2016年7月 アーカイブ
2016年7月29日 10時04分17秒 (Fri)
エチオピヤのユダヤ人 その五 アフリカ諸国への影響
チャールズ・E・ブラッドフォードは、シバの女王はエチオピヤから来た、彼女は息子をソロモン王から生んだ、ファラシャは旧約聖書を継承した、ピリポによってエチオピヤの会計官が回心してキリスト教がエチオピヤへ伝わったとしています。(使徒行伝八章二六~四〇節参照)その会計官が女王カンダケの宮廷に戻った結果、エチオピヤは最初のキリスト教国家となり、他のアフリカ地域への影響は甚大でした。エチオピヤは二千年、又はそれ以上に渡ってアフリカの模範的国家でした。聖書はエチオピヤを、サハラ砂漠近郊の全てのアフリカの国々を意味して使用しています。ヨーロッパ人、特にローマ人はユダヤ人的なことに常に不快感を覚えていましたが、アフリカ人は典型的にユダヤ人賛成派です。このことが、ヨーロッパ人が日曜日のために安息日を捨てる一方、多数のアフリカ人が安息日を深く尊び続けて来た理由だと理解されています。ヨーロッパ人は文化モデルとして異教のギリシャを採用しますが、アフリカ人はアブラハム、イサク、ヤコブに学びました。ヨーロッパの歴史はアフリカを人類の深いブラックホールとして描写しますが、アフリカは実際には他の世界のモデルになりました。エジプトは聖書の中に六一一回言及され、エチオピヤは二〇回です。エジプトは次の聖句のように神のご計画と御旨の中で役割を果たします。「その日、イスラエルはエジプトとアッスリヤと共に三つ相並び、全地のうちで祝福をうけるものとなる。万軍の主は、これを祝福して言われる、『さいわいなるかな、わが民なるエジプト、わが手のわざなるアッスリヤ、わが嗣業なるイスラエル』と。」(イザヤ書一九章二四~二五節)エチオピヤとエジプトは全アフリカ大陸の代表者です。ガーナのアシャンティ(アカン)族にとっては土曜日は伝統的に聖日であり、神の礼拝日でした。ナイジェリアのヨルバ族の間では、週の第七日目は労働、結婚、祝祭をしてはならない日でした。エチオピヤの正教会の歴史においては、安息日を正式に放棄したと言う記録はありません。写真説明:チャールズ・E・ブラッドフォード牧師(”Adventist Review online edition”より転載)
2016年7月22日 12時21分03秒 (Fri)
エチオピヤのユダヤ人 その四 安息日遵守者
英文のホームページ “The Bible Sabbath Association” にエチオピヤについて非常に興味深い記事があります。 “The Sabbath Sentinel”誌2000年7-8月号に、セブンスデー・アドベンチスト教会牧師のチャールズ・E・ブラッドフォード(元北アメリカ支部総理)の著書“Sabbath Roots:The African Connection”が紹介されています。それによれば、黒人アフリカ人は第七日目安息日に対してユニークな気質を持っています。そして、次のように述べています。「歴史的に、エチオピヤと多数の他の黒人アフリカの国々は安息日主義者の要塞となっている。何世紀にも渡って、ローマの堕落の影響からの孤立は、アフリカ人たちをして豊かな霊的自立を可能にしている。今日、一般的にキリスト教、特に安息日遵守はサハラ砂漠近郊のアフリカで爆発的に広がっている。」ブラッドフォード牧師は驚くべき歴史的事実に光を与えています。何世紀にも及ぶ黒人アフリカの見せかけでないキリスト教の存在と広がりを明らかにしていますが、それは西洋文化に慣れた私たちにショックを与えます。キリスト教を告白するアフリカ人が三億四千万人にいます。信頼できる筋によれば、アフリカは二千万人と言う世界最大の安息日遵守者地域です。その内、二〇〇〇年当時のアフリカのセブンスデー・アドベンチストはわずか三百万人です。安息日は黒人アフリカ人にとっては自然なことです。エチオピヤは、第七日目安息日遵守で同一視される国です。今日、ナイジェリア、ガーナ、ケニヤ、ガボン、コンゴ、そして他の国々で安息日遵守者が爆発的に増加しています。それは、一九世紀の宣教の結果でしょうか。いいえ違います。アフリカで安息日が繁栄しているのは、アフリカの安息日の起源が、聖書と歴史的習慣の双方において深く通じているからです。紀元前千年にイスラエルの王であったダビデは、詩篇六八篇三一節でエジプトとエチオピヤに言及しています。 「青銅をエジプトから持ちきたらせ、エチオピヤには急いでその手を/神に伸べさせてください。」その当時、既にイスラエルとエジプトの間には交易路があり、ここでは青銅をエジプトから輸入することを示唆しています。その一方で、エチオピヤについては、国民の手を「神に伸べさせてください」とあり、エチオピヤ国民の神への信仰を預言しています。写真説明:チャールズ・E・ブラッドフォード著“Sabbath Roots: The African Connection”(ウェブサイト “giveshare.org”より転載)
2016年7月15日 12時08分05秒 (Fri)
エチオピヤのユダヤ人 その三 モーセ作戦
エチオピヤに住んでいたユダヤ人が近年になってイスラエルに移住する出来事がありました。それは、ユダヤ人を両親や祖父母に持ち、或いはユダヤ人の子孫である者はイスラエルに居住でき、市民権を得られるというイスラエルの法律、すなわち帰還法によるものでした。イスラエル政府は、エチオピヤの内戦による飢餓や当時の政権下で迫害に苦しんでいたベイト・イスラエル、非ユダヤ人からはファラシャと呼ばれていたユダヤ人をエチオピヤからイスラエルに移住させたのです。先ず、イスラエル政府は一九八四年から一九八五年にかけて「モーセ作戦」と称して、約八千人のエチオピヤ・ユダヤ人を救出しました。これは、かつてのイスラエルの民がエジプトを脱出した時の指導者モーセの名にちなんで名付けられた作戦です。彼らはエチオピヤからスーダンまでの約六百キロを歩いて行ったと言うのです。確かに、モーセの指揮の下でイスラエルの民は徒歩でエジプトから現在のイスラエルに移住して行きました。但し、今回はスーダンからイスラエルまでは空輸されました。さて、次のイスラエル政府の救出作戦は六年後の一九九一年五月でした。この時は「ソロモン作戦」と呼ばれ、何とわずか二五時間で完了したと言うのですから驚きです。綿密な準備の下に、同政府の軍用機と民間機の三五機が、エチオピヤのアディスアベバとイスラエルのベン・グリオン両空港の間を往復して、一万四千二百人の黒人ユダヤ人の空輸を空の絹の道を使い遂行しました。その飛行回数は四一回にも及んだと言われています。このように大規模なエチオピヤ・ユダヤ人の移住作戦が二度に渡って実施されたのですが、移住は現在も少数ながら続いているそうです。この背景には、エチオピヤ・ユダヤ人の過去の歴史に遡る複雑な事情が絡んでいるのです。イスラエル政府としてはユダヤ教徒ユダヤ人を移住させたいのですが、ユダヤ人クリスチャンがエチオピヤよりもイスラエルでの豊かな生活を望みユダヤ教に改宗して、新天地を目指す人々がいるからだと言われています。
2016年7月8日 12時27分49秒 (Fri)
エチオピヤのユダヤ人 その二 ソロモンとシバの女王
ユダヤ人はエチオピヤへ常時移住していたと思いますが、際立った移住時期の第三はソロモンの時代で紀元前千年頃です。シバ(アラビヤ半島の南西部)の女王がソロモン王に謁見したことは旧約聖書・列王紀上一〇章に詳細に記録されています。先の紀要によれば、古代文明国シバの民とは南アラビヤの民、及び紅海の向かい側のエチオピヤの民の総称だと言うのです。ここからは伝説だと言われていますが、紀元前九八〇年にソロモン王はシバの女王マケダの謁見を受けた際に、彼女の美貌に惹かれ一夜を共にしと言うのです。(参考までですが、旧約聖書・列王紀上一一章一節には「ソロモン王は多くの外国の女を愛した」とあり、三節には「彼には王妃としての妻七百人、そばめ三百人があった」と書かれています。)女王は帰国後に男児を賜るのですが、この息子が少年になると、父親であるソロモンから学ばさせるためにエルサレムへ送り、成人になるまで宮殿で過ごさせるのです。彼が帰国する時にソロモン王は、イスラエルの全部族から七〇人の戦士を選んで王子の護衛につけたそうです。この王子こそ、後のエチオピヤの三千年の歴代皇帝の始祖となるメネリク一世だと言うのです。伝説では、彼はエルサレムを出る時にエルサレムの神殿から契約の箱を持ち出し、エチオピヤまで運んだそうです。ユダヤ人のエチオピヤへの移住の第四の時期は、紀元前七二二年にアッシリヤ帝国によって北王国イスラエルが、又紀元前五八六年にバビロン帝国によって南王国ユダが滅亡した後のことです。ユダヤ人捕虜としてアッシリヤ及びバビロンへ連れ去られました。この捕虜として強制移住させられたユダヤ人及び子孫の中から、又現地に残留させられた人々の中からシルクロードを南下してエチオピヤへ移住した人々がいたはずです。こういうわけで、今日までエチオピヤにはユダヤ人が住んでいるのです。そして、彼らは自分たちをベイト・イスラエル(ヘブライ語「イスラエルの家」の意味)と称していますが、エチオピヤの非ユダヤ人からはファラシャ(ゲエズ語「流浪民」「異邦人」の意味)と呼ばれています。
2016年7月1日 15時21分14秒 (Fri)
エチオピヤのユダヤ人 その一 人類の先祖
エチオピヤはアフリカで最古の歴史を持ち、過去三千年に渡って植民地支配を免れた唯一の国だと言うのです。更に、静岡文化芸術大学研究紀要VOL5によれば、考古学上の発見から人類の祖先は二百万年前にエチオピヤに住んでいた「ルーシー」と言われているので、エチオピヤ人たちは自国を人類発祥の地であると誇りにしているそうです。これは、二百万年前かどうかは別として、聖書にある人類の祖の最初の住居エデンの園の記事に呼応します。エデンの園の川には四つの支流があり、その一つがギホン川でクシ(現エチオピヤ)全地を巡っていたからです。(旧約聖書・創世記二章一三節参照)さて、ユダヤ人がエチオピヤに住み着いた年代はいくつか考えられますが、第一はアブラハムの時代です。アブラハムはカルデヤ(現イラク)のウルを紀元前一九五〇年に出発してハランに着きます。更に、紀元前一八七五年に神の声に従いハランを出発してカナンに到着し定住します。そして、神から次の約束を与えられます。「その日、主はアブラムと契約を結んで言われた、『わたしはこの地をあなたの子孫に与える。エジプトの川から、かの大川ユフラテまで。』」(同一五章一八節)ここに、エジプトが言及されています。又、同一六章一節にもエジプトが登場します。「アブラムの妻サライは子を産まなかった。彼女にひとりのつかえめがあった。エジプトの女で名をハガルといった。」つまり、ユダヤ人の先祖とされるアブラハムがカナンに住んだ時代からアフリカのエジプトとシルクロードを通して交流があったことが分かります。その結果、交易の都合からエジプトに居住したユダヤ人がいたでしょうし、更に南下してエチオピヤに至ったユダヤ人がいたことは当然考えられます。第二はイスラエルの民、即ちユダヤ人の紀元前一四四五年の出エジプトの時代です。成人男性だけで六〇万人がエジプトからカナンの地を目指したのですが(旧約聖書・出エジプト記一二章三七節参照)、ユダヤ人の中でエジプトに残留した人々がいたと思われます。ユダヤ人でありながらエジプト人と結婚し住み慣れた土地に残る人々がいたことでしょうし、彼らの中で貿易のためエチオピヤを往来していてエチオピヤに移住した人々がいたことは自然な成り行きです。
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プロフィール

- 性別
- 男
- 現住所
- 愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
- 職業
- 牧師・宣教師
- 自己紹介
- ●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
- Self Introduction in English
- Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan
Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)
Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
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