大義 杉本五郎中佐遺著
第十章 第一等の人物
古今に其の理想人物を求むる時、年の長幼、性の区別を論ぜず、万人斉しく指すものは、高位に非ず、高官に非ず、蓄財に非ず、唯々事の大小に拘らず、道のために殉ぜし忠臣義士なり。殊に敬慕して暫くも止まざるものは、大義に殉ぜし忠烈の大士なりとす。然り而して殉皇忠烈の大士をして現世に蘇らしめなば如何、而かも万人敬拝して止まざる殉皇刹那の行持を現代に生かしめなば如何、時流に逆い、権勢と闘い、大義顕揚に驀進したる此等忠烈の大士は、正に当代随一の大危険人物と目せられんこと必せり。回顧せよ、如何に冷酷且薄幸の運命に飜弄せられたるか、如何に仇敵の如く追放・処断・迫害を受け、甚しきは九族滅殄せら
れたるか。誠に大楠公を以てして、尚且三百年間逆賊なり。「先覚憂世の士は、生きては刑戮に遭ひ、死しては万人敬慕して神に祀る」と、古人はいみじくも道破しつるもの哉。時の古今、洋の東西を問はず、悉く然らずや。
凡庸に先つ数十百年、既に大義の衰亡を憤り、国の安危を慨し、憂憤難に赴きしもの、実に先覚憂世の大士なり。死して祀る程ならば、何ぞ生前其の言を用ひざる、其の行を学ばざる。其の言行を用ひることに依り、私利我慾の徒亡減して、極めて和平裡に 皇國は不断の進歩をなすに非ずや。
殉皇忠烈の大士は秩序の破壊者に非ず。
御神勅乃至 祖宗の神策を如実に成就せんとする所の穏健中正の士なり。
凡庸度し難き蛤的者流こそ、日新月進の 皇國の国是を阻まんとする奴輩なり。此の奴輩なかりせば、如何に 皇國は名実共に駸々たりしことか。
歴史は常に陰惨血腥き此の一事を繰返す。歴史こそは、一面、殉皇の大士と凡庸我慾の姦賊との戦の展開なりとも謂うべし。
看取せよ、三千年一日の如く、古も今も変ることなき姦賊の跳梁跋扈の様相を。
菩提樹下釈尊真性徹見の修業の其れの如く、無数の魔軍と闘い、 皇國解脱の一途に奮進するもの、実に殉皇先覚の大士なり。
然るに何事ぞ、今人、口に説けども、心常に大義を捨てゝ、一途に高位
顕官たらずんば、財家を以て畢生の願望となし、自利・利己の極致を把行して洒々落々、百官亦聖賢の行履説話をなして賢者の風を形づくれども、実は大義を顧みざること土芥の如く、昼は名利に耽り、夜は愛着に酔う。外、持戒を表して大人の装をなせども、内、貪慾を抱いて常に密犯をなす。金的を得たるものは得々として他を顧みず、之を得ざるものは怏々として他を怨む。上下左右相剋相討の修羅の巷を現出し、挙世滔滔紛騒乱離、手脚を下すに所全くなし。受け難きの人身を 皇國に受け、聞き難きの正法を今こゝに聞き、何すれぞ、殉皇清節の大士たらんとはせずして、官位名利の奴隷に甘んぜんとする。何すれぞ、五十年の自己を築き上ぐるに汲々として、無窮なる 皇運扶翼の大道に、永遠に生くることを放擲する。キリストは「幸福なる哉、義のために責められたる者、天国はその人のものなり」と。げに大義に殉ずるものこそ永遠無窮の大生命に生くるものなることを千省万思せよ。
古往今来、宇宙を友とせる偉人・傑士・聖僧の死に臨むや、松風泉石の間名月を吟ずる如く、従容迫らず、凡庸慚死の一句を吐露して、浩然として逝く、正に万斛の清涼颯々として尽きず、俗凡者流の企て及ぶ所にあらず。
然れども生死超脱の辞世の句中、尊くも気高き最高の一句は、実に砲烟弾雨の中、無名戦士臨終最後の一叫
「天皇陛下万歳」の聖声是れなり。
此の一句こそは、実に古今冠絶の如何なる英傑の辞世にも百千万倍勝りたるの聖句なり。此の無名戦士此の聖叫、此の心境乃至此の態度は、世界最高のものたらずんばあるべからず。然して尚此の無名聖士にも増してすぐれたる第一等の人物は
「天皇陛下万歳」を日夜自己生活に具現し奉行しつゝ、神勅顕現成就に
全身全力を傾倒しつゝある聖者なりとす。即ち天下第一等のこの聖者は
(一) 全智全能尊皇絶対そのものなり。従て
(二) 忠姦を峻別し得る明敏なる洞察力を発揮して時流を看破して 神勅のまにまに 神国を富岳の安きに置かんと欲して
(三) 天皇の外天下何物も恐れざる絶大なる断行力を発現し、一閃乱麻を断ち、以て
(四) 皇運を無窮に扶翼し、 皇業を四海に宣布し、八紘一宇の 神勅を此の土に建立せんとする組織的にて且高邁なる神識神慮を具有す。
尊皇は絶対なり、他の三者は自然に流露する作用り。吾人未だ尊皇に絶対なり得ざるが故に、洞察力を欠き、断行力に乏しく、高邁なる神慮湧出せず。真に此の四者を兼ね備へたる天下第一等の人物は、古今を通じ蓋し大楠公唯一人か。日夜只管殉皇の一途に驀直進前以て 尊皇絶対に近爾せんことを努めよ。洞察力に明敏を欠くも断行力旺盛なるあり、断行力乏しきも組織的なる識見を有するに至るもあり、かくして両三乃至百千一体となれば、大楠公近爾の人物たるに到るべし。信不及(一)なれば致方もなし、彼此相依りて第一等の人物たらんことを努め
ざるべからず。冀はくは 皇國一体、此の聖者第一等の人物となりて、叡慮を安んじ奉らんことを。
橘曙覧先生歌
御ひかりを朝夕うくる御めぐみは
身を粉にすともむくいえられじ
天皇に背ける者は天地に
いれざる罪ぞ打つて粉にせよ
(昭和一一、十、二三)
れたるか。誠に大楠公を以てして、尚且三百年間逆賊なり。「先覚憂世の士は、生きては刑戮に遭ひ、死しては万人敬慕して神に祀る」と、古人はいみじくも道破しつるもの哉。時の古今、洋の東西を問はず、悉く然らずや。
凡庸に先つ数十百年、既に大義の衰亡を憤り、国の安危を慨し、憂憤難に赴きしもの、実に先覚憂世の大士なり。死して祀る程ならば、何ぞ生前其の言を用ひざる、其の行を学ばざる。其の言行を用ひることに依り、私利我慾の徒亡減して、極めて和平裡に 皇國は不断の進歩をなすに非ずや。
殉皇忠烈の大士は秩序の破壊者に非ず。
御神勅乃至 祖宗の神策を如実に成就せんとする所の穏健中正の士なり。
凡庸度し難き蛤的者流こそ、日新月進の 皇國の国是を阻まんとする奴輩なり。此の奴輩なかりせば、如何に 皇國は名実共に駸々たりしことか。
歴史は常に陰惨血腥き此の一事を繰返す。歴史こそは、一面、殉皇の大士と凡庸我慾の姦賊との戦の展開なりとも謂うべし。
看取せよ、三千年一日の如く、古も今も変ることなき姦賊の跳梁跋扈の様相を。
菩提樹下釈尊真性徹見の修業の其れの如く、無数の魔軍と闘い、 皇國解脱の一途に奮進するもの、実に殉皇先覚の大士なり。
然るに何事ぞ、今人、口に説けども、心常に大義を捨てゝ、一途に高位
顕官たらずんば、財家を以て畢生の願望となし、自利・利己の極致を把行して洒々落々、百官亦聖賢の行履説話をなして賢者の風を形づくれども、実は大義を顧みざること土芥の如く、昼は名利に耽り、夜は愛着に酔う。外、持戒を表して大人の装をなせども、内、貪慾を抱いて常に密犯をなす。金的を得たるものは得々として他を顧みず、之を得ざるものは怏々として他を怨む。上下左右相剋相討の修羅の巷を現出し、挙世滔滔紛騒乱離、手脚を下すに所全くなし。受け難きの人身を 皇國に受け、聞き難きの正法を今こゝに聞き、何すれぞ、殉皇清節の大士たらんとはせずして、官位名利の奴隷に甘んぜんとする。何すれぞ、五十年の自己を築き上ぐるに汲々として、無窮なる 皇運扶翼の大道に、永遠に生くることを放擲する。キリストは「幸福なる哉、義のために責められたる者、天国はその人のものなり」と。げに大義に殉ずるものこそ永遠無窮の大生命に生くるものなることを千省万思せよ。
古往今来、宇宙を友とせる偉人・傑士・聖僧の死に臨むや、松風泉石の間名月を吟ずる如く、従容迫らず、凡庸慚死の一句を吐露して、浩然として逝く、正に万斛の清涼颯々として尽きず、俗凡者流の企て及ぶ所にあらず。
然れども生死超脱の辞世の句中、尊くも気高き最高の一句は、実に砲烟弾雨の中、無名戦士臨終最後の一叫
「天皇陛下万歳」の聖声是れなり。
此の一句こそは、実に古今冠絶の如何なる英傑の辞世にも百千万倍勝りたるの聖句なり。此の無名戦士此の聖叫、此の心境乃至此の態度は、世界最高のものたらずんばあるべからず。然して尚此の無名聖士にも増してすぐれたる第一等の人物は
「天皇陛下万歳」を日夜自己生活に具現し奉行しつゝ、神勅顕現成就に
全身全力を傾倒しつゝある聖者なりとす。即ち天下第一等のこの聖者は
(一) 全智全能尊皇絶対そのものなり。従て
(二) 忠姦を峻別し得る明敏なる洞察力を発揮して時流を看破して 神勅のまにまに 神国を富岳の安きに置かんと欲して
(三) 天皇の外天下何物も恐れざる絶大なる断行力を発現し、一閃乱麻を断ち、以て
(四) 皇運を無窮に扶翼し、 皇業を四海に宣布し、八紘一宇の 神勅を此の土に建立せんとする組織的にて且高邁なる神識神慮を具有す。
尊皇は絶対なり、他の三者は自然に流露する作用り。吾人未だ尊皇に絶対なり得ざるが故に、洞察力を欠き、断行力に乏しく、高邁なる神慮湧出せず。真に此の四者を兼ね備へたる天下第一等の人物は、古今を通じ蓋し大楠公唯一人か。日夜只管殉皇の一途に驀直進前以て 尊皇絶対に近爾せんことを努めよ。洞察力に明敏を欠くも断行力旺盛なるあり、断行力乏しきも組織的なる識見を有するに至るもあり、かくして両三乃至百千一体となれば、大楠公近爾の人物たるに到るべし。信不及(一)なれば致方もなし、彼此相依りて第一等の人物たらんことを努め
ざるべからず。冀はくは 皇國一体、此の聖者第一等の人物となりて、叡慮を安んじ奉らんことを。
橘曙覧先生歌
御ひかりを朝夕うくる御めぐみは
身を粉にすともむくいえられじ
天皇に背ける者は天地に
いれざる罪ぞ打つて粉にせよ
(昭和一一、十、二三)
15/25
プロフィール

- 大義研究会
- 【軍神杉本五郎中佐】昭和12年9月14日、支那事変に於ける山西省閣山の激戦において軍刀を手に奮戦中、敵弾が心臓を貫き、更に背後で手榴弾が炸裂するもそのまま倒れることなく、右手の軍刀を左手に持ち替えそれを杖代わりとし、遥か当方皇居の方角に正対するや、挙手敬礼を捧げつつ絶命され、世の人々から軍神と称えられた。
最近の記事一覧
- 表紙
- 嗚呼!!遂に昭和の軍人 杉本中佐の実話小説、復刊発行完成す!
- 第五回現代維新を実現する全国同志のつどい(神戸大会)
- 第四回 現代維新を考える全国同志のつどい 開催される。
- 第四回 現代維新を考える全国同志のつどいの御案内
- 平成25年7月度 靖国神社みたままつり
- 第三回 現代維新を考える全国同志のつどいの御案内
- 維新政党・新風 平成24年党大会
- 第二回 「現代維新を考える全国同志のつどい」の御案内
- 平成24年9月14日 軍神杉本五朗中佐散華75周年
- 靖国神社 みたままつり献灯
- 訃報 寛仁親王殿下薨去せられたる
- 「現代維新を考える全国同志の集い」開催される 平成24年3月11日
- 「現代維新を考える全国同志の集い」のご案内
カテゴリー
最近のコメント
アーカイブ
2014年
携帯用QRコード
- アクセス数

- ページビュー数
