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会わせて、D.J.


「―で、どうして篠原さんが此処に居るんですか?」
 待ち合わせたクラブで、当たり前のように向かいに座った男に、圭太は目を見開いた。
「お前が、高梨に会いたいとか言うからだ」
 篠原東午(しのはら とうご)は平然とそう言うと、煙草をパッケージから抜き出した。
「こんな面白い趣向を見逃す手はないからな」
 端正な顔の、細フレームの眼鏡の奥の目を、スッとすがめる。
 杜吾のエージェントを勤める篠原の本業は、弁護士だ。それも日米相方の資格を持ち、両国の事務所を行き来して仕事をしている男は、超が付く程多忙を極めている。
 なのに高梨との対面話を聞き付けて、わざわざ出張していたNYから戻って来たと言うのだ。
 依頼されていた、数十万ドル報酬のクライアントを断って来たんだってと、横から杜吾が、こっそり耳打ちしてくる。
「俺は、篠原さんの娯楽じゃないですよ」
 憤然と、でもささやかな抵抗を圭太は試みるが、篠原は全く意に介さない。
「自分の声に似た奴のプログラムを嬉々として聞いているなんて、ったく鳴海らしいと言うか…」
 鈍感なのにも程があるぞ、と言いながら美味そうに煙を燻らせる。
「どうしてですか。深夜の『ミッドナイト・バー』なんて、落ち着いたトーンの凄くいい番組じゃないですか」
「ああ、高梨がエロ声で喋っているあれか」
「…誰が、エロ声だって?」
 その時、頭上から不機嫌そうな声が落ちて来た。
「悪りぃ。遅くなった」
 言いながら細身の男が無造作にスツールを引き、乱暴に足を引っ掛けて座った。
 声からその男が、高梨享だと分かる。
 話題にしていた当人がいきなり現れた事に気が動転して、圭太の腰が宙に浮いた。
「…で、これか? 宇谷の「本物」は」
 無遠慮に正面から、高梨はジロジロと中腰の圭太を見上げてきた。
 彼が大層美しい容姿をしている事を、圭太は既に知っていた。杜吾が本当に好きなのは高梨ではないかと疑って経歴を調べた時に、ネットで見かけた写真が、驚愕する程整った顔立ちだったからだ。
 美人なのは杜吾もそうだが、彼の深く黒い瞳と違って、高梨のそれは、ヘーゼルナッツみたいな蕩けそうに甘い色だ。髪もふわふわと色が淡く、まるで外国の血が混じっているのかと思う位に、柔らかいウェーブがかかっている。写真では気付かなかったが、肌も透けて見えそうな程の美しい乳白色だった。
 その柔らかい髪の間から覗える、猫のように綺麗な形の目を細めて、高梨は圭太を見た。
「おい、何とか言えよ。お前の声、俺にそっくりなんだろ? ボケーっと突っ立って、人の顔ばかり見てんじゃねーよ」
「あ、あの…」
 圭太は呆然と口を開いた。
 目の前の美形の男は、確かに高梨享だ。耳に届く実際の声も、やはり自分に似ている気がする。
 だけどこの傍若無人な態度と、言葉使いの荒さはどういう事なのだろう? オンエアの時に感じる落ち着いた雰囲気とは、全然違うではないか。
 助けを求めるように、半分口を開けたままで杜吾と篠原の顔を交互に見る。そんな圭太に、ぶはっと篠原が噴き出した。笑顔なんか滅多に見せない男が、額に手を当てて笑い出す。
「ははは。お前、本当に期待通りの反応をするな。デカいクライアントを蹴って帰って来た価値はあったぞ」
 愉しくてしょうがないと言った風情の篠原に「そんなに笑うなよ」と、杜吾がやんわりと釘を刺してくれる。
「ごめん、先に言っておいた方が良かったよね。だけど圭、何か高梨にかなり期待していたみたいだから…」
 気の毒そうに言葉を濁らす杜吾に、圭太はようやくのろのろと腰を下ろした。
「いや、そんな事は。…ただ少し驚いただけで―」
「何を驚くんだ?」
 高梨がニヤッと口端を上げた。
「声がやっぱり似ている事か? それとも俺の喋りがオンエアと違う事かよ?」
 その両方と頷きかけて、圭太は慌ててブンブンと首を横に振った。本人を目の前にして、そんな正直な感想を言える筈もない。
「作っているんだよ、こいつは」
 プロだからなと言いながら、篠原は煙草を灰皿に押し付けた。
「ったく、性悪DJもいい処だ。優しい雰囲気とエロ声で、リスナーを騙すんだからな。現実の高梨享が、こんなに口も柄も悪い男だなんて、外見や声からは想像も出来ないだろう?」
「クライアントをほったらかしてお楽しみの、極悪弁護士には言われたくねぇな。俺は期待に応えた仕事をしているだけだぜ。求められる通りに口調を変えて、何が悪い?」
 事も無げにそう言うと、高梨は通りかかったウェイターを呼び止めて注文を出した。
「ホットウーロン」とよく通る声で告げる姿に、圭太は再度驚く。
「え? 高梨さんは呑まないんですか?」
 旨い酒を出すと評判のクラブなのだ。圭太たちは長年熟成したラム酒をボトルで頼み、篠原はストレートで、圭太はロックで、そして杜吾はライムジュースとフレッシュミントをシェイクしたモヒートと言うカクテルにして呑んでいた。
「呑めないんだよ、高梨は。酒には滅法弱くて、すぐ赤くなるんだ」
 ―あれは色っぽくて見ものなんだがな。
 そう揶揄する口調の篠原に「呑めねぇんじゃねーよ、呑まないだけだ」と高梨はビシリと言い切る。
「ったく、下んねー事言ってんじゃねぇよ。さっきからエロとか色っぽいとか、溜まってんのか、てめぇは? ちゃんと抜いとけ」
 綺麗な顔から下ネタすらポンポン飛び出す様に、圭太は思わず呑んでいた酒を吹きそうになった。
 この人、外見は杜吾のようにたおやかなのに、中身は篠原並みの鋼鉄…―いや、それ以上だ。
 声を出す商売の人に実際に会うと、外見と声とのギャップに驚いたと言う話はよく聞く。だけど、容姿と声が合っていても、口ぶりがこんなにも放送と違うだなんて、想像もしていなかった。
 最初に会いたいと言った時に杜吾が困った顔をしたのは、誤解を心配してと言うよりは、この落差を憂慮したのかも知れない。そう思って傍らの杜吾を見るが、楽しそうに、テンポ良く交わされる会話を聞いているだけだ。
「にしてもこいつ、もろ篠原の好みじゃねぇか。宇谷、お前よく邪魔されずに落とせたな」
 ほわほわと湯気の上がるウーロン茶を口に含んで、高梨が感心したような息を洩らした。
「だろう? なのに、ひざまずいても譲らないとまで言うんだから、宇谷も友達甲斐のない奴だ」
 同調して頷く篠原に「譲る訳ないよ」と杜吾は、そこだけはきっぱりと言い切る。
「圭は、世界で一人しか居ないんだから」
「まぁな。宇谷が本気なのは、あの嬉しそうな顔を見ただけで分かったけど…」
 あん時は驚いたぜ、似ているのに違うんだと惚気るんだからな、と高梨はニヤニヤと形のいい口端を上げた。
「あのぅ」
 楽しそうな三人に、圭太は恐る恐る口を挟んだ。
「あの、その辺りがよく分からないのですが。その、俺が篠原さんの好みだとか言うのが―」
 先生や高梨さんみたいに美形でもないし、身体だって華奢とは程遠い、ガッチリした大柄だし…。
 心底不審そうな圭太に、高梨がゲラゲラと笑い出した。
「こいつ、面白い奴だな。んな事、本人を前にして聞くか? 篠原のタイプはな、ボケーッとしたガタイのいい、ノンケ臭ぇ奴だ。覚えとけ」
 ボケ…。
 思わず絶句する圭太に「それ、高梨の誉め言葉だから、気にしなくていいよ」と、横からすかざず杜吾がフォローしてくれる。
 ちっとも誉められている気がしない。そう思いながら、圭太は空になったグラスに氷を落とした。
「そんな事より、お前ら二人で住むのか?」
 篠原も圭太からボトルを受け取り、流麗な手つきで自分のグラスを琥珀色に輝く酒で満たす。
「俺は一緒に住みたいんだけど、圭がね」
 ほんの少し悩ましそうな瞳を向ける杜吾に、圭太はとんでもない、と大きく掌を振った。
「同棲なんて出来る訳ないですよ。復帰したばかりで注目を集めていて、連日処理出来ない程オファーが来ているんです。それでなくてもヴェルニが先生を独占しているってクレームが凄くて。これで付き合っているって知られたら、どんな騒ぎになるかと…」
「俺は別に隠してないけど?」
 杜吾が柔らかく口を尖らせた。
「いっそバレた方が、スッキリするし」
「いや、駄目。そんな事は絶対、駄目だから」
 杜吾なら本当に言いそうだ、と圭太は慌てた。絵を描く事以外に拘りのない杜吾は、過去のインタビューでも、聞かれれば何でも答えていたのを知っている。
「とにかく落ち着く迄は、その話は無しで…」
「え~、残念」
 今だって殆ど入り浸りなのに、と冷や汗をかく圭太の顔を、杜吾が楽しそうに覗き込む。
 そんな二人に正面から「何をじゃれ合っているんだ」と篠原が、低い声を出して来た。
「俺の目の前で見せつけるとは、いい度胸だな。―まあいい。それよりも、もし一緒に住むにしたって、あの家は狭すぎるだろ。大体何であんな中古家を買うんだ? せめて新築にしていたら、少しは―」
「あそこが気に入っているんだよ、圭ん家にも近いし。それにあの庭、凄く雰囲気がいいんだ。家の古びた具合も、落ち着くし」
 篠原の言葉を、杜吾はにっこりと遮った。
 杜吾が買った物件は、築五十年は経っていそうな、木造平屋の一軒家だ。そこに長い間手入れされていなかった、小さな庭がついていた。建物の価値は殆どないに近く、値段は確か、数百万だったと聞いている。
 杜吾は絵を描く傍ら、よく縁側に座っては野放図に生い茂る草花を、幸せそうに眺めていた。その姿は、まるで日向ぼっこをしている猫のようで凄く可愛いと、圭太もお気に入りの家なのだけど―。
「この骨董好きが。宇谷に任せていたら、経費が全然増えないじゃないか。不動産購入なんて、いくらでも枠が使えるチャンスなのに」
 篠原はイライラと、眼鏡の奥を光らせた。
「鳴海、何でもいいから宇谷に金を使わせろ。お前が言えばどんな物でも買うぞ、こいつは」
「そんな事を言われても…」
 圭太は困ったように言い淀む。
 贅沢に興味がない杜吾に、何故篠原がいつも高級な物を用意するのか不思議に思っていたのだけど、エージェント契約だけでなく、画家の経理もこの弁護士が管理していると知って、ようやく謎が解けた。
 莫大な収入がある杜吾の、税務管理は確かに大変だろう。アメリカで申告していた今までとは違い、今度からは日本での手続きになる。かの国よりはまだやり易いとは言え、長い休筆後の復帰で、杜吾の作品は更に高騰化してしまっている。
 それで篠原は、経費を使わせようと躍起になっているのだ。
「贅沢な悩みだな。金を使わせろとは」
 ニヤニヤと高梨が、しなやかな指を組んで細い顎を載せた。
「俺も篠原に経理を頼もうかな。任せていたら、ひと財産作ってくれそうだ」
 言いながら、ヘーゼルナッツ色の目を優美に細める。
「断る! 大体、俺は税理士じゃない。どうせ頼むなら、弁護を頼め。本業以外の仕事なんて、この面倒な男の分だけでうんざりだ」
 心底嫌そうに、篠原は片眉を跳ね上げた。



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アマネ ニコ
こんにちは。のんびりオリジナルBL小説を書いています。マイペースですが、よろしくお願いします。

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