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USO TWITTER Part 4

Part 4

―番組も中盤を過ぎコマーシャルの時間に入った。
(執筆者注、これから書くコマーシャルは表現がかなり下品なので、
嫌な人は読まない事をお勧めします)
―ものまね芸人の春一番がアントニオ猪木氏のまねで出演しているー
春一番「便器ですかー、便器ですかー 便器が一番、便器あれば、
何でも出せる。1、2、3、ブ―――。
最高級便秘薬『うんち出の小槌』一寸法師製薬から。それと これ
急な お洩らしも安心、強力下痢止め『一瞬防止』もよろしくね!」
(執筆者からお詫び。実は先日、モーツアルトの霊が現れまして、
どうしてもこのCMの部分を入れろと、しつこくせがむので、
それで仕方なく入れちゃいました。ですから私の意志ではありません。
悪しからず、でも評判が悪ければ削除します。多分)
 
―再びこちらはインタビュー室―
大根畠男「さあベート―ヴェンさん、残り時間も少なくなってまいりました。
最後にもう一つ何か重要なお話をして頂きたいですね!
やはり今の音楽会に対して危惧や懸念がありますか?」
ベート―ヴェン「では演奏について話そう。特にテンポルバートやアゴーギク、
そして即興に関してだ」
大根畠男「そうですか、200年前と今とでは大きく違うのですか?」
ベート―ヴェン「ああ全然違う、それにあの頃は即興演奏を普通に行っていた」
大根畠男「ああ、当時貴族主催の演奏会で同じモチーフを使用して
二人のピアニストが競ったと言う、あのいわゆるピアノの『腕比べ』ですね。
拍手の多かった方が勝ちとされたとか。
ベート―ヴェンさんはそれであらゆる当時のピアニストを薙ぎ倒し、
有名だったのですよね?」
ベート―ヴェン「まあね。私の実力がなせる結果かな」
大根畠男「はい。分かりました。それで具体的に何を仰りたいのですか?
今は通常、即興演奏は行われませんよね」
ベート―ヴェン「いやいや、私がここで言う『即興演奏』とは
即興で曲を作る事では無い、
既に作ってある曲に対して、即興的に短いカデンツァを入れたり
装飾等を施す事を言っているのだよ。
当時は今と違って、気分が乗るとよく装飾音を追加して演奏したものだ」
大根畠男「ですがベート―ヴェンさん。あなたは事あるごとに『楽譜通りに弾け、
変更してはならぬ』と 仰っていたのじゃありませんか?
お弟子さんに対してもそんな言動が現在にも伝えられていますよ」
ベート―ヴェン「君ね、それは20世紀的な考え方だぞ、
私が生きていたのは18〰19世紀。
どうしてその頃の感性と習慣で音楽を考えようとしないのだ。
例えば私のクラヴィ―アとバイオリンためのイ長調ソナタ作品47の第1楽章では
序奏の後のプレストの主題の所でピアノの短いカデンツアがあるだろう」
大根畠男「はい、知っています、ハ長調の主和音の速いパッセージですね」
ベート―ヴェン「そう。初演の時ブリッジタワーはこの部分の繰り返しの際、
そのパッセージを即興で面白くバイオリンで模倣したのさ、
それが私は嬉しくてね」
大根畠男「それって、楽譜には書かれていない音符でしょう?」
ベート―ヴェン「うん、結局印刷譜には載らなかった」
大根畠男「待って下さいベート―ヴェンさん。
繰り返しの二回目は一回目とそんなに違ってて良いんですか?」
ベート―ヴェン「良いに決まっている。
せっかく提示部を繰り返すのだから二回目は違えるべきだ。
さっき言っただろう。短いカデンツアを入れたり、装飾音を加えたりするべきだって。
今の演奏ときたら。繰り返す場合でも二回目は一回目と殆ど同じ。
『二回目を変える』とは通常『二回目は即興で音符の数を増やす』事なのだ。
今の演奏家は怠慢だとしか思えない」
大根畠男「ってことは、楽譜通りじゃない訳だから、
『楽譜通り』と言う発言に矛盾する。
ますますあなたの言う事が分からない」
ベート―ヴェン「これだから日本人は困る、全くもって芸術音痴だ」
大根畠男「その言い方は無いでしょう、いくらなんでも失礼ですよ」
ベート―ヴェン「いいか、芸術家と言う生き物はな、
常によリ良い芸術を求めて模索する。良いアイデアがあれば取り入れる。
もしそれが他人のアイデアであってもだ」
大根畠男「そりゃおかしいですよ、やはり個性は重要でしょう?」
ベート―ヴェン「いや。個性より音楽性だ。個性なんて自然に出て来る。
良く考えてみろ、もし絶対的な意味で個性が一番重要だったら、
他人の意見には一切耳を傾ける必要が無いはずだ。
実際私はハ長調のクラヴィ―ア・ソナタ作品53と
変ロ長調弦楽四重奏曲作品130の最初の形は長すぎると言われ。
2曲ともフィナーレを書き直して全体を短くしたぞ。
現在の君たちには、私はとてつもなく頑固で偏屈で融通が利かない
癇癪持ちだと思っている。
ではなぜそんな私が他人の意見を聞き入れ、書き直したと思う?」
大根畠男「えー それは その…」
ベート―ヴェン「『たまには例外もある』ってか? ふん 
馬鹿な学者が言いそうな事だ。
(執筆者注:ごく一部の学者が馬鹿だと言う意味です)
これで分かっただろう。あの頃は出版社が作曲家の意向を無視して
平気で楽譜を変更したりした。
つまり放っておくと、すぐに勝手に変更した。今とは違うのだぞ。
その結果が効果的であればむしろ嬉しいのだが、現実的には改悪ばかり。
それが許せなかったのだ。つまり無能な音楽関係者が多かったのだよ。
今はどうだか知らんがね
『どうせ悪い結果になるのだから勝手に手を加えるな』
これが『楽譜通り』の本当の意味さ」
大根畠男「なんだいさっきから無能だの馬鹿だの、
やっぱりこの人偏屈爺じゃないか!」
ベート―ヴェン「何か言ったか?」
大根畠男「いえ何も、ふう、やっぱりベートーヴェンは耳が聴こえると怖い」
ベート―ヴェン「しかしな、ここでいくら説明しても無駄なのさ、
ちょうど、エジソンが蓄音器を発明した直後、演奏スタイルが変わり始めたのだからな、
皆『即物主義』の本当の意味をちっともわかっちゃいない」
大根畠男「どう言う事ですか、私には良く分かりませんが」
ベート―ヴェン「例えばだ、ロマン主義時代の、
感情移入によって書かれた作品を演奏する場合だ。
新即物主義によって演奏家の意見や感情を一切反映しない演奏をしたらどうなる」
大根畠男「作曲家の意図が明確に現れて来ますね」
ベート―ヴェン「そうだ、だからロマン主義時代の曲を演奏したらどうなる」
大根畠男「仰ってる意味が良く分かりませんが」
ベート―ヴェン「作曲者の感情が明確に現れる。つまり感情豊かな演奏になるはずだ」
大根畠男「まあ、そうですかねえ」
ベート―ヴェン「そうですかねえ?君知ってるか?フランスではバロック時代、
メトロノームに従う様に弾いて欲しい場合は楽譜にわざわざ
“Measure”(ムシュール)と書いた。
だから、何も書いていない場合は、“non Measure” (ノン・ムジュール)となる」
大根畠男「はあ、それが?」
ベート―ヴェン「『はあ それが』って お前本当に鈍いな!
つまり“non Measure”の方が普通だからわざわざそう書かない、と言う事は、
拍子や音符の長さをあまり気にしないで弾くのが当時の常識だったのだ。分かるか?
私が生きていた時代のウィーンでもまだその影響が色濃く残っていたのだ。
特に若かった頃はな」
―そこへ、今までの会話を聞いていたサン・サーンスが現れる。―
サン・サーンス「私にも同じ危機感がありました」
ベート―ヴェン「サン・サーンス君か。私と同意見なんだね」
サン・サーンス「ええ、私もこのままでは、演奏スタイルが完全に変わってしまう思い、
どうしても表現豊かな演奏を記録したくて、
ピアノのロールにショパンの夜想曲を残したのです」
ベート―ヴェン「そうか、それはいつだった」
サン・サーンス「1905年です」
ベート―ヴェン「1905年か。ちょうど新即物主義が台頭する前だな。
タイミング的には、ちょうど良かった様に思うが、上手く行ったのかね?」
サン・サーンス「それが、全然だめなんです。今の人は私の演奏を聴きくと、
『めちゃくちゃだ、リズムが変、あの頃はこんな演奏が通用したのか?』
などど、全否定なんです。中には滑稽だと笑い出す人もいるんですよ。
私は極めてまじめに弾いたのですがねえ。
おまけに今発売されているCDは機械がうまく作動していなかった様で
音が一か所抜けてるんですよ。あーあ せっかく弾いたのに」
ベート―ヴェン「まあそう嘆くな、君は精いっぱい努力をしたのだ。
やはり君も私と同じで、今の演奏はどれも皆同じ様にきこえるのだろう」
サン・サーンス「そうです、殆ど同じです。今の演奏が個性的だとか、
独自性があるとか、全く感じません
あの程度の差は違いとは言えません、つまり個性とは言えません」
ベート―ヴェン「全くその通りだ。君に全面的に同意見だ」
―そこへ、今度はグスタフ・マーラーが現れたー
グスタフ・マーラー「私も同じ事をしました。」
ベート―ヴェン「とすると、マーラー君もピアノロールに記録したのかね?」
グスタフ・マーラー「そうです、自作の第1交響曲の第1楽章を記録しました」
理想の演奏を目指して。テンポルバートとアゴーギクが豊かな演奏をしました。
オーケストラだとまずアンサンブルを考えなければいけませんからね。
どうしてもメトロノームに従った演奏に近くなる。
それに対しソロは演奏の自由度が増します。
ピアノ独奏だったらなおさらだ、ちょうど良い機会だと思ったのです」
ベート―ヴェン「そうだな、原作者自身の君が演奏している訳だから、
新即物主義的な立場から考えても、君の演奏が正しい、つまり
あまり拍子を気にしない表情豊かな演奏が正しいはずだ」
グスタフ・マーラー「私もそう思って演奏を残したのですが、
現実的にはうまく行きません実際に私の演奏を聴いた今の音楽家は
『この頃はこんな演奏でも良かったのだ』
と笑われる事もあるのですよ。サン・サーンスさんの場合と同じです」
ベート―ヴェン「本人が自作を演奏しているのに?
新即物主義的な考えに基づけば。自作自演が一番正しいはずだ。
それなのに なぜそう酷評される?分からん。全くもって全然わからん」
グスタフ・マーラー「それがどうも翻訳にも問題があるらしいのです」
ベート―ヴェン「翻訳?」
グスタフ・マーラー「そうです。日本語の解説には
『グスタフ・マーラーこの曲を正しいテンポで演奏した』
と書いてあるらしいのです」
ベート―ヴェン「正しいテンポ?なんだか良く分からない表現だな。
君自身が楽譜に書きこんだメトロノーム表示を厳密に守ったと言う意味かい?」
グスタフ・マーラー「いいえ、どうもそうではないらしいのです。
未確認ですがどうも英語の“right tempo”の誤訳と思われます」
ベート―ヴェン「“right”と同じ語源であるドイツ語の“richtig”は
『極めて厳密かつ正確に情報をそのまま伝えている、
私的意見など微塵も加えていない』と言う意味だ。英語だとどうなるんだい?」
グスタフ・マーラー「基本的には、ドイツ語と同じですが、英語の場合“right”は、
『量的、程度的に、過不足なく、当然予想できるレベルそのまま』を意味します。
“Tempo”ももちろんメトロノーム表示の様な『速度』を意味しますが、
広義に解釈すれば、音符の伸び縮み、
つまりテンポルバートやアゴーギクも含まれる可能性があります」
ベート―ヴェン「つまり原文では、『大げさすぎず、かといって物足りなくもなく、
ちょうどいい感じの、曲にふさわしい表現で弾いた』と言いたいはずなのに、
『正しいテンポ』と訳したが為に、これを読んだ日本人は、
『メトロノームに従った様な演奏』をイメージしてしまった訳だ」
グスタフ・マーラー「仰る通りです。原文の本来の意味と全く逆なんです」
ベート―ヴェン「なんてことだ!一体何が悪いんだ、教育か?
それとも今生きている音楽家の
中で無能な連中ばかりが発言力を持っているのか?」
グスタフ・マーラー「恐らく両方です。ですからこちらの世界に居る音楽家は
皆生まれ変わりたがらない。最近は大した音楽家が生まれていないのはその為です」
ベート―ヴェン「困ったことだな。本当に困ったことだ」
―そこへ現れたのはブラームスー
ブラームス「それだけではありません」
ベート―ヴェン「おっ、ブラームス君か、君も言いたい事があるのだね、
この際全部言ってしまったらいいよ」
ブラームス「はい、お気持ちは嬉しいのですが、ここでは一つだけ」
ベート―ヴェン「あい変わらす謙虚だな、それで?」
ブラームス「私の第1交響曲です」
ベート―ヴェン「おお あれか。あの曲は素晴らしい、
良く私の伝統を受け継いでくれた」
ブラームス「恐悦至極に存じます」
ベート―ヴェン「まあまあ、そう固くならすに。それであの曲のどこが?」
ブラームス「フィナーレの最後の方の“Piu Allegro”の後のコラール風の箇所です」
ベート―ヴェン「ああ、フィナーレの初めの方でトロンボーンがゆっくり奏でる
あのモチーフが繰り返されるところだね」
ブラームス「そうです、まさにそこの事なんですが、実は私はテンポの変化を
一切楽譜に指示していないのです」
ベート―ヴェン「へえ、そうだったのかい?」
ブラームス「ええ、この自筆譜を見て下さい」
ベート―ヴェン「本当だ! テンポの指示は何もない」
ブラームス「ですから私はコ―ダの“Piu Allegro”以降はずっと
“in tempo”で演奏される事を想定していたと言うか、
『まさかテンポを変えるなんて!』と思っているのです」
ベート―ヴェン「そうだな、現在では曲の終りのあの部分は、
普通テンポを遅くするからな、スピードは半分、
いや場合によっては3分の1より遅い時もあるぞ」
ブラームス「そうなんです、困った事です、第一現在出版されている楽譜の中でも、
フィナーレのあの箇所で、テンポの変化等指示を無断で書き加えている楽譜も
一つもないのですよ」
ベート―ヴェン「初演の時のテンポはどうだったんだい?
そこでテンポを変えたのかい?」
ブラームス「まさか、もちろん“Piu Allegro”以降は最後まで
“in tempo”で演奏しましたよ」
ああ、もう、今の演奏はどれも楽譜の通りではないからすごく嫌なんですよ。
こんな演奏が通用しているのに、『楽譜通り』だとか
『作曲者の意思を正確に伝える』などと
言う人の気が知れません。楽譜を見ていないとしか思えません。
即物主義でも何でもないじゃありませんか!」
リスト「それはまさに先ほど私が指摘した様に、今の音楽関係者は、
以前聴いた演奏を何となく覚えていて、それが常識だ、模範だ、
典型だと思い込んでいるからでしょうね」
ベート―ヴェン「うーん では誰が最初に無断でテンポを変えたのだ?」
ブラームス「多分 ハンス・フォン・ビューローです」
ベート―ヴェン「何、ハンス・フォン・ビューロー?
しかし彼は君のまさにこの第1交響曲を
『ベート―ヴェンの交響曲第10番』だと言って褒めてくれたんじゃないのかい?」
ブラームス「ええそれはもちろん大変嬉しかったのですが、
それと演奏とは全く別なんです」
ベート―ヴェン「全く別?と言うと?」
ブラームス「彼は個性も我も強い人でしたからね、特に指示していなくても、
平気でテンポを変えていました。まああの頃はそんな時代でしたからね。
彼がこの曲のテンポを変えた可能性は十分有ります」
ベート―ヴェン「だとしても確かめた方が良いんじゃないかい?」
ブラームス「ええそうなんですけど、でも… やはり… 気おくれすると言うか…」
ベート―ヴェン「何だい、ハンスの方が年上だからかい?
年上と言ってもほんの数年じゃないか」
リスト「そうですよ、そんなに気にする必要は有りません、
それにハンス・フォン・ビューローと言えば私の娘コジマの婿だった事もある、
そうだ、私が一緒に行って 確かめてあげますよ」
ベート―ヴェン「それは良い。是非そうしたまえ」
大根畠男「え― ではこの番組をお聴きの皆さん、
そろそろ終わりの時間となりました、
お聞き下さりどうもありがとうございました。
ベート―ヴェンさん、他の皆さん、本日はどうもありがとうございました。

―Part 5へつづく―

2015年8月6日

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