小説:―Legurus―
3章 国際試合。
チュンチュンチュン……
「……朝、か」
小鳥のさえずる音を聞きながら、圭椰はベットから起き上がった。
頭に手を添えながら、寝起きの頭を覚醒させるように頭を振る。
頭はさえても心はさえない。それが今の圭椰の考える事だった。
「……顔洗って飯作るか」
立ち上がりながら、圭椰はそう呟く。
顔でも洗えば少しはシャキッとするかもしれない。それぐらいの気持ちでいた。だが―――
「あ」
「……おはよう、一乃」
「お、おはよう、圭椰……」
階段を下りた先で2人はばったりと出会ってしまう。
ぎこちない。
圭椰は圭椰で笑おうとしているが、頭の中に流れる一乃の声に笑うに笑えない。
『……圭椰は、あたしのクローンなの。あたしの遺伝子を持って、その体にレグルスを埋め込まれて作られた、たった一人の存在。それが、圭椰なの……!』
一乃の泣き顔と共に繰り返されるその言葉。
信じがたい現実を突き付けられ、圭椰の心は揺れていた。
「……でも、こうしてる訳にもいかないんだよな……」
「圭椰?」
誰にも聞き取れないような声音で呟く圭椰に、一乃は聞き返すように声を上げた。
「……いや、なんでもないよ」
不安を振り払うようにしながら、圭椰は一乃の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「うわっ。何するの圭椰! せっかくセットしたのに!」
「あんまりセットとか自分でした事ないくせによく言うよ」
「なにおー!」
「ははっ。……やっぱり、一乃は元気な方が似合ってる。たとえ笑ってなくても、明るいのが一乃だから」
笑いながら圭椰は言う。
本心として、今まで一緒に過ごしてきた者として、一乃に対する思いを。
「……ちょっと、気持ちの整理には俺も一乃も時間がかかるかもしれない。だけど、それでも俺はこんな関係でいるのなんか嫌だから。だって言ったよな? 壊れるのが嫌だって。俺だって嫌さ。だから、これからは新しく作り直す。俺たちの関係を」
「圭椰……」
「それに、明後日には国際試合があるんだ。私情でぼろ負けしました、じゃ話にならないからな」
「……うん!」
知らず知らずの内に涙をその瞳に溜めていた一乃は、それを気にせず圭椰へと抱き着く。
「あたしも、頑張るから! 絶対、絶対頑張るから! だって、あたしは圭椰の事―――」
「マスター、一乃様。朝食の準備が整いました」
抱き着いている一乃と、抱き着かれている圭椰のもとへ、ベストタイミングとしか言いようのないタイミングでエッジが割り込んでくる。
その事に、一乃は顔を真っ赤にして俯き、圭椰は頬を照れくさそうにかく。
だが、直ぐに2人とも突っ込んだ。
「なんで裸エプロンなんだよ!」
「誘惑する気か、圭椰を!」
突っ込む内容がずれている気もするが、現れたエッジに対して圭椰と一乃は突っ込む。主にその服装について。
「いえ、一番こちらの格好が効率的かと思いまして」
「そんな事は一切ない! いいから着替えて来い!」
「了解しました」
恭しく礼をしながら、エッジは部屋の奥へと消えていく。
その姿を見送りながら、圭椰と一乃は安堵のため息を吐く。
「はぁ……あいつ、羞恥心ってないんだろうか」
「分かんないけど……おかーさんの所にいたんならそうなるかもしれない」
「ああ……母さんって、服を着る行為が大嫌いだったからな」
2人とも遠い目をしながら消えて行ったエッジの方向を見つめる。
だが、それもすぐに終わり、一乃は圭椰の腕に抱き着くようにして圭椰を促した。
「ま、でもとりあえずご飯食べよ?」
「え? 言ってくれないのか? さっきの続き」
「ちょっ///! いきなりそういう事言うの禁止///!」
「なんでだよ! 俺は聞きたかったから聞いたのに」
「勇気がいるの! 女の子には!」
「あっそう……」
顔を真っ赤にしながら、そう言ってリビングに入って行ってしまう一乃に、圭椰はそう呟くことしかできなかった。
いつまでも立ち竦んでいる訳にもいかないので圭椰もリビングへと入る。
そして、見た。
「……なんだよこりゃ」
「見て見て圭椰! すっごい豪華だよ! ありえないよこんなの! 夢みたいだよ!」
満願全席と言っても過言ではないほどの量の料理の数々。
その食卓に所狭しと並べられた料理に、一乃は先ほどのテンションはどこかに吹っ飛んでしまっているようで一心不乱に料理を見つめ続けている。
「圭椰、圭椰! 食べていいかな! 食べていいかな!!?」
「いや、食い切れるわけないだろこんなの……」
「別に残されても構いませんよ。量子変換で3日は持ちますので」
「3日は持つって言っても、なんかそれは嫌……って、なんて格好してんだ」
「……これが一番喜ばれると思ったのですが。何か問題がございますか?」
エッジはその身に纏った服をつまみながら言う。
その服とは、どこか西洋のお姫様のようなドレス。髪の色と同じ蒼を基調とした淡く儚いイメージを醸し出しているドレスである。
異常とも呼べる光景に、圭椰は頭を抱えながらエッジに言った。
「……いや、これ以上は頭が痛くなるからいい」
「そうですか。では、さっそく朝食を召し上がってください。早くしませんと学園に遅刻いたします」
「あ、やべっ! 一乃、早く食べて行くぞ!」
「ふぇぇ! ご、ごめんなさい先に食べて! いただきますしてないのもごめんなさい!」
大口を開けて食事をしていた一乃は、急に圭椰からそう突っ込まれたことに涙目になりながら謝る。
黙って食べていたこと、帷家の不文律であるいただきますをしていない事を見抜かれたと思ったのだろうが、あいにく圭椰はそれどころではなかった。
「ほら、早く用意する! 早くしないとまた昨日みたいになる! 余裕を持って登校! これ大事!」
「うん! へもこえ、おいひいよ?」
「口の中に物入れたまんま喋らない!!」
手早く目の前にある料理に手をつけながら、圭椰は一乃を窘める。
その圭椰の後ろで、エッジは立ったまま呟いた。
「……大丈夫だったのですね」
「ん? どうひたエッジ」
「圭椰も口に咥えたまんま喋んないでよ!」
「あ、わりぃ」
「……いえ、なんでもありませんよ。私はこれからどうしたらよいでしょうかと思いまして」
心底悩んでいると言う風に、エッジは圭椰に相談する。
確かに、学園に連れて行くと言ってもエッジは学生ではないし、さらには人間でもない。一応。
そんなエッジを学園に連れて行くわけにもいかない。
「あ、この子は俺のレグルスです」なんていう訳にもいかないのである。
「どうすっかな……。このまま家にいてもらっても構わないんだけどなぁ……」
「連れて行こうよ。話も、しなくちゃいけないし」
「そりゃそうだけど、どうやって?」
「ご都合主義?」
「そんな簡単に事が運べたら苦労はしねーよ。ただでさえうちの学園は国立だって言うのに、そんな事が許されるわけが……」
「では、私がこうします」
圭椰の心配する声に被せるようにエッジが言葉を発する。
その少し自信に満ちた声に、圭椰が反応しようと後ろにいるエッジのを方を振り向いた。
「あれ? エッジ?」
《ここですマスター》
「どこだよ、ここって。……ん?」
《この指輪が私とマスターを繋ぐ証。レグルスである私と、マスターを繋ぐ鎖です》
昨日からつけたままで忘れていた蒼色の指輪。
そこから聞こえてきたエッジの声に、圭椰は体をのけぞらせながら驚いた。
「うおわっ! ゆ、指輪が喋った!?」
「おー、やっぱりそうだったんだね」
「な、なにが!?」
指輪を精一杯遠ざけながら、圭椰はうんうんと頷く一乃に問いかける。
「エッジちゃんの本当の姿が、それだっていう事だよ。だって、レグルスなんでしょ?」
《はい。今までの私の姿はマスターを支えるための姿。そして、今の私の姿はマスターの力となる姿です》
一乃の問いに、指輪の姿になったと言うより、指輪の中に入ったと言った方が近いであろうエッジが答える。
右手の人差し指にはまった指輪から聞こえるその声に、圭椰は恐る恐る話しかけた。
「え、エッジなんだよな? 変なAIとかじゃなくて」
《そうです、マスター。改めて、よろしくお願いします》
「よ、よろしく」
少しどもりながら、圭椰はエッジに向かって言う。
「ま、まあなんだ。学園、行くか?」
「うん! いろいろな話は放課後にしよう?」
「あ、ああ」
終始引き攣った笑顔ながらも、圭椰は朝食をたらふく食べられて幸せそうな笑顔の一乃と共に学園へと向かった。
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