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小説:―Legurus―

1章 これが日常。普通の生活。

何とか授業に間に合った圭椰と一乃は自らに用意された席に着席する。
ちなみに、圭椰は一番窓際の一番後ろ。一乃は一番廊下側の一番前。双子と言う事でクラスが別けられる筈なのだが、そこはこの学園の特殊な事情が起因し、せめて対角線上にと言う事での配置だった。
国立エーリア学園。
西暦2040年に帷 真弓が発見した新物質であるスペルクォーツを使った量子格納技術搭載型小型演算装置、通称レグルスを扱う方法を学ぶために圭椰たちが暮らす日本国が設立した学園である。
レグルスは基本的に装身具の形を模しており、その待機状態と呼ばれる装身具の状態ではそこらへんに売っている大から小までのアクセサリーとなんら変わりはない。
それらを身に着ける事により、小型量子格納機と比べ約5倍の格納量と瞬間的な計算能力を持つことにより格納時のタイムラグをなくすことが出来る。
だが、なぜそんなものを学ぶ必要があるのか。それは歴史が証明していた。
「はーい、今日は1年生の時にやった事の総復習ね。面倒だから覚えてないとかはなしなー」
間延びしたゆったりとした男性の声が圭椰たちのいる教室に響く。
電子型の教科書を片手に電子黒板を指差す男性。少しやつれたような印象を受ける無精ひげのがよく似合う白衣の男性の名前は、東 幹雄(あづま みきお)。圭椰たち練武科生の担任でもある。
これでたばこでも咥えていたら色んな意味で完璧なのだが、残念なことに幹雄は愛煙家ではない。むしろ煙草の存在そのものを嫌っていた。
「うぎっ。そ、そんな事を俺様に言うのは無しだぜ……」
圭椰の右斜め前にある席から、そんな男性の声が漏れ出てくる。
その声の方向に向いた圭椰が見たものは、1年生の時から知っている(クラス変更がない限りほとんどは1年生と同じメンツである)短い髪を逆立てた大男の姿があった。
大男。普通に生活していては絶対に生で見る事は出来ないであろう大男だ。テレビとかに取り上げられてそうである。雪山とかで。
「俺様は雪男とかイエティじゃねぇ!」
「うおっ、いきなり叫ぶなよ陣平(じんぺい)」
大男がいきなりその体中についた鬱陶しいほどの筋肉を盛り上がらせながら圭椰に迫る。
その圧倒的な威圧感に圭椰は普通に引く。ちょっと男子に免疫のない女子がやられたら卒倒ものほどの威圧感だが、圭椰としては1年生の時から何度も何度も受けているために慣れてしまっていた。引くことは引くが。
「俺様の素晴らしい筋肉はな、愛でるためにあるものなんだ! 分かるか帷!」
「いや、分かんねえよ。つか、いちいち筋肉を動かすな。制服が着れなくなるぞ、一生」
「なにおう!? 帷、貴様!」
圭椰の冷たい返しに切れてしまったのか、陣平は今がどんな時間かも忘れて席を立ちあがり圭椰に迫る。
そんな時だ。頼れる学級委員長の声がかかったのは。
「いい加減にしなよ久我山(くがやま)君。授業中だよ?」
「お、遊馬(ゆうま)。いい加減こいつ止めてくれ」
「了解」
チャキッ
遊馬と呼ばれたどこからどう見ても好青年の、サラサラとした髪の毛を肩まで伸ばした少年が繰り出した行為に、クラスの全員が文字通り凍りついた。
助けを呼んでおきながらも、圭椰としては陣平の安否に合掌する。
ちなみに、心の中ではなくきちんと手を合わせて。
「っておい帳! お前は俺様を助ける気がないのか!?」
「ねーよ普通に。このクズ肉が」
「はい、2人とも黙ろうね?」
とてもいい笑顔で遊馬が言う。
ニコニコとした優等生らしい笑顔で、遊馬はその右手で握っている新緑色の突起物が多く銃身がやたらに長いライフル銃をちらつかせる。
そのアンバランス極まりない雰囲気に、凍り付いていたクラスの雰囲気がさらに凍りつく。
華井(はない) 遊馬と久我山 陣平。圭椰のこの学園での一番の親友であり悪友でもある2人だ。
遊馬に関しては言わずもがな。その好青年っぷりを生かし学級委員長を任されるほどの信頼を得ている男である。逆に陣平は遊馬の真逆を全力で突っ走っているような人間だ。学園での筆記試験の成績は常に最下位。その容姿と筋肉溺愛癖から女子にモテた例がない。だが、肉体を使う行為であれば学園トップに躍り出る極端な奴なのである。
しかし、その二人の悪友として圭椰は知っていた。遊馬はかなりのドSであり、ちょっと沸点を超えるとすぐに手のつけようがなくなる奴だと言う事を。
「黙る。黙るぞ。だから遊馬、そのライフルを下してくれ。陣平はともかく、俺は死んじまう」
「てめっ、帷! 俺様を売る気か!?」
「売るもくそもねーよこの状況で! そちとらレグルスあんだからこのまま模擬戦でもしてこいや!」
「あ、それいいね圭椰君。なら先生、僕らの戦闘風景を見ながら復習を始めてください。無線でこちらは聞き取りますのでなんなりと指示を出してもらって構いません」
「あー、いいのか? なら華井と久我山の戦闘を見ながら説明を開始するんでー、あー、どうしようかな」
「校庭で構いません」
「ならそれでいいかー。ま、くれぐれも気をつけろよー」
「はい、分かりました先生。ほら、行こうか久我山君」
「……俺様にはその笑みが閻魔様に見えるんだが……」
「はっはっは。そんなバカなこと言ってないで行くよ」
「いでででで!! み、耳を引っ張るなバカ野郎! そこは俺様の唯一の弱点であり筋肉の付いていない部分―――」
好青年が大男の耳を引っ張りながら引きずりまわすと言う奇怪な光景を目にしたクラスの面々は、それまで固まっていた時をようやく動かし始める。
そして、それは圭椰も同じことで用意してある電子版を操作しながら授業を受ける授業を整えた。
「あー、なら復習だな。えーっと、まずは歴史からでいいか。帷弟、説明」
「はい。って、どこからどこまでですか?」
「全部ー」
「……えー、それだとよく分からないんですが」
「ならレグルスの歴史ね。なんで生まれた、今どうなってるかまで」
何とも無茶ぶりな幹雄の授業展開に、圭椰は口に出さないまでも心の中でため息を吐いた。
厳しくもなく緩すぎる訳でもない幹雄の授業は生徒にとってかなり好評なのだが、こうまで適当すぎると指された者が面倒だと圭椰は立ち上がりながら思う。
電子版を操作し、自らの目の前に読みやすいように投影液晶を持っていき、圭椰はその中に書かれた事柄を読み上げていく。
「んんっ。えー、レグルスは帷 真弓が発見したスペルクォーツを使った全く新しい兵器として誕生しました。高温、低温、どちらにも完璧に対応する新物質鉱石であるスペルクォーツが使われたことにより、レグルスは瞬く間に世界の兵器産業のトップに。しかし、そこで危惧されたのは国同士の争い、戦争です。イギリスのとある科学者が試算した第3次世界大戦予想では、地球が消滅すると言う試算まで出ています。そこで、強大な力を持ったレグルスは解体されることになりますが、西暦2040年に開発された量子格納技術へのスペルクォーツ使用により、同年レグルスは兵器ではなく一種の小型端末機として変化しました」
ドドーン!
圭椰が歴史について読み上げている間、校庭からそんな爆発音が響く。
校庭にたどり着いた遊馬と陣平がおっぱじめたのだ。戦闘と言う名のスポーツ競技を。
「えー、次々。……もともと兵器として1個の独立した機械であるレグルスを量子格納技術により簡単な個人所有にできる事は世界で論争が巻き起こりましたが、同年に各国が設立したレグルスの稼働を学ぶための学園の存在によりその論争はなくなりました。よって、今現在ではあのような戦闘競技として発展するレグルスや、情報端末機としての大きなサーバーとなっているものもあり、レグルスは今の西暦2047年に溶け込んだと言えるでしょう」
「はーい、オッケーだね。では、あの戦闘の解説でもして行こうかな?」
言い切ったと言うように満足そうにうなずく圭椰を見て、幹雄は手をかざしながら圭椰を座らせる。
そして、窓の外を指差しながらクラスの面々に戦闘を見るように促した。
圭椰もそれに習い、窓の外、つまりは校庭で戦っている遊馬と陣平を眺めた。
ガキン!
バシュッ!
ドゴン!
遊馬の新緑色のライフル銃から放たれた亜音速に達する弾丸を、陣平は自らの両手に展開させたごつごつとした岩のような印象を受ける橙色の機械の手甲でその弾丸を弾く。
その事を予想していたのか、遊馬はライフルを連射した。しゃがみ込んでしっかりと抑えつけられるように構えられたライフルからは、途切れることなく発射の光が瞬いている。
だが、陣平も負けてはいない。
「へっ、華井! 今日こそ白黒つけてやんぜ! この俺様の筋肉で!」
次々に飛来する弾丸を的確に弾き飛ばしながら、陣平は不敵に笑う。
そして、遊馬が弾丸をリロードする隙を狙って陣平はその両手の手甲を振り下ろした。真っ直ぐに、地面へと。
「行くぜ! 『拳厳双袈(ナッコーザフォルト)』!!」
ズズン……
重々しい音を発しながら、校庭が揺れ、学園全体が揺れる。
校庭の地面を殴りつけるように振るわれた陣平の拳の先が爆発したのだ。まるで地割れのように迫るその爆発の衝撃波を、遊馬はすかさず走って回避した。
だが、その回避した先に現れたのは拳。陣平が一気に距離を詰め、得意の近距離戦に持ち込んだのだ。
遊馬の持つレグルスの形態はライフル銃。どうあっても懐に入られて得策な武器ではない。
「くっ、やってくれるね久我山君!」
「はっはぁ! 俺様の筋肉で沈め!」
「嫌だね!」
その言葉の通りに、遊馬は跳弾を気にせず銃を乱射する。
陣平もライフルの乱射を気にせずに懐に突っ込み、一撃を加えるために拳を振るう。
一度つかんだチャンス、みすみす見逃すべきものではない。
「んー、あのやり方は凄いね。いや、ほんとに」
「先生、解説するつもりあるんですか?」
「ない」
「うぉい!」
遊馬と陣平の戦いを見ながら、幹雄は素直に感心するが圭椰に対して突っ込まれてしまう。
だが、すぐさま切り替えしたそのセリフで圭椰を撃退し他に話を振った。
「さてー、他に復習として何を話してもらおうか。そうだね、レグルスの形態とその色についてでもかな。ま、ちょうどいいから帷姉で」
「……横暴だよー」
話を振られた一乃はそう言いながら項垂れる。
「一乃、文句言わない」
「だって圭椰ー。あたしそこら辺ほとんど分かんないんだもん」
頬をぷくーっと膨らませながら言う一乃に、態々咎めの声を上げた圭椰は頭を抱えてしまう。
「……俺がやる」
「さっすが圭椰♪ 頼りになるー」
嬉しそうに手を振る一乃に呆れながら、圭椰は頼りの無い姉の代わりに喋りだす。
「レグルスの形態は基本的に人それぞれ、願った数だけ形があると言われています。その理由は元々が兵器として開発されたためです。そして、戦闘競技用のレグルスで大きく分けられる形は攻、防、速の三つ。今戦っている2人はお互い攻撃を主に設計された物を使っています。色に関してはスペルクォーツの特性上の問題です。生成された時の気温に左右されやすい変化するその色は、暑ければ赤色に、冷たければ青色になります。そのため、白や黒などの色は大変稀有であり高価になっています」
再び展開させた情報端末に書かれた事柄を読み上げながら、圭椰は繰り広げられる戦闘を見つめる。
そこでは無理なインファイトを強いられている遊馬の姿と、嬉々として拳を振るう陣平の姿が。
身長が決して低くはない、むしろ高いと言ってもいいぐらいの遊馬ではあるが、陣平レベルの大男に近づかれるとその存在が小さく感じてしまう。
だが、それはあくまでも威圧感や雰囲気の問題であるので、遠くから見れば全く違和感は感じない。
「まー、レグルスは基本的に壊れる事がない素材を使っているね。それでもなお壊す人もいるけど」
「嫌味ですかそれは?」
圭椰の方を見ながら、幹雄は教卓に戻ろうとする。
その際に発せられた言葉に、圭椰は少しジト目になりながら言葉を漏らした。
「いや? どう受け取ってもらっても構わないよ? それより、あの2人の戦闘もこれで終わりだ」
キーンコーンカーンコーン……
幹雄の声が聞こえた後、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、それとほぼ同時に校庭から聞こえていた戦闘の音も鳴りやんだ。
「復習と戦闘観戦の授業はこれで終わり。明日からは新しい単元に入るから、予習を忘れずに。あと、帷姉弟」
「はい?」
「何ですか先生ー」
幹雄に呼ばれたことに、2人は各々の答え方で答える。
そして、幹雄の口から出た言葉に開いた口が塞がらなかった。
「一週間後の国際試合、出るのは君たちだから」
「「は?」」
「だから、君たち2人が今回の国際試合に選ばれたんだよ。光栄に思わないとねー」
念を押すように言う幹雄に対し、いち早く驚きから復活した圭椰は抗議した。
「って、先生! 一乃は分かるけど俺に出来る訳ないでしょう!? 俺にはレグルスもないし、仕様機だってなぜか壊れ―――!」
「やったー! 圭椰と一緒、圭椰と一緒、圭椰と一緒ーー!!」
圭椰の抗議の最中に復活した一乃が、言葉を連呼しながら圭椰の周りをぐるぐると回る。
手を上げたりくるっとターンしたり飛び上がったりしながらぐるぐると回る一乃を、圭椰は黙ってむんずとその首根っこを掴んだ。
「……圭椰? あたし、浮いてるんだけど……」
「―――少し、黙ろうな?」
まるで猫のように圭椰の腕によってつるされながら、一乃は冷や汗をだらだらと流す。
その原因は普段の一乃であれば絶対に赤面しているであろう至近距離にある圭椰の顔。氷点下をさらに下回りそうな雰囲気を持つ自らによく似た顔の持ち主に、一乃は恐怖していた。
いくら双子と言っても、いくら自分が姉だと言っても、どう世界が転んでも一乃は圭椰には勝てないのだ。色々な意味で。
それを再度認識した(何度目かは分からないが)一乃は、笑いながら圭椰に謝る。
「……ごめんなさい」
「分かればよろしい。先生、ほんとに出なくちゃいけないんですか?」
しゅんとしながら項垂れてしまった一乃を手近な場所に降ろしながら、圭椰は幹雄に声をかけた。
「当たり前だろう? 決まってしまった物は決まってしまったんだから。後、仕合の相手はイタリアとロシアだ」
返された言葉に、圭椰はしっかりと幹雄の目を見ながら口を動かす。
「……恥をかくかもしれないのに?」
「それは懸念材料なんだけど、でもお偉い方はあえて選んだらしいよー。君たち帷姉弟を」
再度口から出た言葉に、圭椰は軽くため息を吐く。
懸念材料と言いながらもあえて選ぶ所は、さすがは一国のお偉い方と言った所だろう。
「面倒な……。ま、誰かのためになるんならそれでいいですけど。じゃあ先生、これから試合までの放課後の練武館の使用許可貰えます?」
「構わないよー。ま、こっちでいろいろとやっておくから君は気にしなくていい」
「ありがとうございます」
軽く礼しながら、圭椰は下した一乃のもとへと向かう。
「一乃、付き合ってくれ」
手を差し出しながら、圭椰はいつもの調子で言う。
だが、その言葉をどうやって頭の中で変換したのか、一乃は顔を真っ赤に染めあげた。
「いやだ、圭椰……いきなりそんなこと言うなんて……そりゃ、あたしとしては願ったり叶ったりだけど///」
「? いや、これから一応特訓しに行くから付き合ってくれって言ったんだが……」
様子がおかしい(圭椰にとっては)一乃だったが、圭椰のその言葉で一瞬にして正気に戻る。
しかし、数秒ほど固まった後、ぶつぶつとなにかを呟きだしてしまった。
「……そりゃ圭椰だけどさちょっとは期待したっていいじゃない姉弟だからって別に何の問題もないじゃんなんで神様って圭椰を鈍感にしたのよ……」
「………」
まるで呪詛のように呟かれ続ける言葉の嵐に、それを目の前で見ている圭椰は引き攣った笑みを浮かべる。
こうなった一乃は止まらない。それこそ、闖入者でも現れない限り。
「聞いたぜ帷! お前、国際試合に出るんだってな! 俺様が稽古つけてやるぐはぁ!!」
現れた大男の闖入者。陣平が見事に一乃の呪詛の声を断ち切った。
その大きな体を張って。
「ふぅ……」
割って入って来たと一乃が判断した瞬間、一乃の体は動き陣平の腹を蹴り上げていた。
ただでさえ対象が大きいために、クリーンヒットすることはたやすい。だが、一撃では対象を地面に沈める事は出来なかったようだ。
「ふぅ……じゃねーだろおい! 俺様じゃなかったら死んでたぞ! この俺様の筋肉があったからこそこの蹴りを受け止めることができ―――」
グシャッゴキッバキッ
追撃、連撃、必殺。
色々と溜まった鬱憤を吐き出すようにしながら、一乃は陣平の体を蹂躙する。
主に足で。
「―――まだだ、まだ俺様にはやるべきことが―――」

―――これ以上は過激な表現になるのでお見せできません―――

「はぁ……終わったよ圭椰、褒めて褒めてー」
「おーよくやったな一乃よしよーし」
「えへへ……///」
どこか殺りきった表情で言う一乃に、圭椰は完全な無表情と棒読みで一乃を迎える。
そんな圭椰の雰囲気など露知らず、一乃は圭椰に頭を撫でられていることにしか頭にないらしく、顔を赤らめながら喜んでいた。
「……お、俺様はぁ……こんな、所でやられるわけには……がふっ」
「保健委員の人ー、すまないけど久我山君を保健室に連れて行ってくれないかな?」
見るも無残な姿になった陣平を、遊馬がほんの少しの良心で助けてやろうと声を上げる。
「ごめん、華井君。行かなきゃって思ってるんだけど、さすがに久我山君は運べないんだけど……」
遊馬の声に手を上げた女子生徒が、ほんの少しだけ辛そうに言葉を発する。
と言うより、陣平の体のサイズ的にもこの学園では陣平を運べる人間などいはしないだろう。しかも、意識を失い力が抜けて重たくなっている体を動かそうと思ったら台車が必要だ。
「そうだよね、ごめん。じゃあ久我山君は放って置こう」
「うん。分かったよ」
遊馬と女子生徒はそう言いながら納得した表情を浮かべる。
1年生からの付き合いなので、クラスの全員が完全に慣れきってしまっているのだ。
必ず陣平が何かをした後には、帷姉弟のどちらかにボッコボコにされクラスの床にぼろ雑巾のように転がる陣平の姿を。そして、その隣で無表情にしている圭椰と一乃の嬉しそうに頭を撫でられている姿の異常さに。
普通に考えたら騒ぐものだろうし、違和感を覚える物だ。だが、彼らの関係性が良好であると言う事と、陣平が台所に現れる黒い生命体並の生命力を持っているために直ぐにものの2回ほどで全員が慣れてしまったのである。
「ま、とりあえず行くか。先生、もう練武館の方は使っても構いませんよね?」
一乃の髪の毛が禿げるのではないかと思うほどに撫でに撫でまくっていた圭椰が、幹雄に対してそう確認を取る。
少し皮肉っぽく顔を歪めた幹雄は、その圭椰の確認の言葉にこう答えた。
「ああ、存分に使って構わないはずだよ。何か言われたら『1週間後です』って言えば黙ると思うから」
「はは、なら遠慮なく。あ、遊馬も手伝ってくれよ、俺の特訓」
「いいですよ。なら行きましょう」
「行くぞー! えいえいおー!」
「いや、それ1人でやっても意味ないから」
教室から出るために3人は歩き出しながら、そんな他愛のない会話を繰り返す。
普通なら、ここで終わりだ。そう、普通なら。
「……お、俺様を置いて行くなぁ……」
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