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改善症例の紹介

 身体のトラブルで、各種の治療を受けたけれど効果が無く、医療機関でも、安易に『治りません』と宣告をされて諦めてしまう人が沢山おられます。各種医療機関で匙を投げられた疾患や、不治とされる難病でも諦めず、氣康ヒーリングを受けて改善した事例がある事実を、順次紹介させていただきます。

 

【現在まで記載のヒーリング症例】 
  
随時追加掲載中! 

@慢性偏頭痛から解放されました
A余命宣告された睡臓癌が消えた老女
Bどこも治せなかった椎間板ヘルニアが解消

C腹水が消えたC型肝炎の女性
D眼瞼痙攣&顔面痙攣の複合症状が完治
E逆子が五分で正常位になる
F顎関節症で悩んでいたのが嘘のように完治

G不治を宣告された成人性喘息が完治した               H肋骨が2本骨折していた男性
I小学生女児の視力0,3が2,0まで上昇
J極度のチック症と顔面痙攣に悩む女性
K脊椎小脳変性症を克服して職場復帰
L花粉症は簡単に治ります

 

 @偏頭痛で悩んでいた30歳代の女性

 30歳前半の女性が、高校生の頃より偏頭痛で悩まされておりました。
薬、病院、治療院とあらゆる治療を受けたが、偏頭痛は、歳を重ねるごとに酷くなってきます。 知人に氣康ヒーリングを紹介されたものの、今までにあらゆる治療を受けても治らない偏頭痛が、氣康などという聞いたこともない治療で、本当に治るのだろうかと半信半疑でヒーリングを受けに来られたのです。

 その症状を聞けば、1ヶ月のうち20日間は頭痛に悩まされている、この頭痛のおかげで仕事もたびたび休まねばならないのが困ると言うのです。
 私は彼女に希望を持たせるために『必ず治るから心配しなくて大丈夫ですよ』と伝えてから、ヒーリング施術に取り掛かりました。
 案の定、彼女の身体は全身が硬く、緊張しています。腕、肩、頸、腰、腹部など順次、氣を入れながら緩めてゆきます。
  頭痛がするからといって、これだけの重症であれば、頭部だけの施術で解決させるには無理があるので、関係している周辺を先に緩めることで効果が高くなるからです。
 最後に頭部に気を入れるころには、緊張していた彼女の身体がリラックスして来ました。
『頭も身体も軽くなり、頭の中の曇り空に晴れ間が見えてきました』と言って、顔がほころんできたのです。
   『 今日は1回目なので、氣の巡りがまだ鈍いので効果が少ないですが、回を重ねれば、氣が良く流れるようになり、偏頭痛は消えますので心配しないで、5〜6回はヒーリングを受けてください』と伝えて第1回目のヒーリングは終わりました。
    3日後に2回目のヒーリングを受けに来られたのですが、初回とは打って変わった明るい顔になっていたのです。
予想していた以上に元気になっていたので、教室に来て氣康法の稽古も併せて行うと良いのですが、仕事で教室に来ることが時間的に無理なので、近所で通うことが出来る、身体を動かすヨガ教室でも体操教室でも良いので、『積極的に身体を動かせる環境を自分で作ってください』と提案をさせていただきました。私の提案を素直に聞いた彼女は、早速自宅近所のヨガ教室に通い始めました。6回目のヒーリングに来たときには、偏頭痛の症状はすべて消えていたのです。

 20年近くも悩まされていた偏頭痛も、わずか6回のヒーリングで完治して、運動など思いもよらなかった彼女がヨガまで始めてしまったのです。

 若い彼女は、偏頭痛が完治したことで、これからの人生が明るく希望に満ちて生きられる事と思われるのです。

 

A余命宣告三ヵ月の膵臓癌が消えた八十歳代の女性 

 

 ある日高齢の女性からヒーリングをお願いしたいと言って、電話がかかってきました。
翌日、道場に現れた女性は風邪を引いて病院に行ったところ、膵臓癌が見つかったそうであります。病院ではしきりに、手術を勧められたのですが、80歳の年齢なども考慮して自分の意思で手術も抗癌剤治療も受けないことにしたそうです。
 癌の大きさは三十ミリ、放置すれば余命三ヵ月と余命宣告をされたのです。 
余命宣告の話は、本人は知らないのですが医師は手術に誘導するためか、本当にそう思っているのか、このまま手術を受けなければ三ヵ月しか持たないであろうと家族に言われたようである。

 ヒーリングを行ないながら、生活習慣などを聞き出すのですが、彼女は健康意識が人一倍高く、理想的な食生活をしているし、足が弱らないために毎日歩く事も心がけていると話す。実年齢より十歳は若く感じられる体力があるのです。
 癌発見から一ヵ月ほどは手術を受けるか、受けないか迷っていたそうですが、かかりつけの漢方医から私の道場を紹介されて、ヒーリングを受けるようになってからは、気持ちが定まり自然療法に専念することの迷いが無くなった様である。
 毎週二回のヒーリングを行い,余命宣告された三ヶ月が過ぎて、十二月〜一月であるにもかかわらず風邪さえ引かず元気そのものである。
 生真面目な彼女は健康には人一倍気を使っているようで、毎朝体温を測る習慣があるのですが、ヒーリングを受けに来られる前までは、
体温が常に34度台だったのが、ヒーリングを受け始めてしばらくすると、平均体温が1.5度ほど上昇して36度前後を維持できるようになってきたのです。
 低体温は癌になりやすいと言われておりますが、逆に体温が上がれば病気は治りやすくなるのです。

 癌患者である事を言わなければ、誰も彼女が余命宣告された癌患者などとは気が付かないであろうほど、顔色も肌艶も良くなったのです。 
 もし病院の薦めるままに抗癌治療を行なっていれば三ヵ月が過ぎた今、普通に日常生活がおくれているかどうかも疑問であります。
 彼女は読書が大変好きで、毎月何冊もの本を毎夜遅くまで読んでいるので、癌の原因は夜更かしかも知れないので、夜更かしをやめるように忠告をしているので、近頃は早寝を心がけているとの事である。
 半年後に再び同じ病院で癌検診をすると癌が見つからないので、『あれは癌ではなかったのかも知れません』と言って余命宣告をしたことさえも忘れているかのような医師の対応だったそうです。
  医師は余命宣告をした癌が、病院の治療も受けずに消えることなど想像もしていないので、最初から癌は存在していなかったと思いたいようです。
 それならば最初の診断は誤診という事になるのですが、その事のついては触れないのです。

 

Bどこも治せない椎間板ヘルニア患者
                             50歳代の女性


 ある親しい男性から、『妻が椎間板ヘルニアで歩くことも出来ない程、重症になり困っているので何とかなりませんか?』と相談を受けました。
 話を聞けば高校生時代にバレーボールの部活で腰を痛めて以来、椎間板ヘルニアで長年腰痛に悩まされていると言うのです。
 
三年前から症状が悪化して痛み止めの座薬を入れなければ歩行さえ出来なくなり、家の中で這いずり回りながらの生活しているそうである。 
 もちろん整形外科病院、総合病院、あらゆる民間治療院など数え切れないほど診療を受けたようです。
 
何処どこの治療院が、上手だと噂を聞いて整体院や鍼灸院で治療を受けても二〜三ヵ月もすれば、『これ以上治療しても治る見込みがないので、どこか他所の治療を受けてみてください』と言って断られたことが数回あると言っておりました。
 その頃の彼女の腰痛は極度に達して痛み止めが切れている時間帯は立つ事も出来ません。
首も動かない、腕も挙げられない、肩こりも重症であり、坐骨神経痛が出ているために立てないのです。
中でも驚いたのは両腕が、腱鞘炎まで併発しており痛みが強くて、小さなお皿でさえ両手で持ち上げなければならない状態であり、全身くまなく痛みが出ており、大変な状態になっていたのです。

 それまでにも、椎間板ヘルニアの人を、短期間のヒーリングで完治させた経験を数例持っていたので、腰痛治療は内心自信を持っていたのですが、今回の症状はプロの治療家が、何人もギブアップしたという重症化したヘルニアだけあって、厳しい状態であり悩みながらのヒーリングでした。
 その当時は無料でヒーリングをしているアマチュアだったので、絶対最後まで完治するまで、断らないから安心して通ってくるように伝えたのです。

最初の頃は旦那の車で送迎してもらいながら、ヒーリングを受けに通ってきておりました。
 この女性からは、本当に多くのことを学びました。毎晩夜中に、会社の事務所でヒーリングをするのですがヒーリングを始めて5回目には彼女が自転車でやってきました。
 ヒーリングを重ねるごとに座薬を使わない日も次第に多くなりました。 
ある日彼女の腱鞘炎を治療のため、腕に氣を入れていると腕から黒い煙が、モクモクと出てきたのです。
 初めてこの光景を目にした時は、自分の目の錯覚かと思ったのですが、本当に煙が出ているのでした。
 その後は腰や大腿部などからも煙が出てくるようになり、日によっては患部から臭い匂いが出てくることもありました。彼女のヒーリングを通じて病気は、邪気や臭いを持っているという事も学んだのです。

 煙や臭いが出るようになってから合計30回あまり約3ヶ月のヒーリングで、彼女の腰痛も腱鞘炎もすべて完治することが出来ました。
 諦めていた社会復帰が出来た彼女は、現在では元気に大阪市内のデパートで販売の仕事に従事しております。
手術以外に治る見込みはないと、医師から告げられていた、椎間板ヘルニアでしたが、手技療法だけの氣康ヒーリングで完治することが出来たのです。
 ”治らない”と言うのは”治せない”という言い訳なのだと気が付かされた体験だったのです。

重症化した疾患でも諦めなければ治るの可能性は残されているのです。
 

C腹水が消えたC型肝炎の女性

 
 60歳代の女性が、数年前にC型肝炎であることが判明して、病院に通院中、利尿剤、肝臓の薬、胃薬、栄養剤、など数種類の薬を服用しながら、ほぼ毎日のように病院に注射を打ちに通っていました。
 C型肝炎に侵された彼女の身体は、南国の人かと思うほど顔色もどす黒く、
肝臓病特有の肌色でありました。特に手首から先の、手の甲や掌、指などは黒人のように黒くなっていました。
 一人暮らしの彼女は病体に耐えながらも、パートタイムで毎日4〜5時間も働いていたのです。

 そんな彼女がヒーリングを受けるようになったきっかけは、病状が悪化して肝硬変になり、腹水が溜まってきたからです。
 排尿障害が起こり、妊娠八ヶ月のような大きなお腹と、足の浮腫みが現れて歩く事だけでも辛い状態になっていました。
 その他、めまい、ふらつき、耳鳴り、涙眼など複合的に症状が現われているのです。腹診すると肝臓が硬くなり、肝硬変もかなり重症の様子でありました。
 現代医学では、肝硬変で腹水が溜まれば末期という診断であり、殆どは回復の見込みがないのが普通であります。命にもかかわる大事であり、この日からパートの仕事を断り、毎日ヒーリングを行なう事になりました。
 ヒーリングも回を重ねて、三〇回を過ぎた頃には、腹水が消えてお腹もぺちゃんこになつて来たのです。硬くなった肝臓も柔かくなり、ドス黒かった顔色が次第に良くなってきました。
 その後も、ヒーリングを継続していく中で、耳鳴り、めまい、ふらつきなどの症状も解消して、0,4だった視力が、1,2まで上昇するという、嬉しいおまけまで付いてきたのです。
 真っ黒になっていた指や爪の色も次第に薄らぎ、3ヶ月を過ぎた頃には、外部からの観察では肝炎患者である事が嘘のように元気を取り戻し、週3回の氣康教室にも熱心に参加できるほど体力が回復して、表情も明るく良く笑うようになりました。 
残念なのは、せっかく元気になった彼女が、それから2年ほどして思わぬ事故により命を落としたことが悔やまれるのです。

 

D眼瞼痙攣と眼瞼下垂と顔面痙攣に泣く女性 


 眼瞼痙攣とは、瞼が痙攣して目が開けられなくなる疾患です。重症になると瞼だけでなく顔面まで痙攣が出るようになり、眼瞼下垂と言って瞼が垂れ下がるために、眼が開けれれなくなるのです。 始めて彼女がヒーリングを受けに来られた時は、右半分の顔面が歪み、絶えず痙攣が起きるので、前髪を垂らして顔半分を隠しているのです。
 10年ほど前から兆候は現れていたようですが、忙しくて病院にも行かなかったそうです。5年ほど前からは症状がひどくなり、『病院、整体院、鍼灸院とあらゆる治療を受けたけれど益々悪くなるばかりで困っています』と話されるのです。
 
私が眼瞼痙攣のヒーリングの記事をブログに書いたことがあり、その記事を読んで連絡をしてこられたのです。彼女が深刻な顔で『何処に行っても治らないのです、病院で三叉神経の手術をすれば良くなるかも知れないと言われたのですが、頭蓋骨を開いて行う大がかりな手術で治癒する確率は30%と言われたので、怖くてその手術をためらっています。出来れば手術なしで」治りたいのです』
 病院ではあらゆる検査を行い、最終的には三叉神経の異常だと判断したようですが、その三叉神経の異常を引き起こしている原因までは解明できないのですが、安易に危険な手術だけは奨めるのです。

 私の行うヒーリングとは、氣の操術ですから、検査も無ければ、治療院によく置いてある医療機器らしき器具なども使いません。
 身体を観る、触る、感じるなどで、何処に異常があるのか、何処から氣を流せば効果があるのか、私が感じるままに行っていますので、決まった施術法があるわけでは無いのですが、要は治れば良いのです。
 それも出来るだけ短期間に、出来るだけ低料金で、私を頼って来ていただいた人が健康を回復して笑ってくれたら良いのです。

 彼女が深刻になるのも無理はないのです。片目が開かなくなり、絶えず顔面痙攣が起きるために中芯にあるべき顎の位置まで右側にずれているのです。
私は、この症状が出た経緯なども聞きながら、彼女の生活習慣等からもその原因を探り、ヒーリングを行いました。回を重ねるごとに痙攣の頻度も少なくなり、痙攣も弱くなっていくのです。

 最初は、悲壮で暗い顔で訪れたのですが、症状が治まるにつれて、明るくなり教室ても良く話をするようになってきたのです。週に1回〜2回氣康教室の受講とヒーリングを併用して行い、約2ヶ月15回ほどのヒーリング施術で完治して、元気に職場に復帰することが出来たのです。
 

E逆子が五分で正常位に戻った

 
 所要があり、知人宅を訪問した時に体験した話です。
奥さんが”おめでた”で大きなお腹をしていました。
妊娠八か月と言うから、妊婦にとっては、楽しみと苦しみが同居している時期なのです。
 検診に行くと逆子になっているので、『このまま正常位に戻らなければ、帝王切開をしなければなりませんと、病院で言われているので心配なのです』とお腹をさすりながら話してくれました。

 私は、それまでに妊婦さんに気を入れたこともなければ、まして逆子を治した経験も無いのですが、とっさに頭に浮かんだのは、赤ちゃんも意志があるはずだから、赤ちゃんに正常位に戻ってくれるようにお願いをすれば、きっと聞いてくれるのではないかと考えたのです。
 奥さんに、お腹を触る許可をいただいて、背中とお腹を両手で挟んで、赤ちゃんに『正常位に戻ってください』とお願いをしながら気を入れると、お腹の中で大きな塊が、回転運動を始めたのです。

 奥さんが大きな声で『赤ちゃんが回っている』気を入れ始めてから約五分ほどで、逆子の赤ちゃんがピタリと正常位に戻ってくれたのです。
奥さんが言うには、『お腹の中の違和感が無くなり、すっきりと治まった感じがします、きっと正常位に戻ってくれたのでしょう』
 その時は、二人で赤ちゃんが元通り正常位になったのではないかと推測するだけなので、明日は病院に診察に行ってくださいと言って帰宅したのです。
 翌日検診の結果、赤ちゃんは正常位になっているので、通常分娩が出来そうだと喜んで報告の電話があったのです。
 それから二ヶ月後に、めでたく元気な男児を通常分娩で出産されたのです。

 その後、逆子のヒーリングをする機会が無いので、再現性があるのかどうかは解りませんが、私の中では、赤ちゃんにとっても逆子は不安定な状態ですから、氣を入れてあげると良い方に働くのは当然でありますから、氣を入れて正常位に治まるのも不思議ではないと思っています。
 

F顎関節症で悩んでいた女性からの投稿  
                                         
20歳代女性


以下は、岡山のデパートに努める女性から、以前に泉の会のホームページの掲示板に投稿された記事(原文のまま)です。

  始めて書き込みさせていただきます。
岡田蔭先生、いつもお世話になっております。
先日、氣を入れていただいた私の顎ですが、痛みと音が消えてしまいました。
何年も前から、ストレスからくる顎関節症に悩まされ、一時は指1本ぐらいしか入れられないほど、顎関節が痛くて口が開きませんでした。
いろんな人に聞いて、やっとの思いで通った歯科医院ですが、マウスピースをいくつも作られただけで、結局は『ストレスを感じないような生活をしてください』と言われるだけで改善されることはありませんでした。

その後も痛みで、口を大きく開けることが怖くて、歯医者さんからも『あくびをするときは顎を手で支えてしてください』とか、『ファーストフード屋さんのハンバーガーのように、かぶりつく食事はしないようにしてください』と言われて、よりストレスを感じてしまう日々でした。
口を大きく開けると卓球のボールを跳ね突いたような音がして、ひどい時には普通に食事中、食べ物を噛むと、まるで石でも噛んだかのように、ガリッと音をたてて痛みが走るのです。

それが先日お会いした時に、軽く10分もかからないくらいの時間、氣を入れていただいただけで、音が鳴らなくなりました。
先日、恐る恐るですが、『M』のマークで有名な某ファーストフード屋さんでハンバーガーを食べましたが痛みも無く、いやな音も伴うことなく、友人とたのしくお食事が出来て、すごくうれしかったです。本当にありがとうございました。
大阪に行く機会がありましたら、教室に立ち寄らせていただきます。
                          from  Non-chan

 
私が岡山出張で、食事会に行ったとき、彼女の食事をする様子がおかしいので、顎関節症と解り、離れた場所から目視で気を入れただけで顎関節症が完治したときの話です。
その後、大阪に来たときは時々元気な顔を見せに来てくれるのが嬉しいです。

 

G不治を宣告された成人性の喘息が完治した
                           50歳代女性


 ある女性が五十歳を過ぎた頃、やたらと咳が出るのでかかりつけの医院から紹介された呼吸器専門の国立病院に行くと、予想通り喘息と診断されました。
 そこの医師の説明によれば、大人になってからの喘息は治らないというのが現代医療の定説だということでした。 治らないと言われながらも、毎月の診察と薬の服用を継続して四年になっていました。

 彼女が友人の紹介で、氣康教室の会員になり週二回稽古に通って来る様になり、次第に咳が少なくなって来たのです。
 半年ほど経った頃には、まったく咳が出なくなり病院で診察を受けると、大人の喘息は治らないと診断していた医師が『もう完治しているから通院しなくていいです』と完治宣言をしてくれたそうです。
 自分で治りませんと診断していた病気が、治ればなぜ治ったのか、自分の医学知識で治らないと思っていたことに疑問を持つこともないようです。
 治った患者は、もうお客様ではないので医師は治った事を不思議とも思わないのか、何の興味を示さないのです。
 このケースは、氣の施術を受けて喘息を完治したのではなく、教室で呼吸法や氣康体操などでエネルギーを高めることで、自己治癒力が働いて、不治を宣告された喘息を克服した例であり、氣康法を継続すれば健康促進に絶大な効果がある事を証明できる症例でありました。

 

H肋骨が2本骨折していた50歳代の男性


 ある日、『某自治体の副知事に紹介されたのですが、ヒーリングをお願いしたいのですが』と言って、電話が掛かって来ました。
 
私は副知事さんなどという偉い人と面識が無いのですが、不思議に思いながらもヒーリングの依頼を受けました。 翌日現われた大柄の男性は、顔をしかめながら脇腹を押さえています。
聞けば十日ほど前に自転車で転倒して肋骨を二本骨折したと言うのです。
骨折直後に副知事から、私のところにヒーリングを受けに行きなさいと言われたそうですが、氣康などという怪しげなことで骨折が治るなど信じられず聞き流していたと言います。
 病院での処置はコルセットの装着とシップ貼り、鎮痛剤の投与だけで、あとは骨折の自然治癒を待つだけであります。
 肋骨の骨折は咳、くしゃみなどをするたびに痛みがありとても辛いのです。
昨日、上司の副知事と顔をあわせて、せっかく氣康ヒーリングを紹介してやったのに、『何で行かへんのや』と怒られてすぐ電話を掛けてきたのでした。
 氣康で骨折がつながる、信じられない人が殆どですが、なぜか氣を入れると短時間で骨がつながるのです。 
 この男性の肋骨も約二十分のヒーリングで痛みが消えてしまったのです。
事後報告を受けたところによれば、ヒーリングの三日後にはゴルフに行って来たそうであります。
 念のために紹介を受けたという副知事さんの名前を聞くと、以前に五十肩で私のヒーリングを受けにこられた男性だったのです。
 その数ヵ月後に呼吸法セミナーの受講者が足の小指の中指骨(甲の中にある小指の骨)を骨折してしていたので、お昼の休憩時間に5分ほど氣を入れると痛みが消えて普通に歩けるようになり、そのまま完治してしまいました。
 彼の職業も地方公務員であり公務員は、お堅い仕事なのでよく骨が折れるのでしょうか。
骨折は、病院でギブスを装着して、自己治癒力が働いて骨が繫がるのを待つだけですから、医療者が骨折を治しているのではないのです。
 
手足などの骨折は完治まで30日程度を要するのが普通ですが、氣を入れることによって治るスピードが極端に短縮できるのです。 骨折の部位や、年齢などにもよりますが、早い時は5分、少し時間がかかる場合でも20分ほどで完治する場合がほとんどです。
 

 I小学生1年生女児の視力0,3が2,0まで改善

  
   近視や老眼になっても、自分が病気だと思っていない人が多いようです。
眼科医もこれらの症状の治療を積極的に行なっている医院は少ないと思います。ほとんどの人は視力検定をして眼鏡かコンタクトレンズを、装着するのが普通であります。この女児は近視が進んで視力が低下したために、以前に作った眼鏡が合わなくなり、仕方なく四万円も出して新調をしたのです。
  眼鏡が出来上がった翌日に、その母娘が我が家に遊びに来ました。
母親は娘の眼鏡で急な出費になったと悔しがっていたのです。
聞けば視力0・3なので眼鏡をかけなければ、教室で黒板の文字が読めません。   
 多くの親達は子供が眼鏡をかけると不便だが、仕方がないと思っているのです。
なぜなら近視が良くなるなどと考えた事もないからです。
 氣康で近視や老眼を改善することは、条件さえ揃えば高齢の人でも可能であります。もちろん若年者のほうが改善度合いは高くなります。
 私の体験では最高八十歳代の女性の0,3だった近視を1・0まで改善させた経験があります。
 小学生の近視は驚くほど短時間で改善する事が殆どです。
我が家には部屋に簡易視力表が掛けてあるので、いつでも視力を確かめる事が出来ます。裸眼で視力表を見せると確かに0.3以下の視力でありました。
この女児に二十分ほど氣を送った後、確認すると2.0が見えているのです。
 この出来事を見ていた母親は、視力が改復して喜びながらも、昨日支払ったばかりの眼鏡代四万円が悔しいと言って、しばらく騒いでおりました。
あらから数年経過した今でも、1・2の視力を維持していると報告を受けております。

 

J 極度のチック症と顔面痙攣に悩む弁護士志望の女性


 弁護士志望の30歳後半の女性が、大学に留学のため関東から単身で大阪に移り住む事になりました。私の東京の友人から『この子は大阪に知人がいないので何かと相談に乗ってあげてください』と言って紹介をされて氣の教室に参加するようになりました。両親が弁護士事務所を開いており親の意向もあり弁護士を目指して毎年司法試験を受けているのですが、どうしても受からないので2年間大阪の大学に留学して勉強するために来られたそうです。
 稽古中に彼女の身体を観察していると、盛んに首を振り顔面を歪めてチック症状を出しているのです。『いつからチック症になっているのですか』と聞くと『10年以上前からチック症が出始めて、最初は自分でコントロールが出来たのですが数年前からは、人前でもところ構わずチック症状が多発して困っているのです。病院で処方された薬を飲んでも、症状は悪くなるばかりで、最後は精神安定剤を飲みなさい』と言われているのですが向精神薬は副作用が多いと聞いているので今のところ飲まないで我慢しています。』
首を軽く振る程度のチック症は沢山見てきましたが、彼女のチック症は顔面がクシャクシャになるほどの顔面痙攣を伴うのですから、人前で発作が起きればストレスも加わりますので益々重症化しているようです。

 最初に彼女が現われたのは真夏の暑い季節ですが、彼女の服装は冬用のズボンと冬用の靴下を履いて『今日は寒いですね』と言うのですから教室の全員が驚いてしまったのです。
 教室の稽古に週に1〜2回は訪れていたので、その都度20〜30分間ヒーリングを行ようにしたのです。
彼女の首を触るとまるで鉄骨のように硬くなっています。普通なら女性の首はしなやかで柔らかいのですが、私が今までに経験をしたことが無い硬さの首ですから、これを緩めるのは相当の時間がかかるであろうと覚悟をしたのです。気を入れてもビクとも反応しなかった鉄骨のような首も、回を重ねるうちに緩み始めてきました。
緩み始めてしばらくすると、鶏卵ぐらいの大きさの咽喉仏が、ゴリゴリと音を立てて上下に移動をするようになり、気を入れながら大丈夫だろうかと内心、心配になったこともありましたが、目視ヒーリングですから手を触れて捻転や加圧をしているわけではないので、何が起こっても彼女自身が自動運動としてやっていることですから神様の意志にお任せの気持ちで毎回、咽喉仏の上下運動を続けてもらいました。

その事がきっかけで彼女のチック症は目に見えて改善が進み、12月には素足で稽古をしていながら『今日は暑いですね』と言ったのですから皆で大笑いしたものです。

 チック症が良くなつてからの後日談ですが、彼女曰く『今年は台風が沢山来たけれど起きていました』と言うのです。普通は台風が来ても起きていると思うのですが、彼女に詳しく聞けば、いつも台風が近づくと頭痛がひどくなり寝込んでいたと言うのです。
 二年間の大阪生活で、あれほど酷かったチック症も完治し、体温も上がり、低気圧にも負けない身体を創ることが出来たのです。 10数年もチャレンジして受からなかった弁護士試験に合格出来たのも病気を克服出来た事が幸いしたようです。 現在彼女は関東で弁護士事務所を開業しております。念願が叶っておめでとうございました。


 

K 脊椎小脳変性症を克服して職場復帰


平成21年の春頃、30歳になる女性が身体の異変に気づいて病院で診察を受けると【脊椎小脳変性症】と聞いた事も無い病名をつけられてしまいました。
その病気な難病中の難病で、発症して5年で車椅子、8年で寝たきり、10年で死に至ると言われている治療法も医薬品も確立されていない病気なのです。

病院で『治りません、薬もほとんど効果がありません』と宣告されて途方に暮れながらも、『こんな病気で死にたくない』と強い思いもありインターネットでその病名を検索していると、【脊椎小脳変性症は改善します】と書かれたホームページを見つけたそうです。

そのホームページを開設していたのは、その当時は岡山で開業していた整体院でした。(現在は横浜市で開業して居られます)
早速問い合わせて大阪から岡山まで出向いて治療を受け始めて少しづつ改善の方向に向かっていきました。
この病気は進行性のために継続治療を行わなければ、病気の進行が治療効果を帳消しになる恐れがあります。
しかし若い女性にとって度々大阪から岡山行くのは宿泊と治療費、滞在費など相当な負担になります。

仕事も出来なくなって傷病手当などの1ヶ月10万円ほどの収入では、岡山での治療回数を減らさなければならなくなっていました。彼女は正直に整体院の先生に『費用が大変なので困っています』と相談すると整体院の先生から『大阪にある氣康教室に行ってヒーリングを受けなさい』と言われて私のヒーリングを受けるようになりました。

最初彼女の話を聞いたときに私は、その病名すら知りませんでした。
彼女の症状を観察すると、真っ直ぐ歩けない、大きく股を開いて両手を開いて”やじろうべえ”のようにバランスを取らなけれな倒れてしまうのですが、それでも何とか自力歩行が出来ているのがせめてもの救いです。

言語障害もかなり進んでいて言葉が不明瞭で時々聞き直さなければ理解できないこともありました。
筆記障害もあり、文字が上手にかけない、箸が使えないな、運動を司る小脳に問題が起きているのですべての身体のコントロールがままならないのです。
ヒーリング初日、私自身が何もわからずヒーリングをしたのですが施術後に『ジャンプをしてみなさい』と言うと『先生ジャンプなんて出来ません』 『倒れても床は柔らかいので大丈夫だからジャンプをしよう』と再び彼女にジャンプをするよう促すと、本当にジャンプが出来たのです。
その後ヒーリングの回を重ねるごとに改善がみられるようになり、『友達とハイキングに行く』『友達とお買い物に行く』『友達と映画を見に行く』と、友達が外出に連れ出してくれたのもリハビリ効果があったようです。
約2か月ほどの間に16回のヒーリングを行い、最後は彼女が『関東に住む従妹の家に遊びに行き、帰りにはディズニーランドに行きたい』と相談があり、私は『大丈夫、気分転換になるから病気も逃げてゆくと思うよ』と言って東京行きを奨めたのです。
東京からの帰り道に横浜に転院していた整体院にも立ち寄り最後の治療を受けてきたのです。
2週間ほど親類の家で遊んで、大阪に、帰って来た彼女から電話がありました。
『先生、めちゃ調子がいいんです、今病院に来て傷病手当申請に添付する診断書を書いてくださいと頼んでいるのですが。お医者さんから、こんなに良くなっっているのだったら診断書は発行できませんと言って診断書を書いて繰らないので困っています』と言うのです。

私は言いました『お医者さんが診断書を書いてくれないのは、あなたが病人ではないからです。傷病手当なんか当てにしないで明日から職場復帰すればお金に困ら無いでしょう』と伝えたのです。
あれから4年ほど経過していますがその後も、彼女は現在(平成25年)も元気に働いているのが本当にうれしい限りです。
横浜で開業されている整体院の名前は【難病専門・脊山」整体院】です。
関東方面の方は相談されると良いでしょう。

 

L 花粉症は簡単に治ります


 毎年花粉症の季節になれば、耳鼻咽喉科が大賑わいです。

街の中でもマスクをつけた人、花をグズグズさせている人がやたらと目につきます。花粉症の人たちは毎年治りもしない耳鼻科に通って、10年20年と時間とお金の無駄使いをしているのです。
私は耳鼻科の医師に質問をしたいのです『先生は今までに何人の花粉症を完治させた経験がありますか?』
多分、その答えは治す真似事をしているだけで確実に治した患者はゼロではないかと容易に想像が出来ます。私が氣康教室を始めて以来、数えきれない程の花粉症を治してきました。
あるいは氣のクラスに来て稽古をしていると勝手に花粉症が治ってしまった人もたくさん居られます。

 ある小学5年生の女児がヒーリングを受けに来られました。彼女は幼稚園の頃から花粉症に悩まされているそうです。
彼女の花粉症は『目玉が痒くて痒くてたまらない、目玉を取り出して洗いたい』と言うのです。
私が氣を入れ始めて10分ほどすると、彼女の身体から”治った”というサインがありましたので、お母さんに『この子の花粉症は治りましたよ』と伝えると 『なんで治ったというのがわかるのですか?』と不思議そうな顔をしていましたが、本人に『もう目玉痒く無いでしょう?』と聞けば彼女が『痒いのが消えた!!』とニコニコして答えてくれました。

 これは一例ですが、花粉症には氣ヒーリングが本当によく治ります。
今までの経験から言って”良くなる”レベルでは患者さんにとって不快感がゼロではありません。
私の考案した花粉症ヒーリング、今まで私が施術した患者さんは確実に”完治しています”
ブログなどで花粉症が良くなりますと、折に触れて発信しているのですが、大勢の花粉症患者さんは毎年治らない治せない花粉症治療を受け続けているのです。


 


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