USO TWITTER Part 5
Part 5
―インタビュー室から続く廊下でリストとブラームスが話している―
ブラームス「確かにハンス・フォン・ビューローの事も気になりますが、
私がいつも一番気にしている事はリストさんとの不仲説ですなんです」
リスト「ああ、いつだったか君がワイマールに居た私を訪ねて来てくれた時の事だね」
ブラームス「そうです。あの時はあなたの演奏中に居眠りをしていまい、
まことに申し訳ありませんでした」
リスト「ははは、気にする事無いって、君は旅で疲れていたのだろう、それに
すぐに寝てしまいやすい体質だったと聞いているぞ」
ブラームス「そうなんです、ですが世間では、リストさんがあの事件以降
私に会わなかったのは、私の事を嫌っていたのだからだ… とか」
リスト「そんな事が言われているのかい、たまたま会わなかっただけなのに、
本当に世間は勝手だな、私は他の音楽家の面倒もみたのだぞ、
それにあの時君はもう既に功成り名遂げていたじゃないか。
私が何か援助する必要があったのかい?」
ブラームス「いいえその必要はありませんでした」
リスト「そうだろう、なのに『不仲説』か、そうした方が面白いのかな?しかし、
嫌っていたから会わなかったなんて、私がそんなに度量の狭い人間だと
言いたいのだろうか?全く心外だ」
ブラームス「おまけに今では『ワーグナー派とブラームス派』
と言う言葉もあるのですよ」
リスト「なんだいそりゃ」
ブラームス「19世紀後半頃私とあなたが対立していたと思われているのです」
リスト「そう言えばなんだか聞いた事あるな、でもそれって私たちの
取り巻き連中が勝手に騒いでいた事だろう?例えば今から会いに行くハンスとか。
君はその事を気にしていたのかい?」
ブラームス「いいえ、自分の創作活動が忙しくて、
それどころじゃありませんでした」
リスト「そうだろう。だいたいああ言う事は、
暇で能力のない人間が考える産物さ」
ブラームス「そうですよね、私も当時、『皆なんかやってるな』としか
思っていませんでした。ところでリストさん。
今初めてお話しますが、あの時の『居眠り』事件で
私はあなたに感謝している事があるのですよ」
リスト「感謝?それはどう言う事だい」
ブラームス「実はあの『居眠り』の事を覚えていて私は『子守唄』を作曲したのです」
リスト「ああ あの曲か、当時から随分人気があった曲だね、
今では、特に音楽に関心がない人まで知ってるみたいじゃないか」
ブラームス「はい、大変感謝しております」
リスト「そうか、『居眠り』が後の創作活動に功を奏したわけだ。
私に大いに感謝してくれたまえ」
ブラームス「はい、感謝します… ははは」
リスト「はははは」
―二人が楽しそうに笑いながら歩いていると遠くから若い男が一人近づいてきたー
ブラームス「あっ、ジョン刑事」
ジョン刑事「ブラームスさん、お久しぶりです、今日はリストさんとご一緒ですか?
相変わらず仲が良くてうらやましい限りです」
ブラームス「うん、今も楽しい話をしていました」
ジョン刑事「なるほど、そう言えば生前お二人はあまり交流がなかった。
そんな人達はこちらへ来るとかえって良く話す様になる。
生前できなかった事をこちらの世界で取り戻そうする事を
私はもう今まで何例も見てきましたよ。大変良い事です」
リスト「うん、同感だね。ところで、ちょっと尋ねたいのだけれど、
君 最近 ハンス・フォン・ビューローを見なかったかい」
ジョン刑事「ハンス・フォン・ビューロー。
ああ あの指揮者の、そう言えば生前彼は リストさんのお嬢さんの、
お婿さんだった事もある方ですよね」
リスト「そうだ。そのハンスだ。どこかで見なかったかい?」
ジョン刑事「ハンス・フォン・ビューローさんだったら
今ここへ来る途中で見かけましたよ」
リスト「そうか。そりゃ都合がいい、彼の所まで案内してくれないか?」
ジョン刑事「ええ、構いませんけどね、構わないんですが…」
リスト「どうしたんだい、口ごもったね、何かあったのかい?」
ジョン刑事「今 ご案内して差し上げて良いかどうか…」
リスト「な、何か問題でもあるのかい」
ジョン刑事「それが 問題と言うか何と言うか、うーん まあ良いでしょう。
ご案内致しますよ」
リスト「そうか、では連れて行ってくれ」
―3人がしばらく歩くと、道の傍らに男が一人うずくまっているー
ハンス・フォン・ビューロー「ううっ、ううっ、う、う、ううっ」
ジョン刑事「あの方がハンス・フォン・ビューローさんです」
リスト「何だい うずくまっていちゃ まともに話ができないな」
ブラームス「私が行って見て来ます、用事があるのは私ですからね」
―そう言ってブラームスはハンス・フォン・ビューローに近づくー
ブラームス「もしもし、ハンス・フォン・ビューローさん、ビューローさん」
ハンス・フォン・ビューロー「ううっ、ううっ、う、う、ううっ」
ブラームス「あれっ、ええ、この人泣いてる!」
リスト「えっ,何だって」
―「それを聞いたハンス・フォン・ビューローは突然大声で泣き出す」
ハンス・フォン・ビューロー「ウワ―ン、オーイ、ギャー、ううううううううっ」
リスト「一体どうなってるんだい?」
ジョン刑事「ね!言ったでしょ。話を聞くのは無理なんじゃないかな?」
ブラームス「でも何で泣いてるんですか?」
ジョン刑事「リストさんならお分かりでしょう?彼は自分のお嫁さんを
リヒャルト・ワーグナーに寝取られたからですよ。
男にとってこんなに辛くて屈辱的な事は他にないでしょう」
リスト「そう言えば、そんな事あったな。でも彼はコジマや
リヒャルト・ワーグナーと三人で一緒に暮らしていた時期も
あったんじゃなかったかな。それが今になってどうして?」
ジョン刑事「リヒャルト・ワーグナーの方が明らかに年上でしたからね。
それにワーグナーはカリスマ性があり、非常に厚かましかった。
ワーグナーに逆らえば身が持たないと判断し、機嫌を損なわないようにした。
まあ、こんなところでしょう」
ブラームス「なるほど、こんな事があったから後で『ワーグナー派とブラームス派 』
なんて言われて、評論家に詮索される様になったんでしょうね」
リスト「すると私の娘のコジマにも原因があるのかな?育て方を間違ったかな?」
ブラームス「気にする必要はありませんよ、ビューローは音楽史上
初めての職業指揮者として名前が残りましたし、
私の作品も今十分に知られていて、正しく評価されていますから、
結局『ワーグナー派とブラームス派 』等と論争されたせいで
評価が下がる事はありませんでした。
むしろかえってそれが原因で話題となったので、今良く聴かれているのだと思います。
つまり願ったり叶ったりです」
リスト「それは良かった、現世の連中が勝手に論争する事は、
大抵私たちにとって好都合だからな」
―そこへスメタナとフォーレが通りかかるー
スメタナ「一体何事ですか?」
フォーレ「誰ですか、この泣いている人?」
リスト「ハンス・フォン・ビューローだよ」
フォーレ「ハンス・フォン・ビューロー!この人が!でもなんで泣いてるんですか?」
リスト「どうも私の娘のコジマをワーグナーに寝取られたのが堪えたらしい」
スメタナ「不憫だなあ。よっぽど辛かったんでしょうね、
でもそれって随分前の事でしょう?」
フォーレ「ねえジョン刑事さん、この人一体どれくらい泣いているんでしょう?
ご存じですか?」
ジョン刑事「まあかれこれ100年は経ってると思いますよ」
スメタナ「100年!また100年かい! まあこっちの世界だから、
いくら泣いてもお腹はすかないけど、それにしてもねえ」
ブラームス「どうしたらいいだろう?こんな状態じゃ何も訊けないな」
―その間もハンス・フォン・ビューローはずっと泣き続けている。―
ブラームス「ジョン刑事さん、あと何年くらい待っていれば泣きやむんでしょうね?」
ジョン刑事「さあ、それは私にも分かりません、相当重症みたいですからね。
あと200年、300年、うーん もしかしたら1000年以上かかるかも」
ブラームス「1000年も!なんてことだ、せっかく会えたのに」
スメタナ「まあまあ、今のところは 諦めた方がよさそうだな」
―そこへ袈裟を着た僧侶が近づいて来た―
僧侶「何かお困りのご様子、いかがなされましたかな?」
ジョン刑事「妙な服だな、見た事あるぞ、そうだお坊さんだ!
日本の僧侶のいでたちだ」
僧侶「いかにも、私は、今から150年ほど前、明治初期、
日本は栃木県にある『元和寺(げんなじ)』と言う、小さな寺で
修行僧として日々を過ごしておりました。
時に ここにおられる皆様にお尋ねしたい。この泣いておられるお方はどなたかな?」
リスト「ああ―っと。ご存じないでしょうね。実はこの方、
ハンス・フォン・ビューロー!さん と仰います」
僧侶「何と、ハンス・フォン・ビューロー、あの指揮者の!
世界最初の職業指揮者として歴史に残ったビューロー氏! 何と言う事でしょう」
ブラームス「えっ ご存じなんですか」
僧侶「そうか、まだ何もお話ししておりませんでしたな。では説明致しましょう。
私は元和寺で毎日修行にあけくれた後、僧侶としては実に平凡な一生を過ごしたのです」
ブラームス「で、その時のお名前は?」
僧侶「いえいえ、名乗る程の僧ではありませんでした。
『元和爺(げんなじい』とでも呼んで下され」
ブラームス「分かりました元和爺、それで?」
僧侶「平凡な一生を終えた私は、こちらの世界へ来てからは、
可もなく不可もない人生は自分にとって何だったのだろうと非常に疑問に思いましてな。
多分その反動でしょう、試しにもっと派手な人生を過ごしてみたく思い、
それで指揮者として生まれ変わったのです」
ブラームス「それでうまくいったのですか?有名な指揮者になれましたか?
何と言う名前ですか?」
僧侶「ロジェストヴェンスキ―です」
ブラームス「ロジェストヴェンスキ―!だってあの人まだ生きてるよ」
僧侶「はっはっは、皆さんもご存じの通り、魂は分ける事ができる。
実は指揮者として生まれようと思った時、
音楽家にとって理想の国家は共産主義国だと思い、当時のソビエト連邦を選んだのです。
しかし一抹の不安があった、まだ共産主義国としての
結果が出ていない時期でしたからな、
今にして思えばまさか半世紀程度で崩壊するとはね。
それで私は魂を二つに分け、片方を現世へ送り、人間として人生を送らせ、
もう片方、つまり今お話している私はこちらへ残って
現世の自分を見守る事にしたのです」
リスト「そうなんですか。ではハンス・フォン・ビューローの事は
ロジェストヴェンスキ―から?」
僧侶「そうです、ロジェストヴェンスキ―は才能があり、必死で努力した。だから音楽、
特に指揮者に関してはいくらでも情報が入って来ましたからな」
ブラームス「なるほどねえ」
僧侶「その様ないきさつですから、ビューローさんが泣く理由は見当がつきます。
多分お嫁さんを寝取られたからですな?」
リスト「そ、その通りです、さすがお坊さん、察しが早い」
僧侶「どうです、ビューローさんが泣きやむ様に説得したいのですが、
拙僧に任せて下さらんか?
ハンス・フォン・ビューローと言えば指揮者の元祖、宗教で言えば『開祖』と同じ。
前世で修業をした拙僧が一番の適任者と思いますが…」
ジョン刑事「でもいつになったらちゃんと話を聞いてくれるかは分かりませんよ。
100年、200年、場合によっては数千年かかるかも」
僧侶「心配には及びませぬ、拙僧は日本で厳しい修行を行った身。
こちらの世界の辛さなど造作ない事。
数百年、数千年、いや数万年かかろうとも説得し続けましょうぞ」
リスト「分かりましたお任せしましょう。ブラームス君良いよな?」
ブラームス「良いですよ。千年でも万年でも待ちましょう」
リスト「さすがだ、相変わらず君は我慢強いな」
僧侶「では、これで」
―僧侶はそう言うとハンス・フォン・ビューローのもとへ歩み寄る―
―ハンス・フォン・ビューローはいっこうに泣きやむ気配がない―
ハンス・フォン・ビューロー「オーイオイオイ」
僧侶「ビューロー殿、ビューロー殿、拙僧の声が聞こえまするか?
お顔をお上げ下さりませ。ビューロー殿」
ブラームス「本当にあのお坊さんに任せて大丈夫かな?
説得するならチャイコフスキーが適任だと思うけど…」
リスト「良いんじゃないの、本人がやるっつってんだから。
ハンス・フォン・ビューロー「うえっ」
ブラームス 「あっ 大丈夫かな?」
ハンス・フォン・ビューロー「ゲ―」
その様子を見ていた僧侶は、
僧侶「大丈夫 吐いてますよ」
リスト「大丈夫じゃないですよ。あのゲロはどう始末するんですか?」
すると 僧侶は塵取りと箒を持って現れ、掃除を始めた。
僧侶「大丈夫 掃いてますよ」
ブラームス「…」
リスト「と、ところでどうだろう、今日久しぶりに僕たち再会したから、
皆で飲まないか?近くのワインバーを予約しておくから参加してくれないかい?」
スメタナ「そりゃいい、ぜひ行きましょう」
フォーレ「私も参加します。なんだか楽しそうだ」
―Part 6へつづく―
2015年8月7日
このページ全体または一部の無断転記及び転載を禁じます
―インタビュー室から続く廊下でリストとブラームスが話している―
ブラームス「確かにハンス・フォン・ビューローの事も気になりますが、
私がいつも一番気にしている事はリストさんとの不仲説ですなんです」
リスト「ああ、いつだったか君がワイマールに居た私を訪ねて来てくれた時の事だね」
ブラームス「そうです。あの時はあなたの演奏中に居眠りをしていまい、
まことに申し訳ありませんでした」
リスト「ははは、気にする事無いって、君は旅で疲れていたのだろう、それに
すぐに寝てしまいやすい体質だったと聞いているぞ」
ブラームス「そうなんです、ですが世間では、リストさんがあの事件以降
私に会わなかったのは、私の事を嫌っていたのだからだ… とか」
リスト「そんな事が言われているのかい、たまたま会わなかっただけなのに、
本当に世間は勝手だな、私は他の音楽家の面倒もみたのだぞ、
それにあの時君はもう既に功成り名遂げていたじゃないか。
私が何か援助する必要があったのかい?」
ブラームス「いいえその必要はありませんでした」
リスト「そうだろう、なのに『不仲説』か、そうした方が面白いのかな?しかし、
嫌っていたから会わなかったなんて、私がそんなに度量の狭い人間だと
言いたいのだろうか?全く心外だ」
ブラームス「おまけに今では『ワーグナー派とブラームス派』
と言う言葉もあるのですよ」
リスト「なんだいそりゃ」
ブラームス「19世紀後半頃私とあなたが対立していたと思われているのです」
リスト「そう言えばなんだか聞いた事あるな、でもそれって私たちの
取り巻き連中が勝手に騒いでいた事だろう?例えば今から会いに行くハンスとか。
君はその事を気にしていたのかい?」
ブラームス「いいえ、自分の創作活動が忙しくて、
それどころじゃありませんでした」
リスト「そうだろう。だいたいああ言う事は、
暇で能力のない人間が考える産物さ」
ブラームス「そうですよね、私も当時、『皆なんかやってるな』としか
思っていませんでした。ところでリストさん。
今初めてお話しますが、あの時の『居眠り』事件で
私はあなたに感謝している事があるのですよ」
リスト「感謝?それはどう言う事だい」
ブラームス「実はあの『居眠り』の事を覚えていて私は『子守唄』を作曲したのです」
リスト「ああ あの曲か、当時から随分人気があった曲だね、
今では、特に音楽に関心がない人まで知ってるみたいじゃないか」
ブラームス「はい、大変感謝しております」
リスト「そうか、『居眠り』が後の創作活動に功を奏したわけだ。
私に大いに感謝してくれたまえ」
ブラームス「はい、感謝します… ははは」
リスト「はははは」
―二人が楽しそうに笑いながら歩いていると遠くから若い男が一人近づいてきたー
ブラームス「あっ、ジョン刑事」
ジョン刑事「ブラームスさん、お久しぶりです、今日はリストさんとご一緒ですか?
相変わらず仲が良くてうらやましい限りです」
ブラームス「うん、今も楽しい話をしていました」
ジョン刑事「なるほど、そう言えば生前お二人はあまり交流がなかった。
そんな人達はこちらへ来るとかえって良く話す様になる。
生前できなかった事をこちらの世界で取り戻そうする事を
私はもう今まで何例も見てきましたよ。大変良い事です」
リスト「うん、同感だね。ところで、ちょっと尋ねたいのだけれど、
君 最近 ハンス・フォン・ビューローを見なかったかい」
ジョン刑事「ハンス・フォン・ビューロー。
ああ あの指揮者の、そう言えば生前彼は リストさんのお嬢さんの、
お婿さんだった事もある方ですよね」
リスト「そうだ。そのハンスだ。どこかで見なかったかい?」
ジョン刑事「ハンス・フォン・ビューローさんだったら
今ここへ来る途中で見かけましたよ」
リスト「そうか。そりゃ都合がいい、彼の所まで案内してくれないか?」
ジョン刑事「ええ、構いませんけどね、構わないんですが…」
リスト「どうしたんだい、口ごもったね、何かあったのかい?」
ジョン刑事「今 ご案内して差し上げて良いかどうか…」
リスト「な、何か問題でもあるのかい」
ジョン刑事「それが 問題と言うか何と言うか、うーん まあ良いでしょう。
ご案内致しますよ」
リスト「そうか、では連れて行ってくれ」
―3人がしばらく歩くと、道の傍らに男が一人うずくまっているー
ハンス・フォン・ビューロー「ううっ、ううっ、う、う、ううっ」
ジョン刑事「あの方がハンス・フォン・ビューローさんです」
リスト「何だい うずくまっていちゃ まともに話ができないな」
ブラームス「私が行って見て来ます、用事があるのは私ですからね」
―そう言ってブラームスはハンス・フォン・ビューローに近づくー
ブラームス「もしもし、ハンス・フォン・ビューローさん、ビューローさん」
ハンス・フォン・ビューロー「ううっ、ううっ、う、う、ううっ」
ブラームス「あれっ、ええ、この人泣いてる!」
リスト「えっ,何だって」
―「それを聞いたハンス・フォン・ビューローは突然大声で泣き出す」
ハンス・フォン・ビューロー「ウワ―ン、オーイ、ギャー、ううううううううっ」
リスト「一体どうなってるんだい?」
ジョン刑事「ね!言ったでしょ。話を聞くのは無理なんじゃないかな?」
ブラームス「でも何で泣いてるんですか?」
ジョン刑事「リストさんならお分かりでしょう?彼は自分のお嫁さんを
リヒャルト・ワーグナーに寝取られたからですよ。
男にとってこんなに辛くて屈辱的な事は他にないでしょう」
リスト「そう言えば、そんな事あったな。でも彼はコジマや
リヒャルト・ワーグナーと三人で一緒に暮らしていた時期も
あったんじゃなかったかな。それが今になってどうして?」
ジョン刑事「リヒャルト・ワーグナーの方が明らかに年上でしたからね。
それにワーグナーはカリスマ性があり、非常に厚かましかった。
ワーグナーに逆らえば身が持たないと判断し、機嫌を損なわないようにした。
まあ、こんなところでしょう」
ブラームス「なるほど、こんな事があったから後で『ワーグナー派とブラームス派 』
なんて言われて、評論家に詮索される様になったんでしょうね」
リスト「すると私の娘のコジマにも原因があるのかな?育て方を間違ったかな?」
ブラームス「気にする必要はありませんよ、ビューローは音楽史上
初めての職業指揮者として名前が残りましたし、
私の作品も今十分に知られていて、正しく評価されていますから、
結局『ワーグナー派とブラームス派 』等と論争されたせいで
評価が下がる事はありませんでした。
むしろかえってそれが原因で話題となったので、今良く聴かれているのだと思います。
つまり願ったり叶ったりです」
リスト「それは良かった、現世の連中が勝手に論争する事は、
大抵私たちにとって好都合だからな」
―そこへスメタナとフォーレが通りかかるー
スメタナ「一体何事ですか?」
フォーレ「誰ですか、この泣いている人?」
リスト「ハンス・フォン・ビューローだよ」
フォーレ「ハンス・フォン・ビューロー!この人が!でもなんで泣いてるんですか?」
リスト「どうも私の娘のコジマをワーグナーに寝取られたのが堪えたらしい」
スメタナ「不憫だなあ。よっぽど辛かったんでしょうね、
でもそれって随分前の事でしょう?」
フォーレ「ねえジョン刑事さん、この人一体どれくらい泣いているんでしょう?
ご存じですか?」
ジョン刑事「まあかれこれ100年は経ってると思いますよ」
スメタナ「100年!また100年かい! まあこっちの世界だから、
いくら泣いてもお腹はすかないけど、それにしてもねえ」
ブラームス「どうしたらいいだろう?こんな状態じゃ何も訊けないな」
―その間もハンス・フォン・ビューローはずっと泣き続けている。―
ブラームス「ジョン刑事さん、あと何年くらい待っていれば泣きやむんでしょうね?」
ジョン刑事「さあ、それは私にも分かりません、相当重症みたいですからね。
あと200年、300年、うーん もしかしたら1000年以上かかるかも」
ブラームス「1000年も!なんてことだ、せっかく会えたのに」
スメタナ「まあまあ、今のところは 諦めた方がよさそうだな」
―そこへ袈裟を着た僧侶が近づいて来た―
僧侶「何かお困りのご様子、いかがなされましたかな?」
ジョン刑事「妙な服だな、見た事あるぞ、そうだお坊さんだ!
日本の僧侶のいでたちだ」
僧侶「いかにも、私は、今から150年ほど前、明治初期、
日本は栃木県にある『元和寺(げんなじ)』と言う、小さな寺で
修行僧として日々を過ごしておりました。
時に ここにおられる皆様にお尋ねしたい。この泣いておられるお方はどなたかな?」
リスト「ああ―っと。ご存じないでしょうね。実はこの方、
ハンス・フォン・ビューロー!さん と仰います」
僧侶「何と、ハンス・フォン・ビューロー、あの指揮者の!
世界最初の職業指揮者として歴史に残ったビューロー氏! 何と言う事でしょう」
ブラームス「えっ ご存じなんですか」
僧侶「そうか、まだ何もお話ししておりませんでしたな。では説明致しましょう。
私は元和寺で毎日修行にあけくれた後、僧侶としては実に平凡な一生を過ごしたのです」
ブラームス「で、その時のお名前は?」
僧侶「いえいえ、名乗る程の僧ではありませんでした。
『元和爺(げんなじい』とでも呼んで下され」
ブラームス「分かりました元和爺、それで?」
僧侶「平凡な一生を終えた私は、こちらの世界へ来てからは、
可もなく不可もない人生は自分にとって何だったのだろうと非常に疑問に思いましてな。
多分その反動でしょう、試しにもっと派手な人生を過ごしてみたく思い、
それで指揮者として生まれ変わったのです」
ブラームス「それでうまくいったのですか?有名な指揮者になれましたか?
何と言う名前ですか?」
僧侶「ロジェストヴェンスキ―です」
ブラームス「ロジェストヴェンスキ―!だってあの人まだ生きてるよ」
僧侶「はっはっは、皆さんもご存じの通り、魂は分ける事ができる。
実は指揮者として生まれようと思った時、
音楽家にとって理想の国家は共産主義国だと思い、当時のソビエト連邦を選んだのです。
しかし一抹の不安があった、まだ共産主義国としての
結果が出ていない時期でしたからな、
今にして思えばまさか半世紀程度で崩壊するとはね。
それで私は魂を二つに分け、片方を現世へ送り、人間として人生を送らせ、
もう片方、つまり今お話している私はこちらへ残って
現世の自分を見守る事にしたのです」
リスト「そうなんですか。ではハンス・フォン・ビューローの事は
ロジェストヴェンスキ―から?」
僧侶「そうです、ロジェストヴェンスキ―は才能があり、必死で努力した。だから音楽、
特に指揮者に関してはいくらでも情報が入って来ましたからな」
ブラームス「なるほどねえ」
僧侶「その様ないきさつですから、ビューローさんが泣く理由は見当がつきます。
多分お嫁さんを寝取られたからですな?」
リスト「そ、その通りです、さすがお坊さん、察しが早い」
僧侶「どうです、ビューローさんが泣きやむ様に説得したいのですが、
拙僧に任せて下さらんか?
ハンス・フォン・ビューローと言えば指揮者の元祖、宗教で言えば『開祖』と同じ。
前世で修業をした拙僧が一番の適任者と思いますが…」
ジョン刑事「でもいつになったらちゃんと話を聞いてくれるかは分かりませんよ。
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僧侶「心配には及びませぬ、拙僧は日本で厳しい修行を行った身。
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数百年、数千年、いや数万年かかろうとも説得し続けましょうぞ」
リスト「分かりましたお任せしましょう。ブラームス君良いよな?」
ブラームス「良いですよ。千年でも万年でも待ちましょう」
リスト「さすがだ、相変わらず君は我慢強いな」
僧侶「では、これで」
―僧侶はそう言うとハンス・フォン・ビューローのもとへ歩み寄る―
―ハンス・フォン・ビューローはいっこうに泣きやむ気配がない―
ハンス・フォン・ビューロー「オーイオイオイ」
僧侶「ビューロー殿、ビューロー殿、拙僧の声が聞こえまするか?
お顔をお上げ下さりませ。ビューロー殿」
ブラームス「本当にあのお坊さんに任せて大丈夫かな?
説得するならチャイコフスキーが適任だと思うけど…」
リスト「良いんじゃないの、本人がやるっつってんだから。
ハンス・フォン・ビューロー「うえっ」
ブラームス 「あっ 大丈夫かな?」
ハンス・フォン・ビューロー「ゲ―」
その様子を見ていた僧侶は、
僧侶「大丈夫 吐いてますよ」
リスト「大丈夫じゃないですよ。あのゲロはどう始末するんですか?」
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僧侶「大丈夫 掃いてますよ」
ブラームス「…」
リスト「と、ところでどうだろう、今日久しぶりに僕たち再会したから、
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スメタナ「そりゃいい、ぜひ行きましょう」
フォーレ「私も参加します。なんだか楽しそうだ」
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