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小説:―Legurus―

2章 外れない指輪と裸の女の子。

「……ただいまー」
かなりやつれた声を上げ、圭椰は玄関の扉を開ける。
その後ろには、もちろん蒼髪の少女の姿も。
「ここがマスターの家ですか。中々綺麗な所ですね」
「あー、まあ一応掃除はしてるからな。主に俺だけど」
「なるほど。ではこれからは私が行いますのでマスターは休んでいてください」
「いや、エッジはそんなことやらなくていいよ。今はお客さんだし、一乃にも話を通さないと」
エッジ。それが圭椰が名付けた少女の呼び名だ。理由はただ長いから。
女の子にエッジと言う名前はどうかとは思うが、エッジ自身がそれを認めてしまっているために変更は不可だ。
「一乃様と言うとマスターの姉君ですね。そしてミセス真弓の唯一の娘でもある」
「唯一? まあ、娘は唯一だろうけど。ってか、なんで君がそんなこと知って―――」
中にいるであろう一乃とエッジを会わせるために、圭椰はリビングへと至るドアを開け放つ。
そして、予想通りリビングにあるソファで寝ころびながらテレビを見ていた一乃が圭椰を出迎えた。
「圭椰ー、随分と遅かったけどどうした……の……」
「―――るんだ……」
「おはようございます。一乃様」
固まる。それはもう石のように。
制服をラフに脱いだ状態でソファに転がる一乃、ジャケットを脱いだ状態の帰ったばかりの圭椰、そしてその後ろにいる圭椰の制服のジャケットを羽織っただけの半裸の少女。
修羅場でもなければ日常ですらない。
そんな状況に圭椰と一乃は見事に固まった。
「一乃様、そのような格好では風邪をひかれてしまいます。私の着ている服を……」
「「脱がなくていい!!」」
ジャケットを脱ごうとするエッジを、2人は全力で止める。
「ってか、そっちの方が風邪ひくでしょ!? まだ春って言っても始まったばっかだし!」
「そうでしょうか?」
「一乃! 服出してくれ! まずは色々とどうにかしてからだ!」
「分かった!」
ドタドタと足音を響かせながら階段を駆け上がっていく一乃。
そして、すぐさま戻ってきたその両手には学園の制服が。
「はいこれ! 誰だか知らないけどこれ着て!」
「了解しました」
どこから2着目の制服が出てきたのかは不思議で仕方ないが、今はそんな事を言ってはいられない。
今はまともな状況で話をすること、それが先決だった。
「えー、こほん。質問と言うか聞きたいことがある人は挙手してください」
「はいはいはい!」
「はい一乃」
エッジの着替えが終わり、圭椰と一乃はいつも食事をしている食卓へと座る。
その際、中々エッジが座ろうとしなかったのだが、圭椰が命令口調で言うと潔く座った。
そして、今はさながら家族会議のような雰囲気で会話がなされている。手を上げている一乃を、議長よろしく圭椰が指差したところだ。
「この女の子、誰?」
「いい笑顔で言うのは良いんだけど、もうちょっとその威圧感をしまおうか一乃」
「だって、圭椰が家に女の子を連れ込んだのなんて舞依ちゃんしかいないじゃん?」
「人聞きの悪いことを言うな! あいつはただの幼馴染だ! しかもなんで最後疑問形なんだよ!」
「ま、それは置いといて。この子、誰?」
手で荷物を移動させるポーズをとった後、一乃は再び質問を投げかける。
「あー、俺から話すのもなんだな。エッジ、よろしく」
頭を掻きながらそう言う圭椰。
完全に丸投げだが、エッジは気にした風もなくかなり姿勢よく座る格好で口を動かした。
「分かりましたマスター。先ほどマスターにも言いましたが、私の名前は『剣刀閃(ブレイザーエッジ)』。ミセス真弓が創りだした最初で最後のレグルスです」
エッジから放たれた言葉、それは圭椰や一乃にとって、いや、全人類にとって信じ固い事だった。
なぜなら、エッジは端的に自らが機械であると名乗ったのだから。
「……えーっと、それってヒューマノイドってこと?」
ヒューマノイド。
どんなに科学が発展して生活が便利になっても、人型のロボット、つまりヒューマノイドを作ることは禁止されている。
人は人。機械は機械。そんな不文律が世界の中では引かれているのだ。
その存在を危惧した一乃が声を上げると、エッジはその言葉を否定した。
「いえ、そうではありません」
「そうじゃないって……」
「ああ。でも、レグルスって言ったし……。って、ミセス真弓? この部屋に入る前にも言ってたけど、どうして知ってるんだ? 俺たち家族の事」
「私がミセス真弓に作られたからです」
「作られたって……。一乃、母さんって俺たち以外に娘がいるの黙ってたのか?」
「いや、あたし知らないし」
「だよなー」
もはや投げやりである。
作られたと言っているのにもかかわらず、娘だなんだと言っているのも、混乱しているからだろう。
「私の存在理由はマスターの力になる事。なんなりとお使いください、マスター」
だが、目の前にいる蒼髪の少女は圭椰たちの混乱をよそに話を進めて行ってしまう。
「まずはマスターの心身の疲労を和らげるところから始めさせていただきます。今晩の夕食、洗濯、入浴時の体洗い、閨に至るまで―――」
「最後の2つは別にいらないから!」
「そうそう! それはあたしの役目だから!」
「って一乃もいきなり便乗してくんな!」
話の進め方がぶっ飛んでしまっている。炊事洗濯はまあ分かるが、圭椰の言う通り最後の2つは色んな意味で余計だ。
それを指摘した圭椰だが、圭椰以上に一乃がその2つに過剰に反応し、身を乗り出すようにしてエッジへと迫る。
そんな一乃の脳天に、圭椰は言葉と共に手刀を振り下ろした。
「ふぎゃっ! 圭椰ー、痛いってばー」
「ならそういう事を口にしない。俺たちは姉弟、しかも双子だろうが」
「そうなのですか?」
圭椰の口にした言葉に、エッジは珍しくと言うより初めて表情を動かす。
目を見開き心底驚いたと言うエッジの表情の変化に、圭椰も驚いて声を出した。
「え? 母さんを知ってるんだったら知ってるだろ? 俺たちの事」
「ええ。把握しています。ですが、マスターと一乃様が双子の姉弟だとは聞いていません」
「は? 母さんがそんな事言い逃すはずがないよな、一乃? ただでさえ生きてた頃はいつも俺たちの隣にいたんだから」
「へ? あ、ああ、うん。……そうだね」
「?」
やたらと歯切れの悪い一乃の返事に、圭椰は首をかしげる。
「私がお聞きしたのは、マスターは一乃様の―――」
「それ以上は言わないで!」
エッジの言葉を、急に叫んだ一乃の言葉が遮る。
「おい、一乃。急に叫んでどうし―――」
「っ!」
圭椰がそんな行動をとった一乃に対し声をかけた時、圭椰は見てしまう。
一乃の目に浮かんだ特大の涙の粒を。そして、それが頬を伝って流れ落ちる様を。
顔を見られたくないのか、一乃は圭椰に対して顔をそむけた後、椅子から立ち上がり駈け出してしまう。
「あ、おい! 一乃!」
階段を駆け上がる音が聞こえたため、恐らくは部屋に戻ったのだろう。
今ではもう家の外は真っ暗だ。家の外には出ていない事に安堵しながらも、圭椰はため息を吐いた。
「はぁ……。悪いな、エッジ。と言うか、一乃の奴急にどうしたんだよ。あんな悲しそうな顔、初めて見たぜ……」
頭を抱えるようにしながら、机に体を預ける圭椰。
脳裏に浮かぶのは先ほどの姉の顔。どんな時でも明るい表情しか見た事のない彼にとって、その顔は少し驚きだった。泣くと言っても、嬉し泣きしか見た事がないからだ。
「……マスターは何も知らないのですか?」
「ん? 何も知らないって言うか、あんな顔見るのも初めてだって言ってんの。はぁ……」
エッジから聞かれたことに、圭椰は再度ため息を吐きながら答える。
その答えにエッジは何を思ったのか、椅子から立ち上がった。
「なら、私は謝らないといけません。すみませんでした」
「は? いや、なんでエッジが謝るんだよ」
土下座をしながら謝るエッジに圭椰は慌てる。謝られたことも謝ったこともあっても、土下座なんてことはされたことがないのだ。
「いえ、私は軽率にマスターたちの関係を壊そうとしました。マスターのためにあるものとしてあるまじき行為。ここは死んでお詫びするしか―――」
「いやいやいやいや! 死ななくていいから! ってかどこから出したその剣! 明らかにレグルスの奴だろ!」
「私はレグルスですので」
「あーもうそうかい! 今はそれで納得しておいてやるよ!」
本当にどこから取り出したのか分からないエッジの身長を超えそうなほどの蒼い剣が振るわれるのを、圭椰は必死の形相で止める。
その必死さに、エッジは渋々と言った様子で手に持っていた蒼い剣を仕舞った。
「では、この失態は今後一切の家事を任せて頂くと言う事で雪がせて頂きます」
「……別にそこまでしなくていいんだが」
「いえ、しなければいけないのです。特に今は」
「は?」
どこか決意のようなものをにじませながら言うエッジに、圭椰は気の抜けた返事を返してしまう。
「……一乃様の元へ、行ってあげてください。私には、そうする資格はありませんので」
「ああ、そういう事。……分かった。でも、今晩だけでいいからな。全部やるのは」
「……はい、分かりました」
エッジの口から出た優しさのこもった言葉に、圭椰は納得する。
そして、その言葉の通りに一乃のところに向かうために歩き出しながら、圭椰はエッジに拳を突き出しながら言う。
突き出される拳を見ながら、エッジは今度は謝るためではなく感謝のために頭を下げた。
「(……つっても、何話せばいいんだ? やっぱりエッジが言いかけたことか?)」
階段を上がり、一乃の部屋の前に立った圭椰は心の中でそんな事を愚痴る。
コンコンコン
「(ま、考えても仕方ないか)一乃? 入るぞ」
だが、そこにいつまでも立っている訳にもいかないので、ノックをした後に圭椰は一乃の部屋へと入った。
「って、真っ暗じゃねーか。電気、つけるぞ?」
入った瞬間から真っ暗だった部屋の電気を、圭椰は壁伝いに手を使いながら探ってつける。
電気の付いた部屋。そこでまず目に入ったのは部屋一面の猫のぬいぐるみの数々だった。
趣味、と言うよりそれの対する執念と言ってもいい一乃のぬいぐるみ収集癖による戦利品の数々である。
そして、その中に埋もれるようにしてベットにうずくまっている黒髪のツインテールの人影が1人。
「一乃」
その人影に近づきながら、圭椰はそう声をかける。
自らの名前を呼ぶ家族の声に、一乃はゆっくりとながらもその声のする方向に向く。
「圭椰ぁ……」
「うわ、目が真っ赤じゃねーか。……大丈夫か?」
「……うん。ううん……」
「って、どっちだよ」
圭椰の言葉に、一乃は首を縦に振った後に首を横に振る。
少し力がないその動きだが、圭椰はそれをまともに受け止める事はせず、いつも通りに笑った。
そう、あくまでもいつも通りに。
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない……。だって……壊れちゃうのは、嫌だもん」
「壊れる? 何がだよ」
「あたしたちの、関係」
「俺たちの関係が壊れる? ないないそんなの。俺たちは家族、たとえ何があっても、いつまでも家族だろ?」
「……うん」
「何だよその間は」
「……ううん。圭椰は圭椰だなーって思って」
「なんだよそりゃ」
「でも……だからこの話はしたくない。試合も近いし、変な感じになるのも絶対嫌。壊したくないの、絶対」
泣き腫らした瞳で、一乃は圭椰を見つめる。
その瞳の奥にある何かに圭椰は気づきながらも、その話の先を求めた。
エッジが言いかけた、その先の言葉が知りたくて。
「……俺が壊れるって言いたいのか、一乃は?」
「違う! そんなんじゃない!」
圭椰の問いを、一乃は頭を振りながら全力で否定する。
「なら、言ってくれ。……俺は、一乃のなんなんだ?」
「圭椰が、あたしの……?」
一乃の肩を掴みながら、圭椰は覗き込むように一乃の顔を見る。
「ああ、さっきエッジが言った言葉が俺は気になるんだ。母さんに作られたって言ってるし、それが本当だとしても母さんが俺たちの関係を伝え間違えるはずがない。だって、あの母さんだぜ?」
どこか自嘲気味に笑いながら圭椰は言う。何を聞いても、耐えてみせると言うように。
そんな表情の圭椰を見て、一乃は薄く笑った。
「やっぱり、圭椰だね……ほんとに。他人のためなら、何でも出来る。……分かった、言う。でも、ほんとにこれは嫌な事だから。それと、黙っててごめんね」
「別に構わないさ。ま、どんな話なのか予想はつかないけど」
「そりゃあ、ね。圭椰は、あたしの本当の弟じゃないなんて話、予想なんてつかないよ」
「え……」
一言口にしただけだと言うのに、一乃の口は決壊したダムのように言葉を次々に吐き出していく。
その言葉を聞くたびに沈んでいく圭椰の表情に気づかずに。
「圭椰はあたしの本当の弟じゃない。と言うより、あたしにはもともと弟なんかいなかったんだ、もちろんその上もね。おかーさんから生まれたのはあたしが最初で最後。あたしは5歳の頃まで一人っ子だったんだ」
「………」
「多分そのくらいだったんと思う。帰ってきたおかーさんの後ろに、圭椰がいたのは。『一ちゃんの弟の圭君だよ♪』って言われた時は驚いたなー。そこから、圭椰とあたしの関係は双子の姉弟ってことになったんだよ」
「……一乃には、その記憶があるのか?」
「うん。あ、でも圭椰にはないはずだよ。5歳より小さい頃の記憶はほとんどない。あっても、その記憶はあたしのだから」
「え……それって、どういう…」
圭椰の質問にも答えず、一乃はただ言葉を紡いでいく。
黙っていた過去の記憶を、思い出すままに言葉にして。
「圭椰は、創られた存在なの。あの圭椰が言うエッジって言う子と同じ。圭椰がレグルスとうまくチェイン出来ないのも、それが理由」
「一乃。また、泣いて……」
止める事の出来ない涙。
誰に責められているわけでもないのに、一乃は過去を思い出しながら、圭椰の身を案じながら泣いていた。
「……圭椰は、あたしのクローンなの。あたしの遺伝子を持って、その体にレグルスを埋め込まれて作られた、たった一人の存在。それが、圭椰なの……!」
絞り出すように叫ばれた一乃の最後の台詞に、圭椰は完全に考える事を放棄した。
姉だと思っていた人物からの、その言葉の重みに。
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