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2012年7月16日 1時45分43秒 (Mon)

社会の富は数値一元化できない

社会の富は、数値一元化できない。確かに交換価値としては数値一元化可能かもしれないが、我々に恩恵をもたらしてくれる効果については、数値一元化できない。
バナナにはバナナの「食べる」という効果があり、自転車には自転車の「乗る」という効果がある。バナナの効果を自転車で生み出すことはできない。

社会の部分的構成員からすれば、交換によって自転車を売却しバナナを入手することが可能であるため、社会の富は数値一元化できるかのような錯覚を抱いてしまうう。しかし、社会全体で見た場合には、やはりバナナはバナナであり、自転車は自転車でしかない。

人々にとって欲しい効果はそれぞれ異なる。ある人にとってはとても欲しいものであっても、他の人にとっては全く欲しくないものだったりする。
例えば堀北真希のパンティーは、欲しい人にとってはものすごい宝でありエネルギー源になりうるだろうが、そうでない人にとってはただの汚らわしきものでしかない。
全ての社会の富の効果を数値・一元化などできないのは明らかだろう。

社会の富は数値・一元化できない物やサービスの提供体制の集合であり、その集合の中から自分にとっての欲しい効果を選択するというにすぎない。
合理的な制度や技術を用いて社会の生産力の効率性を可能な限り高めることは重要である。そして社会が生み出せるもの及びすでに在るものついての利用関係の調整の過程で初めて、数値が交渉・せめぎあいの結果として生じてくる。
数値が物・サービスになるのではなく、物・サービスに数値がつくにすぎないのである。
使用経済はそれが極めて端的に理解される経済システムである。

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