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2016年6月 アーカイブ

2016年6月24日 12時35分01秒 (Fri)

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その七 広範囲の分布

 旧約聖書のエステル記は、メド・ペルシャ帝国がインドからエチオピヤまで一二七州を統治していたと二度言及しています。(同記一章一節、八章九節参照)聖書は、エチオピヤを国名又は民族名と関係して何度も使用しています。エチオピヤの最初の登場は紀元前一五世紀にモーセによって書かれた創世記の中です。「第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。」(同記二章一三節)ここではエチオピヤではなく、それを意味するクシが使用されています。クシはエチオピヤ語の音写です。そして、非常に興味深いことは、エデンの園から流れ出ていた四つの川のうち第二のギホン川はエチオピヤの全地を巡っていたと言うことです。道理で、人類はアフリカ西岸で始まり、そこから全世界へと移動して行ったと言うはずです。さて、エチオピヤという言葉そのものは列王記下一九章九節に、「この時アッスリヤの王はエチオピヤの王テルハカについて、『彼はあなたと戦うために出てきた』と人々がいうのを聞いたので、再び使者をヒゼキヤにつかわして言った」と書かれています。これは紀元前七世紀の出来事です。クセルクセス王やエステル王妃の出現する二世紀前のことです。新約聖書の使徒行伝八章二七節にも「そこで、彼は立って出かけた。すると、ちょうど、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財宝全部を管理していた宦官であるエチオピヤ人が、礼拝のためエルサレムに上り」とあり、エチオピヤが出てきます。さて、このエチオピヤにユダヤ人がいつ頃から定住していたのでしょうか。COURRiER JAPON 二〇一五年七月一五日には次のように報道されています。「イスラエルには現在、約一三万五〇〇〇人のエチオピア系ユダヤ人が暮らしている。彼らは、古代イスラエル王国が分裂したときにアフリカに移住した人々の末裔だと言われていて、『ベタ・イスラエル』と呼ばれる。」この記事によれば、古代イスラエル王国がソロモン王の死後に北王国と南王国とに分裂した時、すなわち紀元前九三一年からと言うことになります。考えられるのは、特に南王国ユダのユダヤ人たちがシルクロードを南下してエチオピヤへ移動したことです。ですから、紀元前五三九年にバビロン帝国を倒して支配を始めたメド・ペルシャ帝国内のエチオピヤに、相当数のユダヤ人がいたのは当然のことと言えます。

2016年6月17日 15時30分34秒 (Fri)

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その六 存亡の危機回避

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その六 存亡の危機回避 メド・ペルシャ帝国内のユダヤ人は、王妃エステルとその養父モルデカイのチームワークによるアハシュエロス王への働きかけによって滅亡を免れました。そして、王はモルデカイを登用して王に次ぐ者とするのです。「ユダヤ人モルデカイはアハシュエロス王に次ぐ者となり、ユダヤ人の中にあって大いなる者となり、その多くの兄弟に喜ばれた。彼はその民の幸福を求め、すべての国民に平和を述べたからである。」(エステル記一〇章三節)「モルデカイは青と白の朝服を着、大きな金の冠をいただき、紫色の細布の上着をまとって王の前から出て行った。スサの町中、声をあげて喜んだ。ユダヤ人には光と喜びと楽しみと誉があった。いずれの州でも、いずれの町でも、すべて王の命令と詔の伝達された所では、ユダヤ人は喜び楽しみ、酒宴を開いてこの日を祝日とした。そしてこの国の民のうち多くの者がユダヤ人となった。これはユダヤ人を恐れる心が彼らのうちに起ったからである。」(エステル記八章一五~一七節)ここには、当時の世界帝国メド・ペルシャにおいて、国が消滅し離散したユダヤ人の女性が王妃となり、更に彼女の養父であるユダヤ人が王に次ぐ地位に就任するという特質すべき出来事が記録されています。そして、民族存亡の危機から救われたユダヤ人の歓喜の光景が、「ユダヤ人には光と喜びと楽しみと誉があった」と鮮やかに描写されています。これは、何も首都スサにおいてのみならず、「いずれの州でも、いずれの町でも、すべて王の命令と詔の伝達された所では、ユダヤ人は喜び楽しみ、酒宴を開いてこの日を祝日とした」とあります。この記事からも、ユダヤ人が一二七の「いずれの州」又「いずれの町」にも散在していたことが窺えます。つまり、ユダヤ人がシルクロードを経て世界の各地へ散って行ったことを証明しています。更に「祝日」とは、「アダルの月の十四日と十五日」(同八章二一節)であり、「プリム」(同八章二六節)と名付けられました。もう一つ注目したいのは、「この国の民のうち多くの者がユダヤ人となった」という文章です。この意味は、ユダヤ人以外の人々がユダヤ人の宗教に改宗して、ユダヤ人の特権と祝福に預かろうとしたと言うことです。

写真説明:王に次ぐモルデカイ("the Bible Story" Arthur S. Maxwell Volume 6, p.151より転載)

2016年6月10日 9時33分32秒 (Fri)

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その五 ユダヤ人高官誕生

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その五 ユダヤ人高官誕生 ユダヤ人抹殺を企てたハマンは、王の命令によって木に掛けられ自分自身を滅ぼしてしまう結果となりました。(エステル記七章九~一〇節参照)この後、王による王妃エステルと彼女の養父モルデカイへの対応が次のように書かれています。「その日アハシュエロス王は、ユダヤ人の敵ハマンの家を王妃エステルに与えた。モルデカイは王の前にきた。これはエステルが自分とモルデカイがどんな関係の者であるかを告げたからである。王はハマンから取り返した自分の指輪をはずして、モルデカイに与えた。エステルはモルデカイにハマンの家を管理させた。エステルは再び王の前に奏し、その足もとにひれ伏して、アガグびとハマンの陰謀すなわち彼がユダヤ人に対して企てたその計画を除くことを涙ながらに請い求めた。王はエステルにむかって金の笏を伸べたので、エステルは身を起して王の前に立ち、そして言った、『もし王がよしとされ、わたしが王の前に恵みを得、またこの事が王の前に正しいと見え、かつわたしが王の目にかなうならば、アガグびとハンメダタの子ハマンが王の諸州にいるユダヤ人を滅ぼそうとはかって書き送った書を取り消す旨を書かせてください。どうしてわたしは、わたしの民に臨もうとする災を、だまって見ていることができましょうか。どうしてわたしの同族の滅びるのを、だまって見ていることができましょうか』。」(エステル記八章一~六節)王妃の嘆願に対して王は彼女とモルデカイに次のように答えます。「『あなたがたは自分たちの思うままに王の名をもってユダヤ人についての書をつくり、王の指輪をもってそれに印を押すがよい。王の名をもって書き、王の指輪をもって印を押した書はだれも取り消すことができない』。その時王の書記官が召し集められた。それは三月すなわちシワンの月の二十三日であった。そしてインドからエチオピヤまでの百二十七州にいる総督、諸州の知事および大臣たちに、モルデカイがユダヤ人について命じたとおりに書き送った。すなわち各州にはその文字を用い、各民族にはその言語を用いて書き送り、ユダヤ人に送るものにはその文字と言語とを用いた。」(エステル記八章八~九節)王の書状は王国内各地域で使用されている文字・言語に訳され、早馬に乗る急使によって全地域に送られたのですが、それを可能としたのが絹の道でありました。

写真説明:王の書状を運ぶ早馬に乗る急使("the Bible Story" Arthur S. Maxwell Volume 6, p.156-157より転載)

2016年6月3日 12時32分30秒 (Fri)

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その四 王への王妃の嘆願

メド・ペルシャ時代のユダヤ人 その四 王への王妃の嘆願 王妃エステルが王に自国民の存亡の危機を訴え救出を願い出る行動を開始しました。「三日目にエステルは王妃の服を着、王宮の内庭に入り、王の広間にむかって立った。王は王宮の玉座に座して王宮の入口にむかっていたが、王妃エステルが庭に立っているのを見て彼女に恵みを示し、その手にある金の笏をエステルの方に伸ばしたので、エステルは進みよってその笏の頭にさわった。王は彼女に言った、『王妃エステルよ、何を求めるのか。あなたの願いは何か。国の半ばでもあなたに与えよう』。エステルは言った、『もし王がよしとされるならば、きょうわたしが王のために設けた酒宴に、ハマンとご一緒にお臨みください』。」(エステル記五章一~四節)このように、エステルは王のための宴席に、こともあろうにユダヤ人撲滅を企てるハマンを招待したのです。そして、二日続けて宴会を催すのですが、王がエステルに再び次のように言います。「このふつか目の酒宴に王はまたエステルに言った、「王妃エステルよ、あなたの求めることは何か。必ず聞かれる。あなたの願いは何か。国の半ばでも聞きとどけられる」。(同記七章二節)そこで、エステルは蛮勇をふるって王に訴えます。同記七章三~七節に実に印象的に書かれています。「王妃エステルは答えて言った、『王よ、もしわたしが王の目の前に恵みを得、また王がもしよしとされるならば、わたしの求めにしたがってわたしの命をわたしに与え、またわたしの願いにしたがってわたしの民をわたしに与えてください。わたしとわたしの民は売られて滅ぼされ、殺され、絶やされようとしています。もしわたしたちが男女の奴隷として売られただけなら、わたしは黙っていたでしょう。わたしたちの難儀は王の損失とは比較にならないからです』。アハシュエロス王は王妃エステルに言った、『そんな事をしようと心にたくらんでいる者はだれか。またどこにいるのか』。エステルは言った、『そのあだ、その敵はこの悪いハマンです』。そこでハマンは王と王妃の前に恐れおののいた。王は怒って酒宴の席を立ち、宮殿の園へ行ったが、ハマンは残って王妃エステルに命ごいをした。彼は王が自分に害を加えようと定めたのを見たからである。」王妃エステルと養父モルデカイ、そして全ユダヤ人の断食による神への必死の祈りは聞き届けられ王を味方に得ることができました。

写真説明:王が王妃に笏を伸べる("the Bible Story" Arthur S. Maxwell Volume 6, p.146より転載)

プロフィール

プロフィール画像
性別
現住所
愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
職業
牧師・宣教師
自己紹介
●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
Self Introduction in English
Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan

Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)

Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
facebook
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