USO TWITTER Part 3
Part 3
―変わってこちらは、インタビュー室
大根畠男がベート―ヴェンに対するインタビューを続けている―
大根畠男「さてベート―ヴェンさん。次に仰りたい事は何ですか?
何でもお聞きしますよ」―
ベート―ヴェン「そうだな、オーケストラ曲のバランスの事を話そう」
大根畠男「バランスですか、今までそんな事考えてなかったなあ
各楽器が良く鳴る様に演奏して欲しいと言う事ですか」
ベート―ヴェン「いや、その事では無い、私が言っているのは、
オーケストラ全体の中における各楽器やパートの対位法的な意味でのバランスだよ」
大根畠男「『対位法』ですか?すいません私勉強不足なので良く分かりません」
ベート―ヴェン「しょうがないな、当時と今とでは
オーケストラの演奏者の人数が違うのだよ」
大根畠男「それなら知っています。ベートーヴェンさんの頃、
大きくてもせいぜい2管編成位で、19世紀後半になると3管編成、
時には4管編成もありましたよね」
ベート―ヴェン「それは事実だ。しかしたとえ2管編成でも、
全体の中でどの楽器が他の楽器と
比べてどれくらいの大きさの音で演奏すべきかを良く考えて欲しいのだよ。
私が活動していた当時は専用の音楽ホールなど無かった。
そこで交響曲を演奏する場合も貴族の邸宅のサロンなどを利用した。
だから演奏者の人数もそうだな、多くてせいぜい30人〰35人ってとこだったかな」
大根畠男「そりゃ 随分少ないですね、現在だと2管編成でも、プロだったら
少なくとも60人位で演奏しますよ。何せ今はオーケストラ用のホールは
大抵大きいですからね」
ベート―ヴェン「それが困るんだよ。同じ楽譜を使っても
昔と今では演奏者の人数が違う」
大根畠男「困る事はないでしょう、ホールの大きさに合わせて人数を増やせば良い、
弦楽器は単に人数を増やし。管楽器等はダブらせるとかすれば済む事ですよ。
確かに響きはベート―ヴェンさんの本意とは少し違うかも知れないけど、
バランスは演奏者の人数に拘わらず、本質的に同じにできるはずだ」
ベート―ヴェン「所が、そんなに簡単な事では無い」
大根畠男「ええっ!だめなんですか?」
ベート―ヴェン「君、室内楽とオーケストラの響きの違いが分かるか?
あくまで『バランス』と言う意味で だぞ」
大根畠男「そりゃ 人数が多ければ迫力や厚みが出るでしょう。
その事じゃないのですか」
ベート―ヴェン「違うな、私は『バランス』と言っただろう?
大きなホールで、大人数で演奏する場合、弦楽器の中音域以下の音はどう聴こえる?」
大根畠男「どう聴こえるって、良く分かりません」
ベート―ヴェン「しょうがないな、では説明しよう。
より音域の高い楽器と合奏している事を想定してくれ。現代のオーケストラの事だぞ。
この場合高音域がピアニシモであったり演奏していなければ良いかもしれないが、
弦楽器の中音域以下の音はマスクされてしまいがちなのだ」
大根畠男「すると全く聴こえなくなるのですか?」
ベート―ヴェン「いや 全くではない、しかしかなり聴こえにくくなるのは事実だ。
演奏者の近くで聴くとバランス的に問題無いのだが、
少し離れるとだんだん聴こえにくくなる
大きなホールで演奏する場合はどうしようもない」
大根畠男「どこら辺の音域からですか?」
ベート―ヴェン「そうだな… バイオリンで言うと、
ト音記号で加線を使う必要がない高い方のFあたりから下かな」
大根畠男「それだと重要なパッセ―ジも聴こえににくい事が多いでしょうね」
ベート―ヴェン「そこなんだよ。幸い今は一部の演奏家が昔の人数と部屋を想定して
録音している場合もあるが、なかなかこの微妙な『バランス』まで
気付いてくれない様なのだ。全くゆゆしき問題だ」
大根畠男「でもオーケストラ曲なら弦楽器の1パートの人数は複数でしょう?
ベート―ヴェンさんも弦楽器奏者がたくさん募れる事も想定して
オーケストレーションしたんじゃないんですか?」
ベート―ヴェン「では質問するが、
通常弦楽器の1パートの人数が複数であるオーケストラ曲と
基本的に弦楽器は1パート一人である室内楽曲と楽譜だけを見てどう区別する?」
大根畠男「えーと それは曲名じゃないですか、シンフォニーや序曲はオーケストラ曲
ディベルティメントは室内楽曲 昔からそう決まっていると思いますが…」
ベート―ヴェン「ではセレナーデはどうだ、オーケストラ曲か、それとも室内楽曲か?」
大根畠男「多分オーケストラ曲です、ブラームスの曲がそうですね。
チャイコフスキー、ドヴォルザークの弦楽セレナーデは1パート複数の演奏者です」
ベート―ヴェン「なるほど!それではその定義をいつ誰が決めたのだ、
信頼でできる文献が残っているのか?」
大根畠男「うーん そう言われると…」
ベート―ヴェン「ではモーツアルトのセレナーデはどうだ、オーケストラか室内楽か?」
大根畠男「それは… どっちでも良いのじゃありませんか」
ベート―ヴェン「どっちでも良い?それは決まっていなかったと言う意味か?」
大根畠男「うーん… それは…」
ベート―ヴェン「では古典派時代の交響曲や協奏曲について質問する、
これらが今で言う室内楽では無かったどうやって証明する?」
大根畠男「うーん ええと…」
ベート―ヴェン「君はこれを知っているか?」
―と言って、ベート―ヴェンは立ち上がり、用意していた古い楽譜を取り出す。―
ベート―ヴェン「これは私の生前に出版された交響曲の楽譜だ、見た事はあるかね?」
大根畠男「はい 一応」
ベート―ヴェン「では 最初のページの楽器名を見てみ給え、弦楽器のところだ」
大根畠男「はい、イタリア語で書いてありますね、極めて普通の事だ」
ベート―ヴェン「もっと良く見てみろ、何と書いてある?」
大根畠男「ええと“Violino 1mo” これが第1バイオリン、
“Violino 2do” これが第2バイオリン,Viole ビオラ、
“Violoncello” チェロ、“Basso” これがコントラバス って事ですよね」
ベート―ヴェン「何か気がつかないか?」
大根畠男「気がつくって、ただ楽器の名前が書いてあるだけでしょう。
他に何かあるんですか?」
ベート―ヴェン「君ィ 全く注意力がないな、Violeだけ複数形だろう」
大根畠男「あっ!本当だ。今まで気が付かなかった。ミスプリントかな?だとしても、
どうって事無いじゃありませんか。
楽器名さえ分かれば良いのだから細かい事なんて気にする必要はない」
ベート―ヴェン「所がこれには意味があるのだよ」
大根畠男「ははは まさか」
ベート―ヴェン「その『まさか』さ。これは最低の人数を意味する。
つまり 弦楽器に関してはビオラだけが最低2人、
他の弦楽器は1パート最低一人を想定して書いた。当時はそれが普通だったのだ。
つまり昔はオーケストラと室内楽の区別など無かったのだ。
それなのに今の音楽関係者は勝手に区別している。おかしな話だ。
それに今では『ベートーヴェンのオーケストラ曲のビオラパートは難しい』
と指摘される事もあるが
2人で分けて弾く事を前提にして書いたのに
一人で全部の音符を弾こうとしているからなんだよ」
大根畠男「じゃあ重音で書いてあるところは、基本的にディビジするのですか?
ベート―ヴェン「そうだ、それで構わない。
あの頃はまだ“div.”といちいち書く習慣が無かったからな。
今でも私の曲に拘わらず 弾きにくかったら、
特に指揮者の指示が無くても分担して弾くだろう?
そこでだ、私の9つ目の交響曲の第4楽章、“Adagio ma non troppo , ma divoto”
のビオラパートをよく注意して見てみたまえ。
最低2人のビオラ奏者で分けて弾く事を想定しているのは、見れば分かるだろう。
まあもっと人数が多ければダブらせても構わないがね」
大根畠男「そうか、それにベート―ヴェンさんは若い頃楽団で
ビオラを弾いていらした事がありましたよね」
ベート―ヴェン「ほほう、良く知ってるな。
まあロッシーニの『弦楽のためのソナタ』あたりを、
室内楽と弦楽合奏で比べて聴いてみれば分かりやすいだろう」
フランツ・リスト「バランスについては私にもお話があります」
ベート―ヴェン「ほう、何を話したい?」
フランツ・リスト「ベート―ヴェン先生の9つの交響曲全てをピアノソロ様に
編曲した楽譜の事です」
ベート―ヴェン「その編曲がどうかしたのかね?」
フランツ・リスト「バスのパートです」
ベート―ヴェン「バスのパート」
フランツ・リスト「ええ、バスのパートをオクターブで弾く事を多用した事です。
今では批評家は、『低音を充実させるのが目的のリストの創意工夫である。』
と考えている様ですが。あれは当時のオーケストラのバランスを
そのままピアノで表現しようとした結果なのです」
ベート―ヴェン「私の生きていた時代の頃から徐々にオーケストラの規模が
大きくなり始めたので
一番誤解されやすいと言いたいのだな」
フランツ・リスト「そうです。ハイドンさんやモーツアルトさんの曲の場合、
ピアノソロへの編曲はバランス的にバスのパートは単音で十分、
と言うかむしろ適切なバランスになります。
しかしベート―ヴェン先生の曲の場合はそうもいかない。
楽器編成やオーケストレーションを考えると、オクターブにした方が良い。
またオクターブした方が、
当時の小さなホールで小人数が演奏した時のバランスに近い。
しかし20世紀以降の音楽関係者は、大ホールで大人数が演奏した時のバランス
つまり弦楽器の中音域以下の音がかなりマスクされてしまっている状態
の演奏の記憶が刷り込まれてしまい、
正しいバランスに近い私の編曲にかえって違和感を感じるのです。困った事です」
ベート―ヴェン「そうだ、そこで大根君、私のオーケストラ曲で
トロンボーンが含まれる曲と含まれない曲があるが、その違いがかるかね?」
大根畠男「もちろん分かります。
劇場用の作品ではトロンボーンが良く使われますよね。
そんな習慣があったのでしょう?」
ベート―ヴェン「習慣と言えば習慣だが 別に決まりがあった訳ではない。
私は第5,6,9番目の交響曲ではトロンボーンを使ったぞ」
大根畠男「そうか、じゃあ違いは何だろう」
フランツ・リスト「初演の場所と、そのホールの大きさを考えれば分かりますよ」
大根畠男「うーん 良く分からないな」
ベート―ヴェン「では教えてやろう。アン・デア・ウィーン劇場で初演した曲では
トロンボーンを使ったのだ」
大根畠男「そうか、1、2、3、4、7、8番は確かトロンボーンは
含まれていませんよね。あれっ 確か変ホ長調交響曲は
アン・デア・ウィーン劇場でも演奏されたのではありませんでしたか?」
ベート―ヴェン「よし、ではその事について話そう。実はな、
最初のハ長調交響曲を初演した時は小さな部屋で行ったので気が付かなかったのだが、
後で次のニ長調交響曲と一緒にアン・デア・ウィーン劇場で演奏したら、
バランスが悪いのなんの、大きな劇場でお披露目できるから嬉しかったのだが、
実際聞いてみるとやはり特に弦楽器は中音域より下の音が聴こえにくい。
もちろん演奏者のそばで聞けばバランス良く聴こえるのだが、
遠くへ行くとだんだん聴こえにくくなる。
大きなホールでは必ずそうなる、いかんともしがたい事だ。
そこで変ホ長調交響曲は
バスのパートが良く聴こえるようなオーケストレーションにした。
それでロブコヴィッツ邸で初演した時は評判が良かったのだが、実は考えが甘かった」
大根畠男「考えが甘かったのですか?どんな風に?」
ベート―ヴェン「その後アン・デア・ウィーン劇場で再演された時は不評でね、
オーケストレーションを工夫したり、弦楽器の人数を増やしてもだめなんだ、
どうしてもバランスが悪くなる。
まあでも曲が長すぎるのが原因で不評だったのかもしれないが…」
大根畠男「本当にそれが原因ですか?ロブコヴィッツ邸で初演された時は、
皆公爵の手前、曲に対する非難なんて、したくてもできなかったんじゃないですか?
だってロブコヴィッツ公爵は芸術に対して理解があった人でしょう?
それとも、ベート―ヴェンさんの曲を必ず褒めろと予め聴衆に対して
根回しをしていたとか、ハハハ…」
ベート―ヴェン「何だと貴様、じゃあ本当は最初から
評判は悪かったと言いたいのか!」
大根畠男「いえいえ 冗談ですよ。冗談。そ、
それでトロンボーンを加えるしかないと」
ベート―ヴェン「そうだ だがしかし次の変ロ長調交響曲では機会がなかったので、
さらに次のヘ長調とハ短調の交響曲で試してみた.]
大根畠男「確かこの日の演奏会では
ト長調のピアノ協奏曲も演奏されていますよね。」
ベート―ヴェン「そうだ、しかしこの時は再演だった。
初演はもっと小さな部屋で行った。うん その時のバランスは良かったな」
大根畠男「アン・デア・ウィーン劇場で再演する事が分かっていたのなら、
後でトロンボーンを加えても良かったじゃないですか。
でも入っていないのは何故ですか?」
ベート―ヴェン「当時のクラヴィ―アの音の大きさだよ。
今のピアノは後ろでオーケストラが演奏していても太刀打ちができる位
大きな音が出せるだろう?
しかしあの頃のクラヴィ―アの音は今の楽器と比べると、
あまり大きな音が出なかった。
つまりオーケストラの編成の中にトロンボーンを入れると、大きな音を出した時、
クラヴィ―アの音がかき消されてしまう。
それで初演の楽譜には手を加えず再演した。
しかし後で客席にいた知り合いに尋ねてみると、
やはりクラヴィ―アの音は聴こえにくかったそうだ。
それと第3楽章の途中で出て来るビオラのソロはどうだったかと訊いたら。
『そんなのあったのかい?』と言われてしまったのだよ。
ほんとにがっかりだよ、大ホールではコンチェルトなぞやるもんじゃない」
大根畠男「ではその同じ日に『ピアノを伴うファンタジー『
(執筆者注:合唱幻想曲作品80の事)
も初演されていますよね、何かオーケストレーションに注意なさったのですか?」
ベート―ヴェン「うん、そこは良く考えて単純にした、
合唱が入るとますますクラヴィ―アの音は聴こえにくくなるだろうし、
演奏会の最後の曲だったので楽団の演奏者も疲れて来るだろうからな」
大根畠男「それでうまく行ったのですか?」
ベート―ヴェン「いや、全然だめだ。やはり大きなホールで演奏する時は、
どうしてもトロンボーンが不可欠だと悟ったよ。
だから最後の変ホ長調のクラヴィ―ア協奏曲は
アン・デア・ウィーン劇場で演奏する予定は無かったので
トロンボーンを入れなくて済んだ。これで理由が分かるだろう?
しかし当時一番大きかったあのアン・デア・ウィーン劇場も、
今じゃウィーンあたりでは一番小さいんだって?本当かい?皮肉な物だな」
大根畠男「へえ、そんなもんですかねえ」
ベート―ヴェン「そんなもんですかねえ!?まあ良い。
ならばここらでもう一つ付け加えておこう。
君は私の交響曲のグスタフ・マーラー版を知っているか?」
大根畠男「ああ知ってます、マーラーが勝手にロマン主義的解釈で
楽譜に手を加えた版でしょう?
あんな事やっちゃあいけませんよね!
ベート―ヴェンさんの意図した音楽と違ってしまう」
ベート―ヴェン「何を言ってるんだ、そうではない!マーラーは
当時のホールの大きさに合わせて
バランス良く楽器が鳴る様に改変したのだ。君にはそれが分からんのか!」
大根畠男「はあ、全く」
ベート―ヴェン「分からないのか1ああ、
今まで私は何のために話をしてきたと思ってるんだ。
お前の脳みそは腐ってるのか?」
大根畠男「はあ、どうもすいません」
ベート―ヴェン「すいませんじゃないぞ、休憩、休憩。コマーシャルへ行け」
―ここはインタビュー室から離れた部屋―
今までのやり取りの一部始終をミューズの女神がモニターで見ていた。-
ミューズ神「ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン… か。
ふふ 確かに古今東西の最高の作曲家かもしれないけど、
あの態度は頂けないわね。高圧的なところがあるし、
言葉づかいも全く上品とは言えない。
確かに彼の主張は正しいかもしれないけど…。
こちらの世界で過ごしてもまたあまり反省していない様ね…。
うーん どうしようかしら。
まあ もうちょっと 様子を見ていましょう」
―Part 4へつづく―
2015年8月6日
このページ全体または一部の無断転記及び転載を禁じます。
―変わってこちらは、インタビュー室
大根畠男がベート―ヴェンに対するインタビューを続けている―
大根畠男「さてベート―ヴェンさん。次に仰りたい事は何ですか?
何でもお聞きしますよ」―
ベート―ヴェン「そうだな、オーケストラ曲のバランスの事を話そう」
大根畠男「バランスですか、今までそんな事考えてなかったなあ
各楽器が良く鳴る様に演奏して欲しいと言う事ですか」
ベート―ヴェン「いや、その事では無い、私が言っているのは、
オーケストラ全体の中における各楽器やパートの対位法的な意味でのバランスだよ」
大根畠男「『対位法』ですか?すいません私勉強不足なので良く分かりません」
ベート―ヴェン「しょうがないな、当時と今とでは
オーケストラの演奏者の人数が違うのだよ」
大根畠男「それなら知っています。ベートーヴェンさんの頃、
大きくてもせいぜい2管編成位で、19世紀後半になると3管編成、
時には4管編成もありましたよね」
ベート―ヴェン「それは事実だ。しかしたとえ2管編成でも、
全体の中でどの楽器が他の楽器と
比べてどれくらいの大きさの音で演奏すべきかを良く考えて欲しいのだよ。
私が活動していた当時は専用の音楽ホールなど無かった。
そこで交響曲を演奏する場合も貴族の邸宅のサロンなどを利用した。
だから演奏者の人数もそうだな、多くてせいぜい30人〰35人ってとこだったかな」
大根畠男「そりゃ 随分少ないですね、現在だと2管編成でも、プロだったら
少なくとも60人位で演奏しますよ。何せ今はオーケストラ用のホールは
大抵大きいですからね」
ベート―ヴェン「それが困るんだよ。同じ楽譜を使っても
昔と今では演奏者の人数が違う」
大根畠男「困る事はないでしょう、ホールの大きさに合わせて人数を増やせば良い、
弦楽器は単に人数を増やし。管楽器等はダブらせるとかすれば済む事ですよ。
確かに響きはベート―ヴェンさんの本意とは少し違うかも知れないけど、
バランスは演奏者の人数に拘わらず、本質的に同じにできるはずだ」
ベート―ヴェン「所が、そんなに簡単な事では無い」
大根畠男「ええっ!だめなんですか?」
ベート―ヴェン「君、室内楽とオーケストラの響きの違いが分かるか?
あくまで『バランス』と言う意味で だぞ」
大根畠男「そりゃ 人数が多ければ迫力や厚みが出るでしょう。
その事じゃないのですか」
ベート―ヴェン「違うな、私は『バランス』と言っただろう?
大きなホールで、大人数で演奏する場合、弦楽器の中音域以下の音はどう聴こえる?」
大根畠男「どう聴こえるって、良く分かりません」
ベート―ヴェン「しょうがないな、では説明しよう。
より音域の高い楽器と合奏している事を想定してくれ。現代のオーケストラの事だぞ。
この場合高音域がピアニシモであったり演奏していなければ良いかもしれないが、
弦楽器の中音域以下の音はマスクされてしまいがちなのだ」
大根畠男「すると全く聴こえなくなるのですか?」
ベート―ヴェン「いや 全くではない、しかしかなり聴こえにくくなるのは事実だ。
演奏者の近くで聴くとバランス的に問題無いのだが、
少し離れるとだんだん聴こえにくくなる
大きなホールで演奏する場合はどうしようもない」
大根畠男「どこら辺の音域からですか?」
ベート―ヴェン「そうだな… バイオリンで言うと、
ト音記号で加線を使う必要がない高い方のFあたりから下かな」
大根畠男「それだと重要なパッセ―ジも聴こえににくい事が多いでしょうね」
ベート―ヴェン「そこなんだよ。幸い今は一部の演奏家が昔の人数と部屋を想定して
録音している場合もあるが、なかなかこの微妙な『バランス』まで
気付いてくれない様なのだ。全くゆゆしき問題だ」
大根畠男「でもオーケストラ曲なら弦楽器の1パートの人数は複数でしょう?
ベート―ヴェンさんも弦楽器奏者がたくさん募れる事も想定して
オーケストレーションしたんじゃないんですか?」
ベート―ヴェン「では質問するが、
通常弦楽器の1パートの人数が複数であるオーケストラ曲と
基本的に弦楽器は1パート一人である室内楽曲と楽譜だけを見てどう区別する?」
大根畠男「えーと それは曲名じゃないですか、シンフォニーや序曲はオーケストラ曲
ディベルティメントは室内楽曲 昔からそう決まっていると思いますが…」
ベート―ヴェン「ではセレナーデはどうだ、オーケストラ曲か、それとも室内楽曲か?」
大根畠男「多分オーケストラ曲です、ブラームスの曲がそうですね。
チャイコフスキー、ドヴォルザークの弦楽セレナーデは1パート複数の演奏者です」
ベート―ヴェン「なるほど!それではその定義をいつ誰が決めたのだ、
信頼でできる文献が残っているのか?」
大根畠男「うーん そう言われると…」
ベート―ヴェン「ではモーツアルトのセレナーデはどうだ、オーケストラか室内楽か?」
大根畠男「それは… どっちでも良いのじゃありませんか」
ベート―ヴェン「どっちでも良い?それは決まっていなかったと言う意味か?」
大根畠男「うーん… それは…」
ベート―ヴェン「では古典派時代の交響曲や協奏曲について質問する、
これらが今で言う室内楽では無かったどうやって証明する?」
大根畠男「うーん ええと…」
ベート―ヴェン「君はこれを知っているか?」
―と言って、ベート―ヴェンは立ち上がり、用意していた古い楽譜を取り出す。―
ベート―ヴェン「これは私の生前に出版された交響曲の楽譜だ、見た事はあるかね?」
大根畠男「はい 一応」
ベート―ヴェン「では 最初のページの楽器名を見てみ給え、弦楽器のところだ」
大根畠男「はい、イタリア語で書いてありますね、極めて普通の事だ」
ベート―ヴェン「もっと良く見てみろ、何と書いてある?」
大根畠男「ええと“Violino 1mo” これが第1バイオリン、
“Violino 2do” これが第2バイオリン,Viole ビオラ、
“Violoncello” チェロ、“Basso” これがコントラバス って事ですよね」
ベート―ヴェン「何か気がつかないか?」
大根畠男「気がつくって、ただ楽器の名前が書いてあるだけでしょう。
他に何かあるんですか?」
ベート―ヴェン「君ィ 全く注意力がないな、Violeだけ複数形だろう」
大根畠男「あっ!本当だ。今まで気が付かなかった。ミスプリントかな?だとしても、
どうって事無いじゃありませんか。
楽器名さえ分かれば良いのだから細かい事なんて気にする必要はない」
ベート―ヴェン「所がこれには意味があるのだよ」
大根畠男「ははは まさか」
ベート―ヴェン「その『まさか』さ。これは最低の人数を意味する。
つまり 弦楽器に関してはビオラだけが最低2人、
他の弦楽器は1パート最低一人を想定して書いた。当時はそれが普通だったのだ。
つまり昔はオーケストラと室内楽の区別など無かったのだ。
それなのに今の音楽関係者は勝手に区別している。おかしな話だ。
それに今では『ベートーヴェンのオーケストラ曲のビオラパートは難しい』
と指摘される事もあるが
2人で分けて弾く事を前提にして書いたのに
一人で全部の音符を弾こうとしているからなんだよ」
大根畠男「じゃあ重音で書いてあるところは、基本的にディビジするのですか?
ベート―ヴェン「そうだ、それで構わない。
あの頃はまだ“div.”といちいち書く習慣が無かったからな。
今でも私の曲に拘わらず 弾きにくかったら、
特に指揮者の指示が無くても分担して弾くだろう?
そこでだ、私の9つ目の交響曲の第4楽章、“Adagio ma non troppo , ma divoto”
のビオラパートをよく注意して見てみたまえ。
最低2人のビオラ奏者で分けて弾く事を想定しているのは、見れば分かるだろう。
まあもっと人数が多ければダブらせても構わないがね」
大根畠男「そうか、それにベート―ヴェンさんは若い頃楽団で
ビオラを弾いていらした事がありましたよね」
ベート―ヴェン「ほほう、良く知ってるな。
まあロッシーニの『弦楽のためのソナタ』あたりを、
室内楽と弦楽合奏で比べて聴いてみれば分かりやすいだろう」
フランツ・リスト「バランスについては私にもお話があります」
ベート―ヴェン「ほう、何を話したい?」
フランツ・リスト「ベート―ヴェン先生の9つの交響曲全てをピアノソロ様に
編曲した楽譜の事です」
ベート―ヴェン「その編曲がどうかしたのかね?」
フランツ・リスト「バスのパートです」
ベート―ヴェン「バスのパート」
フランツ・リスト「ええ、バスのパートをオクターブで弾く事を多用した事です。
今では批評家は、『低音を充実させるのが目的のリストの創意工夫である。』
と考えている様ですが。あれは当時のオーケストラのバランスを
そのままピアノで表現しようとした結果なのです」
ベート―ヴェン「私の生きていた時代の頃から徐々にオーケストラの規模が
大きくなり始めたので
一番誤解されやすいと言いたいのだな」
フランツ・リスト「そうです。ハイドンさんやモーツアルトさんの曲の場合、
ピアノソロへの編曲はバランス的にバスのパートは単音で十分、
と言うかむしろ適切なバランスになります。
しかしベート―ヴェン先生の曲の場合はそうもいかない。
楽器編成やオーケストレーションを考えると、オクターブにした方が良い。
またオクターブした方が、
当時の小さなホールで小人数が演奏した時のバランスに近い。
しかし20世紀以降の音楽関係者は、大ホールで大人数が演奏した時のバランス
つまり弦楽器の中音域以下の音がかなりマスクされてしまっている状態
の演奏の記憶が刷り込まれてしまい、
正しいバランスに近い私の編曲にかえって違和感を感じるのです。困った事です」
ベート―ヴェン「そうだ、そこで大根君、私のオーケストラ曲で
トロンボーンが含まれる曲と含まれない曲があるが、その違いがかるかね?」
大根畠男「もちろん分かります。
劇場用の作品ではトロンボーンが良く使われますよね。
そんな習慣があったのでしょう?」
ベート―ヴェン「習慣と言えば習慣だが 別に決まりがあった訳ではない。
私は第5,6,9番目の交響曲ではトロンボーンを使ったぞ」
大根畠男「そうか、じゃあ違いは何だろう」
フランツ・リスト「初演の場所と、そのホールの大きさを考えれば分かりますよ」
大根畠男「うーん 良く分からないな」
ベート―ヴェン「では教えてやろう。アン・デア・ウィーン劇場で初演した曲では
トロンボーンを使ったのだ」
大根畠男「そうか、1、2、3、4、7、8番は確かトロンボーンは
含まれていませんよね。あれっ 確か変ホ長調交響曲は
アン・デア・ウィーン劇場でも演奏されたのではありませんでしたか?」
ベート―ヴェン「よし、ではその事について話そう。実はな、
最初のハ長調交響曲を初演した時は小さな部屋で行ったので気が付かなかったのだが、
後で次のニ長調交響曲と一緒にアン・デア・ウィーン劇場で演奏したら、
バランスが悪いのなんの、大きな劇場でお披露目できるから嬉しかったのだが、
実際聞いてみるとやはり特に弦楽器は中音域より下の音が聴こえにくい。
もちろん演奏者のそばで聞けばバランス良く聴こえるのだが、
遠くへ行くとだんだん聴こえにくくなる。
大きなホールでは必ずそうなる、いかんともしがたい事だ。
そこで変ホ長調交響曲は
バスのパートが良く聴こえるようなオーケストレーションにした。
それでロブコヴィッツ邸で初演した時は評判が良かったのだが、実は考えが甘かった」
大根畠男「考えが甘かったのですか?どんな風に?」
ベート―ヴェン「その後アン・デア・ウィーン劇場で再演された時は不評でね、
オーケストレーションを工夫したり、弦楽器の人数を増やしてもだめなんだ、
どうしてもバランスが悪くなる。
まあでも曲が長すぎるのが原因で不評だったのかもしれないが…」
大根畠男「本当にそれが原因ですか?ロブコヴィッツ邸で初演された時は、
皆公爵の手前、曲に対する非難なんて、したくてもできなかったんじゃないですか?
だってロブコヴィッツ公爵は芸術に対して理解があった人でしょう?
それとも、ベート―ヴェンさんの曲を必ず褒めろと予め聴衆に対して
根回しをしていたとか、ハハハ…」
ベート―ヴェン「何だと貴様、じゃあ本当は最初から
評判は悪かったと言いたいのか!」
大根畠男「いえいえ 冗談ですよ。冗談。そ、
それでトロンボーンを加えるしかないと」
ベート―ヴェン「そうだ だがしかし次の変ロ長調交響曲では機会がなかったので、
さらに次のヘ長調とハ短調の交響曲で試してみた.]
大根畠男「確かこの日の演奏会では
ト長調のピアノ協奏曲も演奏されていますよね。」
ベート―ヴェン「そうだ、しかしこの時は再演だった。
初演はもっと小さな部屋で行った。うん その時のバランスは良かったな」
大根畠男「アン・デア・ウィーン劇場で再演する事が分かっていたのなら、
後でトロンボーンを加えても良かったじゃないですか。
でも入っていないのは何故ですか?」
ベート―ヴェン「当時のクラヴィ―アの音の大きさだよ。
今のピアノは後ろでオーケストラが演奏していても太刀打ちができる位
大きな音が出せるだろう?
しかしあの頃のクラヴィ―アの音は今の楽器と比べると、
あまり大きな音が出なかった。
つまりオーケストラの編成の中にトロンボーンを入れると、大きな音を出した時、
クラヴィ―アの音がかき消されてしまう。
それで初演の楽譜には手を加えず再演した。
しかし後で客席にいた知り合いに尋ねてみると、
やはりクラヴィ―アの音は聴こえにくかったそうだ。
それと第3楽章の途中で出て来るビオラのソロはどうだったかと訊いたら。
『そんなのあったのかい?』と言われてしまったのだよ。
ほんとにがっかりだよ、大ホールではコンチェルトなぞやるもんじゃない」
大根畠男「ではその同じ日に『ピアノを伴うファンタジー『
(執筆者注:合唱幻想曲作品80の事)
も初演されていますよね、何かオーケストレーションに注意なさったのですか?」
ベート―ヴェン「うん、そこは良く考えて単純にした、
合唱が入るとますますクラヴィ―アの音は聴こえにくくなるだろうし、
演奏会の最後の曲だったので楽団の演奏者も疲れて来るだろうからな」
大根畠男「それでうまく行ったのですか?」
ベート―ヴェン「いや、全然だめだ。やはり大きなホールで演奏する時は、
どうしてもトロンボーンが不可欠だと悟ったよ。
だから最後の変ホ長調のクラヴィ―ア協奏曲は
アン・デア・ウィーン劇場で演奏する予定は無かったので
トロンボーンを入れなくて済んだ。これで理由が分かるだろう?
しかし当時一番大きかったあのアン・デア・ウィーン劇場も、
今じゃウィーンあたりでは一番小さいんだって?本当かい?皮肉な物だな」
大根畠男「へえ、そんなもんですかねえ」
ベート―ヴェン「そんなもんですかねえ!?まあ良い。
ならばここらでもう一つ付け加えておこう。
君は私の交響曲のグスタフ・マーラー版を知っているか?」
大根畠男「ああ知ってます、マーラーが勝手にロマン主義的解釈で
楽譜に手を加えた版でしょう?
あんな事やっちゃあいけませんよね!
ベート―ヴェンさんの意図した音楽と違ってしまう」
ベート―ヴェン「何を言ってるんだ、そうではない!マーラーは
当時のホールの大きさに合わせて
バランス良く楽器が鳴る様に改変したのだ。君にはそれが分からんのか!」
大根畠男「はあ、全く」
ベート―ヴェン「分からないのか1ああ、
今まで私は何のために話をしてきたと思ってるんだ。
お前の脳みそは腐ってるのか?」
大根畠男「はあ、どうもすいません」
ベート―ヴェン「すいませんじゃないぞ、休憩、休憩。コマーシャルへ行け」
―ここはインタビュー室から離れた部屋―
今までのやり取りの一部始終をミューズの女神がモニターで見ていた。-
ミューズ神「ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン… か。
ふふ 確かに古今東西の最高の作曲家かもしれないけど、
あの態度は頂けないわね。高圧的なところがあるし、
言葉づかいも全く上品とは言えない。
確かに彼の主張は正しいかもしれないけど…。
こちらの世界で過ごしてもまたあまり反省していない様ね…。
うーん どうしようかしら。
まあ もうちょっと 様子を見ていましょう」
―Part 4へつづく―
2015年8月6日
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