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2020年10月 アーカイブ

2020年10月30日 7時41分29秒 (Fri)

伝道者への道 その三三 インターン時代 その三〇 青年の声伝道講演会 その三

 「青年の声」伝道とは、当時の青年部が奨励していた「ヴォイス・オブ・ユース」と言う伝道プログラムでした。人々をキリストに導くために、青年たち自身が講師となって伝道集会を開催したのです。それにしても、私の出席者数への期待が五〇名、又は一〇〇名以上と大きかったのに感心と共に驚いてしまいます。それほど純粋だったと言えますが、懸命に準備してきたので自ずとそのような人数を当然と考えたのかもしれません。その証拠に、プレゼントをさらに追加しているからです。五〇年後の現在も伝道講演会に従事していますが、当時ほどの信仰がないのか、出席人数の期待は現実的になっています。「今日の礼拝説教、みんな笑ったなあ・・・。始めのころ、大きな声で笑っていた・・・。一度もリハーサルをなくしてぶっつけ本番でやったため、言葉は洗練されていなかったし、一寸まずかった。時間も六〇分間とかなり長くなってしまった。長いのはよくない・・・。とにかく言訳はダメだけど、青年の声のことで準備する時間がなかったのである。午後は、Sさんを訪問した。そのお母さんともかなり長く話した。その過去について・・・。つくづくとこの世の悪、罪の恐ろしさについて話し合った。夜の講演会、今夕は昨晩よりも沢山の人が集まった。一三名の求道者であった。昨日と合わせて二〇名である。明日は二〇名くらい来てほしい・・・。 家庭訪問をしていきたい。そして最後の夜を飾りたいと思う。青年たちみんなよくやる。訓練すればみんな立派な働き人になると思った。」(九月一六日、土曜日)「ついに青年の声伝道終わった。今夜は求道者一六名であった、うち子供三人いたが。献金も九〇〇円余りと回を重ねるごとに多くなってきていた。三晩とも雨に降られた・・・。最悪の天候状態であった。大分足が鈍ったことは事実である。ともかく一応終った。青年たちはよくやってくれた。しかし今夕はよく失敗したなあ・・・。まず私のオルガンの伴奏がまずかった。司会者もいろいろまちがった。私の今夕の“安息日”についての講演、英語クラスのあとまとめあげ、午後今まで集めていた新聞記事を資料に作成した。このところ安息日についてばかり説教したり、聖書研究をしたり、伝道説教したりしている。私自身、ますます祝福を受けている。・・・また明日から訪問をどんどんとしないといかん・・・。」(九月一七日、日曜日)
 

2020年10月23日 14時28分54秒 (Fri)

伝道者への道 その三二 インターン時代 その二九 青年の声伝道講演会 その二

 「なんとしても、この“青年の声”伝道講演会、成功させたいと思っている。いや、神の戦いであるが故に、ぜひ勝利を得たい。考えてみれば、三〇年間も当地に教会が存在していたのに、この附近の人の中には、誰も信者がいないのである。これはどうしたことであろう。教会が移転するにあたって、ぜひ近所の方々に信じて頂きたいと思っている。信じるとまでいかなくても我々が何を信じているか聞いてもらいたいものである。セブンスデー・アドベンチストの名前を知ってもらいたいものである。・・・午後は“青年の声”伝道の準備をやった。」(九月一一日、月曜日)「おお主よ、ねがわくば、金、土、日の伝道集会の夜、天気をささえて下さい。晴天にして下さい。五〇以上の人を与え給え!!」(九月一二日、火曜日)「夜はずっと明日から始まる、青年の声伝道講演会の準備をした。ポスターをもう一枚かき、キャタツに看板をうちつけ、それにスポットをつけて外から教会堂を照らし出すようにしている。かなりあかるい。スポット三個に電気スタンド一個と四個のライトで照明しているのでさすがに明るい。会場内の準備も出来たし、あとはただ会衆を待つのみである。五〇名以上の人々を与えて欲しいと思っている。夜の一一時近くまで準備した。・・・明日、一〇〇名の人々が集まらないかなあ・・・。あの会堂が、超満員とならないかなあ・・・。なんとか、びっしりと集まってほしい・・・。」(九月一四日、木曜日)「今夜、青年の声伝道第一夜であったが、七名の求道者であとはみな教会員であった。 とにかく肩すかしをくらった。ガックリときた。五〇余名の人々を期待していたのに・・・。あわよくば記念品が足りなくなるかと思っていて、昨年の記念品などをとりだしてきていたのに・・・。ところが時間が来ても人がこない。あわてた。一人自分の部屋に帰り祈った・・・。私にはまだまだ苦しい時の神だのみ式の精神がある・・・。終ったあといろいろ反省してみたが、私の考えでは、祈りの欠如と、チーム・ワークの欠如と、もう一つはやはり人々の無関心ということであろう・・・。三〇年余りもこの土地に活動をつづけてきたのに近隣の人の反応がなかった。さびしいことであり、残念なことであった。身をもって伝道のきびしさを感じた。これで負けてはおれない。ガンバルぞ!!ただひたすらやる以外にない。」(九月一五日、金曜日)

2020年10月16日 14時13分07秒 (Fri)

伝道者への道 その三一 インターン時代 その二八 青年の声伝道講演会 その一

 「午前中青年の声伝道講演会のためにアイディアを練った。演題、プログラム、宣伝方法、みな一人で作成していった。いよいよ青年たちだけの手で伝道集会をやる。かなり大きなものをやりたいと考えている。予算も3万円ばかりあることだし。いそいでやらないと間にあわないからなあ・・・。ポスターの印刷などは・・・。」(八月二九日、火曜日) 「さて、札幌の青年の声の講演会をいよいよやることにし、印刷の方法準備をすすめている。ポスターの校正でもってきたが、字の方はいいのであるが、カットの絵がどうもすっきりしない。・・・なんかいいデザインはないかなあ・・・。」(八月三〇日、水曜日)「青年の声の講演会のポスターが完成したのでさっそくはりはじめたいと思っている。かなりいい講演会ができるものと思っている。今週一杯全部、そのために準備したい。」(九月四日、月曜日)教役者の相談会のあと、昼食をし、それから一時前から五時過ぎまでずっとポスターはりをした。今度の青年の声伝道講演会、教会移転お別れ講演会『私たちは何を信じてきたか?』はほとんどすべて私の独創的なアイディアによるもので、全面的に私の行き方が出されている。これでもっと大々的にやっていけば、ビリー・グラハムのような大集会が開けるのであろうなあ・・・。とにかく与えられた予算で精一杯頑張ってみたいと思っている。なんとか五〇人以上の人を集めたいと考えている。超満員になるくらいにしたい。教会員の出席は無理であらうからあまり期待しないで、青年たちだけで、今までにないもり上りを見たいと思っている。できることなら、私単独ででも講演したいくらいである。公衆伝道者はいつも講演会、大衆伝道には意欲的であるべきだと考えている。あくことなき情熱を燃やしつづけていきたいと思っている。」(九月七日、木曜日)「私の二四回目の誕生日であった。・・・準備の日であったので、忙しかった。サンセットぎりぎりまで立看板を書いていた。・・・だんだんとうまくなっていくみたいだ、また早く仕上がるみたいだ。」(九月八日、金曜日) 「“青年の声伝道講演会”いよいよ今週だ。今朝か早天祈祷会を始めた。私としてはまだまだ準備に物足りなさを感じている。もっと祈り、もっと集まって相談すべきだと思っている。人を動かすということは本当にむつかしい。人徳の力が必要なのであろう・・・。」(九月一〇日、日曜日)

2020年10月9日 12時29分48秒 (Fri)

伝道者への道 その三〇 インターン時代 その二七 小樽教会講演会手伝い

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「来る日曜日から小樽教会の講演会を手伝うことになっている。」(八月二五日、金曜日)その手伝いとは、講演前の賛美歌礼拝の担当です。「さきほど小樽から帰ってきた。第一夜、なかなか成功であった。約五〇名の出席者を得ていた。あの教会堂に大体一杯であった。なかなかやる・・・。こちらの英語教室を終ってすぐでかけた。少し手伝っただけであった。もっともっと準備に時間をかけたらいいと思った。講演会に対する考え方の違いかな・・・。でも長島先生は実によくやられる、バプテスマの数がそのことを証明している。札幌からはKさんが出向いていて小樽の友人をさそうと思ったらしいがその友人、教会の前まで来ていながら、とうとう入らなかったみたいである。」(八月二七日、日曜日)「今夜の小樽での長窪先生の話はよかった。“キリスト教と救い”であった。なかなかいいアイディアをもっている。やはり私が気づかぬようなアイディアをもっている。聖書学者らしい聖句を引用する。大いに勉強になっている。」(八月二九日、火曜日)実は、この年の小樽教会講演会講師は、私の三育学院神学科時代の聖書教師・長窪専三先生でした。 「今夕も教会員が沢山出席していた・・・。今夜は小樽から汽車で帰ってきた。最終のバスに遅れたのである。」(八月三一日、木曜日)「ずっと今日は長島先生宅にお世話になり、今夜は泊まっている。長窪先生のとなりにねている。・・・明日の朝、長窪先生を札幌へつれていく、礼拝説教のために。」(九月一日、金曜日)「朝、小樽を七時四三分のバスで出発した。長窪先生を札幌教会へお連れした。充分に間に合ってよかった。礼拝には、沢山の人たちが出席した。大体座席は一杯であった。いつも、これくらいの人たちが出席すればいいのであるが・・・。午後の集会もよかった。また小樽へ行った。最後の小樽教会講演会の奉仕のためである。雨が降りコンディションが悪かったせいか、出席者は少なかったが、お話はよかった。『キリスト教と社会』であった。私が今まで気づかなかった点をついてくれた。たしかに長窪先生の話はわかりやすい。終ってから、また話し込んだ。いろんなことを。服装のことから始めて、結婚のこと、夫婦関係のこと、ともかく次の日の二時三〇分まで話しこんだ。」(九月二日、土曜日)このように親しく話せる先生たちに出会えた私は実に幸いでした。

写真説明:小樽にて長島正男先生(上)、長窪専三先生(下)と共に(筆者に抱かれているのは長島先生のお嬢さん)
 

2020年10月2日 14時56分23秒 (Fri)

伝道者への道 その二九 インターン時代 その二六 VBS(夏期聖書学校)

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「毎日あくせくといろんなことをやっているが、ともかく全力を費やしてやっている。それにしても、なかなか実が実らない・・・。考えさせられる。・・・午前中VBS、午後クラス四個、夜、伝道集会。今、すでに一一時をすぎている。疲れた。しかし私は進まねばならぬ。主の再臨の時まで。キリストは常に前進し給うた。それゆえ、私も前進しなければならない。さいごまで、福音の完結まで・・・。燃え尽きるだけである。ただ、ひたすらつっ走るだけである。」(八月六日、日曜日)「もっと睡眠をとりたかったのに、早く目がさめた。今日も午前中VBSをやった。この学校の半数以上の生徒をあずかって作業帳をやらせているが、なかなかである。工作が大変である。できる子はほっておいてもどんどんとやっていくがそうでない子が困る。」(八月七日、月曜日)「VBSも第三日目である。いい生徒達で休む人はあまりいない。工作の時間も、いいのができている。こういうのをみていると、家庭のしつけのできいかんがほんとによくわかる。いい子はいい。ほんとにかわいらしくなる。そして、そういう母親はきまっていい。・・・午後から訪問に出かけた。(八月八日、火曜日)「今日もVBS終った。・・・出席率もいい。なかなかいい作品もできている。母親たちが喜んでいる。子供伝道をして、そして大人を引きつけて、それから徐々にというのはいい方法だと思うのであるが・・・。工作の材料を探すのにも苦労する。まあ、すべてが経験であり、訓練である。やって益とならぬことはないであろう。午後訪問した。(八月九日、水曜日)「VBS、今朝も幼い子たちと楽しい時をすごした。子供を相手にするのは楽しくゆかいである。・・・午後からはS君宅を訪問した。立派な家に住んでいる。」(八月一〇日、木曜日)「この一週間も追いたてまわられた・・・。VBSで午前中びっしり。午後は訪問であった。勉強の時間がなかった。」(八月一一日、金曜日)「今日も一日中びっしりとプログラムが詰まっていた。午前六時の早天祈祷に始り、VBS、英語クラス、さらに夜の伝道集会であった。ともかくよくもった。馬力が必要である。スタミナが必要である。」(八月一三日、月曜日)「朝起きると身体の調子が悪いのに気づき、びっくりした。・・・それでも午前中にVBSを全部済ませてしまい、さらに修了式や、あとかたづけをしてしまったあとは、ガックリと来た。」(八月一五日、火曜日)

写真説明:VBS担当クラス生徒写真
 

プロフィール

プロフィール画像
性別
現住所
愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
職業
牧師・宣教師
自己紹介
●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
Self Introduction in English
Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan

Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)

Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
facebook
http://www.facebook.com/home.php?clk_loc=5#!/profile.php?id=100001267058201

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