小説:―Legurus―
3章 国際試合。
キーンコーンカーンコーン……
「とぉばぁりぃ! 今日こそ決着をつけてやる!」
「うっさいよ急に。放課後になった途端元気になってんじゃねー」
「お、俺様には授業を受けなくてもいいと言う特権があるからな!」
「いや、意味分かんないから。それに、学年万年最下位がよく言うぜ」
「うぎっ」
体中にある筋肉全てを硬直させたような音を立て、陣平が圭椰の言葉によって固まる。
「だ、だがなぁ……」
「つか、遊馬が近くにいるのに、なんで勉強教えてもらわないんだ?」
「あ、あいつのはスパルタなんだよ。お、俺様の筋肉でも恐怖するほどの」
「あー、なるほどね」
遊馬が陣平に向かって勉強を教えている姿を想像し、圭椰は妙に納得した。
決して、脳裏に陣平の頭をぺちぺちと教科書で叩きながら勉強を教える遊馬の姿が浮かんだわけではない。
「圭椰君、久我山君。今日は練武館には行かないのかい?」
噂をすれば何とやら。
話しかけながら現れた遊馬に、圭椰は軽く手を振り返しながら答えた。
「ああ、行く行く。当然だろ? 明後日なんだ、試合は。それに、今日はお前らに話しておかなきゃならない事があるから」
「話したいこと?」
「おお! ようやく俺様の筋肉の素晴らしさが分かったと言う事だな!」
「んな訳ねーだろこのクズ肉が!」
ドスンッ
「ぐほぁ!」
サムズアップしてくる陣平を、圭椰はウザったそうにしながら思いっきり拳を鳩尾に突き刺す。
表情としていることがまったく一致していないが、それでもその威力はお墨付き。
一発で陣平をくの字に折りながら床へと沈ませた。
「……ま、とりあえず練武館に行こうぜ。一乃もそこにいるはずだ」
「ああ、確か今日は早かったね。僕らが行くより先に、と言うより圭椰君を残して1人で出歩くなんて珍しいじゃないか」
「まあ、一乃にも考えるもんがあるんだろ。絶対にな」
多分と言わない辺りは、圭椰が一乃を信頼している証拠である。
2人はそんな事を言い合いながら席を立つ。床に倒れている陣平はスルーだ。
「ふーん…。あ、そうそう。明後日の試合の相手の情報が入って来たよ」
「お、聞きたいなそれ。って、それじゃあ俺達の情報もあっちには流れてるんだよな?」
「そうなるね。あ、一応情報を言っておくね。一人は男で、名前はソルバ・グルシュタイン。もう一人は女で、レーラ・トルネスボルグ。奇しくも混性タッグマッチじゃないか」
「なんだよそれー。てかさ、絶対楽な相手だと思われてるぜ、俺」
歩きながら話している内容に、圭椰は落胆した。
目に見えて分かるその落胆ぶりは、もはや悲壮感すらも漂っていたりする。
「いや、逆に面白がられてるかもね」
そんな圭椰の反応を見て、遊馬は薄く笑う。
「ん? どういう事だよそりゃ」
「いや、圭椰君の情報に関しては対戦相手、ロシアには面白い形で届いてるよ。言い方は悪いけど、ぽっと出のレグルス操縦者。対外試合の経験は無し、特筆事項はあの真弓氏の息子であると言う事だけ、ってね」
「……ああ、なるほどね」
息子であると言う単語に若干反応しながらも、圭椰は少し楽しそうに笑う遊馬に言葉を何とか返す。
そして、いつの間にかついていた練武館の入り口の扉を開く。
最近ではめったに見られなくなった手動の開き扉を開けると、赤が飛び込んできた。
「圭椰ー」
「って、一乃! いきなり突っ込んでくるんじゃねえ!」
圭椰の目の前に飛び込んできたのは、背中に彼女のレグルスである『焔岩朱(フレアレディ)』の赤色の金属の翼。
それを器用に動かしながら、一乃は圭椰に接触を試みる。
だが、そんな一乃の奇行に慣れっこな圭椰はそれを回避した。
「むぅ……なんで避けるの」
「避けるに決まってるだろうが! どうせその後は空高く舞い上がってランデブー、とか言うんだろうが!」
「ここじゃ狭いんだけどねー。10mも無いでしょ? ここの天井」
「そういう話をしているんじゃない!」
頬を膨らませながら言う一乃に、圭椰は捲し立てるようにして抗議する。
「あのー、2人とも。色々と早くしないと、僕が入れないんだけど」
「「あ」」
一乃のレグルスの形状は翼だ。これは、広範囲殲滅型の攻撃性能の追求がなされたレグルスであるため、その中でも最も最善と呼ばれている形態であるからである。
だからこそ、そのレグルス全体はでかい。
量子格納技術の格納量をフルに使ってようやく格納できる大きさ。広げれば全長はゆうに3mを超えるだろう。
それが扉全体を思いっきり塞いでいるのだ。遊馬の言い分は最もだろう。
一乃は塞いでいた扉から文字通り飛び上がって離れ、圭椰は先に練武館の中へと入る。
そして、道が開いたことにより遊馬は悠然と練武館の中へと足を進め、その歩みの中で扉を閉めようと扉に手をかけた。
「ちょぉぉぉぉっと、まったぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
地の底から這い上がるような声が、遊馬の後ろから聞こえてくる。
陣平がその大きな体を揺らしながら、滝のように汗を滴らせながら走ってきていた。
―――恐怖だ。
「レグルス、チェインスタート」
《starting go by Legurus setup》
「へ? ちょ、華井? ここでは―――」
「シャワー、浴びてきてね♪」
とてもいい笑顔で、遊馬は展開させたライフルの引き金を引いた。
「ふっざけんなぁぁーー!!」
レグルスの展開はおろか、全力で走っているために止まるに止まれない陣平は銃弾を喰らいながら叫び声をあげて消えて行った。
「……遊馬、それはやりすぎだろ……まあ、俺も持ってたりしたらやってるとは思うけど」
「でしょ? でも大丈夫だよ、久我山君なら」
「ふんがっ!」
「ね?」
「……ああ、そうだな」
どこからどうやって生還したのか。
鼻息荒く陣平が圭椰たちの前にやってくる。所々、体に赤い跡があるのは気にしないで置いた方がよさそうだ。
「ふぅ……。さすが俺様の筋肉たちだぜ……」
「はい行こうすぐ行こうこんなクズ肉ほっといて」
自らの上腕二頭筋をなぜか恍惚とした表情で撫でる陣平を、圭椰は棒読みになりながら必死に無視する。
「そうだね。時間は限られてるし、圭椰君の話したいことって言うのも気になるし」
「ま、あんまり期待されても困る話なんだがな。……一乃、いいだろ?」
「……圭椰がいいなら、あたしは何も言わないよ」
「そっか。……なら、言うぜ」
レグルスを展開させたまま宙に浮かぶ一乃の後押しもあり、圭椰は意を決したように口を動かし言葉を紡ぐ。
「信じられない話だと思うけど聞いてくれ。実は―――」
圭椰の口から語られるのは昨日別れてからの記憶。
訓練が終わった後に起こった出来事は、あまりにも濃密で理解と言うより納得しにくいものだった。
簡単に言ってしまえば、『裸の女の子に出会って、それがレグルスで指輪の中にいる。そして、俺は一乃のクローンだ』と言う事なのである。
まあ、さすがに体にレグルスが埋め込まれているなどと言う事を話してはいないが。
だが、それでも遊馬と陣平もそれをきちんと聞いていた。
遊馬に関しては時々頷きながら考えをまとめているようで、空中投影させたホログラムキーボードでメモまで取っている。
「……中々に突飛的で驚きの内容だね。これ、世間的には発表して良い事なのか、な……?」
「俺様の筋肉でもそのような事は実現できはしないと言うのに……帷、貴様何かずるしてないか?」
「ずるってなんだよずるって。ま、遊馬の意見はもっともだと思う。だって、普通に考えたらおかしい事だよな、絶対に。エッジがどうであれ、俺がクローンだなんて話、倫理的にも世間からはバッシングされる。このことは伏せておきたいんだ。……俺は迷惑かけたくないからな。特に、俺自身の事で態々迷惑かけるなんて絶対に嫌だから」
少しうつむきがちになりながら言う圭椰。
自身が注目されることで、自らの身の回りにいる者には少なからず注目される。その事を懸念しているのだ、圭椰は。
こんな事情で自身が傷つくだけでなく、他人まで傷つけてしまうのが怖い。自分が傷つくのは耐えられる。何故なら、慣れているから。
他人を傷つける事より、他人に傷つかれる事より。自分だけが傷つけば、苦しむのはたった一人で済むから。
そうして圭椰は、自らのためではなく、他人のために生きてきたのだから。
「……ま、今は訓練していようぜ。話したかったのはこのことだ。ずっと黙ってるのも性に合わないし、いずればれる」
「まあ、僕は似たようなことを聞いていたけどね。まさか、本当だなんて思わないよ」
「え? 聞いてたのか?」
「うん、昨日の訓練が終わった後にちょっとね」
「ああ、一乃がなんか言い出してたな。結構珍しいと思ってたんだが」
「その時はこう言われたけどね。『圭椰は病気なの。だから、うまく扱えないだけだ』って」
「わー! 華井君、態々思い出してまでそんなこと言わなくていいの!」
先日一乃から言われた台詞を思い出す遊馬。
口に出ていたその言葉に、一乃が顔を真っ赤にして声を上げた。
よっぽど恥ずかしいのだろう。態々体を乗り出してまで止めようとしている。
レグルスを使った移動で目の前まで来られた遊馬は、自らもレグルスを展開させている身でありながら少し引いた。
「あ、ああ、うん」
「ほら、圭椰! 訓練しよ? もう時間はないんだから!」
「あ、おい! 一乃!」
機動確認のためだろうか、一乃は真っ直ぐ飛び上がりながら圭椰たちの元から離れていく。
その姿に声を上げるも、圭椰の声は一乃には届かず地上に取り残されてしまった。
「……はぁ……。まあ、いいか。とりあえず、俺も訓練してないとな」
「圭椰君。そのエッジって子がどういう子かは知らないけど、先にバイタルチェックの接続をやっておくね。どうなるかは、分からないから」
「ああ、頼む。……なら……レグルス、チェインスタート」
《了解しましたマスター。最適化進行、エネルギー変換率70%で起動します》
発せられたエッジの声と共に、圭椰の右手の人差し指にはまった蒼色の指輪が光る。
そして、次の瞬間には圭椰の右手には長大な蒼い剣が握られていた。
ゆうに2メートルを超える両刃の長剣。指輪に用いられているカラーリングがそのまま適用され、全体の蒼に金と黒の光るライン。
美しいと一言で言ってしまえるような剣を、圭椰はその右手で握っていた。
「……こいつが、俺の力……」
《はい。これが私の姿。マスターの力です》
剣を軽く振りながら呟く圭椰に、エッジは声を返す。
剣から聞こえてくるような声ではなく、直接頭の中に響くようなエッジの声に内心動揺しながらも、圭椰はただ剣を振るう。
そこそこの重さがある剣は、その長さも相まって振るわれるたびに空気を引き千切るような音を立てながら振るわれるていた。
「バイタル接続、グローバル環境で監視モードに移行……うん、異常はないね。グラフの揺れ幅も……まだ大丈夫なぐらい」
「おい、間が気になる言い方するなよ」
剣を担ぎながら、圭椰は時折どもるように言葉を口にする遊馬に突っ込む。
突っ込まれてしまった遊馬は、操作している端末機器の表示を液晶投影に切り替え圭椰に見せた。
その近くにいる陣平も、その内容を必然的に覗くことになり、そして驚くことになる。
「なんだこれは! 帷、仕様機の時よりもひどいではないか!」
「知らねーよそんな事! つか、ひどいって言うよりこれはおかしいだろ!?」」
グラフに表示されているのは2本の線。赤は圭椰の青はエッジに関する線だ。
圭椰に関する赤は表示される線が完全に並行。一番上をブレなく突き進んでいる。
対して、エッジに関する青の線はごくごく一般的な並グラフを描きながらも、時々圭椰のように一本の線になったりと忙しい動きを繰り返していた。
《………》
「ったく、なんでこんなことになってるのか……。ま、考えても仕方ないけど……」
『圭椰君、こっちにはそのレグルスのデータが一切ないから、データを送ってもらってもいい? こっちで処理して保管するから』
いつの間にか練武館の観測スペースに移動していた遊馬から、そう通信が入る。
「ああ。エッジ、いいか?」
《了解しました。データ転送、開始します》
圭椰は遊馬のその問いに答えながらエッジに問いかける。
すると、エッジの言葉と共に圭椰の目の前に大量の投影液晶が出現し、スペックが表示された。
『……これで、全部……?』
「……ああ、そうみたいなんだが……」
『「なんてスペックだよ……」』
通信の遊馬の声と圭椰の声が見事にハモる。
圭椰の目の前に表示されているスペック表と、遊馬の元に送られたスペック表は当然同じ。
だからこそ、2人ともが同じ感想を抱いたのである。
「……加速性に全て割り振ってるな、これ」
『最高速もかなり早い。その補助がどれだけ効くか分からないけど、これじゃあ初速が350キロは出るね』
「ああ……。別に、まだ死ぬ気はないんだけどな……」
『剣刀閃……名前通りのフォルムだね。あんまり関係ない話を振るけど』
「そうしてくれ。……今日は、絶対にこれに慣れるだけで終わりそうだからな……」
剣を握りながら、圭椰はため息を吐きながら思いっきり肩を落とした。
せっかくの自分専用のレグルスだと言うのに、明後日の試合に間に合わないかもしれないと思って。
「とぉばぁりぃ! 今日こそ決着をつけてやる!」
「うっさいよ急に。放課後になった途端元気になってんじゃねー」
「お、俺様には授業を受けなくてもいいと言う特権があるからな!」
「いや、意味分かんないから。それに、学年万年最下位がよく言うぜ」
「うぎっ」
体中にある筋肉全てを硬直させたような音を立て、陣平が圭椰の言葉によって固まる。
「だ、だがなぁ……」
「つか、遊馬が近くにいるのに、なんで勉強教えてもらわないんだ?」
「あ、あいつのはスパルタなんだよ。お、俺様の筋肉でも恐怖するほどの」
「あー、なるほどね」
遊馬が陣平に向かって勉強を教えている姿を想像し、圭椰は妙に納得した。
決して、脳裏に陣平の頭をぺちぺちと教科書で叩きながら勉強を教える遊馬の姿が浮かんだわけではない。
「圭椰君、久我山君。今日は練武館には行かないのかい?」
噂をすれば何とやら。
話しかけながら現れた遊馬に、圭椰は軽く手を振り返しながら答えた。
「ああ、行く行く。当然だろ? 明後日なんだ、試合は。それに、今日はお前らに話しておかなきゃならない事があるから」
「話したいこと?」
「おお! ようやく俺様の筋肉の素晴らしさが分かったと言う事だな!」
「んな訳ねーだろこのクズ肉が!」
ドスンッ
「ぐほぁ!」
サムズアップしてくる陣平を、圭椰はウザったそうにしながら思いっきり拳を鳩尾に突き刺す。
表情としていることがまったく一致していないが、それでもその威力はお墨付き。
一発で陣平をくの字に折りながら床へと沈ませた。
「……ま、とりあえず練武館に行こうぜ。一乃もそこにいるはずだ」
「ああ、確か今日は早かったね。僕らが行くより先に、と言うより圭椰君を残して1人で出歩くなんて珍しいじゃないか」
「まあ、一乃にも考えるもんがあるんだろ。絶対にな」
多分と言わない辺りは、圭椰が一乃を信頼している証拠である。
2人はそんな事を言い合いながら席を立つ。床に倒れている陣平はスルーだ。
「ふーん…。あ、そうそう。明後日の試合の相手の情報が入って来たよ」
「お、聞きたいなそれ。って、それじゃあ俺達の情報もあっちには流れてるんだよな?」
「そうなるね。あ、一応情報を言っておくね。一人は男で、名前はソルバ・グルシュタイン。もう一人は女で、レーラ・トルネスボルグ。奇しくも混性タッグマッチじゃないか」
「なんだよそれー。てかさ、絶対楽な相手だと思われてるぜ、俺」
歩きながら話している内容に、圭椰は落胆した。
目に見えて分かるその落胆ぶりは、もはや悲壮感すらも漂っていたりする。
「いや、逆に面白がられてるかもね」
そんな圭椰の反応を見て、遊馬は薄く笑う。
「ん? どういう事だよそりゃ」
「いや、圭椰君の情報に関しては対戦相手、ロシアには面白い形で届いてるよ。言い方は悪いけど、ぽっと出のレグルス操縦者。対外試合の経験は無し、特筆事項はあの真弓氏の息子であると言う事だけ、ってね」
「……ああ、なるほどね」
息子であると言う単語に若干反応しながらも、圭椰は少し楽しそうに笑う遊馬に言葉を何とか返す。
そして、いつの間にかついていた練武館の入り口の扉を開く。
最近ではめったに見られなくなった手動の開き扉を開けると、赤が飛び込んできた。
「圭椰ー」
「って、一乃! いきなり突っ込んでくるんじゃねえ!」
圭椰の目の前に飛び込んできたのは、背中に彼女のレグルスである『焔岩朱(フレアレディ)』の赤色の金属の翼。
それを器用に動かしながら、一乃は圭椰に接触を試みる。
だが、そんな一乃の奇行に慣れっこな圭椰はそれを回避した。
「むぅ……なんで避けるの」
「避けるに決まってるだろうが! どうせその後は空高く舞い上がってランデブー、とか言うんだろうが!」
「ここじゃ狭いんだけどねー。10mも無いでしょ? ここの天井」
「そういう話をしているんじゃない!」
頬を膨らませながら言う一乃に、圭椰は捲し立てるようにして抗議する。
「あのー、2人とも。色々と早くしないと、僕が入れないんだけど」
「「あ」」
一乃のレグルスの形状は翼だ。これは、広範囲殲滅型の攻撃性能の追求がなされたレグルスであるため、その中でも最も最善と呼ばれている形態であるからである。
だからこそ、そのレグルス全体はでかい。
量子格納技術の格納量をフルに使ってようやく格納できる大きさ。広げれば全長はゆうに3mを超えるだろう。
それが扉全体を思いっきり塞いでいるのだ。遊馬の言い分は最もだろう。
一乃は塞いでいた扉から文字通り飛び上がって離れ、圭椰は先に練武館の中へと入る。
そして、道が開いたことにより遊馬は悠然と練武館の中へと足を進め、その歩みの中で扉を閉めようと扉に手をかけた。
「ちょぉぉぉぉっと、まったぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
地の底から這い上がるような声が、遊馬の後ろから聞こえてくる。
陣平がその大きな体を揺らしながら、滝のように汗を滴らせながら走ってきていた。
―――恐怖だ。
「レグルス、チェインスタート」
《starting go by Legurus setup》
「へ? ちょ、華井? ここでは―――」
「シャワー、浴びてきてね♪」
とてもいい笑顔で、遊馬は展開させたライフルの引き金を引いた。
「ふっざけんなぁぁーー!!」
レグルスの展開はおろか、全力で走っているために止まるに止まれない陣平は銃弾を喰らいながら叫び声をあげて消えて行った。
「……遊馬、それはやりすぎだろ……まあ、俺も持ってたりしたらやってるとは思うけど」
「でしょ? でも大丈夫だよ、久我山君なら」
「ふんがっ!」
「ね?」
「……ああ、そうだな」
どこからどうやって生還したのか。
鼻息荒く陣平が圭椰たちの前にやってくる。所々、体に赤い跡があるのは気にしないで置いた方がよさそうだ。
「ふぅ……。さすが俺様の筋肉たちだぜ……」
「はい行こうすぐ行こうこんなクズ肉ほっといて」
自らの上腕二頭筋をなぜか恍惚とした表情で撫でる陣平を、圭椰は棒読みになりながら必死に無視する。
「そうだね。時間は限られてるし、圭椰君の話したいことって言うのも気になるし」
「ま、あんまり期待されても困る話なんだがな。……一乃、いいだろ?」
「……圭椰がいいなら、あたしは何も言わないよ」
「そっか。……なら、言うぜ」
レグルスを展開させたまま宙に浮かぶ一乃の後押しもあり、圭椰は意を決したように口を動かし言葉を紡ぐ。
「信じられない話だと思うけど聞いてくれ。実は―――」
圭椰の口から語られるのは昨日別れてからの記憶。
訓練が終わった後に起こった出来事は、あまりにも濃密で理解と言うより納得しにくいものだった。
簡単に言ってしまえば、『裸の女の子に出会って、それがレグルスで指輪の中にいる。そして、俺は一乃のクローンだ』と言う事なのである。
まあ、さすがに体にレグルスが埋め込まれているなどと言う事を話してはいないが。
だが、それでも遊馬と陣平もそれをきちんと聞いていた。
遊馬に関しては時々頷きながら考えをまとめているようで、空中投影させたホログラムキーボードでメモまで取っている。
「……中々に突飛的で驚きの内容だね。これ、世間的には発表して良い事なのか、な……?」
「俺様の筋肉でもそのような事は実現できはしないと言うのに……帷、貴様何かずるしてないか?」
「ずるってなんだよずるって。ま、遊馬の意見はもっともだと思う。だって、普通に考えたらおかしい事だよな、絶対に。エッジがどうであれ、俺がクローンだなんて話、倫理的にも世間からはバッシングされる。このことは伏せておきたいんだ。……俺は迷惑かけたくないからな。特に、俺自身の事で態々迷惑かけるなんて絶対に嫌だから」
少しうつむきがちになりながら言う圭椰。
自身が注目されることで、自らの身の回りにいる者には少なからず注目される。その事を懸念しているのだ、圭椰は。
こんな事情で自身が傷つくだけでなく、他人まで傷つけてしまうのが怖い。自分が傷つくのは耐えられる。何故なら、慣れているから。
他人を傷つける事より、他人に傷つかれる事より。自分だけが傷つけば、苦しむのはたった一人で済むから。
そうして圭椰は、自らのためではなく、他人のために生きてきたのだから。
「……ま、今は訓練していようぜ。話したかったのはこのことだ。ずっと黙ってるのも性に合わないし、いずればれる」
「まあ、僕は似たようなことを聞いていたけどね。まさか、本当だなんて思わないよ」
「え? 聞いてたのか?」
「うん、昨日の訓練が終わった後にちょっとね」
「ああ、一乃がなんか言い出してたな。結構珍しいと思ってたんだが」
「その時はこう言われたけどね。『圭椰は病気なの。だから、うまく扱えないだけだ』って」
「わー! 華井君、態々思い出してまでそんなこと言わなくていいの!」
先日一乃から言われた台詞を思い出す遊馬。
口に出ていたその言葉に、一乃が顔を真っ赤にして声を上げた。
よっぽど恥ずかしいのだろう。態々体を乗り出してまで止めようとしている。
レグルスを使った移動で目の前まで来られた遊馬は、自らもレグルスを展開させている身でありながら少し引いた。
「あ、ああ、うん」
「ほら、圭椰! 訓練しよ? もう時間はないんだから!」
「あ、おい! 一乃!」
機動確認のためだろうか、一乃は真っ直ぐ飛び上がりながら圭椰たちの元から離れていく。
その姿に声を上げるも、圭椰の声は一乃には届かず地上に取り残されてしまった。
「……はぁ……。まあ、いいか。とりあえず、俺も訓練してないとな」
「圭椰君。そのエッジって子がどういう子かは知らないけど、先にバイタルチェックの接続をやっておくね。どうなるかは、分からないから」
「ああ、頼む。……なら……レグルス、チェインスタート」
《了解しましたマスター。最適化進行、エネルギー変換率70%で起動します》
発せられたエッジの声と共に、圭椰の右手の人差し指にはまった蒼色の指輪が光る。
そして、次の瞬間には圭椰の右手には長大な蒼い剣が握られていた。
ゆうに2メートルを超える両刃の長剣。指輪に用いられているカラーリングがそのまま適用され、全体の蒼に金と黒の光るライン。
美しいと一言で言ってしまえるような剣を、圭椰はその右手で握っていた。
「……こいつが、俺の力……」
《はい。これが私の姿。マスターの力です》
剣を軽く振りながら呟く圭椰に、エッジは声を返す。
剣から聞こえてくるような声ではなく、直接頭の中に響くようなエッジの声に内心動揺しながらも、圭椰はただ剣を振るう。
そこそこの重さがある剣は、その長さも相まって振るわれるたびに空気を引き千切るような音を立てながら振るわれるていた。
「バイタル接続、グローバル環境で監視モードに移行……うん、異常はないね。グラフの揺れ幅も……まだ大丈夫なぐらい」
「おい、間が気になる言い方するなよ」
剣を担ぎながら、圭椰は時折どもるように言葉を口にする遊馬に突っ込む。
突っ込まれてしまった遊馬は、操作している端末機器の表示を液晶投影に切り替え圭椰に見せた。
その近くにいる陣平も、その内容を必然的に覗くことになり、そして驚くことになる。
「なんだこれは! 帷、仕様機の時よりもひどいではないか!」
「知らねーよそんな事! つか、ひどいって言うよりこれはおかしいだろ!?」」
グラフに表示されているのは2本の線。赤は圭椰の青はエッジに関する線だ。
圭椰に関する赤は表示される線が完全に並行。一番上をブレなく突き進んでいる。
対して、エッジに関する青の線はごくごく一般的な並グラフを描きながらも、時々圭椰のように一本の線になったりと忙しい動きを繰り返していた。
《………》
「ったく、なんでこんなことになってるのか……。ま、考えても仕方ないけど……」
『圭椰君、こっちにはそのレグルスのデータが一切ないから、データを送ってもらってもいい? こっちで処理して保管するから』
いつの間にか練武館の観測スペースに移動していた遊馬から、そう通信が入る。
「ああ。エッジ、いいか?」
《了解しました。データ転送、開始します》
圭椰は遊馬のその問いに答えながらエッジに問いかける。
すると、エッジの言葉と共に圭椰の目の前に大量の投影液晶が出現し、スペックが表示された。
『……これで、全部……?』
「……ああ、そうみたいなんだが……」
『「なんてスペックだよ……」』
通信の遊馬の声と圭椰の声が見事にハモる。
圭椰の目の前に表示されているスペック表と、遊馬の元に送られたスペック表は当然同じ。
だからこそ、2人ともが同じ感想を抱いたのである。
「……加速性に全て割り振ってるな、これ」
『最高速もかなり早い。その補助がどれだけ効くか分からないけど、これじゃあ初速が350キロは出るね』
「ああ……。別に、まだ死ぬ気はないんだけどな……」
『剣刀閃……名前通りのフォルムだね。あんまり関係ない話を振るけど』
「そうしてくれ。……今日は、絶対にこれに慣れるだけで終わりそうだからな……」
剣を握りながら、圭椰はため息を吐きながら思いっきり肩を落とした。
せっかくの自分専用のレグルスだと言うのに、明後日の試合に間に合わないかもしれないと思って。
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