2018年4月 アーカイブ
2018年4月27日 12時38分14秒 (Fri)
聖書とシルクロード:日本の鎖国から開国へ その二
黒船来航に対応したのは江戸幕府老中首座阿部正弘で、ペリー他一行に久里浜への上陸を許可し、浦賀奉行の戸田氏栄と井戸弘道に会見させました。ペリーは日本の開国を促すアメリカ大統領フィルモアの親書等を手渡しますが、幕府側は将軍が病気のため決定出来ないとして一年の猶予を要求しました。そこで、ペリーは外交交渉は何もせず文書を渡したのみでしたが、返事を聞くために一年後に再来航する旨を告げました。その後、ペリーは江戸の港の見える海域まで北上して日本側に十分な威嚇を示し、七月一七日に江戸を離れ琉球に残した艦隊と合流してイギリスの植民地・香港へ帰りました。ところが、ペリー退去からわずか一〇日後に将軍家慶が死去し、後継者に第一三代将軍家定が就任しますが病弱で国政を担えるような人物ではなかったのです。当時の外国からの開国要求に対して、幕府内には異国排斥を唱える攘夷論が高まっていたため、老中首座阿部は広く大名、旗本、更には庶民まで外交についての意見を求めたと言うのです。幕政に関係のなかった外様大名は喜びましたが、名案はありませんでした。ある意味で、民主主義への移行と考えられますが、結果としては幕府の権威を弱めることになりました。その後、阿部はアメリカと戦闘になった時に備え、江戸湾警備として品川沖に砲撃用の台場を一一箇所造営したり、幕府自ら及び各藩に軍艦の建造を奨励するのです。又、アメリカの情報を得るために同国帰りの土佐藩のジョン万次郎を旗本格として登用しています。さて、ペリーは香港で将軍家慶の死を知り、国政の混乱の隙を狙ったと言われるのですが、一年ではなく半年後の一八五四年二月一三日に、琉球を経由して浦賀に九隻の大規模艦隊で来航・集結して江戸に大きな動揺を与えました。しかし、幕府とアメリカの双方は前回同様に敵対行動を取らずして交渉し、約一か月の協議の末、幕府はアメリカの開国要求を受け入れ、遂に全一二箇条から成る日米和親条約(神奈川条約)が三月三一日に締結されたのです。条約締結前に、ペリーは約五百名の将官や船員と共に武蔵国神奈川近くの横浜村に上陸して幕府から歓待を受けたと言われています。その後、六月一七日には伊豆国下田で和親条約の細則である全一三箇条の下田条約を締結しました。写真説明:日米和親条約(ウィキペディアより転載)
2018年4月20日 16時15分19秒 (Fri)
聖書とシルクロード:日本の鎖国から開国へ その一
徳川幕府第三代将軍徳川家光が一六三九年に鎖国をして以来、日本は海外に対して門戸を閉じ、約二百年間も孤立状態を続けていました。その一方で、実際には四つの窓と言われたように、北から松前(蝦夷)、対馬(朝鮮)、長崎(ヨーロッパ)、薩摩(琉球)の四か所の港は外に開かれ、それぞれの国・地域の人々と交易をしていました。この中でも長崎の出島は有名で、オランダと貿易を行い、幕府は利益及び海外事情を独占していたと言われます。一方、江戸時代末期が近づくと、四つの窓以外の港へ、又は認定されていない外国人が往来するようになります。一七九一年には最初のアメリカ人として冒険商人ジョン・ケンドリックが二隻の船で紀伊大島に上陸したそうです。 一八四八年にも、やはりアメリカ人ラナルド・マクドナルドが日本人に英語を教えようと密入国したそうです。このような出来事の延長線上として、アメリカのマシュー・カルブレース・ペリー提督の率いる黒船が浦賀沖へ一八五三年七月八日に来航したと言えましょう。新約聖書のヨハネの黙示録三章二〇節に次のような興味深い描写があります。「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。」アメリカ大統領フィルモアの国書を携えた五八歳のペリーを乗せたミシシッピ号は一八五二年一一月にバージニアのノーフォークを出発して大西洋を渡り、南アフリカのケープタウン、インド洋のモーリシャス、セイロン、マラッカ海峡、シンガポール、マカオ・香港を経て日本に来たのです。アメリカ出発時は一隻でしたが、浦賀には四隻になって現われました。この黒船の来航を可能にしたのも、世界の海がシルクロードで繋がっていたからです。さて、日本側の反応は、「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」という狂歌に良く表わされています。「上喜撰」とは緑茶の銘柄「喜撰」の上物という意味で、カフェインのために四杯飲んだだけでも眠れないという意味と、外国の蒸気船四杯で国内が騒乱して夜も眠れないと言う意味をかけています。迎えた幕府側の第一二代将軍・徳川家憲(いえよし)は病床に伏しており、残念ながら国家の重大事を決定できるような状況ではなかったと言うのです。写真説明:マシュー・カルブレース・ペリー提督(ウィキペディアより転載)
2018年4月13日 14時45分43秒 (Fri)
聖書とシルクロード:聖書の「雪の倉」と横手の「かまくら」
旧約聖書のヨブ記三八章二二、二三節に非常に興味深い描写があります。「あなたは雪の倉にはいったことがあるか。ひょうの倉を見たことがあるか。これらは悩みの時のため、いくさと戦いの日のため、わたしがたくわえて置いたものだ。」神は「雪の倉にはいったことがあるか」、更に「ひょうの倉を見たことがあるか」と人間に質問しておられますが、神ご自身が「これらは悩みの時のため、いくさと戦いの日のため、わたしがたくわえて置いたものだ」と答えておられます。この意味を理解するために、詩篇三三篇七節とエレミヤ書一〇章一三節を引用します。「主は海の水を水がめの中に集めるように集め、深い淵を倉におさめられた。」「彼が声を出されると、天に多くの水のざわめきがあり、また地の果から霧を立ちあがらせられる。彼は雨のために、いなびかりをおこし、その倉から風を取り出される。」ここには、創造主である神が水を「倉におさめる」とか、「倉から風を取り出される」と表現されています。つまり、神の所有される自然界の力、エネルギーが貯えられている場所の象徴として倉が使用されているのです。換言すれば、「雪の倉にはいったことがあるか」とは、神の倉には人間の衣食住に必要なすべての自然の恩恵が貯えたれているので「悩みの時」にも心配無用だと言うのです。そして、「いくさと戦い」では先手を打つことが必勝の条件ですが、「ひょうの倉」の豹はスピードの象徴であるように、神は素早く必要な援助を与えて私たちを守られると言う約束です。秋田県横手市の冬の風物詩の一つに「かまくら」があります。これは、約四五〇年の伝統を誇る水の神(水神様)をまつる小正月行事だと説明されています。祭り開催中には市内に百基ほどの「かまくら」が作られ、その中で人々は甘酒やお餅などを食べながら話にはずむのだそうです。さて、「かまくら」の語源は、原型は「かまど」に似ていて、この中で正月用の注連飾(しめかざ)りなどを焼いたから、古書に「かまくら」の側に鎌倉大明神の旗がある絵があり、その神を祀っていたから、その他の説が言われています。しかし、私に最も説得力のあるのは、「雪室は神様の御座所、すなわち神様のおいでになる神座であることから、この神座(カミクラ)がかまくらに変化した」と言う説です。ここにも、聖書の教えがシルクロードを経て日本に届いていた痕跡を見ることが出来ます。写真説明:横手かまくら(ウェブサイト「みちのく五大雪まつり」より転載)
2018年4月5日 17時10分43秒 (Thu)
聖書とシルクロード:慶長遣欧使節 その三
安土桃山時代の織田信長はキリシタンに対して好意的で、保護政策さえ取っていました。それは、キリシタン宣教師がもたらす南蛮貿易の品々に関心と興味があり、南蛮文化を取り入れようとしたからだと言うのです。又、彼は一向一揆を嫌い、比叡山の焼き打ちを仕掛けたり、本願寺勢力と石山合戦をしていますが、政治に介入して対決して来る仏教勢力に対してキリスト教はむしろ南蛮の珍しい地球儀、時計、地図等を持って彼に近づいて来るのを歓迎したと考えられます。同様に、豊臣秀吉も当初はキリスト教容認の立場を取っていました。しかし、彼が九州を平定した時に、長崎がキリシタン大名・大村純忠によってイエズス会に寄進されていることを知り驚きます。又、九州のキリシタン大名と宣教師たちが日本人の奴隷売買に関わっていると言う話を耳にしたとも言われています。そこで、布教責任者のコエリョを呼んで詰問しますが、彼の態度が挑発的なのに怒り、一五八七年に宣教師国外退去を命じたのです。これが伴天連(バテレン、ポルトガル語で神父を指す)追放令です。更に、一五九六年にスペイン船サン・フェリペ号が土佐に漂着した時に、スペイン国王はキリスト教布教により世界を征服すると言う話を聞き豊臣秀吉は激怒します。それが、一五九七年の長崎での「二十六聖人の殉教」と言う弾圧に繋がりました。弾圧の背後にはバテレン側の事情もありました。南蛮貿易と共に、従来のイエズス会だけではなく、フランシスコ会、ドミニコ会、アウグスティノ会等のカトリックの諸勢力が来日して信者獲得を争い、日本の権力者に対する足並みが揃わなかったのも迫害の一因でした。その一方で、キリシタンになる人々は絶えることはありませんでした。江戸時代に入ると、幕府はもっと弾圧を強め、一六一二年に江戸、京都、駿府(すんぷ)を始めとする直轄地の教会破壊と布教禁止を布告しました。翌年の一六一三年一月二八日には、この禁教令を全国に広げたのです。皮肉にも、この年の一〇月二八日に支倉常長は遣欧使節として出発したのです。翌年一六一四に徳川家康はキリシタン海外追放令を出し、有名なキリシタン大名・高山右近はフィリピンへ追放されます。南蛮貿易路がキリシタン迫害路になりました。このような訳で、支倉常長が帰国した一六二〇年の日本はキリシタン暗黒時代の真只中だったのです。写真説明: 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康 (ウェブサイト「YAHOO!知恵袋JAPAN」より転載)
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プロフィール

- 性別
- 男
- 現住所
- 愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
- 職業
- 牧師・宣教師
- 自己紹介
- ●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
- Self Introduction in English
- Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan
Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)
Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
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