2015年1月 アーカイブ
2015年1月30日 10時41分52秒 (Fri)
渡来人の秦氏
海外から日本に渡って来た人々を渡来人と呼ぶ場合には、中国大陸及び朝鮮半島から日本に移住して来た人々を指すと言われています。ある百科全書は、渡来人の移住時期を次の四段階にまとめています。第一段階は紀元前二世紀から紀元後三世紀です。西日本各地に朝鮮系の土器が出土しています。また墓制からも相当数の渡来人集団による活動が認められます。従って、弥生式時代の文化の成立・展開は、渡来人による稲作技術、金属工芸等の外来技術の伝播を契機としています。第二段階は五世紀で、倭(大和政権)の対外活動が活発化し、それに伴って朝鮮からの渡来人が顕著になります。『古事記』には応神天皇の時期に、漢(あや)氏、秦(はた)氏等の祖先が渡来して殖産、工芸、文学に貢献したと書かれています。『日本書紀』にも応神天皇の一四年に、百済から弓月君(ゆつきのきみ)がやって来て、「私は私の国の、百二十県の人民を率いてやってきました。しかし新羅人が邪魔をしているので、みな加羅国に留まっています」と奏上したとあります。景教の研究で東京帝国大学から文学博士号を授与された佐伯好郎は、中央アジアの弓月国(クルジア)は二世紀に世界最初のキリスト教(ネストリウス派)王国であったと述べています。そして、弓月君の子孫が秦氏であり、秦氏はキリスト教徒であるというのです。第三段階は五世紀後半から六世紀にかけて雄略天皇から欽明天皇の時代に、朝鮮南部から先進技術を持った人々が移住して来ました。当時、朝鮮半島は朝鮮諸国が大和政権も巻き込んで抗争中で、戦地の人々が首長級豪族に率いられて集団渡来したと考えられています。第四段階は七世紀後半からで、百済・高句麗の滅亡のため、王族・貴族を始め多くの人々が亡命して来たのです。その中には日本政府の高官になった者も現われたというのです。こういうわけで、先進技術・文化を大陸から日本にもたらした渡来人の有力者だった秦氏がキリスト教徒であったこと、また渡来人が特に西日本一帯で活躍したことを考えれば、瀬戸内海沿いの地域にキリスト教の影響が及んでいたことは十分に考えられます。空海の出身は香川県ですが、秦氏の人々が多く住んでいたと言われています。空海の先生の仏教僧・勤操(ゴンゾウ)(七五八~八二七)の元の姓も秦であったそうです。写真説明:ウェブサイト「ライブドアブログ」より転載
2015年1月23日 10時08分29秒 (Fri)
モーセの杖と空海の杖
日本文理大学の「弘法水の部屋」というホームページに、次のような大変興味深い記事があります。「弘法大師にまつわる伝説は全国に五〇〇〇以上、水関係だけで一六〇〇以上あります。典型的な弘法大師伝説の水は次のような話です。 『喉が乾いた大師が水を所望する。老婆が遠方から水を運んで快く水を提供したので、水に不自由なこの土地に同情し、御礼に杖で地を突いて水を出す。』これらの弘法水は、これまでの調査で日本全国に一四〇〇ヶ所ほど存在していることを確認しています。」ここで注目したいのは、弘法大師の杖です。四国遍路でお遍路さんが手にする杖があります。それは金剛杖と呼ばれ、弘法大師そのものと考えられ、「同行二人」(どうぎょうににん)という言葉があるほどです。このように、弘法大師、即ち空海と杖は切っても切れない関係にあり、その杖で空海は地を突いて水を出したというのです。そして、そのような水伝説が日本全国に千六百以上もあるというのですから驚きです。さて、実は空海よりも二千二百年以上前に、預言者モーセによって空海の水伝説の原型と考えられる奇跡が行われているのです。イスラエル民族は神によってエジプトでの奴隷生活から解放され、モーセの指導のもと新地を目指すのですが、荒野を辿る時に飲み水に不足し、モーセに不満をぶつけます。「民はその所で水にかわき、モーセにつぶやいて言った、『あなたはなぜわたしたちをエジプトから導き出して、わたしたちを、子供や家畜と一緒に、かわきによって死なせようとするのですか』。」(旧約聖書・出エジプト記一七章三節)そこで、モーセは神に助けを求めました。「主はモーセに言われた、『あなたは民の前に進み行き、イスラエルの長老たちを伴い、あなたがナイル川を打った、つえを手に取って行きなさい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つであろう。あなたは岩を打ちなさい。水がそれから出て、民はそれを飲むことができる』。モーセはイスラエルの長老たちの目の前で、そのように行った。」(同五~六節)モーセの杖は、イスラエル民族解放の象徴ともいえる杖でした。それは、エジプト王パロの前で数々の奇跡を行い、紅海の水を分け、そして荒野で岩から水を出す杖となっているのです。聖書のモーセの杖の記録が空海の杖の水伝説となったと言えましょう。2015年1月16日 10時24分40秒 (Fri)
四国遍路のお接待の起源:神への施し
四国遍路が今日のように普及した背景には、江戸時代前半の宥辡真念(ゆうべんしんねん)の大きな貢献があり、彼が八十八ヶ所も特定したと言われています。高知出身の真念は、真言宗に属し、寺も師も持たず大阪で活躍した頭陀聖(ずだひじり)と呼ばれる修業僧でしたが、四国を二〇回以上も訪れ、弘法大師が修業したと伝わる霊場を巡り、『四國邊路道指南(へんろみちしるべ)』や『四國偏礼功徳記(しこくへんろくどくき)』等の道中記や霊場記を刊行し、更に遍路宿の建立や遍路道に標石を設置したというのです。当時、大阪から四国に渡るには、通常は淡路島を経由して徳島の鳴門から入りました。そこで、彼は徳島県の霊山寺を「発願の寺」の一番札所、香川県の大窪寺を「結願所」の八八番札所としたそうです。このようなわけで、真念は四国遍路の父と呼ばれています。その彼が、お接待は四国遍路開創の弘法大師、即ち空海に対する施しであると説いたというのです。真念はどこからこのような発想を得たのでしょうか。おそらく、空海の教えの中から見出したに違いありません。そして、空海は聖書・キリスト教に触れていたことは既に論じました。新約聖書のルカによる福音書九章一~四節でイエス・キリストは弟子たちに次のように語られました。「それからイエスは十二弟子を呼び集めて、彼らにすべての悪霊を制し、病気をいやす力と権威とをお授けになった。また神の国を宣べ伝え、かつ病気をなおすためにつかわして言われた、『旅のために何も携えるな。つえも袋もパンも銭も持たず、また下着も二枚は持つな。また、どこかの家にはいったら、そこに留まっておれ。そしてそこから出かけることにしなさい。』」つまり、行く先々でお接待として飲食物、身に着ける物、お金、宿の施しを受けなさいと勧めたのです。更に、イエス・キリストはマタイによる福音書二五章四〇節で、「すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』」と述べられ、衣食住を必要とする弱者に施しをすることは、実は王の王であるイエス・キリストに対する行為であると断言されました。お接待は、目前の人への施しという善意善行と同時に、目には見えませんが天の神への施しであり、礼拝行為ということなのです。写真説明:いっぽ一歩堂のホームページ「お接待と何ですか?」から転載
2015年1月9日 10時34分27秒 (Fri)
四国遍路のお接待の起源:旅人への施し
NHK四国四局キャンペーン「四国遍路1200」の集大成と冠した「遍路ミステリー 1200年の謎」の録画フィルムを見て、いくつかの大変興味深いことを知りました。第一は、人々はなぜ四国遍路をするのかということです。その動機は実に様々で、時代と共に変化していることもわかりました。お遍路に対するアンケート調査によれば、先祖供養等の宗教的なものから自分を見つめ直すという人生観的なものまで多様です。第二は、四国遍路のような巡礼は日本を含めて世界に数多くある中で、巡礼者に施しをする、即ちお接待という習慣が延々と続いているのは四国以外には見られないということです。外国では、イスラム教徒たちの聖地メッカへの巡礼、日本でも伊勢神宮への参拝がありますが、現在では地元の人々が巡礼者や参拝者へ施しをしていません。第三は、四国遍路のお接待がどうして始まったかの理由です。これは、第二と関係していて、なぜ四国遍路だけに施しが残っているのかという疑問に繋がります。お接待の研究者たちによれば、昔のお遍路は文字通り修業で、托鉢僧のように食べ物を遍路の途中で地元住民に乞うたというのです。それに対して住民たちは、自分たちに代わって修業をしてくれていると考えて、お遍路さんへ施しをしたのです。食べ物、飲み物、身に着ける物、一夜の宿の提供です。お遍路さんは修業のために山河を越えて何日も歩くので、服装は汚れ、破れ、履物も朽ちる結果、その格好は必ずしも好感が持てるようなものではなかったのです。ですから、子供たちからは恐れられたと言われています。さらに、お接待を期待して、今で言うホームレスのような人々が遍路に出たというのです。そのためでしょうか、遍路狩りということもあったそうです。このような一面があるにもかかわらず、どうして人々はお接待をしたのでしょうか。実は、新約聖書のヘブル人への手紙一三章二節に次のような教えがあります。「旅人をもてなすことを忘れてはならない。このようにして、ある人々は、気づかないで御使たちをもてなした。」聖書の時代は、旅人の陸上の移動手段は徒歩が中心でしたので、特に遠距離の旅行では行く先々で衣食住が必要となりました。そこで、そういう旅人に親切な施しをしなさいと勧めているのです。「御使たちをもてなした」とは旧約聖書の創世記一九章のことです。写真説明:83番札所一宮寺でのお接待(「LOOP88四国」から転載)
2015年1月2日 10時49分37秒 (Fri)
聖書の中の八と四国八十八ヶ所
聖書では「八」という数字は特別な意味を持っています。旧約聖書の創世記六~八章に有名なノアの洪水の記録がありますが、箱舟に乗って洪水から救われたのはノアの家族「八」人だけでした。創世記一七章一二節で神はその民に、「あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない」と命じておられます。新約聖書のルカによる福音書二章二一節には、「八日が過ぎ、割礼をほどこす時となったので、受胎のまえに御使が告げたとおり、幼な子をイエスと名づけた」と記録されていて、イエス・キリスト御自身も割礼を受けたことが示唆されています。また、旧約聖書のレビ記二三章三三~三六節には、神がモーセを通してイスラエルの人々に、七月一五日から二二日までの「八」日間、仮庵の祭を開催するように命じておられます。そして、初日と「八」日か目に聖会を開かなければなりませんでした。仮庵の祭とは、神による救い、及びその年の収穫を神に感謝する祭でした。旧約聖書の原語はヘブライ語ですが、そのアルファベットは数値になります。その数値に従って聖書の言葉の神秘的な意味を見出すゲマトリアという聖書解釈法を、二世紀末にタルムード(口伝律法)の教師が始めたというのです。ゲマトリアによれば、イザヤ書五二章一〇節に、「主はその聖なるかいなを、もろもろの国びとの前にあらわされた。地のすべての果は、われわれの神の救を見る」とありますが、「われわれの神の救」のヘブライ語の数値の合計は「八八八」になるのです。新約聖書の原語はギリシャ語ですが、救世主であられる「イエス」のギリシャ語の数値の合計も「八八八」になるのです。こういうわけで、聖書では「八」という数字は「救い」を表わす象徴的数字であると言えます。さて、四国遍路は徳島県の二三、高知県の一六、愛媛県の二六、そして香川県の二三の合計「八十八」ヶ所の寺院を巡拝するのですが、どうして空海はこの数字を選んだのでしょうか。聖書の影響と考えられます。当初の遍路は修業僧が中心でしたが、空海、即ち弘法大師への一般人による信仰が高まり、全国から遍路するようになりました。お遍路さんの遍路の動機は各自異なりますが、一言でいえば救われたいという願いからだと言えましょう。写真説明:空海誕生の地に建てられた七十五番札所・善通寺(香川県善通寺市)
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プロフィール

- 性別
- 男
- 現住所
- 愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
- 職業
- 牧師・宣教師
- 自己紹介
- ●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
- Self Introduction in English
- Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan
Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)
Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
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