2014年スピーチ発表『日本語と歩む人生』
みなさん、こんにちは。
私は、台湾人の汐月瑠沙と申します。
今日、私が発表するテーマは“日本語と歩む人生”です。
台湾に住んでいた私は、兄弟の多い家庭で育ったため、高校を卒業してすぐに高速道路の料金所で働きました。仕事は夜勤もある交代制で、トイレに行く時間も限られ、車の排気ガスでマスクが手放せず毎日仕事が終わると真っ黒になりました。体の弱い私は、体調を崩すことも多く、将来への不安が次第に大きくなっていきました。
そんな中、私の運命を変える日本語との出会いがありました。
ある朝、新聞で日本語学校の生徒募集の広告をみて、「ここで勉強したい」と思い私は迷わず申し込みました。
50音から日本語の勉強を始め、仕事の休憩時間も利用しながら朝も夜も日本語の勉強に取り組み、日本語能力試験1級に2年で合格しました。
その経験は自信になっただけでなく、日本語学校の責任者ショウ先生から突然の連絡があり「この学校の教師になってほしい。」と、言われました。私は、人前で話をする経験がなかったので、“自信がありません”と答えました。
それを聞いたショウ先生は、“あなたは実力があります。活躍できる場所がなかっただけです。私が舞台を用意してあげるので、あなたの実力を発揮してください”と励まされました。
その日、私は料金所を辞めて日本語教師になる決意をしました。
でも、台湾で日本語教師をしていた期間は短かったのです。
なぜなら、すぐに日本人の彼氏が出来て、スピード結婚したからです。
台湾の観光地十分では観光客を相手に願い事を書いたランタンを飛ばすイベントをやっています。
嫁いだ後で知ったのですが、日本のお母さんが台湾旅行をした際にここで“素敵なお嫁さんが来ますように”と願い事を書いて飛ばしたそうです。そして、私は台湾の神様に選ばれて日本へやってきました。
しかし4年後の今年1月、台湾の高速道路の料金所は全面ETC化されました。
当時の同僚はみな失業し、第二の人生を歩み始めました。
私も日本語と出会わなかったらきっと違う人生を歩んでいたと思います。
今、日本では毎週書道教室に通い、日本語をより深く学んでいます。
たとえば同じ漢字を書いても台湾と日本では書き順が違うのを知り驚きました。
また日本では標準語での会話だけでなく、地域により様々な方言があるのを知りました。
群馬県では語尾に「~だんべぇ」といったり、田舎の女性は自分のことをいうときに「オラやオレ」と発言したりします。
そのほか、外国人の私しか気づかないちょっとした文化の違いは来日してから幾つもありました。
将来、日本の生活で学んだ文化や経験した出来事を今度は台湾で紹介できたらいいな、と思っています。
以上で、私の発表を終わりにしたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
私は、台湾人の汐月瑠沙と申します。
今日、私が発表するテーマは“日本語と歩む人生”です。
台湾に住んでいた私は、兄弟の多い家庭で育ったため、高校を卒業してすぐに高速道路の料金所で働きました。仕事は夜勤もある交代制で、トイレに行く時間も限られ、車の排気ガスでマスクが手放せず毎日仕事が終わると真っ黒になりました。体の弱い私は、体調を崩すことも多く、将来への不安が次第に大きくなっていきました。
そんな中、私の運命を変える日本語との出会いがありました。
ある朝、新聞で日本語学校の生徒募集の広告をみて、「ここで勉強したい」と思い私は迷わず申し込みました。
50音から日本語の勉強を始め、仕事の休憩時間も利用しながら朝も夜も日本語の勉強に取り組み、日本語能力試験1級に2年で合格しました。
その経験は自信になっただけでなく、日本語学校の責任者ショウ先生から突然の連絡があり「この学校の教師になってほしい。」と、言われました。私は、人前で話をする経験がなかったので、“自信がありません”と答えました。
それを聞いたショウ先生は、“あなたは実力があります。活躍できる場所がなかっただけです。私が舞台を用意してあげるので、あなたの実力を発揮してください”と励まされました。
その日、私は料金所を辞めて日本語教師になる決意をしました。
でも、台湾で日本語教師をしていた期間は短かったのです。
なぜなら、すぐに日本人の彼氏が出来て、スピード結婚したからです。
台湾の観光地十分では観光客を相手に願い事を書いたランタンを飛ばすイベントをやっています。
嫁いだ後で知ったのですが、日本のお母さんが台湾旅行をした際にここで“素敵なお嫁さんが来ますように”と願い事を書いて飛ばしたそうです。そして、私は台湾の神様に選ばれて日本へやってきました。
しかし4年後の今年1月、台湾の高速道路の料金所は全面ETC化されました。
当時の同僚はみな失業し、第二の人生を歩み始めました。
私も日本語と出会わなかったらきっと違う人生を歩んでいたと思います。
今、日本では毎週書道教室に通い、日本語をより深く学んでいます。
たとえば同じ漢字を書いても台湾と日本では書き順が違うのを知り驚きました。
また日本では標準語での会話だけでなく、地域により様々な方言があるのを知りました。
群馬県では語尾に「~だんべぇ」といったり、田舎の女性は自分のことをいうときに「オラやオレ」と発言したりします。
そのほか、外国人の私しか気づかないちょっとした文化の違いは来日してから幾つもありました。
将来、日本の生活で学んだ文化や経験した出来事を今度は台湾で紹介できたらいいな、と思っています。
以上で、私の発表を終わりにしたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
- プロフィール
- はじめに 日本語とわたし
- 2万字インタビュー
- FMラジオ インタビュー
- 2011年スピーチ発表『日本語が変えた私の人生』
- 2013年スピーチ発表『台湾人主婦の不思議な日常』
- 2014年スピーチ発表『日本語と歩む人生』
- 2014年英語スピーチ発表
- 2015年第7回全国夢一文字コンテスト 特別賞受賞 御礼文
- 2016年NHKのど自慢 群馬大会 選曲理由
- 家庭教師に関して
- 各コース、料金
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プロフィール
- ハンドルネーム
- 汐月瑠沙(しおつきりゅうさ)
- 性別
- 女性
- 血液型
- O型
- 生年月日
- 4月15日(おひつじ座)
- 現住所
- 日本 群馬県高崎市
- 出身地
- 台湾 桃園県
- 職業
- 日本語/北京語/台湾語家庭教師/高崎市観光大使(2014.8~2015.3任期)
- 自己紹介
- 2010年3月国際結婚。群馬県高崎市在住。異国での生活に戸惑いながら、家族に支えられ主婦業に励む毎日。台湾で日本語教師をしていた経験を生かし、2011年8月より日本在住の中国人、台湾人妻を対象としたマンツーマンの日本語家庭教師をスタート。男の子のママ。取材依頼、執筆依頼などのご相談があれば気軽にお問い合わせください。
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