2014年8月 アーカイブ
2014年8月29日 14時22分08秒 (Fri)
キリスト教と仏教 その十二 空海の生涯略述
日本の仏教の真言宗の開祖・空海は、四国の讃岐、現在の香川県善通寺市で七七四年に生まれ、八三五年に高野山で死亡しています。空海の俗名(幼名)は佐伯眞魚(さえきのまお)でありました。空海の父は郡司・佐伯直田公、母は阿刀大足の娘或いは妹であったと言われています。七八八年に平城京に上り、中央佐伯氏の佐伯今毛人が建てた氏寺の佐伯院に滞在します。そして翌年七八九年、一五歳で桓武天皇の皇子伊予親王の家庭教師であった阿刀大足について論語、孝経、史伝、文章などを学び、七九二年、一八歳で京の大学寮に入り、明経道を専攻して春秋左氏伝、毛詩、尚書などを学んだと言われています。しかし、翌年七九三年、一九歳で大学を止め、故郷の四国等で山林修業を始めました。今日、四国の八八か所の寺を回ることが「お遍路」として知られていますが、これは空海が修業した場所を同じように辿るということです。空海は、現在の高知県の室戸岬に現存する御厨人窟(みくろど)という洞窟で修業していた時に、口の中に明星(金星)が飛び込んで来たというのです。そして、その瞬間に彼は悟りを開いたそうです。その時に洞窟から見えた景色が、空と海だけだったことから「空海」という法名にしたと言われています。その後、八〇四年に正規の遣唐使の留学僧として中国の唐に渡りますが、その一行の中には最澄(伝教大師)、橘逸勢、霊仙(三蔵法師)もいたのです。空海は長安に住んで勉強しますが、八〇五年に「この世の一切を遍く照らす最上の者」(=大日如来)を意味する「遍照金剛」の灌頂名を与えられています。当初、二〇年間の留学予定が、わずか二年で八〇六年に帰国したのですが、「虚しく往きて実ちて帰る」という空海の言葉は短期留学の成果がいかに大きかったかを物語っています。その理由はキリスト教との出会いと推測できます。八一六年に修禅の道場として高野山の下賜を請い、八二三年に朝廷より東寺を賜り真言密教の道場とします。八三〇年に『秘密曼荼羅十住心論』十巻を、後には本書を要約した『秘蔵宝鑰』三巻を著しました。八三五年に金剛峯寺が定額寺になり、高野山で弟子たちに遺告を与え、満六〇歳で病死し、火葬にされたと言われています。死後八六年を経た九二一年に、後醍醐天皇から弘法大師の諡号を授かっています。
2014年8月22日 15時11分57秒 (Fri)
キリスト教と仏教 その十一 内住のキリストと即身成仏
『佛教から基督へ』の著者・亀谷凌雲牧師は、東京大学哲学科在籍時代に、後に日本を代表する哲学者となる西田幾多郎博士から倫理を学びました。授業中に話が宗教に及んだ時に、同博士は仏教とキリスト教について簡単に説明し、新約聖書のガラテヤ人への手紙二章二〇節のパウロの言葉を引用して、これがキリスト教の真髄だと述べました。それは次の聖句です。「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。」ここでパウロは、この世で自分は生きているのであるが、罪人である自分の罪の身代わりとして十字架上で死なれたイエス・キリストを救い主として信じた今は、もはや生来の自分が肉の欲に従って生きているのではなく、自分を愛して犠牲となられたイエス・キリストが自分のうちにあって生きておられるのである」という心境を述べているのです。キリスト教用語では、この信仰の状態を「内住のキリスト」と表現しています。この世にいながら、神の国に救われた者のような生き方ができるのです。九世紀の真言宗の開祖・空海(弘法大使)は、「即身成仏」という教義を確立しました。その意味は、この世で人間が肉身のままで究極の悟りを開き、仏になるということです。よく仏教では「死ねば仏になる」と言われますが、それとは正反対で「生きたままで仏になれる」という教えです。そのためには、相当な修業が必要となります。これは、真言宗のみならず、最澄(伝教大使)が開祖の天台宗、また他の諸派でも説かれています。従って、平安仏教の真言宗や天台宗は他力ではなく自力ということです。キリスト教と仏教には、この世にいながら「内住のキリスト」或いは「即身成仏」を経験できるという共通教義がありますが、時代的には明らかにパウロが空海より約八百年先んじています。空海がキリスト教から学んだに違いなく、空海は生涯のどこかでキリスト教に邂逅していたとしか考えられません。その一方で、「内住のキリスト」に到達する手段はあくまでも他力ですが、「即身成仏」の場合は自力です。平安仏教の自力が、キリスト教のように他力に至るには、鎌倉仏教の法然や親鸞まで待たなければなりませんでした。
2014年8月15日 14時49分48秒 (Fri)
キリスト教と仏教 その十 神の賜物と絶対他力
キリスト教は、人が救われるのは自力ではなく他力による、即ち自分の難行苦行等の修業努力ではなく、ただひたすらイエス・キリストの十字架による罪の贖いを信じる信仰によって与えられる神の賜物である、と断言しています。新約聖書のエペソ人への手紙二章八~九節でパウロは次のように宣言しています。「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。」実は、この聖書の教えが日本の仏教の中にも反映されているのです。『佛教から基督へ』の著者・亀谷凌雲牧師は次のように書いています。「『もろもろの雑業雑修自力の心をふりすてて一心に阿弥陀如来を頼む』ことが浄土真宗における救いの根底になっている。自己の罪のまじれる行為は役に立たない。ただ浄い弥陀の本願念仏に全頼して救われるのである。『親鸞におきてはただ念仏して弥陀に助けられまいらすべしと善き人の仰せをこうむりて信ずるほかに別の子細なきなり』と自己の行に立たず、ただ信仰のみに親鸞は生かされているのであった。ゆえに、蓮如も『聖人一流の御勧化の趣は信心を以って本とせられ候』といっていられるのである。ところが、キリストもまったくそうであったのである。『汝の信仰汝を救えり』とは、キリストのくりかえしていっていられるところである。『義人は信仰によりて生くべし』との、パウロの立脚していたこの聖書の一言によって、ルーテルもあの大宗教改革をとげたのである。・・・実に一の善行もなく罪のみの私どもにとっては、何たる福音ぞ。・・・しかし浄土真宗は、念仏をとなえる己が功徳にぜんぜん頼らない。ただこの念仏を賜うた弥陀の慈愛に感謝して、日毎感謝の念仏を歓喜にあふれてしきりにとなえるのである。自分の罪に根ざす善行にもぜんぜん頼らない。ただ弥陀の本願にのみ頼る。ゆえに自己にも寸毫も頼らない。ただ弥陀のみに全頼する絶対他力である。キリストの救いまた同じである。絶対他力である。キリストの功績のみが救いの根底でありすべてである。・・・われらの罪をことごとくキリストが自らの十字架上に負いとげたもうたのである。ことごとく救いはキリストの十字架にかかりたもうたこの御功績のみによるのだ。寸毫の自力もそこに要求されてない。」
2014年8月8日 15時05分12秒 (Fri)
キリスト教と仏教 その九 信仰による救いと他力浄土門
キリスト教では、救いの方法について常に真剣な議論があります。即ち、人が救われるのはその人の正しい行為によるのではなく、救い主であるイエス・キリストを信じる信仰によるのです。換言すれば、人間はどれほど努力しても神の律法を守ることができず、結果として神の前に罪人でしかあり得ないのです。「次のように書いてある、『義人はいない、ひとりもいない。』」(新約聖書ローマ人への手紙三章一〇節)そのため、罪人は滅びるしかありません。「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。」(同六章二三節)この罪人を救うために神御自身が人間の姿を取り、人間の罪の身代わりとして十字架で死を遂げられたのがイエス・キリストなのです。従って、人間の救われる道は、救い主イエス・キリストに依存するしかありません。つまり、人間の努力ではなく、神の救いを恵みとして頂くしか方法がないのです。さて、仏教にも似たような二つの考え方があります。釈迦の開いた仏教には八万四千の法門(教え)があり、大別すると聖道門と浄土門に分けることができるそうです。聖道門とは、人はすべて仏になる可能性(悉有仏性)を持っているので、自分の力と精進によって仏になろうとする方法です。しかし、そのためには非常な努力を必要とするので、自力聖道門とか難行道(困難な道)とも言われています。それに対して、浄土門とは、仏の力によって極楽浄土に生まれ、そこで仏になるという方法です。そのため、他力浄土門とか易行道(やさしい道)とも言われています。このように、キリスト教と仏教の双方には、救いの方法について全く同様の二つの考え方があるのです。一つは、キリスト教の「律法主義、行いによる義、自分の力」と仏教の「聖道門、自力聖道門、難行道」です。但し、キリスト教の場合は、現実的には誰もこの方法によっては救われません。イエス・キリストは、御在世当時、このような思想を持っていた宗教指導者たちのパリサイ人や律法学者を非難しておられます。もう一つは、キリスト教の「恩寵主義、信仰による義、キリストの力」と仏教の「浄土門、他力(仏)浄土門、易行道」です。実は、この方法でしか人間には救いの望みはないのです。いずれにしても、両者の宗教の酷似性は、仏教がキリスト教の影響を受けたとしか思えません。
2014年8月1日 15時29分34秒 (Fri)
キリスト教と仏教 その八 三位一体と三身即一
聖書に紹介されている神、即ちキリスト教の神は天地創造の唯一神です。旧約聖書のイザヤ書四六章九節で神は自ら次のように宣言しておられます。「いにしえよりこのかたの事をおぼえよ。わたしは神である、わたしのほかに神はない。わたしは神である、わたしと等しい者はない。」その一方で、この唯一神は三位一体の神なのです。即ち、父なる神、子なるイエス・キリスト、聖霊の三つの位格が一体なのです。例えてみれば、宇宙に無数の恒星がありますが地球にとって太陽は一つだけです。その太陽は、地球の私たち人間にとっては、三つの現われ方をしていると言えます。先ずは宇宙に存在する太陽そのもの、次に太陽から放たれる光、そして太陽から発せられる熱の三通りです。聖書には三位一体という用語そのものは使用されていませんが、それを示唆している聖書の箇所は多数あります。例えば、新約聖書のマタイによる福音書二八章一九節でイエス・キリストは、「それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し」と語っておられます。さて、仏教にも三位一体に起因するとしか考えられないような三身即一という用語があるのです。大乗仏教では、仏の身の現われ方に三種類あると説いています。三身とは、法身(ほっしん)、報身(ほうしん)、応身(おうじん)のことです。法身とは宇宙の真理そのものであり、報身とは仏性の持つ属性や働きであり、応身とはこの世において悟りを開き人々の前に現われる釈迦のことだと言うのです。キリスト教の三位一体と仏教の三身即一は、神と仏の呼称の相違はありますが、その神仏を紹介する論理において驚くほど類似していないでしょうか。つまり、父なる神が法身であり、聖霊が報身であり、イエス・キリストが応身になっているのです。この事実は、インドで芽生え、中国で形成される大乗仏教が、それぞれの国に伝来してきたキリスト教に影響された結果であるとしか考えられません。私が三位一体と三身即一の類似に気づいて驚いたのは、私たちの教団の牧師たちが高野山で高僧たちから仏教について講義を受けた時のことでした。この時の牧師研修会の主旨は、日本で宣教するためには、日本の牧師として、日本の主要宗教である仏教について勉強しておく必要があるということでした。
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プロフィール

- 性別
- 男
- 現住所
- 愛媛県今治市波方町郷乙404₋32
- 職業
- 牧師・宣教師
- 自己紹介
- ●新名(しんみょう) 忠臣(ただおみ)
●実践神学博士(米国アンドリューズ大学神学院)、元親業インストラクター
●札幌、小樽、苫小牧、仙台、東京・天沼で牧師を歴任。
●セブンスデー・アドベンチスト教団北海道教区長、青年部長、コミュニケーション部長、宗教自由部長、ラジオ牧師、総務局長等を歴任。
●宣教師としてシンガポールと韓国に在住し、副総務、コミュニケーション部、宗教自由部、出版部、ラジオ・テレ部等の部長としてアジア太平洋地域を巡回指導。
●最近まで、北アジア太平洋支部宣教部副部長。
●著書『夫と妻のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『親と子のコミュニケーション』(キリスト新聞社)『わが青春は主のために』(三五堂)『暮らしの中のキリスト教』(新教出版社)『地球家族と聖書の言葉』(福音社)等。
- Self Introduction in English
- Full Name: Tadaomi Shinmyo
Sex: Male
Nationality: Japan
Citizenship: Japan
Education:
●B.A. in Theology in 1966 (Japan Missionary College)
●M.A. in Philosophy and Religion in 1972 (Philippine Union College Graduate School)
●Ordination: March 1973
●Doctor of Ministry in 1987 (Theological Seminary of Andrews University in USA)
Vocation:
●Pastor of the Japan Union Conference since 1966.
●Departmental Director of the Japan Union Conference for over 14 years.
●Radio Speaker and Japan Union Conference Secretary for a while.
●Missionary assigned to Departmental Director of Communication, Religious Liberty, Publishing Ministries, TV & Shortwave Radio Ministries, and Associate Secretary to Asia Pacific Division based in Singapore and Northern Asia-Pacific Division based in Korea for all together 9 years and 7 months.
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