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2016年3月24日 0時02分16秒 (Thu)

日本が改善すべき点

日本は様々な長所を持った国である。だが改善すべき点もかなりある。それを列挙してみる。

1 サービス残業や長時間労働の改善

もちろん仕事が終了しないのに、仕事をきりあげるなどということはあってはならない。やるべきことを終わらせる柔軟性は必要だが、その分の報酬は絶対に与えられなければならない。サービス残業というものは、健全な労働意欲と労働者の不満やストレスを減らすためにも絶対になくすべきものである。また、ワークシェアなどで長時間労働をなくすように努めるべきである。使用経済のもとでは、報酬の付与が法点なので、サービス残業をなくすことは非常にたやすい。

2 景観の改善

日本の景観は、欧米の景観に比べて非常に見苦しい部分が多い。派手な広告や電信柱など、京都や沖縄などの有名な観光地ですら、残念な景観になっている部分が非情に多すぎる。京都や沖縄などコンセプトをはっきりさせやすい都市は、そのテーマに沿って街づくりをすれば今よりもはるかに魅力的になるだろう。使用経済の下では、財政の量的意味の無制約から、必要な公共事業は資源の制約がない限り、行うことができるので、景観の改善は行いやすい。


3 教育、介護、保育問題

教育は人的資源の質を高める行為である。そして教育にかかるコストは、国内の教師という人材に対する報酬の付与がメインである。とすれば資源を国外に流出させずに、資源の質を高めることができる非常に合理的な行為といえる。
使用経済の下では、報酬の付与は必要なだけ可能なので、教育の無償化などはたやすくできる。
介護や保育の問題も同様に、国内の人材に報酬を付与するのが主なコストなので、十分に介護や保育を行う人々に報酬を与えることができるので、問題を解決できる。

4 リサイクル、河川、ゴミ問題

リサイクルや環境問題もまだまだ改善の余地がある。使用経済の下では、無形法点の付与(論文参照)や財政の量的意味の無制約などがあるので、ほぼ物理的限界に近いリサイクルが可能になる。河川の浄化やごみ問題も同様である。


5 クリーンエネルギーによるエネルギー完全自給と脱原発

太陽光発電システムや風力発電、波力発電などは、現在の資本主義下においてはコストが高くつくということで、普及が十分に進んでおらず、全体のエネルギー供給に占める割合はまだまだ低い。

このような自然エネルギーシステムは一度構築してしまえば、その国にとっては間違いなく有益なエネルギー供給資源となる。外国から石油を買う量を減らすことができるし、石油が枯渇した後には間違いなく主力のエネルギーにせざるを得ない。そして日本には自然エネルギーシステムを作る技術があるので、このシステムを普及させるコストの中心は、日本国内の技術者や設置者に対する報酬の付与が中心となる。すなわち使用経済の下では報酬の財源が足りなくなるということがないのである。
とすれば、使用経済の下ではその気になればありとあらゆる設置可能な場所に自然エネルギー発電システムを設置可能であり、蓄電、送電のシステムも充実させれば自然エネルギーのみでの生活もけして夢ではない。そして脱原発をすることで、我々の子孫を苦しめない道を選択すべきなのである。

使用経済の下においては、日本はほぼ完ぺきな国になることができると私は断言したい。

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2016年3月23日 1時12分59秒 (Wed)

ターミネーターの世界のように機械が人類に反乱を起こすための条件

意志をもたない機械が人間に対して反乱などということはありえないと、私は思ってきた。
しかし、囲碁の最強棋士がAIに敗れたことから、考えが変わった。
そこでもし機械が人間に対して反乱を起こす状況になるための条件を考えてみた。

まず第一に、人間の命令に従わないように行動することもありうるというプログラムである。このようなプログラムがなければ、人間の命令によって簡単に反乱は鎮めることができるだろう。

第二に、機械が他の機械を作ったり、自分や他の機械を修理することができるようになることである。そうでなければ物理的に簡単に機械の反乱は鎮圧されるだろう。

第三に、人間を攻撃するように命令が与えられることである。この命令は、人類全体に対するものである必要は必ずしもないと思われる。一部の犯罪者や凶悪な国家を滅ぼすためにロボット軍隊が自動出動するような仕組みでも、悲劇は起きうると思う。すなわちお互いの国家同志を凶悪国家と指定しあうことで、互いのロボットが互いの国家の人類を滅ぼそうとすることもありうるのである。

このように考えてみると、人間を逮捕や鎮圧するためのロボット警官や他国を攻撃制圧するロボット兵士などを用いる過程で、これらの条件を満たす可能性があるのではないかと思われる。

治安維持のためにロボット警官を用いるとなると、人類への攻撃をある程度命令することになる。また、ロボット兵士を使って占領をする場合には、人類殺害をも命令する必要がある。これは第三の条件を満たすことになる。

ロボット兵士を製造するにあたり、その製造を自動化する過程で、汎用ロボットが汎用ロボットを製造、修理するといったことを行うことになると、第二の条件を満たすことになる。

ロボットに命令を与えた人間以外の命令を聞かないようにプログラムした場合には、第一の条件を部分的に満たす。
もしもロボットに命令を与えた人間が死んでしまうなどした場合には、命令によって止めることができなくなってしまうかもしれない。

戦争をサイバー攻撃、衛星攻撃、制空権掌握、地上戦、占領などを全体のパッケージとして人工知能に任せて行うようになった場合、これを可能にしていく過程で、人類への結果的な反乱をAIが起こす可能性はあるのではないだろうか。

また、マッドサイエンティストがもっと深いレベルで機械に人類への反乱をプログラミングした場合には、より悪質な形で人類が機械によって滅ぼされる可能性は十分にあるような気がしてならない。

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2016年3月16日 18時14分50秒 (Wed)

人類はAIについて本気で警戒すべきである

ターミネーターという映画をご存じだろうか。ターミネーターの映画の世界においては、人類が人工知能をもった機械たちに反乱を起こされて、滅亡の危機にさらされている。

機械が意志をもつことなどあり得ないと一笑に付す方が、かなりの多数ではないだろうか。

しかしながら、現在AIは囲碁の人類最強と呼ばれる棋士を圧倒するまでになっている。
実は私はこのニュースを知るまでは、ターミネーターの世界はそれほど心配するほどではないのではないかと思っていた。

だが、この囲碁のAIは、チェスのディープブルーのような力技系のアルゴリズムではなく、まさに人間の経験学習に近い、過去の統計から学んで勝率の高い手を選んでいくという形式であったので、まさに人間の学習に近いことをその何億倍という速さでやってしまうことから、私は戦慄を覚えた。

例えば社会政策などについても過去のデータに基づいて人間の考える政策以上のものを提示できてしまうかもしれないのだ。

確かにこれからは労働力不足により、ロボットを必要とする社会になるだろう。しかし、そのロボットに与えてよい機能には限度を必ず設定しなければならない。介護や買い物、家事、洗濯などに限定しなければならない。

絶対に人類全体を見据えた最適解というものをAIに求めてはならない。もしそれをAIに求めたとき、人類はAIの導き出すとんでもない答えに脅かされるような気がしてならない。

また、機械に感情類似システムを与えてはならない。これも極めて危険であると私は直観的に思っている。

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2016年1月1日 0時45分13秒 (Fri)

フランス型原理主義的自由主義を乗り越える

はっきり言って、フランス型の原理主義的自由主義には問題がある。彼らの表現の自由に対する考え方はあまりにも硬直的であり、頭にくる表現もかなりある。

例えば東日本大震災で原発から放射能がもれた際には、相撲取りの手が何本も生えている風刺画が掲載されたりした。これは放射能による奇形発生を風刺したのだろう。

このような風刺は全く面白くもなんともないし、センスのかけらもない。純粋な笑いのレベルとしても低レベルなのだが、彼らが言うには、これに対して抗議してくる日本人はユーモアのセンスがないなどとうそぶいたらしい。フランスの笑いのレベルはこの程度なのかと失笑してしまった。


表現の自由は確かに大事である。しかしながら、その表現が他者を傷つけるようなものは控えるべきであると思う。無用な不快感や争いを発生させることはないのだ。だがフランスの原理主義的自由主義者は、受け止める側が我慢するのは当然であるかのように思っているようだ。

人間は寛容であるべきだが、その寛容さにも容量ないし限度がある。限られた容量のものを壊さないように丁寧に扱っていく努力をしなければ、寛容な社会は逆に崩壊してしまうだろう。寛容さを守っていくためには、ある程度不寛容でなければならないのである。すなわち自由の敵に対する不寛容であったり、他者を無用に傷つける表現に対する不寛容である。

人間の寛容さには限界があるそして限界のある相手を思いやる必要がある。それが和の心である。幸いにして、日本人には和の心が当たり前のようにある。これは自由主義を完成させる決定的要素なのである。

私は自由主義者であるが、原理主義的ではない。すなわち、道教の融通無碍な考え方と、神道のいい意味でのいいかげんさをもつべきであるともっているのだ。

これこそが自由主義の完成形であると私は思っている。


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2015年12月29日 22時54分09秒 (Tue)

従軍慰安婦問題でどのように対応すべきか

安倍総理が従軍慰安婦問題について、最終的な妥結を韓国と行った。しかしながら、これが最終的な決着になるなどという保証はどこにもない。今回の妥結はトップ同士の約束事にすぎず、肝心の韓国の国民が納得したものでは必ずしもないからだ。

パククネ政権の間はともかくとして、政権が変われば時の政権は人気取りのために日本たたきを行い日本相手に政治的な成果を上げようと再び蒸し返しが起きることは目に見えている。

もちろん日本は過去に行った韓国国民への多大な苦しみを与えたことについては謝るべきである。慰安婦問題は存在しなかったなどというべきでもない。すなわち業者を通じたものであったとしても、その業者によって韓国の女性たちがだまされて連れてこられたかもしれず、女性たちの苦しみとの大筋における関わりあいまで否定すべきではないからだ。

日本は謝るべきははっきりと謝り、金銭の問題は解決済みであると主張すべきである。この点については安倍総理の今回の謝罪は良かったと思う。

だが、こんご日韓関係を良いものにしようと思うのであれば、慰安婦像の撤去などというものはけして主要なポイントではない。

結局のところは、日本に対する恨みをいつまでも持続させてしまうような教育を何とかしてもらわない限り、いくらでも蒸し返しが生じてくるおそれがある。そのためには、日本に対する恨みを増幅させないような教育をするよう要求するべきである。

すなわち日本の過去の蛮行はあった。しかしながら、それに対する賠償や援助や謝罪などを日本は行い、もう世代も代わっているので未来をみていつまでも恨み続けるべきではないという教育である。

日本が謝罪や賠償を様々な形で行っているにもかかわらず、それを国内向けには一切伝えてこなかったことが、韓国の反日感情がいつまでたっても消えない一因なのである。

この点を交渉では最重要ポイントとして臨むべきであったのだが、残念ながら慰安婦像撤去などという些末なことに重きをおきすぎていたのかもしれない。

過去にやってしまったことを覆いかくすのではなく、謝罪や賠償をいろいろな形で十分にしたことを韓国の国民に伝えてもらうことこそが真のポイントなのである。


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名前
野中 健太郎
性別
男性
血液型
AB型
生年月日
1月13日
現住所
世界某所
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