…僕は…だいじょぶだから…』
泣き崩れる一人を、もう一人が慰める。
だけど、その涙は止まらない。
自責の念に、押し潰されそうに。
そして、二人は触れ合うのを止めた。
チュンチュン…
懐かしい夢を見た。
とても懐かしい、けどあまり嬉しくもない夢。
その夢の中に出てきた昔の自分と、彼女。
それを思い出しながら俺はベットから這い上がった。
「陽ちゃーん、ご飯できてるわよー」
「今行くー」
母さんに言われて始めて匂う香り。
焼き魚かな?
「今日から転入な訳だけど、大丈夫? 虐められたりしない?」
「大丈夫だよ。前の学校でもそれは無かったし」
「そっか。でね、この学園ではお母さん、陽ちゃんの担任になるから」
「ブフッ!」
何と言いやがりましたかこの母親は。
普通、親が担任のクラスに子供を入れないだろ!
「なんかねー、クラス一つしかないし、他の授業もやるんだからやってくれって」
「……大丈夫か、その学園?」
そこはかとなく、将来に不安を覚えた俺だった。
「よく来てくれましたね、志鎌さん、志鎌くん」
「これからよろしくお願いします、校長」
「よろしくお願いします」
何だかとてもふかふかとしたソファーに座りながら、俺と母さんは校長と向き合っていた。
私立州楠(しゅうなん)学園。それが俺が通い母さんが働く場所の名前だ。
田舎らしく一学年に一クラスしかないし、なのにも関わらず敷地がバカみたいに広い。
ついでに言えば、ここの校長と町長も兼任らしい。ニコニコ笑顔の老人だ。
すごく面倒くさそうな性格してると思う。
「では、早速二年生の教室へ行きましょうか。もう四月も終わりです。すぐにイベント等がありますが、まあ慣れるでしょう」
そんなんでいいのか?
隣にいる母さんは教師モード(俺命名)だから意味ないし。
「ですが、志鎌くん。療養のために越してきたと聞いていますが、お体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、まあ」
「それはよかった。何分田舎ですので、元気の有り余っている子が多くてね。仲良くしてやってください」
「…分かりました」
そんな事を去り際に言った校長は、目の前の扉の中に消えていった。
その扉に書かれている言葉は『二年教室』。
クラス名書かなくてもいいんだもんね、確か。
でも、扉にデカデカと書く必要はあるのか?
「「「「「うわぁぁぁぁーーーー」」」」」
「わー、声おっきいねー。元気でよろしい」
「……元気すぎだろ」
中で校長が何か話したのだろうが、急にそんな怒号が聞こえてきたことに俺は耳を抑える。
なぜか母さんは家モード(俺命名)になって感心しているが、今はそんな事は関係ない。
耳が痛い…。
「それでは入ってきてくれたまえ。まずは担任から」
「はい。志鎌 優羽菜です。担当科目は理科系科目全般となっています。担任になり、至らぬ所も御座いますがどうぞよろしくお願いします」
黒板に名前を書きながら自己紹介する母さん。
生徒の方に向き直って挨拶。そして笑顔。
そこまで来て、叫び声が上がった。
「うぅおおおぉぉぉ!!!! び・じ・ん教師!!! キターーーーー!!!!」
机の上に立ってまで喜びを表現したいんだろうか、あの男は。
あ、後ろにいる女子に殴られた。
「そして転入生、入ってきなさい」
俺の番が回ってきた。
何だろう。経験回数は多いのに、やはりこの時の緊張には慣れたことが無い。
まあ、慣れてはいけないんだろうけども。
「えーっと、志鎌 陽です。母親とともに引っ越して来ました。慣れないことだらけなので、助けてくれるとありがたいです。よろしくお願いします」
母さんと同じように黒板に名前を書いて、向き直ってそして笑顔。
で、叫び声が全員から上がった。
「美・親子!! 神は平等では無い!!」
「爽やかよ! 爽やか系!」
「はいはいはい質問質問!」
「やってることヤってる!?」
「スリーサイズ教えて!」
矢継ぎ早に飛んでくる感想と質問。
かなりウザい。
それに、普通に考えて最後の質問はおかしいだろ。俺は男だっつーの。
ガタン!
そんな事を聞いていると、突然椅子が倒れる音が響いた。
意外と大きな音に、クラスにいる全員がそちらを向く。
その姿を見て、俺は目を見開いた。
長い髪のサイドを三つ編みにして纏めた、少し幼い印象が残る少女。
その少女が、少し何かに怯えているように俺を見ていた。
そして、零れたのは涙と言葉と驚き。
「…陽くん…? な、なんで…」
「…お前…天原 芽衣(あまはら めい)…か? …どうして…?」
俺の口からも、驚きの言葉が漏れる。
再会したのだ。
昔、信じ合った幼なじみと。そして、別れた幼なじみと。
お互いに、傷を抱えたまま。
これが、俺の物語の始まりだ。
止まってしまっていた幼い頃からの時間。
誰かを信じ、愛することが出来る、人間としての時間が動き出した。
まるで、止まっていた時間すべてを取り戻すように。
駆け足よりも早い速さで、俺の物語は始まった。
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