2017年11月 アーカイブ
2017年11月24日 14時38分51秒 (Fri)
聖書と神道:シルクロードの西と東
西のヨーロッパと東のアジアを結ぶ交易路「シルクロード(絹の道)」の名称は、一九世紀にドイツの地理学者リヒトホーフェンが著書『China(支那)』の中でドイツ語の「ザイデンシュトラーセン」を使用したのが最初で、その後に彼の弟子であるスウェーデンの地理学者ヘディンの著書『The Silk Road(絹の道)』の題名で英訳されて広く知られるようになったと言うことです。シルクロードは、広義においては三つのルートがあり、北から草原の道、オアシスの道、そして海の道です。草原の道は中国から北上してモンゴル、カザフスタンの草原を通って黒海に至る最古の貿易路で紀元前千年頃には存在し、その地方に住む遊牧民が東西の文化交流の役割をも果たしていたと考えられています。オアシスの道は東トルキスタンを横切る東西の隊商路で、リヒトホーフェンが名付けたシルクロードであり、狭義の意味での絹の道です。そして、敦煌以西へは西域南道、天山南路(西域北道)、天山北路の三つのルートがあります。西域南道は紀元前二世紀頃の前漢の時代には確立されていて、この三つの中では最古の道で、タクラマカン砂漠南縁のオアシスを辿ってパミール高原に達するので漠南路とも呼ばれます。海の道は、中国から東シナ海、南シナ海、インド洋を経てインドへ、更にアラビア半島に至る海路で海のシルクロードです。エジプトはプトレマイオス朝(紀元前三〇六年~紀元前三〇年)の時代からインドと通商をしており、エジプトを征服した古代ローマもインドに商業拠点を築き絹を求めて中国まで達したと言われています。貿易品は、中国から西方へは絹、陶磁器、香料、茶、漆器、紙等が、西方から中国へは宝石、ガラス製品、銀製品、絨毯、イスラム陶器等でした。さて、日本には奈良の正倉院に中国製やペルシア製の宝物が多数あり、また遣唐使に随行してペルシア人李(り)密(みつ)翳(えい)が日本に来た記録もあると言うのです。そういうわけで、日本は中国の唐時代のシルクロードの東端になっていた、そして摂津国の住吉津(現在の大阪市住吉区)を「シルクロードの日本の玄関」、飛鳥京や平城京を「シルクロードの東の終着点」と呼ぶことがあると言うことです。自分たちの国を失い、外国に離散させられたユダヤ人たちが、宣教と商業活動のためにシルクロードを利用し、日本へ到達した可能性は十分にあると思います。
2017年11月17日 10時16分36秒 (Fri)
聖書と神道:ユダヤ人への神の約束
旧約聖書の創世記一四章一三節に次のように記録されています。「時に、ひとりの人がのがれてきて、ヘブルびとアブラムに告げた。この時アブラムはエシコルの兄弟、またアネルの兄弟であるアモリびとマムレのテレビンの木のかたわらに住んでいた。彼らはアブラムと同盟していた。」ここの「ヘブルびと」とは、ユダヤ人またはイスラエル人と呼ばれる人々のことですが、聖書の中で最初にユダヤ人が言及されている箇所です。つまり、この聖句からもアブラムがヘブル人の先祖であることがわかります。神が彼と結んだ約束が創世記一五章五~六節に書かれています。「そして主は彼を外に連れ出して言われた、『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。また彼に言われた、『あなたの子孫はあのようになるでしょう』。アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。」神はアブハムに、天の星が数えられないほどにあるように、彼の子孫をそのように増やすと約束されたのです。そして、アブラムはそれを信じました。その結果、ユダヤ人が世界中に広まり、その数は増加し、日本にも到来したと考えられるのです。旧約聖書のイザヤ書五九章一八節、また同六〇章九節に「海沿いの国々」という言葉があります。これは文脈からして現在の地中海沿岸の国々ですが、広義に解釈すれば太平洋・大西洋・インド洋等の海に沿っている国々をも含むと考えれば、中国や日本も視野に入ってきます。さらに、イザヤ書五九章一九節には次のように書かれています。「こうして、人々は西の方から主の名を恐れ、日の出る方からその栄光を恐れる。主は、せき止めた川を、そのいぶきで押し流すように、こられるからである。」ここには、創造主である神が力を持って御自身を現わされるので、畏敬の念を持つ人々が西から東から出て来ることが預言されているのです。この西と東が、今日の西洋と東洋を意味しており、そして東洋の中に中国や日本が含まれているのは言うまでもありません。つまり、ユダヤ人の先祖であるアブラムに与えられた約束、すなわち子孫が増え、世界に広まるということは、文字通り成就していると考えられます。そして、この約束を与えられた創造主である神を認めて信じる人々がキリスト教徒というわけですが、現在では西洋のみならず東洋でもクリスチャンの数は著しく増加しています。
2017年11月10日 15時19分09秒 (Fri)
南王国ユダの滅亡・離散と日本
アッシリア帝国によって北王国イスラエルが滅ぼされ、その民の捕虜については、旧約聖書の列王紀下一七章五、六節で次のように述べられています。「そしてアッスリヤの王は攻め上って国中を侵し、サマリヤに上ってきて三年の間、これを攻め囲んだ。ホセアの第九年になって、アッスリヤの王はついにサマリヤを取り、イスラエルの人々をアッスリヤに捕えていって、ハラと、ゴザンの川ハボルのほとりと、メデアの町々においた。」また、バビロン帝国が南王国ユダを滅亡させ、その民を捕虜とした記事が、やはり列王紀下二五章八~一二節にあります。「バビロンの王ネブカデネザルの第十九年の五月七日に、バビロンの王の臣、侍衛の長ネブザラダンがエルサレムにきて、主の宮と王の家とエルサレムのすべての家を焼いた。すなわち火をもってすべての大きな家を焼いた。また侍衛の長と共にいたカルデヤびとのすべての軍勢はエルサレムの周囲の城壁を破壊した。そして侍衛の長ネブザラダンは、町に残された民およびバビロン王に降服した者と残りの群衆を捕え移した。ただし侍衛の長はその地の貧しい者を残して、ぶどうを作る者とし、農夫とした。」このようなわけで、北王国のみならず、南王国も滅亡し、両国の民十二部族の国は失われたのです。但し、メド・ペルシャ帝国のアルタシャスタ王から紀元前四五七年に、捕虜とされていたイスラエルとユダの民にエルサレムの神殿再建のための帰還命令が出され、紀元前四〇八年に神殿は完成しました。しかし、イスラエルの国家が復興したわけではありませんでした。つまり、イスラエルの十二部族は国家を失った支族であり、世界の各地へ散在して行くことにならざるを得ませんでした。アフガニスタンには、紀元前五~六世紀頃にはユダヤ人集落が存在し、紀元一一世紀頃まで数万人の異国人がいたそうです。エチオピアには、現在でも約一三万五千人のエチオピア系ユダヤ人がおり、彼らはイスラエルの失われた部族の末裔と言われています。中国の開封市では、紀元一九世紀に洪水で村が壊滅するまで、紀元前三世紀からユダヤ教の規律に従って生活していた部落があり、ユダヤ人の会堂が立てられていたそうです。日本には、中国から渡来人が先進文化を持って入って来ましたが、その渡来人の中にユダヤ人が含まれていたと十分に考えられます。
2017年11月2日 10時27分42秒 (Thu)
北王国イスラエルの滅亡・離散と日本
旧約聖書の創世記四九章一、二節に次のような記録があります。「ヤコブはその子らを呼んで言った、『集まりなさい。後の日に、あなたがたの上に起ることを、告げましょう、ヤコブの子らよ、集まって聞け。父イスラエルのことばを聞け。』」ここにヤコブの子らとありますが、この後の記事から全部で一二人いたことがわかります。また、ヤコブは「父イスラエルのことばを聞け」と言っていますが、ヤコブは神から改名するように言われ自分をイスラエルと呼んでいます。(創世記三二章二八節参照)このヤコブ、すなわちイスラエルの息子一二人が後のイスラエル民族の先祖になるのです。エジプトで奴隷状態にあったイスラエル一二部族が、預言者モーセによって出エジプトをしてカナンの地を目指し、モーセの後継者ヨシュアによってカナン定着を実現します。やがて、イスラエルの民は王を望み、サウル、ダビデ、ソロモン王と続きますが、ソロモンの死後、紀元前九三一年に国は北王国イスラエル(都・サマリヤ)と南王国ユダ(都・エルサレム)に分裂します。その結果、北王国に一〇部族、南王国に二部族が属したのです。ところが、紀元前七二二年に、北王国はアッシリアによって滅ぼされ、民は捕虜として連行されました。南王国も紀元前五八六年にバビロンによって滅亡し、やはり有力者が捕虜になります。さて、北王国の一〇部族が、「イスラエルの失われた十支族」として話題になり、サマリヤに残った者もそうでしたが、特にアッシリアに移住させられた者は周囲の異邦人と混血して、子孫が現在のアフガニスタン、エチオピア、中国、そして日本へと散って行ったというのです。ユダヤ人のヨセフ・アイデルバーグ(一九一六~一九八五)は、イスラエル国防軍の陸軍少尉を務めた人ですが、アメリカで理工学、ヨーロッパで言語学を習得した語学堪能者で、日本語とヘブル語の単語を詳細に比較研究して五千語以上のリストを作成したそうです。彼の研究成果は、原題「日本人とイスラエルの失われた部族」が邦題では『大和民族はユダヤ人だった』(一九八四年)として、また『日本書紀と日本語のユダヤ起源』(遺稿)(二〇〇五年)として発行されています。
2017年11月2日 9時57分07秒 (Thu)
『これほど似ている! 聖書と神道の類例』
日本の宗教は何かと聞けば、多くの人々が神道、又は仏教だと答えると思います。文部科学省文化庁の宗教統計調査(二〇一五年一二月三一日現在)によれば、神道系が約八、九五三万人(全体の約四七・四%)、仏教系が約八、八七二万人(約四七・〇%)、キリスト教系が約一九三万人(約一・〇%)、そして諸教(先の三系統以外の宗教)が約八七二万人(約四・六%)の信者数となっています。これらの信者数の総数は約一億八、八八九万人となり、日本の人口約一億二、五八九万人(総務省、二〇一六年一月一日現在)を大きく超えています。その理由は、一人で複数の宗教を信じている、つまり日本人の二重信仰・多重信仰のためだと言われています。外国人から見れば奇異に感じられるのですが、日本人は日本固有の神道と、インドに始まり中国を経て日本に伝来後に日本化した仏教の両方を信じ、人生の慶弔の節目に応じて双方の宗教を巧みに取り込んでいるのだと思います。さて、日本人の最大宗教となっている神道は、日本国の象徴である天皇家の宗教です。この事実も、日本をして神道の盛んな国にしている最大要因の一つだと言えましょう。私は愛媛県に生まれ育ったのですが、当時の越智郡波止浜町(おちぐんはしはまちょう)、隣の波方村(はがたむら)には神社が数多くあり、四季に合わせて様々の祭が開催されていました。少年時代の楽しい思い出の一つは、神社の祭の獅子舞を見ることでした。自宅近くの神社のみならず、遠くまで出かけて継(つぎ)獅子(じし)等の多彩な舞を見て心躍らせたものです。又、絢爛たる神輿(みこし)の渡御(とぎょ)にも心を奪われました。又、神社の境内や広場で開催された少年相撲大会に参加して景品を貰ったことを懐かしく思い出します。ある時は、激しく相手と取っ組み合い、ズボンが破れてしまったこともありました。このような環境から、高校卒業後に一転してキリスト教の世界に入り、大学卒業後には聖書の教えを日本の各地で伝える牧師となり、更に海外で宣教師として働くようになったのですから、今考えてみると実に不思議な気がします。
そして、定年退職後に再び故郷に戻って来たのですが、現在も神社の祭は依然として続いています。確かに、日本の人口減少の影響は否めず、神社の祭の規模や参加数に於いては昔ほどではないにしても、それでも季節毎に以前と同様に祭事が挙行されています。その一方で、神道に対する私の考え方に大きな変化が起こりました。幼少時代には神道の真意が何かも知らず、ただ神社の祭を喜び楽しんでいました。中学・高校時代には余り関わりがなくなり、大学以後は全く疎遠になっていました。ところが、現在の私はと言えば、神道を知れば知るほど、神道は時代的に先に存在していたキリスト教の聖典である聖書に出所(ルーツ)があると確信を持つようになったのです。そして、この仮説を証明する手段として、聖書と神道の類例を私なりに研究してまとめたと言う訳です。実は、神道の中に聖書の教えが多々見出されると言うことは、既に多くの識者が書いておられ、それらの文献は大変参考になりました。
拙著が、キリスト教、神道、及びその他の関係者の方々の参考になり、お互いの宗教の理解を深め、更に対話の機会になり、真理探究の一助となりますならば望外の幸いです。
なお、文中の聖書の言葉は、日本聖書協会発行の口語訳聖書から引用させて頂いております。
新名忠臣
- 水曜聖書講座
- 世界総会総理安息日礼拝説教(和訳) GC President Sermon
- 安息日礼拝説教(音声) Sabbath Sermon (Voice)
- ブログ 毎週更新 Blog Weekly
- アルバム 静画 Album Photo
- アルバム 動画 Album Movie
- 本の紹介 1 Book 1
- 本の紹介 2 Book 2
- 本の紹介 3 Book 3
- 本の紹介 4 Book 4
- 本の紹介 5 Book 5
- 本の紹介 6 Book 6
- 本の紹介 7 Book 7
- 本の紹介 8 Book 8
- 本の紹介 9 Book 9
- 本の紹介 10 Book 10
- 日本PMMニュース PMM Newsletter in Japan
- アドベンチスト南米人ニュース Adventist South Americans
- 北アジア太平洋支部所属時宣教活動 Missionary Activities under Northern Asia-Pacific Division
- 新聞掲載記事 News Articles to Papers
- 英文雑誌掲載記事 Articles to English Magazines
- English Article 1
- English Article 2
- English Article 3
- フリーページ 日本語 1 Japanese Article 1
- フリーページ 日本語 2 Japanese Article 2
- フリーページ 日本語 3 Japanese Article 3
- フリーページ 日本語 4 Japanese Article 4
- フリーページ 日本語 5 Japanese Article 5
- フリーページ English Article 1
- フリーページ English Article 2
- フリーページ English Article 3
- 論文 1 English Thesis
- 論文 2 English Dissertation
- 論文 3 日本語 Japanese Thesis
- 論文 4 日本語 Japanese Thesis
- 掲示板 Bulletin Board
- リンク Link
- フリーページ
プロフィール

- 性別
- 男
- 現住所
- 愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
- 職業
- 牧師・宣教師
- 自己紹介
- ●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
- Self Introduction in English
- Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan
Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)
Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
- http://www.facebook.com/home.php?clk_loc=5#!/profile.php?id=100001267058201
日本PMMニュース PMM Newsletter in Japan
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 | 31 | |||||
アドベンチスト南米人ニュース Adventist South Americans
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 | 31 | |||||
北アジア太平洋支部所属時宣教活動 Missionary Activities under Northern Asia-Pacific Division
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 | 31 | |||||
新聞掲載記事 News Articles to Papers
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 | 31 | |||||
カテゴリー
アーカイブ
携帯用QRコード
- 水曜聖書講座
- 世界総会総理安息日礼拝説教(和訳) GC President Sermon
- 安息日礼拝説教(音声) Sabbath Sermon (Voice)
- ブログ 毎週更新 Blog Weekly
- アルバム 静画 Album Photo
- アルバム 動画 Album Movie
- 本の紹介 1 Book 1
- 本の紹介 2 Book 2
- 本の紹介 3 Book 3
- 本の紹介 4 Book 4
- 本の紹介 5 Book 5
- 本の紹介 6 Book 6
- 本の紹介 7 Book 7
- 本の紹介 8 Book 8
- 本の紹介 9 Book 9
- 本の紹介 10 Book 10
- 日本PMMニュース PMM Newsletter in Japan
- アドベンチスト南米人ニュース Adventist South Americans
- 北アジア太平洋支部所属時宣教活動 Missionary Activities under Northern Asia-Pacific Division
- 新聞掲載記事 News Articles to Papers
- 英文雑誌掲載記事 Articles to English Magazines
- English Article 1
- English Article 2
- English Article 3
- フリーページ 日本語 1 Japanese Article 1
- フリーページ 日本語 2 Japanese Article 2
- フリーページ 日本語 3 Japanese Article 3
- フリーページ 日本語 4 Japanese Article 4
- フリーページ 日本語 5 Japanese Article 5
- フリーページ English Article 1
- フリーページ English Article 2
- フリーページ English Article 3
- 論文 1 English Thesis
- 論文 2 English Dissertation
- 論文 3 日本語 Japanese Thesis
- 論文 4 日本語 Japanese Thesis
- 掲示板 Bulletin Board
- リンク Link
- フリーページ
