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世界総会総理安息日礼拝説教(和訳) GC President Sermon




「ヨルダンを渡りなさい...退却しないように」

2015年世界総会総会でのテッド・N・C・ウィルソン総理の7月11日安息日説教原稿(和訳・新名忠臣)

イエス・キリストにある兄弟姉妹方、お早うございます。神は、第60回世界総会総会のこの最後の安息日の朝に、サンアントニオで共に礼拝する特権を私たちに許して下さるように豊かに祝福して下さっています。私たちは、地球のすべての地域から来ています。私たちは神に従う者であることが何を意味するかを毎日イエスから学びますので、聖霊に満たされ、より大きな力を持って三天使の使命を宣べ伝える用意のある民は、神の偉大な再臨運動と霊の家族として、今朝、結合しました。主が過去10日間に渡って、この世界総会総会を導いてくださったことを主に感謝し、一致と、この死に行く地球のために主の宣教を完結するという唯一の目的のために、主にすべての栄光をお捧げします。

私が5年前に述べましたように、セブンスデー・アドベンチスト教会は、黙示録12:17のように神の戒めを守り、イエス・キリストの証しを持つ人々によって成っている神の残りの運動であり、そして私たちは天を目指す旅路にあります。私たちは前進しなければなりません、後退してはなりません、なぜなら私たちはほとんど家に近づいているからです!イエスのお戻りになるのは今まで以上に近い、もう戸口だと私は確信しています!私たちの総会のテーマソング、何年もの間、私たちに役立っている『私たちはこの希望を持つ』は、全世界のセブンスデー・アドベンチストの偉大な期待、即ち「イエスは間もなくお出でになる!」を宣言しています。

<ウィルソン総理は、ここで、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、スワヒリ語、ロシア語、韓国語、アラビア語、中国語、ヒンディー語、タガログ語の10か国語で、この言葉を繰り返します。>

そして、世界の他の多数の言語で私たちは、これらの励ましと希望の言葉を共有します。「起きよ!輝け!イエスは来られる!」は、この2015年世界総会総会の偉大なテーマです。

私たちはイエスのお戻りを待っています。しかし、なぜ私たちはまだここにいるのでしょうか?ずっと、イエスは戻りたいと願っておられます。私たちは、もう時の預言を持っていません。時の預言は調査審判の開始の1844年で終わりました。まさに、この瞬間に、イエスは天の真の聖所の至聖所で私たちのために執り成しておられます。彼は、この地上での彼の働きを終えるために彼の民の上に、聖霊の後の雨を降り注ごうと望んでおられます。彼は、彼の前に私たちの身を低くし、彼の永遠のみ腕に完全に寄りすがることを私たちに望んでおられます。私たちは恵みによって救われたのであり、私たちが誇ることのないように私たちが私たち自身を救ったのではなく、それはエペソ2:8-9で私たちが読むように神の賜物であるという、彼の救いの福音を私たちが共有することを、彼は望んでおられます。ピりピ2:13にあるように「その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところ」を私たちの内で働いて下さる義認と聖化の彼の義を、私たちは分かち合うのです。彼が始めて下さった働きを私たちが共有する時に、ピリピ1:6に述べられているように彼が「キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さる」のです。しかし、私たちはラオデキヤであり、主の前に私たち自身をへりくだらせる必要があります。黙示録3:18で教えられているように「富む者となるために、わたしから火で精錬された金を買い、また、あなたの裸の恥をさらさないため身に着けるように、白い衣を買いなさい。また、見えるようになるため、目にぬる目薬」を彼から買う必要があります。

そうです、主よ。私たちを取って、陶冶し、造って、そして満たして下さい。私たちが私たちの生活において、あなたの聖なる御言葉、あなたの預言の霊を読み、そして聖霊を求めて熱心に祈る時に、あなたの日毎の聖なる力を通して、私たちをリバイバルさせ、改革して下さい。そうです、この新しい5年間、そして恩恵期間の閉止の時までのためのリバイバルと改革です。「リバイバルと改革。あなた、あなたの家族、あなたの教会、あなたの地域社会。」私たちは、イエス・キリストの血と恵み、そして彼との日毎の歩みを通して、これを経験したいのです。私たちは家に行きたいのです!

私たちはマタイ24章の前兆を知っています、政治的問題が今やほとんどの政府の抑制力以上なのを認めています、経済的状態はもろく不確かです、自然災害は強さと破壊において増強しています、社会変化は神の御言葉に挑戦しています、教会合同はその欺瞞、非聖書的、そして社会への影響の無効において、急速に成長しています、それなのに私たちはまだここにいます。しかし、神は言われます、「起きよ!輝け!」と。大争闘はやがて終わり、イエスが彼の民のために戻って来られることを示す、この混沌とした世界へのキリストの驚くべきメッセージの、力強い証しであるようにと、神は私たちに語っておられます。聖書の最後の書の最後の章の中に3回、即ち黙示録22章7、12、20節で、イエス御自身が、「わたしは、すぐに来る」と語っておられます。主よ、私たちは家に行きたいです!私たちは約束の地へヨルダン川を越えて渡りたいです。私たちの前に道を開いて下さい。水の中を連れて行って下さい。私たちはあなたに私たちの信頼を完全に置きます。私たちの永遠の家へ荒ぶるヨルダンを通り抜けるように私たちを導いて下さい、そして私たちが退却しないようにさせて下さい。退却するようにとの誘惑にもかかわらず、すべての必要をあなたに求めて完全に頼るように私たちを助けて下さい。あなたは、私たちの岩、救いです。ヨルダンを渡り、退却しないように私たちを助けて下さい。

私と共に、申命記34:1-5を開いて下さい。「モーセはモアブの平野からネボ山に登り、エリコの向かいのピスガの頂へ行った。そこで主は彼にギレアデの全地をダンまで示し、ナフタリの全部、エフライムとマナセの地およびユダの全地を西の海まで示し、ネゲブと低地、すなわち、しゅろの町エリコの谷をゾアルまで示された。そして主は彼に言われた、『わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない』。こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。」

モーセは非常に近く、そして非常に遠かったのです。聖書は、モーセが死んだ時、神御自身が彼を葬ったことを示唆しています。キリストにあって死に、そしてラッパの鳴り響く彼の再臨の復活の力で蘇らせられる人々の模範として、神はモーセを命に蘇らせられ、彼を天へ連れて行かれたことを私たちは知っています。

約1年前、ネボ山に立ち、眼下に広大な平原、北はガリラヤの海、ヨルダン川を越えてエリコ、南は死海を見渡す特権を得ました。そこで神がモーセに語り、イスラエルの栄枯盛衰、彼らのリバイバルされた神への献身、そして自己中心と偶像崇拝的行為への堕落の将来の歴史を見させられたことを理解しました、それは感激的な経験でした。彼は外国の力への彼らの従属を見ました。彼は、イエスが赤子として来られること、そして彼の素晴らしい完全な生活と宣教を見ました。彼は、ゲッセマネでの苦悩、裏切り、鞭打ちの刑、そして十字架を見ました。『人類のあけぼの』下巻92-93頁に次のようにあります。「モーセの心は苦悩にうめき、神のみ子の悲しみをしのんで悲嘆の涙があふれ落ちた。・・・ユダヤ民族が、彼らの贖い主、父祖たちの偉大な指導者であったみ使いに対し、偽善と悪魔的な憎しみを示すのを見て、モーセの心は悲嘆と、義憤と、戦慄を覚えた。『わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか』というキリストの苦悩と叫びを彼は聞いた(マルコ15:34)。・・・しかし、彼がふたたび目を上げると、キリストは勝利者として現われ、おおぜいのとりこを引き連れ、賛美の歌をうたう天使たちを従えて、昇天なさるのが見えた。光り輝く門が開かれ、天の万軍が凱旋の歌声高らかに彼らの司令官を迎えるのを、彼らは見た。そして、彼自身は、そこで救い主に従い、とこしえの門を開いて、キリストを迎える者になることが示された。」

神はモーセに、弟子たちが福音を説教した時に、キリストの使命を受け入れた者たちすべてが、どのように信仰によって 「神の律法と、み子の福音を守り、これを世に知らせる」(『人類のあけぼの』下巻94頁)アブラハムの子孫の一部になるかという、キリスト教会の歴史を啓示されました。 『人類のあけぼの』下巻94頁に次のようにあります。「彼は、地上の諸勢力が神の律法を守る者たちを滅ぼそうとする最後の大いなる戦いを見た。・・・神が・・・律法を守った者たちと平和の契約を結ばれるのを聞いた。・・・栄光のうちにキリストが再臨し(死んだ義人が不朽のいのちによみがえり、生きている聖徒は死を見ないで天に移され、喜びの歌をうたいながら共に神の都にのぼるのを)彼は見た。」それから彼は、彼の前に広がっていたどんなものよりも美しい新地、約束の地を見た。『人類のあけぼの』下巻95頁は、このように描写しています。「言葉に言い尽くせない喜びをもって、モーセはこの情景をながめる。それは、彼のどんな輝かしい想像も及ばぬ栄光に満ちた解放の実現である。地上の放浪は永久に終わり、神のイスラエルは、ついに良い地にはいったのであった。」

モーセが将来の預言的幻を見たネボ山へちょっと行きましょう。
<会衆はネボ山のウィルソン総理の下記の動画を見せられました。>

神が神の民のために歴史を通して今日に至るまで、何をなそうとしておられたかを見たモーセは、何という特権に預かったことでしょうか。私たちは、やがて象徴的ヨルダンを渡って約束の地へ入るでしょう、そして父、キリスト、聖霊、モーセ、エリヤ、エノク、そして天使たちに迎えられるでしょう。

しかし、イスラエルの民に戻りますと、荒野での40年の後に彼らはまだヨルダンの東側にいました。彼らはまだ渡っていませんでした。彼らは、モーセの死を悼んで30日間を過ごしました。彼が彼らから取り去られた時まで、彼らは彼らの生活の中での彼の父親的役割、彼の知恵と勧告を十分に理解していませんでした。しかしながら、彼らは彼らだけではなかったのです。聖所の上は昼は雲の柱、夜は火の柱が、力強い神が彼らの側におられるということを思い出させるものでした。兄弟姉妹方、私たちがヨルダンを渡る時、全能の神が今日、このドームの中、また世界中にいる私たちと共におられます。退却しないように!

モーセの代役として、ヨシュアがイスラエルの認められた指導者になりました。彼は勇気があり、静かで、忠実で、堅固で、世話をする、忠誠の人でした、そして神に完全な信仰を持っていました。神の完全な超自然的力を通して、イスラエルの子孫たちを約束の地へ導くために神が選ばれたのはヨシュアでした。

聖書朗読のヨシュア記1:2は、神が直接にヨシュアに次のように語っています、「わたしのしもべモーセは死んだ。それゆえ、今あなたと、このすべての民とは、共に立って、このヨルダンを渡り、」このヨルダンを越えて行きなさい・・・退却しないように・・・ヨルダンを渡りなさい・・・「わたしがイスラエルの人々に与える地に行きなさい。」「あなたがたが、足の裏で踏む所はみな、・・・あなたがたに与えるであろう。」(同1:3)ヨシュアとイスラエルの子孫は失望したり、退却したりしませんでした。神は6節と7節で、サンアントニオにいる私たちに今日、続けて言われました、「強く、また雄々しくあれ。あなたはこの民に、わたしが彼らに与えると、その先祖たちに誓った地を獲させなければならない。ただ強く、また雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じた律法をことごとく守って行い、これを離れて右にも左にも曲ってはならない。それはすべてあなたが行くところで、勝利を得るためである。」

セブンスデー・アドベンチストの信徒方、主にあって強くありなさい、主の道徳律を守れるように主に求めなさい、そして私たちの行うすベてのことにおいて神の聖なる言葉を中心にしなさい。道路の片側又は他方の側へ外れないようにしなさい。神の御旨の中央に留まって、ヨルダンを渡り、退却してはなりません。

神の聖なる言葉 ―― これは何という貴重な本でしょうか! 神の律法、神の預言、神の教え、神の福音、神の私たちへの愛の手紙です。あなたがたは神の言葉に頼ることができます!私は今3冊の聖書を持っていますが、これらは尊いものです。その内の2冊は、イエスにあって死んだ福音の按手礼牧師のものでした。この最初の聖書は、私の祖父のN.C.ウィルソン ―― 最初のN.C.のものです

祖父は御言葉の素晴らしい生徒でした。彼は、私が若い牧師であった時に励ましの手紙を書いてくれました。私はウィルソン祖父母を愛しました。彼らは二人とも神の言葉と預言の霊を愛しました。

この二つ目の聖書は私の親愛なる父、ニール・C・ウィルソン、第二のN.C.のものでした。父は私に神の聖なる言葉を崇敬し、信じるように教えました。父は、神の教えの無尽蔵の源である御言葉から説教することを愛しました。私の尊敬する母と親愛なる父の両者は、聖書と預言の霊を愛しました。彼らは二人とも私に、神の言葉を単純に読むことへの完全な信頼と愛、そして預言の霊への大きな感謝を言い残しました。私は、私の両親から聖書又は預言の霊に対する失望の言葉を聞いたことがなく、ただ大きな尊敬と受容の言葉のみでした。

私はあなた方に、この本と預言の霊への同じ愛と尊敬を持つようにと訴えます。もしあなた方が、暫くどちらか一方を余り読んでいないのでしたら、聖書を取り上げそれを読みなさい。『キリストへの道』『各時代の希望』『ミニストリー・オブ・ヒーリング』『各時代の大争闘』『人類のあけぼの』、『教会への証』又はどの預言の霊の本でも取り上げ、読みなさい。神があなたの心と生活に何をしてくださるかを見なさい。私たちがこの5年間を始めます時に、 この地球の全教会員と共に、聖書の1章と争闘シリーズから約2ページを毎日読むことに参加しなさい。前回の5年間に聖書を読み通すことは喜びでありました、そしてこの5年間は同じようでありましょう。もちろん、あなた方が自分自身の通読計画があるならば、どうぞそれをなさってください、しかし私たちの毎日の生活において、神の言葉と預言の霊を体験しましょう。

セブンスデー・アドベンチストとして、私たちは聖書を神の霊感の言葉として全的に受け入れます。私たちは預言の霊を、大きな光である聖書に導く同じ天の霊感によって霊感を受けた小さな光として理解します。エレン・ホワイトが出席された最後の世会総会で、彼女はメッセージを述べ、そして講壇を去りました。彼女は立ち止り、大きな講壇用の聖書を彼女の手に持ち、宣言しました、「私はこの本をあなた方に勧めます」と。兄弟姉妹方、もし私たちがヨルダンを渡りたいならば、その教えが聖霊の導きを通して私たちの生活を変革させるように、真剣に神の言葉を読みましょう。ダビデは詩篇119:11で言いました。「わたしはあなたにむかって 罪を犯すことのないように、心のうちにみ言葉をたくわえました。」あなたがたは、神の言葉と神の預言の霊に頼ることができます。

そして、ここに私の聖書があります。飛行機の中でもう一つの貴重な聖書を紛失した時以来、私はそれを5年間持っています。私はこれを買って、愛用しています。しかしながら、その時以来、私はこの聖書を2度失ったのですが、2度とも、主がそれを私に戻してくれました。それは私の勉強と説教用の聖書のみならず、それが神の言葉であるために貴重なのです!私が前回にこの聖書を失くした時にそれを取り戻してくれたある方が、私が再びそれを失くさないように特別な接続を私にくれました。それは、「テッドの聖書の革ひもです!」私の友である方々、私はこの実際の聖書を再び失くするかもしれませんが、神の聖なる言葉は決して失われませんので、私はそれを失うことはないでしょう!神の言葉は確かであり、土台となるものです。それは永続するものであり、あなたは聖書を、そこに書かれているように、それを信じることができます!

この尊い本である聖書は真実であり、信頼できます。あなたは、あなたの選択による平易な言語で読むことができ、聖書は本物だとわかります!

そうです、神は実際にこの世界を最近、文字通りの連続した6日間で創造され、第7日目の安息日に休まれ、神への私たちの忠誠の永遠の印として同じようにすることを私たちに望んでおられます。イスラエルの人々は奇跡的に紅海を渡りました!神はマナを提供されました!十戒が神御自身の指によって書かれました!聖所の奉仕は、地上と天上でのキリストの救いと働きを示しています!イエスは赤子としてお出でになられました、完全な生涯を送られました、私たちのために亡くなられました、私たちのために蘇られました、天に行かれました、そして同じような方法で戻って来られます!キリストは私たちの大祭司として私たちのために働いておられます、そして調査審判を完成するために1844年に至聖所に入られました!イエスは再びお出でになります!神の言葉は、全く、そこに書かれているように、正確で、真実で、理解することができます

ヨシュア記1:8-9は次のように述べています。「この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちにしるされていることを、ことごとく守って行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは勝利を得るであろう。わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない」。

これは、ヨルダンを渡るためのイスラエル人への神の合図でした。ヨシュアは渡る準備を命じました。

ヨシュア記3:1は、ヨシュアは朝早く起き、イスラエルの人々はその川の端に宿ったと述べています。試練が来ました。それは、再び神の偉大な奇跡を見る時でした!3節は次のように語っています。「レビびとである祭司たちが、あなたがたの神、主の契約の箱をかきあげるのを見るならば、あなたがたはその所を出立して、そのあとに従わなければならない。」5節には次のように教えられています。「あなたがたは身を清めなさい。あす、主があなたがたのうちに不思議を行われるからである。」私たちが私たち自身を、又お互いを主の前に謙遜にする時に、私たちが聖霊の後の雨を神に嘆願する時に、私たちがもっともっとキリストのようになるために聖霊の清めの力を認める時に、再臨使命が野火のように広がる「奇跡」を私たちの間に見るでしょう!

9節でヨシュアは民に語りました。「あなたがたの神、主の言葉を聞きなさい。」神は約束の地の住民を追い出すことを約束されました。

次の展開は目を釘づけにします!ヨシュア記3:14-16は次のように記録しています。「こうして民はヨルダンを渡ろうとして天幕をいで立ち、祭司たちは契約の箱をかき、民に先立って行ったが、箱をかく者がヨルダンにきて、箱をかく祭司たちの足が水ぎわにひたると同時に、――ヨルダンは刈入れの間中、岸一面にあふれるのであるが、――上から流れくだる水はとどまって、はるか遠く・・・のあたりで、うず高く立ち」。

時は春でした、そして川の水は大変深かったのです。『人類のあけぼの』下巻102頁は次のように報告しています。「全軍は、ヨルダン川の岸にくだった。しかし、神の助けがなければとうてい渡る望みのないことが、だれにもわかっていた。その季節、すなわち春には山々の雪が溶けてヨルダンの水位を上げ、水は堤にまであふれて、いつもの浅瀬を歩いて渡ることは不可能であった。神は、イスラエルのヨルダン川を渡ることが奇跡的に行われることを意図なさった。」

神は私たちを困難又は不可能な状況の中に何度もお導きになられます。そして、そのような状況の中で、私たちは神に栄光を帰します。なぜなら、神が困難を通して私たちの成長をどのように計画しているかを私たちが見るからです。兄弟姉妹方、ヨルダンを渡りなさい、退却してはいけません!神が私たちのために道を開いてくださる時、神に栄光を帰する反応をしていますか?だから神は、私たちの生活の中で神の介入を私たちが覚えておくこと、そして「ヨルダンを渡りなさい、退却しないように」を決して忘れないために目標となる記念碑を建てることを、私たちに望んでおられるのです。

17節は、契約の箱をヨルダン川の中ほどまで運び入れた祭司たちは、民がその川を渡り切るまでは、そこに留まっていたと述べています。祭司たちが去る前に、ヨシュアは12部族の各代表に、記念碑を建てて彼らの部族を表わすために、川底から大きな岩を取るように要求しています。ヨシュア記4:6-7は次のように語っています。「これはあなたがたのうちに、しるしとなるであろう。後の日になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石は、どうしたわけですか』と問うならば、その時あなたがたは彼らに、むかしヨルダンの水が、主の契約の箱の前で、せきとめられたこと、すなわちその箱がヨルダンを渡った時、ヨルダンの水が、せきとめられたことを告げなければならない。こうして、それらの石は永久にイスラエルの人々の記念となるであろう」。  

絶えずあなた方に思い出させる何かを記憶し、設立する必要が常にあります。神が何をして下さったかを記憶することが、イスラエル人の渡航の目印となる石の記念碑の目的でした。ここサンアントニオで起こっていることを記憶すること、聖霊が私たちの人生においてなさっておられること、私たちの使命は「起きよ、輝け、イエスは来られる!」を宣べ伝えるということ、これが正に神が私たちに望んでおられることです。あなた方が「目印」です。神の残りの教会を構成する私たち各自に、神が過去にどのように導いておられたかを記憶するために、神は特別な目的を持っておられます。

『ライフ・スケッチズ』(英文)196頁を読むと次のようにあります。「私たちの現在の立ち位置までの進歩への一歩一歩を旅して来た私たちの過去の歴史を振り返る時に、私は「神を讃美せよ!」ということができる。主がなされてきたことを見る時に、私は驚きと、指導者としてのキリストにある確信に満たされる。主が私たちを導いておられる道、そして私たちの過去の歴史の中での主の教えを私たちが忘れない限り、私たちは将来に対して恐れるものは何もない。」

神の再臨運動を導いておられる神の力、また神が地上歴史の最終時代になさることを証しすることは、何という特権でしょうか!もちろん、神は私たちが記憶することだけを望んでおられるのではなく、あなたや私がこの尊いセブンスデー・アドベンチスト教会の会員である理由、つまり神の教会の実際の宣教に活動的に参加することを求めておられます。私は、どこであろうと、すべての地方教会の会員の方々に、あなた、あなたの家庭、あなたの教会、あなたの地域が、活気に満ちたリバイバルと改革に参加することを訴えます!信徒の方々、私はあなた方に、あなた方がこれまで以上に教会の日毎の宣教に巻き込まれるように挑戦します。私たちはあなた方を頼りにしています!神はあなた方を頼りにしています!あなた方は「目印」であり、歩く証しであり、また神の真理のための記念碑です。最も偉大な伝道的、また可能な対外的宣教に巻き込まれなさい。時間を取って、世界中のセブンスデー・アドベンチスト教会戦略計画「世界に届けよ」を読み、そして祈りなさい。それは、あなた方の計画です。それは、私たちの計画です。それは、神の計画です。伝道は教会の生き血です。私たちの全ての者は、個人的証し、小グループ伝道、又は色々な形での公衆伝道に巻き込まれるべきです。私がジンバブエのハラレで5月に行ったような長期伝道集会で説教する時はいつでも、私は霊的に再度の活気に満たされ、神がセブンスデー・アドベンチストである私たちに与えておられる驚くべき聖書の理解の中に更に基づくようにさせられるのです。私は神の論理的、堅固な尊い再臨使命について大変感激します。私は、すべての私たちの行政者、牧師、そして信徒の方々に、どこにいようとも、個人的な、そして、例えあなたの住んでいる場所ではうまくいかないようにあなたが考えるとしても、特に公衆伝道に巻き込まれるように訴えます。あなた方の方法を採用し、やってみなさい。人々の心に届くようにあなた方が行う全ての努力は、神のお導きのもとに実を結ぶでしょう。伝道は死んでいません!それは、今まで以上にもっと生きています!神はその中におられます!それは神の計画です。神はそれを祝福されます!

私たちは、この神の全能のみ手のもとに一緒にいる、外部宣教のために手と手を携えて働く教会指導者と教会員です。私たちが神の力の上に完全に寄りかかる時に、神が働かれるのを見なさい。『教会への証』9巻117頁(英文)は次のように述べています。「この地上における神の働きは、私たちの教会員を構成する男女が働きに結集し、彼らの努力が牧師や教会役員と結合するまでは、決して終わることができない。」神は私たちが、世界がまだ見たことがない最も偉大な対外宣教において結合することを求めておられます。聖霊の後の雨が降り、そして働きは終るでしょう。

教会員の方々、聖霊にあなた方の思考を革命させましょう。教会指導者と牧師と共に緊密に働くことを日常のこととして、教会の対外宣教をあなた方の手の中に取り入れなさい。それを全員参加としましょう。ただ単に教会の機械学の中に巻き込まれないようにしなさい。確かに、あなたは教会を前進させるために教会の内部の働きの中に巻き込まれる必要がありますが、それ以上に、牧師と教会の働き人と一緒に教会の伝道と対外宣教の重荷を遂行することに、私たちは信徒の方々の全的力を必要としています。キリストとのあなたの関係について誰かに語ってください!家ヘ帰るべき時です!「起きよ、輝け、イエスは来られる!」「ヨルダンを渡りなさい、退却しないように!」との神の命令に応じましょう。

セブンスデー・アドベンチスト教会の青年方、これがあなたの教会です。これがあなたの再臨運動です。これがあなたの使命です。キリストがあなたの主人です。イエスの名の中にある、他者への奉仕の全ての好機の特典を手にしなさい!「ヨルダンを渡りなさい、退却しないように」との神の命令を取りなさい。

牧師、健康専門家と教師の方々、あなた方は主のために素晴らしい働きをしています。神の言葉に強く留まりなさい。神の再臨運動の柱の中に基づき留まりなさい。「ヨルダンを渡りなさい、退却しないように」との神の命令を取りなさい。

夫、妻、そして家族の方々、あなたとあなたの子どものための神の計画からあなたをそらすようなどんなものをも、あなたの家庭に忍び込ませることを許してはなりません。イエスとイエスの聖書的真理からあなたをそらすテレビ、社会的メディア、音楽、本、そして他の影響物を排除しなさい。「ヨルダンを渡りなさい、退却しないように」との神の命令を取りなさい。

私は教会の中の私たちすべての者に、意見の相違を放棄し、神の前に私たち自身を謙遜にすることを訴えます。今こそ、私たちの義であるキリストのもとに一致する時です。

『牧師への勧告』145頁(英文)は私たちに次のように語っています。「愛の同情と信頼で、神の働き人はお互いに結合すべきである。キリストの教会の会員たちを分裂させるどんなことでも言ったり行ったりする者は、主の目的に逆らう働きをしているのである。教会の中での論争や意見の相違、疑惑や不信は、キリストの名誉を汚しているのである。」神はエレン・ホワイトを通して、『教会への証』9巻219ページで、次のように語られました。「私は、神がすべての心を柔らかにし、抑制してくださるように祈る。 ・・・ 自己高揚のないようにしよう。 もし働き人たちが神の前に彼らの心を謙遜にするならば、祝福が来るであろう。」

私たちが神のお導きのもとに結合する時に、天が彼らの生活と彼らが接触した人々に触れられるので、神は世界に対して非常に多くの方法で、ヨルダンに向かって神の民を導いておられます。私は、昨年ハノイで会ったブルガリア系ベトナム人の青年で、個人的証しをし、神の真理に向かって引き続き進行中のティホミル・ミンのことを考えるのです。ティホミルは神と、ブルガリア人の母とベトナム人の父のもとで育った彼のルーツについて思い巡らしていました。彼が10歳の頃、彼の両親は離婚しました。ティホミルは、平和を求めようとした時に悪霊による攻撃をも含めて、神への探求中に困難に直面しました。彼は、もし神がおられるならば、どうか助けてくださらないでしょうかと祈りました。突如、彼は解放と励ましを見出し始めました。彼は遂に、励ましと、いくつかのCDと『各時代の大争闘』という本を提供してくれた、クリスチャンのウェブサイトを見つけたのです。彼は、そのウェブサイトの管理者はセブンスデー・アドベンチストであることに気が付きました。『各時代の大争闘』を読むことがティホミルをして聖書を読むことに導き、彼を非常に感動させ、彼の生涯を変えました。彼は、「私の人生は、私が私の目を神に開いた時に変わりました」と語りました。

ティホミルは、ベトナム旅行を強いられるように感じました。彼は、そこで彼の家族を見つけましたが、もっと大きい、さらに偉大な家族、神の家族を発見したのです。ベトナムにいる間に、ティホミルはある難しい問題を経験し、教会を探しました。彼はセブンスデー・アドベンチスト教会を見つけようとしましたが、私たちは自分たちの建物を一つも持っていませんし、その大きな都市に少人数の信者しか持っていません。南アジア太平洋支部、南東アジア教団、ベトナム教区、世界総会、その他は、その大首都により強力な方法で神の働きを見たいと計画しています。もし、何かの方法で助けたいと思う方がおられるならば、どうぞ南アジア太平洋支部、又は私たちの事務所に連絡してください。

ティホミルは、インターネットでハノイにあるセブンスデー・アドベンチスト教会を見つけようとしました。遂に彼は情報を見つけ、又、彼は私たちが実際のところ何を信じているかを知らなかったのですが、訪ねて発見したいと思っていた、と言いました。彼は、主としてアドラ・ベトナムの働き人を持つ、私たちの小さな安息日遵守グループと集会を始めました。ティホミルは幸福で元気のある多数の人々を見出したために、彼は出席を続けました。結果として、彼はキリストと更により親しくなりました。彼は、遂に平和を見つけて大喜びしました。ティホミルはバプテスマを受け、ハノイにある小さなセブンスデー・アドベンチスト教会に加わりました。彼はまだ個人的な挑戦や困難を彼のクリスチャンとしての旅路に持っていますが、彼は社会の高いレベルの多数の人々に証しをしており、その全ての歩みを神と共に歩くことについてもっと学んでいます。彼がまだ直面している問題にもかかわらず、神の発見は彼の人生の中で今まで起こった最善のことだと彼は言います。ヨルダンを渡り、約束の地へ向かって神が彼を導かれるように、神と共に日毎の歩みの中にあるティホミルのために祈ってください。

私は、彼女を熱愛している夫・レオンと共に、彼らの職業の中で神に栄光をもたらすこと、すなわち非常に多くの学生が人生の真の意味を発見するのを助けた、素晴らしく愛らしい、そして優しい教会員であるドロレス・スリッカーズについて考えます。アンドリューズ大学理事会で昨年の春、ドロレスの名札の前に空席の椅子があり、又アンドリューズ大学学長・ニールズ・エリック・アンドレアセンによって尊敬と希望の記念として愛らしい花がそこに置かれていました。皆さんがお分かりのように、ドロレスは昨年の12月に自動車事故で亡くなりましたが、彼女が助けた何百という学生と共に、彼女にヨルダン川を渡らせ、約束の地へ導かれる、彼女の来るべき王を待っています。

私は、彼が自分自身で聖書を勉強し始めて後に、彼の祈りが答えられたボリビアのリベラルタの聾唖者青年リッキーについて考えます。東ボリビア教区個人伝道・伝道部長ウィンストン・サルズリと世界総会牧師会副会長ロバート・コスタによれば、リッキーはインターネットで教会とその聖書の教えに接触しました。リッキーが勉強した公立学校には、他の若い聾の生徒がいました。障害のない生徒の中に、イエスの愛、イエスの救いの力、そしてそれがもたらす喜びの希望を彼女のクラスメイトにいかに共有できるかを神に求めていた、独りの忠実な若いセブンスデー・アドベンチスト女生徒がいました。彼女はリッキーが聖書研究に本当に興味があるのを知った時、彼女はキリストのために証しをするために、記録的時間内で手話を学ぶことを彼女自身に強いたのです。この忠実な少女が手話を通してリッキーにイエスを紹介した時に、彼はキリストとすべての私たちの基礎教理を受け入れました。彼は、他の八人の聾者に再臨使命を教える強力な弟子、又聖書教師になりました。さる四月に、「イトゥ・イズ・リトゥン」のジョン・ブラッドショーによってなされたボリビアでの伝道集会に、その学校の全聾生徒が出席しました。聾者担当の地方政府の指導者が手話通訳するために集会に出席し、私たちの教会が聾者のグループに関心を持っていることに感動し、彼女は今、セブンスデー・アドベンチストの信仰に興味を持っています!彼女と彼女の聾者の夫は、聾者のためにアドベンチストの教材を得るために私たちのその地域の牧師たちと接触しています。特別な必要を持つグループに常に関心を示しましょう。キリストとこの尊い再臨使命を、あなた方が伝えられる特別な事情のもとにある人々のために時間を取りましょう。その結果、ボリビア内の最大の都市サンタクルツに、多数の有力な聾唖者を会員とする新しい会衆の兆しが見えているのです。去る四月にリッキーはバプテスマを受けました。彼は、イエスに彼の人生を捧げることは、何という幸福なことかを世界に語る、手話による喜びの表現で水から上がって来ました。

このドームのここにいる、そして中継を見ている世界中の私の仲間である教会員の方々、ヨルダンを渡ろうと行進している時に失望しないでください。私たちは家に近づいています!私たちは、ほとんどそこまで来ています!かき乱されたり、また老婆させられたりしないようにしなさい。ヘブル4:16の中で、「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」と私たちに語られる創造者、贖い主、子羊、そして大祭司に完全な信頼をおいて前進しなさい。あなたの時機を得た助けは今かもしれないし、そしてそれは、私たちの唯一の希望と救いは岩であるキリストに全的に寄りかかることの中にあるという聖書的預言によれば、近い将来にあります。

彼の恵み、彼の力、彼の無比の愛と彼の義でもってイエスは、三天使の使命の核です、またヨルダンを渡らせる唯一の答えです。詩篇37:5-7の驚くべき慰めと励ましの約束を求めましょう。「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、あなたの義を光のように明らかにし、あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。」

キリストの救い、キリストの福音、キリストの間もない来臨の最後の宣言に参加するように、神は今日、あなたを呼んでおられます!

神の言葉を信じましょう、ダニエルと黙示録の預言の書を信じましょう、預言の霊を信じましょう。イエスは間もなくお出でになります!それは何という日となるでしょう!ヨルダンを渡り、不信と冷笑に退却しないように。

私たちは、イエス・キリストの義とする清める力と彼のみを通して救われます、彼の義を通して救われます。神の聖所の奉仕は、キリストと彼の義を示しています、そして(それは)徹底的に勉強され共有されるべきです。私たちの救い主、イエス・キリストについてあなたの理解を深く掘り下げなさい。皮相から、又ただ「イエス」と言ってキリストの教理的真理は無視するという提案から離れなさい。私の兄弟姉妹方、私たちの聖書的基礎信条と基礎教理は、すべてそれぞれの中心にキリストを持っているのです。この預言的使命を伝えること、そして聖霊の力を通してリバイバルと改革を神に謙遜に求めることは、何という特権でしょうか。ヨルダンを渡りなさい、律法主義、神秘主義、皮相、又は無意味な主情主義に退却しないように。

三天使の使命は、私たちの一人ひとりによって、聖霊の力で宣言されるべきものです。聖霊の内住と、あなた方の勤勉な聖書と預言の霊の学びを通して真理を生きなさい。ヨルダンを渡りなさい、世的、又は神学について非聖書的現代主義、又はクリスチャンの実際生活の不注意さに退却しないように。

私たちを身体的に、知的に、社会的に、そして霊的に祝福できる神の完全な健康の使命を受け入れ、宣言しなさい。「都市への宣教」(計画)と田舎にいる人々に到達することにおいて、この右腕である総合的健康伝道を使用しなさい。神が彼らの生活と彼らの生活スタイルを制御することを認める全的献身の健康強調を、人々がいかに受け入れているかを見ることは感動的です。ヨルダンを渡りなさい、懐疑主義、高等批評、熱狂主義、形式主義に退却しないように!

もうすぐある日、私たちは上を見上げ、人の手の半分ほどの小さな黒い雲を見るでしょう。それは、より大きく、より明るくなるでしょう。全天が、上には輝く虹、下には稲光を持つあの驚くべき雲を構成している何百万という天使で、このクライマックス的出来事を演出しました。その驚くべき雲の真只中には、王の中の王、主の中の主として来られる、全く麗しい私たちの救い主であり主であるイエス・キリストなるお方、私たちが待っていたお方がおられるでしょう。私たちは見上げて、「これこそ私たちが待っていた神です」と言うでしょう、そしてキリストは見降ろされて、「よくやった、良い忠実な僕たちよ、あなたの主の喜びに入りなさい」と言われるでしょう。遂に、私たちは彼と共にいるでしょう、そしてイエスに完全に頼ってきた義人の報いを受けるでしょう。私たちは、天にある約束の地に入るために宇宙を通る最後の旅路を始めるために、ヨルダンを象徴的に渡るでしょう。私たちは、聖書の最後の章、黙示録22章に封印されている彼の約束の成就として、もう決して別れることない完全な状況の中で、彼と共にいるでしょう。3節から7節までに次のようにあります。「のろわるべきものは、もはや何ひとつない。神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、御顔を仰ぎ見るのである。彼らの額には、御名がしるされている。夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照し、そして、彼らは世々限りなく支配する。彼はまた、わたしに言った、『これらの言葉は信ずべきであり、まことである。預言者たちのたましいの神なる主は、すぐにも起るべきことをその僕たちに示そうとして、御使をつかわされたのである。見よ、わたしは、すぐに来る。この書の預言の言葉を守る者は、さいわいである』。」

これらが、あなたのため、私のため、この残りの教会のため、神の再臨運動のための神の約束です。私たちが空中で彼にお会いするために起き上がり、私たちが行く場所は、黙示録に啓示されているあの素晴らしい約束の地です。それは、何という日でしょう!イエス・キリストの恵みと義によって、私はその日、そこにいたいのです!

もし、それがあなたの願いであるならば、あなたは謙遜にキリストに献身して、又世界に彼の愛と預言的使命を伝えることに献身して、今、起立して私に加わって下さらないでしょうか。

私たちが、私たちの全能の船長であるイエスのみ手の中に私たち自身を委ねる時に、彼はヨルダン川を渡って約束の地に入るように私たちを導かれるでしょう!私たちの創造主、贖い主、大祭司、来るべき王、そして親友であるイエス・キリストの血と恵みを通しての究極の勝利の特別な福音を世界に届けなさい!「起きよ、輝け!イエスは来られる!」
 




「前進せよ」

2010年世界総会総会でのテッド・N・C・ウィルソン総理の7月3日安息日説教原稿(和訳・新名忠臣)



序論

お早うございます、キリストにある兄弟姉妹方!第59回世界総会の最後の安息日の朝に、若者、高齢者、女性、男性、また子供が神の家族として皆一緒に礼拝できるとは、何という特権でしょうか。主が今週、主の教会を沢山の方法で導いて下さったことを感謝します。私たちはすべての栄光を主に帰します。

セブンスデー・アドベンチスト教会は天国を目指した旅をしており、私たちはほとんど家に着いています。私はイエスが間もなくお出でになることを心から信じています!私たちはそれをすべての言語で言います。・・・「イエス レビエン ビエント」(フランス語)「ヘスス ビエンネ プロント」(スペイン語)「ブレベ イエス ボルタラ」(ポルトガル語)「イエス-ス プリジット スコーラ」(ロシア語)「エイス アナクジャ キャリブニ サナ」(スワヒリ語)「エスニム コッドゥ オシムニダ」(韓国語)「エス チャイライ」(中国語)「イエス ジェルディ アイガ」(ヒンズー語)「シ ヘスース アイ マラピット ナン ドゥマティング」(タガログ語)「ハ アナ アティ セリアン」(アラビア語)「イエズ-ス コムントゥ バルトゥ」(ドイツ語)・・・さらに、世界の多数の言語があります。

私は、世界中の私たちの信仰の家族の素晴らしい意気込みと熱心さに感謝しています。そして、私たちは私たちのそれぞれの国家や文化を誇りにしながら、私たちを一緒に束ね、またすべてのものに取って代わるキリストの文化があるということで、主を賛美します。そういう精神のもとで、今日、私が分かち合うメッセージをはっきりと聞いていただき、メッセンジャー(使命者)が高められることがないように、私は謙虚に皆様方のお祈りをお願いします。最後に、もし皆さんが(私の説教の中で)同意される特別なことがあれば、拍手の代わりに、心からの「アーメン」で応答して下さい。共にする私たちの時間の中心がメッセンジャーでなく、メッセージ(使命)であるための皆さんのお助けを感謝します。

混乱の世界、堅固なみ言葉

キリストの来臨の兆は、日々頻度と強度を増しています。自然界における破壊的事件、世界政治の大混乱、広がる教会合同の妥協的な活動、心霊術の驚くべき増加と影響、世界経済の悪化、社会と家庭の価値観の崩壊、神の聖なる御言葉と十戒の絶対的権威への不信、蔓延する犯罪と道徳の腐敗、戦争と戦争のうわさ、等々。すべては、地上歴史のクライマックスと、最後の家路にある私たちを天国へ連れて行くための主の来臨とを、間違いなく指し示しています。

私たちの周囲の世界の不確かさの真っただ中にあってさえ、変わることのない神の御言葉の中に、絶対的確信を持って安らぐことができることを知ることは、何という大いなる祝福でしょうか!人間の歴史の過程を通して、また無慈悲なサタンの攻撃に対して、神は神の御言葉を保存されて来られました。聖書は、私たちの起源、私たちの救済、そしてやがて来るべき私たちの解放の栄光的序章について、正確な記録を含んでいます。セブンスデー・アドベンチストとして、私たちは聖書をすべての私たちの信条の土台として受け入れ、また私たちの特殊な預言的独自性と宣教をそのページの中に見ています。

アドベンチストの独自性と宣教

神はセブンスデー・アドベンチスト教会を、神の真理の力を持って混乱の世界から取り出されました。私たちは、キリスト、キリストの義、黙示録14章のキリストの三天使の使命、そしてキリストの速やかな来臨を高く掲げる特別な民、神の残りの民であるべきです。地上歴史の最後の時代に生きる聖書を信じるクリスチャンとして、私たちは、使徒ペテロが「選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである」(1ペテロ2:9)と呼んだ通りであるべきです。黙示録12章17節に「神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者」として認められている神の残りの民として、私たちは希望のユニークなメッセージと世界に神の恵みを宣べ伝えるための命令を持っています。『教会への証』第7巻の中に、「セブンスデー・アドベンチストは、神によって特別な民として、世から分けられて選ばれている。・・・神は、彼らを神の代表者とされ、彼らを救いの最後の働きの中において神の大使に召しておられる」(『教会への証』第7巻138ページ、英文、私訳)とあります。

安息日

神の最後の時代の民の特徴を見極める一つは、神の教会の会員が、主の聖なる安息日を覚えるために私たちを召している第四条を含む神の戒めの十戒を全部受け入れ、信じるという事実であります。神が聖として取っておかれなかった日を聖として守ることを代表する獣の印を持つ人々と対比して、安息日の順守は、当初の神の創造性の印(a sign)であるばかりではなく、最後の時代における神の民の印(THE sign)となるでしょう。

安息日と三天使の使命

安息日とその意義は、黙示録14章の中にある三天使の使命のそれぞれに関係しています。第一天使は、「永遠の福音を持ち」―キリストの義―「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」(黙示録14:6、7)と宣言します。神は創造者であり、神のみ言葉と創造的力への私たちの忠誠の印としての神の安息日に礼拝されるべきです。8節の中で第二天使は、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者」と宣言しています。

彼女は神の戒めを改悪して、神の創造性の唯一の真の印である第7日目安息日以外の他の礼拝日を制度化しました。第三天使は9~12節の中で、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者、」彼または彼女は、火と硫黄とで苦しめられ滅ぼされると発表しています。もしあなたが獣とその像とを拝むならば、あなたは神が神の忠誠のテストとして宣言しておられるその印(THE sign)、第7日目安息日を拒否しているのです。

救い

第三天使は、12節の中で神の民を「神の戒めを守り、イエスを信じる信仰を持ちつづける」人々と同一視することによって、彼の宣言を閉じています。私たちは、イエスに、またイエスとの関係に私たちの救いを全的に依存しています。私たちは働きを通してではなく、私たちが宣言しているキリストの恵みを通して救いを得るのです。恵みは神の赦しの約束であり、神の力―義認と聖化―の供給です。あなたはキリストがあなたのために(FOR)なさっておられること(あなたがあたかも罪を犯さなかったかのようにあなたを日々義としておられること)をキリストがあなたの中で(IN)なさっておられること(あなたがキリストに献身する時にあなたを日々聖化されておられること、また益々イエスに似てくるようにあなたの生活が変えるための聖霊の働きをお許しになられること)から分割することはできないのです。

これは、第一天使の中で語られている永遠の福音です。これは信仰による義です。これが、セブンスデー・アドベンチストが神の恵みを宣言することにおいて、最も力強い声であるべき理由です!大争闘のテーマは、結局は、罪人を救う、また神の力を通して彼らを神の息子と娘、即ち私たちの信仰の創始者であり完成者であるイエスと生ける繋がりを通して聖霊の熱意を持って、三天使の使命を宣言する忠実な証人に改変する神の恵みです。

十字架上でのイエス・キリストの贖いの血と、天の聖所でのイエス・キリストの贖いの奉仕は、ただ一つの目的を持っています、即ちすべての悔い改めた罪人の救いです。このように、キリストの贖いの犠牲と大祭司の奉仕を通して、私たちは「あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づ」くことができるのです。(ヘブル4:16)私たちは、この驚くべき、力強い、贖いの恵みを、罪に病む世界に宣言するために召されているのです。

さらに、神の恵みの深さについての真の認識のみが、自己赦免または自己信頼の相反する極端のすべての土壌を除去することができるのです。あの素晴らしい本、『キリストへの道』は次のように説明しています。「私ども自身のうちには、なんら誇るところはなく、自己賞揚のなんの根拠もありません。私どもの唯一の希望は、キリストの義が私どもに被せられることで、それは、私どものうちに働き、私どもを通して働いてくださる聖霊の働きによるほかはないのであります。」(『キリストへの道』66ページ)この引用の前後の素晴らしいページを、信仰による義についての明白な考察のために読んでください。

預言の霊

さて、黙示録12章17節と、神の残りの民についてのもう一つの大きな際だった特徴に戻りましょう。彼らは「イエス・キリストのあかしを持つ」であろうとあります。黙示録19章10節は、「イエスのあかしは預言の霊である」と私たちに告げています。過去の聖なる人々を感動させた同じ霊は、この最後の時代に、主のためのメッセンジャーを再び起こされています。セブンスデー・アドベンチスト教会の兄弟姉妹たち、主は預言の霊の著書の中に、おそらく最も偉大な賜物の一つを私たちに与えておられます。聖書が時代遅れや不適切でないのと全く同様に、神の終末のメッセンジャーのあかしもそうです。神は聖書、預言、健康、教育、関係、宣教、家庭、そのほか多くの主題について、霊感を受けた洞察を提供するために、エレン・G・ホワイトを謙虚なしもべとして用いられました。預言の霊を読み、預言の霊に従い、そして預言の霊を紹介しましょう。エレン・ホワイトが、彼女が他のどれよりも配布したかったと述べた本、『各時代の大争闘』を含む、紹介すべき沢山の素晴らしい本があります。この国、また他の国々において、真理を紹介することを私たちに許している宗教的自由のゆえに主に感謝しましょう。預言の霊は、神の終末時代の残りの民についての際立った特徴の一つであり、そしてそれは天国から私たちに与えられたがゆえに、これまでと同様に今日にも全く同じように適用できるのです。神の忠実な残りの民として、エレン・G・ホワイトの著書の中で私たちに与えられている尊い光を、決して私たちが効果なきものにしないようにしましょう。

キリストのような謙遜

残りの教会また残りの民である私たちは、私たちがこの言葉を使う時、決して自己中心、排他的方法でそれを使ってはならないのです。私たちは、私たちの救い主イエスの完全な必要を認める、またこの力強い再臨運動に私たちを召しておられるイエスを賛美する、地上で最も謙遜な民であるべきです。この再臨運動は、謙遜で、純朴な人々、単純ではなく、純朴な人々によってなされています。神の民の多くは教育を受け、訓練を受け、知識があるが、しかしなお私たちは純朴な人々であるべきです。私たちの救い主は驚くべき権威で語られましたが、なお最悪の罪人たちに訴えるに十分なほどに謙遜でありました。この教会は単なるもう一つの教派ではなく、それはイエスの謙遜の中で継続して前進しなければならない、世界への伝道使命を持ったユニークな、天国で始まった運動です。世界は、キリストのようである人々からキリストのメッセージを聞く必要があります。私たちがキリストの恵みによって改変される時に、私たちは説教し、教育し、そして謙遜で、愛のある、快活な態度で、聖書と預言の霊からの率直なメッセージを証言するでありましょう。

私たちが全的謙遜の中で、私たちの主の永遠のみ腕に完全に寄りかかる時に、主は私たちを通して、死につつある世界へ憐みの最後のメッセージを与えるために、力強い方法で働かれるでありましょう。この働きの完遂における私たちの成功は、神の御言葉と聖霊の導きへの私たちの従順にかかっています。それは、私たち自身を私たちの創造者の前に謙遜にすること、またイエスが私たちをご支配し私たちの罪に勝利されるために、自己を否定することにかかっています。それは、私たちが個人的に、また教会として団体的に、後の雨の聖霊の降下へ導くリバイバルと改革を私たちの生活の中で、謙遜に求める用意があるか否かにかかっています。

ホワイト夫人は、教会への証第8巻の中で、「何が起こったのか」という見出しで、一つの幻を記録されています。(『教会への証』第8巻104-106ページ、英文)彼女は、1901年の世界総会会議で、神が二つの大きな事をすることを望んでおられたことを見ました。1.私たちが今日持っているようなほとんどの構造を、私たちに与えることになった教会に再組織すること。 2.教会内に不信仰があり、また神の指導者たちと人々が神の前に謙遜にならかかったために起こらなかった聖霊の降下を提供すること。教会は後の雨を受ける機会を逸しました。それは、109年前のことでありました。後の雨が始まりイエスが再臨できるように、神をこれ以上待たせないようにしましょう。

その経験のために私たちは熱心に祈る必要があります。私たちはそれをこの総会中にしているし、また私たちがここを去る後も、私たちの生活の中で主のみ心を熱心に求め続けなければなりません。ホワイト夫人は、「私たちの中の真の敬虔のリバイバルは、私たちのすべての必要の中で最大で、最も緊急である」(『セレクテッドメッセージ』第1巻121ページ、英文、私訳)と明らかにしています。この世界総会の会議中に何度も、あなた方はリバイバルと改革、聖霊と後の雨を求めて嘆願しています。兄弟姉妹方、その時です・・・主は間もなく来られます!主は、主の残りの教会を最も力強い方法で用いることを望んでおられます。

主は私たちに中に、主ご自身のご品性を再現することを望んでおられます。これは、私たちが毎日、私たち自身を主に捧げる時に実現できます。パウロがピリピ人への手紙2章5節の中で言っているように、「キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。」私たちが日々キリストに繋がり、またキリストに私たちを通して働くことを許す時に、主の恵みを宣べ伝え、主の来臨を早めるために、私たちは聖霊によって用いられるでありましょう。私たちが神の恵みを宣言する時に、これは再臨運動であり、召された民であり、残りの教会であり、運命の民であり、天国への旅路にある民であることを覚えましょう。

『キリストの実物教訓』の本の中に、キリストの民へのキリストの願いが書かれてあります。「キリストは切なる願いを持って、キリストの教会の中にキリスト自身の顕現を待っておられる。キリストのご品性がキリストの民の中に完全に再現される時に、その時にキリストはキリストのものとして彼らを要求するためにお出でになるであろう。私たちの主イエス・キリストの来臨を待っているばかりでなく、早めることは、すべてのクリスチャンの特権である。もし、キリストの名前を告白するすべての者が、キリストの栄光のために実を結んできたならば、どんなにか早く全世界は福音の種を蒔かれていたことであろうか。最後の大収穫物は速やかに熟し、そしてキリストはその尊い穀物を集めるためにお出でになるであろう。」(『キリストの実物教訓』英文69ページ、私訳)

エジプトから出るイスラエル

旧約聖書の中で、神はメッセージと運命を持つ独特の民を召されました。彼らは、信仰の旅路を行くために、また神にある彼らの信頼によって神の恵みを世界に宣言するために召されました。イスラエルの子孫はエジプトに400年の間住み、エジプト人への奴隷であることに終わりを遂げました。私は約8歳までエジプトで育ちました。カイロが私の所在地でした。・・・私は中東以外の世界についてはほんの少ししか知りませんでした。そこは、素晴らしい所で、素晴らしい人々で一杯でした。しかし、古代においては、イスラエルはエジプトの奴隷でありました。神がモーセ、アロン、そしてミリアムを奇跡的に用いて、神は神の民を旅路、・・・世界への宣教の旅路のために解放されました。最後の、そして10番目の災いの後に、イスラエルの子らは、エジプトから南を目指す旅路へと出発しました。

出エジプト記13章21節には、「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、・・・」とあります。何という素晴らしい神でありましょうか。・・・神は、私たちを昼も夜も導かれます!主は、彼らをエジプトの砂漠の隣の紅海の西岸に導かれました。14章2節には、「ミグドルと海との間にあるピハヒロテの前、バアルゼポンの前に宿営させ」るための場所に彼らを導かれたとあります。エジプトでほぼ15年間過ごした私の父は、この場所が『人類のあけぼの』の中で描写されているような場所であると知っており、彼はそう感じています。そこは、神がエジプト人に対して神の力を発揮された場所です。ある聖書学者は、イスラエルの子らは腰までの深さのアシの海であった場所の紅海を渡ったと考えています。それでは、神にとって神の力を発揮したということに何の価値があるでしょうか。全く何の価値もありません!実際は、難所でありました。イスラエル人が南下していた時、彼らは西にエジプトの砂漠、彼らの前方に山、東に紅海、そして背後にエジプトがありました。その章は続いて、パロがいかに彼の考えを変え、「えり抜きの戦車六百と、エジプトのすべての戦車」で彼の部隊を整列させ、イスラエル人を追いかけたかを描写しています。10節には、イスラエル人がパロの軍隊がやって来るのを聞いた時に、彼らは恐れたと述べています。神が導いておられる時に、なぜ私たちは恐れるのですか。イスラエル人は雲と火の柱の論証を持っていたのに、なぜ彼らを導いておられた力に信頼しなかったのでしょうか。その教訓を学びましょう。イスラエル人はひどく狼狽していたので、モーセを非難して11節で言いました。「エジプトに墓がないので、荒野で死なせるために、わたしたちを携え出したのですか。」なぜ私たちは当時と同じように行動するのですか。私たちは導きと恵みについて神の奇跡的印を見ている、それなのに何か悪いことがあると私たちは神を非難します。

それから13節でモーセは、人々に恐れてはならないと言っています。「かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。」しばしば私たちは、主が私たちの足取りを導かれるのを許さないで、私たち自身の衝動で行動するように誘惑されます。しかしながら、主は、主の指導のもとでのみ前進するように私たちに望まれます。こういうわけで、モーセは14節で、キリストとサタンとの間の大争闘のクライマックスに直面する時に、私たち皆が求めるべき強力な約束を与えました。「主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。兄弟姉妹方、主は私たちのために戦って下さり、主は道を開いてくださいます。主は主の教会に勝利を与えられる、しかし私たちは主に信頼しなければならい、私たちは主の前に私たち自身を謙遜にしなければならない、私たちは主に従わなければならい、そして私たちは主の導きに続かなければならないのです。

そしてその時、神はモーセを通してイスラエルの子らに宣言された同じ命令を、神は今日、神の最後の時代の残りの教会に与えておられます。15節に、「主はモーセに言われた、『あなたは、なぜわたしにむかって叫ぶのか。イスラエルの人々に語って彼らを進み行かせなさい。』」神が前進せよと言われる時、私たちは前進しなければなりません。

しかし、イスラエルの子らは大きな絵を見ることができなかったのです。彼らは、神が過去に彼らをいかに導かれたかを忘れてしまいました。神が過去に、この再臨運動をいかに導いて来られたかを、そして神は神のみ名の栄光のためと、全宇宙の前に神の救済の計画の弁明のために、いかに将来における勝利に導かれるかを、決して忘れないようにしましょう。私たちは、大争闘の終わりの時代にいます、そして神は「前進せよ」と言われます。

しかし、イスラエルの子らは何をすべきでしたか。彼らの右の砂漠、彼らの前方の山、彼らの左の紅海、そして彼らの背後に接近するエジプト軍によって、彼らは閉じ込められたと感じました。彼らは、神の力に彼らの信頼を置くことに失敗しました。彼らが見ることができたすべては障害でありました。

私は、あなたが今日、どんな障害に直面しているかを知りません。私は、教会が今日、直面しているとあなたが考える障害が何であるかを知りません。それらがどんなものであろうとも、神は、私たちが神の恵みを宣言する時に、私たちの各自のため個人的に、また教会のために、通り抜ける道を持っておられます。

この安息日に、あなたはどんな障害に直面していますか。

1.あなたが直面しているのは:
聖書の中の世俗主義的疑惑の山?
神の御言葉の自由主義的解釈の海?
霊的混乱の軍隊?
神は、私たちは聖なる国民であり、特殊な民であり、・・・「前進せよ」と言われます。

2.あなたが直面しているのは:
経済的困難の山?
家族または個人との衝突の海?
否定的社会変化の軍事力?
主は言われる、「前進せよ」、あなたは私の選びの民であると。

3.あなたが取り囲まれているのは:
誤った情報の山?
家庭、職場、教会、社会での不安と混乱の海?
情緒的衝突と誤解の軍事力?
神は言われる、あなたの環境にかかわらず「前進せよ」と。神は前進する道を持っておられます。

霊感は私たちに語っています。「神は、み摂理のうちにヘブル人を海に面した山の中に導かれたが、それは、神が彼らを救う力を示し、彼らを圧迫するものの誇りをあからさまにくじくためであった。神は別の方法を用いて彼らを救うこともできたが、彼らの信仰を試み、神に対する彼らの信頼を強めるために、この方法をお選びになった。」(『人類のあけぼの』上巻333ページ)

それは、神が今日も全く同様にされるように、神の力強い奇跡の一つを行った時でありました!出エジプト記19節と20節は、エジプトの軍隊からイスラエル人を守るために神の保護の雲が、彼らの前から彼らの背後に移動したと語っています。イスラエル人にとっては雲は輝く光の洪水であったが、エジプト人にはそれは暗黒の壁でありました。

21節は、モーセが彼の手を紅海に向かって差し伸べ、神が偉大な紅海の公道を創設されたことを述べています。雲は、イスラエル人が信仰によって紅海を横切って前進して行った間、エジプト人を背後に止めていました。あなたは、百万以上の人々が海の中の乾いた道を歩いている興奮を想像できるでしょうか。子供たちが、あたかも水族館の中にいるかのように、泳いでいる魚を見た時のスリルを想像してみなさい。

再度、『人類のあけぼの』の中に、霊感のペンがその場面を力強い言葉で描写しています。「ここに教えられている驚くべき教訓は、いつの時代にもあてはまるのである。クリスチャンの生涯は、しばしば危険にさらされ、義務を果たすことが困難に思われる。われわれは、前方には滅び、後方には束縛や死が迫っているように考える。それにもかかわらず、神のみ声は明らかに『前進せよ』と語っている。われわれの目が、暗黒を貫いて見ることができなくても、また、冷たい波を足もとに感じても、われわれはこの命令に従わなくてはならない。われわれの前進を妨げる障害物は、ためらったり疑ったりしていては取り去られることはない。」(『人類のあけぼの』上巻334ぺージ)

だから、兄弟姉妹方、あなたが将来に直面するどんなことでもあなたを通り抜けさせることがお出来になる全能の神を見ましょう。神にあるあなたの全的確信と信頼を決して失わないように。「前進せよ」との神の命令に常に従うように。イスラエル人が紅海を通り抜けるという天国が指導した仕事を完成した後に、やっとエジプト人は彼らを追跡することを許されました。それは、すべて神の計画によるものでした。神は、あなたの生涯とこの教会のために計画を持っておられます。この力強い再臨運動の天命を決して疑わないように。それは、神のみ手の中にあります。神は、「神が勝利者である!」という大闘争の完成を知るための預言的教示を、私たちに与えておられます。

23-30節は、主が奇跡的に彼らの戦車の車輪を取り外させ、それから完全な勝利のために全軍隊を強大な紅海に呑みこませるという、イスラエル人を追跡したエジプトの軍隊の信じがたい光景を描写しています。私たちが、「かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい」を実践する時に何が起こるかが分かります。31節は、「イスラエルはまた、主がエジプトびとに行われた大いなるみわざを見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセとを信じた」と記録しています。

出エジプト記15章は、モーセとイスラエルの子らによる偉大な勝利の歌を記録しています。「・・・彼は輝かしくも勝ちを得られた、彼は馬と乗り手を海に投げ込まれた。主はわたしの力また歌、わたしの救となられた、彼こそわたしの神、わたしは彼をたたえる、彼はわたしの父の神、わたしは彼をあがめる。」

再臨運動の兄弟姉妹方、・・・私たちは大いなる旅程にあります。あなたの解放のために神のみを見なさい。主のメッセンジャーは宣言しています。「神がお導きになる道は、荒野や海を通っているかも知れないが、安全な道なのである。」(『人類のあけぼの』上巻334ページ)

もちろん、神があなたをどんな方向に召そうとも、サタンがあなたを他の道に誘うとも、あなたは確実に安んじることができるのです。神が「前進せよ」と言われる時はいつでも、悪魔はあなたを後退させるようにします。しかし、友よ、私たちが私たちの永遠の家の端に立っている時に、イスラエル人に約束の地へ前進せよ、エジプトへ後退するなと命じられた同じ神は、今日、前進せよ、後退するなとあなたを召しておられます。(出エジプト記14:15)

前進せよ、後退するな

前進せよ、後退するな・・・セブンスデー・アドベンチスト教会の中でさえ支持を得ているが、それが単に斬新で流行しているから礼拝や外部への伝道の方法として受容するという誤った考えに屈服しないようにしなさい。私たちは、神の御言葉という最高の権威と、私たちがエレン・G・ホワイトの著書において祝福されている勧告によって、すべてのことをテストするために油断のないようにしなければなりません。誤った神学に基づいてあなたに霊的成功を約束する、セブンスデー・アドベンチスト教会以外の、運動やメガチャーチ・センターへ行かないようにしなさい。宣伝されている黙想的祈り(contemplative prayer)、集中的祈り(centering prayer)、そして緊急教会運動(emerging church movement)のような神秘主義に根差した非聖書的である霊的規律や霊性形成の方法に近寄らないようにしなさい。セブンスデー・アドベンチスト教会内の、堅固な聖書的原則と大争闘のテーマに基づいた伝道方法とプログラムを提供できる、謙虚な牧師、伝道者、聖書学者、指導者、そして部局指導者を見なさい。

前進せよ、後退するな!教会礼拝において、キリスト中心、聖書を土台とした礼拝、そして音楽演奏をしなさい。私たちは、礼拝儀式や文化は世界中で変化することを理解している一方で、音楽と礼拝が余りにも感情と経験に焦点を当て過ぎて、神の御言葉への中核的焦点を失わないように、混乱した異教徒の状態に後退しないようにしなさい。すべての礼拝は、それが単純であろうと複雑であろうと、一つのこと、ただ一つのことをするべきです。即ち、キリストを高めて、自己を低くすることです。演奏や自己を高める礼拝方法は、キリスト中心、聖書的接触法の単純で甘美な反映に取り換えられるべきです。それを余り厳密に定義することは不可能ですが、あなたが神の臨在の聖について聖書を読む時に、聖霊はあなたに何が正しく何が間違いであるかを、あなたが知ることを助けてくださるでしょう。

前進せよ、後退するな!天が落ちかかろうとも真理のために立ちなさい。聖書の真理の柱とセブンスデー・アドベンチスト教会の標識である信条から神の御言葉を歪曲する熱狂的、または締りのない神学に陥らないようにしなさい。「新しい」神学のあらゆる細かな気まぐれな考え、または私たちの全般的な神学と宣教にほとんど影響を与えない特異な、また不明瞭な概念を注意深く説明するためと称する複雑な年表に、動じないようにしなさい。セブンスデー・アドベンチスト教会の歴史的、聖書的信条は動じることはないでしょう。聖書の土台は時の終わりまで固く立つでしょう。『セレクテッドメッセージ』第1巻207-208ページで私たちに言われていることを聞きなさい。「私たちの歴史のこの段階で、私たちの信仰の土台―私たちの働きの始めに祈りによる御言葉の研究と啓示によって敷かれた土台―を崩壊させるために、秘かに強力な方法で人々を誘導して働かせるのは、どんな影響力なのか。・・・私たちは神の戒めを遵守する民である。・・・あらゆる方面の異端が、神の御言葉に関して―特に、天の聖所でのキリストの奉仕、また黙示録14章の天使たちによって与えられているこの最終時代のための天の使命に関して、私たちに影響を与えるため、私たちの考えを曇らすためにもたらされている。セブンスデー・アドベンチストに強く迫っている、真理に基づくあらゆる様式と種類の使命は、一項一項、祈りによる研究によって求められ、また、奇跡を働く主の力によってテストされてきたのである。しかし、私たちが何者であるかを決定し、神が神の御言葉と神の霊の証しを通して重大であるとされてきた標識は、保存されるべきであり、またそれらは保存されるであろう。神は、疑う余地のない権威に基づいている基本的原則に、信仰の力で固く繋がっているように私たちを召しておられる。」(私訳)

前進せよ、後退するな!字義的に読まれ、また理解されているように神の御言葉のために固く立ちなさい。もちろん、私たちが、無限で全能の神のみ業を観察する限りのある、堕落した被造物であるということを、私たちは常に謙虚に認めなければなりません。自然と聖書という神の偉大な2冊の本の双方には、私たちが十分に理解しない事柄があります。事実、私たちは、イエスの犠牲は「贖われた者のたちの科学となり歌となる」(『各時代の大争闘』下巻433ページ)であろうと言われています。しかし、主の恵みの中で、主が私たちに明白な言葉で、ただ主がそう言われたので事実として受け取るように与えておられることは、懐疑主義の中に覆い隠されてはなりません。創世記の最初の11章、また聖書の他の部分を比喩的、象徴的と誤解して後退しないようにしなさい。ちょうど今週、私たちはもう一度、圧倒的方法で、セブンスデー・アドベンチスト教会は、近年に起こった、文字通りの、連続的、切れ目のない(1日)24時間の6日間の創造についての聖書の記録を教え、信じるということを確認しました。セブンスデー・アドベンチスト教会は、その土台的教理の中で、その立場と信条を決して変えないでしょう。もし神がこの世界を文字通りの6日間で創造されなかったならば、それではどうして私たちは今日、この第7日目安息日にセブンスデー・アドベンチストとして神を礼拝するのでありましょうか。この教理を誤って理解、または解釈することは、神の御言葉を否定し、聖霊の力で三天使の使命を宣言するために召された、神の残りの教会としてのセブンスデー・アドベンチスト運動の目的そのものを否定することであります。無神論的または有神的進化論に後退しないようにしなさい。神、創造者、救済者への忠誠は、まさに時の終わりに、神の民の際立った特徴としての第7日目安息日の遵守に見られるという預言的理解に前進しなさい。セブンスデー・アドベンチスト教会員たちよ、 あなた方の指導者、牧師、地方教会、教育者、機関、そして行政組織は、聖書の文字通りの理解に基づく信条の最高標準として責任があるのです。聖書を解釈するための正しい方法を私たちが知るのを助ける、解釈学に関する(世界総会)聖書研究所の新しい本のような素晴らしい材料を利用しなさい。

再度、私たちは『セレクテッドメッセージ』第1巻170ページから学びます。「私たちは聖書を誤って解釈しないように注意しなければならない。神の御言葉の平易な教えは、現実が視界から失われないように、余りにも霊的にされるべきではない。空想力を喜ばせるために、何か余分なものをもたらすような努力で、聖書の中の文章の意味を膨らませ過ぎないようにしなさい。聖書に書いてあるように聖書を理解しなさい。」(私訳)

ナンシーと私は双方とも神を敬う両親によって育てられたことで主を賛美します。私たちの家庭の双方で、聖書または預言の霊について軽んじる、また否定的な言葉を一言もこれまで聞いたことがありません。私たちは双方とも主を恐れ、また主の御言葉を畏敬するように育てられました。

数週間前、私は旅行中に書き込みをしていた私の貴重な聖書を紛失しました。それは、友人を失うようなものでした。私はその聖書を宝としていたので、今日それを持っていないことで私は大変悲しい一方、私は神の御言葉を失っていないので主を賛美します。あなた方は神の御言葉を失っていません!あなたはそれをあなたの手の中に、印刷された形、またはiPhone、iPAD、または他の電子装置で持っています。私たちが神の御言葉を読み、学ばなければならないという授与された自由を、私たちは決して取り去ってはなりません。エレン・ホワイトは、1909年の世界総会会議で、彼女にとって最後となる公衆の面前において、聖書について感動的に語りました。彼女は話した後、講壇を去りました、それから戻って来て、大きな聖書を掲げ、震える手でそれを会衆の方へ向け、言いました、「兄弟姉妹方、私はあなた方にこの本を推薦します。」私の親愛なるセブンスデー・アドベンチスト教会の兄弟姉妹方、今日、私たちは聖書の土台に固く立たなければなりません。神の「本 (the Book) の民」として、上からの全ての力を持って、聖書を読み、聖書を生活し、聖書を教え、聖書を説教しましょう。

前進せよ、後退するな!聖書をそれ自身の解釈者としましょう。私たちの教会は長い間、聖書理解について、「教訓に教訓、規則に規則」(イザヤ28:10、訳者注)という聖書にそれ自身を解釈させることを許す、歴史的聖書的または歴史的文法的方法を取って来ています。しかしながら、聖書に対する最も邪悪な攻撃は、聖書を説明するという歴史的批評的方法を信じる人々からのものです。「高等批評学」のこの非聖書的アプローチは、私たちの神学と宣教の命取りの敵です。このアプローチは、聖書学者や個人を、聖書の率直なアプローチの上に置き、その批評家の力量と教育に基づいて、彼または彼女が真理として認めることを決定する不適切な免許を与えるのです。この形のアプローチは、人々に神と神の御言葉を信頼させないようにするので、それに近寄らないようにしなさい。『セレクテッドメッセージ』第1巻17-18ページは、この問題に対して直接に語っています。「人々が、彼らの限りある判断の中で、どこが霊感を受けてどこがそうでないかを決めるために、聖書を試すことが必要だと悟る時には、イエスが私たちを導いて来られたよりも、もっと良い道をイエスに示すために、彼らはイエスの前に出て来たのである。・・・頭や手を聖書を批判することに従事させないようにしよう。・・・聖書が書いているようにあなたの聖書を固守し、そして聖書の有効性に関してのあなたの批評を止め、御言葉に従い、そしてあなたが失われた者の一人にならないようにしなさい。」(私訳)

前進せよ、後退するな!預言の霊を、セブンスデー・アドベンチスト教会に与えられた、ただ過去のためだけでなく、さらに将来のためにもっと重要な最大の賜物の一つとして受け入れなさい。聖書が真理の至高の権威と最終的判定者として私たちの判断の中で最高支配者である一方、預言の霊は、聖書真理の私たちの適用を助けるために明白で、霊に満ちた勧告を提供します。それは、その教会の宣教をいかに遂行するかを、教会に教えるために天から送られた案内人です。それは、聖書の信頼できる神学的解説者です。預言の霊は読まれ、信じられ、適用され、そして奨励されるべきです。それは、人々の頭を打つための「棍棒」として使用されるべきではなく、この地上歴史の最終時代の中にある神の教会を指導するための驚くべき祝福として見なされ、また使われるべきです。預言の霊について時代遅れ、古めかしいというものはないという私の確信を反復します。それは、今日の、そしてキリストが来臨されるまでのものです。

前進せよ

神の残りの教会の会員の方々、私たちが時の終わりに来ている時に、神は私たちに「前進せよ」と語っておられます。キリストとキリストの義を掲げ、また神の恵みを宣言しながら前進せよ。三天使の使命を提示しながら前進せよ。リバイバルと改革を求めながら前進せよ。聖書が書いているように聖書に従いながら前進せよ。預言の霊の勧告を読み、それに従いながら前進せよ。救いの福音を、またイエス・キリストの間もなくの再臨を世界に宣言しながら前進せよ。神の恵みは、人々を全世界へ「前進せよ」と導いておられます。私たちは、始終、公衆伝道の字幕を掲げ続けなければなりません。神の恵みと三天使の使命の宣言は、どこででも人々を変えています。聖霊は、あなたの言葉、また伝道的証し、・・・神の恵みについてのあなたの宣言を通して、この尊い再臨使命を聞く人々の心に働いています。「統合伝道」が全く生活の一部になっている偉大な南アメリカ支部を含む多くの地域が実践しているように、私たちは伝道を生活のすべての分野に組み入れる必要があります。この一つの例が、中央アジア支部から私たちに届いています。数年前、バシリはモルドバで警察官でした。彼は聖書真理と、この尊い再臨使命について確信するに至り、セブンスデー・アドベンチストとしてバプテスマを受けることを望みました。彼がこの新しく見出した信仰について彼の家族に話した時に、彼の父と母は彼を勘当すると言い、彼の兄弟は彼をもう兄弟と考えないと言い、彼の妻・ガリナは彼を離婚すると言い、そして彼の警察署長は彼に安息日の休みを決して与えないと言いました。

バシリは、単純に彼の聖書を開き聖句を通して、神が彼に祈りの直接の答えを与えられるように神と祈りながら苦闘しました。彼はどうすべきなのでしょうか。彼は聖書を開きました、そして神の恵みによって、彼の眼は、いかに家族が私たちの敵になり得るか、そして、もしあなたがキリストよりも父または母を愛するならば、あなたはキリストにとって価値がないとイエスが説明しておられる、マタイ10:35-38の言葉に捉えられました。バシリは、イエスの十字架を取り、イエスに従うために、イエスの命令に留意するように導かれていると感じました。
バシリは神に感謝しました。彼は決心をしました。彼はセブンスデー・アドベンチスト教会へ行き、バプテスマを受けました。彼が妻に彼はバプテスマを受けたことを話した時、彼女は既に離婚証書を用意していました。バシリは扇動されないで、彼は彼女を愛していると話しました。
彼女の反対を彼らが支持してくれるだろうと信じて、ガリナは彼のバプテスマの知らせを彼の家族に伝えるためにバシリと同行しました。しかし彼女が驚いたことに、バシリの両親と兄弟は、反対でなく彼の決心を受け入れました。次にバシリは、彼がバプテスマを受けたことを説明するため、辞表の手紙を持って彼の上司の警察官を訪ねました。その警官は言いました、「それは何だ?引っ込めて、事態を考えるために1週間の休みを取れ。」1週間後、バシリは戻って来て、再び彼の辞表を出しました。それを受理する代わりに、署長はバシリが安息日の葛藤がないように彼を昇進させました。
ほぼこの時、バシリの妻・ガリナは、彼女が現金出納係であった彼女の仕事で深刻な問題を起こしました。その日の合計が合わなく、その会社は彼女がその金額を負担するように言ったのです。失望の中で彼女はバシリに彼女のためにお祈りを頼み、彼は彼女にその問題について彼と一緒にお祈りするように招きました。翌日、ガリナは、正確に同じ金額の経理上の間違いを見つけたのです。バシリは、彼らの祈りに答えられた神に彼女の心を捧げるように招きましたが、彼女は拒否しました。
後に、ガリナの母が癌になり、バシリとガリナは彼女を訪問して彼女のために祈りました。神の介入により、彼女は癒されたのです!ガリナの心は柔らかになり、彼女は真っ直ぐにセブンスデー・アドベンチスト教会へ行き、バプテスマを受けました。バシリ・ガラスクイクは今、モルドバ・ユニオンの会計であることを今日あなた方に告げることができ、私は大変嬉しいです。そして、神の恵みによりバシリとガリナは、今日私たちと共に出席しているのです。(お二人の方、)恐れ入りますがお立ち下さいますか。彼らは、聖霊の力による何千という改心の経験を代表しています。神の恵みの救いの力のゆえに神を賛美しよう!

このジョージアドームにいる、また世界中の私の兄弟姉妹方、聖霊の力によって神の恵みと三天使の使命を宣言しよう!私たちは美しく多様化された教会であるが、キリストとこの尊い聖書のメッセージにあって一致しています。私たちは聖霊と私たちの土台である聖書の信条で一致して前進するので、私たちは神の恵みを宣言している地球のあらゆる地域から成る国際家族であります。
世界へ伝えるべき最終時代の再臨運動にとって何という尊い使命でしょうか!神への真の、そして聖書的礼拝に人々を招くための第一、第二、第三天使の使命の宣言。何という創造者!救済者!大祭司!仲保者!友!何という神!

イエスは間もなくお出でになられます!!間もなく私たちは東の空に、人の握りこぶしの半分くらいの大きさの小さな、黒い雲を見るでしょう。それはだんだんと大きくなり、まただんだんと明るくなるでしょう。全天が地球歴史のこのクライマックスのために降りて来るでしょう。すべての人々は、天の奇跡によって同時にイエスを見るでしょう。そして、私たちが待ち望んでいたお方、みすぼらしい裂かれた子羊ではなく、大祭司ではなく、王の王また主の主、イエス・キリストである私たちの救済者が、何百万という天使の真ん中に坐しておられるでしょう。私たちは見上げて言うでしょう、「これが私たちが待ち望んでいた神である。」キリストは下を見て言われるでしょう、「よくやった良き忠実なしもべよ、あなたの主の喜びに入りなさい」と、そして私たちは主と共に永遠に住むための家に行くために、空中で主に会うため挙げられるでしょう。・・・再臨旅程の美しい終着!
もし、主の素晴らしい愛と救いの計画―主の勝利を収めた恵み―があなたの心を感動させたならば、そして、あなたが主の恵みを宣言するために家庭へ戻っていく時に、あなたが主とセブンスデー・アドベンチスト宣教にあなたの献身を新たにしたいならば、あなたがリバイバルと改革をあなたの生活と教会の中で望むならば、あなたが神の恵みを宣言する時に聖霊と後の雨の臨在を望むならば、あなたが三天使の使命を他者に宣言することを望むならば、そして、あなたが主の血、功績、憐みと恵みによって裁きに直面するために、あなたの生活と私的証言を私たちの全能の贖い主、大祭司、来たるべき王の御手の中に置きたいと願うならば、・・・もしあなたが、地球歴史のこの最終時代に神の恵みを宣言するために、主があなたの生活を支配し、あなたを助けることを求め、謙虚に願うならば、今ここで静かに起立して、神に献身する間立っていてください。 私は、あなたがキリストの驚くべき恵みをあなたの人生に受け入れること、キリストとこの偉大な再臨運動へのあなたの献身を新たにすること、神の恵みを宣言すること、そしてこの教会が「前進する」のを助けるように主に望むこと、をあなたに要請します。私たちのテーマソング、そして終祷の前に、共に祈って神に求めましょう・・・私はあなた方に起立したままで、今、あなたの隣の人、または後ろの人と向き合って、・・・そして心から、単純な祈り・・・神の恵みと三天使の使命を宣言しながら私たちが「前進する」時に、聖霊が神の残りの教会を導くことがお出来になるように、リバイバルと改革を主に嘆願するように要請します。どうぞ共に祈ってください、起立したままでいてください。
 

プロフィール

プロフィール画像
性別
現住所
愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
職業
牧師・宣教師
自己紹介
●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
Self Introduction in English
Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan

Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)

Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
facebook
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